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1. おおきいはおっぱい


 ここ最近、周囲の童貞率が低下している気がする。


 高校生ともなれば、経験者の一人や二人はいてもおかしくはないかもしれない。しかし回ってくる噂は一つや二つではない。


「ラブホにコンドーム置いてるってマジだったんだな。いやあ、助かったわ」


「この前、空き教室でヤってる奴らいたんだけど。窓から丸見えでさー……」


「俺なんか人妻に声かけられてさぁ。そのまま……」


 由々しき事態だ。

 これは学校の風紀を取り締る身としては、何か対策を打たざるを得ない。

 というわけで「校内外における不純恋愛対策」と称して、緊急風紀委員会議を開催した。


 誰もこない。


 教壇に立って時計とにらめっこしていると、ガラリと扉が開いた。


 来たか。


「しつれいしゃーす。あれ、人いんじゃん」


 風紀委員ではなかった。


 入ってきたのは、髪を明るい茶色に染めた女生徒だった。制服が第二ボタンまで空いている。スカートも短い。丈が膝上までしかない。


 ギャルだ。


 はっきり言って苦手なタイプだ。しかしおっぱいは大きい。俺を見ながらギャルは「まいっか」と言ってドカっと椅子に座ると、脚を組んでネイルをいじり始めた。


 なるほど。苦手なタイプだ。


「失礼。君は風紀委員ではないな」


 声をかけると鼻歌を歌って、爪をいじっていた女はキョトンとして顔をあげた。


「そうっすけど」


「ここは今から緊急風紀委員会議が開催される。即刻出て行ってもらいたい」


「えー、いいじゃん、まだ誰もいないんだし。つーか、なんすかキンキュー? え? 救急車?」


「風紀委員だ」


 自分が風紀委員長の珠木司(たまきつかさ)であることを告げる。少しは萎縮(いしゅく)するかと思ったが、全然そんなことはなかった。


 女はヘラっと笑いながら言った。


「へー、わたしは小依黄衣(こよりきい)。一年生。よろしくねー、たまごっちー」


「変なあだ名をつけるな、後輩。敬語を使えぇ」


「えー、めんどー。わたしそう言うの嫌いなんだよねぇー。良いじゃん、たまごっちー、かわいー、進化しそー」


「放り出すぞ」


 ちえーっとつまらなそうに言うと、小依(こより)と名乗った女は俺が筆で書いた『本日の議題:校内外における不純恋愛対策』の横断幕に目をやった。


「なんすかこれ? ふじゅん……?」


「不純恋愛だ。最近、青少年に相応しくない行為が蔓延(はびこ)っている。粛清(しゅくせい)しなければいけない」


「あー、万引きとかー」


「男女間の行為のことだ」


「え? ひょっとしてエッチがダメってこと?」


 それもひとつだ、とうなずくと小依は「うわー」と声をあげた。


「何それ、ふっるー。昭和? いやむしろ明治? 江戸? 侍?」


貞淑(ていしゅく)な日本男児だ」


「別にいいじゃーん」


 だるそうに言った小依は俺の顔をジッと見てきた。こうやって見ると、化粧は濃いが、なかなか綺麗な顔をしている。


「あー、分かったぁー」


 ポンと手を打った。


「もしかして先輩って童貞なんですかぁー?」


 ニヤッと笑って、ずいっと身を乗り出してきた。


「違う」


「あー、目ぇそらしましたねー。うわー、童貞なんだぁー、かわいぃー」


「黙れ。俺はぁ、貞淑な日本男児だ。節操のない女め」


 バン、と机を叩いてみたが(おく)する様子はない。むしろニコニコと笑顔になっている。


「先輩、彼女とかいないんですかぁー?」


「いない。が、心に決めた人はいる」


「へぇー。誰です?」


「教えん」


「教えてよぉー、ケチ」


「少なくとも、貴様とは真逆のタイプだ。さっさと出ていけ。そしてスカートが短い。膝下5センチ、校則を守れ」


 帰れ、と扉を指差す。

 これ以上こんな女と付き合っていると、頭がパッパラパーになる。短いスカートで、これ見よがしに脚を組み替える神経が分からん。


 パンツが見えそうじゃないか。


 しかし風紀委員が誰もこない。10分すぎている。


「せんぱぁーい」


「帰れと言ったろ」


「こっち見てぇ」


 仕方なく顔をあげると、小依は椅子に座って、自分の太ももをちょんちょんと指差していた。


 ニコッと目を細めると、小依はスカートのすそに手をかけた。


「チラッ」


 めくった。

 ピンクのレースが見えた。


「ぶっ」


「あはは、赤くなってるー」


「ふざけるなぁ! ハレンチ女ぁ!」


「見せパンですぅ」


「やめろ。良いか、そもそも童貞を馬鹿にする考えが間違っているんだ」


「バカになんかしてないっすよー。童貞かぁー、可愛いなぁー」


 と言いながらヘラヘラ笑っている。腹が立つ。


「俺の童貞は来たるべき時のために守ってあるんだ。ここぞ、と言う時のために天守閣に控えさせておる」


「それっていつです?」


「来たる時だ」


 ふーん、と小依は頬杖をついた。

 全く。こんな女と話している場合じゃない。俺がこうしている間にも、校内の童貞率が下がっているかもしれない。そうなったら待っているのは退廃、堕落、失楽園だ。親御さんが嘆き悲しむ。


 ネイルをつけ終わったのか、小依は自分の爪を眺めると満足そうにうなずていた。帰るかと思ったら、今度は暇そうに脚をぶらぶらさせている。


「いつまでいるんだ」


「ねぇー、先輩って彼女いないんすよねー」


 聞く耳持たずか。


 ハァとわざとらしくため息をつくと、小依は大きな声で言った。


「じゃあ先輩の童貞、私がもらっちゃおうかなー」


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