何度も殺される悪役令嬢と何度もリセットして助けるモブ令嬢(改)
書き殴った短編の改稿版
王城前の広場――そこに備え付けられた処刑台にクローディアは立っていた。いつもの豪奢なドレスは粗末な白いワンピース一枚に、そしていつもきっちりとカールされていた髪がザンバラに切られている。
「クローディア・ジラルディエール侯爵令嬢。そなたを国家反逆罪の罪にて処刑する」
「認めませんわ! 私は無罪です!」
それでもクローディアは、真っ直ぐな目をしていた。
「クローディア……」
思わず呟いた私の手を、横に居たセーラが引っ張った。彼女は私と同じ、クローディアの取り巻きだ。
「しっ……マリアンナ。こんな所で知り合いだとわかったらどうなるか」
「ごめんなさい」
私は再び処刑台に目を移した。彼女は跪かされ、処刑人がその首を斧で切り落とそうとしているところだった。――いけない。
「『リセット』よ」
私はそう言って胸元に手を当てた。グン、と引き戻されるあの独特な感覚がが私を……襲った。
***
「……」
そっと私は目を開ける……するとそこはリュミエール王立学院の食堂だった。席に座って食事を終えた所の私にクローディアが現われて言った。
「あなた、マリアンナね。今回の試験で二位だった」
「はい、そうですが」
「いいじゃない。わたくしのお友達にして差し上げるわ」
「ありがとうございます!」
私はすぐに返事をした。このやりとりはもう三度目だからだ。
そんなことは知らない彼女は満足気に目を細める。
「ふふ、素直なのはよろしくてよ。ではついてらっしゃい」
「はい、クローディア様」
私は席から立ち上がり、彼女の後に付いていった。
「ふう……今度こそ出来るかしら……」
一日を終え、学生寮の自室に戻った私はため息を吐いた。
「しっかりしなさいよ、『真莉』」
私は鏡の前に立ち、頬をぱちんと叩いた。
「助けるって、決めたんでしょう……」
私の本当の名前は真莉。ある日、学校帰りに階段を踏み外したと思ったらその時プレイしていたゲーム『リュミエール・ディスティニー』の名も無きモブの一人にになっていた。なんだこのクソゲー、と思ってゲームを辞めようと思った所で時間が巻き戻った。
……ただし、ゲームのオープニングまで。そこで私は思ったのだった。
『せめて名ありのモブになりたい』
って。だってどう頑張っても元の世界に戻れない上に自分と関係ないところでシナリオが進んで行くのだ。それに名無しモブの顔は眉と鼻筋くらいしかない。こんなのってないじゃない。
そこで私は『リセット』と名付けたこの力を使って自分の存在感を高めようとした。その方法とは……カンニングだ。なぜなら私は何度でも時を戻せる。だから学校の試験の内容はもうすでに知っているものなのだ。だからわざと一位ではなく二位を取る事だってできる。
こうして私は通行人や人垣役から悪役令嬢クローディアの取り巻き、ガリ勉モブ令嬢マリアンナに出世したのだった。おかげで目鼻立ちもはっきり存在感が出てバックボーンの設定も用意され俄然人生が楽しくなった。……クローディアが断罪されるまでは。
「クローディアねぇ……あの程度で処刑は厳しすぎると思うけど……そこはゲームだからかな」
この学園の『リュミエールの赤き薔薇』と称されるクローディア・ジラルディエール侯爵令嬢。王家の縁戚にあたり、このゲームのヒーローの一人、オーウェン王子の婚約者。
そしてその華麗な経歴に見合った艶やかな蜂蜜色の金髪に青い瞳、人形のように整った顔と美しい容姿をしている。
「ただ問題はあの性格の悪さよね」
悪役令嬢を絵に描いたように彼女は高飛車、上から目線、自分より優れた人間も劣った人間も大嫌い……という調子だった。
「そして……あの子」
彼女が処刑される原因となったのはある日やってきた留学生のアイラという令嬢だった。焦げ茶の髪に鳶色の瞳という一見地味そうな風貌であったが目鼻立ちは整っていてクローディアとは真逆に庶民的で優しい性格。
「そしていつの間にか王子のそばにいて……それが気に入らないクローディアは彼女をいじめ抜いた」
ところが……王子とくっついたアイラはクローディアからの嫌がらせの数々を告発し、彼女は処刑される事となった。
「要するにアイラをクローディアが虐めなければなんの問題もないのよ。なんの問題も……」
言いながら私はどんどん自信がなくなってしまった。一度目に巻き戻した時はもう同じ過ちはしないだろうとたかをくくっていたのだけど見事に処刑された。私がやんわりとしか注意が出来なかったからだ。
「今度はキャラ崩壊も辞さない覚悟で彼女の言動を正さなきゃ」
そこまで必死になるのには理由がある。近しい人間が処刑される胸くそ悪さももちろんあるが、私は彼女に恩があるのだ。
一度、私の実家の事業が失敗した時に彼女は援助してくれた。それにあの処刑の後、とりまきの人間に次々と火の粉がかかっていった。私もその一人でお家断絶を言い渡された。
名ありモブへと昇格した弊害がこれだ。……冗談じゃない!
「……そう……クローディアを素直ないい子に彼女を調教して処刑を回避しないと」
そうしないと自分も危うい。だから今度は彼女に私は積極的に介入する。再び悲劇を繰り返さないために。
「何度処刑されても、私が何度でも助けます。……クローディア」
私は決意を新たにしてその日は眠りに落ちた。
***
――翌日。取り巻き達の朝は早い。私は取り巻き専用に用意されたミーティングルームで朝の打ち合わせをしていた。我々はクローディアの侍女頭から手に入れた情報を共有していた。私は手渡された目もを読み上げる。
「本日のクローディア様のお召し物はお気に入りの赤ではなく青です」
「まあ……」
取り巻きのセーラの顔色がみるみる青ざめる。彼女の今日のドレスは青だ。
「セーラ、即刻着替えを」
「はいっ」
「そして髪型はいつものようにハーフアップの巻き髪です」
「ほっ……」
このようにクローディアと服や髪型がかぶらないように朝から努力をしているのだ。もし被ったらクローディアの機嫌は一日中悪くなる。嫌な習慣ね。
セーラが大急ぎで着替えたのを確認して、我々取り巻きは食堂へと向かった。そこの特等席についてクローディアが現われるのを待つ。
「ごきげんよう、みなさん」
「おはようございます、クローディア様」
私達は彼女の姿を認めると、一斉に立って会釈をした。
「座って。さあいただきましょう」
やっと朝食がはじまった。……と思ったら一口二口食べたところでクローディアはフォークを置いてしまう。
「ふう……もうお腹いっぱいですわ」
するとセーラもフォークを置く。
「……私もお腹いっぱいです」
「……私もです」
取り巻きはそれぞれフォークを置いた。ああまたこのパターンか。私は少しうんざりした。だいたいお腹いっぱいなんてみんな嘘で、あとで隠れてお菓子を食べているのだ。
ここで一緒にフォークを置いてはいけない。また同じ事になる。
「クローディア様、でもお残しはいけませんよ。用意してくれた方に失礼では」
「なっ……マリアンナ!」
思わぬ私の反抗にクローディアは怒りのあまりプルプルと震えている。私は彼女に落ち着いた調子で答えた。
「それにこの朝食の材料となった小麦も肉も国民の作った作物からできたものです。いずれ王妃となられるクローディア様なら当然ご存じでしょうけど」
「……もちろんですわ。少々、口に合わなくても食べるのが努めというもの」
クローディアは額に青すじを浮かべながら残りの朝食を食べた。顔面蒼白になってその様子を窺っていた他の取り巻き達も、クローディアに倣って朝食を食べた。
(セーフ……)
私は内心ほっとしながら朝食を食べ終わり、クローディア達と共に教室へ向かう。ここにも最前列にクローディアの為の特等席があって、私達はそれの周りに座るのだ。とにかく取り巻きになったばかりの私はちょっと離れた席。
「マリアンナ、あなたはお友達になったばかりだから分からないみたいだから、さっきのは見逃してあげたのよ。分かってらっしゃるわね」
「……はい」
本当にギリギリセーフだったみたいだ。でもこれはクローディアの為なのだ。そうしないと彼女はまた処刑されてしまう。
私はごくんと言葉を飲み込んで頷いた。クローディアはいかにも意地悪そうに口の端を吊り上げて微笑むと、自分の席へと戻った。
「――では、この一文が分かるもの。居るかね」
先生がこの国の隣に位置する国の言語、ルンブルク語の単文を黒板に書いた。あちらとは外交関係が深く、私達はそれを覚える必要がある。だけど誰も手をあげない。
何故かというと……クローディアが手を挙げていないからだ。
生徒達の注目が集まる中、彼女はゆったりとして動作で手をあげた。
「それでは……マリアンナ」
先生の指名の声に教室がどよっとざわめいた。クローディアがゆっくり手を挙げている間に私がさっと手を挙げたからだ。
「大変めずらしいものをお見せ戴き感激しました。本日はおまねきいだたきありがとうございます」
「……よろしい。正解だ」
またも教室がどよめく。そう、いつもはここで颯爽とクローディアが答え、拍手喝采が起こるのが常なのだ。だけど、もう何回目かわからない授業を受けている私にはこんな問題なんでもない。
「マリアンナ! あなた一度どころか二度までも!」
クローディアはガバッと立ち上がると、ぼきりと手元の扇をへし折った。ひええ。馬鹿力。
「もうあなたとお友達でいるのは止めですわ! わたくしの視界から消えて頂戴!」
その叫び声がしん、とした教室に響く。……しまった、やりすぎた!? というかこらえ性がなさ過ぎでしょう、この我が儘娘!
「……はい」
私はなんとかそう答えて教室の隅に移動した。そうして、針のような視線を受けて残りの授業をうけた。
それから、私はクローディアへの接触が出来なくなった。視線を合わすどころかそちらを向いただけで取り巻きの妨害にあう。そのうち何もしなくても教科書をボロボロにされたり、歩いていたら水をかけられたりした。
「では皆さん、これから一緒に学ぶ留学生のアイリ・ルオノヴァーラです。仲良くな」
そうこうしているうちにあの留学生、いずれクローディアから王子を奪うアイリが転校してきた。案の定、クローディアはアイリをいじめ抜いた。
「クローディア・ジラルディエール侯爵令嬢。そなたを国家反逆罪の罪にて処刑する」
「認めませんわ! 私は無罪です!」
――クローディアはまた処刑された。
***
「はあ……」
私は処刑イベントからの『リセット』そして巻き戻ってからのクローディアとの出会いを終えてまた自室で反省会をしていた。
「少し強引過ぎたかしら」
お友達になってから日が浅く、信頼関係も築けていないのに目につくところばかり注意したのが悪かった気がする。
「じゃあ、ある程度見逃して……それから少しずつ矯正していかないと、だ」
焦っちゃいけない。アイリが現われるまでまだ時間はあるし、それから断罪イベントまでも日がある。私は窓の外から月を見上げた。
「ふう……もうお腹いっぱいですわ」
クローディアがご飯を残して、周りがお腹を減らしてても我慢。
「大変めずらしいものをお見せ戴き感激しました。本日はおまねきいだたきありがとうございます」
分かりきった簡単な問題を彼女がドヤ顔で答えても我慢我慢。そんな日々が続いていく。何回も彼女の言動が分かっている私はやがて取り巻きの中の序列を上げていった。
「ねぇ、マリアンナ。このチョコレート分けてあげるわ。実家から送ってきたの」
「まあ、ありがとうございますクローディア様」
今ではお茶会で隣に座れるくらい親しくなった。最高級のチョコレートは文句なしに美味しいです。
「マリアンナ。私少しあなたの事を調べましたの」
「えっ?」
「……先月、あなたの家の貿易船が二隻も嵐に巻き込まれたそうじゃありませんの」
「あ……ああ……」
そうなのだ。乗組員は漂流したけど全員無事だった。ただし積み荷は駄目になってしまって今、私の実家は汲々としているのだ。
「我がジラルディエール侯爵家が後ろ盾になりますわ。銀行に相談なさいな」
「あ、ありがとうございます……」
そう、一度懐に入ってしまえばクローディアはとても面倒見が良いのだ。だけどこれが後々彼女が処刑された時、うちの実家が関与を疑われる原因になる。
「……それでは、わたくしは部屋に戻りますわね」
クローディアはお茶会をしていたサロンを出た。私は慌ててその後を追った。しかし……。
「クローディア様?」
そこには廊下で倒れているクローディアがいた。
「クローディア様!!」
私は彼女に駆け寄って抱き上げた。まるで羽根のように軽い。
「う……マリアンナ……?」
クローディアは意識がもうろうとしているようだ。そこで私は彼女を抱き上げた。私が抱き上げられるくらい彼女は軽い。
「大変!」
私はサロンに近い自分の部屋に彼女を連れ帰った。
「失礼します。衣服を緩めます」
私は彼女のドレスを脱がせた。……すると、ドレスの下から信じられないものが出てきた。
「これ……金属製?」
なんと彼女は鋼鉄のコルセットを身につけていたのだ。あわててそれを外すと、クローディアは大きく息をついた。
「ふう……」
「何しているんです!」
思わず私は彼女を怒鳴りつけた。
「どうしてこんなものをつけてたんですか、これじゃ苦しくてたまらないでしょう!」
今、私がつけているくじらの骨と布のコルセットでもけっこう苦しいのに。
「……スタイルが……崩れるから……」
「は?」
「わたくしは誰より美しくいないと……」
私は呆れと怒りがこみ上げてきた。そりゃこんなもので体を締め付けていたらご飯も食べれないしイライラもするわ!
「いいですか、クローディア様! クローディア様はいずれ国母となられるのです。健やかなお世継ぎを生まないといけないのにこれでは体を壊してしまいます!」
「マリアンナ、泣いているの……?」
いけない、感情が昂ぶりすぎて涙が出てきた。
「心配してくれているのね……ありがとう……」
クローディアは血の気を取り戻した、というよりも紅潮した顔で私を見つめている。
「そ、そう言う訳では……ただ当り前の事を言ったまでで……」
「わたくしの為に……とても嬉しいですわ」
「は……はは……」
私は背筋がむずむずするのを感じて気まずく頬を掻いた。
しかし、それからクローディアは変わった。食事をキチンと食べるようになって周りを困らせなくなった。そして我が儘が減った。そうよね。お腹が減っていたら誰だっていらいらするだろう。そのうちに私達取り巻き達の雰囲気も柔らかくなっていった。
「今度、みんなでクローディア様と同じ色のコーディネートなんてどうでしょう?」
「あらあら、それも面白いわね」
今じゃそんな事を言われてもクローディアは怒らなくなった。よし、いい傾向だと思う。
そして……ついにやってきた。あの子が。
「では皆さん、これから一緒に学ぶ留学生のアイラ・ルオノヴァーラです。仲良くしてあげてくださいね」
「よろしくお願いしたします」
そうだ、ここからが正念場だ。
「クローディアさん! 仲良くしてくださいねっ」
「えっ」
あああ! 何そのゼロ距離……っ。みんな敬意を込めて様をつけているのに。彼女から話しかけられなければお話なんてしないのに。それくらいは誰もが空気を読んでいるのに。
「ええ……よろしくね」
堪えた!クローディア耐えた! えらい。よくがんばった! 私がクローディアの成長を喜んでいると、アイラが突然素っ頓狂な声を出した。
「あーっ!」
「!?」
「オーウェン王子様ですよね! お会い出来て光栄です!」
おそらくクローディアを迎えに教室に来たのだろうオーウェン王子を見かけて、アイラはダダダッと駆け寄った。おおーい! クローディア以上にみんな王子には気を遣っているのに。
「誰だい、君は」
「私は留学生のアイラです」
「そうか、よろしくな」
柔和なオーウェン王子は突然話しかけられて戸惑ってはいたが怒りはせずに、微笑みながら返事をした。あーもう、甘い。甘いですよ!
「わーい、ありがとうございます! うれしいです」
アイラはニコニコしている。そしてちらっとクローディアを見た。
「え……めっちゃ煽ってくるやん……」
私は思わずそう小声で呟いていた。
「アイラさんと……申しましたっけ?」
「クローディア様、いけません!」
あ、しまった。クローディアが反応してしまった。私は慌てて制止の為に彼女に駆け寄った。するとクローディアは扇で私を止めた。
「マリアンナ、黙っていて」
そしてクローディアはアイラの前に立ちふさがった。
「そのオーウェン王子は私の婚約者ですの。あまり気安くなさらないでくださいまし」
「あ……ごめんなさい……」
さすがのアイラもさっと王子から距離をとった。
「おいおい、留学生なんだ。少し大目にみてやりなよ」
オーウェン王子が呑気にそんな事を言っている。私はクローディアの苛立ちがたかまっていくのを感じた。
「……殿下がそうおっしゃるなら、今回だけは見逃しましょう」
そしてキッとアイラを睨んでこう付け加えた。そしてその場を後にする、私は慌てて彼女の後を追った。
「くやしい! くやしい!」
教室からお茶会用のサロンに移動したクローディアはソファーにつっぷし、怒りと悲しみを爆発させていた。その様子を見ていた取り巻き達から同情の声があがる。
「そうです」
「許せません!」
ああ、この流れはちょっとまずいかも……そう思った所にとどめを刺したのは取り巻き仲間のセーラの言葉だった。
「私にお任せくださいませ、あの女を排除してやりましょう」
だめー! それはだめー! 私は心の中で叫びながら、セーラの前に躍り出た。
「いえいえ、私にお任せください」
クローディアはじっと私を見た。そして……その後セーラを指名した。セーラはあの手弧の手でアイラをいじめた。そしてその事はすべてクローディアが主犯ということになり……。
――クローディアは処刑された。
「はあ……」
再びの処刑イベントから巻き戻り、私はまた彼女のお友達として振る舞っている。
一体何回繰り返せばいいのだろう。
でも、そうしなければ彼女は死ぬ。そして私の家は取りつぶしになる。
「どうしたんだい、浮かない顔をして」
そんな中庭のベンチで一人ため息をついている私に話しかける人物がいた。
「ギルバート……」
彼はマリアンナの幼馴染みだ。黒髪に茶色い目をしたモブ令嬢にふさわしい程々のハンサム。男爵家の生まれで家格も同じ位。小さい頃からいつも一緒だった……という設定。
「悩みがあるなら僕に言ってくれよ」
彼はそう言って私の手を取る。その手からは心配な気持ちと私への慈しみが伝わってくるけれど……。
処刑されるクローディアを助けなくてはならない、だなんてとても相談出来ることではない。
「ううん、なんでもないわ」
「そうか?」
私はそう答えた。彼はその答えに残念そうにしている。
彼の思いに私は気づいている。私も彼のことは好きだ。だけど……。
クローディアの問題が片付くまで、その思いに答えることはできない。
そんな余裕は無いし、下手をすればギルバートまで処罰の対象になりかねないからだ。
(ごめん、ギルバート……)
私はそっと心の中で呟いた。
***
それから私は何度もクローディアを救うチャレンジをした。彼女のペットを助けて信頼関係をさらに高めたり、逆に王子と私が仲良くしてみたり。その度失敗してクローディアは処刑される。
繰り返される処刑のループ……だが少しだけ変化があった。ほんの少しだが処刑からの巻き戻りをする度にクローディアは素直になっていっている気がする。
「マリアンナ! オーウェン殿下と親しくしすぎではないですの?」
何度か聞いたこの台詞。以前は顔を怒りで真っ赤にしながら言っていた。いまはどこか悲しそうだ。
「いえ……それは誤解です」
「嘘おっしゃい!」
「私が好きなのは……幼馴染みのギルバートです。私はただ王子にアイラが近づかないようにしているだけです」
「まあ! マリアンナはギルバートが好きなの!?」
クローディアのサファイアの様な瞳が大きく見開かれる。
「……ありがとう、相談してくれて」
「……え?」
ど、どうしてそうなっちゃうの? 相談したつもりはないのに!
私の戸惑いはまったく彼女に伝わらなかった。
それからというもの、ピクニックや乗馬大会ややたら豪華なお芝居ごっこをクローディアは催しては、私とギルバートをくっつけようとしてくる。
……ちょっと! アイラの魔の手がどんどん迫ってるんだってば!
私はアイラを排除しようとやっきになった。決して暴力はいけない。ただただ王子と二人きりにならないように……邪魔をして邪魔をして……。
何度も妨害を続けたある日のことだった。
学園の裏庭で、アイラを監視していた私は逆にアイラに見つかってしまった。
「ここなら人気がないですね」
「アイラ……なにを……」
正ヒロインとは思えない凶悪な顔をして微笑むアイラ。
あの地味でちょっととぼけた彼女の姿からは考えられない。
「ちょっと貴女邪魔なので……消えてもらいます」
彼女がパチンと指を鳴らすと、草むらから屈強な男達が飛び出してきた。
「やっておしまい!」
「きゃあああああ!!」
男達に取り押さえられ、悲鳴をあげる私。
「なにをしているんだ!」
その時である。物陰からギルバートが飛び出してきた。彼は男達に銃を突きつけた。
「マリアンナを離せ!!」
「けっ、こっちには人質がいるんだぜ。貴族のぼうやに銃なんてぶっぱなせるかよ……」
暴漢の一人は馬鹿にしたように笑う。そんな男の肩をギルバートは見事に打ち抜いた。
「ぎゃあああっ!」
すると私を取り押さえていた男達は分が悪いとみたか散り散りに逃げ出していった。
後に残されたのは青ざめた顔のアイラだけ。
「アイラ……よくも……!」
この事がきっかけでアイラは学園裁判にかけられた。
なんと、この調べによって彼女は隣国のスパイであることが分かった。
平和なこの国を乱す為、王位継承者のオーウェン王子と婚約者のクローディアの中を引っかき回し、あわよくば王妃におさまるのが目的だったのだ。
アイラは遠い島にある塔に生涯幽閉となった。そしてようやく平和が訪れた。
もう、クローディアは処刑されない。
「ギルバート……あの時はありがとう」
ことが終わって、私が改めてギルバートにお礼をいった。
「あそこに貴方が居なければ、私はどうなっていたか……」
「君の行動が心配で後をつけていたんだ。君はアイラの正体に気付いていたんだね」
「え、ええ……何かおかしいと思って」
本当はちょっと違うけどそういうことにしておこう。
「でも、もうこんな危ないことはしないでくれよ……僕は君を愛してるんだ」
「ええ、私も……」
そして、私にも幸せがやってきたりした。
おわり