第3話『careless miss』
「では、今回の業務に必要な機器を支給いたしましょう」
と言うと男はスマートフォンと、円形をした折りたたみ型のノートパソコン(多分)という特殊な形状をしたものを渡してきた。
「組織の立ち上げや運営。怪人や幹部の作成、洗脳に関して必要なものはすべてそれらのデバイスを用いて行うことが出来るようにしてあります」
軽い口調でそう告げると操作方法の簡単なレクチャーをして後は任せたとばかりに彼は去っていった。
さて、どうしようかな……昔遊んだことのあるこの手のシミュレーションゲームは、まず進行兼サポート役にと秘書を何人かの候補から選択してゲーム開始となるのだが、今回は本当に人材ゼロからのスタートになるみたいだからな。
そもそも人を使う立場にある仕事なんかしたことない人間が突然人材や本拠地を作るなんてのが無茶だよなぁ……なんて独り言をぼやきながら画面を操作して出来る操作を色々と確認してゆく。
画面に表示されるうち、選択可能なものが資源や人材を使う為に使える惑星とのこと。どんなものがあるのかと中身を確かめてゆく。
いくつかの惑星を操作して眺めていると、その中に辺り一面が炎に包まれた光景が目に飛び込んできた。
森のあちこちに黒煙が上がり、赤い炎がどんどんと燃え広がってゆく。
逃げまどう人々は武器を持った奴等に次々と斬り伏せられていき、瞬く間にその数を減らしていった。
炎に包まれて苦しみ悶えている人々……その中に体全体が焼け爛れて片方の瞼や髪も焼け落ちしまい、容姿はおろか、性別の判別も出来ないような酷い状態の人物を発見する。
すでに虫の息で、放っておけばすぐに亡くなってしまうような酷い有様の相手。
画面越しのためか、あまりリアリティがなく非常に凄惨な状況にもかかわらず
目を逸らすことなく画面に見入ってしまった。
しかし、目が離せなかったのはその人物の目に強く惹き付けられたからだ。
その瞳は死の間際にあっても力強く生にしがみつき、力を求めている……ような気がした。
ゲームでは説明書は読まないクセに、攻略サイトやネット記事の効率の良いプレイを参考に進めてゆくプレイスタイルであるいつもの俺からすれば信じられないような判断ながら、何故かこの人を助けたいと強く思った。
現実とゲームは違う。とか、困っている人を助けるのは当然だ。とかそういった道義的な話ではない……どちらというと、やはり画面越しに見た異世界の、それもファンタジー世界と思しき世界ではよく見かける光景にはやはり現実感は薄く
身近に起こった出来事には感じられない。
実際に目が合った訳ではなく、ズームしたモニター越しになんとなく目が合った気になっているのは分かっている……が、やはり『俺の助けを待っている』という気にさせられてしまう。
「まぁ、これも縁ってやつなのかね」
と口では呑気に言いながらも急いでキーボードを操作する。
本当にゲームでもするような感覚で画面選択で人材登用の操作をし、仲間にする。死にかけのキャラクターの為、安い価格での購入可能かと思いきや、それ程安い価格でもなかった。
そしてすぐさま生体改造手術に入る。焼け爛れてダメになってしまった一部の臓器を強靱なものに交換。両足も膝から下のほとんど炭化している部分を切り落とし再生する。
実際の処置はどう行われているのかは分からない。
俺はモニターを見ながら画面上の選択肢を選び、ゲームのように操作していくだけなのだ。
せっかくなので、筋肉と骨も強力なものになるように強化処置で選択可能なものの中から特段レベルが高いものを選択する。
最後に皮膚と髪を再生して外見の処置は完了。
強化処置の途中では夢中で気付かなかったが、どうやらこの人物。褐色の肌をした女性。それも長い耳を持っている……つまりダークエルフ、というやつだ。
「!? な……ここは一体? 私は確か、王国の騎士共が……」
しばらくして、彼女が気が付いたようなので今の状況を説明。
彼女の身に何が起きたのか事情を尋ねてみると、いくつかの人間の国が魔王討伐後の残党狩りに乗り出しており、圧倒的な数の暴力を持って亜人の村々や森の魔物達を片端から蹂躙しているような状況らしい。
なんでも、激戦の末魔王と和解……という結末に納得のいかないとある国の王が勇者が人類を裏切り魔王軍に寝返ったとし、勇者討伐を命令。突如仲間や王国から狙われた勇者は呆気ない程簡単に殺害されたとのこと。
その勢いのままに、勇者パーティーとの戦いで深手を負った魔王を殺害。
王国の兵士達にも多くの犠牲者を出したものの、奴隷や傭兵、同盟軍等を動員し数に物を言わせ魔王軍殲滅の為魔物や亜人を片端から狩り出しているという状況らしい。
彼女は絞り出すように語り終えた後、元の世界に帰してほしいと言い出した。
助けられたこの命を、今後どう使ってもらってもかまわない。しかし、今二つだけ心残りがある……それが仲間の救助と王国への復讐だと言う。
目に復讐の炎を灯すダークエルフの美女が全裸で土下座しているその光景に圧倒され、思わず俺が「あ、はい、分かりました」と、やや上ずった情けない声で答えてしまったのは仕方の無いことだと思う。
と、いうやり取りがあったのは実は1週間程前のこと……。洗脳手術も行わず、名前すらも聞き忘れてしまった。
彼女が元の世界に帰還し5日程たったある日、これはまんまと逃げられてしまったのだろうと思い至った俺は悪の組織設立計画など手に着くはずもなく自らの浅はかさに酷く落ち込んでいた。
そして、今日も今日とて部屋の中をゴロゴロと転がりひとしきり悶えた後に、やけ酒用の缶ビールを開けたところで起動しっぱなしにしていたデバイスより呼び出し音が鳴り出した。
何事かと画面をのぞき込むと、そこにはダークエルフの美女が映っていた。
彼女は片手に折れた剣を持ち、染み付いた血が乾いて赤黒く変色した服のまま表情なく近づいて来る。
そのまま俺の前までゆっくりと歩いて来ると、突如腕を掴まれ強く引かれる。
彼女が戻って来たことが嬉しくて、思わずモニターを通して画面越しのやり取りではなく、直接本拠地に呼び寄せてしまったが、はやまっただろうか……と思ったのもわずか一瞬。力強く抱きしめられる。
「…………ありがとう」
耳元で囁くように礼を言われた。
少しして身を離した彼女は晴れやかな笑顔を俺に見せてくれた。
その顔がしばらくは頭から離れなくなる程魅力的であり、その時俺の頭の中には、『情けは人のためならず』という言葉がふと浮かんできたのだった。
情けは人の為ならず=人に情けをかけると巡り巡って自分に良いことが返ってくる。
という意味。