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9 居酒屋ラソモワール

 今朝の『ラ・メール』は定期船の到着もあって混み合っていた。俺は注文を厨房に通すと食事の済んだテーブルの片付けに向かった。



 昨晩はエドモンドのところでいい酒を飲ませてもらった。対策委員会の話も出たが主な話題はエドモンドが最近収集しているという魔獣の剥製についてだった。やはり人気があるのは滅多にお目にかかれないような魔獣らしいが、その中でも突然変異のようなレアな個体については特に引き合いが多いらしい。俺なら部屋の中で魔獣と目が合うなんてのはご免被りたいが、金持ちの考えることはよく分からない。エドモントからそんな魔獣の討伐依頼が来ない事を祈るばかりだ。

 例の細工職人についての話も出て、そう言えばと俺はあの髪留めをエドモントに渡した。まだ残っていましたかと驚いたエドモントは、赤い石の付いているものは特に人気が高いのですと満足気な顔をしている。持って来て正解だったなと一人納得していると、エドモンドが金を払うと言ってきた。俺は首を横に振って、その代わり剥製のための魔獣狩りの依頼は勘弁してくれと言うと二人に大笑いされた。

 帰りの馬車の中でケヴィンに『ラ・メール』の事について色々教えてもらった。イヴリンが母のクラリスが始めたと言っていたが、元々貿易の仕事だけをしていたケヴィンと結婚したクラリスの港に関わる仕事をしてみたいという要望をケヴィンが叶えたらしい。娘のイヴリンが『ラ・メール』を継ぐのを楽しみにしている言っていた。

 鍛冶屋の裏通り近くで降ろしてもらった俺は「『ラ・メール』のこと宜しくお願いします」と言われて慌てた。何度も言うようだが、俺は働かせてもらってる側だ。



 昼を回った頃、フローレンスとシャーロットが揃ってやってきた。


「ねぇ、ギー」

「ん? どうした?」

「今夜飲みに来てよ」

「お前らから誘いに来るとか珍しいじゃねぇか。店の方は繁盛してるんだろ?」

「だってねぇ」


 二人して顔を見合わせて「どうしようか」と言い合っている。


「わーったよ、行ってやるから。二人とも一杯ずつ奢れよ」

「やった!」 

「さすが、ギー」

「で、腹減ってるなら昼の定食でも食ってくか? 女性用ってのがあるらしいぞ」


 また二人して顔を見合わせて相談している。


「食べてみる?」

「そうだね。食べてみよかっか」

「ギー、それ2つね」

「はいはい」


 女性用の定食を考案したのはもちろんイヴリンだ。『ラ・メール』の定食じゃ食べきれない人もいるから別のメニューを作るという。量を少なくすりゃいいんじゃないのかと聞いたら、それじゃ駄目だと言われた。栄養だとかバランスだとか言っていたが、そんなものが重要なのかと不思議に思う。このメニューで女性客の利用も増やすつもりらしい。まぁ、お客に勧めるだけなら俺にも出来るしな。俺は二人分の定食の用意を始めた。






 フローレンスとシャーロットが働いている居酒屋『ラソモワール』に入る。人気の酒場だけあって満席に近い。俺が入ってきたことに気が付いたシャーロットが、こっちこっちと手招きして空いてる席に案内してくれた。


「今日のお勧めは何なんだ?」

「手長魚のフライは人気だよ」

「じゃ、それ頼むわ」

「分かった。飲み物はエールでいい?」

「あぁ。それで十分だ」

「じゃ、約束通りエールは奢りでね」


 俺に軽くウインクするとシャーロットは下がっていった。それにしても何で俺を呼んだのか? 周囲に目を配ってみたが今のところ違和感はない。


「何だ今日も混んでるな」


 黒光りする抜き身の大剣を腰に佩いた男が良く通る低音の声を響かせた。店内が一気に静かになる。フローレンスとシャーロットが二人で顔を見合わせている。あいつか……。

 身長の高さに加え筋骨隆々の体躯はいかにも大剣使いといった感じだ。全身黒ずくめの衣服に身を包み、やや長めの髪と瞳の色も黒のため、端正な顔立ちよりも冷徹な印象の方が際立っている。

 そそくさと会計を済ませて店を出る輩もいて、客のほとんどはその大男の動向にチラチラと視線を向けている。

 大男は店内を見回すと、俺を認めて目を細めた。


「ギー」

「あー、見つかっちまったか」

「そんなつれないこと言うなよ」

「久しぶりだな、クロウ」


 俺の隣にどかっと座った大男ことクロウは俺の幼馴染であり、元々は近衛騎士という経歴を持つ男だ。今は俺と同様に冒険者をしている。近衛をしていた頃は締まった体系に端正な顔立ちのせいでかなりモテていたのだが、当人は女性に興味を示すことなく『氷の騎士』の異名を欲しいままにしていた。だが冒険者になり大剣を扱うようになるとあっと言う間に筋肉が盛り上がった。そのせいで見てくれが厳つくなり、行く先々で敬遠されることも少なくない。そんなクロウは俺が依頼で危険な場所に出向く時は、頼みもしないのにどこでどう嗅ぎ付けてくるんだか一緒に付いて来る。


 俺はフローレンスとシャーロットに合図する。二人は何で呼ぶんだとばかりに非難めいた顔を向けながらやってきた。


「こいつはクロウ。俺の幼馴染だ。案外イケメンなんだぞ」

「案外は余計だ」

「ははは。フローレンスとシャーロットだ。美人だろ?」


 クロウが目を泳がせて赤面している。その様子を見た店内の客が緊張を解いて安堵の表情を浮かべた。周りからは「誰だよ。怖い奴だって言ったのはよ」という声が聞こえてくる。フローレンスとシャーロットもクロウの厳つい姿からは思いもよらない反応に目を丸くしている。


「それでクロウは何を飲むんだ? エールでいいか?」

「あ、あぁ、ギーと一緒でいい」

「だそうだ。肉も何か持って来てくれ」


 クロウの様子にようやっと柔らかい笑みを浮かべたフローレンスとシャーロットに他の客たちから「こっちの注文もとってくれ」と声が上がった。これでもう大丈夫だろう。


「で、クロウは何でウェルペンにいるんだ?」

「ギーがいるからに決まってるだろ」

「やっぱりか」

「ギーは応援要請を受けて来てるんだよな」

「んー。まぁ、そんなところか?」


 流石にこの場でオブザーバーの話を出すのは躊躇われた。まぁ、状況次第で話すこともあるかもしれない。


「そう言えばメラニーも来てるのか?」

「当然だろ」


 今度はクロウがニヤニヤした。

 はぁ。そうだよなぁ。

お読み頂きありがとうございました。

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