8 またしてもドラゴン
王都に着いた俺は馬車を降りるとペンを扱ってそうな店に向かった。呼び出しの時間より早めに来たのはそのためだ。
さすがに下調べまでしてなかった俺は、取り敢えず目に付いた店に入ってみる。これは凄いな……。さすが王都と言うべきか、ウェルペンの町にあった雑貨店でもそれなりの数のペンが置かれていたがその比ではなかった。ペン軸だけでも棚一面に並んでいる。軸の素材別に分かれており、庶民では到底手も出ないようなレアな素材で出来ている物まであった。値段の方は軸の素材と装飾の具合でピンキリのようだ。その下の棚にはペン先が置かれている。ペン先も軸と同様素材や装飾の有無で様々である。十分コレクションとして成り立つことを思い知らされた。
雑貨店や文具店等あらかた回った俺は最後に魔道具店に入ってみた。魔道具のペンとは一体どんな物なのか単純に興味があった。展示されていたものは1種類のみで見た目は普通のペンとあまり変わりがないが、どうやらインクを付けて使うのではなくインクが中から自動的に補充される仕組みらしい。なるほど、これならペンには見えるが付加価値があるといえる。だが軸の素材は限られているし、若干太く重いように感じる。たぶん俺が受け取る予定の品はこういう物ではないだろう。
確かボヌスは言っていた。いかにもペンだが希少なペンだと。一体どんな素材と装飾の物なのか……。
待ち合わせはエドモンドが経営している貿易会社の事務所だ。いつもの建物に到着した俺は扉をノックする。扉を開けたのは執事の男だった。
「ギー様。お待ちしておりました。こちらにどうぞ」
「あぁ」
執事の後をついていく。案内されたのはいつもの部屋だ。
「ご主人様、ギー様をお連れいたしました」
「入ってもらいなさい」
執事は扉を開けると慇懃に頭を下げて俺に入室を促した。俺が中に入るとエドモンドが立ち上がって「こちらにどうぞ」とソファーを勧めた。勧められた隣のソファーに座っていた男も立ち上がると俺に頭を下げてきた。これが紹介したいという人物だろうか。俺は言われたソファーに腰掛けた。
「ギー様。お久しぶりですね」
「そうだな。それでこちらの方は?」
「えぇ。こちらが手紙でお知らせしました今回ご紹介させて頂きたい方でございます。ウェルペンの町の名士で貿易をメインに幅広く事業を行われているケヴィン様になります」
「初めましてケヴィンと申します。エドモンド様よりお噂はかねがねお聞きしております」
握手を求めてきたケヴィンは温和な顔付きで商人と言うには人に媚びるような雰囲気を一切漂わせない男だった。どこかで見たことのあるような顔立ちだが、俺には町の名士の知り合いなんぞいない。
「こちらこそ、初めまして。俺はギー。探索専門の冒険者をやっている。たかが冒険者だから呼び捨てにしてくれて構わない。エドモンドにもいつも言ってるんだがな」
俺が苦笑しているとエドモンドが笑って首を横に振った。
「Sランク冒険者のギー様が何をおっしゃっているのですか。謙遜のし過ぎというのは嫌味に取られることもあるのですよ」
「Sランク……ですか」
ケヴィンが目を見開いた。エドモンドの奴余計な事をいいやがって。
「おや、ケヴィン様にはギー様のランクをお伝えしておりませんでしたか……私としたことが手抜かりがありましたな。えぇ、ギー様にかかれば手に入れられない物はないでしょう。たとえそれがどんなに危険な場所にあろうとも」
「なるほど。そういうことでしたか」
妙に納得した風のケヴィンにエドモンドが頷いた。
「ですから今回ケヴィン様にご紹介したのですよ。私がウェルペンの町に行ければよかったのですが、王都を離れられなかったもので、ケヴィン様が王都にいらした機会にギー様をお呼び立てした次第です。急な事でご足労をおかけしました」
「いやそれは構わないが、俺に何か話があるのか?」
「はい。実はエドモンド様にドラゴンの件でご相談をしていたのです」
おいおい。
昨日この目で見た赤黒い巨体が脳裏に浮かぶ。俺は頭を抱えたいのを必死に堪えて尋ねた。
「相談というと?」
「ウェルペンの町付近に魔獣が出没していることはギー様もご存知かと思います。その件についてはギルドでも応援体制を整えてくれておりますが、そもそも魔獣の出没の原因となっているものがドラゴンでないかという調査結果が出たようでして」
「ケヴィン様はもしドラゴンが原因であれば場合によってはウェルペンの町に壊滅的な被害が及ぶことを懸念されてましてな、対策委員会を立ち上げられたのです。その委員会のオブザーバーとしてギー様に参画をお願いしたいそうなのです」
なるほど。来るか来ないかはっきりとしないドラゴンに予算は割けない。委員会を立ち上げて可能性を探り何らかの数値で示すことが出来ればドラゴン対策にも金が出るって訳か。
「ギー様はかつてドラゴンの鱗を手に入れられたことがあるとお聞きしました。是非ウェルペンのためにお力を貸して頂きたいと思いエドモンド様にこの場を設けて頂いたのです。ただ本日お会いしてみてあまりにお若い方だったので正直、ドラゴンの鱗の話は本当かと疑いました。冒険者ランクをお聞きしたからお願いするようで大変自分勝手ではございますが、対策委員会にお力添え頂けないでしょうか」
真摯な物言いに好感が持てた。確かに俺の年齢は30に届かない上に一般的な魔獣討伐が生業の冒険者と比べると筋骨隆々でもないため高ランクに見られることは滅多にない。ケヴィンが疑うのも無理はないだろう。
それにお堅い連中で作る対策委員会だ、ケヴィン一人が太鼓判を押したところで高ランクの肩書がなければオブザーバーとして認められることはないだろう。
あまりウェルペンの町でSランクだと吹聴して欲しくないんだが……。ったく、ボヌスの依頼を受けてからついてねぇな。
「そういうことじゃ仕方ないか」
「ケヴィン様、ようございましたね。それでは祝杯でもいかかですかな」
祝杯か……ご相伴には与りたいが明日は『ラ・メール』の早番だし乗り合い馬車の時間も気になる。
「すまないが明日は朝から仕事が入ってるんだ」
「ギー様、お仕事でございますか。それは何か探索に関わるお仕事でございますか?」
「いや、食堂の仕事なんだが……」
二人がきょとんとした顔をする。それもそうか。Sランク冒険者が食堂で働いているとは誰も思うまい。
「食堂でございますか。ギー様、大変差し出がましいようですが、もしお困りでしたら私の方でいくらでも御用立てさせて頂きますが」
さすが商売で成り上がったエドモンドらしい発言だが、借りを作った日にはどれだけ高くつくか分かったものじゃない。それに実のところ使えないというだけで金はあるのだ。
「ギー様のような方に働いて頂ける食堂が羨ましいですね。それではいかがでしょうか、私も本日ウェルペンに戻りますから、こちらで一緒に飲んだ後に私の馬車に乗って行かれませんか。道すがら色々とお話しもできますし」
帰りの足について察してくれたケヴィンの提案に、それなら飲んで帰るのも悪くないかと思う。
「『ラ・メール』が俺の存在をありがたいと思ってるかは知らないけどな。もし送ってもらえるなら遠慮なく飲ませてもらってもいいか?」
二人がまたきょとんとした顔をしている。何か変なこと言ったか?
「ギー様『ラ・メール』はケヴィン様が経営されているお店の一つでございますよ」
「えっ?」
「灯台下暗しとはこのことでございますね。ギー様、ありがとうございます。今後とも『ラ・メール』をよろしくお願いいたします」
「いや、俺が働かせてもらってるんだが……」
そうか……ケヴィンがイヴリンの父親だったのか。どうりでどこかで見たような顔をしていた筈だ。俺は内心苦笑した。
「それでは改めまして祝杯といたしましょう。別室にご用意させて頂きますのでこちらにどうぞ」
またドラゴンとの関わりが出来てしまったが、今は飲むのも悪くない。結局、俺は別室に揃えられた豪華な食事に舌鼓を打って、うまい酒を飲ませて貰った。
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