7 ドラゴン特需
昨日早かったせいか今朝は少し寝過ごした。だが今日は『ラ・メール』の仕事も休みで、他に差し迫った用事があるわけでもない。二度寝も悪くないかと考えたが、鍛冶屋のおじさんが仕事を手伝ってくれと言っていたのを思い出した。ちょっと聞いてみるか。俺はベッドから出ると簡単に身支度を整えて工房への階段を降りていった。
「おじさん、おはよう」
「おー、ギー。今日はゆっくりだな」
「今日は休みなんすよ。何手伝いますか」
「助かる。実は出来上がった蹄鉄があるんだがギルドに運んでもらえねぇか。頼まれてる量が半端なくてな。持って行ってる時間がねぇんだ」
「あぁ、蹄鉄ですか……」
ドラゴン関連で応援要請出してるって言ってたからな……。こりゃー、ドラゴン特需だな。まぁ、良い事ばかりとは限らないだろうが。
「裏に積んであるから。適当に運び出してくれるか」
「りょーかい」
裏口に回ってみると確かに蹄鉄の入った木箱が積み上がっていた。おじさん一人でよくこれだけ作ったなと感心する。俺は荷台に木箱を移していった。
積み終わったところで一度荷車を引いてみる。これぐらいなら動かせるか。たぶん三往復もすれば終わるだろう。
大通りに出てギルドを目指す。寝過ごしたと言ってもまだ日も高くなく往来を行く人はまばらだった。俺はのんびりと荷車を引いていく。『ラ・メール』の前を通り過ぎたがイヴリンは出て来なかった。きっと遅番なんだろう。そう言えば父親は港に構えた事務所にいると言っていたが、どんな人物なんだろうか。イヴリンみたいな娘から刺繍入りのハンカチを貰えるなんて最高だろうな……。
見えてきた広場にもやはり子供たちの姿はなかった。俺は荷車をギルドの脇に置くと中に入っていった。ジャックの姿を確認したが見当たらなかった。昨日の今日で会いたい相手ではない。俺はほっとして、報告カウンターの女性に納品場所を聞きに行った。
「あのー。蹄鉄の納品なんですが、どこに持ってけばいいですか?」
「ありがとうございますぅ。裏の解体場で受付してますのでぇ、そちらにお願いできますかぁ」
「あー、わかりました」
語尾を伸ばすしゃべり方で思い出した。確か冒険者の間で人気の高い受付嬢だった。確かに大きな目にくるんとカールしたふわふわした髪。いかにも男性受けしそうな感じだった。なるほどね。俺は勝手に納得すると荷車を裏の解体場に引いていった。
「蹄鉄を持ってきました」
「おー、数を確認するからこの台にあげてくれるか」
おれは指定された台の上に木箱を並べていく。
「これで全部か?」
「1/3ってとこですかね。全部揃ってからがいいっすか?」
「いや、これはこれで数えちまうから、少し待ってろ」
「わかりました」
俺は解体場の脇にあった椅子に腰かけた。解体場は柱の上に屋根だけ付けたオープンスペースで、作業台が10卓ずらりと並んでいる様はなかなか圧巻だ。そのうち何卓かには作業中の魔獣が積まれていた。これがドラゴンに追い立てられるように森から出て来た魔獣なんだろうか。
「待たせたな。この納入証明を報告カウンターに持っていけば料金が支払われる」
「ありがとうございました。それじゃ、残りも運んできますんで」
「よろしくな」
鍛冶屋の工房にあった蹄鉄を全て運び終えた俺は、荷車を片付けるとおじさんに声をかけた。
「おじさん、終わったよ。これ渡したら払ってくれるってさ」
「さすが早いな。助かった。おっと、これは今日の給金だ。それとギー宛の手紙が来てたぞ」
おじさんが金の入った巾着と近くの机に置いてあった手紙を渡してくれた。随分と巾着が重い……。
「おじさん金多くないか?」
「たまには美味いもんでも食ってこい。それでまた手伝ってくれると助かる」
「ありがたく貰っておく。いつでも声かけてくれ」
俺は手紙の封を切りながら階段を上っていった。内容は例の富豪からの近況伺いで、良ければ今夜王都に来ないかというものだった。どうやら紹介したい人がいるらしい。ベッドに腰掛けていた俺は、そのままゴロリと横になる。富豪からの誘いは随分と唐突だ。最近妙な受取依頼やらドラゴン騒動で疑心暗鬼になっていることは否めない。かと言って何かすることがあるわけではない……考えてても仕方ないか。俺は大きく背伸びをするとベッドから起き上がった。
クローゼットからベストを出してシャツの上に着こんだ。揃いのジャケットを腕にかけると、髪を少しだけ撫でつけた。俺は少し悩んだのち机の引き出しにしまっていた例のリボンがかけられた髪留めの箱を取り出すと部屋を出た。
「ギー、デートか?」
「残念ながら依頼の関係だよ。ちょっと王都まで行ってくる」
「そうか。たっぷり稼げる話だといいな」
いつものように豪快に笑うおじさんに見送られた俺は乗り合い馬車に乗るために工房を後にした。
ウェルペンの町に何ヶ所かあるが今回は『ラ・ニュイ』の先にある停留所を利用することにした。町中の停留所より工房から近いというのもあるが、王都寄りなため料金的にも少しだけ安かったからだ。
馬車はだいたい定刻通りにやってくるということもあり、自分で馬車を持っているような人たちでも乗り合い馬車を利用することが少なくない。
間もなく港方向から馬車が来た。俺は馭者に規定の料金を渡すと幌付きの荷台に乗り込んだ。荷台は側面に木の長椅子が設えてあり、向かい合わせに座るようになっている。昼前という中途半端な時間のせいか乗っていたのは老人と港湾関係者なのかがっちりした体躯の男の2名だけだった。俺が座るのを確認すると馬車は走り出した。天気もいいから20分もかからず王都に着くだろう。
今日呼び出してきた富豪はエドモンドという伯爵だ。伯爵とは言っても貴族籍を金で買った所謂新興組と呼ばれる貴族だ。ただし元々商売で成功した人物なのでうなるほど金を持っている。上着のポケットには例の髪留めの箱が入っている。エドモンドがまだ興味を持っているようなら渡してやるのもいいだろう。俺はポケットの上から箱を触った。
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