62 エドガーの申し出
「お久しぶりでございます。ジュール殿下」
サロンに入るとソファの横に立ったままの人物が頭を下げた。
「エドガー殿。お変わりないようで何よりです。どうぞおかけください」
商業ギルド長であるエドガーは柔らかな笑みを浮かべた。
「お呼び頂いたところ恐縮なのですが、ジュール殿下にお願いがございます」
「お願いですか?」
「先ずはこちらをご覧いただけますかな」
兄さんへの協力を依頼すべく呼んでいたというのに、先手を打たれる形になった事に少なからず動揺していた。面倒な話だったら今後の展開が難しくなる。
僕は眉を顰めてエドガーが差し出した紙を受け取った。
少し古びた紙を広げてみる。
署名!?
そこには沢山の人の名前が書かれていた。これはギルドに所属する職人の名前?
ということは……。
「フリースラントの復興にお役立て頂けないでしょうか」
「いいのですか。失敗すればあなたたちも罪に問われることになるのですよ」
「国が滅んだあの日、ギルドの職人たちに、もし同じ夢を見ても良いと思える時が来たら協力してくれないかと頼み、それぞれが想いを胸に名前を書いたのです。署名の管理は職人に任せ、私はこの10年ずっとその日を待ち続けました。そして先日漸くこの署名を受け取ったのです。これは私たち商業ギルドの総意なのです」
何と言う事だ。まさかギルド側から協力を申し出られるとは思っていなかった。
「エドガー殿。改めて私からお願いさせて下さい。兄上がクーデターの旗印となることになりました。フリースラントの復興に向けて是非お力をお貸し頂きたい」
「殿下、頭をお上げ下さい。ギルドはフリースラントの復興のため必ずや一助となりましょう」
「ありがとうございます。それにしても何がきっかけだったのですか」
エドガーは頭を上げて遠くを見るように目を細めた。
「あの日、それはいつもと何ら変わらない日だと思っておりました。ですが私の店にふらりといらした方、その方はアーチボルト殿下でございました。殿下が贈り物としてお選びになったのはフリースラント国王陛下の命で制作したアクセサリーでした。私はこれこそ神から与えられたチャンスだと思いました。そこで殿下に職人の許可を取って欲しいと頼んだのです。殿下は自ら職人の下に足を運び、見事にこの署名をお持ち下さいました」
「そんなことがあったのですか」
まったく兄さんって人は、こちらがどんな思いで協力を取りつけようと算段していたと思っているのでしょうね。無自覚でやられては僕の立場がないじゃないですか。
「それでアーチボルト殿下はブレスレットを無事に想い人に贈られたのですか」
エドガーの言葉が刺さった。そうかイヴリン嬢の付けていたブレスレットか……。
「何かご懸念がおありですか」
顔に出したつもりはなかったが、イヴリン嬢のことを思うと心穏やかにはいられなかった。流石はギルド長。やはり見抜かれたか。
「実は兄上の想い人と連絡が付かないのです」
「どうやら今度はこちらがお話をお伺いする番のようですね」
僕は縋るようにイヴリン嬢の件を話し始めた。
エドガーは途中言葉を挟むことなく、静かに聞いてくれた。
「イヴリン様とおっしゃるのですね。その方は今、ネーデルラン皇国のリチャード様のところにおられると。リチャード様でしたら存じ上げております。直ぐにでも様子を探って参りましょう」
「お願いできますか。一刻も早く兄上の誤解を解きたいのです。そのためにはイヴリン嬢に戻ってきて頂かないと」
「分かりました。イヴリン様の事は商業ギルドにお任せ下さい」
イヴリン嬢の動向をどうしても知る必要があったのだが、ギルドの協力を得るよりも難しいと感じていただけに、エドガーの申し出は正直有り難かった。
止まっていた歯車が動き出したような気がした。
(兄さん、お願いですから無茶はしないで下さいね)
商業ギルドという強い味方を得て、僕は次にやるべきことに取り掛かることにした。
お読み頂きありがとうございました。
 




