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61 亡くなった婚約者

今年もよろしくお願いします。

 部屋に戻ってすぐ扉を叩いたのはジョンソンさんだった。彼の立ち姿は相変わらず真っ直ぐで、貴族のお屋敷の執事とは皆こういうものなのだろうかと、いつもながらの疑問をぼんやりと抱いた。

 夕食の席で私を閉じ込めてでもこの屋敷に留めようとするかに見えたリチャード様は、「冗談ですよ」と突如話を切り上げた。そして引き結んでいた口元を緩めて寂しそうに微笑んでいた。そんな彼に私は何の言葉を返すことも出来なかった。

 もしやジョンソンさんは本当に私を監禁するつもりで訪れたのだろうか。そっと窺がってみたが、ジョンソンさんの表情からは何一つ読み取ることは出来なかった。


「イヴリンさん、少し宜しいですか」


 見た目の割に張りのある声が部屋に響いた。


「はい……」

「ご就寝前に申し訳ございません。少しお話ししておきたいことがございます」

「どうぞ」


 私がソファを勧めると、ジョンソンさんは扉を少しだけ開けたままにして、遠慮がちに足を踏み入れた。


「旦那様には以前、婚約者がいらっしゃったのです」

「婚約者ですか」

「その方――フランソワ様は残念ながら亡くなられてしまいました。イヴリンさん、貴女はフランソワ様にとても良く似ていらっしゃいます」


 言葉を切って顔を上げたジョンソンさんは、まるで私の中にフランソワ様の面影を探しているように思えた。


「少し、もう少しだけでいいのです。こちらにご滞在頂けないでしょうか。もちろんこれは、私、個人のお願いです」


 お願い……。

 私の願い、リチャード様の願い、そしてジョンソンさんの願い。きっと、ギーや、ポールさん達にもそれぞれの願いがあるのだろう。


「良いお返事をお待ちしております」


 ジョンソンさんは、胸に手を当てて頭を下げた。直ぐに答えを求められたなかったことに彼の気遣いが感じられた。


「このことは旦那様には内密にお願い致します。きっとお喜びにはなられないでしょうから」


 ジョンソンさんは部屋を出る前に振り返ると、それだけ口にして静かに扉を閉じた。

 再び訪れた静寂に包まれて、私はギーの願いについて考えた。






 点滅する光に、直ぐに通話のボタンを押した。

 もし兄さんならば今度こそ誤解を解かなければならない。


「兄さん!」

「いや、クロウだ。ギーがクーデターの旗印になることになった。フリースラントの復興も夢じゃないそうだ。そこで商業ギルド側を味方に引き入れられないかと思ってな」


 クロウか……。

 当てが外れて、その後続けられた言葉に追いつくのが精いっぱいだった。


「フリースラントの復興!? 兄さんを旗印にするというのは一体誰の発案なのですか」

「マルグリット王女殿下だ」

「王女殿下がなぜ?」

「それなんだが――」


 復興の二文字はまさに寝耳に水だった。そもそもピエールの下に向かったはずなのに、何でマギーが出てくるのか。

 私の疑問にクロウは事の顛末を説明してくれた。だがマギーの発案だという事に引っ掛かるものがあった。兄さん一筋のマギーが、このチャンスを見逃すはずがない。何かしらの交換条件ぐらい付けているに決まっている。だが今はそれよりも、クロウがイヴリン嬢について何も言ってこない事の方が驚きだった。

 兄さんは何も話していないのか……。


「ピエール殿はおられなかったのですか」

「ロベールによって妻子が……。今は復讐の気力すら沸かないようだ」

「そうですか」

「それでポール。商業ギルドの方は」

「既に手は打ってあります。復興目的ではありませんでしたがね」

「流石ジュール殿下だな」

「クロウがその呼び方をするのは、こんな時ばかりですね。もっと普段から敬ってもいいのですよ」

「はははっ。まぁ、考えておくわ」


 兄さんの信奉者であるクロウは、昔から兄さん以外の人間には軽口をたたく。もちろん公式な場所ではそれ相応の振る舞いをしてくる器用な一面を兼ね備えていた。

 イヴリン嬢の事を伝えるべきなのかどうなのか、クロウなら問題ないと分かってはいたが、言葉に詰まり話し出すことは出来なかった。そもそも始めからきちんと説明すべきだったのだと分かっていただけに、なおさら口が重くなった。


「兄さんはどんな様子ですか」


 こんなことを聞けばクロウのなら勘ぐるに決まっている。それでも確かめずにはいられなかった。


「ギーは、そうだな。何ていうか吹っ切れたような態度だ。あれは何か隠してるな……って、まさかお前まで隠し事か?」

「……」

「ギーに不利になるような事なら例えお前でも容赦しないぞ」

「整理したら話します」

「分かった。なるべく早く頼む」


 これ以上追及されたらどうしようかと思ったが、クロウの方で折れてくれた。


「いつもありがとう」

「らしくない返事だな」

「本当に感謝しているのですよ」


 通信具のランプが消えるとそっち立ち上がった。そろそろ商業ギルド長が訪れてくる時間だ。会うのは久しぶりだが、こちらの意図を組んで共に動いてくれるだろうか。個人としては頗る温厚な方であるが、ギルド長という肩書を背負えば、やはり利にならねば動いてくれぬだろう。フリースラントの復興後の東大陸の物流も視野に入れて話をせねばなるまい。今の時点でどこまで見通すことが出来るか、そこをクリアしなければ同意など得られるはずもなかった。

 簡単ではなさそうですね。

 私はクラバットをきつめに結び直すと、気を取り直してサロンに向かった。

お読み頂きありがとうございました。

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