6 イヴリンとの買い物
ギルドを後にして『ラ・メール』の早番に入った俺は、満員の食堂で客の対応に追われていた。これもギルドが出したとかいう応援要請に因るものかとうんざりする。
ドラゴンの事はもちろん気になるが、俺はシーカーであって戦闘系冒険者じゃない。『ラ・メール』で忙しくしているぐらいがお似合いだ。
宿屋の方も当然盛況で今のところイヴリンの顔を見ていない。もし彼女も早番ならこの前言っていた通り店を上がった後付き合ってやるつもりでいた。
「ギー」
ぐったりした顔のイヴリンが俺を手招きしている。テーブルの合間を縫ってイヴリンのいる方へ向かった。
「疲れてんな。せっかくの看板娘が台無しだぞ」
俺はイヴリンの目の下に出来た大きな隈を親指の腹でそっと撫でた。顔を真っ赤にしたイヴリンはそれを誤魔化すように口を尖らせた。
「もうっ。一言多いのよ、ギーは。それで今日は大丈夫そう?」
怒っていた顔を直ぐ不安そうにして俺を見上げてくる。
「あぁ、付き合うって約束したからな。でも疲れてんなら別に今日じゃなくてもいいんだぞ」
ぱぁっと花が咲いたように笑うイヴリン。本当に表情がくるくると変わる。
「ううん。今日でいいわ。ギー、終わったら声かけて!」
「はいはい、お姫様の仰せのままに」
「もうっ」
俺を叩こうとした手をとって「じゃ、後でな」と頭をぽんぽんと叩くと「子供扱いしないでよ」と抗議してくる。そこにイヴリンを呼ぶおばさんの声がした。
「ほら、呼ばれてんぞ」
「わかってるわよ」
ぷりぷりと怒るイヴリンの後ろ姿を見送って、俺はまだまだ盛況な食堂に戻った。
昼の客が漸くいなくなった頃、待ちきれなくなったのかイヴリンの方から顔を覗かせた。
「悪かったな。行くか?」
「もう大丈夫なの?」
「あぁ。ところで何しに行くんだ? 彼氏のプレゼントでも買うのか?」
俺がニヤニヤとして言えば、イヴリンは「違うわよっ」と刺すような視線を俺に向けたきた。何かまずいことを言っただろうか。俺が頭をかいていると「ほら、行くわよ」と言って先に歩き出した。
それを見ていたおばさんが「はぁ」と大きなため息をついた。
いや、俺は何もしてないぞ…………たぶん。
店を出た俺はイヴリンの先導で雑貨屋を目指し大通りを歩いていた。イヴリンが話してくれたところによると父親の誕生日が近いらしくプレゼントを買いたいが、男性の好みがよく分からないからアドバイスが欲しいとのことだった。
「そう言えばイヴリンの親父さん、普段見かけないな」
「父は貿易の仕事がメインだから港に構えた事務所にいるのよ」
てっきり『ラ・メール』だけかと思っていた俺は驚いた。メインの仕事って……なんだイヴリンはいいとこのお嬢さんだったのか。
「何でイヴリンは『ラ・メール』の仕事をしてるんだ?」
「母が始めた仕事なのよ」
「母っておばさんのことだろ?」
さっき盛大なため息をついていた恰幅のいいおばさんの姿を思い浮かべる。
「違うわよ。ギーの言ってるおばさんってアウラのことでしょ?」
どうやらあのおばさんの名前はアウラで、イヴリンの母親ではないらしい。確かに似てはいなかったか……。
「母クラリスは私の小さい頃に亡くなったのよ」
「そうだったのか……。悪い」
「別にいいのよ。昔のことだし。アウラは母の代から手伝ってくれている大恩人なの。彼女に色々と指導してもらってる。私ね『ラ・メール』で母と一緒に仕事をするのが夢だったの。今は母の『ラ・メール』を素敵にしていけたらなって頑張ってるわけ」
振り向いて誇らしげに笑うイヴリンの顔が夕日に照らされていた。
目指す雑貨屋は予想に反して大きい店構えだった。中に入ると、雑貨屋の名に恥じぬ品揃えに驚く。この中から決めろと言われたらと思うと軽く目眩を覚えた。
気軽に引き受けるべきじゃなかったか……。
目を輝かせたイヴリンが奥に向かっていった。腹をくくった俺は手前の棚から見ていくことにした。
きらきらしたアクセサリーが並んでいる。その隣には綺麗なリボン。
女性なら誰もが興味を持つであろう物が多い。なるほど、だから通りから見えるこの配置なのかと納得する。男は目的の物を買うためだけに店に入るが女性の目的は見ることにあると、俺のお得意様である富豪に聞かされたことがあった。
続いて並んでいた髪留めの中の一つに目を奪われた。精緻な銀細工に1か所だけ赤い色石が付けられているそれは……例の富豪が入れ込んだ職人の手のものに相違なかった。粗方買い占めたと思っていたが……。
依頼主が手に入れたものに比べると遥かに安い値が付けられたそれをカウンターで手持ち無沙汰にしていた店主のところに持っていく。
「これは一点しかないみたいだが」
「そちらでございますね。ウェルペンを引き払うことにになった方から丸々買い取った中の一品でしてね。取り敢えず置いておりますが、うちで扱う髪留めとしては少し高めのお値段でしてどうしたものか悩んでおりました。お買い求め頂けるのでしたらお勉強させてもらいます」
この価格でも安いと思っていたのに実直そうな店主が値を下げると言ってきたので驚いた。まぁ確かに、他の髪留めに比べたら桁が一つ違うか。
「そいつはありがたいな。それじゃ、こいつを包んでくれ」
「ありがとうございます。ご準備致しますので店内をご覧になっていて下さい」
ボヌスに貰った金もあったが、今朝のギルドからの報酬もある。これぐらいならば許されるだろう。今度富豪からの依頼を受ける時にでも手土産に持っていってやるとするか。俺は良い買い物が出来た事に満足して棚の物色に戻った。
次に目を引いたのはペン。そう、俺が数日後には受け取る予定の物だ。一応相場観も踏まえて確認していく。値段はまちまちだが、基本的には装飾で差がつけられているようだった。どんなペンを受け取ることになるのか分かるはずもないが、一般的な概念は理解できたと思う。その時「コホン」という店主の咳払いが聞こえた。振り返ると店主が黙って頷いた。
俺がカウンターに行くとリボンを掛けられた綺麗な箱が置いてあった。
あーー。イヴリンと来ていたからプレゼントと思われたか……。気づいた途端に気まずくなって頬をかく。急いで店主が言った金額を払うと俺は箱を上着のポケットにねじ込んだ。
俺は何食わぬ顔で、まだ奥の棚から離れないイヴリンの元に向かう。
「どうだ? 気になるものはあったか?」
「ギー見て! 凄い綺麗な色の糸がこんなに沢山」
そこには色とりどりの刺繍糸が並べられていた。刺繍なんて当然したこともないが、こんなに沢山の色で刺されている物だとは思ってもみなかった。
「こんなに沢山の色、どうやって使い分けるんだ?」
「あら、簡単な話じゃない? ギーは葉は何色だと思う?」
「『は』って、葉っぱのことか? 葉っぱは緑だろ?」
小さなため息をついたイヴリンが俺に説明をしてくれる。
「葉っぱといっても光に当たってる部分は明るく見えるし、陰になっているところは暗く見えるでしょ? 芽吹いたばかりの若葉は淡い色合いだし、夏になって成長した葉は力強い色をしてる。それに葉脈だってある。生きているものには沢山の色があるのよ」
イヴリンの見ている世界は生きているんだな……俺は眩しいものを見るように目を細めた。
「なるほど。なぁ、イヴリン。ハンカチに刺繍してプレゼントしてみたらどうだ? 孤児院のバザーでも貴族のお嬢様方が作った物は人気だろ?」
「確かに自分で刺繍したものをプレゼントしたことはないわ。何の意匠がいいと思う?」
「俺なら名前だけで充分嬉しいけどな。家紋とかあるなら、そういうのでもいいんじゃないか?」
俺の提案に少し黙っていたイヴリンが勢いよく顔を上げた。
「糸を選ぶわ。ちょっと時間がかかりそうなのだけど……待っていてもらえるかしら?」
「あぁ、別に構わないさ。好きなだけ選ぶといい」
嬉しそうに笑うイヴリンに、女性の買い物に付き合うのも悪くないなと思う。
俺が覚悟した程は時間をかけずに選び終えたイヴリンはシルクのハンカチ数枚と大量の糸を購入した。
ニヤニヤした顔の店主に見送られる。
いや、だから違うんだ。俺は心の声を大にして店主に訴えるも、しっかりやれとばかりに親指を立てて応援された……。
「今日はありがとう」
「いやいや、大したことはしてないだろ」
お礼を言ってきたイヴリンの瞳の色が赤いことに改めて気が付いた。そう言えばさっき購入した髪留めに付いていた石も赤かったか……。店主の勘違いの通りプレゼントしてやるのも悪くないかもしれないな。喜ぶイヴリンの顔を想像して俺は苦笑した。ったく、なに考えてるんだかな。俺にはそんな資格はないってのに。
「じゃ、ここで」
「おうっ。気を付けて帰れよ」
イヴリンを見送ると欠伸が出てきた。そう言えば今朝は早かったんだった。すっかりドラゴンの事を忘れていた自分に呆れつつ、鍛冶屋のある裏通り目指して踵を返した。
お読み頂きありがとうございました。