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57 予期せぬ出迎え

 どこまでも抜けるような青空の下、西大陸とは違う乾いた空気を胸一杯吸い込んだ。忘れようとしていた土地ではあるが、懐かしさが込み上げてくる。


「ギー様、あれは」


 漸く到着したポズナントの港。下船の準備を眺めていた俺に耳打ちしてきたクロウの視線の先には、一台の豪奢な馬車が停まっていた。


「ガリヤ国王女の紋章か」

「ご本人でしょうか」


 この船にはドルバック貿易のロゴも入っている。まさかとは思うがマルグリットは昔から勘が良かった。


「アーチボルト殿下。いったん船室に戻られますか?」


 船主であるケヴィンが気遣うような視線を向けてきた。


「いや、構わない。ここまで来たんだ、後は出たとこ勝負だ。ただしラインバウトには出て来ないよう伝えてくれ」

「かしこまりました」


 クロウに続いて船のタラップを下り始めると、開かれた馬車の扉から出て来たのは紛うことなきマルグリット本人だった。待ち構えていたようにこちらに向かってくる。


「アーチボルト様。お会いしたかったですわ」

「マギー、すっかり大人になったな」


 愛称での呼びかけに満面の笑みを浮かべた王女は、幼い頃の面影を残しつつも成人した女性ならではの妖艶さも漂わせていた。


「そこは綺麗になったと言って欲しいですわ」

「……悪い。それで大国の王女様が何でこんな所にいるんだ」

「せっかちですわね。殿下にお会いしたかったからに決まっているじゃありませんか」

「どうやら社交辞令の方も上達したみたいだな」

「相変わらず意地の悪い事をおっしゃいますのね。いいですわ、実は折り入ってアーチボルト殿下にご相談したいことがありますの」

「相談?」


 すっと身を寄せて来こようしたマギーに、すかさずクロウが反応したが俺は目線で止めた。マギーは面白そうにクロウを見ると、少しだけ広げた扇子で口元を隠し俺に囁いた。


『イヴリンさんがネーデルラン皇国のリチャードの手に落ちましたわ』


 イヴリンがどうしたと言った? ポールやホークと一緒にいるはずじゃなかったのか? 思わずマギーの肩を掴んだ。


「痛っ」

「す、すまない」


 顔を顰めるマギーから慌てて手を離した。


「きちんと説明致しますわ。ご一緒頂けるでしょ?」

「どこへ行く?」

「ピエールの所に決まっているじゃありませんか。そもそもアーチボルト殿下が訪れるつもりだった所ではないのですか?」


 全てお見通しというわけか。さも当たり前のように言うマギーに、一体この先何を聞かされる事になるのか顔が強張るのを感じた。


「嫌ですわ、そんなに恐い顔をして。さぁ、クロウもドルバック貿易の方々も参りましょう」


 彼女の思惑は分からないが、イヴリンがどうなっているのか知る必要がある。ポールから何も言ってきていない以上、彼女から聞くしかない。それに彼女の言う通り当初の目的であるピエールの所に向かえるのだから、と事態を判断し兼ねている自分に言い聞かせた。

 俺は振り返るとクロウとケヴィンに頷いた。

 こうして東大陸に到着早々俺たちは思いもしない出迎えを受け、ピエールの屋敷に向かうことになった。






「改めまして、殿下。ご壮健何よりでございます」


 品の良い調度品が置かれたサロン。ソファに座った俺の前で胸に手を当て頭を垂れているのはこの屋敷の主――ピエールだった。


「殿下は止めてくれ。今の俺は何者でもないのだから。それは貴殿が一番良くご存知のはずだが」

「それを仰られると辛いですな」


 力なく笑ったピエールの顔は酷くやつれて見えた。


「それで貴殿も王女殿下の相談とやらに一枚噛んでいるのか?」

「そうだとも、そうではないとも言えるでしょうか」

「ほぉ」


 ピエールの言葉の真意を測りかねていると、着替えたマギーが入ってきた。まだ日が高いため胸元の露出を抑えたドレスのはずだが、それでも尚、一国の王女としての彼女の輝きは増すばかりのように思われた。


「殿方だけで話を進めるおつもりですか? 私も混ぜて下さいな」


 無邪気に笑って見せているが、彼女の碧い瞳は冷たい湖の底のように静かだった。


「王女殿下抜きにして出来るはずもありません」

「まぁ、ピエール。それは皮肉なの?」


 どうやら話の主導権はマギーが握っているようだ。何の相談だか知らないが、俺が聞きたいのはイヴリンの事だけだった。


「それでイヴリンはどうしてリチャードの所にいる」

「知りませんわ。三日前リチャード様がファティマ国の宝を手に入れたとお兄様に言っていましたの」


 三日も前のことなのか。俺は膝の上で組んでいた両手を強く握った。ポールはなぜ俺に連絡してこない。それとも、こられないのか? いや、ホークだっているんだ、出来ないはずはない。


「大丈夫ですわよ。リチャード様ならお兄様と違って直ぐ殺したりしませんもの。ねぇ、ピエール様?」


 ピエールの顔がぐにゃりと歪んだ。人間の顔はこんなに崩れるものなのか。


「ピエール殿、何があった」

「奥様とお子様がお亡くなりになられましたのよ」


 自我を保つので必死な様子のピエールに代わり、マギーが淡々と答えた。マギーの言葉を聞いたピエールの顔から色が抜け落ちた。半ば開いた口が微かに震えている。


「わたくし最近のお兄様には失望していますの。だからご相談です。アーチボルト様、わたくしと共にガリア王国を治めませんこと?」

お読み頂きありがとうございました。

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