47 ジュール殿下
西日に照れされた倉庫の影が濃く長く港に伸びている。気が付けば久々に出し続けた俺の声はガラガラだったが、なぜだかとても気分が良かった。
大量にあった荷に加え急遽運び込まれた荷もあり、とても今日中に終わるとは思えなかったが、何とかあるべき所に落ち着いた。最後の荷を馬車に積み終えた港湾夫達は口数少なく座り込んだ。普段なら余力を残している港湾夫達のそんな姿が、いかに今日の仕事が大変だったかを物語っていた。
「みんな聞いてくれ。今日の荷運びは全て片付いた。これもみんなの協力あってのことだ。礼を言う」
俺が深々と頭を下げると、港湾夫達は次々と立ち上がり俺を囲んだ。
「いや、あんたこそだろ。いきなり指示が出せるなんてなっ」
「そうだぜ。ちょっとキツイ仕事だったがな。きっちり終わらせることが出来たのはあんたのお陰だ」
「俺たちもこの仕事に誇りを持ってる。やり終えて良かったよ。また頼むな」
口々に発せられる言葉にはこびへつらい等何もない。その場にいたものだけでしか分かち合えない絆がそこにはあった。こんなに気持ちが高揚したのはいつ以来だろうか。それは再び働きたいという気持ちが俺の中に戻ってきた瞬間だった。どうやら働くという事は俺にとってかけがえのないものなのだと、認識せざるを得なかった。
「みんな、ありがとう。これは俺からの礼だ。一杯やってくれ」
俺が金の入った巾着を掲げると、港湾夫達は「おうっ」と一斉に声を上げた。先ほどまでの疲れはどこへ行ったのか、肩を組み足早に港を引き上げていく港湾夫達を俺は笑顔で見送った。
「やっぱり貴方に頼んで正解だったな。私たちも飲みに行くとしようじゃないか」
いつの間にか隣に立っていたのは、勝手に俺のことを臨時の監督者に仕立てた男だった。
「あっ、あんた。あんたは一体何者なんだ」
「まぁまぁ。先ずは酒をご馳走させてくれ。話はそれからだ」
昼間俺に依頼してきた時のように屈託なく笑った男に、俺は毒気を抜かれて大人しく頷いた。
「あぁ、そうだな。たっぷり飲ませてもらうとしようか」
あの後ラインバウトだと名乗った男の振る舞う酒を飲みながら、彼が貿易会社を経営していることを知った。そして港での手腕を買われ、俺は彼の貿易会社で働くことになって今日に至っている。ちなみにラインバウト様がかつてフリースラント王国の外相まで務めたと知ることになったのは、俺がこの貿易会社の幹部になってからの事だ。
ラインバウト様は以前俺の前に立ちふさがった時のような瞳をボヌスに向けている。いつでも人に対して好奇心が旺盛なのだな、と変わらないラインバウト様の人柄に、ガリア王国のやりようを聞いて先ほどまで感じていた陰惨な気持ちは少しだけ和らいだ。
「この者は私のキャラバンで一番弟子であったボヌスという者です。この者からの話を聞き、是非ラインバウト様にご相談したく、お時間を頂戴しました」
「ハッサム。そんな目をしている貴方を見るのは久々だな」
深く低いラインバウト様の声に促されるように、俺は改めてボヌスから聞いた話を伝えた。腕を組んでソファーに背中を預け、黙って聞いていたラインバウト様の表情は徐々に硬くなっていった。
「ロベールは東大陸だけでは飽き足らないのかっ」
話を聞き終えると吐き出すように言ったラインバウト様は、怒りの矛先をどこに向ければいいのかとばかり、宙に浮かせた拳を震わせていた。
その時応接室の扉が開き、躊躇うことなくつかつかと中に入ってきた人物に俺たちの視線は注がれた。
「ラインバウト殿、そのお怒り私に預けて頂けませんか」
「ジュール殿下!? なぜこちらに? この話を殿下もご存知なのですか?」
彼はたまに貿易会社で見かける青年だった。いつもラインバウト様とお話されていたので、そこそこ身分のある者か、それとも別の貿易会社から寄越されている者なのだろうと思っていた。その青年が殿下だと?
ラインバウト様が殿下と呼び、このような所に現れることが可能な人物となれば、それは自ずとフリースラント王国の王子ということになる。かの王国にはお二人の王子がいらしたはずだ。確か第一王子はアーチボルト殿下で――そうだ第二王子はジュール殿下だった。
「またそうやって直ぐに殿下と呼ぶ。貴方は本当に困った方ですね」
呆れたように声を掛けたジュール殿下に、ラインバウト様はしまったという顔をして俺たちを見た。
「皆さまお話しのところ勝手に押し掛けて申し訳ありません。実は皆さまに少しご協力頂けないかと思いましてね」
僅かに微笑まれたジュール殿下は、女でも嫉妬しそうな程の綺麗な顔立ちで、男の俺でも思わず唾を飲み込んだ。だがその美しさは人を惹き付けて尚人を従える威厳をも漂わせていた。これが王家の覇気というものなのか、俺は畏怖にも似た感情に体が震えるのを止めることが出来なかった。それはボヌスも同じようで、彼の瞳はジュール殿下に釘付けになったままで固まっていた。
お読み頂きありがとうございました。




