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43 ドミニクの帰る場所

「ラディン。新規のお客様よ」


 ラディンと呼ばれたその少年は俺たちの姿を認めると、満面の笑みを浮かべた。


「本当に来てくれたんだ」

「何だ、ラディンの呼び込みのお陰なのね」


 肩を軽く上げたドミニクは先ほど試食させてくれた胡椒クッキーを小皿に出してくれた。


「残念ながらエールは無いのよ。船で運ぶのには適さなくてね。蒸溜酒やワインばかりなんだけど、どうする?」

「蒸溜酒は何があるんだ」

「このクッキーが好きならフェイジョアのお酒はどうかしら」

「へぇ、そいつは珍しいな。それを貰おうか。クロウはどうする」

「そうだな。俺もそれにする」

「オーケー。用意するわ」


 ドミニクはカウンターの棚から琥珀色の瓶を取り出すと、この島で使われるには不釣り合いなほど綺麗なショットグラスにトクトクと注いだ。


「随分といいグラスを使ってるんだな」

「物の価値が分かる人って好きよ」


 しゃべり方からして不思議な奴だと思っていたが、これは面白い。


「オーナー、納品が終わったんで俺は失礼します」

「ありがとね、ラディン。また、よろしく」


 ドミニクは、俺たちにもペコリと頭を下げたラディンを、ひらひらと手を上げて見送った。


「あの子ね、良く働くし気が利くのよ」

「まだ少年のようだが」

「ガリア王国じゃ、食べていけないみたい。あんなに大国なのにね」


 食べていけない? 西大陸にも勢力を伸ばそうとしているというのに、何故その国の民が困窮しているというのか。


「ロタール経由の交易路はズタズタなのよ。お陰で内陸部まで物資が流通していないの」

「それじゃガリア王国どころかロタールの経済も逼迫してるんじゃないのか」

「えぇ、その通りよ。まぁ、お陰で良い品物を安価に買い取ることも出来てるんだけどね。ごめんなさいね、堅苦しいお話をしちゃった。それよりフェイジョアのお酒、飲んでみて」


 もう少し東大陸の現在の状況について聞きたいところだが、ここはバーだ、先ずはドミニクの言う通り酒を飲むのが礼儀というものだろう。本音を言えば、ただ早く飲んでみたかっただけなのだが、クロウの顔にもそう書いてあるようで、俺は少し安心した。

 瓶の色は琥珀だったが、グラスの中の液体は透明で、店内の淡い灯を映して揺れている。グラスに口を付けると、フェイジョアならではのねっとりとした香りが立ち上ってきた。口当たりは柔らかいが、すぐに膨らんでいくその味わいは、太陽の光を燦燦と受ける大地のような逞しさがあった。


「こいつは思ったより力強いな」

「そうでしょ? そのギャップがいいところなの。おかけでこの胡椒クッキーも生まれたってわけ」

「なるほどな、確かにこの酒にはぴったりのつまみだな」


 まるで自分のことを褒められたように喜ぶドミニクの顔は本当に美しかった。どこぞの貴族だと言われても納得の行く雰囲気を持っている。ドミニクのような者が何故このような大洋の島で商売をしているのか興味をそそられた。


「この店の建物だけ新しいようだったが」

「そうなのよ、つい一月前に始めたばかりなの。ここなら色々な人に会えるでしょ。人脈を広げるにはぴったりかと思って」

「ほぉ。最終的に目指す場所があるのか」

「フリースラントに帰りたいと思ってるわ。あそこは私にとってかけがえのない場所だから。って、私ったら何をペラペラしゃべってるのかしらね。普段はこんなこと話したりしないのに」


 頭を殴られたような衝撃が全身を貫いた。

 ここでフリースラントの名をしかもドミニクから聞かされようとは、クロウのグラスを持つ手に力が入っているのが分かった。


「フリースラントの出身なのか」

「そう。こう見えてもさる男爵家の嫡男なのよ。なんてね。こんなこと言ってもどうせ信じる人なんていやしないけど」

「男爵家の嫡男がなぜここにいるんだ? 連合国の支配下にあるとは言え、生活は出来ているんだろ」

「王家の英断で殺戮こそなかったけれど、今あの国はガリア王国の横暴で死んだも同然。何もかもが虚ろなの。ねぇ、私もお酒貰っていいかしら」


 俺が頷くとドミニクは自分のグラスを用意し、同じく琥珀色の瓶から液体を注ぎ入れた。そのグラスをしばらくじっと見つめると、中身を一気にあおった。


「貴族の末端でしかない私の力なんてちっぽけだってことは分かってるけど、何か出来ることがあるんじゃないかと思って、東大陸中の国を回ってみたの。でも駄目。どの国もガリア王国の影に怯えてばかりで、有益な人脈を見つけることは出来なかったわ。だからこの島に来たの」


 俺たち王家が去った後こうして国のために動こうとする人物がいることが嬉しい反面、自分たちが国を見捨ててしまったと言われているような気がして胸が締めつられるようだった。


「済まなかった」


 それが当然のことだとばかり俺は頭を下げていた。クロウが俺の肘をつついた。


「やだ。貴方が謝ることじゃないわよ……って、ちょっと待って。まさか、そうなの?」


 両目を見開いたドミニクは両手で口を押えて震えている。


「だって、そんな。でもプラチナブロンドに紫色の瞳と言えばフリースラント王家の証……」


 口を噤んだドミニクの瞳から大粒の涙が流れ落ちた。クロウが深いため息をついて、俺に呆れたような視線を投げてよこした。

お読み頂きありがとうございました。

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