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40 新店舗の名前

「皆さん、この一週間ありがとうございました。早速ですが新店舗の名前をそれぞれ発表して頂けますでしょうか」

「それじゃ、僕からいこうか。僕は『ル・ポン』。架け橋という意味だね。『ラ・メール』と新店舗、そしてウェルペンの架け橋になれるようにという願いを込めたんだ」

「次は私かね。私は『ル・ジャルダン』。庭だよ。皆が気軽に遊びにくるような親しみのもてる店になればという気持ちからだね」


 ポールもアウラも、やはりしっかり考えてきていた。二人の想いのこもった名前を聞いていると、どれも良さそうに聞こえて、もうどちらかでいいのではないかという気になってくる。


「ホークさんはいかがですか」


 イヴリンさんに促されて、俺は膝の上に置いていた手をギュッと握りしめた。


「俺は『アンソレイエ』。陽だまりという意味だ。人が集まって温かい場所になればと思った」

「へぇ、なかなかやるじゃないか」


 アウラが俺の背中を思いきり叩いたおかげで、うおっと変な声が出てしまったが、俺なんかの考えた名前でも受け入れられるんだと嬉しくなった。


「やはり皆さんにお願いして良かったです。それで、いかがでしょう、どれがいいと思われますか」


 それぞれに良さがある。

 後はこの中からイヴリンさんが決めればいいのではないだろうか。何も俺たちで一つに絞る必要はない。


「私はホークの『アンソレイエ』がいいと思うよ」

「アウラさんが良いのでしたら、僕も『アンソレイエ』を推したいですね」

「いやいや、待ってくれよ。俺はアウラやポールの考えてきた方が良い気がするぜ」


 俺はテーブルに手をついて腰を浮かせた。それを制するようにアウラが俺の腕を引っ張った。


「まぁまぁ、お座りよ。別にやけっぱちになって、あんたのが良いと言ってる訳じゃないんだよ。ポールの『ル・ポン』も私の『ル・ジャルダン』も人が集まらなくても架け橋だし、庭なんだよ。要は既に完成された場所なんだ。だけど、あんたの『アンソレイエ』は人が集まって初めて何らかの場所になる。それが橋かもしれないし、庭かもしれない。だからこれからそういう場所を目指して行こうという意味で『アンソレイエ』が新店舗の名前に一番ぴったりくるんじゃないかと思うんだよ」

「僕もアウラさんの意見に賛成です。これで2対1ですね。イヴリン嬢、いかがでしょうか」


 俺らのやり取りを聞いていたイヴリンさんは、目を輝かせながら大きく頷いた。


「はい、私も『アンソレイエ』が気に入りました。ホークさん、その名前使わせて頂いて宜しいでしょうか」

「あ、あぁ。俺は構わないが、本当にいいのか?」

「本当にしょうがない男だねぇ。こういう時は使ってくれと胸を張って言えばいいんだよ」


 またもアウラに背中をバシバシと叩かれて、俺は咳き込こんだ。そんな照れくさい事、言える訳がない。向かいでポールがくっくっと笑っている。

 本当に俺の考えた名前が新店舗に付けられるのか……なんだか実感が湧かないが、少し誇らしい不思議な経験だった。思えばこんなに気持ちが高揚するのはファティマ国を出て以来初めてかもしれない。






 10年前ギーに付いてファティマ国に行くという兄貴と一緒に俺もこの地にやってきた。元々ギーに憧れていたこともあり、フリースラント王国を出ることに違和感はなかった。なぜファティマ国だったのかと言えば、ポールの婚約者であったメラニーの母親がファティマ国の出身だったからだ。


 フリースラント王国の事情を知って迷わず手を差し伸べたロシュフォール侯爵家は、事業展開している貿易会社の一つをメラニーの父親ラインバウトに任せることを決めたばかりか、王都にメラニー一家の屋敷と、ギーとポールそして俺たち兄弟の屋敷までそれぞれ用意してくれた。そして表立って動くことの出来ない国王陛下と女王様には、ロシュフォール侯爵家の領地に新たに屋敷を建てたのだった。


 こうしてファティマ国王都での生活を始めた俺たちだったが、その生活に慣れる間も無く、突然ギーは冒険者になると言い出した。流石に兄貴も俺も反対したのだが、ギー(きっと何もせずに与えられた屋敷にいるのが辛かったのだろう)に引きずられるように、結局俺たち兄弟は冒険者として暮らしていく道を選んだ。ただポールだけは我が道を行くで、いつもあちこちの仕事の手伝いと称しては屋敷を空けることが多くなっていった。


 ギーは元々保有する魔力量が膨大であったため、あっと言う間に冒険者としてのし上がっていった。兄貴はこれまでの長剣からギーに賜ったという大剣に替えるや否や、ファティマ国中の冒険者ギルドを席巻していった。

 俺はと言えば、兄貴よりも恵まれた体形を持て余していたのだが、冒険者となったことで思う存分その利点を活かせるようになった。お陰で気が付けば『瞬殺のホーク』なんて言う空恐ろしい名前で囁かれるようになっていた。


 ギーは魔獣討伐したい訳じゃないと言っている割に、小難しい探索を受けて来ては淡々と高ランクの魔獣を倒しては依頼を完遂させていった。ある日ドラゴンの鱗を採取に行くと言われた時は、ギーを突き動かしているものが何なのか正直よく分からなくなった。「ドラゴンの鱗がどんなものか知ってるんだろうな、命を捨てに行くようなものじゃないか」と詰め寄った俺に、分かってるさと小さく答えたギーの様子を見て俺は悟った。あぁ、こいつの心はもう何にも興味など持っていないんだと。

 フリースラント王国で俺が唯一憧れていたギーは、もうそこにいなかった。きっともう二度とギーの心に光が差し込むことはないのだと決めつけていた。

 

 ――イヴリンを守って欲しい。


 頼んできたギーの声は、以前俺が憧れていた時と同じものだった。自分の欲するものを知っている声だった。欲するもののために何が出来るのか何をすべきなのか、瞬時に考えて迷いなく行動に移していく様は、いつも俺の憧れだった。そのギーが戻ってきたのだと思った。


 俺は喜ぶと共に、以前のギーに戻してくれたイヴリンという女性に興味が沸いた。


 ポールに言われて『ラ・メール』に到着した時、宿泊ですかと声を掛けて来た女性がイヴリンさんだった。色白で可愛らしく、だが凛として上品。でも貴族令嬢にありがちな澄ました雰囲気はなかった。


 気が付くと俺は食堂から彼女の姿を頻繁に追っていた。


 本当に良く働く。色々な事に気が回り、気さくに接しながらも『ラ・メール』の主人として場を仕切ることも出来る。

 これはギーにも感じていたことだが、イヴリンさんも生まれながらにして気高さのようなものを持っている人なのだと思った。ポールから彼女はドルバック貿易で姫様と呼ばれていると聞かされていたが、まさにその価値のある人物に思えた。


 イヴリンさんが雷爺さん――フィリップ卿の孫だと聞かされた時は、あの老侯爵と可憐な姫の血が繋がっているということが俄かには信じられなかった。だが同時に、あの気高さは貴族の血を引いているからなのか、とすんなり納得することが出来た。


 もっと彼女を見ていたい。


 そんな俺にポールは呆れた顔して釘を刺してきた。ポールの言いたいことは良く分かっている。だが俺の気持ちはそんな邪な物じゃない。これはギーに抱いていたものと同じ憧れだ。ギーやイヴリンさんの作り出す世界は輝いている。彼らの放つ人の上に立つ者としての独特の波動に、俺は惹きつけられずにはいられなかった。

 この前イヴリンさんは流暢なフリースラント語を披露した。読み書きも出来ると言っていた。まさにギーの横に並び立つに相応しい人物だ。


 兄貴がギーの近衛騎士となり忠誠を誓った時、羨ましいと思うと同時に、俺が忠誠を捧げる機会が永遠に閉ざされたと知った。そもそもポールの側近であった俺に、そんな機会が与えられる筈もなかったというのに、俺はいつもギーの近衛騎士になることを諦められないでいた。

 だが再び同じ憧れを抱ける対象が出来た。それがイヴリンさんであり、俺の憧れるギーが守りたいと言った人であることは、何という奇跡なのだろうか。ギーに兄貴がいるならば、俺はイヴリンさんに忠誠を誓おう。正式な騎士ではないが、必ず守り通してみせる。そしてギーとイヴリンさんの作り出す世界を最後まで見届けるのだ。これは天が俺のために用意してくれたチャンスに違いないのだから。

お読み頂きありがとうございました。

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