4 ギルドに顔を出してみたら
次の日、『ラ・メール』での仕事が遅番だった俺は、久々に冒険者ギルドに顔を出すことにした。
このウェルペンの港町は王都から馬車で20分程の場所にある。王都に冒険者ギルドがあるため王都から近いウェルペンには本来なら不要なのだが、隣国との定期船が運航している港町ということで小さいながらもギルドが建てられた。
いつもの大通りを港方向に進んで行く。途中、『ラ・メール』の前を通るとイヴリンが宿屋の客を送り出しているところで、俺に気が付いて大きく手を振っている。俺は「後でな」と唇だけ動かして軽く手を上げた。しばらく進むと広場に面して建っている冒険者ギルドが見えてきた。駆け回る子供たちの合間を縫って俺はのんびりとギルドの扉を潜った。
右手には依頼が張り出される掲示板。左手には受付や報告のカウンターが並んでいる。依頼票が張り出されるのは朝のため、この時間に探しにくる物好きは多くなく掲示板の前は空いていた。
一応確認しておくか。俺は依頼票を丹念に見ていく。薬草採取の依頼が何枚か残っていたが、北の森の入り口付近で採れる物ばかりで特に目を引く物はなかった。
採取系の依頼を馬鹿にして見向きもしない者もいるが、その辺で採れる物は別としてごく稀にレアな素材が依頼されていることがある。そういった物の場合、採取の場所も危険が伴うことが多く自ずと依頼金額も高くなる。だが、俺の真の狙いはそこにあるわけじゃない。その依頼をこなすことで、依頼主からの直接の取引につなげていくのが俺のやり方だった。所謂ギルド外しである。と言ってもギルドには頼めないような物の依頼を受けるのであってギルドに目を付けられるようなことをしているわけではない。
残りの依頼票が魔獣討伐であることを確認した俺は受付に向かう。いつものカウンターにジャックは座っていた。頬に傷のある大柄な男で、見た目の通り不愛想な奴だ。何で受付をやっているのか不思議に思う向きも多いが、奴は極めて有能だ。
ウェルペンの冒険者の力量を把握し、依頼票に見合ったものか瞬時に判断が出来る。駄目なものは平気で突き返すおかげでウェルペンの依頼達成率はファティマ国中のギルドの中で5本の指に入る。
ジャックのカウンターに肘をついた俺は、ジャックに顔を寄せた。
「よっ、最近調子はどーよ」
「お前が現れると碌なことがないんだよ、ギー」
ジャックは胡散臭そうな顔をして俺を見た。
「そう言うなって。で、何が起こってんだよ? 観光シーズンでもないのに町に人が多い」
「薬草採取の依頼が残ってる」
無表情のまま答えるジャックに思わず舌打ちをする。
「分かったよ、持ってくりゃいいんだろ」
俺は誰にも顧みられることなく残っていた薬草採取の依頼票3枚を剥がしてくると、ジャックのカウンターに叩きつけた。
「期限は明日のお昼までだ」
「まじかよ。明日は朝から仕事だって」
ジャックは俺の持ってきた依頼票を処理し始める。
「お前なら早朝にちょいと行ってこられるだろ」
「わかったよ。それで何が起こってるのか教えてくれるんだろうな」
「あぁ、ちゃんと依頼を達成したらな」
「…………」
やられた。
俺はジャックから依頼対象の薬草について説明を聞かされた。
「頼んだぞ」
「はいはい。んじゃ、明日な」
新たな依頼が書き込まれたカードを手にすると俺はギルドを後にした。先ほど遊んでいた子供たちは家に帰ったのか静かになった広場を突っ切って俺は『ラ・メール』に向かった。
何やら騒がしい。俺が『ラ・メール』の近くまで来くると店先でイヴリンが数人の客に囲まれていた。仕方ねぇなぁ。俺は走っていった。聞こえてきたのは隣国語だった。ウェルペンの港町で商売をやってるものなら大抵隣国語はマスターしているが、イヴリンは困った顔をしている。
俺は客とイヴリンの間に入ると隣国語で『どうしたのか』と聞いた。
『港でここがお勧めと聞いてきたのに満室だと言われた。どこに泊まればいいのか分からない』
「イヴリン、今日は宿屋はどこも満室なのか?」
「そうなのよ。どこも一杯で無理だって言ってるんだけど」
「なるほど」
俺は昨晩の居酒屋を思い出した。
「もしかしたら当てがあるかもしれないぜ」
「ギーほんと?」
「それまで食堂で金でも落としてもらえ」
「わかった!」
昨日の今日で行くのも気が引けたが、俺は『ラ・ニュイ』に向けて走り出した。
ウェルペン中の宿屋が埋まるなんてそうそうあることじゃない。一体何だってんだ。
『ラ・ニュイ』が開店するには早い時間かと思ったが、店の扉は開いていた。入口から顔だけ出して中を覗いてみると、昨日の店主がカウンター向こうに立っていた。俺に気付いた店主が頭を下げた。
「今日って、部屋空いてるのか?」
「3室ならば大丈夫です」
「一応聞いておくが、宿泊もいいんだよな」
「えぇ。もちろんです」
「もしかして、馬鹿高いのか?」
「ウェルペンの宿屋の相場と一緒ですよ。宣伝してないだけで、ちゃんと宿屋としての許可も取ってあります」
「そうか。じゃー、3部屋空けといてくれ」
「早速ご贔屓にどうも」
店主に慇懃に挨拶され『ラ・ニュイ』を出た。なんやかんやで色々と走り回ってしまったが、俺は明日の早朝、薬草採取に北の森まで行かなければならいんだった。
これから始まる遅番の仕事のことを思うと俺はぐったりとした。
隣国からの客は食堂で気持ちよさそうに飲んでいた。さすがイヴリン、上手くやったらしいな。俺はそいつらに『ラ・ニュイ』を紹介してやると「よく見つかったわね」と目を丸くするイヴリンと交代して仕事についた。
食堂が混み合う時間になってきた頃、聞き覚えのある声が近づいてきた。
「やだー、ついてる。ギーがいるよ」
「ほんとだほんとだ」
人気の酒場で働いているシャーロットとフローレンスだ。
「お前らが来ると碌な事がないんだよ」
ん? これは昼間俺がジャックに言われた台詞だったか……。
苦笑いをしつつ相手をする。
「ひどーい。せっかくギーの顔見に来たのに」
「今さっき『ついてる』って言ったのはどこのどいつだよ。偶々来たくせに、よく言うな」
呆れたように言った俺に二人が大笑いする。
「で、何飲むんだ?」
「んーと、ワイン!」
「はぁ? お前らワインってのはお高いものなんだぞ」
「知ってるしぃ」
俺は二人に顔を近づけると「何飲んでも構わないけどよ。あんまり派手に金を使うと後でぶっすりやられるぞ」と小声で注意した。
比較的客層の良い『ラ・メール』ではあるが、誰が聞き耳立てているかわかったもんじゃない。
二人は顔を青くして「ギー、怖い事言わないでよ」と腕をさすっている。
「今日はエールにしとけ」
「はーーーーい」
ったく、あいつらどこでそんな大金を手に入れたんだ? 宿屋は満室だっていうし、やっぱり何か起きてるのか……。明日の薬草採取は真剣にやって、ジャックに話を聞かなきゃならねぇな。
俺は盛大なため息をつくと、エールを注ぎにカウンターに戻った。
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