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36 ボヌス再び

大分空いてしまいました。申し訳ありません。

「なぁ、ポール。イヴリンさんはいつもあんな感じなのか?」

「あんな感じというのは?」

「素直っていうか、無邪気っていうか。でも場を支配する風格っていうか、とにかく色々な面を持ってるってことだよ」

「へぇ。ホークでもそういうのに気が付くんですね」

「どういう意味だよ」


 ポールとは同い年だが俺のことをこんなに珍しそうに見たことは今まで無かったと思う。


「褒めているんですよ。思っていた以上に僕の側近は出来が良かったなと」

「その言い方が上から目線なんだよ。ったく」


 第二王子であったこいつの方が立場的にも上だという事は幼い頃から重々承知してきたが、同い年だけにその物言いに腹が立つのも仕方がないというものだろう。


「そうですね、僕もイヴリン嬢は凄い方だと思っています。先ほどの新店舗の件ですが、出発点は女性用の定食です。需要があることは明らかになったものの『ラ・メール』ではその普及に限界があることが分かり新店舗で展開させようという訳です。ここまでなら誰でも考えつくでしょう」


 俺でもなと言わんばかりの視線を向けてくるポールに、思わず舌打ちをした。


「でも新店舗にだけ目が行きがちなんですよ。しかしイヴリン嬢は『ラ・メール』と新店舗の両方を活かせるように考えて行動しています。しかも建物については相手の事情も考慮して契約の話を進めている訳ですからね、それだけの視野を持って動ける人は多くはないでしょう」


 確かにその通りだ。何かを成功させる人間の多くは思いもしない視点から物を見ている。


「しかもです、その新店舗の名前を皆に考えてもらうという発想、あれはどこから来るのでしょうね。思わずゾクゾクしましたね。ケヴィン殿やフィリップ卿が隠したがるのも分かります。まぁ『ラ・メール』の仕事で既に彼女の存在は案外広く知れ渡っているでしょうけどね」

「知れ渡っているのか? それって危険過ぎだろ」

「だから兄さんが守って欲しいと言ったんじゃないですか」

「そ、そうか」


 改めてイヴリンさんを守ることの難しさを考えさせられた。どうみても食堂のいざこざ程度の話じゃない。誰を敵と認識すべきなのか。まだ俺が知らない話があるに違いない。

 しかし今は新店舗の名前だ。まさか自分も考えるという話になるとは思いもしなかった。


「それで新店舗の名前どうするんだ?」

「もちろん、考えますよ。ホークもしっかり考えて下さい」

「分かってるさ」


 第二王子の側近という立場になることも珍しいかもしれないが、そんな俺ですら今まで店の名前を考えたことなんかない。

 イヴリンさんが皆に考えさせようとしている意図は分からないが、さて何にするか。

 俺はワクワクした気持ちを抑えて食堂の仕事に戻った。


 



「すみません。何か飲み物を頂けますか」

「酒がいいのか?」

「そうですね、以前来た時にエールと灰色狼の燻製を勧められたのですが、ありますでしょうか」

「あぁ、ある」

「それではそれをお願いします」


 俺は麻袋に入っている灰色狼の燻製を皿に移し替えると、ジョッキにエールを並々と注いで客の元に戻った。


「お待たせしました」

「あぁ、ありがとう。実は以前、燻製を食べ損ねましてね、楽しみにしていたんですよ。ギーさんって方に勧めて貰ったんですけどね。彼はもういないのですか」


 ギーだって? こいつ何者だ?


「悪いが俺は最近雇われたばっかりだ。生憎その人物のことは知らないな」

「そうですか。そう言えば、ここの女主人イヴリンさんはかなり評判の高い方なのですね。ギーさんの事もお尋ねしたいし、一度お話させて頂くのも悪くないですね」


 今度はイヴリンさんか……。

 こいつの狙いがギーなのかイヴリンさんなのか今の段階ではまだ分からないが、用心するに越したことはない。

 怪しまれない程度に探りを入れるか。


「おいおい、随分とそのギーって奴にご執心なんだな。なんかトラブルでもあったのか」

「トラブルだなんてとんでもない。実はギーさんに頼んでいたことがありましてね。ちょっとこちらに戻って来るのに時間がかかったものですから、彼を探しているところなんですよ」

「そいつは災難だったな。でも主人ならさっき出掛けていった。今日は諦めるんだな」


 イヴリンさんは先ほどポールと一緒に新店舗の改装の件で港の事務所に出かけていった。

 いなくて正解だった。

 その客は少し考えるような素振りを見せた後、俺に向き直った。


「もしよろしければ貴方から聞いておいてもらうことは出来ますか」

「別に構わないが、あんたが直接聞いた方がいいんじゃないのか」


 ここでがっついてボロを出したくなかった。


「確かにその通りなのですが、これにばかり関わっている訳にも行きませんでしてね、明日の昼にまたこちらに寄らせてもらいますよ。それまでに分かりますか」

「あぁ、聞いておく」

「私の名前はボヌスです」

「ボヌスさんだな、分かった。なぁ、今度は燻製食べていけよ」

「はははっ。その通りですね。ご助言に従っておきますよ」


 ギーだけが狙いみたいだな。

 またはボヌスの言う通りギーに頼んだことに用があるのかしもしれない。

 どちらにしろポールに指示を仰ぐしかなさそうだ。

 

 いよいよ何かが動き出した。

 ギーは西大陸のために海を渡っている。

 俺の引き受けたイヴリンさんを守るってのは、思っていたよりも厄介かもしれない。

お読み頂きありがとうございました。

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