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35 新しいお店の名前

「イヴリンちゃん、こっちだよ。片付いてはいるが足元に気を付けてくれ」

「はい、ファーガソンさん。ありがとうございます」


 今日は『ラ・メール』のはす向かいにある空き店舗を見に来ている。ファーガソンさんというのはオーナーで、先々代から続くこの食堂をずっと守ってきた人だ。普段は王都で暮らしている息子のジェフリーさんも立ち会いに来ていた。


「調理場と店内は少々改装が必要かと思いますが、レトロな雰囲気を壊さないようになるべく残す方向で進めたいと思っています」

「イヴリンちゃんのやりたいようにしてもらって構わないんだ。ドルバック貿易が買い取ってくれるってだけでも本当にほっとしてるんだから」

「ありがとうございます。買い取りで手続きを進めておりますが、最初にご提案していた通り賃貸という形でも構いません。ずっと守ってこられたお店ですし、ファーガソンさんもその方がいいのではないのでしょうか」

「確かにここには思い入れが沢山ある。イヴリンちゃんも小さい頃はここで良く遊んでいたしな」


 お母様が『ラ・メール』の仕事をしている間、暇を持て余していた私はファーガソンさんの食堂に入り浸っていた。息子のジェフリーさんは私のことを妹のように可愛がってくれたことを覚えている。


「でもここを食堂として残してくれるんだろ? それで十分だよ。それに息子のところに子供が生まれる予定なんだ。少しくらい纏まった物を用意してやりたくてね」

「以前から父を王都に呼び寄せたいと思って話をしていたんだ。だけどいざその時になって、妻が身ごもっていることが分かってね。もう子供は無理かもしれないと諦めていたから、正直言って大きい家じゃないんだ。久しぶりに会ったイヴリンにこんな話をするのは恥ずかしいけど、もう少し広い家に移り住もうにも先立つものがなくてね」


 ジェフリーの情けなさそうな顔に小さい頃の面影が過ぎった。

 お母様が亡くなって『ラ・メール』から遠ざかってしまい、ファーガソンさんの所に立ち寄ることも無くなっていた。

 お兄ちゃんと呼んでいた人がいつの間にか結婚し子供が出来るという。

 

「お前が一緒に住もうと言ってくれただけで満足してるんだ。だから食堂を売ることについてお前が気にする必要はない。もちろんまともな輩に買って欲しいし、食堂として残して欲しいって希望はあった。だが、その買い手がドルバック貿易でしかもイヴリンちゃんがここで食堂をしたいと言ってくれたんだ。これほど嬉しい事はないだろう」

「そう言って頂けるとこちらも嬉しくなります。食堂、潰さないように頑張りますね」

「あぁ、そうしてくれ。孫が大きくなったら食べに来られるようにな」


 とても大きな物を託されたようで、気が引き締まる思いがした。


 女性用の定食はかなりの評判を呼んでいた。

 だが今の『ラ・メール』の食堂ではどうしても宿の利用客を相手にすることが多くなる。宿の利用客は船を利用する人または冒険者がほとんどだ。港で働く人たちも利用してくれているが、どうしてもボリューム重視となるため、せっかく女性用の定食が評判を呼んでも数が出ない。

 そこで思い切って食堂に特化した店を開くことにした。こちらは町で暮らしている女性を対象とした食堂にしたいと思っている。お菓子やお茶なども用意して、食事以外でも訪れてもらえるようにするつもりだ。

 王都まで行けば女性が好みそうな食堂もカフェも山のようにあるのだが、王都に近すぎるせいかウェルペンにはそうした店が一軒もなかった。もちろん王都の店と張り合おうなんて思っている訳じゃない。普段使いの気軽な店になってくれたらいいなと思っている。

 女性用の定食はこちらの食堂で作り『ラ・メール』で注文があった場合にはこちから届ける予定だ。調理や接客の従業員についてはドルバック貿易で手配できる。店舗の売買契約も今日成立したから、今週中には店の改装が始められるだろう。

 残るは店名というところか。


 どんな店名にするか少し考えがあった。それを実行すべく私は『ラ・メール』に戻った。




「イヴリンさん、お帰りなさい。ポールが帳場で待っています」

「ただいま。ポールさん、もう来たのね。ありがとう、アウラに声をかけてホークさんも一緒に入って」


 帳場に入って行くと、ホークさんの言う通りポールさんがソファーに腰掛けていた。アウラとホークさんも直ぐに入ってきた。


「イヴリン嬢、契約の方はいかがでしたか?」

「えぇ、やはり売買でいいそうよ。早速、改装に入りたいのだけれど都合はつくかしら」

「既に声を掛けてありますから、直ぐにでも工事に入ってもらえるでしょう」

「さすがポールさんね。という事は従業員の方も手配済みなのかしら」

「はい。ただ一応オーナとしてイヴリン嬢に面接してもらった方がいいかなと思うのですが」

「そうね。小さいお店だし、気持ちよく働ける人に来て貰いたいわ。時間を作るから『ラ・メール』に来るようにしてもらえるかしら」

「あの、一体何の話なんですか?」

「ホークさん。実は『ラ・メール』のはす向かいに新しく女性向けの食堂を開こうと思っているの。アウラには新しい店が軌道に乗るまでの間、従業員の教育も兼ねて向こうで仕事してもらいたいのだけれど、駄目かしら?」

「任せておきなよ。ここ程大きな店じゃないんだろ。きっちりと仕込んでやるよ。それにこっちにはホークもいるからね。私の抜けた分ぐらい、どってことないだろ」

「いや、そんな急に言われても」


 ホークさんは面食らっているようだが、あのアウラが言うのだから実際頼りになるのだろう。やはりギーの周りにいる人たちは凄い人ばかりだ。


「それで皆さんに集まって頂いたのは、新店の名前を考えて頂けないかと思いまして」

「はっ?」

「やだよ、イヴリン。店の名前なんてオーナーのあんたが付けたらいいだろうよ」

「アウラさんの言う通りですよ、イヴリン嬢。僕たちが決めるなんて」


 ここに集まった縁、この縁だけは大切にしなくてはいけない気がしていた。だからこそ、新店の名前はみんなで考えたいと思っていた。


「ウェルペンに新しい風が吹くような、そんなお店にしたいのです。だからこそ、皆さんに考えて頂くことに意味があると思っています。どうかよろしくお願いします」


 頭を下げた私の手をアウラがポンと軽く叩いた。


「そこまで言われちゃねぇ。そうだ、それぞれ考えて持ち寄るってのはどうだい?」

「まぁ、アウラさんまでそう言うなら、考えて参りましょう。ホークもだからね」

「わーったよ」

「皆さん、ありがとうございます。それでは今週末までにお願いします」

お読み頂きありがとうございました。

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