34 ギーの出身地
ホークさんが入ってくれて一週間程経ったお昼過ぎ、ポールさんとホークさんと再び帳場に集まっていた。
「これまでのところ、どうやらいざこざも無く平穏なようです。僕が思っていたのとは違いましたが、効果としては期待通りですね」
ポールさんから報告を受けた私はほっと胸をなでおろした。ホークさんの存在は抑止力になっているらしい。
「この分ならホークも早めに休みを取ってもらえるようになりそうですよ」
「別に……俺は毎日でも構わない」
毎日でもというホークさんの言葉にポールさんはやれやれ、といわんばかりの呆れた表情を浮かべた。
「あぁ、そうでしたね。ギー兄さんもクロウもいないから暇なんですね」
「暇じゃない。冒険者にとって今は稼ぎ時だからなっ」
あっ。
ホークさんも冒険者なのだから、本来なら北の森の魔獣討伐の依頼を受けていて不思議はない。ポールさんの挑発するような言い方も、冒険者の仕事についてホークさんが言い出しやすい状況を作り出すためなのかしもしれない。
やはり無理やり来てもらってるのかしら……。
「あの、ホークさん。冒険者のお仕事を優先して頂いて構いませんので」
「すまない。そんなつもりで言った訳じゃないんだ」
「イヴリン嬢、ホークの言う事なんか気にする必要はございませんよ。それにホークは『ラ・メール』の仕事が気に入っているようですからね」
「おい、ポール。何言ってるんだよ」
「ホークは態度にも顔にも出やすいからな。クロウに報告したらどうなるか分からないお前じゃないよな」
「もちろん分かってるさ」
ホークさんが『ラ・メール』での仕事を気に入ってくれているなら喜ばしい限りだが、何をクロウさんに報告すると言うのだろうか? 冒険者の仕事をサボっているということ?
「本当にこのまま『ラ・メール』でお仕事して頂いて宜しいのでしょうか」
「大丈夫ですよ、イヴリン嬢。ここで仕事をしないと彼に未来はありませんから。それにホークは体力だけは人一倍ありますから、休みたくなるまで遠慮なくこき使ってやって下さい」
ホークさんがおでこに手をやって項垂れた。
「そうだ、皆さん。少し早いですがおやつにしませんか? フェイジョアのジャムを使った焼き菓子を作ってきたのです」
今回は2種類作ってみた。
一つはクッキーの上にフェイジョアのジャムをのせて再度焼いたもの。これはクロウさんが気に入っていたものだ。もう一つは砂糖の代わりにジャムを使用したもので生地に直接練り込んてるいる。かなり甘みの抑えられたこちらは、生地がサクサクしていて甘い物が苦手なギーが珍しく手を伸ばしていたものだ。
大皿に焼き菓子を盛り付けると、それぞれのカップにお茶を注いだ。
「さぁ、どうぞ」
「イヴリン嬢は本当に何でもお出来になりますね。それでは頂戴します」
「俺も」
「これは美味しい。僕はこちらのジャムがのっているのが好きですね。フェイジョアの味がよく分かります」
「俺はサクサクしている方が好みだ。甘くなくて食べやすい」
面白いわ。兄弟でも好みは分かれるものなのね。
「でも何でフェイジョアのジャムを使ったんだ? こちらではあまり見かけないと思うんだが」
「ホークには話してませんでしか? イヴリン嬢はメールポワ侯爵家のフィリップ卿のお孫さんなのですよ」
「えっ!? あの雷爺さんの孫?」
「ホークさんは祖父をご存知なのですか?」
「いや、知ってるっていうか……」
眉間に皺を寄せたホークさんが助けを求めるようにポールさんに視線を送った。
『ったく、ギー兄さんはどこまで話してるんですかねぇ』
これは……。
ポールさんが呟いた言葉はフリースラント語だった。
今もそのまま残してあるお母様の部屋の書物の大半はフリースラント王国のものだ。小さい頃良くお母様が読み聞かせてくれていた。お母様のことを忘れたくなかった私は、アウラに頼み密かにフリースラント語を学んでいた。
『俺に聞かれても兄貴からは何も聞いてないぞ』
違和感なくフリースラント語でホークさんが答えた。
『皆さんはフリースラント王国のご出身なのですね。私、ギーからは東大陸の出身だとしか聞いていなくて……祖父とはどのような繋がりがあったのでしょうか』
フリースラント語で尋ねた私に、驚いた二人の視線が集まった。
「これは失礼致しました。別に秘密にしたくてフリースラント語で話した訳ではなかったのですが、気を悪くさせてしまったら申し訳ございません。それにしてもイヴリン嬢はフリースラント語がお出来になるのですね。とても美しい発音でした。読み書きもお出来になるのですか?」
「気を悪くなんて、そんなことはありません。フリースラント語は母の事を忘れたくなくて勉強致しました」
「勉強ですか……見事ですね。それで質問へのご回答ですが、私たちは皆フリースラント王国の出身です。フィリップ卿とは仕事上の付き合いがございました。当時ホークはよく怒鳴られてましたね」
「おい、ポール。そんな事まで言う必要ないだろ」
フリースラント王国の出身だったんだ。
なぜはっきりと言ってくれなかったのかしら。しかもお父様だけじゃなくてお爺様とも仕事でお付き合いがあるなんて……。
私の知らないギーが増えていく。
――お前の目の前にいる俺以外の何者でもない。
どこの誰だったとしても確かにギーはそこに居て、私の所に帰って来ると言ってくれたけれど、無理やり押し込めていた不安がドロリと漏れ出てきてとても苦しい。
「イヴリン嬢、きっと不安でいらっしゃいますよね。兄さんが言葉足らずなばかりに申し訳ございません。いずれ兄さんから全て話してくれる時がくると思います。いえ、必ず話をさせますから、今は兄さんのためにお待ちくださいますか? 僕からもお願い致します」
頭を下げるポールさんに慌てて椅子から腰を浮かせた。
「こちらこそご心配をおかけして申し訳ありません。私は大丈夫ですから」
好きになってしまったのだもの、待つしかないことぐらい、ちゃんと分かっている。
でも出来ることなら今すぐギーの顔が見たい。そして大丈夫だと言って欲しい。
お読み頂きありがとうございました。




