33 ホーク
受付の後ろにある帳場として使っている部屋へ場所を変え、ポールさんとアウラも同席の中、改めてホークさんにしてもらう仕事の詳細について説明した。
「ホークさんにお願いしたい仕事は、主に食堂での接客になります。それと提携業者から運ばれてきた納品物の確認・移動・保管といった作業というところでしょうか。慣れていらしたら、在庫に応じて発注のお仕事も頼めたらと思っています」
「分かった」
「ホーク、それに加えて頼みたいのが問題を起こす客の対応だ。出来れば起こす前に火種を潰してくれるとありがたいな」
「本当に力任せの話じゃないんだな……」
思いのほか繊細な調整を期待されたホークさんが眉をひそめると、アウラがその背中をバンと叩いた。
「騒ぎが大きくなっちまったら意味ないだろうよ。あんたもギーみたいに図体がでかいんだから、カッと睨みつけたり出来ないのかい?」
ギーは睨みつけたりしてなかったわ。アウラの言いたいことも分かるけど……先ほど入店してきた時のホークさんの姿を思い返す。あれ以上の威圧感を出されたら、一般のお客様など一瞬で固まるに違いない。凍り付いた食堂の風景が目に浮かぶようだ。
「えっと、他のお客様が怖がらない程度にして頂きたいのですが」
「取り敢えずどんな客が来てるのか見てからだな。誰に報告すればいい?」
「ホークの言う通り実際にお客様を見てもらってからの方がよさそうだね。僕に連絡してくれればいいよ」
「わかった、ポール。それで今日から始めればいいか?」
「夜の方がお酒も入って気が大きくなる輩も増えますからね。イヴリン嬢、ホークには今日から遅番、つまり昼の客が引けた後から入ってもらうということでどうでしょう? アウラさんもいかがですか?」
「イヴリンが納得なら、私はとやかく言う事はないよ」
「ポールさんの言う通り暫くは、夜利用のお客様を見て頂いた方がよさそうです。ただ今日はまだお昼の時間帯ですが、どうしましょうか」
「俺はこれからでも構わない」
「それならホークには今日はこのまま仕事に入ってもらいましょう」
ドルバック貿易の事務所に戻るというポールさんを見送ると、私たちはそれぞれの持ち場についた。宿屋側の階段を上っていく私が食堂に視線を向けると、カウンターに立ったホークさんが頭を下げた。ギーのいた場所にギーが頼んでくれた人がいるというのは安心出来る一方で、ギーがいないことを思い知らされるような気がして、私は少し寂しさを覚えた。
陽が地平線に沈みかけ星の瞬きが見え始める頃になると、魔獣討伐の報告をギルドに終えた冒険者たちが食堂に入り出した。
「いやー、今日も儲かったな。おうっ、そこの姉ちゃんたち、俺らが奢ってやるからこっち来いよ。なぁ」
声をかけられたのは人気の酒場で働いているフローレンスとシャーロットだった。二人は顔を見合わせると無視することにしたようで、知らぬふりで再び飲み始めた。
「なんだ? 無視するのかよ」
リーダー核の男が息巻いて、腰を浮かせた。
受付に座っていた私が仲裁に入るべく立ち上がろうとした時、視界の片隅でホークさんが動くのが見えた。
「その辺にしといたらどうだ。さっさと注文しろ」
「あん? てめえ何様だ……」
威勢よく喚いていた男の顔がホークさんを見た途端、真っ青になった。ホークさんが何かしたようには見えなかったが、何に怯えているのだろうか。
「あんたまさか……瞬殺のホークか?」
「だったら何だ。で、注文は?」
「あ、あぁ。エールと適当に食い物を頼む。それと、そこの姉さん方にもお詫びに飲ませてやってくれ」
「わかった」
弱腰になったリーダーを茶化すように笑うメンバーを「死にたくなかったら、黙ってろ」と一喝している。
瞬殺のホーク? 仲間内での愛称のようなものなのかしら? ギーやクロウさんにも何か愛称があるのかもしれない。
取り敢えず場が収まったのを確認した私は、再び腰を下ろした。
「兄貴、あいつ一体何者なんです?」
「ホークってのは、ファティマ国に彗星の如く現れた伝説の冒険者の一人だ。魔獣は彼と対峙したことすら気が付かないうちに殺されると言われている。ついた仇名が瞬殺のホーク。奴に睨まれて生きて帰った者はいない」
「まじっすか。あいつがあの伝説の冒険者なんですかっ!! いやー実物を見たのは初めてっす。ちなみに他の伝説の冒険者って誰なんすか」
「Sランクのギーと大剣使いクロウだ。いいか、この三人にだけは関わるな」
「うっす」
えっ? 伝説の冒険者?
ギーとクロウさんとホークさんって危険な人なの? カウンターで何食わぬ顔でエールを注いでいるホークを窺った。
私、本当に何も知らないのね。
今度ポールさんに聞いてみよう。教えてくれるかは分からないけれど。
「お姉さんたち、向こうの客人からだ」
「飲んでいいのかな」
「飲んでやれば喜ぶさ」
「それなら遠慮なく。お兄さん、頂きます」
シャーロットが先ほどの冒険者にジョッキを上げて見せると、リーダーの男は破顔して「さっきは悪かったな。まっ、飲んでくれや」と頭に手をやった。
「ところで新しく入った人なの?」
「あぁ、ホークっていう」
「ふーん、なんかクロウさんに似てる気もするけど」
「クロウは兄貴だ」
「えっ、そうなの」
「どうりで強面な筈だ」
「なんだそりゃ」
3人が笑いながら話している様子に食堂の雰囲気も一気に和らいだ。ホークさんもクロウさんも一見恐ろしい外見はしているけれど、単なる冒険者ではないと思う。彼らから感じるのはギーにも感じた品のようなものだ。なぜこの西大陸で冒険者をしているのかは分からないけれど、でも彼らが『ラ・メール』の事を考えてくれているのは確かな事なのだ。今はそれがとても有難い事なのだと思えた。
ふぅ。もうこんな時間。今日は朝から居続けてしまったけれど、さすがに帰られないと明日から続かなくなってしまう。当分の間は早番にして朝のお声がけをするつもりだった。宿帳を最終確認し帳場を出ると、とっくに帰ったかと思っていたホークさんが立っていた。
「もう今日は帰られますか?」
「あら、ホークさんまだ残っていたの? 今日は昼から入ってもらっているし、上がっていいと声を掛けたつもりだったけど」
「いや、屋敷まで送るようにギーに言われてるんで」
「えっ?」
「俺かポールで送れって。もう馬車が来てるんで、取り敢えず乗ってもらえますか」
「わ、わかりました。ありがとうございます」
大通りに出ると横付けされていたドルバック貿易の銘の入った馬車に乗り込んだ。てっきりホークさんも乗るのかと思っていたが、彼は馬にひらりと跨ると馬車と並走し出した。
私は窓に顔を近づけると、周囲の音にかき消されないように声を張った。
「あの、ホークさん。屋敷まで送るっていうのは」
「ギーが戻るまで、貴女のことを守るように言いつけられました。だから気にしないでください。守れなかったら何されるか分かったものじゃないんで。俺を助けると思って、そのまま無事でいて下さい」
「でも……」
「いや、珍しいんですよ、ギーがそんなこと言うなんて。あの人、あまり世の中に関心がないっていうか、興味持とうとしてなかったんですよ。こっちに来てから始めてです。だから俺も手を貸してもいいかなと思ったわけなんで。貴女のことよっぽどなんでしょうね。話を聞いてからどんな人なんだろうと思ってましたけど、今日ご一緒してなる程なって思いましたよ。あのギーを変えてしまうんですからね、凄いですよ」
ギーが仲間内にどう話しているかなんて今まで考えたこともなかったけれど、こうして聞かされると何だか恥ずかしくなってくる。
「あの、ありがとうございます」
「……ほんと、参るなぁ」
「大丈夫ですか? 何かお困りな事があったら遠慮なく言って下さいね」
「お、おう」
頭に手をやるホークさんの横顔はクロウさんに似ていた。もしかしてクロウさんと同じく甘い物が好きかもしれないわね。フェイジョアのジャムがあるから、今度お菓子を作ってみようかしら。ポールさんやホークさんが喜んでくれるといいけれど。
丘の中腹に見えてきた我が家はいつもより随分とはっきり見える。
……冬を前に木々の葉が大分落ちているせいか。
変わらないものなど何もない。
でも変わり続けても尚そこにあり続けることは出来る。ギーの隣に居続けられる自分でありさえすればいいだけなのだと強く思った。
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