3 それが荷物ですか
「それでギーさん、どうでしょう。引き受けてもらえるでしょうか?」
人目を避けてこんな場所まで用意するような依頼だ。話してしまった以上引き受けさせるしかないくせに、白々しい事を言うもんだと感心する。
「少なくとも俺は死にたくない」
「はっはっはっ。そう来ましたか。いや、こちらの見込以上の方だったようです。大変失礼しました」
ボヌスは手にしていたグラスを机に置いて居住まいを正した。
その様子からボヌスが少しは交渉相手として俺を認めたと知れた。
「仮に受け取りにいったとして、取引相手は俺の事を信用するのか?」
「えぇ、その点でしたらご心配なく。相手とは対面でのやり取りはしておりませんのでね」
「それも用心のためか? 随分と慎重だな」
ボヌスがそれだけ用心しているということは、恐らく命に係わるからか……。
荷物を受け取るだけと言うが簡単に首を突っ込んで巻き込まれたくないが。
「命のためではありません」
俺の考えを察したかのようにボヌスが先回りして答えた。
「ギーさんに受け取って頂く商品を所望されている方は長年私をご贔屓にして下さっているお得意様でしてね。私が受け取る分には問題がないのですが、誰かに頼むとなると私がその商品を入手したことが周りの人間にバレる可能性が高くなる」
「つまりボヌスさんと繋がりの深いお得意様がその商品を欲していると知られたくないということか」
「えぇ、そういうことです」
「だからなるべくボヌスさんと何の関係もない人物を選ばざるを得なかった」
「はい」
仮に引き受けることで命の危険があったとしても、断っても危険であることに変わりはない。結局引き受けるしかないってことか…………。
「ちなみにその商品が何かってのは教えてもらえるのか?」
「もちろんです。受け取りの時には確認して頂くことになると思いますからね」
確認って……もし偽物でも掴まされたらどうすんだ? 後からこれじゃないと難癖付けられても困るんだが。
「それで一体何なんだ?」
「ペンになります」
「は?」
俺は自分の耳を疑った。たかがペンでこんな大袈裟なやり方をしてるのか?
「とても希少なペンなのです。例えばですが、動力が魔石なのにも関わらず永続的に使用可能な魔道具があったとしましょう。何も知らない人がそれを見たら何と呼びますか?」
「まぁ、魔道具と言うだろうな」
「そう言うことなのです。とても希少なペンですが、何も知らない人にとっては単なるペンです」
ボヌスが言いたいことは分かったが、ペンって言っても素材から何から様々だ。何を確認すればいいの見当もつかない。
「悪いが俺はペンの鑑定なんて出来ないぜ」
「律儀な方で嬉しいですね。でも、ご心配なく。今回の取引に関していえば、相手が偽物を持ってくることは絶対にありません。だからギーさん、あなたから見てペンだと認識出来ればそれで結構です」
ペンらしく見えるペンか……。
まっいいか、どの道俺に知識があるわけじゃない。
「それで船が入港するのはいつなんだ」
「1週間後の朝になります。取引は船の中で。乗船時にこちらを見せて下さい」
ボヌスは懐から相手と取り交わしていた証書を取り出すと俺に差し出した。
「受け取った商品はどうする?」
「それについては、後日改めてご連絡します」
俺は黙って頷いた。
それを了承と受けたとったボヌスは、何やら詰まった袋を取り出して机の上にどさりと置いた。
「こちらが報酬になります」
「おいおい前渡しでいいのかよ。逃げるかもしれないぞ」
俺はちょと待てとばかりに両手を前に突き出した。
だがボヌスは袋を引っ込めるどころか前に押しやってきた。
「気持ち良いお取引が出来そうですから。それに今後もお願いごとがあるかもしれませんしね」
さすが商人というところか。
それならありがたく頂戴するか…………これで当分懐具合を心配することもなくなる。
「そういうことなら貰っておく」
俺は袋を手にすると立ち上がった。
ボヌスは泊まっていくのか座ったまま頭を下げた。
俺は部屋を出ると先ほど通ったカウンターの後ろの扉を開けた。店は客一人おらず閑散としている。本当に居酒屋としてやってるんだろうか。
店主に無言で頭を下げた俺は『ラ・ニュイ』を後にした。
結局、小型ナイフを使うまでもなかったか。来た時と同じ細い月を眺めた俺は大通りの闇に溶け込んだ。
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