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29 依頼のカラクリ

『モンレーブ』に着いた俺は扉を開けて中に入った。カウンターに立つエドガーは俺が尋ねてくるのを知っていたかのように柔和に微笑んだ。


「ギー様、またお目に掛かれてようございました」

「これをダヴィド殿から預かってきた」

「かしこまりました。こちらへどうぞ」


 手紙を開封するかと思いきや、それをカウンターの引き出しに入れたエドガーは、昨日案内してくれた奥の部屋に俺を通した。

 ソファーに腰掛けると、奥の棚からトレーに移し替えられたブレスレットがローテーブルの上に置かれた。


「昨日と同じ物かどうかご確認下さいませ」


 やはり美しい。この繊細な透かし彫りは何度見てもため息が零れんばかりだ。ダヴィドはその時あった品質のいい色石を嵌め込んだと言っていたが、仮留めというようなものではなく、極力色石の邪魔をしないよう工夫された留め方をしている。まさに職人の意地の詰まった立派な作品だった。


「ああ、これで間違いない」

「それではこちらにお入れいたしましょう」


 いつの間にかエドガーの手にはシルクの布が引き詰められた箱が用意されており、同じシルクの布でブレスレットを丁寧に包むと、箱に納め赤いレースのリボンを掛けてくれた。


「いくらになる」

「お代は結構でございます」

「いや、こちらも商売をしているのであろう? 流石にただと言う訳には……」

「それでしたら先ほどのダヴィド殿からの手紙と交換、ということでいかがでしょうか。あの手紙には私の夢が詰まっているのです」

「だが……」

「ギー様の思われる方にあのブレスレットをお渡し頂けるのであれば、当店といたしましても商売を続けて参りました意味がございます。どうかお納め下さい」


 俺は箱を手に本当にこのまま持ち帰っていいものかと逡巡した。


「わかった。今回はエドガー殿の好意に甘えて持ち帰らせてもらう。ただ私に出来ることがあればいつでも言ってくれ。ドルバック貿易に話をしてくれれば、私に連絡が取れるはずだ」

「かしこまりました。またお会いすることもございましょう」





 屋敷に戻ってきた俺を待ち構えていたのはクロウだった。


「ギー様、どうやらボヌスの件、調べがついたようでございます」

「そうか……」

「サロンにおいで下さいとのことでございます」


 ボヌスの件に進展があったとすれば、ここでの生活も終わりを迎えるということだ。あの依頼にはどんなカラクリがあったのか聞いてみるしかない。

 もし仮にイヴリンと離れることになったら、昨日約束した通りきちんと言っていかなければならないが、そもそも俺自身イヴリンと離れることに堪えられるだろうか。同じ屋根の下で暮らす生活に慣れてしまった今、それはとても辛いことのように思われた。




 サロンに入ると既にケヴィンとフィリップ卿、それにポールの姿があった。空いているソファに腰掛けるとクロウが背後の壁際にそっと立った。


「兄上、随分とお待たせして申し訳ございません。ボヌスの依頼人について思っていた以上に情報が隠されていて時間がかかってしまいました」

「周到に計画されておりまして、ジュール殿下の伝手がなければドルバック貿易の総力を持ってしても調べがつかなかったかもしれません」

「それほどか。さすがポールだな」


 ポールの交友範囲を把握している訳ではないが、手伝いと称して請け負った仕事の依頼人が関係していることは間違いない。ポールは頭の回転も速く人当たりもいい。自分の弟ながら改めてこいつの凄さを感じると同時に、敵でなくて良かったと素直に思った。


「兄上、ドラゴンをウェルペンにけしかけようとしたのはボヌスの依頼人で間違いございませんでした。その人物は……現在フリースラント王国を事実情一国統治している、ガリア王国の王太子ロベールでございます」

「ロベールの小童め」


 フィリップ卿が露骨に顔を顰めた。


 王太子のロベールは俺と同じ年で昔から妹王女を俺の嫁にどうだと売り込んでいた。平和的にフリースラント王国の利権に絡むには最も効率的な手段であったため、婚姻の話を持ってくる国々は少なくなかった。だが一夫一婦制のフリースラント王国にとって婚姻は一人としか行えない。特定の国に肩入れすることで東大陸の均衡が崩れることを恐れた父――フリースラント国王は、早い段階から俺の婚姻を当分の間凍結すると宣言していた。そしてこの東大陸の微妙な情勢を打破すべく、西大陸のネーデルラン皇国と新たな協定を結ぼうとしていた。これが打開策になる筈だったのだ。ネーデルラン皇国の国力が傾き始めさえしなければ……。


「ガリア王国はフリースラント王国の統治では物足りず、西の大陸にも勢力を伸ばそうとしているようでございます」


 ポールが沈痛な面持ちで告げた内容に俺は愕然とした。西大陸への足掛かりとしてファティマ国を選んだということか。俺にドラゴンアイを渡したリチャードという男は、ケヴィンの調べではネーデルラン皇国の貴族だった。ドラゴンに襲わせてファティマ国の弱体化を図り、あわよくばそのままネーデルラン皇国と一緒に攻め入る気であったのかもしれない。


「リチャードとロベールの繋がりについても調べがついております。ボヌスの役割ですが、この男そこそこの商人ではあるようですが、今回の件について言えば全てを画策した訳ではないようです」


 踊らされたボヌスを気の毒だとは思うが、ロベールは目的のためには手段を選ばない男だ。あの巨大嵐はロベールの手により引き起こされたのではないかとの噂が、当時まことしやかに囁かれていた。もし彼がポールの言う通りファティマ国に狙いを定めたのだとすれば、遠くない未来にファティマ国は戦場と化すだろう。

 イヴリンのいるファティマ国をそんな状況に追い込む訳にはいかない。


「ロベールに討って出るか……」


 三人が一斉に俺を見た。


「兄上、ロベールがガリア王国の実権を握るようになってからは事実上の一国統治であるにも関わらず、連合国軍ですらなす術もなく黙って指をくわえているような状況です。そんなところに討って出るなどと……。せめてファティマ国に現状について話をしてからでも遅くはないのではございませんか」

「ポール。ファティマ国が仮にガリア王国に対して何らかの働きかけをしたとしよう。だがその時点で海を跨いだ国対国の構図になってしまう。下手したら大陸対大陸だ。国を持っていないからこそ自由が利くとは思わないか?」

「ですが……」

「フィリップ卿、それで連合国側で話に乗ってきそうな者はいるか?」


 俺が視線を送るとフィリップ卿は顎に手をやった。


「そうでございますな、アーチボルト殿下は連合国総司令官のピエールを覚えていらっしゃいますでしょうか。かの者であればあるいは……」

「ピエールか、面白そうだな。直接乗り込んでみるか」

「兄上お待ち下さい!」

「何だ?」

「まさかお一人で行かれるつもりなのですか?」

「あぁ。そのつもりだ。まぁ、クロウは付いてくるだろうけどな」


 俺が後ろを振り返ると、クロウは呆れたような顔をしながらも胸に手を当てて頭を下げた。


「アーチボルト殿下、僭越ながらピエール殿との会見はドルバック貿易が取りつけます。殿下はそれにご同行という形でご一緒して下さいませんでしょうか。少しは御身を大切になさって下さい」

「……ポールみたいなことを言うようになったな。分かった。フィリップ卿もそれで異論はないな?」

「はい、殿下の御心のままに」

「ケヴィン、それなら頼めるか」

「かしこまりました」


 こうして俺は10年ぶりに東大陸の地へ足を踏み入れることになった。

お読み頂きありがとうございました。

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