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27 お前のことが

 お昼の肉料理に使われた甘いソースは『ラ・ポンツ』から配送されたフェイジョアで作ったらしい。夜にはデザートでも振る舞われると聞いたフィリップ卿が、イヴリンを東大陸に連れて帰ると言ってケヴィンを慌てさせていた。東大陸との縁が切れてしまった俺としても、それは避けてもらいたいところである。

 

 そろそろ日が傾き始める頃、俺はイヴリンの部屋のドアをノックした。


「イヴリン、夕日を見に行くか?」


 待ち構えていたかのように顔を出したイヴリンの俺を見上げる赤い瞳に、今日『モンレーヴ』で見たブレスレットを思い出した。早くダヴィドに会ってみたいものだ。


「もう剣のお稽古はいいの?」

「あぁ」


 俺は本日3度目となる道をイヴリンと共に歩いていた。浜辺に続く坂道は沈みゆく太陽の赤みを帯びた色に染められ、そこに俺たちの影が一際濃く長く描き出されている。


「ギー、引き潮だから小島に渡れるかも」


 イヴリンの言う通りいつもは海面の下にあるのだろう見慣れない岩場があった。岩場の水溜まりには取り残された小魚がじっと息を潜めている。その岩場の先に小島へと続く細い道が現れていた。

 人一人がやっというその道をイヴリンを先頭に歩いていく。まるで道を避けるように左右に引いていく海水に、海に面した国で生まれた俺でも自然の不思議さを思わずにはいられなかった。


「面白いもんだな」

「ギーも十分面白いと思うわ」


 イヴリンから返ってきた言葉は意外なものだった。


「俺がか?」

「そうよ」


 セントポーリアの人々は小島と言っているが、実際には人の背丈の三倍もないくらいの高さの岩が付き出しているだけだ。周囲も大人五人が手を繋いで足りる程度しかない。

 小島に渡り終えたイヴリンは大きな岩に手を触れてその感触を確かめるように周囲を歩いて行く。そして一周し終わると、その場に立ち止まったままだった俺のことを真っ直ぐ見つめた。


「冒険者だって言うけど、粗野な感じはないし、いい加減かと思えば真面目だし。言葉遣いは乱暴だけど、物腰は優雅で食べる所作は気品に溢れ美しさすらある。エスコートは洗練されていてダンスもとても上手だった」

「……」

「父とは仕事上の付き合いだって言ってたけど、父が仕事相手にあれほど敬うような態度を見せたことは今までなかったわ。ねぇ、ギー。貴方は誰なの? 貴方の事、私は何も知らないわ……」


 絞り出すような声で問いかけてきたイヴリンは両手を固く握って震えていた。


 ケヴィンの態度はどうみても仕事相手のものじゃない。とっくに変だと思っていて不思議はなかった。きっと何かを感じ取り、ずっと聞けずにいたに違いない。

 イヴリンにしてみたら、この先このまま一緒にいられる保証なんてないも同然だ。現に碌な理由も知らされないまま、ウェルペンではなくセントポーリアの別荘で過ごしている。イヴリンは昼間の買い出しの時にも、俺がどこか遠くに行ってしまいそうだと言っていた。

 ただ受け入れるしかない立場のままでいるなら、たとえ俺との関係性が変わったとしても全て知っておきたいと、こうして勇気を出して聞いて来たに違いない。

 一緒に過ごす時間が増えて嬉しいなどと、浮かれている場合ではなかったんだ。もっとイヴリンの立場で考えてやるべきだった。


 俺はイヴリンの手をそっと取った。彼女の肩がビクッとする。


「なぁ、イヴリン。お前が今見ている俺は幻か?」


 イヴリンが首を横に振った。俺はイブリンの頬をするりと撫でた。


「俺は東大陸で生まれた。ファティマ国に来てから俺は冒険者として暮らしてきた。だが満たされることはなかった。抜け殻だったんだ。そんな俺に生きる意味を与えてくれたのは、イヴリン、お前だ。俺はお前の目の前にいる俺以外の何者でもない。昼間も話した通り、俺は何処に行こうともお前のいる所に必ず戻る」


 俺はイヴリンを抱き寄せると耳元で囁いた。


「お前のことが好きでたまらないんだ」


 腕の中のイヴリンが息を呑むのが分かった。


「俺の言葉だけじゃ駄目か?」


 イヴリンの頤に指を添えて上向かせると、彼女の目元には涙が浮かんでいた。「泣かないでくれ」とその涙をそっと唇で拭うと、真っ赤になったイヴリンが照れを隠すように顔を背けた。


「黙っていなくなったりしない? 絶対戻ってくる?」

「あぁ、約束する。今まで約束を破ったことなかったろ?」


 頷いたイヴリンが俺の胸に頬を寄せて、背中にそっと手を回してきた。俺は腕の中の彼女の存在を確かめるように、その背中を撫でた。


 勢いでイヴリンに自分の気持ちを伝えてしまったが、今後彼女にどう接していけばいいのか分からない。 内心俺は狼狽えていた。


「ギー、夕飯の支度に戻らなくちゃ。みんな首を長くして待っているわ」

「お、おう。そうだな」


 イヴリンから声を掛けてくれたことにホッとしていると、イヴリンが俺の腕に手を絡めてきた。


「エスコートしてくれるんでしょ」

「ったく、お前には敵わないな。お姫様の仰せのままに」


 俺がイヴリンの手を取り跪くと、彼女はぱっと手を外して走り出した。


「早くしないと置いてくからね」


 俺たちはまだ潮の引いている浜辺を別荘へと走って行った。

お読み頂きありがとうございました。

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