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25 ブレスレット

 結局俺たちは手ぶらで『ラ・ポンツ』を出た。荷物持ちだと言っていたが、当初から配送してもらうつもりだったのだろう。これなら二人で買い物しながら町を散策するのと一緒だ。まるでデートじゃないか。

 俺が行かなければ本当にクロウと行くつもりだったのだろうか。イヴリンとクロウが並んで歩く様を思い浮かべた俺は、突如沸いたモヤモヤした気持ちに戸惑った。


「買い出しはこれで終わりなのか」

「えぇ。そうよ」


 イヴリンは終わりと言った割に未だに通りを眺めている。さっきシモンに教えて貰った『モンレーヴ』の場所を確認しておきたいところだが……。


「イヴリン。良ければ町を案内してもらえないか? 浜辺以外は出歩いてなくて良く知らないんだ」

「実は私も行きたいお店があったの。寄ってもいい?」

「あ、あぁ。もちろんだ」


 嬉しそうに振り返ったイヴリンの笑顔にドキリとする。そんな俺の様子などお構いなしに俺の手を引いたイヴリンは、この町の成り立ちについて説明してくれた。

 セントポーリアは元々は漁業を生業にする人々が暮らす町だったが、温泉が出るようになってから観光地として整備されていったそうだ。そのせいか元からある生活品を扱う店の間に、新しく絵や工芸品を売る土産物屋が建ち、まるでモザイクのような町並みが人気を呼んでいるそうだ。

 しばらく歩くとイヴリンが「寄りたいのはあそのなのだけれど」と、指示した先に小さな店があった。


「何の店なんだ?」

「刺繍の専門店なの。ここセントポーリアでは漁に出る夫を待つ間に奥さんが家で刺繍をする慣習があってね。このお店にはウェルペンにはないような珍しい糸が沢山あるのよ。ほら、お爺様がいらしたから何か刺繍を刺した物をプレゼントしようかと思って」

「フィリップ卿も喜ぶだろう。俺はその辺を散策してるから好きなだけ見てきたらいい」

「ごめんなさい、ギー」

「謝ることなんてないだろ? それじゃ後で」


 俺はイヴリンの頭に手を置くと『モンレーヴ』目指して歩き出した。あまりに離れていたら改めて一人で訪れるつもりでいたが、刺繍の店からはそれほど遠くなかった。

 壁から垂直に突き出した流麗な線は草をモチーフにしているのだろうか、その先端に『モンレーヴ』と書かれた看板を確認する。これだけではアクセサリーを扱っている店なのかよく分からない。シモンに聞いておいて正解だった。

 周りの店とは一線を画す重厚な造りのドアに、一瞬入るのが躊躇われた。俺は一応上から下まで自分の服装を確認した。別荘に来てからはケヴィンが手配してくれた着衣を身に付けている。門前払いされることもないだろう。

 俺がドアを開けると、カウンターにいた白髪交じりの初老の男が慇懃に頭を下げた。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなお探し物でしょうか」

「実は『ラ・ポンツ』のオーナーに東大陸のアクセサリーならこちらの店が良いと聞いてきたのだが」

「シモンでございますか。お客様は観光でいらしたのでしょうか。どちらにご滞在でいらっしゃいますか」

「観光という訳ではないのだが『ドルバック貿易』の別荘に滞在している」

「それはそれは。私は店主のエドガーと申します。ではこちらに」


『ドルバック貿易』の名前を出しただけで信用されたようだ。改めてケヴィンの凄さを認識した。エドガーはカウンターから出て来ると脇にあるドアを開けた。


「こちらのお部屋で色々とご覧に入れましょう」

「あぁ、頼む」


 俺がソファに座っているとエドガーはお茶を出してくれた。豊潤でありながら爽やかな香り。これはかつてフリースラント王国で生産していた物だ……。ケヴィンと知りあってからフリースラント王国産の物に触れる機会が増えた。まさかこんなに祖国を思い返す日が来るとは……不思議な縁を感じずには居られなかった。


「やはりいい香りだな。ありがとう」

「お気に召して頂けましたならば幸いでございます。それでご用向きはどのような」

「あぁ、女性への贈り物を探している」

「左様でございますか。女性向けとなりますと、髪留め、ネックレス、指輪、それにブレスレットになりますでしょうか」

「どれが喜ばれるのだろうか」

「ご婚約されているか、いないかでも違ってまいりますが」

「婚約はしていない」

「それでは、髪留めとブレスレットをお持ちして参りましょう」


 エドガーは立ち上がると後ろのチェストをあちらこちら開けては、アクセサリーを取り出しトレイに並べていく。漸く全て並べ終えると、俺の前のローテーブルにトレイを置いた。


「美しい。見事な細工だ」

「はい。これらはさる国で名工と謳われた職人が作ったものでございます。どうぞお手に取ってご覧下さいませ」


 俺はその中から赤い石の嵌めこまれたブレスレットを手に取った。幅広のそれは銀で出来ており、透かし彫りの細工が惜しげもなく施された逸品であった。

 この精緻な手法……確かフリースラント王国お抱えの職人の中にこの手の手法を得意としている者がいた筈だ。だが国が無くなった時に散り散りになったと聞いている。まさかな。俺は軽く頭を振った。

 敢えて残された中央部には大振りな赤い石が嵌め込まれ、小さな赤い石がブレスレット全体に散りばめられている。まさにイヴリンの赤い瞳と同じ色合いだった。


「そちらは職人渾身の作でございます。細工の技巧は文句の付けようもない物で、他の作品を凌駕する逸品かと存じます」

「ああ、本当だな。それでこれを私に売る気はあるのか」

「そうでございますね。それをお売りするには条件がございます」

「条件か……聞かせてくれるか」

「はい。条件はそのブレスレットを作った職人ダヴィド殿の了解を得ることにございます」

「!?」


 俺が怪訝な顔をすると、説明が足りなかったと気が付いたのだろう。エドガーは続けて話をした。


「実はこちら作品はダヴィド殿から保管を兼ねてお預かりしているのでございます。もし私が売っても良いというお客様が現れた時には、彼に許可をとることになっているのでございます」

「店主のお眼鏡には適ったわけか。ありがたい。それでそのダヴィド殿は何処におられるのだろうか」

「はい、このセントポーリアの裏路地にひっそりと工房を構えております」

「工房? 今も作品を作っているのか」

「今は観光客相手の土産物屋に小さな小物を作って卸しております」

「そうか……。私の名はギー。許可がもらえたらまた来る」

「お会い出来る日を楽しみにしております」


 エドガーに見送られて店を出た俺は、イヴリンのいる刺繍店に急ぎ戻ることにした。

お読み頂きありがとうございました。

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