24 ラ・ポンツ
イヴリンと買い出しに訪れた町は観光客目当ての土産物屋もあり賑わっていた。いつも贔屓にしている店があるらしく、イヴリンの足取りに迷いはなかった。町の中心にある通りに面した店『ラ・ポンツ』に到着すると躊躇いなく中に入っていった。
「これはこれはイヴリン様。いらっしゃいませ。ご挨拶に別荘の方に伺おうかと思っていたところです」
町中の商店にしてはやけに丁寧な物腰と言葉遣いで対応に応じた赤毛の男は30代半ばで上質な着衣を纏っている。
「シモンオーナーがいらっしゃるなんて珍しいですね」
「えぇ。買い付けがございましたもので、それでそちらの方は護衛でござまいすか」
「こちらはギーさん。お父様のお客人です」
「冒険者をやっているギーだ」
「ケヴィン様のお客人ですか。随分と見事なプラチナブロンドでいらっしゃる。羨ましいですな」
俺のことを品定めするように上から下まで見たシモンは、口元に笑みを浮かべてはいるが細めた目の奥は決して笑っていない。
「それでイヴリン様、今日は何をお探しでしょうか」
「フィリップお爺様が来てくれているの。だから東大陸の物があれば欲しいのだけれど」
「フィリップ卿がお越しでございましたか。なる程、少しお待ち頂けますでしょうか。奥から見繕って参りましょう」
「えぇ、ありがとう」
シモンが奥に下がっていくとイブリンは店内に置かれている野菜や肉、海沿いの町ならではの新鮮な魚をテキパキと選んで行く。さすが『ラ・メール』の女主人だと感心する。
「シモンってのはこの店のオーナーなのか」
「えぇ。『ラ・ポンツ』はドルバック貿易の系列商店なのだけど、本店は東大陸にあるのよ。だから東大陸の食材ならここが一番という訳」
「なる程な」
ドルバック貿易が随分と手広くやっていることに驚いていると奥からシモンが顔だけ出した。
「ギーさんでしたか? 少しこちらに来て荷を下ろすのを手伝って頂けないでしょうか」
「あぁ」
後について倉庫のような所に行くとシモンは隅に置かれていた椅子にどかりと座って俺を睨み付けた。こっちが素なのか? 先ほどイヴリンの前で見せた態度はどっから出てきたのかと呆れる。
「それで、冒険者だって言ってるけど狙いは何なんだ?。あんたの立ち居振る舞い、変に堂々としていておかしいんだよ」
「いや、おかしいと言われても……」
「まさかイヴリン様目当てに近寄ってるんじゃないだろうな」
「……」
「だんまりかよ。冒険者カードを見せてみろ」
俺は大人しく上着からカードを取り出した。
「……Sランク。まさか北の森のドラゴンを討伐したのはあんたなのか?」
「あまり吹聴しないでもらえると助かる」
「そうか、悪かったな。それでギーさんはイヴリン様の警護で雇われたのか?」
シモンが冒険者カードを返して寄こした。急に大人しくなったシモンに苦笑する。こいつが悪人でないことは分かったが、俺がケヴィンから受けている扱いについて話すのは憚られた。ちょっと気が引けるが仕方ないか。
「いつもは『ラ・メール』で働いている」
「そうかそうか、そいつは良かった。いつも俺たちは心配してたんだ。『ラ・メール』がいくらいい店だとは言っても客層まで絞れる訳じゃないからな」
「随分とみんなイヴリン様にご執心なんだな」
「そりゃ当然だろ。イヴリン様はドルバック貿易に関わる者たちにとって姫様だからな。俺たちの許可なく姫様に手を出そうとする輩はぶちのめすことにしてる。だがSランクのあんたが警護についてくれてるとなれば俺たちも安心だ」
「そ、そうか」
「これからも姫様を頼んだぞ」
「あぁ、任せてくれ」
俺の答えに大きく頷くシモンに、まぁ、イヴリンを守るつもりなのは本当だからいいかと思うことにした。
「ところで、この辺りで東大陸のアクセサリーを扱ってる店はあるか?」
「アクセサリーねぇ。何だよ彼女にでもプレゼントするのか」
シモンは顎に手をやりニヤニヤしながら俺を見る。
実はこの別荘に来て、俺はイヴリンからハンカチを貰いっ放しであることに気が付いた。
そう、ケヴィンの誕生日会に俺はイヴリンにハンカチを貰った。俺のためにと刺してくれた見事な刺繍に心を奪われた。俺の人生に再び色を与えてくれたことに感激し過ぎて、お返しをするのをすっかり忘れていた。
以前ウェルペンで買ったあの髪留めを、エドモンドに渡してしまったことが悔やまれた。だがあれは最初からイヴリンのためを思って買ったものではなかった。俺は俺なりに何かをイヴリンにプレゼントしよう。そう心に決めていた。
シモンがこの店のオーナーであるからには、扱う品は違えども多少の情報は持っているのではないかと思い聞いてみた。だがお前たちが姫様と呼んでいるイヴリンに渡すつもりとは、さすがに言えない。
「依頼で頼まれてる」
「へぇ、Sランクともなると変な依頼も受けるもんなんだな」
「ギルドを通さない依頼も多いからな」
「なるほどねぇ。アクセサリーか……そうだな、この通りを東に行った先にある『モンレーヴ』って所はどうだ。値は張るが行ってみる価値はある」
「そうか、助かる」
「よし、姫様がお待ちかねだ。それじゃ、こっちの箱を持ってもらえるか。フィリップ卿の大好物が入ってる」
「おっ、この香りはフェイジョアか!? 随分と熟してるな」
「よく分かってるじゃないか。やはりSランクともなると知識も相当なものなんだな」
フリースラント王国でも栽培れさていた果物だからたまたま知っていただけだった。まぁ、誤解させておくのも悪くはないか。俺がフェイジョアの入った箱を持って戻ると、イヴリンは食材を選び終えて待ち構えていた。
「随分と遅かったわね」
「イヴリン様、申し訳ございません。こちらフィリップ卿が大好物の果物なのですが如何でしょうか」
「凄い香り。これは今が時期だったのね」
「はい、左様でございます。船の中で熟しておりますから、まさに食べ頃でございますよ」
「オーナー、ありがとう。それではこちらとまとめて、いつも通り別荘の方に運んでもらえるかしら」
「もちろんでございます。かしこまりました」
「それじゃ、ギー行きましょう」
「あぁ」
俺に向かって頼んだぞと口だけ動かしたシモンに、軽く手を上げイヴリンと共に店を出た。
お読み頂きありがとうございました。




