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2 荷物を受け取るだけの仕事

「ギー、今日はもう上がっていいよ」


 昼の客もいなくなり片付け終わった俺に、おばちゃんが声を掛けてくれた。

『ラ・メール』での仕事は朝から入れば夕飯前までの早番と、夕方から入れば店が閉まるまでの遅番の2交代制になっている。今日は朝から入ったため、だいたい昼の客がいなくなる夕方前の時間で上がりになる。夜には『ラ・ニュイ』に顔を出してみるつもりだった俺は、ありがたく上がらせてもらうことにした。


 俺が店を出たところにイヴリンが走ってきた。


「ギー」

「どうした?」

「今日はこれから予定があったりする?」


 イヴリンも朝からいたから上がりなのだろう。


「ちょっと野暮用がな」

「そ、そうなんだ」

「何かあるのか?」

「別に」


 いつもは勝気なイヴリンが、もじもじとする様子に俺はニヤニヤする。


「今日じゃなけりゃ、付き合ってやるよ」

「ほんと?」


 イヴリンはくりくりとした目で俺を見上げてくる。

 俺がイヴリンの頭をわしゃわしゃと撫でてやると「ちょっと」と言って抗議してきた。


「で、いつがいいんだよ」

「次に朝から入った時でいい?」

「わかった。んじゃな」


 俺はイヴリンの頭をぽんぽんと叩くと手をひらひらさせてそのまま通りを歩いていった。

 一度家に帰って少し寝ておくか。夜に何があるかわからない。俺は、鍛冶屋の工房のある裏通りに歩を進めた。





 ひと眠りした俺は、編み上げのブーツに小型のナイフを仕込んだ。ボヌスも用心深い男だったから、こっちがこれぐらいの準備をしていることは想定済みだろう。

 シーカーの仕事をする時もそうだが、まだ全容が見えていない時の何とも言えない緊張感が俺は好きだ。

 階段を降りて行くと工房にまだおじさんがいた。


「おじさん、仕事立て込んでるのか?」

「まぁ、少しな。ギー、今度休みの時手伝えや。給金弾んでやるよ」

「わかったよ、部屋貸してもらってるのに悪いな」

「いいってことよ。変な女に引っ掛かるんじゃないぞ」

「ははは。りょーかい」


 大通りに出ると『ラ・メール』とは反対の町外れに向かって進んでいく。雨はすっかり上がり細い月が頼りなげに空に浮かんでいる。

 もともとこの辺りは町の中心部と違って店の数は多くないが、この時間になると開いてるところが少なくなるため大通りとは思えないほど暗くなる。

 俺は夜目が利くためこれぐらいの暗さは気になりはしないが用心に越したことはない。しばらく進むと明かりに照らされた『ラ・ニュイ』の看板が目に入った。


 扉を開けると正面にカウンター。フロアーにはテーブル席が40席程あった。『ラ・メール』程ではないが、町外れにしてはそこそこの広さがあった。

 カウンターに立っているのが店主なのだろうか、ひょろりとした長身の痩せた男で優しそうな風貌だが目の奥だけが異様にギラギラしている。

 カウンターの端には今朝会ったボヌスが既に座っていた。ボヌスは俺の姿を認めると店主に合図し、カウンターの裏に回り店主の後ろの扉を指差した。

 俺は頷いてその扉に向かった。店主の脇を通り過ぎる時、囁くような小さな声が聞こえた。


「部屋を貸して日銭を稼いでるだけでして。良かったらご贔屓に」


 なるほど、首は突っ込まないが場所は提供するってことか。俺は無言で頷くとそのまま扉をくぐった。

 扉の先は廊下になっていて、左右に二つずつ扉がついていた。先を歩くボヌスは一番奥の右側の扉に鍵を差し込んで開けると、俺にその部屋に入れとばかり立っている。俺は肩を竦めて部屋に入った。


 部屋の中は小さな机に椅子が2脚。後はベッドが置いてあった。宿泊も可能ということか。

 俺が椅子を引いて座るとボヌスももう一方の椅子に腰かけた。


「食事は済まされましたか」

「まだだ」

「そうですか。良ければ一緒に食べてくれませんか。ここの食事、案外いけるんですよ」

「あんたに……悪い、ボヌスさんに任せる」


 ボヌスは部屋から出て行ったが、酒の入ったグラスを持ってすぐに戻ってきた。多分はメニューは決めてあったのだろう。


「先ずは飲みませんか」

「あぁ、じゃ遠慮なく」


 グラスの中身はワインだった。金持ちの依頼を受けることが多いため振る舞われることがあるが、値段が張るため普段飲むことはない。やはりボヌスも相当金を持っている。俄然この男の代わりに受け取る荷物の事が気になってきた。

 だが用心深いボヌスは料理が来るまではと思っているのだろう。一向に話し出そうとしない。それならと、何故俺に頼むことにしたのか聞いみることにした。


「なんで俺なんだ?」

「そうですねぇ。誰でも良かったなんて答えじゃ納得してくれませんよね」


 俺は咎めるような視線でボヌスを見た。


「そんな怖い顔をしないで下さい。貴方が酒樽を運んでいる所を拝見しましてね。身のこなしが普通の人に見えなかったもので」


 確かに俺は冒険者だから普通の人とは違って見えるかもしれないが、一介の商人に酒樽を運んでいるだけて判断出来るものでもないと思う。こいつも只者じゃないってことか。


「俺は合格だった訳だ」

「有り体に言えばそうなりますかね」


 コンコン


「どうぞ」

「お待たせしました」


 店主が料理を運んできた。何かの煮込み料理らしく皿の中でぐつぐつと音を立てている。

 皿を置き終わると邪魔はしませんとばかりに店主はさっさと下がって行った。


「食べながら聞いてください」


 そう言ったボヌスは自分の皿をつつきながら話を始めた。


 依頼人から頼まれて長いこと探していた商品の入手目途が付いた。だが、その日はどうしても都合がつかないため別な日にして欲しいと頼み込んだらしい。

 ところがだ、取引相手はその日でなければ商品は渡さないと言ってきた。だから代わりに受け取りを依頼したいということだった。

 ちびりちびりと舐めるようにワインを飲んでいた俺は、ボヌスがご同業であることに少なからず驚いていた。まぁ、ボヌスの場合は直接探すのではなく、更に依頼して探させる中間搾取ってやつか。

 それにしても、長いこと探していた商品を蹴ってでも済まさなければならない都合の方にも興味が沸く。


 ボヌスか……突っ込みどころが満載で俺は久々にワクワクしてきた。

お読み頂きありがとうございました。

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