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19 人生に色が戻った日

 馬車の中からみた屋敷も相当だと思ったが、この大広間も言うに及ばずだった。煌びやかな衣装に身を包んだ人々が談笑している。

 俺たちが入場すると会場の人々がこちらをチラチラと伺っているのが分かった。それもそうだろう。今日の主役であるケヴィンの娘と入って来たのが見ず知らずの集団だ。誰もが不審に思って当然だろう。その中には対策委員会で見かけた顔が何人かいた。この恰好だ、きっと俺だと分かった奴もいないだろう。

 程なく主役のケヴィンが入ってきた。盛大な拍手が沸き起こり、ケヴィンの周りに人々が集まっていく。


「本日は私のためにお集まり頂きありがとうございます。皆さまへの日頃の感謝を込めましてこのような形でお集まり頂きました。これだけの貿易関係者が揃うのはそうそうないことでございます。是非お楽しみ下さい」


 ケヴィンの簡潔な挨拶に再び拍手が送られた。仕事関係の人間が我先にと挨拶に向かっている。当分の間こらちは静かでいられそうだ。そう思っていた矢先、一人の紳士が俺たちに近づいてきた。あれは――メラニーの父親ラインバウトだ。


「イヴリン嬢、お久しぶりでございます。しばらく見ない間に美しさに磨きがかかりましたなぁ」

「まぁ、ラインバウト様。お久しぶりです。父が寂しがりますから、ウェルペンにいらした際は遠慮なくお寄り頂きたいです」

「えぇ、そうさせて頂きましょう。それでイヴリン嬢、お隣の彼をお借りしてもよろしいか?」

「は、はい。構いませんが……お二人はお知り合いですか?」

「イヴリン嬢をエスコートとするという栄誉を賜った方に少し興味があるだけでございますよ。ご心配なさらずとも直ぐにお返しいたします」


 ラインバウトの視線に頷いた俺は「直ぐに戻る」と言ってその場を離れた。後の事はポールが何とかしておいてくれるだろう。人気のないテラスに出るとラインバウトは直ぐに頭を下げた。


「ギー様。ご無沙汰しております。先日は娘が突然訪問したようで申し訳ございません。まさか泊まってくるとは思ってもみませんでして……こちらに来て少し伸びやかに育て過ぎました」

「まぁ、あまり叱ってやるなよ。メラニーはメラニーで考えもあるんだろ」

「寛大なお言葉感謝いたします。それでイヴリン嬢とはどちらでお知り合いに? フリースラント王国の関係者とお会いになられましたか?」

「ん? 今働いている『ラ・メール』で知り合ったというか、いや主人になるのか?」

「なんと『ラ・メール』に……偶然とは凄いものですな。そうですか」


 一人感慨に耽っているラインバウトに疑問を抱いたが、そろそろケヴィンに挨拶をしてくると言うラインバウトと別れ、俺はイヴリンの元へ向かった。


「兄さん」

「すまない。待たせた」

「ギー、大丈夫だった?」

「イヴリンに失礼のないようにしろと説教されたよ」

「えっ」

「くっくっ、冗談だ」

「もう。ギーってば」


 ぷりぷりするイヴリンは俺の知っているいつものイヴリンみたいで安心する。その時音楽が鳴り出した。ダンスが始まるらしく、待ちかねた人々が相手をエスコートしてフロア中央に進んで行く。クロウが俺に視線を飛ばしてきた。


「ギーも踊ってきたらどうだ? お前ダンスだけは上手かっただろ」

「だけはって」

「そうですよ、兄さん。ダンスだけは兄さんに敵いませんでしたから」

「だから、だけはってのは何なんだ!」

「ギーは踊れるの?」

「ま、まぁな。そのぉ、一曲踊ってくれるか?」

「えぇ、もちろんよ」


 俺はイヴリンの手を引くとフロアの中央で互いに挨拶しステップを踏み出した。このところダンスなんて踊っていなかったが、体は覚えているもので自然と足が動いた。イヴリンのベージュシルクのドレスが会場の明かりに照らされて光輝いている。彼女の美しさをもっと引き出してやりたいと、俺はホールドを意識しつつ、大きなステップで空いているスペースへと誘い伸びやかに踊らせてやる。俺の意を酌んだようにステップを合わせる彼女とのダンスはまさに夢のようであった。

 踊っていた人々はもちろん、周囲で眺めていた人々もイヴリンに注目している。それはそうだろう。それ程に彼女は美しいのだ。誰かに見せびらかしたい、だが独り占めしたい……俺は初めての感情に戸惑いを覚えていた。彼女に触れている自分の手が熱を持っているようだった。


「ギー」

「どうした?」

「今日はそんな恰好をしているから誰かと思ったわ。ポールさんも、クロウさんも皆さんキラキラしてるもの」

「あぁ、あいつらは昔からな……」

「ギーも素敵よ。部屋で見た時はどこの王子様かと思っちゃった。それにこんなに楽しく踊れたのは初めて。ギーのリードが上手いからかしら」

「そうか。それならよかった。俺で良ければいくらでも踊ってやるよ」

「ほんと?」

「あぁ」


 イヴリンが瞳を輝かせて微笑んだ。いくらでも踊るだなんて、あぁ、俺は何を言ってるんだろうか。今更、何かに執着するなんて……俺は生かされているだけの者だというのに、この世界に俺の存在なんてありはしないのに。


「ギー。後で渡したいものがあるの」

「俺にか?」

「そうよ」

「楽しみにしている」


 曲が終わり俺とイヴリンは挨拶してポールとクロウがいる場所へ移動した。


「イヴリン嬢、素敵なダンスでしたよ」

「本当ですか? ポールさん、ありがとうございます。父も忙しくて中々踊ってもらえないもので今日は久々だったのです。でもギーのおかけで楽しく踊れました」

「兄さん、良かったですね」

「あ、あぁ」


 気まずくなった俺はそっぽを向いた。そこへケヴィンがやってきた。


「ギー様、クロウ様それにポール君も、本日は急にお呼び立てしまして申し訳ございません」

「いや、こちらこそ色々用意してもらって悪かったな。それより誕生日なんだよな。急なことで何も持ってきてなくて済まない。後でクロウと何か贈らせてもらう。ポールは持ってきてるって言ってたな」

「はい、ケヴィン様。後ほどお渡しさせて頂きます」

「いえいえ、皆さま。そのようなお気遣いは無用でございます。本日参加して頂いただけで充分でございますよ。それにあんなに楽しそうに踊るイヴリンを見られたのですから」

「いや、俺も楽しく踊らせてもらった」


 イヴリンが何やら先ほど部屋で見かけたメイドから綺麗にラッピングされた箱を受け取っている。


「お父様、お誕生日おめでとうございます」

「ありがとう。開けてみてもいいかな?」

「えぇ、もちろんです」


 ケヴィンが箱を開けると中には何かの紋章とイニシャルが刺繍されたハンカチが入っていた。

 ――ケヴィンが目を見張った。

 遠目にみてもその刺繍が見事なものであることが分かる。イヴリンの買い物に付き合った時に雑貨店で購入していたやつか。


「クラリスも刺繍が得意だった……」

「お母様が? いつも家の中に綺麗な刺繍が施された物があるなと思っていたのですが、あれはお母様が刺された物だったのですね」

「あぁ、そうだよ。今度クラリスの刺繍の話を聞かせてあげよう」

「是非お願いします!」


 ケヴィンはイヴリンをふわりと抱きしめると済まないが他の客のもてなしがあるからと、俺たちに娘を頼みますと頭を下げるとその場を立ち去った。


「凄いですね、イヴリン嬢。先ほどの刺繍はかなりの物ですよ」

「ポールさんまで、煽てないでください」

「いえいえ、これは本心で申し上げております」

「まぁ、ありがとうございます」


 何となくソワソワしているイヴリンの様子に気が付いたポールがクロウに目配せした。


「踊った後で喉が渇いているのではありませんか? 私とクロウが飲み物を持ってきましょう」

「おう、済まないな」


 給仕の所に向かう二人を見送っているとイヴリンが俺の袖を引いた。


「ん?」

「ギーにも、刺繍を刺したの。その、貰ってくれるかしら」


 イヴリンが俺にGの文字とその周りに様々な葉の意匠を施したハンカチを渡してくれた。


「そのまま手渡しでごめんなさい。箱に入れようかどうしようか迷ったのだけど、あまり仰々しくするとギーが受け取らないんじゃないかと思って。それでね、イニシャルで充分だって言っていたけれど、葉っぱは緑一色だけじゃないってところを見せてあげたくて、色々な葉をモチーフにした物を周りに刺繍してみたのだけれど、どうかしら?」


 様々な緑が俺に語り掛けてくるような生き生きとした世界がそこにはあった。まるで俺の体に電流が流れたような衝撃を覚えた。今まで無色だった俺の世界に一気に色が戻ってくる。あぁ、俺はこの世界で生きて行くことを許されているのかもしれない。

 俺は無意識にイヴリンに手を伸ばすと抱き寄せていた。


「イヴリンありがとう。一生の宝物にする」

「ギー……」


 コホン。


 突然の咳払いに俺はパッとイヴリンを離した。イヴリンは真っ赤な顔をしている。


「イヴリン嬢、メイドからリンゴのジュースがお好きだと伺ったのでお持ちしましたよ」

「あ、ありがとうございます」

「ギーにはこっちがいいだろ?」


 クロウがニヤニヤしながら俺にシャンパンを渡してきた。俺が礼を言ってグラスに口をつけていると、側にやってきたポールが「それで何を貰ったのですか」と小声で聞いてきた。誰が教えてやるものか。「秘密だ」と俺は素っ気なく返した。

お読み頂きありがとうございました。

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