18 ケヴィンの誕生日パーティ
素材の換金を済ませた俺たちが、いざ豪遊に出掛けたかと言えばそうはいかなかった。というのも魔獣が頻繁に出没するため封鎖される街道があったこともあるのだが、『ラ・メール』が忙し過ぎて休みを取りたいと口に出来る雰囲気ではなかったのだ。
豪遊は森のパワーバランスが回復してからということになった。クロウはそのまま『ルポン』に居続けている。王都に帰ってもいいんだぞと言ったのだが、また俺に置いて行かれたら困るからと言われてしまった。あいつもメラニーみたいなことを言うようになったな……。
ボヌスの件が片付いたらウェルペンを出ようと考えていた。そもそもウェルペンに居たのもエドモンドに頼まれた例の職人の作品を集めるためだった。
ドラゴンを倒してからそろそろ一ヶ月。こんなに長居をするつもりはなかったんだが、ボヌスからの接触はまだない。きっとボヌスもどっかで足止めをくらっているんだろう。
この日も昼の客が帰ったのは夕方に入ってからだった。おばさんの上がっていいよという声に頷いた俺が背伸びをしていると、宿屋側の階段からイヴリンが駆け下りてきた。
「ギー!」
「どうした? そんなに慌てて。何かあったのか?」
「今日ってこれから予定ある?」
「いや、別にない」
「ちょっと付き合って欲しいの」
「あぁ、構わないが」
「待ってて、着替えてくる」
「お、おう」
おばさんのニヤニヤした視線を背中に感じながら、俺はそのまま階段の下で待っていた。程なく「お待たせ」と言いながら慌てて降りてくるイヴリンはクリーム色のワンピースを着ていた。色白のイヴリンにとても似合っている。
「綺麗だな。良く似合ってる」
俺はイヴリンに手を差し出した。
「ほら、お姫様。慌てると危ないぞ」
「子供じゃないんだから一人で平気よ」
ぷりぷりしながらもそっと手を重ねてきたイヴリンをエスコートする。
「それで今日はどこに行くんだ?」
「家よ」
「は?」
「いいから付いて来て」
イヴリンと一緒に大通りに出るとタイミングよくドルバック貿易の馬車が横付けされた。これに乗るのよというイヴリンに手を貸すと自分も馬車に乗り込んだ。
「イヴリン、今日は一体何なんだよ」
「家で父の誕生日パーティがあるのよ」
「何で俺が行くんだ?」
「それを聞きたいのは私の方よ。父が連れて来てくれっていうから。ねぇ、何でギーは父と知り合いなの? この前も『ドルバック貿易』の馬車に乗って行ったじゃない?」
「いや、あれは……」
不毛な会話を繰り返している俺たちを乗せた馬車は、南側に広がる小高い丘を登っていった。その中腹に立派なお屋敷が見えてくる。まさかあれじゃないだろうな……勘弁してくれよ。名士の誕生日パーティに出席出来るような恰好をしてきていない。
なんとか断れないものだろうかという俺の願いも虚しく、馬車はお屋敷の正面玄関に横付けされた。
俺は先に降りるとイヴリンが降りるのに手を貸した。
「兄さん!」
声の主はポールだった。何か嫌な予感がする……。
「ポールか……。お前も参加するのか?」
「えぇ、そうなんですよ。って、そんなこと言ってる場合じゃない。兄さん、着替えないと。僕と一緒に来て下さい。イヴリン嬢、それではまた後ほど」
「えぇ、ポールさん。ギーのことお願いしますね」
「お、おいっ」
イヴリンはつかつかと行ってしまう。残された俺はポールに引っ張られるように連れて行かれた。
「兄上、私が見立てたものですが、こちらをお召し頂けますか? オーダーメイドでなくて申し訳ございません」
「申し訳ないとかそういうこと以前にだなぁ」
俺は目を輝かせているポールを見て観念した。
「兄上は磨けば光るのですから、自信を持って下さい」
「だからそういうことじゃねぇんだよ」
「では馬子にも衣装でしょうか」
「それはもっと違う!」
「くっくっ。冗談ですよ、兄上。私も着替えるので、兄上も早くして下さい」
「わーったよ」
完全に嵌められたってことか……。俺は諦めて着替えることにした。
「さすが兄上、着こなしてますね」
「お前もだろ。ってか、この衣装――豪華過ぎんじゃないのか?」
「ケヴィン様が構わないと仰ったのですからいいのですよ」
アビ、ジレ、キュロットの三点セット。オーダーメイドじゃないとは言え、金糸を使用した豪華な刺繍が施されている。それにこのシルクのクラバットにも刺繍がある。
鏡の前に立たされた俺はこの状況にため息しか出ない。だが久しぶりにこんな衣装を着た俺は心が高揚していくのを感じていた。
「さぁ、兄上参りましょう」
「あぁ」
ポールの先導で移動する。どこに連れて行かれているのか分かる筈もなく、俺はポールの後を黙って歩いている。するとある部屋の前で立ち止まったポールが扉をノックする。
「ポールでございます。いかがでしょうか」
「もう少々お待ち下さいませ」
中から女性の声が聞こえてきた。一体何の部屋なんだ。
「ポール。そういえば今日はケヴィンの誕生日なんだよな。何も持って来てないぞ」
「大丈夫ですよ、兄上。私がお酒をご用意致しましたから」
「そ、そうか。ってか、始めから言っておけよ」
「言ったら断るくせに何言ってるんですか」
その時、廊下の向こうに現れたのは、やはり三点セットに身を包んだクロウだった。さすが『氷の騎士』の異名を取った男である。上背があるせいなのか、あれだけの筋肉はこういう恰好をするとあまり目立たない。貴公子然とした姿に啞然とする。
「ギー様。流石でございます。気品に溢れていらっしゃる」
「お前には言われたくねぇよ」
美丈夫に挟まれた俺は本気で帰りたくなった。
「クロウの衣装もケヴィンが用意したのか?」
「えぇ、兄上」
「もうお前らだけで行って来いよ。俺は帰るからよ」
「ギー様がお帰りになるならば、私もご一緒致します」
「だから、話がややこしくなるでしょ? 兄上も子供じゃないんですから、いい加減諦めて下さい」
俺たち三人が騒いでいると扉が少し開いて、中からメイドが顔を出した。俺たちを認めた彼女は目を丸くして口をポカンと開けていたが、直ぐに自分がするべきことを思い出したのか「お待たせいたしました」と頭を下げた。早速中に入って行くポールに続いて、俺とクロウも中に入って行った。
そこにいたのはベージュシルクのドレスに身を包んだイヴリンだった。ドレスは単色でまとめられているが、敢えて膨らみを抑え気味にしているため、かえって前面に施された立体的な刺繍が際立ち上品な雰囲気を醸し出している。そこにイヴリンの瞳の色と合わせて首や手首に巻かれた赤いリボンが差し色となって、まるで一幅の絵画を見ているようであった。――俺は言葉を無くした。
ポールが俺の脇腹をつつきながら「兄上、ほら何か言って差し上げて下さい」と囁いた。その声に我に返った俺は「あぁ」と頷くと頬を掻きながら、俺たち三人を見て呆然としているイヴリンの前に進み出た。
「イヴリン。その、何ていうか……とても美しい」
「えっと、その。ギーなのよね? あとはポールさんと……」
「こいつは幼馴染のクロウ。イヴリン……その、エスコートして構わないか」
俺はイヴリンに手を差し出した。扉の脇に控えていた先ほどのメイドが頬を上気させている。ポールとクロウもニヤニヤして二人で顔を見合わせている。
「お願い致します?」
重ねられたイヴリンの手を自分の腕に絡めると、イヴリンを見つめた。
「イヴリン。お前、本当に綺麗だな」
「ギー……」
はっとしたようにポールが動いた。
「さっ、皆さん。参りましょうか」
未だに困惑気味なイヴリンと一緒に俺たちは部屋を後にした。
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