15 ドラゴン現る
そろそろ『ラ・メール』が視界に入るかという頃、店の前にでかい奴が立っているのが見えた。クロウか!? ……あいつ一体どうやって知った? 仕方なく俺はクロウに声を掛けた。
「クロウ!」
「どうする? 倒すつもりか?」
どうするって……おいおい、付いてくる気かよ。まさか待ち構えていると考えていなかった俺は返事に詰まった。
当初は『ドラゴンアイ』を魔素溜りで開放するつもりだった。だがそれではボヌスの依頼は達成出来ないことになる。あの取引の目的はペンではなくそれに付いている『ドラゴンアイ』だからだ。だがもし『ドラゴンアイ』を手に入れるつもりならばドラゴンを倒さなければならない。でなければ『ドラゴンアイ』のある場所目指して北の森のドラゴンはどこまでも追い続けて来るだろう。
ボヌスの今回のやり方には憤りを覚えるが、こんな商品をボヌスに依頼してきた人物に興味があった。そのためにはボヌスとの繋がりを断ち切る訳にはいかない。
「倒そうと思う。だが、お前はやめとけ」
「俺にやめろと言うのか? 何と言われようと俺はギーについて行く」
「ったく、律儀な奴だな。別にクロウのしたいようにしていいんだぞ? 今更俺に従う必要はないんだ」
「気に食わない奴にはついて行ったりしない」
かつてクロウは近衛騎士として俺に忠誠を誓った。未だ変わらない忠義っぷりに俺は嬉しくもあり、応えてやれないもどかしさも感じた。
「わかった。一緒に来てくれ」
「始めからそう言えばいいんだ」
「よし、急ぐぞ」
俺はクロウの肩を叩くと一緒に走り出した。
俺が支度をしている間にクロウが借りてきた馬に跨って北の森を目指している。『ドラゴンアイ』を解放するなら魔素溜りに行くべきだが、ドラゴンを討伐するならば話は別だ。わざわざ危険な場所に行く必要はない。どこにおびき寄せるのがいいか候補を出し合った結果、身を隠すのに適当な洞窟があることが決めてとなって、この前ドラゴンに遭遇した場所にすることにした。俺たちは馬を森の入り口の木に繋ぐと洞窟に向けて歩き出した。
今日は広範囲にかけて探知魔法を展開させている。その分精度は落ちるがドラゴンの巨体ならばこれでも十分事足りる。今のところ引っ掛かってくるものは何もない。ドラゴンがウェルペンの町に行っていない事を祈りつつ奥に進んでいった。
漸く目的地に到着すると俺たちに防御魔法をかける。クロウを洞窟に待たせ俺はペンの入った金属の箱を草地の真ん中に置くと、箱にかけていた術を解いて蓋を開けた。ピリピリとする肌を擦りながら俺もクロウの待つ洞窟へと身を潜めた。
「ドラゴンは来るのか?」
「あの『ドラゴンアイ』は生きてるからな。噂通りなら必ず来るだろう」
「ギー。何で『ドラゴンアイ』を持ってる?」
そういや荷物の受取依頼については一切話しをしていなかった。
「……成り行きでな」
「ギーは昔から無駄に人を惹き付けるな。ついにはドラゴンか」
「なんだそれ」
咎めるような顔していたと思ったら、くっくっくと笑うクロウを睨み付ける。その時探知魔法に引っ掛かるものがあった。この大きさ……ドラゴンだ。
「クロウ。お待ちかねの奴が現れたぞ。この方角は……東から?」
まさか既に森を出ていたのか? もう町に被害が出ていたとしたら……。
「町に何かあった場合には魔道具で連絡が入るようにしてある」
「クロウ……」
「それでどれぐらいで奴は来そうだ?」
「もうすぐだ。手筈通りに頼む」
「分かった」
俺たちの立てた作戦はこうだ。
魔力を網目状に展開し飛来したドラゴンを拘束した上で、飛び立たれないように奴の翼を切り落とす。同時に奴の足にも攻撃を仕掛けて動きを奪った上で、奴の体力を削いでいく。そして最後は一気に爆破だ。要のドラゴンを失ったことで森のパワーバランスが崩れるかもしれないが、そこはギルドに任せることにした。
全身を貫く咆哮が轟いた。俺は拘束用の魔法を練り始めた。赤黒い巨体が『ドラゴンアイ』目掛けて急降下して来る。まさに届こうかという時、俺は一気に魔法を展開させてドラゴンを絡めとった。
クロウが大剣を水平に構えると暴れるドラゴンの足元を狙って走り出した。俺は『ドラゴンアイ』を回収すると素早く魔法を練り上げ翼の根元目掛けて鋭い刃を幾重にも放った。刃は次々と突き刺さるが貫通までは至らない。くそっ、随分と硬いじゃねぇか。
ドラゴンは巨体をくねらせて咆哮を上げている。クロウの方も軽々と大剣を扱い斬りつけているが、深く断ち切るまではいかないようだ。ドラゴンが俺たちの攻撃に堪らず飛び立とうとしたその時、俺の放った何度目かの攻撃で片翼が遂に落とされた。ひと際高いドラゴンの咆哮が辺りに響いた。
堪らずクロウが膝をつく。俺はクロウに駆け寄ると肩を支えて後退した。
「大丈夫か?」
「あぁ、問題ない。しかし、さすがドラゴンだな。頑丈だ」
「クロウ……お前の大剣の強度を上げれば太刀打ちできるようになるかも知れない。ただ反動はお前自身に来ることになるが、どうする?」
「構わないから、やってくれ」
俺は大剣に魔力を流していく。クロウには内緒だが、この大剣は魔力を蓄えるレアな素材で出来ている。国を出ることになった時に迷わず付いてきたクロウに礼だと渡したのだ。かつて俺が自分で使おうと宝物庫から持ち出していた物だったが、クロウ程の男に使われるなら大剣も喜んでいるはずだ。
大剣の限界まで魔力を流し終えた俺は「さっさと倒すぞ」と素早くクロウに手渡した。
片翼を失ったドラゴンはバランスを失い傾いた体でもがいている。俺は念のために拘束魔法を再度展開し次の攻撃に備えた。だがその時、ドラゴンが首をもたげて口を開いた。あの体勢は……。まずい!
「クロウ洞窟に入れ! ブレスがくる」
「おうっ」
俺たちが洞窟に転がり込んだと同時にブレスが放たれた。辺り一面が一瞬にして焼き尽くされる。早く倒さないとヤバいな。俺たちは頷き合うとドラゴン目掛けて走り出した。
クロウの大剣がドラゴンの脚を深々と切り裂いて行く。魔力を流した甲斐があったようだ。俺も負けてられない。先程より魔力の粘度を高めると残っている翼に向けて一気に放出した。今度は幾重にも刃を重ねて翼に食い込ませる。俺はそれに重ねてもう一度刃を放ち、食い込んでいた刃をズブズブと押し込んで行く。完全に押し切ったところで翼が落ちた。
ドラゴンはのたうち回るが、クロウの攻撃でダメージの蓄積された脚に力が入らないのか、長い尾を地面に叩きつけている。その尾がクロウを狙った。俺は咄嗟にクロウを突き飛ばすと自分に防御魔法を重ねがけしようとする。だが展開は間に合わず振り抜かれたドラゴンの尾をまともにくらった俺は木に打ち付けられた。ごふっ。口内に溢れて来た血を吐き出す。内臓をやられたか……。視界がちらつき意識が持って行かれそうになるが、頬を叩いて何とか正気を保つ。
「ギー様!!」
「俺に構うな! 奴の体力を奪え!」
「くそっ」
クロウが雄叫びを上げてドラゴンに斬り込んで行った。俺は身を起こすと呼吸を整え自身の状態を確認する。幸い骨は折れていないようだ。よし、やるか。
俺は魔力を練り上げるとドラゴンの尾を狙って放った。やられたらやり返すまでだ! 俺は次々と同じ場所を目掛けて刃を放つ。クロウもその場所に斬り掛かり刃を押し込んで行く。左右に尾を振り回して抵抗するが、クロウも尾の動きを見極めて危なげなく避けている。クロウの上段からの一撃でドラゴンの尾は力なく垂れたままになった。
俺は少し早めだが留めの魔法を準備する。ドラゴンの体力が削られる前に俺たちの体力が持たないかも知れない。ドラゴンにはまだブレスもある。危険だが最大魔法で行くしかない……。
「クロウ! きりの良いところで洞窟に行け」
「何するつもりだ」
「少し早いがデカイやつをぶっ放す」
「分かった」
俺は掌に魔力を集め始めた。それは徐々に大きくなり両方の手で球体状にまとめ上げて行く。適度な大きさを維持し魔力をその中に圧縮させていく。球体の内部は不気味に渦巻き、表面からはバチバチと音を立てて光が迸る。
クロウはドラゴンの腹に突き立てた大剣を引き抜くと俺に頷いて洞窟に駆け込んで行った。ドラゴンは凄まじ咆哮を上げると首をもたげて口を開けた。
ブレスを打たせるわけにはいかない。俺はその口目掛けて手元の球体を放った。口に吸い込まれた球体がドラゴンが溜めていたブレスを巻き込んで膨らんで行く。俺も洞窟に駆け込むと洞窟の入口に防御壁を展開させた。
視界が真っ白に染まったと思った瞬間、凄まじい爆音が鳴り響いた。吹き飛ばされた物が防御壁に断続的に当たっている。
ドラゴンはどうなった? 俺は視界が戻るのを待った。
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