14 ドラゴンアイ
今朝俺はウェルペン港で、入港準備に入った三本マストの黒塗りの船を見つめていた。漸くボヌスの依頼が片付くかと思うと少しは気が楽になる。
タラップが掛けられると次々と船員が下船してきた。目印に赤い布を持っていると言っていたが、降りて来る人の中には見当たらない。すると船首楼から港を見下ろしている男が目に入った。確かに赤い布を手にしている。俺は片手を上げてその男に合図を送った。男は俺に頷き、親指を立てると主甲板を指して上がってこいと合図を送ってきた。
下船の終わったタラップを俺は甲板へと渡る。もう布は持っていないが先ほどの男が待っていた。男は俺を認めると黙って歩き出したので、俺は肩を竦めると仕方なく黙って後を付いて行った。主甲板に括りつけられたボートを横目に少し行くと、船尾楼に向かう急な階段の脇にある扉の前で男が止まった。
男がノックすると中から「どうぞ」と短い返事があった。男はノブを回して扉を開けると俺を中に誘った。
所謂船長室というやつで、天井が低いながらも船尾部に設けられた窓のおかけで充分な明るさがあった。脚に見事な装飾の施された大きな会議卓とその周りに椅子が置かれている。
「ようこそおいで下さいました。私はリチャードと申します。証書はお持ちでしょうか」
声を掛けてきたリチャードはボヌスのような商人風の身なりの男だった。ただその男の佇まいからは商人と言うよりは貴族特有の品が感じられた。それもエドモンドのような付け焼刃なものではない、生粋の貴族のものだ。
俺はボヌスから預かっていた証書を上着の胸ポケットから取り出して渡した。しばらくその証書を確認していたリチャードは漸く納得したのか、扉の前で待機していた先ほどの男に手を軽く上げた。
男は部屋の脇にある金庫から金属で出来た箱を取り出すとリチャードに手渡した。リチャードは箱の表面を優雅な手付きで撫でると蓋を開けた。
その途端室内の空気が一気に重くなって、俺は思わず会議卓に手を付きそうになる。この重圧感は間違いなく魔力によるものだ。リチャードも箱を渡した男も魔力を感知出来ないのか平然としている。
「ボヌスさん。中身の確認をお願いできますでしょうか」
ボヌス? なるほど相手は俺のことをボヌスだと思っているわけか。それならそれで構わない。俺は保護魔法を自身に展開させて重圧感を無力化すると中身を確認するために箱に手を伸ばした。
箱には光沢のある布が敷き詰められており、その中央にペンが置かれている。ペン先はどうやら王都で見たものとあまり変わりはなく、ごく一般的な物だと知れた。軸の方はペン先に近い部分に縦に一筋の模様が入った美しい輝きを放つ玉石が埋め込まれている。俺がその玉石をよく見ようと顔を近づけると、模様だと思っていた縦縞が大きく開いた。
何てことだ。これは間違いなく『ドラゴンアイ』、しかも生きているものだ。だからあの重圧か……。
『ドラゴンアイ』とは文字通りドラゴンの瞳。通常は死んだドラゴンから採取されるもので、それを魔術により特殊な保護膜の中に閉じ込めることで希少な宝石として取引されている。だがごく稀に生きているドラゴンから採取されることがある。その場合、保護膜の中の瞳はそのドラゴンが生きている限り生き続けることになり、先ほどのように魔力を放ち保護膜の中で瞳孔が開閉するのだ。
以前俺が見た物は既に死んでいる『ドラゴンアイ』だった。だが今回の物はまだ生きている。瞳が生きているだけならレアな宝石として高値で取引されても不思議ではないのだが、これまで取引されたという話は聞いたことがない。それもそのはずだ。何故なら生きている『ドラゴンアイ』とドラゴンは互いを呼び合うからだ。
俺は急いで箱の蓋を閉めると自身に展開していた保護魔法を箱に向けて何重にも展開させた。この箱には多少なりとも呼び合う力を軽減する魔術が施してあるのだろう。だが北の森のドラゴンは魔素溜りから動いた。それが意味するところは、この『ドラゴンアイ』が呼んだということに他ならない。そう今ここにあるのは、あいつの片方の目だ。
何故ボヌスは俺に取りに行かせた? いつ受け取りに来ると言っていた? 頭の中でボヌスの言葉を思い浮かべる。他人に任せてまで取って来て欲しい物なのに、受け取りは後日連絡すると言っていた。
あぁ……。俺は完全に嵌められていたことに気が付いた。
俺がボヌスの狙いについて立てた予測は次のようなものだ。
――依頼主に頼まれていた『ドラゴンアイ』が手に入ることになった。だが生憎と生きたままのものだった。このまま依頼主に渡せばそこにドラゴンが飛んでいくことになる。そこで間に俺を挟むことでドラゴンの矛先をウェルペンに向けさせる。後は、ウェルペンがドラゴン退治をするのを待って、俺からペンの回収をしようというものだ。
随分といいように使われたもんだな。
だが早いこと何とかしないと先ほど箱を開けてしまったからには、ドラゴンに『ドラゴンアイ』がウェルペンにあることを知らせたようなものだ。
きっとわざわざ確認させたのもウェルペンにドラゴンを惹き付けるために違いない。
「確かに依頼の品に間違いない。急ぐのでこれで失礼する」
「分かりました、ボヌスさん。またのご利用お待ちしています」
「あぁ」
俺は箱を引っ掴むと船長室を後にしてタラップを渡った。こうなったらさっさと北の森に行って『ドラゴンアイ』を解放するしかない。そうでなければウェルペンの町がドラゴンに襲われることになりかねない。クロウの事が脳裏をよぎるが危険過ぎる。流石に今回ばかりは付いて来させる訳にはいかない。なんとかバレないようにしないとな……。
あまり時間はないが最低限の装備は整える必要があるだろう。俺は支度のために部屋に寄ることに決めると鍛冶屋の工房目指して走り出した。
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