12 イヴリンの気持ち
7/22第10部から投稿しております。ご注意下さいませ。
次の日の朝、昨日と変わらず早番の俺は『ラ・メール』の食堂で客を眺めていた。そこへ宿屋側の階段から姿を見せたのはメラニーだった。
「ギー、おはよう」
「おう。早いじゃねぇか」
俺の目の前のスツールに座ったメラニーに早速ポールの事を教えてやる。
「メラニー、ポールは港の貿易会社で働いてた。今夜ギルドの面している広場で待ち合わせしようだとさ」
昨晩帰り際にポールから頼まれた内容をそのまま伝えただけなのだが、メラニーは立ち上がって「ありがとう」と俺の首に両腕を回してきた。俺が手のやり場に困って中途半端に空中に浮かせたまま立っているところへ、今度はイヴリンが宿屋側の階段から降りてきた。
昨日に引き続きメラニーが俺に抱き着いている光景を見たイヴリンは、眉をひそめると勝手にどうぞとばかりに踵を返して階段を上っていった。
「メラニーがいつまでウェルペンにいるつもりか分からないが、一度ポールと話をしてから決めろよ」
「分かってるわよ」
一瞬目に悲しい影をよぎらせたが、直ぐに何事もなかったのようにつんと澄まし顔をしたメラニーの頭を俺はぽんぽんと叩いた。メラニーとポールの間には彼らでなければ分からない何かがあるのだろう。こればっかりは俺が口を出せる領分じゃない。
その後俺が客対応に追われていると、昨日ご馳走してやった女性用定食が気に入ったのか、ぺろりと平らげたメラニーはクロウの所に行ってくるわと食堂を出ていった。
簡易宿泊施設のおかげでこれまで程ではないにしろ、ウェルペンの人気店である『ラ・メール』は相変わらず混み合っていた。ようやっと人心地ついた俺がカウンターでぼんやりとしているとイヴリンが遠慮気味にやって来た。
「イヴリン、どうした?」
「ん……話したくなかったらいいんだけど、彼女は、メラニーさんはギーの彼女なの?」
「は?」
「だ、だってあんなに密着していたし」
おいおい、密着って……。無関心を装ってはいるが、イヴリンの目は気になって仕方がないと雄弁に物語っている。
「いや、あれは」
「あれはじゃなくて」
はぐらかされるのはごめんだとばかりに強く言って出たイヴリンに俺は目を細めて微笑んだ。
「メラニーは弟ポールの彼女だ」
「へ?」
「昔からくっついたり離れたり忙しくてな。俺が愚痴の聞き役になってるだけだ」
俺は手を伸ばすと「大分隈がとれてきたな」とイヴリンの目の下を親指の腹で撫でた。顔を真っ赤にしたイヴリンに、この前もこれで怒られたことを思い出した俺は「悪い悪い」と言って手を離すと、食堂を新たに訪れた客の対応に向かうべくその場を離れた。
夕方『ラ・メール』の前に『ドルバック貿易』の名が入った馬車が止まった。そこから降りてきた人物が『ラ・メール』の扉を開けて入ってきた。
「よお、悪いな。向かいに来てもらって」
「別にケヴィン様の言いつけを守っただけだよ」
ポールが別に兄上のためじゃないと口を尖らせて言うのを笑って聞き流す。そこに父親の会社の名前が入った馬車が横付けされたのを不思議に思ったのだろう、イヴリンが小走りにやってきた。俺はイヴリンが口を開く前にポールをずいっと前に押し出した。
「こいつが弟のポールだ」
「え? この方がポールさん?」
「初めまして、ギーの弟のポールと申します」
ポールが恭しく彼女の手を取ろうとするのを叩いて止める。驚いた顔をしているポールに「気安く触るな」と睨み返した。イヴリンはポールの紳士的な態度に驚いたのか大きく開かれた瞳に俺とポールを交互に映している。
「あの、ご丁寧にありがとうございます。私はイヴリンです。父の会社でお仕事をされているのですか?」
「えぇ、そうでございますよ。お嬢様とお呼びした方がよろしいでしょうか」
開いた口が塞がらない。気障な奴め……いや、あいつは昔からそうだったか。
だがそんなポールの態度にイヴリンは頬を上気させて顔を俯かせると「お嬢様なんてやめて下さい」と小さな声で囁くように答えた。
イヴリンのしおらしい姿に俺はショックを受けた。そう言えば以前メラニーにも「ギーには女性の扱いは無理よ」と言われた事があった気がする。女性の扱いって言われてもな……どう接するのが正解なのか分かるはずもない。「兄さん、そろそろ行きましょうか」というポールに俺は「おう」と短く返事をすると馬車に乗り込んだ。
「イヴリン嬢は綺麗な方ですね」
馬車が動き出すと俺の顔を覗き込むようにしながらポールが言った。子供の頃からポールの周りにはいつも令嬢が集まってきた。俺は先ほどのイヴリンの顔を思い出し、ムッとして窓から往来を眺めた。
「イヴリン嬢にはオブザーバーの件は内緒なんですね?」
「あぁ」
「それにしても良く引き受けましたね」
「成り行きだ」
「そうなんですか。兄上にも遂に守りたいものが出来たのかと思ったのに」
「何だその守りたいものって」
「さぁ、なんでしょう」
それ以降黙ってくれたのをいいことに俺も無言を通した。
歩いてもそこまで遠くない道のりなだけに、俺たちはあっと言う間に港湾局に到着した。俺が馬車から降りるとポールは馬車の中から身を乗り出した言った。
「僕はメラニーと待ち合わせがあるのでここで。後は受付の人に聞いて下さい」
ポールは軽く手を上げると、さっさと馭者に合図して行ってしまった。一人取り残された俺は軽くため息をつくと港湾局の扉を開けた。
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