11 ドルバック貿易
続いて大通りに出た俺はメラニーとは反対の港に向けて歩き出した。これからケヴィンの事務所に行くことになっていた。
この時間から港に向かうのは定期船の最終便に乗る客ぐらいなため、仕事を終えて町に繰り出す港湾関係者の人並みに逆行するように歩くことになる。すれ違う人たちは皆笑顔が絶えない。ドラゴン特需で懐が温かいのだろう。このまま何事もなく終わってくれればいいが。
しばらく歩いていると目印と言われた港湾局の大きな建物が見えてきた。港湾局の向かい側には行政手続きを代行する店舗が多く並んでいる。ケヴィンの事務所は港湾局のはす向かいということだったが……俺は一つ一つ店舗の名前を確認していくが該当するものが見当たらない。おかしいなと思いそれらが入っている建物を見上げたところ『ドルバック貿易』と看板が掲げられていた。……まさか建物を丸々所有しているとは予想していなかった。そもそも町の名士だとかオブザーバーだとかそういうもに関わるのは俺の柄じゃない。まったく面倒なことに巻き込まれたものだとため息をついた俺は、建物の脇にあった階段を上っていった。
階段を上がり切った所は待合室になっているようで、対面式のソファーがいくつも置かれていた。ソファーの向こうにいくつかある扉の内『ドルバック貿易事務室』とプレートの付けられた扉をノックした。
「ただいま伺います」
中から若い男性の声がした。おい、ちょっと待て、この声は…………。
扉を開けて出てきたのは、やはりポールだった。
「あれ、兄上?」
「ポール。お前何やってるんだよ」
「えっ? 何って、ケヴィン様の所で雑用係をやってるんだけど」
「は?」
飄々と答えるポールに目が点になる。確かにメラニーの事を思えばポールが早く見つかったことは喜ばしいことなのだが、あまりの偶然に笑えてきた。
「はははっ。まったく不思議なもんだな」
「ケヴィン様が約束されていたお客様が兄上なの?」
「他に誰かくる予定がないならそうだろうな。それより、その兄上っての止めとけよ」
おもちゃを見つけた子供みたいな好奇心を瞳に覗かせたポールが部屋の右側にある扉に声をかけた。
「ケヴィン様、お約束のお客様がお見えになりました」
「ギー様か。お通ししてくれ」
ポールは俺に頷くと扉を開けて中へ案内した。
ここがケヴィンの執務室なのだろう。窓を背にして重厚な机が置かれ、横の壁は一面造り付けの本棚になっていた。机の前にはローテーブルを挟んで待合室にあったものより装飾の多くついたソファーが置かれている。
柔和な笑みを浮かべて俺と俺を案内したポールを見たケヴィンが、机に両腕をついて立ち上がろうとした姿勢のまま固まった。どうやらケヴィンの中で生まれた小さな違和感がそうさせているようだ。それでも直ぐに立ち上がったケヴィンはポールに尋ねた。
「ポール君はギー様のご親戚か何かなのかな?」
「ギーは私の兄になります。ケヴィン様」
「…………」
流石のケヴィンも言葉を無くしている。俺だってさっき笑ったぐらいだ。
「兄弟揃って世話になって済まないな」
俺が頭を掻いて自嘲気味に言うと、ケヴィンが笑い出した。
「はははっ。本当に世の中狭いものですね。まぁ、ギー様もポール君もそこに掛けて下さい」
俺とポールは並んでソファー座った。ケヴィンも向かいのソファーに腰掛ける。
「そうでしたか。ポール君のお兄様でしたか、なるほど。取り敢えず、今日の用向きを先にお話ししてしまいましょう」
「ギー様、ポール君も同席で構いませんか」
「別に俺が困ることはない。そちらが良ければいいんじゃないのか」
「ありがとうございます。それでは早速なのですが例の委員会が明日開かれますので、そこでギー様のご紹介をさせて頂きたいと考えております。委員会では現状についての認識合わせをし、今後の対策のために委員会メンバーよりギー様にご質問させて頂くことになるかと存じます」
「わかった」
「それで明日のお時間なのですが今日と同じ時間に港湾局の2階の会議室にて行います。ポール君に『ラ・メール』まで馬車で迎いに行ってもらいましょう。いかがでしょうか」
「わざわざ馬車まで出してもらえるのか。すまないな」
「いえいえ、大したことではございません。ポール君もいいですか?」
「はい、ケヴィン様」
前から器用な奴だとは思っていたが、ポールの働く姿を見たのは初めてだった。俺なんかより余程しっかりしている。
「これで本日の用向きは終わりです。で、ここからは私の勝手な話なのですが」
明日の委員会の連絡事項だけだと思っていた俺の心がざわつく。言葉を切って俺とポールを順番に見ていたケヴィンが続きを話し出した。
「ポール君の雇用を正式なものにしたいと考えています。実はギルドからの応援要請もあって仕事が立て込んでおりましてね。この件が片付くまでの間の臨時で来て頂いたのですが、思いのほか優秀なので手放すのが惜しくなりました。ちょうどお兄様であるギー様もいらっしゃることですしお願いさせて頂けないかと。いかかでしょうか?」
もっと面倒な話かと思っていた俺は肩透かしをくらった気分だった。だが、ポールにとって悪い話ではないはずだ。俺は隣に座るポールの顔をじっと見た。
「お申し出ありがとうございます。ケヴィン様からそうおっしゃって頂けるのならば、私もこちらでしばらく働かせて頂こうかと思います」
案外簡単に了承したポールにほっとする。イヴリンにもっとまともな職を探せと言われた俺が言えた義理ではないが、やはり身内が腰を落ち着けていられる場所が出来たということを嬉しく思った。
ケヴィンは何もかも了解しているといった目つきで口元に笑みを浮かべた。
「快く了承して下さって良かった」
「兄さんは『ラ・メール』で、僕は『ドルバック貿易』というわけですね」
「知ってたのかよ」
「ケヴィン様の所で働いているのですから当然でしょ」
「それなら連絡ぐらいくれても良かったんじゃねぇのか?」
「連絡したら逃げるのは兄さんじゃないですか」
「…………逃げてるわけじゃねぇよ」
俺は探索の依頼で各地を飛び回っていることが多い。確かにポールは定職には就いていないが、連絡が付かないのはひとえに俺が探索の拠点とするための居場所を変えているせいでもあった。
「ギー様。ポール君もこちらにおりますし、これからはちょくちょく寄って頂けると嬉しい限りです」
「あ、あぁ」
二人に絡めとられたような感じがして居心地が悪い。まぁ、ドラゴンの件が片付くまでは我慢するしかないか……。先ずはメラニーにポールが見つかったことの報告だな。
俺は二人に見送られて『ドルバック貿易』の事務所を後にした。
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