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10 メラニー

 次の日も早番だった俺は『ラ・メール』のカウンターで店内の客を眺めていた。


「ギー、おはよう」

 

 宿屋側の階段を降りてきたイヴリンが俺に声をかけた。


 バンッ


 突然けたたましい音を立てて開け放たれた『ラ・メール』の扉に、俺は何事かと視線を移した。ウエスト部分を光沢のあるリボンで緩く巻いたAラインのワンピースを上品に着こなした若い女性が入口で仁王立ちして、誰か探しているのか店内をきょろきょろと見回している。その女性はカウンターにいた俺の姿を認めると真っ直ぐに駆け寄ってきた。


「ギーっ。やっと見つけた」


 周囲に憚ることなく俺に抱き着いてきたのは幼馴染のメラニーだった。それを見ていたイヴリンが階段の途中でギョッとした顔をした。


「ギー。何で私のこと置いていったのよ」


 俺の胸元に頬を摺り寄せて上目遣いでこちらを見てくるメラニーを俺は慌てて引き剥がそうとする。ったく、クロウの奴さっそく俺の居所を漏らしやがったな。


「メラニー、ちょっと落ち着け。お前は自分が幾つになったと思ってるんだ。子供じゃあるまいし行き成り男に抱き着く奴があるか」

「ギーはお兄さんみたいなものじゃない。そんなに目くじら立てなくてもいいでしょ」


 更にギュッとしがみ付いてくるメラニーをどう扱うべきか悩んでいると、見てはいけないものを見てしまったとばかりに不自然に視線を逸らせたイヴリンが階段を上がっていくのが見えた。


「はぁ。ったく、取り敢えず離れろ。話も出来ないだろ」


 漸く俺を離したメラニーにカウンターのスツールに座るように言う。


「それで俺の居所はクロウから聞いたのか?」

「えぇ、そうよ。ねぇ、ポールから連絡あった?」

「ねぇなぁ」


 メラニーは昔から俺の弟のポールを追い回している。幼い頃から婚約している二人だが、大人になりフリースラント王国も無くなった今、お互いの気持ちはどうなのかよくわからない。ただ弟はよく頼まれ仕事でいなくなるものだから、その度に騒ぐメラニーの愚痴を俺が聞いてやっていた。


「ポールがいなくなったと思ったら、ギーはいつまで経っても帰ってこないし。ねぇ、本当にギーの所には連絡ないの? 兄弟なんでしょ」

「そう言われてもなぁ。俺のところにも連絡はねぇよ。それより、メラニー。何て言ってこっちに来たんだよ? よく許可が出たな」

「ん? ギーとクロウの所に行ってくるって言ってたら何も言われなかったわよ」


 俺は頭を抱えた。メラニーの家族に信頼が厚いのは嬉しいが、放任過ぎだろ。


「そうか……。それでメラニーは飯は食ったのか?」

「ご馳走してくれるの?」

「…………わかったよ。女性用の定食があるからそれにしろ」

「だからギーは好き!」


 無邪気に笑うメラニーに先が思いやられる。しかしポールの奴、今回は何の仕事をやってるんだろう。

 ポールは俺の5つ下で決まった仕事にはついていない。人に頼まれては手伝いをして渡り歩いている。不安定かと思いきや、どうやら何でも器用にこなすため引き合いが多いらしい。ったく、羨ましい奴だ。


「ところでメラニーはどこに泊まってるんだ?」

「ん? 昨日はクロウのとこ」


 おいおい。出してやった定食を頬張りながら無頓着に答えるメラニーは特に気にしている様子もない。ギルドの応援要請のお陰でウェルペンの宿屋はどこも満室の状態が続いているとイヴリンが言っていた。王都の宿屋に泊まる者もいるらしい。


「クロウのとこって……」

「クロウが自分は外で寝るから部屋は好きに使えって」

「それ、追い出したの間違いじゃないのか?」


 顔を上げたメラニーが虫でも見るような目で俺を睨んできた。あぁ、だからクロウは俺の居所を教えたわけか。納得はしたが、さてどうしたもんか……。


「今日からはギーの所でいいよ」

「いや、ちょっと待て。取り敢えず夕方にもう一回ここに来い。ギルドに泊まれる所がないか聞いてみよう」

「わかったわ」


 ギルドで何か対策を講じているかもしれない。ジャックに聞いてみればいいだろう。

 




 メラニーは夕方きっちりとやって来た。上がっていいと言ったおばさんの咎めるような視線に見送られ二人でギルドに向かう。おばさんは何で怒っているんだろうか? しきりに考えてみたが思い当たる節はなかった。 


 このところ大通りには屋台が並ぶようになっていた。大ぶりの肉がいくつも刺さった串を焼いている店や揚げたパンのようなものを山と積んでいる店など様々な店が往来の人の胃袋をつかもうと競い合っている。


「腹減ってるか?」

「一緒に食べてくれるの?」

「いや、悪い。夜は予定が入っててな。屋台で良けりゃ買ってやるよ」

「うーん。まっ、屋台でもしょうがないか」

「はいはい。そりゃ、どーも」


 広場を突っ切りギルドに入ると、果たしてジャックはいつもの仏頂面で受付に座っていた。俺はメラニーにちょっと話してくるから待ってろと言ってカウンターに向かった。


「なぁ、ジャック。ギルドで仮の宿泊施設とか用意してないのかよ」

「港の空いている建物を利用して寝泊まり可能にした。応援要請絡みの奴に限り無料で泊まれるようになってるから、町の宿屋を出た奴もいるはずだ」

「なるほど、随分と思い切ったことしたもんだな」

「あぁ、ケヴィン様が手配されたんだ」


 ケヴィン様ねぇ。ジャックがわざわざ固有名詞を出してきて含みのある言い方をする。俺がオブザーバーに推されていることを知ってるってわけか。


「そうか。で、既にどっか空いてる宿の情報はあるのか?」

「そりゃ、当然『ラ・メール』だろ」


 あぁ……。このところイヴリンも大分疲れていたし、ケヴィンが経営してるんだから真っ先に手を付けて当たり前か。俺はがっくりと肩を落とした。最初に聞いてくりゃ良かった。


「分かった。ありがとよ」

「ギー」

「なんだ?」

「ドラゴンのこと頼んだぞ」

「…………」


 探索専門なんだがな……。俺に頼むなよという気持ちを込めてジャックを軽く睨むとメラニーの元に向かった。


「メラニー、さっきの『ラ・メール』に空きがあるらしいぞ。そこに泊まるか?」

「分かった。そこならギーにもちょくちょく会えそうだしね」


 ドラゴンの前にポールを探すのが先かもしれないな。俺はメラニーに金の入った巾着を渡した。


「『ラ・メール』なら美味い物もあるだろうが、屋台で食いたきゃ使え」

「持つべきものは、やっぱりお兄さんだね」

「ったく、誰がお兄さんだ」


 メラニーは楽しそうに笑いながら「じゃ、またね。ギー」と言って大通りに走って行った。そういえばクロウに宿屋の問題が解決したと教えてやれと言うのを忘れていた。まぁ、あいつの事だから、メラニーに俺の居場所を教えた時点で大丈夫だと思っているだろう。

お読み頂きありがとうございました。

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