7.悪役 黒牙イチイ
黒牙イチイ。
彼はPKなどの迷惑行為をする一方、ゲーム業界では一定のファンを獲得しているVTuberである。
VTuberというのは、バーチャルYouTuberの略称であり、3Dアバターを使い、キャラクターを演じて動画投稿や配信活動を行っている者たちである。
黒牙イチイは『悪役』ロールプレイ……つまりヒールプレイを楽しむプレイヤーである。
その活動内容故、アンチも多いが、生粋のエンターテイナーであり、喋りも企画も面白い物が多く、プレイヤースキルも高くて参考になるなど、人間性能が非常に高く、『悪事にしか才能を使えない男』などと揶揄されている。
さて、創造神田中のような化け物じみたクリエイティブ能力のない彼が、ちょっとだけこだわった結果、 少し出遅れてしまったので、『99人斬り企画』を急遽始め、経験値を溜めているところだ。
「さぁて、今ので20人目だが、そろそろヘイト溜まってきた頃かな」
物陰に隠れ、メニューからインターネットを開き、掲示板を確認する。
VRゲームができた当初は、ゲーム内からのインターネット接続ができないハードも多かった。
しかし、ゲームに夢中で仕事など大事なメールが見れなかったり、ゲームには付き物の退屈な作業中の暇つぶしが出来なかったりと、かなり不便なので、ゲーム中でもインターネット含めた幾つかのアプリなどが使えるようになっている。
いくつかの掲示板やSNSを覗くと、思惑通りヘイトが溜まっているようだ。
それもそうで、たかが20人とはいえ、全体の人数からすれば二割ものプレイヤーが被害を受けたのである。しかもメインクエスト中のプレイヤーが重点的に狙われ、作業効率が大幅にダウンしているのだ。ガチ勢が多く集まるこのβテストの初日に出鼻をくじかれれば、そりゃあヘイトも溜まる。
現にイチイのコメント欄にも「このコメントは削除されました」というなんとも風流な光景がちらほらと見える。
ということで、どうせ放っておいてもプレイヤーは集まってくるので、いい加減初期武器から脱したい、あとできれば安置が欲しい。
「よしよし、多少は注目されてきてるみたいだし、そろそろ探索にでかけますか。プレイヤーは見つけたら殺すってカンジで」
ニヤリと笑ってそういうと、村のあるらしい場所とは逆の方向に進み出した。
二時間後。
ゲーム開始から三時間が経とうとしていた。つまりは午前三時、ド深夜である。
流石のゲーマー達も一部を除いてログアウトしている...かと思ってしまった読者諸君は甘い。
なにせその一部しかいないのだ。ほとんど残っている。
とはいえ、プレイヤー達の仮拠点からは離れた所に来たので、もうイチイを狙うプレイヤーはいない。
森の中にいるだけで、瘴気のダメージを負ってしまうが、モンスターを倒し、瘴気や毒沼のダメージをレベルアップで回復させたり、回復アイテムでゴリ押したりして奥へ奥へと進んでいた。
「お?瘴気が晴れたか…?」
2時間、多少は苦戦したが、なんとか瘴気の晴れた場所までこれた。
ゲーム的に考えれば、どこかに瘴気をはらうギミックや、ダメージを無効化するアイテムがあったのかもしれないと今更ながら気づいた。
しかし、未だに見つかっていないことを考えれば、むしろこれが現状最適解だったのだろうと思い込む。アイテムの取り逃し発覚はストレスの元なので考えないように努めるのが一流のゲーマーだ。
「よし、じゃあ進むか」
イチイは体力を回復させ、少し伸びをしたり深呼吸をしたりして、気を引き締める。
黒牙イチイは、そこらのプロと互角に戦えるくらいにはゲームがうまい。
そんなイチイが、このタイミングで瘴気が晴れたのは何かあると考えれるのは自然なことだ。
ゲームに不慣れな読者のために説明すると、何かというのは「イベント」だ。
ストーリーが進むようなイベントか、あるいはボスなどがいる前兆か。ゲームというのは意外と、そういったイベントがあるときは、直前にこうして分かりやすくしらせてくれるのだ。
「さて、次なにがあるかみんなで予想しようか。っていっても、もうほとんど残ってねえか」
何度もいうが、現在の時刻は午前三時を過ぎている。
「まあいいや、ボスの類ならとりあえず戦う。第二の村なら暗殺する」
とりあえず何が出てきても殺す宣言をし、息をひそめながら前に進む。
すると、思ったより近くに村があった。
「よし、潰しにいくか」
NPCを殺すのは倫理的にどうなのかというのは、一昔前から数多の物語で言われていることだ。曰く、NPCも生きているとか、作り物ではないだとか、そういうもの。
それは、こと黒牙イチイという「悪役」にとっては知ったこっちゃない。所詮はAI、殺しても犯罪にはならないのだから。
ということでいざ出陣。
「ニンゲンがここになんのようだ」
1歩、村に入ったその瞬間、背後から突然声が聞こえた。
ゾクリと背筋が凍る感覚と同時に、振り返り後方にジャンプして距離をとる。
そこにいたのは、杖をもち、フードを被った小柄の老人……いや、ただの老人ではない。緑色の肌をした、小柄の人型モンスター。
「……ゴブリンの集落だったか」
知能の低いイメージのあるゴブリンだが、登場作品によってはこうして話せる程度には知能の高いものもいる。なんなら人間より知能が高くて器用な場合すらある。
ここのゴブリンは、恐らくそうゆうタイプであろうとイチイは判断した。
「ニンゲン如きが1人で乗り込んで何を企んでいると聞いておる…!」
ゴブリンの老人から感じるのは、そう…これは殺気だ。
勿論、現実世界ではただの一般人に過ぎないイチイに、殺気を感じる能力は備わっていない。
それでも、本能的な恐怖を感じた。体の底から湧き上がる恐怖に、今にも逃げ出したくなる。
実を言うと、「威圧」というただのステータス異常である。
レベルの低い相手に対してのみ有効だが、レベル差がある程、その効果は絶大になる。逆らうことはできないと分からせられるほどの格差が、ゴブリンの老人とイチイにはあった。
しかし、そんなことは知らないイチイは、だからこそ、勇気を振り絞って行動することができた。
もし、彼が視界の左上にあるステータス異常のマークに気づいていたなら、諦めていたかもしれない。
「いやなに、俺はあんたらに協力を仰ごうと思ってね」
邪悪な笑みを浮かべ(ファンからは黒牙スマイルと呼ばれている)、そう言いながら歩み寄り──配信画面を消した。
「ニンゲンがワシらに協力だと?」
「ああ、実は今日、俺も含めた100人もの勇者がこの世界に召喚された」
「ほお……?」
ゴブリン達の警戒心が薄れたように見えた。
ゴブリン……というより魔物の村というのは予想外だったが、むしろ好都合だ。
β版ではプレイヤーの協力者はほとんど集められないだろうと、攻略の邪魔をするなどの嫌がらせ程度に留める予定だったが、魔物の協力が得られるなら話は別である。
もっと暴れられるかもしれないと心を躍らせながらイチイは言った。
「ああ、3日もしないうちに襲ってくるだろう。異界でも選りすぐりの戦士達99人がな」
「それは恐ろしい話だが……ニンゲン如きが一人加わった所で何ができると……」
「まぁ聞いてくれ。俺はあんたらに情報を渡せるし、人間をおびき寄せることもできる。どうだ、いい話だろう?」
悪役、黒牙イチイ。
彼にかかればほのぼの協力するゲームでさえ、裏切り裏切られのギスギスゲーに様変わりする。
そんな「ゲームの破壊神」が、今ここに始動した。
ゲームくらいは、自由でありたいものですね。
しかし、黒牙イチイは自由に見えて、ある意味では自由ではないのかもしれません。
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