46.『魔族』へようこそ。
約1時間、たったそれだけの時間でTAS式歩法を習得した。ただし迷路だけだが。
「惜しいとこまではいってんだけどな。ま、1時間で習得するなんて無理だからな」
「イヤぁ、面目ナイ」
「ま、お前くらいなら背負ってやれるから気にすんな」
元より、NPCがこれを習得できるなど露ほども思っていなかった。
恐らく時間をかければ習得できる時点で想定外ですらある。今後心強い味方になってくれるだろう。
「んま、トートにはこれから色々教えてやるよ。教えればできる可能性があるって分かったしな」
「……ェ、あ、ワタシですカ?」
「おうよ。1010だからトート……ってのも安直すぎる気がするが、番号で呼ぶのはなんか落ち着かねぇんでな」
「はァ……ありがたく受け取っておきマス」
1010改めトートにとって名前など記号でしかなかった。イチイも同様、自分が言いやすいから付けただけであって、トートというキャラクターに愛着があったわけではない。
だからだろう、お互いにシステム上の変化には気づかなかった。
「ただいま〜」
「おせーよ。どんだけ待たせるつもりだ」
「コンビニまで10分はかかるんだもん。おまけに暑いし。ちょっとくらい時間かかっても許してよ」
1時間きっちり練習した迷路だが、VRの中でしかしない動きを自力ですると、当然脳がめちゃくちゃ疲れる。ブドウ糖休憩を促したイチイだったが、ゲーマー故に、まず普通の人はブドウ糖のストックなんてないことをすっかり失念していた。
「まったく、ゲームやるならラムネ菓子の定期購入くらいしとけよな。まぁいいや、仮眠で寝過ごされるよりマシだわ」
VR以前のゲームと比べて脳が疲れやすくなった影響でラムネの需要が高まって、定期購入をするものも増えては来ている……が、流石に競技として楽しんでいる人がほとんどだろう。
「じゃあ行くぞ〜。トートは俺の背中に捕まっとけ」
「ん?トートって?」
「こいつの名前な」
一歩で約三歩分の移動を繰り返し、飛ぶように走る。
速度も3倍、ジャンプ力も3倍。せっかくなので屋根の上をぴょんぴょん走るやつをやってみたりする。
ほぼ直線距離で移動して約5分。魔族の知性の割に街が広すぎる。
城の前に仁王立ちしている魔族がいるが関係ない。そのまま突っ切って無視してしまおうとしたその時だった。
「──『トマレ』」
言葉と共に、透明な壁に阻まれる。
「痛ったぁ!なにすんの……よ……」
「それはボクのセリフだよ……ニンゲンが魔王城になんの用?」
異形という言葉を聞いて思い浮かべる姿は人によって様々だろうが、その姿を見て思い浮かべる言葉は「異形」の一言だろう。
人の形を雑に模したようなのっぺらとした姿、色んな絵の具を混ぜたような、強いて名付けるなら混沌色とでもいうようなぐちゃぐちゃの色、迷路の2倍はある出で立ち。モンスターや魔族というより、バケモノという方が正確だろう。
「よーーーーーやくっ!言葉が通じる奴が現れた!いやぁ安心したわ、みんな問答無用で襲ってくるもんだからなんかフラグ回収しなくちゃいけないのかと思ったぜ」
が、異形など見慣れているゲーマー、イチイにとっては街まで来て言葉の通じない魔族よりかはよっぽどマシであった。
「……言葉は通じても、話は通じないみたいだね。ボクは質問をしているんだ。ニンゲンが魔王城に……それもこんな少人数で攻めてこんでくるなんてよっぽどバカだろうけど」
話の通じなさそうなバカなニンゲンと、怯えて後退るニンゲン、ついでに何故かニンゲンに協力しているゴブリンを見てため息……のような音を出す。
「やだなぁ話どころか言葉すら通じないバカ魔族ばっかだからテンションが上がっただけっすよ〜。いやはや口もないのに口が達者でいらっしゃる!」
「あ、あんた……よくこんなのに喧嘩売れるわね」
「あん…?喧嘩なんて売ってないが……」
また何かやっちゃいましたか──みたいな顔で空気と一緒に煽りを吐き出す宣言をしつつ、目の前の異形に向き直る。
「ま、それはともかく、オレたちは攻め込みに来たんじゃない。協力しにきたんだ」
「協力……協力ねぇ。あれだけ魔族を殺して回っていたのにかい?」
「オイオイそりゃないぜ!向こうから襲ってきたんだろ」
たまーにある「モンスター倒してたらモンスターに責められる」仕草をされそうになったが、流石に今回ばかりは理不尽すぎて罪悪感ざの字も湧かない。
そもそもイチイはその手のシナリオは嫌いなので、そうなるんだったら魔族の味方は止めて魔族狩りでもしようかと思ったが、続く魔族の反応は予想していないものだった。
「あれ……?あぁ、そっか。今はニンゲンを見たら即座に襲うバーサーカーモードにしてたんだった」
「舐めやがって。まぁレベルも上がったしいいか」
「あぁ……悪いけど、経験値は回収させて貰うよ。『対象が同胞から得た経験値を回収せよ』」
魔族の手(?)が淡く光る。
慌ててウインドウを開くと、たしかに魔族達を倒す前のレベルに戻されていた。
「テメェなんてことしやがんだ!」
「仕方ないでしょ。記憶も含めて元に戻すなら経験値は徴収しないと」
「クソが!あんなの生き返らせるくらいなら、オレたちが新しく育成した方が楽だわ!」
『バーサーカーモード』とやらで知能が下がっていたのもあるかもしれない。いや、間違いなく連携は取れていた。ともかくあんな体たらくでは牡丹が居なくても勝てないだろう。否、100%負けると確信できる。
「おかしいね。ニンゲンは弱いはずだよ。数も今じゃすっかり少なくなったしね」
「……つい最近、オレたちニンゲンの戦士が100人程送り込まれたのは知ってるよな?」
「脆弱なニンゲンが、今更100や200如き集まった所で何ができると」
人間のほとんどを滅ぼした魔族の立場からそう言いたくなる気持ちもわかる。分かるが……イチイから送られるのは「コイツ頭大丈夫か?」という視線だ。
「その脆弱なニンゲンたった2人に!何人やられたんだぁ!?えぇ!?」
「む……」
「オレらは趣味で世界救ったり滅ぼしたりして、互い殺し合い研鑽を積み、さらに言えば死んでも生き返る。そんな奴らの中でも選りすぐりの100人が選ばれてんだ。何万の兵士がいようが、今のままじゃ絶対に勝てない」
嘘は言ってない。
ゲーマーなら勇者になって世界を救った経験は10や20じゃきかない者もいるだろう。プロゲーマーなら1日に10時間は殴りあったり銃で撃ち合ったりしている。
そして牡丹がいることを考えれば……いや、仮にいなくても何万程度の数だけで押し切れるような甘いプレイヤー達ではないのも、また事実だ。
「なるほどね、状況は理解したよ。これは思ったより時間がなさそうだ」
「そこでオレらが協力を申し出た訳だが?」
数秒、顔に手を当てた後、目線を向ける。
「じゃあ……最後に質問をしよう。キミ達はどうして魔族に協力しようと思ったんだ?」
その声は先程までよりも暗く、黒く、空気を淀ませた。まるで返答次第では殺すと言外に言われているようで、迷路も思わず警戒態勢に入る。
そんな空気にも一切怯むことなく、イチイは口を開く。
「その方が面白いから」
「……そうか。いいだろう、キミ達はこれから魔族だ」
魔族達は魔王城に足を踏み入れた。




