41.不可能を可能にする者たち
休憩が終わり、フクロウが戻ると牡丹とイワヒバが動画を見ていた。
「戻りました。2人ともなに見てるんですか?」
「バトル!!」
「……この前戦った、魔族側のプレイヤーとの戦いを見ている」
魔族側のプレイヤー……つまり迷路との戦いである。
フクロウもその動画は見たのだろう。すぐに納得するが、疑問も1つ湧いてきた。
牡丹はあまり、自分が戦った試合を見返したりはしないのだ。珍しいですねと言うと
「少し引っかかったことがあった」
「そうそう!変なんだよー!」
「イワヒバちゃん、すっかり元気だね。えっと、何が引っかかったんです?」
見ろ、とブラウザ画面を見せる。
丁度迷路が『影縫い』なる技を使っているシーンだ。
「確かに見たことないスキルですけど、そんなにおかしいですか?」
「馬鹿、阿呆。イワヒバでも違和感には気づいた」
「えっへん!!」
目を丸くしてイワヒバを見つめる。
いやいや、驚いてる場合ではない。このままでは考察系実況者としての面目丸潰れである。
もう一度例のシーンを見る。
「あ、あれ……?なんか、発生早すぎますね……?」
「ぴんぽーん!」
「正解。これに気づかなかったら貴方のSNSのプロフィールから『考察系』の文字を消してもらうところだった」
「よかった正解して……」
そう、影縫いという技は発生が早すぎる。言いながら潜っている場面すらある。ついでにエフェクトもない、影に潜った後どこから出てくるのか推察もできない。ゲームバランスを考えれば有り得ない話だ。
「え、じゃあなんですか?チートかグリッチですかね?」
やはりゲーマーとして有り得ないものを見た時にまず疑ってしまうのはその2つである。しかし牡丹の解答は違った。
「チートならもうBANされて話題になってるはず。グリッチの可能性も考えたけど、方法が検討もつかない」
「え……」
グリッチ……つまりバグを利用した技を見つけ出すのはどちらかと言えばフクロウが得意だ。
しかし牡丹もバグの発見にはかなり貢献しているし、1度見たグリッチの方法が分からなかったことは有史以来ない。
「え、じゃあ……なんです?未知のぶっ壊れスキルですか?」
「お前は本当に愚か。あずきバーでもフクロウの頭の硬さには叶わない」
「そんな言います!?」
「やーいあたまカチコチ〜」
「イワヒバちゃんまで!」
和気あいあいとした空気の中、牡丹がウインドウを閉じ、息を吸う。
「様々な可能性を考えた結果、これは現実でもできるテクニック……だと思う」
「はい??」
フクロウは牡丹に言われた言葉をもう一度脳内再生する。
現実でもできる?テクニック??
ちょっとよくわからない。現実っていうのはつまり、VR空間ではないということでいいはずで、その現実でも同じことができる?何を言ってるんだとでも言いたげな顔だ。
「原理がわからない以上、はっきりしたことは言えない。でも、多分そう」
「……僕、都市伝説は扱ってないんですけど」
「冗談を言っているつもりはない。例えば、影に消えたように見せるだけなら、誰にだってできる」
誰にだってできるわけがないのだが、もはや牡丹のそういうとこを突っ込んでも仕方ないのはイワヒバですら分かっていた。ツッコミだって仕事したくない時はある。
「……まぁ、貴方含め、数人のプロはできなくな無いでしょうけど。それはあくまで一人称視点でみて、素早く動いて消えたように錯覚させる話ですよね?
俯瞰視点の映像で影に潜っているのは、そう錯覚させてるという話とは違うのでは」
なんか難しい話をしだしたので、イワヒバは会話を聞くのを諦め、アイテム欄を弄り始めた。ゲーマーの鑑のような暇つぶしである。
「……世の中には、特別な才能をもった人間がいる。私のような凡人では分からない」
あぁまただ、とフクロウは思う。
この人は昔からそうだ。いつだって、自分を凡人だって言い張るんだ。それを聞かされ続けた、僕ら劣等生の身にもなってくれ。
「いい加減、自分のこと凡人って言うのやめませんか。自分を過剰に下げる行為は、他人を馬鹿にしているのと同じですよ」
珍しくフクロウがイラつきを含んだ声を出す。
「何度も言っている。私は理論上可能なことしかできない」
「何度でもいいますよ。だから凡人だって!?理論上可能なことが全てできるのは超人なんですよ!」
ついに声を荒らげてしまう。だがここでいい加減決着を付けなければならない。
だが、あくまで冷静に、無駄なく、牡丹は指を差す。
「今のフクロウならわかるはず。本物の、特別な才能を持った人間とはあの子のことを言う」
牡丹が指差した先には、1人寂しくフレーバーテキストを読み返していたイワヒバがいた。
「……まず、スキルキャンセル。あれは凡人にはできない」
「確かにまぁ、牡丹さんでも途中でモーションが止まってしまってましたね。僕がやってもビクともしませんでしたし」
イワヒバが生み出し、今は封印された禁断の技「スキルキャンセル」。
大抵の人はスキルのモーションや後隙を止めることすらできないし、仮にできても強烈な痛みが走る。
牡丹ですらその警告動画で実演した時は、スキルのモーションが途中で止まるだけで終わったのだ。確かに常人にはできないだろう。
「……スキルを途中でキャンセルして、もう一度スキルをだす。という動き自体は、練習すれば出来てしまう人もいるかもしれない。
でも、あの痛みに耐えて連続でスキルをキャンセルすることは、理論上不可能」
牡丹のいう「理論上不可能」という言葉は、他の誰かの言うそれとは重みが違う。VRゲームという枠組みの中であれば、理論上可能なことは当たり前のようにできるのだ。
その牡丹が不可能と言えば不可能であり、覆ることはないのだ。
「……あの痛みは、仮にVR内で痛みを感じないようになっていても感じる……つまり、現実の痛み」
「現実の……」
「それを『気合い』の一言で耐えられるのは常人じゃない。あれこそが特別な才能。私が持っていないもの」
全てを手にできるようにすら見える牡丹だが、その実これだけのコンプレックスの塊であったという事実。それに気づけなかった罪悪感が、フクロウを襲う。
「……でも、あれだって病弱だからこその、後天的に身につけたものの可能性だって」
「勿論、根拠はまだある」
まだあった。今度はイワヒバの配信の切り抜き動画を開く。
その動画は、牡丹との戦闘の前、ダンジョンで転がってくる岩を破壊した時のものだ。
「これ見たあと、気になって見に来た。でも、壊せるものではなかった」
「……」
それは、フクロウは気づいていた。いや、違和感があったというべきか。
しかし最近はイワヒバに付きっきりで検証する余裕はなく、いつしか忘れていた違和感だ。
「確かに、一応壊れるようには出来ている。他の検証班が検証してた。
でも、一撃で壊せるのは最低でもレベル50にはしないと不可能。当時レベル20程度のイワヒバには本来不可能なはずだった」
「……それは、なんらかのバグだったのでは」
「私もそう思っていた。検証班もそう思っていた。だからバグ報告もしたけど、返ってきたのは『仕様です』の一言」
「そんな馬鹿なことがあるわけが!だってそれじゃあまるで──」
イワヒバだけに可能なことがある。そういうことになってしまう。
「……イワヒバには、不可能を可能にする力がある」
「運営が仕事してないだけの可能性を信じたいですね。ゲーマーとしては」
「同意する。ゲームは平等であるべき」
今までであれば最も説得力がない言葉だったが、今の話を聞いてしまったら、共感できてしまう。
理論上可能なことが全てできる、なんてことは凡人の到達点にすぎなかったのだと。




