39.ヒメが1人で行動するとは珍しいですね
今日は珍しく配信をつけずに牡丹がログインしてきた。
プロゲーマーがメジャーになった今でもその配信には、配信が本業の人と比べれば人が集まらない。
牡丹もプロとしては人気だが、しかし配信者としての牡丹は淡々とコメントを読んでそれに答えながらゲームしているだけである。当然人は集まらないが、一応ゲームする時は常に配信をつけておくスタイルだ。
そんな牡丹だが、なにやらいつも以上に素早い動きで雪山に入ると、突然隠れだした。
「こんなとこでなにしてるの〜?」
「に"ゃ"っ"!?」
そんな牡丹を見つけ出したイワヒバに声をかけられると、身体をビクッと震わせる。
顔を真っ赤にしてギギギ……振り返り、いつも以上に小さい声になる。
「……別に、なにも」
「わざわざこんなとこまで来て、あんなにコソコソしてたのに?」
「……」
子供はこういう時に妙に勘がいいから困る……と牡丹は閉口する。
だが実際、目的があるようにも思えない行動をしていた。やっていることと言えばコソコソと『♡ヒメ♡』の後を付けていたことくらいだからだ。
「やっほ〜♡さっきぶり?♡」
「あっ……はぃ……」
(いや声ちっさ!?)
心の中でフクロウがそう叫ぶが、顔を真っ赤にしている牡丹を見て察した。
VRだと表情が分かりやすくなるにはなるが、それにしても分かりやす過ぎた。
ロリコンであること以外はまともな大人であると自負するフクロウはとりあえずカメラを牡丹の表情を見えないように操作する。
……イワヒバのカメラにバッチリ映っているが。
「ピンクのおねーさん、こんにちは!」
「こんにちわ♡鉱石取りにきたのかな?♡」
「うん!でもね〜、全然みつかんないの。あるかどうかもわかんないしね〜」
イワヒバの予想は説得力のある予想ではあったが、しかし予想は予想でしかない。それが事実かどうかは分からないのだ。
「…?皆は鉱石を探しにきたのか?」
ようやく落ち着きを取り戻したのか、いつものポーカーフェイスで話しかける。
「うん、そうだよ♡ここにいる人はみんなそうなんじゃないかなぁ?♡牡丹ちゃんは違うの?♡」
「あっ…………いや、わたしもそう。なんだけど、えっと……心当たりがある」
「さっすが〜♡それじゃあ、連れてって♡」
コクリと頷き、次の瞬間、牡丹の姿は遥か遠くにあった。と思ったら戻ってきた。
「……間違えた」
どうやらいつもの癖で高速移動してしまったらしい。人と遊ばないソロプレイヤーの悲しい性である。
今度こそ、ゆっくりとみんなで歩き出す。
「ねぇねぇ♡さっきの、あれどうやったの?♡」
「あ!それわたしも気になる!ビューンって!凄かった!」
ヒメとイワヒバが牡丹に話しかける。
フクロウがここでも無言を貫いているのは、百合の間に挟まらないように……ではなく、単にその答えを知っているからだ。
だからこそそんな2人に苦笑する。
「……みんな、走る時は地面を蹴るでしょ。一歩踏み出すごとに、10回地面を蹴れば10倍の速さで走れる」
「「????」」
とまぁ、こんな調子であることをフクロウを含めたゲーマーは知っているので、こういう時は曖昧な笑みを浮かべるしかない。
「えっと……それってどうやるの?」
「……?だから、地面を蹴るときに何回も蹴る。ゆっくりやるから、みてて」
地面を蹴る。見た目では1回蹴っただけに見えるが、データ上は3回蹴ったことになっている。
そして人力TASの「ゆっくり」は宛にならないことだけは2人にも理解出来たようだ。
それ以外のことは、ここにいる2人やこれを見ている者は勿論、運営も理解していない。
「ぜんぜんわかんないよ!!」
「むぅ……。イワヒバ、貴方なら分かってくれると思ったのに。えっと、ヒメ……さんは、どう?」
「うーん♡なぁんにも見えなかった♡やっぱりプロってすごいんだね♡」
「……まぁ、うん」
また顔を真っ赤にして声が小さくなる。
こうなるとヒメも鈍感ではないので、牡丹の気持ちに気づいたのか、いつも以上に猫なで声が強くなっている。
「なんか、さっきから急に声小さくなるよね。どーしたの?」
気づいてないのが1人、イワヒバだ。
「うるさい、だまれ」
「えぇ…」
恋というのはTASすら馬鹿になってしまうものらしい。スタスタと歩き出してしまったので、他のメンバーも牡丹についていく。
「ねぇー、牡丹ちゃんが冷たいよー!」
「……まぁ、たまたま不機嫌だったんじゃないかな。誰しもそういう時はあるよ」
「おにーさんも?」
「僕は……大人になってからはあんまりかなぁ。平凡な日常しか送ってないとも言える」
「んー?牡丹ちゃんが子供だから変になってるってこと?」
「いや何度も言ってるけど、牡丹さんはもうとっくに大人だからね。そうじゃなくて、なんて言えばいいんだろうな……みんな、何かしら問題を抱えてるってこと」
フクロウとしては、本当はもう少し明瞭でそれっぽいことを言いたかったのだが、口をついたのはなんとも面白みのない普通のことだった。
しかしイワヒバにとってはそうでもなかったようで
「え、病気じゃない人ってみんな幸せな気持ちで生きてるんじゃないの!?」
などと言い出した。
イワヒバは16歳、と言えばそれなりに物事の分別がついている年頃のようにも感じるが、本人が語るに最近ようやく小4の範囲を勉強し始めたらしい。
であれば精神年齢は10歳、それもずっと病院暮らしであれば、他者の価値観を理解できるのは当分先のことだろう。頭がいい片鱗を見せるが、やはり子供として扱うのが適切なのだろうか。
「いやぁ、生きている限り、常に何らかの問題は付きまとうものだよ。そういう意味では、人は常にそこそこに不幸だとも言えるね」
「……じゃあ、身体を治しても幸せになれないってこと?」
フクロウはしばし空を見上げる。吹雪で何も見えないからか、ふうっと溜息を1つ。そして声を出す。
「僕は大人だから、無責任なことは言えないし言いたくないけど、確実に言えるのは自由度は上がるよ」
「自由度?」
「今いるこの世界がちっぽけに思えるほど、広い世界がある。それが幸せかどうかはともかく、今より楽しめるんじゃないかな」
「むー……まぁ、そうだといいな」
まだ何か言いたげだが、ひとまずは納得してくれたようで、フクロウはほっとした表情を見せる。
「ついた」
どうやらついたらしい。
どれどれと3人は猛吹雪の中、ダンジョンの入口でもあるのかと目を凝らす。
「何もないじゃん!!」
しかしTASにしか見えないものがあるのか、どこを見ても一面の銀世界、雪原でしかなかった。




