30.大地が浄化されたと思ったら戦争が起きたと思ったら殺人事件が起きた
フクロウがロリコンという事実さえ知らなければ、優しそうなお兄さんが小さい女の子を肩車しているという構図はそこまで問題はない。
問題は向こうからやってきたもう1つの集団にある。
「何やってんですか、ヒメさん」
「だって〜♡身体力に振ってないんだも〜ん♡」
ヒメとその信者御一行たちである。
屈強なアバターの男が、紛うことなき成人女性を肩車している絵面は、ちょっと画面に映したくない。
よいしょ♡と無駄にかわいこぶって大男の肩から降り、チラリとイワヒバを見る。
「ところでそこのロリっ子はだぁれ?☆」
「あぁ、この子はイワヒバっていって、色々あって僕が面倒みてるんですよ」
ふぅん♡と意味深な目でフクロウの目を覗き込む。相変わらず何を考えているか分からない。
「……その子、例の牡丹さんとやり合った子ですよ」
「あぁ!最近話題の!こんにちわ☆」
今度はイワヒバの目を覗き込むと、にっこりと完璧なスマイルを決めてみせる。
「こ、こんにちは……」
人懐っこいイワヒバだが、珍しく人見知りしてフクロウの後ろに隠れる。
「ヒメさん、とりあえずその、人の目を覗き込む癖やめましょ?怖いですよそれ」
「え〜?これするとみんな喜んでくれるんだよ♡」
「全人類が貴方のファンだったら良かったですね……」
「いずれそうするつもりだよ♡」
もちろん貴方もね♡と飛ばしてきたウィンクを無視し、本題を探す。
「いたいた。すいません、待たせちゃって」
「いえ、おかげで全員見れるんじゃないですかね」
本題とは、『創造神』の異名を持つゲーマー、田中のことである。
女神像だけではなく、村──否、既に町と言っていい発展を遂げたこの拠点は、そのほとんどが田中が作り上げている。
そのため、村でのイベントは田中と、ついでに考察勢のフクロウがいる時になるべく見ようという取り組みがされている。
「それじゃあ、さっそく進めますか」
本来なら3日もあれば集まっていたであろう『精霊の涙』というアイテムを女神像に捧げる。
また女神が現れるのかと思ったが、今度は女神像から声が聞こえてきた。
『……コホン。皆様、まずは我が精霊達を取り戻して頂きありがとう。まずは、この大地を浄化しましょう』
世界に光が差し込む。
穢れた大地は浄化され、毒沼地帯など、今まで通れなかったエリアに行けるようになったようだ。
さて、と女神が続ける。
『魔族に寝返った者はまだ2名。しかし、油断はせぬように。最近、魔物達が狡猾になっているのはご存知ですね。
たった2人、ヒトが介入しただけで魔物達の戦力は大幅に上がってしまいました』
こればかりは仕方ない。イチイがこのゲームに参加している時点で、運営もその想定だったのだろう。
むしろもう1人の魔族側のプレイヤーが気になるところだが……。
『そこで、貴方たちに試練を──』
そこまで聞いていると、突然ドゴン、と大きな地響きが空気を揺らす。
「…っ!構えっ!!」
いち早く反応した牡丹の掛け声で、各々が臨戦態勢に入る。
その場にいる全員が音のする方向に視線を向けると、そこには『ゴブリン』の大軍がいた。
「いつものレッサーゴブリンじゃない!恐らくそれの上位種が、300はいる!!敵は整った隊列を組み、武器も上等なものが揃っている!
対処はゲーマーである諸君らに任せる!ただし、絶対にこの町に侵入させるな!!」
うおおおおおおおおおお!!と雄叫びを上げて走り出す。こういう時はノリでいい。テンションが上がればゲーマーは動く。
問題は、大軍の後ろにいる、ゴブリンよりも2回りほど大きい、王冠を被ったゴブリン。恐らくあれがボスだろう。
自分が行けば確実に倒せる。
しかし、敵は“クリアされる為に作られた”NPCではない。それを裏で操っているイチイだ。
魔族側にプレイヤーが付けることを考えれば、これは『人間vs魔族』の戦争イベントだ。
つまり、あれは陽動……!
と、そこまで考えた牡丹であった。
しかしまだ考えている。
最適解を考えるなら、ボスはイワヒバにでも任せて、私が1人でこの街を守り切ればいい。
だが……と、遠くに見えるボスを見やる。
正直、めちゃくちゃ戦いたい。
もちろん牡丹を満足させられるほどの強敵ではないだろう。しかし、目の前にボスがいるのに、それをスルーなんてできようか。
「……2分で倒して戻ってきたらいけるか……?いやいやいやっ!万が一NPCが死んだら積む可能性もあるしっ!」
今回は自分のゲーマーの性を抑える。
無理なものは無理なのだ。
そう決心すると、イワヒバの前に跳んでいく。
「イワヒバ」
「あっ!牡丹ちゃん!」
「……ここの雑魚はいいから、あそこにいるデカいの、倒してきて」
「え、あ、わかった!」
イワヒバと、ついでにフクロウがボスに向かっていくのをみてすぐに町に戻る。
……まだ、大丈夫そうだ。
まさか本当にあれだけなことはあるまいと、警戒を強める。その時だった。
「いやあああああああああああっ!!」
甲高い悲鳴が、民家の中から響く。
いつの間に侵入されていたんだと考える頃には、既に身体は動き終わっていた。
無駄に無駄のない動きで民家のドアを開けると、そこには無惨にも首を切られ、今まさに青い粒子となって消えていくNPCと、それを最期まで抱きかかえるNPCの姿があった。
……そして、他にはだれも見当たらなかった。




