18.「フレに呼ばれたので部屋抜けますね^^」
プレイヤーネーム『♡ヒメ♡』。
これで『ヒメ・ラブリーハート』と読む。
彼女について分かりやすく説明すると、ピンク髪のロリ巨乳で、周りに男を侍らせているという分かりやすい姫プレイヤーであった。
MMORPGというジャンルでは、多種多様なプレイスタイルが確立されている。その中でも姫プレイというのは、太古の昔から存在する、ある意味PKより嫌われているプレイスタイルである。
姫プレイについて簡単に説明すると、可愛いアバターを使い、か弱い女の子のような仕草で男を籠絡し、金やアイテムを貢がせるようなプレイスタイルだ。
その姫プレイヤーの中でも有名なプレイヤーが♡ヒメ♡であり、その信者の騎士団である。
「それで牡丹ちゃん?☆私達はなにをすればいいのかな?☆」
「…イチイが毒沼に精霊を落としたから、救出。あと近い」
「どこの毒沼かわかるぅ?」
「そこまでは吐かせられなかった。あと近い」
ぶりっ子は男女変わらずするようで、やたらと距離が近いヒメを引き離しつつ、事情を説明する。
「おけおけ☆てことでみんなー!毒沼の中の精霊をなんとかして救出して☆
見つけられた人にはご褒美に〜……ねぇ牡丹ちゃん、これどれくらい重要?」
「このままだと最悪詰み」
「じゃあご褒美に5分間ヒメを自由にスクショする権利を与えます☆みんな頑張って♡」
「「「「ウオオオオオオオオオオオオオ!!!!」」」」
男って単純だなぁと牡丹は思いながら、SNSで状況を書き込む。
「……(じーっ)」
「……」
「……(じーっ)」
「……なん、ですか?」
SNSへ書き込みをしていると、♡ヒメ♡が牡丹をじっと見つめてきた。
戸惑いつつそう聞くと、小声になって話す。
「そのぉ、サイン貰えたりしませんかぁ?」
「……あ、うん、いいけど」
「やった☆」
牡丹は初めて、早くゲームを止めたいと思った。
誰とでも仲良くなろうと急速に距離をつめる♡ヒメ♡のような相手は、特に初対面だとコミュ障発揮する牡丹にとって苦手な相手であった。
「……えっと、ヒメ……さんは、捜索しないんですか?」
「え?なんでヒメがそんなことしなきゃいけないの?そーゆーのはみんなの仕事だよ☆」
牡丹は目の前の生物が理解できなかった。というかしたくなかった。
生粋のゲーマーである牡丹にとって、『ゲームの操作を他人に任せる』なんて信じられなかったのだ。
それもそのはずで、姫プレイヤーはゲーマーではない。
ゲームをプレイする人間というのは、多かれ少なかれ、ゲームを楽しむためにゲームをしている。
しかし、姫プレイヤーはチヤホヤされるためにゲームをしているのだ。ゲームなどおまけに過ぎない。
とにかく、牡丹はこの場から逃げたい思いでいっぱいだった。
「ヒメ様、現在、手探りで捜索を行っておりますが、流石にこのままでは時間がかかりすぎます。ヒメ様のお知恵を貸して頂けないでしょうか」
牡丹が混乱していると、ヒメが信者となにやら相談している。
「んー、わかんない☆そのうち他の人もいっぱいくるからきっと大丈夫☆
あ、回復欲しかったら言ってね!みんなの為にいっぱいもってきたから☆」
「はっ!ありがとうございます!」
(なにこの中身のない会話……怖い……)
「あ、そーだ!牡丹ちゃんならなにかいい方法思いつかない?」
急に話を振ってきてビクッとしつつ、なんとか会話を成立させる。
「……これが不具合じゃなくて、仕様だとしたら、毒沼の水全部抜く方法が、あるのかも」
可能性の1つとして有り得なくはないが、正直、近いうちにアップデートが入るのがオチだろうと予想していた。
そんなことよりこの異質な空間から早く抜け出したかった。
「だってさ☆流石牡丹ちゃん☆ということでー、色々試してみて☆」
「了解しました!」
信者が元の場所に戻り、他の信者に連絡をしている。
連携の仕方はなかなか良いもので、何故見てくれだけの女がここまで信頼を集めているのか分からず、ただただ怖かった。
「あ、今度一緒に遊ぼっ☆仲良くなりたいので☆」
「……………………ふ、フレに呼ばれたので抜けますね」
恐怖のあまり思わず『フレに呼ばれたので部屋抜けますね^^』という古の煽り文句を使いながら、高速でログアウトボタンを押して、その場から立ち去った。
ある意味人力TAS史上初の敗走の瞬間であった。




