17.最強vs最悪
ゴブリンの集落で、『最強』と『最悪』が対峙していた。
「遅かったじゃねえの、『最強』」
「『最悪』、そう思うなら森を罠だらけにするのはやめた方がいい」
最強とは勿論、我らが人力TAS、牡丹のことであり、最悪とは無論イチイのことである。
「苦戦してくれたようで何よりだ。最強って言ってもやっぱ人の子かぁ?」
「私はプロだから、自分勝手なプレイはできないってだけ」
「あん?」
イマイチ文脈の繋がりが見えないセリフに訝しむ。
牡丹は意味のわからないことを言うことはあっても、意味のないことは言わない。
「それより、ゲームを詰ませるとは何事?」
「オイオイ、そこまでバレてんのかよ。それともお得意の勘ってやつか?」
「御託はいい。今すぐ解放しなきゃこの村は滅ぼす」
「はっ、いつから脅しなんてかわいいことするようになったんだ?さっさと殺し逢おうぜ」
そう言ってイチイが短剣を構える。
その瞬間、牡丹の姿は消えていた。
だがイチイにとってそれは驚くことではない。いつものことだ。
牡丹はカメラが回っている場所ではなるべくプレイで魅せることを意識している。
あまりに見ててつまらないプレイばかりしていると、色んな人達に怒られるという大人事情である。
「『スウェイ』!」
回避行動をするスキルで前に回避し、同時に後ろを確認する。
──いない、なら上!──
「『落雷』」
咄嗟に短剣を上に向けて、牡丹の攻撃をガードする。
「腕をあげたね、最悪」
「まぁな」
お互いに見合って構え、戦闘態勢に入る。
いや──そう思っているのはイチイだけだ。
「でも、落雷は格闘スキルじゃない」
「は?」
突如、頭上から振ってきた槍によって、イチイのHPがゴッソリ削れた。
そして約3秒間のスタン(麻痺状態)を引き起こす。
「──『五月雨突き』」
目にも止まらぬ五連続の槍での突きを動けないイチイに向かって放ち、パァン!という気持ちいい音が響く。クリティカルだ。
そこで丁度イチイのHPは0になる。
後にこの動画を見た人が計算したところ、このクリティカルがなければイチイは生きていたという。
つまり牡丹は……人力TASは、最初からこうすることを決めていたのだ。それこそゴブリンの村へ向かうと決めた時から。
1度見れば通用しないようなロマン戦法を、人々は好きなこと。
格闘家というジョブが武器を持てない、つまり、武器を持っていない牡丹は格闘家であろうと思われること。
自分は配信や大会などでカメラが回っている時、魅せプレイをするとイチイが知っていること。
だからイチイは単純な動きであれば自分の動きに対応するであろうこと。
その全てを把握して、牡丹はイチイの頭上で槍スキルのアーツ、『落雷』を使って真上に槍を投げたのだ。
そしてまるで知っていたかのように、五月雨突きを放った。
アーツ『五月雨突き』は五連続の突きを放つ技だが、その動きは一定である。
つまり、一撃目の位置を調整すれば狙ってクリティカルを出すことができる。──理論上は。
何も理解できないままリスポーンしたイチイが、それを知ることになったのは自分の動画を見返してからであった。
「相変わらず、訳分からんことするなぁ、牡丹」
いつものように無様に負けたので配信を切ったイチイが帰ってきて牡丹にそう言う。
「あれくらい、イチイだってできる。腕をあげたと思ったけど勘違いだったみたい」
「いやいや、素手での攻撃防いだだけでも充分すげぇだろ」
「もしアレを防げなかったら幻滅してた」
……察しのいい読者はお気付きであろうが、この2人、結構仲がいい。
イチイが元々、相手が初心者だろうが人類最強だろうが喧嘩を売りにいくスタイルである。
牡丹としても中々自分に喧嘩を売ってくる相手はおらず、ちゃんと成長して毎度挑んでくるお気に入りの敵といったところだ。
そんなこんなで、2人は『最強』、『最悪』とあだ名で呼び合う仲にまで発展している。
「……まぁ、そんなことはいい。一応聞くけど精霊はどこ?」
「どこだろうなぁ?どこだと思う?」
牡丹が疑問を投げかけると煽るように質問で返す。
「毒沼」
「わかってんじゃん」
「……一応聞くけど、即死する方じゃないよね?」
GWOの毒沼には2種類ある。
1つは、浅い毒沼。足が取られて移動スピードが下がり、さらにダメージを受けるというよくあるものだ。
もう1つが深い毒沼。浅い毒沼の中に混じっていて、うっかりハマると抜け出せずそのまま毒で死ぬという凶悪なトラップだ。これを即死沼と呼んでいる。
もし、即死沼に精霊がいるのだとすれば、牡丹の勘の通り『詰み』である。
「残念、即死沼に落としました〜」
「ころすぞ」
静かに殺害予告をする人力TAS。
「いやぁ、俺もまさかできるとは思ってなかったわ〜」
「もしかしたら、明日には『毒沼の仕様を変更しました』ってアプデがくるかも」
「それは有り得るけど、でも天ノ川のゲームだぞ?」
GWOの制作会社である天ノ川製のゲームは、プレイヤー同士を対立させるゲームが多い。
その弊害か、プレイヤー達の自由な発想によって一方のプレイヤーが詰んでしまうこともしばしばある。が、例えば毒沼による詰みが報告されても、毒沼の仕様を変えるのではなく、毒沼の水全部抜いてみろとアイテムを追加する。
「まあいい、そろそろみんなくるだろうから、総動員で探す」
「いや……お前の基準で言えばそうなんだろうがよ……」
森にはイチイが大量に罠を設置している。それに加えて瘴気のダメージや、それなりに強い魔物が多いこの森はそう簡単には抜け出せないだろう。
そう、牡丹に常識というものを教えてやろうと口を開こうとしたその時。
「やっほー☆ヒメちゃんがきたよ〜☆」
ぞろぞろと、ヒメを名乗るプレイヤーと、十数人ものプレイヤーが一斉にやってきた。
「なっ!?なんでこんなはええんだよ!?」
驚くイチイに勝ち誇った表情で牡丹が語る。
「さっき言った。自分勝手なプレイはできないって。森にある罠は全部私が発動させておいた」
「バケモンがよ」
イチイは完敗した。




