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第1話 珈琲豆の導き

 珈琲のおいしい、と店長が自賛し、常連には落ち着くと評判のしみったれた喫茶店でウェイターのアルバイトをしている木稲日(このみび)深陽(みよう)

 彼は備品置場兼控室にて、姿見を前に嘆息する。

 幅の広い木枠には平坦な図柄の動植物が彫られているのだが、両右下にはアーチを支えるかのように人物が大きく象られていた。狭く薄暗い物置部屋で、それらの土偶のように虚ろな目がこちらを向いているのを見ると気が滅入るというものだ。


 とはいえ広さの分、幾分かはマシな店内も似たようなものだった。

 なぜかアフリカの奥地だとかアマゾンの秘境だとか、妙な海外旅行好きの常連たちが集まる店であり、持ち帰った土産物で店内の雰囲気はとりとめがない上に異様なのだ。

 おっさん連中のたまり場で女性どころか若者の姿さえ滅多に見ることはなく、華がない空間に人知れず溜息を零してしまうこともある。

 そのせいか働き手がなかなか見つからず、去り時がないまま、気が付けば深陽は働き始めて三年目を迎えていた。


 バイト代は安いが、学業の合間にやるには悪いことばかりではなかったということもある。近所の寄り合い所的な延長でやっているような店長とは話しやすく、気楽に時間に融通をつけてもらえるため、講習会などに通いやすい。

 最近、深陽は真面目にバリスタと名乗れるよう学んでみようかと思っているのだ。バイトを始める前には考えられないことだった。


 ただ、店長に相談するとき、掴み辛い表情をされることだけは気にかかっている。


「え、本気で目指すの? あっそう、まあ、なんでもチャレンジするのは良いことだけどな……」


 そんな風に、どこか奥歯にものが挟まったような物言いで、困ったように頭を掻くのだ。

 別に深陽は、この店で下剋上を果たそうなどと考えているわけではない。せいぜい、どこかのチェーン店にでも潜り込めたなら上出来ではないだろうか。

 そう話しても、「そんなこと気にしてるんじゃないよ」と笑われるだけで、いつも深陽は首をかしげることになる。


 深陽は物思いを断ち切り、胡散臭い木枠に収まった鏡面へと目を向けた。

 彼は姿見の中を一巡する。シンプルな白シャツに黒いベストとスラックス。

 至って一般的なウェイターといった印象の恰好だが、逆にこの店内では浮く。


 ポケットに余計なものが残ったままになってないかと探ると、ズボンのポケットで何かが手に触れた。

 取り出せば、キーホルダーだった。

 これも件の客が昨日、土産といってくれたもので、困って突っ込んだままだったのを忘れていた。


 目の前に持ち上げる。

 指先ほどの濃い茶色の石に、穴をあけて革紐を通しただけの素朴なものだ。大きさといい形といい、珈琲豆に似ているから買ってきてくれたのだろうことは窺えた。その辺の石ころを磨いただけにしては趣がある。


 改めてよく見れば、石はわずかに透過しており、明かりに翳せば琥珀のように鈍い光を放つ。

 その、石の中心を通った琥珀の光が筋のように伸び、ぎらりと胡散臭い姿見に反射した。

 例の生気を感じない空洞の目が、同じ色を点した――そう思ったのは気のせいだろうか。

 それを確かめることはできない。


 鈍い輝きの点を残して、深陽の視界は黒塗りになっていた。



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