26話 撰ばれし者の不在
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シャルルはロザリア王国の内部情報はそこそこ父親から聞いていて知っていた。
ロザリア王国の兵士は3万いる。
このマール大陸では3万という数字はかなり多い数字だ。
他の国では3万も兵を維持出来るだけの国力が今はないからだ。
この世界が魔物で溢れた時が15年前にもあった。
それが魔王の存在だ。世界は魔物で溢れ、人類滅亡の危機になりかけた。
しかし、勇者マルス達の存在によって魔王は封印された。
だが世界には大きく爪痕を残される形となった。
侵略戦争により多くの兵士や街人が死に、マール大陸もその影響を受けた王国の一つだった。
獣王ライオネスの殺戮集団は噂で一万いると聞いた。
シャルルは数ではロザリア兵士が勝っていたが、幾つもの国と街を滅ぼしてきている集団にこの数の利は通用しないと考えていた。
それにライオネスの武勇伝は常識では考えられないような噂ばかりだった。
万の大軍に一人でも戦いに挑む。
通常魔法は効かない。
剣でも大して傷を負わせられない。
聞いてるだけでも伝説級の強さを備えている。
大分前までAAA級だったが、今の強さはもしかしたらS級に匹敵しているかもしれない。
そうなっていればもう、勇者や賢者などと同じ強さを持っている事になる。
一度暴れれば、生態系を破壊し、大国を破壊し、島を沈める、計り知れない損害を出す。
町外れにある小さな家に住む占いババの家にシャルルは急ぐ。
小さい頃から今まで何かに迷った時はよく占って貰ってたからだ。預言者程ではないが高確率で当たる程の腕をもっており、シャルルからの信頼は熱かった。
「はぁ…… はぁ……。 この国の未来がどうなるのか……解決法があるのか急いで聞かなくちゃ!」
息を切らして占いババの家に着いたシャルルは急いでドアを開ける。するといつものようにたたずむ占いババがいた。
「おばあちゃん! 占って欲しい事があるのっ!」
「久しぶりじゃな、シャルル。 慌ててどうしたんじゃ?」
「ロザリア王国に危機が訪れそうなの!」
少し間を置いたあと、まるで未来を知っているかのような素振りで話を始めるババ。
「ああ。 その事かい……。 その事ならシャルルが考えている通りじゃよ」
占いババは嘘を言うことはない、いつも真実だけを語ってくれた。その事はシャルルが一番わかっていた。
「え……? それじゃあ、この王国は……」
それ以上答えないババに王国は、シャルルは他の国と同じように滅びるのだと悟る。
三万の騎士団が一万の集団に負ける事になるのだ。
その中にいる父上も当然……
「そんなこと分かってれば、もっと早くか対応出来たよね? ハンス国王に伝えればよかったじゃない!」
父上のことを思うと、圧し殺していた感情が高ぶり口に出すはずじゃなかった事を言ってしまったシャルル。
言った後にババの顔を見て同時に自分から出た台詞に後悔する。
「こんな老いぼれたババアの占い師がそんな不吉なことを言ったらどうなるか分かっているのかいシャルル? こんなワシなんてどうなるか簡単に想像がつく」
占い師の存在は世界で職業として認められている。
しかし各々の占いの信憑性の高さがバラバラなこともあり、占い師が認められるのはまたまだ時間が必要だった。
シャルルは何の罪もないババを責めてしまった事に反省する。
「ごめん……なさい……」
最後の望みをかけてババに聞く、この国の未来を救う為に。
「それでも、この国を救う方法がまだあるかもしれない。おばあちゃん、それを教えて欲しいの!」
「この国を救う方法かい………分かったよ」
静かに返事をし、水晶に手をかざす。
すると水晶は光だしこの国を救う唯一の希望を教えてくれた。
「このロザリア王国に、選ばれし者が訪れておる。 その者を引き連れて戦えば……」
光っていた水晶は輝きを失い、元の透き通った状態に戻っていく。
「え? その撰ばれし者って勇者様なのっ?」
「そこまでは分からん。 じゃが唯一の国を救う方法は撰ばれた者を探すことじゃ」
「撰ばれし者……」
聞いた事もなかった。
この街でそんなに有名な存在が来ていたらたちまち噂で持ちきりになる。
ギルドに行った時もそんな話は一度も上がった事もない。
以前、魔王を封印した勇者のマルス様は引退して40歳近い、はるか西の大陸のソフィーナ王国に住んでいると聞く。
賢者のシーダ様も北の大陸の魔法学院で学長をしている。
十王ガオウ様も、ドラゴン族のヒドラ様も皆散り散りになって生活していてマール大陸にいるという話は聞いた事もない。
「じゃあ、いったい誰が………」
考えても分からなかったシャルルはギルドに行って情報を入手する必要があった。
「ありがとうおばあちゃん! その望みにかけてみる!!」
そう言い残して家を飛び出す。
撰ばれし者がこの街にいるということはS級で伝説級の強さが期待できる。
その強さがあれば国を救う事が出来るからだ。
運がいいと思いながらギルドにもう一度戻ったシャルルは受付譲のシニアに聞くがそんなに有名な人だったらすぐに分かると速答された。
「なんで……いないのよ……」
後、数日もするとライオネス軍団と戦争に変わるのにギルドではそれらしき情報は一向に入ってこなかった。
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その頃、ロザリア王国ではハンス国王に呼び出され、重鎮達と騎士団代表が集められ三度目の緊急会議が開かれていた。
そして国王から出た言葉はロザリアのギルドに登録されているハンターで戦力になるD級までのハンターも戦争に参加して貰うということだった。
ローソンはこの事に激しく反対した。
自分の娘もこの戦争に参加しなければならなくなることに、最悪な事も考えられる所に連れて行きたくなかったからだ。
「ハンス国王! ハンターの参加は騎士団の指揮を乱します! 考えを改めて下さい!」
ハンス国王はローソンの娘がA級ハンターにいるということも、周りの人間ですら知る者はいなかった。
ローソンはずっと黙っていた。
自分の娘が強いと知ったら騎士団に入隊させられる事を恐れたからだ。だがその計画もーー
「ローソン。 今は一人でも戦いに参加出来る強い兵力が必要なのだ。 だから御主の申すことは残念だが覆せない」
激しくローソンは反対するが国王陛下の言うことに誰しもが賛成をする。
ローソンは自分の娘が戦争に参加しなければならなくなった事に、あの時ハンターも止めていればよかったと自分の甘さに後悔した。
「シャルル。 だから言ったではないか……」
聞こえないほどの言葉を発し、拳を握りしめる。その拳からは血が滲み出していた。
「ギルド長に伝えよ! ハンターも参加させると! そして街の者にも避難勧告を出すのじゃ。 五日後には戦争になると!」
ハンス国王からの獣王ライオネスが攻めて来ているという伝言は、この街にいる住人達に瞬く間に広まった。
そしてこの街の住人を震え上がらすにはライオネスという名前は充分過ぎるほどの言葉だった。
誰もがこの街も国も終わりだと絶望し店を閉める者、ロザリア王国から出ていく者が続出する中、当然ユウキ達の耳にも入ってきていた。
いつものようにキラキラサーカス団でショーを続けてやろうと思っていたが街に人がいなければやっても仕方がない。
ユウキ達も緊急会議が宿屋で開かれていた。
「ユウキ、これからどうするのじゃ? 多分、外っておけばこの国は滅びる事になるじゃろぉ」
キラ様から大方の話は聞いていたユウキは今回のライオネスという相手はとてつもなく強い事を知った。
だから選択を間違えると全員死ぬ事になる、だから判断に少し迷っていた。
「この街から離れるのも一つの選択肢じゃぞ。 今回の相手はとてつもなく強い、流石に今のワシ達では分が悪い」
そう言いキラ様は街から離れる事も提案する。それは苦肉の策であり最後の選択肢だった。
「この国を捨てて出ていく事は簡単だよ。
でも、キラ様は言ったよね。
俺が勇者達と同じように撰ばれた者だって。
勇者達もいつもこんな状況だったんじゃないかな……。
だからこの状況を打破出来なければ俺達はこの先もずっと逃げてばかりになるんじゃないのかな」
撰ばれた勇者達も初めから強い訳ではなかったはず。
きっと試練を幾つも乗り越えて伝説の強さを手に入れていったんだ。
だから俺は逃げたくない。
そして何よりもこのロザリア王国にはシャルルちゃんがいる。
こんな時に見捨てていける訳がない。
「むぅ……確かにそうなのじゃが……。 覚悟せぃ、負ければ皆殺しじゃぞ」
俺の眼差しに死ぬという恐怖はもうなかった。
一度死んだ事のあることが耐性になったのか、死ぬことよりも周りを死なす事の方が不安が強かった。
特にニーアちゃんは妖精のように可愛いのに彼氏もいなければ勿論、結婚もまだだ。
先の未来ある子を死なせたくはなかった。
「ニーアちゃんはどう思う?」
「一度、人生を詰んだ身です。 ユウキさんがそう言うのなら私はそれに全力で従います」
ニーアの目にも強い意志を感じられ、決して流されて決断したものではなかった。
「どうしよもないアホ供じゃな。 じゃがその心意気は嫌いじゃない」
呆れたように笑うキラ様は二人の志に射たれたのか覚悟を決める。
「覚悟せぃ、キツい戦いになるじゃろう。 だが、勝たなければ全員死ぬ事になる。だから必ずや勝つぞ!」
「「おぉ!!」」
3人は酒を交わし勝利を誓いあった。
その夜………
寝静まった頃に、ユウキの部屋のドアがゆっくり開き、その音に気付いて目を覚ましたユウキは声をかける。
暗がりになってよく見えなかったが、侵入者に殺意はなく、ゆっくりとこちらに近づいて来ていた。その姿はよく知っていた人物でーー
「どうしたんだい、ニーアちゃん?」
めずらしく、夜に俺の部屋に一人で来るなんて何かあったんではないかと思う。
「この戦争でもしもの事があったらと思いまして……。 そう思うとやっぱり不安で……」
ニーアちゃんでも恐いんだろう。
戦争は俺も初めてだが、俺は少しでも不安が和らぐように優しい口調で話しかける。
「そうだね。 これからキツい戦いになるかもしれない。 でも、3人なら乗り越えられるよ」
「はい。それは信じています。 ですが、万が一に備えてしておきたい事があります」
「ん? それはなんだっけ?」
何の事か分からず頭にはてなマークが浮かぶユウキに対し、逆にニーアには覚悟を決めた顔をしており尚更ユウキは分からなくなった。
ニーアはユウキに真剣な眼差しで伝えてくる。
「戦闘に負ければ、私は慰み者にされ、やがて飽きたら殺されるでしょう。 そうなるなら死を撰ぶでしょうが、万が一を考えて、そうなる前に私を女にして欲しいのです」
女にして欲しいとは、やっぱり最後まで行為を許すということだよな……
「そ、それなら尚更心を決めた人と結ばれた方が……」
「それはユウキさん……貴方です」
「ニーアちゃん……」
嬉しかった。まさかニーアちゃんからそんな風に思われていたなんて
「本当にいいのかい?」
「はい。 ユウキさんに私を貰って欲しいのです」
俺は覚悟を決めたニーアちゃんを断る道理もなく。俺も覚悟を決める。
その時だった。
頭の中に『黄金の手』のスキルが選択肢として出てきた。
ケルベロスの戦い以降ずっと頭の中にあったスキル。
しかし、使おうと思っても選択出来なかった。
こんな時に出るということはーー
「黄金の手……直訳するとゴールドフィンガー……」
このスキル……もしかして……
俺は念じる! 黄金の手を!
手が光出して黄金色になる。それは聖気を宿していた。
何となく雰囲気でわかったぞ、黄金の手の役割が。
これは俺の聖気を彼女の中に直接注ぐ技だ。
「この……光は?」
ニーアちゃんは少しびっくりした様子だったが、俺はニーアちゃんをそっと優しく抱きしめる。
「温かい、こんなにも優しい温もりがこの世界にあったなんて……」
心を許すかのように身体を預けてくるニーア。
「ニーアちゃん、怖くないかい?」
「大丈夫です……。 ユウキさんとなら」
二人は見つめあったのち、優しくキスをした。
光が二人を包み込み黄金の手が更に光を増していく。
「イクよ、ニーアちゃん」
「はい。 来て下さいユウキさん……」
寝静まった夜に愛を確かめ合う二人は、朝まで輝きを失う事はなかった。




