選択の行方 俺の新しい過去 新しい未来。
前回はまさかの 最後のリアルな夢(=過去へのダイブ)に入らず でした、
今回は その夢の話 と 何故そんな夢を見るようになったか の話です。
颯太は最後の夢で過去をやり直し 香織さんとの未来を取り戻せるか?
颯太と拓哉 人から見れば些細なことでトラウマを持った二人はどうなるのか?
ダイブした結果 颯太達の未来はどうかわるのか? …って、やっばりベタなのかな…。
読んでくださった皆様が楽しんでもらえたら嬉しいです。
「…ってくれ」
「すみません、起こしてしまいましたか?」
「えっ、ああ、いや、寝ぼけてたのかな~ 俺、こちらこそ すみません」
ここは、また休憩室だ、新卒で勤めた時の会社の休憩室、
テーブルに顔を伏せるようにして寝ていたのか、そういえば今の時間は?
休憩室の時計は《14:20》を示している、やっぱ予想通り事故の約一時間前だ。
「昨日はありがとうございました」
「えっ、あの…」
「昨日は私のせいであんなに濡れてしまって、風邪 引きませんでしたか?」
「ああ、それか、別にどうってことも無いですよ、俺、体はだけは丈夫ですから」
声をかけてきたのは昨日の女子社員だった、
どうやら 昨日 彼女の代わりに雨に濡れた俺を気にしていたらい、別にいいのに。
それより 早く会社から出ないと、やっばちょっと焦る、
あ~ 帰れるのか俺、とにかく なんか理由つけてでも帰らなきゃ、
すぐに準備して普通に向かったら、待ち合わせ時間にはちょい遅刻ぐらいだろうか…。
俺は未来を変えようと、いろいろあがいてはみたけど、たぶんこれは変わってないだろう、
過去の俺は、今日 同じ場所 同じ時間 香織さんと待ち合わせをしているはずだ。
「あの、これ どうぞ」
「あっ、そんな 受け取れないですよ、ホンとあれぐらい 大したことでは…」
「そんなことないです、昨日は電話されててお礼出来なくて帰られる前に渡せてよかったです」
「帰えられる? えっ、あっ 俺…か」
「やっぱり疲れてますよね、昨日は雨に濡れるし、今日は朝から仕事で呼び出されるし、
昨日といい今日といい ホンと大変で、でも、今日 無事に終わってよかったですね」
〝昨日 ブラックを飲んでおられたようだから、これ私のオススメです〟と付け加え、
その女子社員はブラックコーヒーのアルミボトルを俺に渡すと、
もういちど頭を下げ 残りの仕事をするため休憩室を出て行った。
そうか 俺 帰れるのか でも、荷物らしいものは近くにない、急いで休憩室を出た。
「おっ 三浦、時間は大丈夫なのか、これから待ち合わせだろ」
「はいっ、すぐに帰ります」
オフィスに入るなり先輩から声がかかった、返事をしながら急いでデスクに向かう、
考えてみれば 会社に結構ダイブしてるよなぁ、最初とは違って行動に何の躊躇もないよなぁ…、
俺のデスクと思われる所についてみると やっぱ見覚えのあるカバンがあった、
すでに荷物はまとまっているようだ、先輩からも声がかかったし、このまま帰っていいんだな俺。
さっきもらったブラックコーヒーのボトルをカバンに入れて、あと 忘れ物は…、あれは…。
「どうした三浦、探し物か?」
「はい、まぁ、大したことではないのですが…、昨日買ったモバイルバッテリーが…」
昨日ダイブした時、俺は買い物ついでに充電済みの携帯電話のバッテリーを購入した…んだが、
カバンに入っていなかったようだ、確か引き出しに放り込んでいたはず…、そのままなのか?
「…あっ やられた、アイツめ~」
とりあえずデスクの引き出しを開けてみると、何故か 昨日とは別の引き出しに入っていた。
よく見るとケースにポストイットが張り付いている、そして 中の充電器が抜かれていた、
どうやら同期のヤツが勝手に持っていったらしい、借りるという内容が書いてあった。
いつもならこの辺で慌てそうなものだが…、無くてもなんとかなりそうだ そう思ったいた。
過去の俺 でかした、携帯電話が パソコンとUSBケーブルでつながったていたのだ。
挨拶をすませてオフィスを出た、エレベーターもすぐにやって来た、順調だ、これならいける、
事故の時間には充分間に合う これなら時計台から香織さんを連れて離れることが出来る。
「指輪もしっかりカバンに入ってたし、今日の準備しっかりやったんだな、過去の俺」
エレベーターの中は誰もいなかった、乗り込むなり 気が緩んで思わず声を出してしまった。
過去の俺は事故のことなんて知らない、考える訳もないんだ、
たぶん 今日のため準備をして、携帯電話の充電をギリギリまでしようとして待っていたら、
休憩室で寝てしまったんだろう。
今はどのくらい時間を使ったんだろうか、携帯電話の電源を入れてみた。
「えっ マジかよ、あ~最悪だ 過去の俺 肝心な時に 詰めがアマい、アマすぎる」
形勢逆転、一気に不利になった、
携帯電話の電源を入れてみた、が 立ち上がってすぐに あわてて電源を切る操作をした、
しっかり充電されていなかったのだ、もしかして充電を始めてすぐだったのか?
いや 差し込み方が甘かったのだろう、俺、今でもたまにやるし…、
まぁ俺らしいが… なにもこのタイミングで。
やっぱ 昨日モバイルバッテリーをカバンに入れていれば…、やっぱ俺も詰めが甘い。
「大丈夫だ、確か 駅前に大きなコンビニがある、そこで買えば」
もちろん今から買いに行く余裕はない、時間がかからないのは途中にあるコンビニだけだ、
エレベーターの扉が開くなり飛び出すように走り出す、とりあえず1分でも早く駅へ。
「えっ マジか、ここもかよ」
目的のコンビニに立ち寄ったが、売り切れだった、仕方なく通りすがりの駅の売店も見たが、
どこも売り切れだった、どうやら昨日の停電の影響らしい。
それに過去の俺からの手紙にあった通りだった、電車が遅延してるこれは昨日の雨の影響らしい。
「でも なんとかなりそうだな」
電車の遅延はすでに解消に向かっているようだった、駅の構内も落ち着きを見せはじめている、
それに、どうやらいつもより早く着く電車に乗れそうだ、まもなく…のアナウンスもされている、
普段は乗り換えが面倒だから各駅停車を利用しているが、これなら乗り換えで間に合うだろう。
女の子からコーヒーをもらったり 幸先いいなって思ったら、いきなり足をすくわれたり、
ある程度 未来を知っているのに対応が出来ないないなんてな、すんなりといかないもんだ、
どうやら簡単にサクッと解決って感じにはさせてもらえないようだ。
でも望みはあった、携帯電話のバッテリーは短い時間だろうけど連絡が出来そうだったからだ、
俺の記憶している過去は、電話をしただけで電源がおちた、ほとんど充電は残ってなかったんだ、
でも、ちょっとだけ充電されたんだろう、一応はケーブルをつないだ甲斐があったんだな。
「どうする…、 電話? それとも メール?」
思わず駅のホームでつぶやいた、香織さんは 今頃 時計台に向かってるだろうか…。
香織さんは 電話に出てくれるのだろうか? メールを時間までに見てくれるのだろうか?
それに… いくら充電されていたと言っても、会社で連絡をした方が確実だったのかもしれない、
確実に遅刻だけど 仕事と言えば待ち合わせを簡単に変えられたかもしれない でも俺は…、
俺はもっとも有効な選択肢を選ばなかった せっかくのチャンスを…。
「こんなにやって来たのに、なんで、なんで今さら バカだな 俺」
俺、たぶん迷ったんだ。
空を見上げた、あの頃はこんな天気だったっけ 覚えてない、
空は駅へ急いでいたときよりも、どんよりとした雲に覆われている、
あれっ 雨? 目尻の辺り当たったのか、ホームだぜここ。
花火大会 中止にならないといいな、過去の俺。
そういえば拓哉はこの町で この花火大会を 誰かと花火を見たことがあったのだろうか?
“……の電車が参ります、白線より内側に下がってお待ちください”
乗るべき電車がホームに入ってきた、また選択肢が1つ消える、ここで電話するって選択が。
電車に乗り込み空いてる席を探したが 見つからなかった、
そういえば 未来でも電車に乗ったのは同じ日なんだよな、四人で電車に乗った時を思い出した、
それにしては、花火大会に向かう感じの 浴衣姿の人とか少ないような、
車内はなんか違うような気がする、平日だから、いや、学校が終わってないからか、
それとも遅延のせいなのか、なら混みそうなものだが。
乗り込んだ方とは反対側のドア付近を陣取って、向かいのホームの時計を確認する、
待ち合わせの時間にはギリギリか? うまくすればちょっと時間稼げるかもな、
でも事故の前には充分間に合いそうだ 余裕をもって離れられるだろう、
どうしても時間ばかり気になるなか 電車は走り出した。
人はいろいろと選択をしながらその可能性を選びとっている… とかなんとか、
難しい言葉なんか出てくる訳もないけど、この選択はあっているのだろうか?
俺にとって よい方に導いてくれるのだろうか? 時間の目処がついたからかつい考えてしまう、
いつもより早い速度で走る電車の窓の外を眺めながら、携帯電話をポケットから取り出した。
景色の代わりに携帯電話を見つめる やらなきゃ、どうする。
ここでメール? 乗り換え時の電話?
7年前の過去から俺のいた未来を思い出す、
俺が過去を変えれば、香織さんの時間は動き出すかもしれない、
俺たちには香織さんとの新しい未来が来る、でも、拓哉には香織さんとの未来は無いのだ、
なら、拓哉は出会った頃のような “ぼっち” に戻る…のだろうか。
あの事故の後、香織さんに関係した人たちは 時間をかけて過去の悲しみを乗り越えていった、
でも、拓哉が過去苦しみを乗り超えたきっかけとなったのは 俺たち なんだよな、
俺が手にしたいのは “やり直したい過去” それとも “これから築きたい未来”
どっちなんだ?
「…しまった」
考え事をしながらぼんやり電車の扉が閉まるのを見ていた、でも それは乗り換えの駅だった、
これでもう乗り換えは出来ない、これでは目的の駅の1つ先の隣の駅に着いてしまう、
無情にも電車は走り出した、これだから普段使わない電車を使うと…、ぼやいても後の祭りだ、
すぐに折り返せるだろうか? ダイヤはまだ乱れてる、駅からタクシー、走ればギリギリか、
電話は無理だ、電車を降りてからでは間に合わない、それにつながらないだけでアウトなんだ、
これで連絡の選択肢は自然と1つとなった。
しばらく考えて、俺は携帯電話の電源を入れた、そして香織さんへメッセージを打ち込んだ。
“急な仕事で早朝出勤したんだ、電車も遅延してるから、
待ち合わせを駅に変えて あと バッテリー切れ ごめん”
送信しようとボタンを押した…とほぼ同時にシャットダウン画面へ変わった、
えっ、これ送信できたのか? 確認のしようがない、どうしよう…、とにかく急ごう。
はやる気持ちのように、電車はスピードを上げて 次の停車駅を目指して走っていた。
とりあえず、すぐに対応できるように、携帯電話をスラックスのポケットに戻して、
開くはずの方のドアの前に立ちなおす、財布の中は… タクシーには乗れそうだ、
カバンは持ち方が変えられる3wayタイプのビジネスバッグだった、
手提げにしていたが中身を少し入れ換えて、手提げからリュックに変えて背負った。
メッセージの送信は出来たのかな、これこそ 運を天にゆだねる なのか? ふと思った。
送信されて、香織さんがそれを見て移動してくれれば、それはきっと導かれた運命だ、
でも、香織さんが俺のメッセージを 見ても、見なくても、移動しなければ また…。
俺はどこかで思っていた、
たとえどんな結果であっても、俺自身があの時計台に到着しなければならないんだと、
それが、またあの残酷な結末であったとしても、俺は見届けないといけないんだ。
俺は必ず行かないといけない 俺自身が 香織さんの元に、あの時計台に、
運命の選択の行方を見届けないといけない、きっとこれはチャンスをもらった俺の責任。
「急がないと…」
電車が駅に着いてドアが開いた、俺は反対のホームに移動するために走り出した、
階段を目指す、途中 ロータリー内にタクシーが見えた、使えそうだ、
階段をかけ上がる、掲示板の表示は 時計は…。
「ダメだ、電車の来る気配がない」
もう電車が進入してもおかしくない時間が表示されていた、こっちのダイヤも乱れてるんだ、
待つ時間はない、俺はすぐにICカードをかざし自動改札を通ってタクシー乗り場に向かった。
「すみません、隣の駅の近くの時計台に行きたいんですが」
「あぁ、あの時計店のところにある時計台ですか」
「はい そこです お願いします、あっ あと…すみません」
うまくタクシーに乗れた、遅延と花火大会でこっちに来ていたらしい、
何よりもツイていたのは、乗った客は携帯電話が充電できるタクシーだったのだ。
もちろんすぐに充電を頼んだ、運転手さんも時計台を知っているし、すぐに車は走り出した、
俺は借りたケーブルをつないで すぐに携帯電話の電源を入れた。
「よかった…」
「なにかありましたか、お客さん」
「いや、人と待ち合わせをしていたんですが 急な仕事で遅刻して、でも連絡は見たようです」
「なら そのまま電話してみたら、安心でしょう」
「そうですね、じゃ お言葉に甘えて」
俺はついに直接電話をかけた、呼び出し音がなっている、出て、出てくれ香織さん。
「お客さん、電話してるとこだけど、道が込み合ってきた、かなり遅れるって伝えて下さい」
「えっ どのくらい?」
遅刻は決定どころか事故の時間すら間に合わないかも、俺は電話を切った。
〝電車の都合で、タクシーに切り替えた、でも道が混んでて、時計台には時間がかかりそう
だから駅で会おう、絶対に向かえにいくから、駅に移動して〟
そうメッセージを送信して電源を切った。
タクシーから 浴衣姿の小さい子供達が母親と歩いているのが見えはじめていた、
あきらかに人通りが多くなってきている。
もしかしたら抜け道を通れば間に合うかもしれない、
でも、こう人が多いと逆に遅くなるかもしれない、
ここ辺りなら走れば事故前に間に合うはずだ、
ひとつひとつ可能性を選びとっているはずなのに、上手くいかない、
邪魔が入っている? いや たぶん俺のせい 電車もタクシーも普段通りにいかなかった、
なら 自分の力で進む、それが一番 確実な方法なんだ。
「運転手さん 途中でごめんね」
「いえ、こ乗車ありがとうございました」
「あっ、それから このあと、時計台に行かないほうがいいよ」
「行かないほうがいいって何かあるんですか?」
「いや、ただの予感っていうか…そんなん感じかな、じゃ どうも」
「ご乗車ありがとうございました。……行かない方が…か、そう言われると…逆になぁ…」
俺は車を安全なところに止めてもらい途中でタクシーを降りた。
一応 タクシーの運転手さんには時計台に近づかないように言ったが、
あ~、とにかく時間がない、ギリギリまで充電させてもらえたし、
タクシーに乗ったお陰で距離も短くなった、これなら体力も持つだろう、
とにかく俺は走り出した。
走りながらも考えてしまう、昨日のこと これからのこと この期に及んでも まだ。
少し走ると 智仁と昼食を食べた公園の近くに差し掛かった、ここからなら歩いて10~15分だ、
公園の時計は待ち合わせ時間を過ぎたことを示していた、遅刻してる、でも、きっと大丈夫。
連絡は入れたんだから過去とは違う、時計から視線を外し また走ろうとしたとき、
子供が走ってくるのが視界に入った。
「危ない」
子供はそのまま道路に飛び出そうとした、あわてて子供を捕まえて引っ張った、
すぐにその先をスゴいスピードを出した車が通過していく、子供を母親に返すように預けた。
「やっちまった、切れたかなぁ」
バランスを崩して、ちょっと転んだが どうも右足の膝をついて刷ってしまっていたようだ、
「これでよし、じゃいくぞ」
カバンの中を一応 調べた 指輪は無事のようだ。
それにしても走ったからか 暑いな…、ネクタイを緩め、
ワイシャツの首のボタンを2つ外して、ついでにスーツのジャケットも脱いで、
カバンを背負い直してジャケットを手に持って俺は走り出した。
再度 見た時間では 歩きだと事故の時間ぐらいだ、なら、走れば時間にはきっと間に合う。
泣いても、笑っても、あとは 俺次第だ。
大学生の時にもっと運動しておけばよかった、運動不足だから、キツい、体が熱い。
やっと時計台のある通り沿いに入った、後はまっすぐ進めばいいだけだ、
あと1つ、道路を渡ればそこに時計台がある、あの事故で規制されていた区画に入る、
もうすぐ会える、会えるんだ香織さんに、だけど 頼む そこに 時計台に居ないでくれ。
俺 未来を知ってるのに詰めが甘くて、チャンスがあったのに ほとんど逃して、
挙げ句、今日 告白だって言うのに、スッ転んでボロボロになって …最悪だ。
最後の最後まで、ジタバタしてる俺って あ~カッコ悪い、あ~ 俺 めっちゃカッコ悪い、
もっとやれることあったのに、出来たはずなのに、結局追い込まれてる やっぱ俺テキトーだ。
思えば いろいろと悩んで、泣いて、ホンと忙しい1週間だったな、
久しぶりに新しいダチが出来て、飲んで 騒いで、ガキの頃みたいな悪ふざけして、
〝明日は忙しいですよ、もう寝てください、僕はちょっと酔いを冷ましますから〟
拓哉、昨日の夜 俺たち結末を話をよな、俺、もう訳がわからなくなってたんだ、それなのに、
〝僕 あんな些細なことでずっと悩んでたんですね、笑える、
これも 颯太さんたちと出会えたお陰なんですよね、この1週間は本当に楽しかった。
でも、それは なくなってしまう、みんなの思い出も、全部 消えて 元に戻る、
僕だけがここからいなくなる、だからお願い お願いです、忘れないで 忘れないでください、
たとえみんなが忘れても、僕が忘れても、颯太さんだけは…、
ぼくっ… いや 俺を、俺のことを覚えていて、俺を忘れないで〟
いきなり後ろから抱き締めて、そんなこと言うから、さらに動揺して 声もかけられなかったよ。
なぁ、拓哉、これでいいんだよな 〝人の命がかかってる〟って 送り出してくれたもんな、
なぁ、一眞、これでいいんだよな、 拓哉の言ったことに賛成だから背中を押したんだろ、
なぁ、智仁、寂しいけど、拓哉の言葉に何も出来ない、だから 我慢して俺を送ったんだろ。
拓哉、最後に言ってくれただろ、なのに俺、何もできなかった、お前に何も、
〝颯太さんありがとう 俺 颯太さんが好きです〟
今日は過去の俺の告白日なのに、未来で俺のほうが告白されたちゃったな、
拓哉 言うのは俺の方だよ、ありがとう拓哉、お前が俺を信じてくれたから救われたんだ。
拓哉、俺もお前も、出会えたから過去を乗り越えられた そうだろう、
なのに、なのに俺だけ、拓哉を残して俺だけが救われるのか? そんなの…。
なぜ、今頃になって気付くんだ、手放したくない、両方とも手放したくない、
2つの未来を失いたくない、そう願う俺はスゴくワガママか? いや、願って何が悪い。
「あ~!! 俺、あれからまったく成長してねぇ~!!」
俺は走っていた、ただ ただ ひたすらに、あの日を、あの時間を 俺の未来を取り戻すために…
めっちゃキツい、転んだ足が痛い、思わず人目も気にせず叫んでいた、
俺は走りながら、俺の迷いも、みんなの思いも、すべての答えを、天に委ねた。
「はぁ はぁ はぁ~、 香織さん? いない?」
時計台とその向こうの公園が見えた、時計台までは 後 数メートルだ、こっちは建物側、
そばに建物があるからまだ全部見えていないけど、時計台の時間は《15:20》を示している、
一応 そばまで行かないと、アゴの辺りの汗を手の甲で拭いつつ時計台に近づいた。
「よかった、いないなら早く逃げないと 俺も危ない」
時計台が止まっていた時間まで後1~2分 移動すれば間に合う、巻き込まれる前に逃げないと、
この時計台が事故の最終地点、だからこの先の公園側に行けば、巻き込まれないはず…。
「あっ、やっぱり来た、遅いよ颯太くん」
「香織さん、なんで?」
「だって 浴衣じゃ歩きにくいから、でも、会えたからいい……ねぇ なんか変な音しない?」
時計台を通り過ぎようとしたとき、時計台の影から香織さんが道路側に顔を出して近づいて来た、
香織さんが俺に声をかけた位置 そこはまさに、事故でついた時計台のキズの位置の近くだった。
まずい、後方から大きな音が、悲鳴か? 思わず振り替える、早く逃げないと。
「マジか! 香織さーん」
「えっ、逃げて颯太くん」
俺は手に持ったジャケットを後方に投げ捨てて、あと数歩前にいる香織さんに飛びかかった、
車が、もう間に合わない、浴衣姿の香織さんを両手で庇うようにしっかり抱き締めて倒れこんだ。
ごめんみんな、ごめん香織さん、俺 間に合わなかった、結局 巻き込まれた。
倒れこんだ俺の視界は、汗なのか、血なのか 前が赤くなっていく。
ただ立ちつくすしかなかったあの日、ただひたすら時間が戻ることを願ったあの時、
守りたかったのに守れなかった大切なもの…。
俺、掴んだ、この手に掴んだよ…、香織さんを、俺の未来 …………みんな ありがとう。
「う~ん、ここは…」
目を開けようとした 開いても視界がはっきりしない、なんだか赤い? あれっ 俺、なにを…。
「俺、どこに戻ったんだ?」
寝ぼけた状態から覚めるように、突然 意識がはっきりした、ガバッっと上体を起こす。
でも、回りを見ても…、よく見えないが、手がかりになりそうなものは なにも。
「あっ 起きたね、とりあえず、血だらけだから、これどうぞ」
「あっ、ありがとう…ございます」
誰かにタオルっぽい布をもらった、えっ、なに、俺 血だらけ? どういうこと?
ワケもわからすとりあえず顔を拭いてみる、少し濡れてるのか、おしぼりみたいだな、
拭き終わって布をみると、あぁ、ものの見事に布も服も血だらけで真っ赤だ、でも…。
「なんで俺 血だらけなのにどこも痛くないんだ? そう言えば足は?」
「そのままだと血が流れ続けるから、体のキズは直してあるよ」
「えっ、直して、どなたか知らないですが ありがとうございます」
布をくれた人は俺の背後から話しかけていたようだ、顔を拭いたお陰で視界も戻ったし、
足を投げ出すように座ったままだった俺は、右手を床について右側に体重をかけるようにして、
声の主の方に上体だけを動かし振り返った、そこには…。
「えっ、子供、日本…人? いや、瞳が青い…ね、君は?」
振り替えると 5~6歳の男の子? が俺の方を見ていた。
「あの… これ君が? ありがとう、その… 誰か大人の人はいないのかな」
ここはどこだ、ワケがわからない、回りには俺とこの子供の二人しかいなかった、
それに、ここは部屋なのか? スゴい広くて、ただ白いだけだった。
「大人? 僕は大人だよ、数えると90歳近いはずだけど」
「えっ、何を言ってるの、おじさんをからかって…」
あれっ? なんか だんだん思い出してきたぞ、俺…さっき 時計台で事故に巻き込まれたよな、
香織さんを庇うように この手に抱きしめて…、抱きしめた感触がなんとなく…、
それに、固いものに たぶん車に、ぶつかった感触というか感覚はある、
ワケがわからなかったせいか 子供の方を向いて手をついた状態で固まっていた俺は、
とりあえず正座をするように座り直して 体をいろいろ確認してみた、
でも痛くない、血で服も汚れてるのにホントにどこにもキズはない、ならば。
「ああ、そうか、俺 やっちまったんだ、そうか 終わった、あ~終わった」
「何が終わったの? 三浦颯太さん」
「えっ、なんでフルネーム? やっぱそうだよな、俺 肝心な時はいつも やらかすからな」
そうだよな、智仁から言われたのに事故現場から逃げれなかったし、それに香織さんを庇った、
あ~ その可能性をすっかり忘れてたわ~って、子供が俺の顔を不思議そうに見ている。
「ねぇ ここはどこ? 天国だといいな、俺の人生は終わったんでしょ、え~ …天使さん?」
「ああ、その終わったね、大丈夫、まだ終わっていないよ」
「えっ、終わってないの? だってここって」
「あぁここ、そうだな… 狭間ってところかな、僕は天使じゃないし」
「えっ、違うの、じゃ君は…」
「そうだな、一言で言えば “幽霊” かな」
「幽霊? やっぱ 終わってるんじゃん」
目の前の子供は青い瞳にかなり明るい茶色の髪でハーフっぽい
こんな場所だし 天使だろ? って、てっきりそうだと思ったんだが でも違うって、
幽霊だって、なんだが 花畑とか川とかいろいろ聞くけど、狭間ときたか。
でも、幽霊が見えるってことは、同じになったってことでしょ、俺 幽霊になったんだ、
過去にダイブした俺がムチャして万が一があれば、それはもちろんこうなるよな、
考えてなかった。
「じゃ、俺 成仏せずにここにいるってことか」
「いや、帰れるよ、話をするために来てもらっただけだよ」
「えっ どういうこと? 話? 話ってなに」
「じゃ、三浦くんの願い通り、大人になって話そうか」
ベタだ、ベタ過ぎるだろ、大人にって言うと もくもくと白い煙と共に白髪の紳士が現れた。
「これが、私の本当の年齢の姿だよ、じゃ 話を」
「ちょ~っと 待った どうせなら…、それと この服も元通りにキレイに直せない?」
「えっ、三浦くん、まったく君もワガママだなぁ」
タオルで顔は拭いたけど、どうも血だらけって落ち着かない…、
キズが治せるなら服も大丈夫だろ、俺はその紳士に服とかもキレイにしてほしいと頼んだ。
それに… ベタに姿が変えられるならとリクエストした、
可愛い子とか、キレイな子とか、どうせしゃべるなら好みのお姉さんの方がいいからな、
でも その男子的な期待を込めた願いの方は …却下された。
「君の希望は無理だから元の容姿に戻すよ、さっきの姿 私が生きていた年齢だ、いいね」
「生きていた? えっ、そんなに早くに」
「まぁ、それも含めて話をしよう、今回の話を」
「今回って、なんのこと」
「時間の移動のことだよ」
「時間の移動? …ああ、タイムスリップか」
元通りになった俺と 老紳士から元に戻ったの子供は 向かいあうように座った、
床? に直接あぐらをかいて、ついでに俺も足をくずして楽に座り直した、
なんか気の利いた椅子とか、酒とかあればいいのに。
「三浦くん、君も…」
「ハヤトでいいよ、その顔で 三浦くん って落ち着かない」
「そうか、じゃハヤト 話をしよう」
「じゃ、君は 君のことははなんて呼べばいい」
「えっ、名前? ん~、じゃ 幽霊だから、ユウ でいいよ」
さっきよりこの方が話しやすい、どうも幼稚園児に年上の口調で話されると、
なんだか変な感じだが、それにしても幽霊だからユウって、安直な、
でも、なんでユウがタイムスリッブの話を知っているんだ。
「じゃ、話を始めよう、ハヤトも思っていただろ、なんで、時間…いやタイムスリッブしたのかと」
「そりゃ思うでしょ」
「そもそもそれは、香織さんと私の寿命に君がかかわったからなんだ」
えっ、どういうこと、ユウってめっちゃ幼稚園児だけど、90歳近いって言ってたよな、
それに香織さんの寿命? どこに接点があるって言うんだ。
「ハヤトも見たろう、喫茶店にあった時計台の人形、あれが今の私だよ」
「えっ、喫茶店の人形? ああ、あのカフェの人形のこと」
「喫茶店よりカフェか、本当に今の若もんは なんでも横文字がいいんだな」
子供に若いもんってなんかスゲー変な感じ、時々 中身のあの紳士の口調に戻る、なんか複雑…。
でも、カフェの人形 あれが私って なんのことだよ。
「カフェの店員は 私の姪孫でね」
「なに、姪孫?」
「簡単に言えば、私はあの娘のおじいさんの義兄弟だよ」
「あ~、そうなんだ、なんだか聞きなれない言葉でって、えっ、兄弟?」
おじいさんの話はしてたけど、おじいさんに兄弟がいたって言ってたっけ、まぁ 別にいても…。
「だけど、私の義弟は 私たち親子のことは知らないんんだよ」
「知らない、兄弟なのに?」
「ああ、時代が時代だからね」
それから天使もどきの幽霊、自称 ユウ は 時計店店主の知らない初代店主の話をはじめた。
私の父は、江戸幕府が幕を閉じ 新たな時代を迎えた明治に生まれた、ある家の三男坊。
国中かなり混乱したけど、比較的裕福な家でなんの影響もなかった父は、
特に目的もなく育ち、家でも期待もされていなかったからなんとなく海外に行くことにして、
そこで流れ着いた国の時計に興味を持ち、ある小さな時計店に弟子入りした。
それから、頑張って修行をして、独立できるぐらいになった頃、その時計店の娘と結婚した、
とてもよくしてくれた師匠とその家族、父はその国でずっと共に暮らしていくつもりだった。
でも、日本の家族はそれを認めなかった、私が生まれた頃 父は連れ戻された。
いつまでたっても帰って来ない父を待ちわびて、私を残して母は天に召されていった。
祖父たちが育ててくれたけど、その頃その国での中で 殺戮の悲劇 が起こったんだ。
祖父たちは身の危険を察知して 逃げた、私をつれてね、でも…。
父が私たちを心配して日本から探しに来てくれた時は 間に合わなかった。
母のお墓の前で父がうなだれいたのを私は側で見ていたよ、祖父たちと一緒にね、
せっかく目の前に父が来てくれたのに、私にはもう声をかけることすら 叶わなかった。
「その時は 幽霊 だったってこと?」
「そう、あの残虐な指導者のせいで 私は 幽霊 になったんだ」
私たちはいきなり命を奪われて しばらく一緒に思い出をたどったんだ、と
ユウは寂しそうな顔をした、それから ユウの話は、人形のことに移っていった。
しばらく父は修行した時計店いて 私たちの思い出を探していたよ、
でも とにかく酷い有り様だったから なかなか見つからなくてね。
やがて父もそこにいることが危なくなって、日本に逃げることになった、
その頃、家族で唯一 逃げられた、というより戦っていた、母の兄、私の叔父に会えたんだ、
そこで思い出の品を少しだけ受け取った、手紙とか、写真とかと遺品をね。
だけど 日本に帰る時も 日本でも その品々があるのはいろいろと不都合がある時代だった、
だから叔父の力を借りて隣の国に逃げたあと、私たちに似た人形を買ってそこに隠したんだ、
「私たちに似たって、いったい何体かあったんだ」
「ああ、母と私の2体だったよ、でも日本での大きな戦争で、1体は行方不明」
「でも、なんで ユウ は いわゆる…成仏をしなかったんだ、それにみんなはどうしたんだ」
「母は先だったから、でも他のみんなは私といたよ、父と一緒に日本に着いていった
まあ 心配でね」
「それって ちょっとした幽霊話じゃん、それに 私って 話方が大人すぎだろ ユウ」
幼稚園児の話し方ではない、絶対中身の紳士になってる、本人も一言で自覚したようだ、
それに…、外国人の幽霊が取り憑いた人形? それが古い屋敷に? 深く考えるのは止めよう。
「日本で父さんも 次の大きな争いに巻き込まれて連れていかれた、
自分がいない間に無くならないようにと 人形の僕達を隠していたけど…、
しばらくして父さんは家に無事に帰った、その時に知ったんだ 1体が行方不明と。
それに それだけじゃなかった 父さんの家での立場が変わってたんだ」
「立場が変わった? どういうこと?」
「三人兄弟の父さんの家は、長男が跡継ぎで、次男は海軍に、で まぁ…三男は放置だった、
けど、結婚して女の子を授かっていた長男は病にかかり若くして、
未婚の次男はあの争いで行方不明になって、それで、急に跡継ぎの話が三男に回ってきたんだ」
「いつの時代も一緒か、跡継ぎあるあるだ まぁ 昔はそんな軽くはないだろうけど」
「まぁ確かに あるあるって感じではないね、それに 父さんは断ってたよ」
「断った?、家を継ぐのを なんで」
「そりゃ 今さら何を言う…って感じだよ」
「…そうか、そりゃ そうだよな」
考えればそうだよな、家を継げば仕事とかもいろいろと都合がいいけど、
親の都合で必要とされたりされなかったり、そのせいで大切な奥さんや子供と別れたんだもんな。
「それからしばらくして おじいさんたちが、もう1体の人形の行方を知らせてくれたんだ」
「知らせて おじいさんたちが?」
「そう、おじいさんたちも人形に憑いて来たから、父さんと僕を探してたんだって」
「えっ、つくって それって “取り憑く” ってこと」
「そうだよ、おじいさんたちは最後に自分たちの取り憑いた人形の場所を教えて召されていった」
「それって…」
言いそうになった言葉を飲み込んだ、やっぱな、それってやっぱちょっとコワいだろう、
だってさぁ 取り憑かれた人形って、ちょいホラーじゃん、これじゃ 呪いの…的な怪談話だろ。
「本当は僕も、おじいさんたちと一緒に…って思った、もう平和な時代だからね」
「でも、一緒にいかなかっただろ、なんで?」
「それは、もう1体の人形を戻したかったのと…」
「寂しそうな父さんが心配で、一人で残ったってとこか」
「わかってくれる、ハヤト」
「でもさ 人形を戻そうってどうやって? 何か考えがあったのか」
「おじいさんたちは日が浅かったけど、今の僕クラスになると こんなことも出来ます」
真っ白だった空間に浮かびあがるように映像が写し出された、スクリーン無しの映写のようだ、
その映像はまさに映画、B級ホラー映画だった、人形が廊下を歩いたり、飛んだりいている。
「こっ、これ リアルだろ、ホラーじゃん、単なるホラー映像じゃん」
「何を今さら、僕は幽霊だっていってるじゃないか」
ユウは幽霊っぽいポーズをとって俺にみせた ちょっとコワイ顔をしたつもりだろうか、
でも それはとても子供らしい可愛い顔だった、
微笑ましく見ていた俺に 驚かせてやった…と満足したのか ポーズをといてユウは笑った。
「でも、自分の取り憑いた人形を家の中で動かす程度で、もう1体を動かすのは無理だったんだ」
そう言うとちょっと寂しそうな顔に戻った。
話を続けよう、それから話は時計台のことに移っていった。
「父さんは家を継ぐために無理やり再婚させられた、そのあと、次男が無事に生還したんだ」
「まさか…」
「たぶんそのまさかであってるよ、また都合よく扱われたんだ、
でも さすがに振り回したことに反省したのか おじいさん達が父さんにくれたのが」
「時計台?」
「ハズレ、時計店だよ、そこで再婚相手と仲良く暮らしたみたい、僕たちを忘れたように」
「忘れた? なんか寂しいな それは」
「“ように” だよ、父さんは忘れてなかったよ、でも、ずっと誰にも言わないで秘密にしてた…」
なんで秘密なんだろう、戦争だって終わったんだろ 大事な家族の話なのに。
「ずっと口止めされていたんだ、当時は外国って言うだけて噂が立つぐらいだし、
それに、再婚相手に言い出せなかったんだと思う」
「今でこそ、国際結婚は…か」
「忘れてないことに気づいたとき、父さんの僕たちへの思いを知ったんだ」
そう言う時代なんだなぁ、ふと思った 今では平気なのにな。
「新しい生活を始めても、父さんは人形を大事にしていたし もう1体もずっと探していた、
けど、また見つからなかった。
再婚相手との子供が生まれた時、人形の僕に向かって言ったんだ、
僕たちを大切にできなかった後悔を、置き去りにしたことへの懺悔を、
許しを乞うことも出来ないって泣いていたんだ。
それからしばらくして 父さんはあの時計台を作って僕をそこに納めた」
ずっと誰にも話すことも出来ず、後悔し続けるなんて…どんなに。
「僕はてっきり新しい家族の為に 僕たちの思い出を封印したんだって思ってたんだ、
ならもう安心だ 僕はもう必要ない、じゃ僕も父さんから離れないとってね」
「じゃ、忘れるために納めたんじゃなかったのか? んっ あれっ」
「そう、ハヤトも聞いただろ、あの言葉をだよ、唯一 僕たちのことを誰かに語ったあの話」
『自分がいなくなったあともこの子が寂しくないように、
たくさんの景色を見せて、たくさんの笑顔に囲ませてやりたいんだ』
あぁ…あれか… あのカフェ店員がおじいさんから伝え聞いたってあの話だ。
「僕は人形として家の中にいて、いろいろ見てた、そのあと時計台に入れられたんだ、
それからは家とは違う街の人たちとずっと一緒で 僕は一人だけど一人じゃなかった」
「ユウの父さんの願いは まぁ、叶えられってわけだ」
「そうだね、でも一つ、僕は気がついたんだ」
気づく? 何を? 時計台の中でもずっと子供たちに囲まれて幸せにって話じゃないの?
「僕の父さんの願いは “自分がいなくなっても” だった、
でも それは 僕はずっとここに、召されず ずっとここにいるって話だよね」
「ん~っと、そうなるのかな、でも…、ん~ずっと…か、となるとそりゃキツイな」
「そう、もう先に召されたみんなに会えなくなる、だから聞いたんだ」
「えっ、聞いた 何を? 誰に?」
「父さんにさ」
もう完全にに幽霊話になってるのを普通に聞いてるのも…って 今は俺もその類いか。
でも、どうやって幽霊と人間が話すんだ? 話せたら人形の行方不明を教えられたろうに。
「ついに 父さんが僕の元にやって来たんだ、最初は僕ってわからなかったみたいだけど」
「えっ、どういうこと?」
「父さんだって 幽霊になることがあるってことだよ」
「あ~、考えるまでもないってことね」
そりゃそうだ、人には必ず来るもんなぁ、じゃ 親子で再開したってわけだ、
でもさ、なんでユウはその時 一緒に成仏しなかったんだ?
それじゃかなり長く一人だったんじゃないか。
「なぁ、ユウ、なんで父さんと一緒にいかなかったんだ?」
「ん~、初めはね もう一体の人形のことがあったからなんだけど…、
父さんも心残りだったみたいだし、中には大切なものがあるって、
悲しそうな顔をしていたからなぁ」
「大切なもの?」
「僕の方の人形には僕の遺髪と遺品、もう1体には家族写真と母さんの遺品が入っていた、
写真はね 家族全員、おじいさんたちやおじさんも写った家族全員の写真」
「だからユウの父さんはずっと気にしていたのか、ユウはやっば人形を父さんのもとへ…
いや 人形達を一緒したかったのか? 一人残ってでも」
「うん まぁ…そうかな、でも、どんなにある場所がわかってもどうすることも出来なかったよ、
僕の声は 誰にも届かなかったし、僕は人形の周辺しか移動できなかったんだ、
離れたらおじいさんたちみたいになるだろうね」
「おじいさんたち? えっ 普通に成仏したんじゃないの」
「力尽きたとも言えるかもしれない」
みんな人形というより遺品に取り憑いて日本にやって来たのかな、そういうこともあるよな。
でも、どうすることも出来ないって、生きてる時からずっと探してばっかで、なんか切ないな…。
「父さんは僕だってわかってくれたあと、たくさん遊んでくれたんだ、すごい楽しかった
いろんなことをしたし、言葉も教えてもらった、時間の許す限りね」
「時間が許すって、どういうこと?」
「父さんは新しい家族に弔われていたからね、僕たちのように そのままにはならないよ」
幽霊に時間なんてあるの? ちょっと違和感があった、でも そうか…ユウの家族は…誰も。
「僕はずっと見ていた、一人でずっと、言葉も最初はよくわからなくて、ただ見ているだけ、
すごいスピードで変化する景色を、楽しそうにしているみんなを ずっと一人で見てた」
「ユウ…」
外国生まれなのに横文字とか言ってたのは、父さんの影響か?
だから難しい言葉も知ってるんだな、でも、もう心残りなんて無さそうなのになぁ。
「父さんに日本のこと教えてもらったんだ、見てるだけではわからないことだらけだったから、
たしかに父さんも言っていたよ… 人形のことはもういい、一緒に行かないかって」
「じゃ、別にユウに何か心残りがあったのか?」
「そうかもね、んっ、たぶんそう、だから 僕はお願いしたんだ」
「誰に、どんなお願いをしたんだ?」
「まぁ、成仏の管理をしてるような人に、言葉がわかった世界をもう少しだけ見てみたい、
だから もう少しだけ人形の みんなのそばにいさせてくださいって」
管理をしてる人って、えらい天使とか、なんだか聞く話だけど、
俺もこれからそこにいくのか…な。
「それで時計台の中の人形が壊れた時に召されることに、これが幽霊としての寿命?になった」
「幽霊に寿命って言うのも何か変な話だな、でもさユウのことはわかったけど、
でも なんでそれが香織さんにつながるんだ」
昔話が盛りだくさんで、ちょっと繋がらなかった、なんでそこに香織さんが?
「ハヤト、櫻井さん、そして時計台の中の人形の僕、
君の遅刻がきっかけに、櫻井さんと僕の寿命が入れ替わってしまったんだ」
「えっ?」
ちょっと 入れ替わるってどういうことだよ、俺が遅刻がって、えっ、ワケがわからない。
「ちょっと待ってくれよ、事故は香織さんの運命だったんじゃないの?」
「違うよ、文字どおり入れ替わったんだ、これを見て」
またさっきのように 真っ白な空間に映像が写し出される、でも今度は複数だ、
どれを見ればいいのかわからないほどにたくさんの。
「ハヤト、この1週間 君はいろいろと過去に関わったよね」
「ああ、香織さんが救えるならって」
「これはその結果の映像、君が選択した全ての結末が写し出されているんだ」
「ちょっと、えっ、また わかんなくなってきた」
「例えば…、そう ついさっきタクシーを降りて走ったでしょ、もし降りなかったら…」
スゲー 未來が舞台の映画っぽいな、ユウは空間の映像を一つ俺の方に見やすいように動かした。
そこには タクシーを降りて無惨な事故現場で立ち尽くす俺が映っていた。
「もし俺がタクシーにずっと乗っていたら 裏道を使っても間に合わなかったってこと?」
「そうだよ、いくつかの間に合う方法があったんだ、君はしっかりそれを選びとった」
「でも、俺、さっき血だらけで」
「そう、あくまでも 間に合う方法 だからね、例えばこれなんか…」
またユウは 空間の映像を一つ俺に見やすいように動かした、
その映像は二人が安全なところまで離れてたところに車が時計台に突っ込こんでいる映像だった、
香織さんと時計台を離れたあとなのか?
「ちなみにこれは、乗り越えを失敗しなかった時の映像だよ」
「あの時 電車を降りていたら 二人共無事で しかも無傷だったってこと」
「そうだよ、基本はごくシンプルだよ、
約束を守れば、失敗しなければ、きちんとカバーすれば、おのずとよい結果に、
逆に君がいい加減なことをすれば、それがやがて自分に跳ね返ってくるんだ」
「ハイハイっ、どうせ俺はテキトーだよ、それで そんな俺を叱るためだけに、
こんな回りくどいことをしてやり直しをさせたとでも?」
「まぁ、そんなに怒らないて」
まさかこんなところで、しかも子供にダメだしされるとは、痛すぎるだろ。
「でもなんで俺が? やり直したいダメなヤツなんてその辺にいっぱいいるだろ」
「それが あの時計台にかかわってるんだよ」
「えっ、やっぱワケがわからん」
「だから君の遅刻をきっかけに…」
「遅刻はわかった、わかったよ、でも そもそもだよ
人の寿命なんてそんなに簡単に入れ替わるものじゃないだろ」
中身が入れ替わるようなドラマやアニメじゃあるまいし、
そんなに簡単に、しかも、幽霊と人間の寿命って、まず考えられないだろう。
「まぁ、ちょっとしたことをきっかけに、入れ替わっちゃったんだ」
「…ちゃった? 人の命がそんなに簡単なのか」
「いや~、その~」
んっ、なんか歯切れが悪いな、何があるって言うんだ、だいたいそんな簡単に命が…、
返ってきた返事に俺は驚いた。
「いや~、遅刻がきっかけはきっかけなんだけど、間違えてゃったんだって、連れていく相手を」
「はぁ~、間違えただ」
「まぁ、ちょこっと手続きをね、でもほら、幽霊との珍しい話で、僕も巻き込まれた方だし…」
ちょっとユウはあたふたしている、なんだよ、間違いって。
人の 香織さんの命がかかってたんだぞ、それに俺達だって…、
俺たちだって、哀しい思いをしなくてすんだはずだ、
「なぁ、ユウ、さっきシンプルだとか、跳ね返るとか言ってなかったっけ?」
「…ごめんなさい」
まさにげんこつを…っと思ったが、手を止めた、コイツも被害者だし、一応 90歳近いんだ。
「それで? もう 怒らないから話してよ」
「本当に…」
すっかり子供の顔に戻っている、ちょっとかわいそうだったかな。
「間違えてしまったけど、簡単に言いだ… 戻せなくて、それでこんな感じに」
「こんな感じって」
「そう、三人の運命の糸って言うのかな、それが時計台と時間軸でからまって、
そこがバグになってしまった、だけど そのまま未來に進んでしまったんだんだって」
「バグが判った時点で取り除かないと、なのに作業せず隠蔽か」
「後で気がついて戻そうとしてみたけど、そうやって言われると…ん~。
でも、僕だって車が時計台に突っ込んだ時、これで両親や祖父母に会えるって思ってたんだ」
ユウはちょっと寂しそうな顔をした、きっと会いたいは本心だろう。
「僕は寂しいけど、幽霊がどうなったって別に問題がないからって言われて、それで…」
「お前が言わなきゃバレないか、ホンとどこも同じだな、それで嫌だって抵抗したのか?」
「そう、まぁ…やんわりとだけどね、でも僕 幽霊だから」
「幽霊とか関係ないと思うけどな」
要はあれだ 管理者がバレるのが嫌で言い出せず、隠して有耶無耶のうちに済まそうとしてたら
当事者の一人ユウのクレームでばれそうになって、隠蔽工作ってことか? まったくどこでも…
「幽霊の僕では何も出来ず、それで遅刻した三浦くんに任せようと」
「そりゃ、遅刻した俺も悪いけど、人任せかよ、きちんと訂正すべきなんじゃないの?」
「だって、プロポーズなんて日に普通は遅刻しないでしょって みんなそう思ってたんだって」
「うっ、それは…」
間違ったヤツが直さないと意味ないだろ、あれか あっちの世界もことなかれ的なことなのか?
とか思ってたら一気に攻められる方に変わった。
確かにそうだ、そのあとスゲー反省をした、いや 後悔をした。
「時計台が取り壊されるまでに三浦くんが来たらやり直し、来なければそのままってことに」
「じゃ 俺が逃げずに時計台に行ったからやり直し出来たんだ、なら 過去は取り戻せたよな?」
「さぁ、どうかな、その映像はないみたい、ここにあるのは全部 事故までの選択の結果の映像」
「選択の結果?」
「過去から今 そう時計台が壊れるまでの映像が 選択肢も含めて全部あるみたいだよ、
例えば…」
また映像の一つを俺の目の前に移動する、映し出されたのは。
「これ、本来の過去、7年前に事故で時計台が壊れた時の映像だよ」
「うわっ、ちょっと残酷な終わりじゃないか」
「残酷? 人形だからなぁ… でもこれで 僕とこの世とつなぐものがなくなる予定だったんだ」
たしかに人はいないけど こんな終わりじゃ なんか哀しいというかなんというか…、
写し出された映像 それは俺たちが駅に向かった後らしい、時計台に車が突っ込んだ映像だった、
ぶつかった直後、車から出火、時計台と隣の家の庭の木が燃えて、中の人形も燃えていた。
「ねぇ ハヤト、過去の記憶がみんなと違うって思わなかった」
「そう それ思ってたよ、スゲー苦労したんだ」
「今回のやり直しはバグを取り除くことが目的だから 決定するたびすぐに修正された、
君が選択するたび、中途半端なエラーが正され みんなの過去の記憶も変わったんだ」
「変わったのはわかるんだけど…、ちょっと厄介なことが」
どの時点に戻るかだ、記憶がないのは 俺の知らない過去があるとか、ちょっと厄介だよな。
「大丈夫だよ、君が戻ったら、だんだん君の過去の記憶もみんなと同じになるんだって安心して」
「俺だけが記憶違いで生きなくていいの?」
「ああ、ハヤト、君の知る過去も、やり直した過去も、それにこれだけの選ばなかった過去も、
すべて、君が戻ったら決まった過去と入れ替わるように記録からも消えていくだろうってさ」
「消える、このタイムスリッブも、何事もなかったように?」
「そう、実際は何事もなかったように処理される、やがては夢と思うぐらいだろうって」
一応 当事者だけどさぁ、やや困ったような顔をしたユウと顔を見合せた、
それからあきれたように二人とも目を反らす、嫌なヤツってどこでも一緒になんだなぁ…。
「本当に偉そうな人のやることって」
「ホンとサラリーマン的な仕事って」
「言いたくても言えないこと あるよな」
二人ともほぼ同時に同じことを言い、そしてまた目を見合せると 吹き出すように笑い出した、
ツッコミどころあるけどできないよな、互いの本音は同じだったんだな。
「当事者の中で事情を知ってるのは幽霊の僕だけだから 言わなきゃ判明しないって言ってた」
「隠せばなんとかなる、後はお前やっとけってやつだよな、勤めるとそんな理不尽ばっかだ」
「勤める?」
「そうか、ユウは働いたことはないんだよな」
ホンと、なんかあると テキトーに片付けておけ 的な上司にはうんざりだよな、
今回だって連れていく相手を間違えなければ…って、んっ、遅刻したらどうなるんだ?
「なぁ ユウ、間違えたって言ってたよな」
「ああ、連れていく話?」
「そうその話、遅刻しなかったら時計台が壊れるだけだったろ、でもさ、もし、もしだよ、
俺の過去、遅刻して事故に着いた時 エラーがなかったらどうなってたんだ」
「……知らない方が幸せじゃないの」
一応、ユウは映像を一つ俺に見えるところに出してくれた、
どうやらこれが本来の過去で遅刻した方らしい、
さっきは映っていなかった、やり直した過去の浴衣と違う浴衣を着た香織さんがいる。
「やっぱいい… 見なくていい」
「だよね 一つ言えるのは、遅刻すれば 香織さんの寿命は大幅に削られたってことかな」
「マジか…、あぁ ちょっと喉が渇いてきたな…」
少し前のめり気味で話を聞いていたけど 両手を後ろに付いて背中を後ろに倒し上を見上げた、
バグらなくてもそんなにヤバイのか…、ちょっとゾッとした、実際 俺 遅刻してるし。
「これから帰ったって 過去のどっかの時間とかだろ、なぁ、ユウなんかでないのか?」
「なんか出るって?」
「ほらっ、こんなのとか」
どうやら浦島太郎のように年を取るわけではなさそうだ、ゆっくりしても問題ないだろう、
俺は上体を起こしてから、顎の辺りで右手でクイクイッとコップで何かを飲むポーズをした。
「え~っと…、なに?」
「えっ、ほら 飲み物 酒とかないの?」
子供に酒って聞くのも問題がありそうだが、中身はじいちゃんだから、ギリ大丈夫だよな、
でも、これぐらいのことが伝わらないのか? それって 外国だと違うとか?
「あ~ お酒のことか、僕 色々と知る前に幽霊になって、みんなとも別れて長いから」
「そうか…、ならせめて 俺とたくさん話そうぜ、ここに長くいても問題ないんだろ」
「僕もお酒を飲んでみたい 時計台で見たことがあるんだ、おじいさんたちも飲んでたし」
でも、だだっ広い真っ白空間で子供と二人楽しくお話って、仕方ないけど ないよなぁ…。
「いいねって言いたいけど、子供は飲めない、
日本ではお酒は大人、二十歳になってからだからな」
「じゃ 大人になれば一緒に飲めるんだ、すぐに用意するね」
「ちょ~っと 待った」
「えっ、何? 元の年齢に戻ればい…」
「だから、待て待て、俺が緊張するわ、そんなに年上と飲んだら 俺 めっちゃ緊張するわ」
言わせないよ とばかりに言葉をさえぎった、なんか出るのは、それは有り難いけど、
あの白髪、白髭の紳士と飲むのは 正座してって感じで落ち着いて飲めない、
それは避けたい、絶対に避けたい、なんとかならないのかよ。
「ほら、例えば、俺の年齢ぐらいにはなれないの? なったことはないの」
「幽霊で成長したときになったけど 幽霊になった年齢と実年齢以外はなったことないから」
「やってみろよ、なにも別人になるんじゃないんだし、ユウのレベルの幽霊ならできるって、
イメージだ、想像しろ想像 かつての自分を思い出せ、絶対、出来るって」
「…まぁ、やってみるよ、期待しないでよ」
子供の容姿のユウは、やれやれ若いもんはワガママだなあぁ… というような顔をして、
変身? のイメージをしながら集中を始めた、また、ベタな白い煙が立ち込めて…。
「お前もかよ」
「えっ 何? 成功したの?」
立ち込めた煙が消えた頃、そこから出てきた人物は、
子供のころ同様に、青い瞳にかなり明るい茶髪、そして高身長の 俳優のようなイケメンだった。
「なんで俺の回りには イケメンがくるんだ、あ~またモテね~、俺 モテね~」
「えっ、イケメン、モテる、それっていいこと?」
「あっ モテは関係なかった って、いいこともなにも、自分を見たことないのかよ」
「だって僕 幽霊だから」
そういえば合コンとかじゃなかった、ユウのイケメンぶりについ本音が…、
でも、幽霊だから姿が見えないのか、 ちょっと考え込んでしまった。
それから どこから用意したのかわからないけど 複数の映像が浮かぶ真っ白な空間に、
ラグのような布と酒と簡単な肴が用意された。
「なぁ、ユウ 幽霊って鏡に映らないの、ドラキュラなら聞いたことあるけど」
「えっ 頑張れば映るよ、実は子供のころちょっとイタズラしちゃって、
鏡に映った姿を家の人に見られて、メチャクチャ怖がられて、それからは鏡を見てないんだ」
「それって騒ぎになったのか?」
「うん、霊媒師って言うの? なんか強制的に成仏させられそうになったよ」
「お前もさらっと…」
ユウは なんだか笑い事じゃない話を 笑いながら俺に言った、こいつも爆弾発言タイプか。
もしかして 時計台に入れられた理由って…、真意は不明だ 言わないでおこう。
「ねぇ、これ もらったのはいいんだけど、どうしたらいいのハヤト」
「しょうがないなぁ、ちょっと待ってろ」
俺はラグを真っ白な床に引いて、酒と肴を用意した、
さながら仕事帰りのサラリーマンの花見気分だ、靴を脱いでその布に座る、
二人しかいないのに5~6人ぐらいは座れそうな大きさだった。
「ほら 靴を脱いでこうして座るんだ、さぁ、始めよう」
「うん、わかった」
昔のままの外国の服なのだろうか、とてもシンプルな子供服だとは思っていたいたが、
大人になったユウは俺を参考にしたのか俺と同じようなサラリーマンスタイルになっていた。
「いいか、食べ始めの挨拶はいただきます、そして飲み始めの合図は乾杯だ、じゃ乾杯」
「乾杯、より先に食べていい、いただきます」
「って、飲まないのかよ」
それから俺たちはたくさん話した、そしてユウが初めて体験する酒を酌み交わした。
ユウがじいちゃんと家で過ごしていたときのこと、外国との風習のこと、
時計台にで色んな人たちが待ち合わせにくるのを眺めて、いろんなことを覚えて、
でも、ただ見ていただけだったから、誰かと話したり、聞いたりもしたかったこと。
「ねぇ ハヤト サクラって知ってる? みんなキレイって言ってた、櫻井さんのこと?」
「みんなが言ってたサクラは植物の木だ、香織さんのは名前だよ、
同じ意味を持った名前だ、サクラはなぁ とてもキレイなピンク色の花が咲くんだぞ」
姿は同じぐらいの年齢なのに、どこか子供で、どこか年上で、不思議な感じだ、
子供なのはわかるんだけど、生きた時代が大変だったから幽霊でも大人っぽいのかなぁ。
「サラリーマンはなぁ、こんな風に働くみんなでサクラの季節に花見をするんだ」
「花見? 時計台の近くにあるような木や花をみんなで見るの」
「ちょっと違うな、サクラはな たくさん集まると山がピンク色に染まるほど なんだぞ
キレイな花を咲かせた木の下で、みんなと仲良くなったり別れたりするんだ」
「山がピンクにそんなにすごいの」
思えばどのぐらい独りだったんだろう、考えてみれば、回りに人はいても一方的なんだもんな、
子供のように目をキラキラさせて興奮気味に話しているユウのその姿は、
初めて飲む酒よりも、人と話をしているのが楽しくて仕方がないという感じに見えた。
「ねぇ 聞いてもいい」
「いいぞ、知ってることは教えてやるよ」
「みんなが言ってた、花火大会って、花火って何?」
「花火か、それはなぁ…」
サァーっと強めの風が吹いた思わず避けるように下を向き目を閉じた、なんでこんなところで?
「花びら? えっ、サクラの花びら? ……えっ?」
目を開いて戻った視界に映ったのは、あぐらをかいた俺の膝に乗った花びらだった、
これってサクラの花びらか? そして…。
「なぁ ユウ あれが花火だ って、季節感がバラバラだろ、何でもありかよ」
花びらに気をとられていた俺は、突然の大きな音に驚いて思わず顔を上げた、
見上げた先には花火が打ち上がっていた、一本のサクラの木の下、誰もいない原っぱで二人、
ラグに座ったまま空を見上げてた、バーチャルって言うのか まるでそこにいるかのようだった、
無いわけじゃないけど、季節がバラバラだろ これじゃ何でもありだな。
楽しそうなユウの横顔を見ながら ふと思った、
こんな絶景二人じゃもったいないな、みんなで見れたらどんなに楽しいだろうか。
「ねぇ、ハヤト」
「ああ、ユウ 空の星は知ってるか、それとは別の 色んな色のキレイなのが花火だ、
それで隣の木がサクラだ、まぁ 一本だけ だけどな」
「うん ありがとう よくわかったよ、それとねハヤト 言ってたよね、
サクラも花火 出会いと別れだって、もう お別れみたいだよ」
見上げた花火も 満開のサクラも、数発の花火の打ち上げ終わりと合わせるように消えて、
切り替わるように真っ白な空間に戻った、まるで何事もなかったように。
「お別れってどういう」
「質問がなければこれですべて終わり、ハヤト 君が勝ち取った未來がくるよ」
「ユウ、お前ともこれで最後か?」
「そうだね、これで最後だよ」
「今日はなんでこんなに別れが多いんだ」
もう元に戻るって思うと現実に引き戻される、ほんの数時間前の仲間も、ユウも 戻らない。
俺、頑張ったのに、せっかく勝ち取っても また。
「なぁ ユウ、やり残しはないのか?」
「僕は見ているだけだったから特には…、それにいっぱいハヤトと話せたし満足って…ハヤト?」
「なぁ、ユウ 教えてくれ なんでこの一週間 俺にこんな手間のかかるやり直しをさせたんだ」
俺は聞いてみた、なんでこんな方法でやり直したんだ、何で俺に任せたんだ。
「それはハヤト、君が変えた運命だったからだよ、期間はただの偶然、
ハヤトか時計台に触れて始まっただけ ただの君が選んだ選択肢の一つだよ」
「なら、なんで手っ取り早く解決させなかったんだ、一気に解決とか方法はあっただろ」
「それは、隠し… いやその… ハヤトに任せる 事前に説明しないようにとは言われていたんだ」
ユウの言葉には あくまでも上は隠蔽を優先って感じがしてた、まったく。
でも、別に時間をかけなくてもよかったじゃないか、そんなことをしなければこんな…。
「もしも…だよ 僕が突然 現れて 『これから時間をあげるから人生をやり直して』って
そう説明したら ハヤトは信じた?」
「突然ユウが現れて、時間を戻す…的な話をするってことだろ… う~ん…」
「ハヤトだって最初は信じてなかったよね 時間をかけて信じていった」
「それは… まぁ そうだけど」
ちょっと考えてしまった、これだけのことがあったから今を受け入れているんだろうな俺。
「やり直しにもらえたのは約7時間だった、僕と櫻井さんの運命が入れ替わるまでの7時間だけ」
「7時間だけ? 7時間… それって病院での時間か?」
「そうだよ、事故後 櫻井さんが病院で頑張った時間、僕たちの運命が入れ替わった歪みの時間」
「その時間を ただの夢 過去の夢 で終わらせてほしくなかった だから時間を分けた」
確かにそうだ、ずっと夢だって思っていた、現実を知るまでは、俺の後悔だと。
「ハヤトにはやり残したことがあるの?」
「やり残し…」
エラーなんてなかったら、こんな気持ちになることもなかったのかも、つくづく思った、
他人からみれば、俺たちの苦しみなんて大したことではないのかもしれない、
それでも、俺は知ってしまった、俺同様 拓哉が苦しんでいたことを知ってしまった、
なのに俺は。
「ハヤトは別れが寂しいの?」
もうすぐ終わりだとでも言うように、飲みの席に使っていた、ラグも酒も消えて、
ただの真っ白な空間に戻った、そしてユウも また子供の姿に戻っていた。
「大人だって、寂しい時だってあるんだ ユウだってそうだろ」
「だって僕は…」
「幽霊とか関係ない、ユウだってそうだろ、父さんの寂しさを知ったから一緒にいたんだろ、
だから人形も動かそうとした。
でも、手に届くところにあっても、何もできない、だから、独りで寂しくても、ずっと」
俺たちには必要だった ずっと独りでは乗り越えられない痛みを乗り越えるきっかけが。
俺たちは出会った、けど、俺は救われたのに、俺を救ってくれた拓哉に 俺はもう何も出来ない、
手に届くところにいても、たぶん何も出来ない。
「ユウは大切な人のためにやり残したことはないのか?」
「大切な人…」
せっかく出会えたのに、戻れば全てなかったことになる、拓哉はまた ぼっち に戻る、
香織さんのことでは俺は救われるのかもしれない、
でも その代わりに違う後悔の記憶を残して、時は動き出す、何事もないように、
自分のせいなら後悔することになっても仕方がない、でも、こんなやり方って。
「そういえば人形、返したかったなぁ」
ユウがぽつりと呟いた、それとほぼ同時にからだが光だす、もうその時なのか?
「ユウ、その人形どこにあるんだ?」
「えっ? それは」
「もし俺が人形を手にすることが出来たら末裔に返してみるよ、たぶん無理だけどな」
「ならハヤト、僕も聞いてみるよ」
「何を?」
「拓哉さんのこと 気になってるんでしょ、まぁ 無理だと思うけど」
「期待しないで待ってるよ…」
また二人で同じことを言って笑った、そう、期待しないと。
例え俺が人形を手にして末裔に返しに行ったって、相手が受けとるとは思えないし、
ユウが拓哉が俺たちのこと忘れないようにって掛け合っても、その誰かが認める訳ないだろう、
それどころか、俺が未来で拓哉を探しても、会うことすら叶わないかも知れないんだから。
俺が、あの日、あの時、あの時計の下で、遅刻したからこんなことになったんだよな、
遅刻しなかったら、きちんと遅刻を報告すれば、たったそれだけのことだったのに 俺、
なんか先輩が言っていたかも、〝たら、ればで話すな〟ってまさにこの事だな、仕事みたいだ、
なら、運命を取り違えたヤツもちゃんとやれよな、なかったことにする なんて…な、
せっかく正しくやり直したのに、失ったものが大きいよ、知ってしまった俺には…。
これって俺だけのせいなのか? やっぱ俺せいか、俺がしっかりしなかったから…。
真っ白な空間で手を振るユウがゆっくりと消えていくのを見ていた、
やがてその姿が瞳に映らなくなった頃、眠りにつく子供のように目を伏せて意識を失った。
「おいっ ハヤト、ハヤトっ、大丈夫か」
「えっ なっ なんだよ」
「カズ、ハヤト目覚めた? よかった~マジ焦ったわ」
目を開けると、目の前に一眞がいて 俺の頬の辺りを軽く叩いていた、
背中には智仁か? 俺を支えているらしい、いったい何か起きたんだ
いまいちワケがわかっていない俺の回りから二人が離れていく、回りが見えるようになって…。
「えっ、花? え~っと あれっ」
「すまんハヤト 悪かった、技がかかりすぎだ ホンと大丈夫か」
「大丈夫だよ、うん たぶん」
智仁が俺の後ろから前に場所を変えるやいなや 心配そうな顔をして俺に抱きついてきた、
俺 そんなにヤバかったのか? いやそれより…。
「なぁ、いま 何時?」
「あぁ、時間か え~っと」
「何年何月の何時だ」
「はっ はいっ~?」
「おっとっ…て、マジで大丈夫かハヤト」
俺は時間を確かめた、俺から離れて腕時計を見ようとする智仁に さらに 何年かも尋ねた、
その言葉に智仁は俺の顔を見て固まり、一眞は手に持った花束を落としそうになっていた。
「ハヤト~、ごめん、すぐに行こう すぐに病院に行こう」
「俺も賛成だ すぐに診てもらえハヤト」
「えっ、何で?」
そういえばこんなとが…、あっ拓哉の病院か、時間を聞いたとき、佐々木さんに聞かれて…。
俺は覚えていた、タイムスリップの1週間も、さっきのユウのことも。
「あ~すまん、ちょっと寝不足だったかな ぼ~っとしてたのかも、それで…」
「ああ、時間か、でも ホンとに大丈夫なのか 無理するなよ」
俺の記憶はそのままだった、そう全て 過去の記憶もダイブの記憶も全てそのままだった、
でも… ユウは言っていた、勝ち取った未来が来ると、なら 俺 勝ち取れなかったのか?
一眞が持ってる花束って、イヤなことしか浮かばない、でも服装は黒じゃなく普段着だよな。
心配そうな二人は 今 何をしていたかを話ながら 時間を教えてくれた。
智仁が言うには、ふざけて技をかけていたら俺が意識をなくしたように見えて焦ったと、
そして… 《20○○年7月7日13:35》それが現在の時間であると。
戻ったのは さすがにいつも通り ダイブした数分後ではなかった、話がつながらないからな、
俺 てっきり 事故後のどこか適当な時間から過去をやり直すんだって思っていた、
過去をやり直せば記憶は簡単につながるから、
まぁ…他があったとしても 初めてダイブする前の時計台、どっかの時間の時計台前だと。
でも、告げられた時間は最後のダイブの二時間程前、過去の事故の日、その当日だった。
「なぁ、お前まだあそこ、行けてないのか? お前も聞いてるんだろ、時計台のこと」
「えっ」
なんだ、同じようなセリフを 俺 聞いたぞ、確かにそんな…、あれは…法要の帰り道だ。
ここ どの辺だ? あまり見覚えがないが、もしかして あの日 同様お寺の近くなのか。
「おいっ ハヤト ハヤト、やっぱ顔色悪いぞ、今日はお見舞いやめるか?」
「えっ お見舞い?」
「香織さんのお見舞いだろ、お前が治ってからずっと7月7日はみんなで会いに行ってたろ」
「会いに… ああ、そうだよな、今日 俺 疲れてるのかなぁ、でもせっかく集まったし…」
俺の様子に智仁は近くに停めていた車をすぐに取りに行ってくれた、
その間 俺は一眞と二人で、近くにあったコンビニに入りイートインスペースに座った、
そこで買ったスポーツドリンクを飲みながら、一応 少し休ませてもらった、
窓の外はとてもいい天気だ、ガラスにうっすら移る俺はもちろん包帯をしていなかった。
「お待たせ、じゃ 行こうか」
智仁の車に乗って俺たちは香織さんの見舞いに向かった、
二人は前列に 俺は一人後部座席に、窓の外を眺めながら いろいろと考えてしまう、
記憶が入れ替わるって言ってたよな、何事もなかったようになるのは何時なのだろう、
そのまま、整理出来ない頭を空っぽにしたかったのか、眠りに落ちた。
「ほら、着いたぞハヤト、もう平気か?」
「ありがとう、お陰でちょっと楽になったわ」
そういえば、過去にダイブした直後って だいたい横になって寝てたなぁ、
なんだか ぼ~っとしてたのはそのせいかもしれないな、一眞に起こされてそう思った。
「ここって…」
「どうしたハヤト? いくぞ」
見舞いって言ってたよな やっば あの病院だろうか、駐車場に止まった車を降りた、
見回したその先にあったのは拓哉が勤める病院だった、過去と違う 何で。
そういえば、なんだかはっきりしなかったけど、さっき目覚めたところって、
あの場所って 過去に香織さんが搬送された病院の近くだったんじゃないか?
この病院とでは事故現場を挟んでまるで反対の位置 あの病院から最も離れている場所だよな。
そうだ、俺 さっきテンパってて気がつかなかったけど、今は事故から7年だよな、
なんで見舞いなんだ? いくらなんでも入院じゃ長すぎだろ、歩きながらも考え込んでしまう。
「あのさ、カズ、時計台の話って…」
「あれっ ハヤト、お前 知ってたんじゃなかったっけ?」
そういえば見舞いの受付は初めてだなぁ 通用口で受付を済ませ案内された上階の病室に向かう、
廊下を進み エレベーターへ… 途中 俺はさりげなく時計台のことを聞いてみた、
あの時…やっぱダイブ前と同じように取り壊しだよな? でも予想はちょっと違っていた、
「時計台だろ、あの事故以来、なんかこじれて、ついに取り壊しが決まった だよなカズ」
「あぁ、事故検証とか、保証とかで、そのままで危ないとかもめて ついに取り壊しだろ」
「そうそう、それに、一時は補修とか再建とか騒ぎになってたよな 事故を忘れられないとかさ」
智仁も知っていたらしい、そうか 俺の新しい過去では 時計台は壊れたままなんだ、
だとしたら ユウは成仏できたんだろうか、壊される前に確かめに行かないと、
それにしても 結局 場所 聞けなかったなぁ もう1体の人形 どこにあるんだろう。
「着いたぞ、この階だ、ちょっとナースステーション行ってくるわ」
智仁が一人 足早にナースステーションに向かい、俺たちはゆっくりと病棟に歩き出した、
このエレベーター前 階こそ違うが 俺が乱闘したところだ、つくりがほとんど同じだった、
なんだか俺は思い出をたどるようだけど、二人の様子からすると通い慣れた感じがする、
やっぱここは 勝ち取った新しい世界なんだ、なら、拓哉と俺たちはもう…。
「お待たせ、香織さん707号室だって」
「じゃ 行こうか」
合流して三人で病室に向かおうとナースステーションを横を通り過ぎようとしたとき、
なんだか急に中が騒がしくなった、そのまま行ってもいいのか?
「あっ、先ほどの、すみません、櫻井さんのご家族ですか」
「いえ、友人ですが」
「そうですか、では面会スペースなどでお待ちいただけますか、緊急で処置が入りましたので」
「えっ それって」
「とにかくお待ち下さい、お願いします」
一眞が看護師の質問に答えていた、緊急処置って あわただしのはそのせいか?
そんなに具合が悪い入院だったのか、それって 過去で俺が守りきれなかったから…だろうな。
「お前は目覚められたのにな、ハヤト 行こう」
「えっ、あの…」
「とにかく待とう、お前が眠り続けた時はこんなこと無かったのにな」
看護師が手分けして作業をしている、家族を呼んでいるのか電話もしてる そんなにヤバいのか。
「先生、こちらです、お願いします」
俺、結局 また全部失うのか、俺 あんだけやったのに
やっぱり過去を変えることなんて そんなに簡単に出来るわけないよな…、
えっ、拓哉? 思わず声に出してしまいそうになった。
病室に向かうため まるで駆け抜けるように足早に、
俺たちのそばを一人の医師が通り抜けて行った、その医師は 拓哉だった、
ここに勤めているんだから居てもおかしくないよな、
新しい過去からスタートした現在だ 俺の過去の記憶と違って勤務なんだ。
とりあえず看護師に言われた通り、共有の患者用の食堂に向かうことにして方向を変えた、
とぼとぼと 力なく歩いている俺たち、早足に病室に向かっている医師、
どんどん距離が離れていく、俺はいろんな意味で ちょっと覚悟した。
食堂につくと見舞いの人たちが何組かすでに座っていた、
目についた時計は14時30分を過ぎている、食堂で三人 空いてる椅子に腰かけた、
俺の向かいに智仁、隣に一眞、俺のそばには誰かがいてくれた。
そして俺は知った、今 一番知りたかったことを、俺の過去の選択の結果を。
「お前もあの事故で大変だったもんな ハヤト、俺さぁ 何回ここに来ても思い出すわ」
「そうそう まさかあの事故で香織さんとハヤトが何年も目覚めないなんて
想像もしてなかったし、結局、目覚めても、香織さんが応援してくれた会社クビだもんな、
その後 転職先はどうだ?」
智仁が仕事のことを話している、
確証はまだ持てないけど、この口ぶりだと俺のダイブする前と同じ会社だろう、
俺がうつ病を発症していた頃が、たぶん意識不明? でいた期間なのだろう。
なら、過去の記憶がまだ曖昧であっても、日常生活にすぐ影響することも少ないだろう、
大幅に過去が変わった訳では無いことに、安心したような、そうでもないような…。
話からすると、香織さんはケガをしたけど生きている、だけど ずっと眠り続けている…。
あの時、俺がもう少し早く香織さんを事故現場から連れだしていたら、
あの映像のように無事にその場を離れて、花火大会で予定通り告白も出来ていたのかもしれない、
結局、あれだけやって変わったのは…、あの時のユウの言葉を思いだし 思わずため息をついた。
「大丈夫だって、お前だって目覚めただろ」
ため息ををついた俺を見て、智仁が俺に声をかけた、
テーブルの上の手は握りしめられている、拓哉と別れたあの時のように、
隣の一眞をおそるおそる横目で見た、それに気づいたのか
飲み物を買いにいく と立ち上がり席を離れた、下唇を軽く噛んでいたのをごまかすように。
俺が遅刻したから、香織さんの寿命は大幅に削られてたのか、俺、やっばダメだったのか…。
そういえば どのぐらい時間がたったんだろう、ここに座って30分ほどだろうか、
途中で会ったのか 一眞は飲み物を買う前に 看護師の佐々木さんを連れて戻ってきた、
佐々木さんに導かれるまま俺たちはついていく、一眞を先頭に無言で うつ向きながら、
過去の俺と同じで、祈るような気持ちなのかもな、俺は過去で経験してるけど二人は。
「担当の八代です、えっ~っと、あっ、ご友人の皆さんなんですね、
本来はご親族から会われた方がいいのですが、とにかく落ち着いて、会ってあげてください」
香織さんの病室の前まで案内されて、順番に並ぶ俺たちに、ドア前で拓哉が何か説明している、
真剣に話す拓哉の顔を見て、みんな愕然としていた、二人ともまた食堂の時と同じだ、
まっすぐ前を向いているが 返事の声すら出せないようで ただうなずいている、やっぱり…。
先頭の一眞が病室に入ると佐々木さんによってすぐドアが閉められた、
中に入った一眞の声は聞こえなかった、さらに緊張が増していく。
あれだけ求めたのに、なのに俺は、俺はうつ向く智仁の背中越しに、拓哉の方を見ていた。
拓哉、俺、お前との約束を守れたようだ、でも、いつまで約束が 守れるのかな…、
あれだけ俺たちとばか騒ぎしてたのに、三人とも初めて会うかのようで、
まるで何事もなかったようで。
忘れないて… と言われた、でも、目の前の姿を見ていると、胸か締め付けられそうだった。
わかってる、わかってるけど、目の前の拓哉は あの時の拓哉ではないんだ、
たぶん 人付き合いが苦手で、ホンとは ぼっち を寂しがっている出会った頃の拓哉なんだ。
人と距離をおいている拓哉は、たぶん今も平気なフリをして過ごしている、顔を見てそう思えた。
宣告へと、別れへと いつか消える記憶を持つ俺だけを残して、時間は進んでいく。
これが これが俺の勝ち取った…未来 なんて…。
「大丈夫ですか? 顔色が優れないようですが」
次に智仁が病室に入った その時 案内をしてくれた佐々木さんも付き添って中に入ったようだ、
俺は拓哉と廊下で二人になった、そのせいで顔がよく見えたんだろう、
顔に出てるか? 乗り越えたけど やっば二度はキツい、手に届くところにあるのにつかめない、どうしていつも。
「平気です、大丈夫です お気遣いなく」
「そうですか、 あの… すみません」
「はい、なんでしょうか?」
「お話中 失礼します、先生、ご家族とも連絡が取れました、至急 向かうとのことでした」
ナースステーションから来た看護師が話に割り込む、すぐ香織さんのご家族が見えるのか、
また、ご家族に悲しい思いをさせるのか、いや、また 俺 あの時のことを繰り返すのか
これからまた後悔の日々に戻るのか、一度も 今の香織さんの顔を見てもいないのに。
眠り続けていたのなら今の俺と同い年の香織さんじゃないんだろ、
想い出の中の 時の止まった香織さんではない 時は進んでいるんだから。
「すみません お話を遮ってしまって、早く会ってあげてください」
「…わかりました」
「先生、では 私は戻ります、失礼します」
伝言を終えると看護師さんは病室に入らずナースステーションの方にゆっくりと歩いて行った。
それをなんとなく見送っていると、病室の中から声が聞こえた、んっ? 看護師の声?
思わずドアの前に近づこうとして体が拓哉に当たってしまった。
「あっ、すみません 大丈夫ですか ……先生?」
驚いた、ぶつかったことにではなく、思わず見た拓哉が真剣な顔をして俺を見ていたことに。
「あの …先生、痛かったですか? その すみませんでした」
拓哉って言ってしまいそうなのを押さえながら、体を少し拓哉の方に向けて また謝った、
見てるのは当たったせいだよな、その場から少し位置をずらそうとしたけどまだ真剣に見ている、
少し斜めには立っているとはいえ、俺がさっき動いたせいでドアを背にしてしまい、
もう少しずれたら壁ドン出来そうなぐらいの近さになってしまった。
「それは大丈夫… なんですが、あの… さっき…すれ違いました…よね」
「ああ、ナースステーションの辺りかな、確かにすれ違いましたね」
「えっ~っと、失礼なんですが…」
自信のない態度だからか、拓哉がまた一歩 俺に近づいた、背中にドアが触れたのがわかった、
このまま追い詰められたくはない うまく体制を押し戻さないと、少し体をずらす。
「病院以外でお会いしたことはありませんか? その… どこかで…」
「そっ、そうですか、こんな顔どこにでもいますし きっと勘違い…ですよ」
まじまじと顔を見る拓哉に 俺は思わず目を反らす、
絶対に言えるわけないだろ、あったのは別次元です とでも説明するのか?
おかしいと思われるわ、誤魔化すしかないだろ。
「そうですか、いや、もう一度よく…」
「えっ~っと、わっ」
「危ない」
「きゃ、すみません」
ドアすれすれまで追い詰められて、曖昧な返事を続けていたら
突然 後ろのドアがスライドされた、どうやら中の看護師が勢いよくドアを開けたらしい。
後ろにドアがあると思ってたし ドアハンドルも当たって簡単にバランスをくずしてしまった、
後ろに倒れそうになった俺の手を拓哉はあわてて掴み自分の方に引っ張った、
「何事ですか」
「大丈夫ですか ハ…、あれっ? ハって なんだ」
「大丈夫だ…、ありが…とうございます」
後ろから佐々木さんの声がする、俺を引っ張った拓哉はしっかりと両手で俺を支えてくれた、
俺は 拓哉の名前を思わず言いそうになった、すぐに体制を直して離れようとしたけど、
拓哉は引っ張った手を握ったまま、反対の手で俺の肩をつかんだ、そして俺に問いかけた。
「俺、会ってますよね? 絶対どこかで、よく見てください 俺の顔 見覚えないですか?」
あるに決まってるだろ拓哉 って言えたらどんなにいいか、でも言えるわけないじゃないか。
「すみません、本当にすみません、お怪我はありませんか?」
「先生、お見舞いの方が困っていらっしゃいますよ」
「あっ、すみません つい」
ドア一つ挟んだ廊下で四人、ドアを開けたであろう看護師は固まる俺に平謝りしてる、
拓哉は、騒ぎで病室から出てきた佐々木さんに言われてやっと俺を離した、
俺が謝罪に返事をすると謝っていた看護師がその場を離れていった。
「先生、患者さんが待っていらっしゃいますよ、 さぁ あなたも中に どうぞ」
「あっ、そうでしたね、つい…」
「では 俺も中に」
まだ暖かいだろうか、あの時のように、佐々木さんに言われ体を反転した、
病室に入ろうとしたとき、また、拓哉に手を捕まれた、そして。
「あの…俺 拓哉です 八代 拓哉です、もしかしたら俺のこと忘れてるだけかも知れないので、
よかったら、その…名前だけでも覚えてもらえると、
いつでもいいので思い出してみてください」
「先生、患者さんが待っています」
俺は目を伏せ、うなずくように返事をすると 病室に入るためにゆっくりと拓哉に背を向けた、
その時、後ろの拓哉と佐々木さんの会話する声が耳に入った。
「珍しいですね 先生」
「えっ、珍しいって何がですか?」
「先生があんな風に積極的にお話になるなんて、それに…」
「積極的? そうかな… それになんですか?」
「先生が 『俺』 って言ったのを 私は初めて聞きました」
俺って、初めて聞いた? そういえばあの時も、
〝颯太さんだけは 俺を覚えていて、俺を忘れないで〟って言ってた、あの時も 俺って 拓哉。
なぁ ユウ、これって期待していいのか? 俺はあの別れ際の言葉を思い出した。
「すみません、さぁ どうぞ、患者さんの為、短めにしてあげてくださいね」
「はい、わかりました」
ドアがスライドされた、今度は俺が中に入る番だ、一歩を踏み出し、病室内に足を踏み入れた、
病室には窓から明るい日差しが差し込んでいるのが見える、一眞に 智仁、香織さんは…?
えっ、拓哉? 後ろから両肩を掴み、俺を病室内へとゆっくりと押し出している、
その手は まるでとても大事なものを包むように、とても優しい手だった、
さらに一歩を踏み出す、そこに見えた光景は…。
これは俺の新しい過去、そして、これは俺の新しい未來、俺が選択し勝ち取った 未來だ。
ゴール、令和元年中にゴールしました、というよりさせました(まだ手直ししてるし…)
真冬に真夏の話を完結です。
思えば書き始めたのもこのぐらいの時期でした、
半年ほどで書き上げ、それからまた半年ほどかけて手直しをしながら公開、
どれくらいの人の目に触れたのでしょうか?
書き始めた頃は誰かの目に触れる予定はなかったんだよなぁ…と つくづく思う次第。
ありがたいことに 公開して早い段階で、作文みたいで大丈夫かってぐらいの素人作品に
評価をしていただき、真ん中の評価、丸っきり平凡の評価をいただけました。
評価のお陰、文章はなんとなくでも理解してもらえた 読めたんだ という確信を持てました。
たった一人 されど一人の評価、これだけの作品数、素晴らしい作品も多数…、
正直なところ、投稿しても こんな素人作品なんて誰も読まないだろうと思ってました。
ホントに誰かが読んでいるんだ…、その評価を見たときの衝撃、嬉しさは忘れられません。
誰かに読んでもらえるって嬉しい事なんですね、サイトを利用してよかった、
自分から 直接 誰かに読んでもらおうなんて 絶対にしないでしょうから。
作品を作り上げること、人に見てもらえること、貴重な体験ができました、
また、ヒマを見ながら何か書いてみようかな…。
あまりいい出来とは言えないですが、最後まで楽しんでいただけたのなら嬉しいです、
ここまで読んでくださった、そして評価してくださった皆様(なんとブックマークまで!?)
本当にありがとうございました。