6日目・・・ だから、どうすればいいんだ! 動き出す現在。
今年中に全部投稿できるのでしょうか? の作者です。
話はついに 夢=過去 だということに気付き颯太たちは行動開始!
おまけに八代先生の将来も動き出した…!?
6日目の夢はいかに…な感じです。
今さらですが、颯太の頭の包帯は医療用のネットでよかったような…、
コミュニケーションをとりやすくするアイテムと言うことで…。
では 6日目、今回も楽しんでもらえたらうれしいです、よろしくお願いします。
「ハヤトくん あ~そ~ぼ」
「う~ん… なに… あそ…ぶ? えっ? えっ~!」
「あれっ… 颯太さん、おはよう」
「一応 ノックはしたんだけど、お邪魔だったかな お二人さん」
俺は名前を呼ばれて目が覚めて、あわてて体を起こした、
部屋のドアところに なぜか一眞と智仁が立っていた、それよりも驚いたのは…。
「何で? 何で拓哉が隣にいるんだよ」
「よく眠れたみたいですね、よかった~、あれっ、一眞さん智仁さんおはようございます」
拓哉は目をこすりながら体を起こすと、ドア付近にいる二人に気付き挨拶をした、
そう、俺がもっとも驚いたのは突然の登場の二人ではなく 拓哉だった、
目を開けた俺が最初に見たものは、すやすや眠る拓哉の顔だった、
なぜか俺たちは 俺の狭いベッドの上に二人で眠っていたのだ。
「あれっ、覚えてないんですか夕べのこと」
「えっ、夕べのことって…」
「それより、一眞さん、智仁さん早かったんですね」
状況が全く把握出来ていない俺をよそに、拓哉は何事もなかったように二人に挨拶している。
俺、夕べ何をした、あれっ、あの後って思い出せない、
あの後って、いや、ちょっとハズい…かも。
拓哉は意味深な言葉を残して二人と話している、もしかして二人が来るの知っていたのか?
とにかくさっきのことは流しておこう、
よくよく思い出して、なんだが恥ずかしいようなばつの悪さを残して俺は二人に話しかけた。
「そういえばさっきの 『遊ぼ』ってなんだよ ってか 何でこんな朝からいるんだ?」
「あっ、『遊ぼ』 は俺だわ、それより お前、今日はどうするんだ?」
「今日って まさかそのために来たのか? こんなに朝早くから?」
「ああ もちろん、俺たち そのために有休とってきたんたぜ」
「えっ、有給?」
〝遊ぼ〟はどうやら智仁だったらしい、一眞は今も拓哉と何か話している、
さっきのは話をうまく反らせそうだ、でも、二人して有休ってどういうことだ?
「拓哉からなんにも聞いてないのかハヤト、昨日メッセージが来たんだけど」
「えっ、メッセージ?」
智仁に促されて俺はSNSを開いてみた、智仁は拓哉たちの話に参加している。
バティ 〝おーい、ラッシュ、今日は諦めたんか?〟
ナイン 〝仕事終わった、バティ、そっちどうだ?〟
バティ 〝終わった、なぁナイン、飲みに行こうぜ〟
ナイン 〝OK〟
ナイン 〝お前も来るかラッシュ 報告しろ~〟
俺のメッセージのあと、一眞達のメッセージが入っていた、気にしてくれていたんだ。
きなこ 〝この間はありがとうございます、今日から参加します、よろしくお願いします〟
きなこ 〝取り急ぎ、またラッシュさんが病院に搬送されました、また連絡します〟
バティ 〝えっ、マジか?〟
ナイン 〝マジで!? 大丈夫か?〟
きなこ 〝連絡遅くなりました、ラッシュさん状態は落ち着きました、大丈夫です〟
いつの間にか、拓哉が二人に様子を知らせるメッセージをいれていたようだった。
この後は俺が眠ったあとだろうか、かなり夜中だけど、拓哉がメッセージを入れたようだ、
きなこ 〝連絡したあと、ラッシュさんちょっと混乱して病院で騒ぎになりました、
今日は僕は付き添いでラッシュさんの家に泊まりです〟
きなこ 〝ラッシュさん事故のことを僕に伝えて疲れて眠ってしまいました
それが搬送の理由なのかな?〟
きなこ 〝実は僕も至急の相談があって連絡したんですが、もう夜中なので、
明日は自分でなんとかしてみます、また、改めて相談します、おやすみなさい〟
昨日の病院の騒ぎのことが簡単に書いてあった、あと拓哉の相談についても…。
「あっ、メッセージの確認 終わりました? 颯太さん」
「拓哉、いつの間にメッセージ送ったんだ」
「だって、颯太さんあの後 寝ちゃったから…」
「あの後って、お前ら何やってだんだ?」
受け流した話が蒸し返された 智仁がなんだか楽しそうだが、
実際 俺 あの後どうしたんだっけ? 覚えて無いんだけど、その事について拓哉が話はじめた。
「夕べ 颯太さんから直接…聞いて、その… 事故の話を、それで話 終わったらと思ったら、
颯太さんそのまま疲れて眠っちゃって、それでベッドに、その後メッセージを…」
「拓哉、布団は用意してあったと思ったけど、なんで隣に?」
「それは…」
この間からなんだか微妙な反応だったけど、そうなんだろか? そっちに変わったのか拓哉。
「最初は布団を借りたんですけど、トイレに起きた時、
寝ぼけてベッドに入っちゃったようです、病院でもたまに間違えるんですよ」
「なんだ、いきなり隣にいたから、俺びっくりしたよ」
「でも…いいですよ」
「えっ?」
「ぼっ… 俺、颯太さんだったらいつでもOKですよ、夕べの颯太さんすごく可愛かった」
「なっ…」
「おっ、拓哉、お前も言うようになったな」
「やっぱ なんかあったのかハヤト」
あの拓哉が、こんな発言をすると思ってなかったので俺たちは驚いた、
智仁にいたっては、よくやったとばかりに拓哉の頭を撫でている、
大塚先生ごめんなさい、拓哉は俺たちの “悪ノリおふざけ仲間” になってしまったようです…。
ふと大塚先生との病院での話を思い出した、
大塚先生は拓哉にもっと打ち解けて欲しいと願っていたようだけど、
多分こっちの方向じゃないよな、ちょっと申し訳なく思った。
それにしても、さっき ボク から オレ って言い直してたよな、
なんだか、かわいい子犬…じゃなくて ちょっと大型犬のように見えたのは…気のせいだよな。
一眞たちは ツッコミを入れたそうに俺たちの話を聞いている、話すか…昨日のこと。
「あの…な、俺 昨日 拓哉に話したんだ、洗いざらい事故の時のこと」
「そうか…」
一眞は俺に、智仁は近くの拓哉を見て悟ったようにうなずいて返事をした、
それを見て俺は 昨日拓哉に話したことをそのまま簡単に話した、
もう一度もうつむくことはなかった。
「…で、なんだかわからんけど涙が溢れてきて、拓哉に…なだめてもらったっていうか…」
改めて思うと…、俺も もういいおっさん なのに子供みたいに泣いて…ちょっとハズいよな、
俺はちょっと身構えた、どんなことを言われてもいつも通りでいられるようにするために。
「そうか、話せてよかったな」
拓哉のそばにいた智仁は俺の方をまっすぐに見て、つぶやくようぽつりとそうに言った、
一眞は無言で俺のことを見つめて肩辺りをポンポンっと二回軽く叩いた、
非難でも慰めでもない二人らしい反応 ごめん二人とも、もう心配はいらないから…、
そのままちょっとした沈黙が続いたが、それを破ったのは、やっぱ母さんだった。
「二人とも~ 颯太起きてた? 何? みんなで立ち話?」
「あっ、母さんおはよう」
「なんだ、颯太 起きてるじゃない、みんなが来るなら来るって言っておいてよね、
それでみんな朝ごはん食べるわよね? 材料あるかしら…、ちゃんと顔を洗ってから来るのよ」
なんだかんだ言いたいことを言って、昨日の俺たちの飲み残しのカップとかを持って、
母さんはまるで嵐のように去っていった、それからは早かった…。
「じゃ、いただきます」
「やった、おばさんいただきます」
「僕までありがとうおばちゃん、じゃ いただきます」
「おはようございます、すみませんいただきます」
母さんに言われた通りに着替え、身だしなみを整える俺と拓哉、
先にリビングに向かう一眞と智仁、みんなここのルールは理解したらしい、
三者三様ならぬ、四者四様とでも言うべきだろか、
それぞれが母さんにむかって、いただきますの一言を言ってから朝食を食べはじめた。
「そうそう、社会人でも挨拶は大事なんだから、見習いなさい颯太」
「ハイハイ、わかったよ」
「おばさん、おかわりある?」
さすが智仁あっという間におかわりだ、まぁ無理もない、突然で材料が足りなかったのだろう、
かさましなのか、ダイニングテーブルには、お粥を中心にした和食メニューが並んでいた、
それにお茶と、ちゃっかりとスムージーは用意されていた、ホンとドンだけはまってるんだ。
それに反応したのが拓哉である。
「お母様、これ、どうやって作るんですか? すごく美味しい、僕でも作れますか?」
「あら、智仁くんに続いて拓哉くんも、誉めてもらえて嬉しいわ、これはね…」
母さんはキッチンカウンター越しに洗い物をしながら拓哉に作り方を説明している、
フルーツにヨーグルトや豆乳を入れたらしいけど、やっぱ突然で材料が足りなかったんだな、
聞いていると、やっぱ昨日の彼女や嫁との女子トークのようで、母さんすごく楽しそうだ、
そんな和やかな雰囲気を壊すように、母さんがツッコミを入れた。
「それでみんな 今日は休みなの? 何の集まり?」
「あっ」
思わず声をあげる俺、何事もなかったかのようにそのまま食事を続ける三人、
なんだよ、なんにも知らないのって俺だけ? 母さんの問いかけに一眞が答えた。
「実は俺たち、昨日二人で飲んでたんですよ」
「そうそう、そうしたら 各々がハヤトのために有給取ってたって知って」
「そんな話をしてたら、拓哉からなんか相談があるってメッセージが入って」
「なんだか拓哉はハヤトの家だって言うから」
「そうそう、拓哉も困ってるって言うし、ならハヤトとあわせて付き合ってやろうってね、
それでちょっと早いですが二人で会いに来たんですよ」
「最近ハヤトいろいろあったし、気晴らしに連れ出していいですよね、おばちゃん」
「連れ出す、でも颯太は昨日も気絶して…」
一眞と智仁が強引に話を進めようとしている、そういえば、拓哉の相談って…、
んっ、そういえば 僕を助けてって…言ってたような、夕べのの記憶がよみがえる。
「拓哉から聞いてますよ、なんでも病院では大変だったとか、
ならうまく息抜きした方がいいんじゃないですか」
「そうそう、ハヤト1人にしたら暴走ってこともあるし、俺たちなら問題ないでしょ」
「なら、家で…」
「家って今日はいい天気ですよ、外で気晴らしもいいんじゃないですか、なぁ拓哉」
「そうですね、話は颯太さんから聞いてますし、無茶しなければ大丈夫だと…」
「そうなの、拓哉くん」
なんだか渋々だけど母さんは了承したらしい、みんなに俺のことを頼んでいた。
でもこれで時計台に行ける、とにかく対策を練らないと、みんなに相談…って思ったら。
「じゃ、こっちはトモに任せて、俺たちは出掛けよう拓哉」
「はい、よろしくお願いします、一眞さん」
「おばちゃん ごちそうさま」
「お母様、ごちそうさまでした」
「えっ、二人とも もういいの?」
一眞と拓哉はキッチンに食器を運ぶと母さんに挨拶をしてリビングから出ていった。
「二人のことは俺が話してやるから、おばさんおかわりある?」
出かける二人が声をかけたが、キッチンの母さんも二人の行動に不思議そうな顔をしている、
智仁からのおかわりの声に茶碗を受けとると おかわりをいれてから智仁にわたした。
そして自分の分のコーヒーを入れて、ダイニングテーブルの空いたところに座る。
「ごめん、智仁くん 私にも聞かせてくれる?」
「はい 話しますよ おばさん、拓哉からは了解もらってるから」
もらったおかわりを掻き込み、それから智仁は話はじめた。
「さっき細かく聞いたんだけど、昨日のメール、拓哉の相談ごとって 見合い だったんだ」
「みっ 見合いー」
「やっば聞いてないのか… お前 自分が話すだけ話して寝ちゃったんだろ」
母さんは見合いと聞いて目を丸くしている、それが落ち着くのを待って また智仁が話を続ける。
「なんだか病院の部長? の娘と、見合いさせられそうなんだとか、
でも拓哉は乗り気じゃないんだってさ」
「それって 何で、好きな人がいるとか」
母さんはドラマチックな展開を求めているのか ちょっと目を輝かせて食い付いている。
「そんな感じではないようですよ、ただ 病院の上下関係が…ってところが嫌みたいで、
それで、今日がその日で、なんだか娘さんと無理やり顔合わせ? させられるらしい」
「顔合わせ?」
「そうそう、なんかよくある仲人がいて…っていう古風な見合いじゃなくて、
無理矢理 会わせてまとめよう…的な話なんだってさ、親が勝手に盛り上がってる感じ」
「なになに、なんかドラマにありそうな展開じゃない」
俺と母さんの合いの手に智仁は答える、母さんはコーヒーを飲みながら話に食い付いている、
もうこれは、どうあっても最後まで聞かないと動かないだろう。
「親が勝手に…って、その部長? の娘さんは見合いのことを知らないのか?」
「いや、ドラマ的なら、娘の方が勝手に熱を上げて親に頼んだ…とかもありでしょう、
先生イケメンだから」
「さぁ そこまではどうだか…、ただ今日その娘さんと食事させられるとかで、
無理矢理 仕事を休みにされて、病院に呼ばれたんだって、それでこれからいくんだと」
「あぁ、だから今 先に」
「拓哉はホンとはお前に相談するつもりだったんだぞハヤト、カズはお前の替わりだ」
「そうか、後で拓哉には謝らないと」
「まぁ 昨日はお前も大変だったんだろ、カズに任せとけばいいって、それでな…」
母さんはコーヒーを飲み終わりまた楽しそうにキッチンに戻って行った、
そして、俺も智仁も食事を食べ終わった。
「おばさん ごちそうさま、それでね おばさん ハヤトの体調のことを考えて、
午後に拓哉の迎えついでに散歩しようかなぁって話になったんだ、みんな一緒ならいいでしょ」
食べ終わった食器をキッチンカウンターに並べて智仁はこれから俺を連れ出す話をしている、
これでなんとかなりそうだ、後は…、どう説明しよう。
今日 逃したらまずい…、わかってもらえるかわからないけど もう頼るしかないと思っていた、
香織さんのために…。
「おばちゃん あわただしくてごめんね、今度 埋め合わせするから」
「すみません、ごちそうさまでした、また遊びに来ます」
さっきリビングを出た二人が戻ってきた、そして母さんに挨拶をすると目的地にむかった、
玄関まで見送った母さんは、キラキラした目をしてリビングに戻ってきた。
「ねぇねぇ、颯太、どうなると思う?」
「さぁね、あんまり騒がない方がいいよ」
玄関からリビングに戻ってきた母さんはいつも通りというか、
バシバシっと俺の肩辺りを叩きながら拓哉のことを尋ねてきた、テキトーに返事する。
今日は母さんをかまっている余裕はないんだ、早く智仁に相談しなきゃ。
「じゃ、まずは お前の部屋で落ち着こうか、なぁハヤト」
「あぁ、そうしよう」
片付けは母さんに任せていいって言葉に甘えて、俺たちは俺の部屋に行くことにした、
ペットボトルの飲み物とカップを持って部屋にむかった、すでに9時を過ぎているようだ、
とりあえず部屋に戻り 手に持ったものをテーブルにおいて智仁はテーブル付近に座った、
俺は収納箱の中の指輪の小箱を出して、飲み薬、携帯電話、封筒、そして小箱をもって
空いてるところに座った、飲み薬 意外は手元の床において、俺はカップに飲み物を注ぎ、
飲み薬を飲みはじめた。
「ふぅ、お粥じゃもの足りんかと思ったけど なかなか、そういえば包帯つけるか?」
「あぁ、頼んでいいか?」
薬を飲んでいる俺の姿を見て智仁が俺に話かける、ちょっと外れかかっていたからな、
俺が薬を飲み終えたところで、智仁が救急箱を手に持ち ここに座れ とばかりに指差した、
俺はさっき床に置いたものを手ですぐに取れるようにそっとベッドの下にずらし移動した、
俺はベッドを背にして床に座り、智仁は俺を自分の足の間に挟むようにしてベッドの上に座った。
「じゃ外すぞ、ちょっとじっとしてろ」
智仁の手で包帯が解かれていく、俺は言われた通りおとなしくしていた。
「キズ、結構キレイになってきたなぁ」
「そうか 来週 抜糸だって」
「へぇ~、そういえば昨日、病院で大乱闘したんだって、
そんなことしたらナース合コンできなくなるだろ」
「あぁ、あれじゃ 多分 絶望的だろうな、ナースなら拓哉に頼めよ」
「拓哉になぁ、…にしてもあいつも大変だなぁ、そういえばその拓哉とはどこまでいったんだ?」
「どこまでもなにも、なんにもないよ、抱きしめてなぐさめてもらっただけだよ」
「ベッドでか?」
「お前の期待するようなことはないよ、俺がガキみたいに無様に寝落ちしただけだ」
「まぁ、お前がスッキリしたならいいけど…」
拓哉ほどではないけどやっぱ手際がいい、智仁に身をゆだねながら他愛のない会話が続く。
「それで、昨日はどうだったんだ?
チャットではおとなしくって言ってたのに、なんかあるのか?」
「それはな、聞いてくれよトモ」
「わっ、まだ動くなって」
尋ねられたことで思わず振り向こうとしてしまった、ずっと話したかったんだ俺の話を。
「おとなしくしてろって、ちゃんと聞いてやるから、なんならこのまま聞いてやる」
「…うん」
体をもとの位置に戻して、ちょっと歯切れの悪い曖昧な返事をしてしまった、
聞いてもらいたいって焦っていたことに気づいて、またちょっと怖くなった、
こんなにバカげたことを言ってホンとにいいのか? 疑われないか? でも…。
「なんだよハヤト、また考え混んでるのか? 前も言ったろ、笑い飛ばすだけだって」
「トモヒト…」
「ほら、終わり、動いていいぞ」
「待って、待ってくれ…」
包帯を巻き終えて立ち上がろうとする智仁の片足を押さえるようにして俺は止めた、
智仁は何も言わずにベッドに座り直して側の救急箱の片付けをはじめた、
「ハヤト、片付いたから動いて…」
「トモヒト、このままで聞いて」
すべてしまい終わったという言葉を聞いて、話を遮るように俺は口を開いた。
顔を見たくなかった、目を合わせたくなかった、笑い飛ばされると思うと ちょっと怖かった、
智仁は俺の望み通りに体勢を変えることなく話を聞いてくれた。
「あのな、トモヒト、俺… 今日、明日で未来が変えられるかもしれない」
「未来を変えられる? なんだか、大げさだな転職でもするのか?」
トモ じゃなくて トモヒト というときは俺が珍しく茶化さない時である、
それを智仁なりに理解しているようだった、穏やかな感じの口調で返答してくれた。
「トモヒト…その…」
「なんだよ、焦らすなよ、スゲー気になるんだけど」
「俺さぁ… その…、あの時計台で、タイムスリップ してるらしい」
「……へっ?」
智仁はどんな顔をしてるんだろう、見ればよかったかな、いや目を合わせる自信がない。
智仁が変な声を上げたあとから静まりかえってしまった、
我に返ったように先に動いたのは智仁だった、座ったまま俺を振り向かせようとしたのだ。
「なぁ、ハヤト 今 なんて言っ…」
「ダメ~」
「……お前女子か」
俺としては駄々をこねる子供のようだと思うんだが、智仁いわく女子のようらしい、
俺は足を押さえて顔を合わせるのを拒んだ、ちょっとあきれたというか冷めたというか…、
いつもとおふざけとは違う口調のツッコミ方で声をかけられて、ちょっと緊張する。
「このままがいいんだな、わかった、じゃ話せよ」
「トモヒト…」
俺に確認しようとした言葉を一旦飲み込んだのだろうか、その口振りからはわからなかったけど、
智仁はさっき着けた包帯がずれない程度に俺の頭をポンポンっと叩いて撫でた、
まるでそれが合図かのように俺は話し出した、
「あのなトモヒト、その…」
「なんだ、また話まとまってないんか? なら俺よりカズの方がよかったかなぁ、
ん~じゃ、なんで昨日はおとなしくせずに飛び出したんだ?」
「それは、どうしても時計台で、夢の中でやりたいことがあったんだ」
「夢の中でやりたいこと?」
「あぁ、俺は昨日の夢の中で香織さんに〝花火大会の事故〟のことを伝えたかったんだ、けど…」
うまく説明する自信がなかった、だから聞かれたことをとにかく話すしかなかった。
昨日のあの夢の中で俺は、指輪を受け取って、すぐに香織さんの店に行って、
香織さんに伝えようとして怒られて、それでもあきらめずに伝えようとして、そして…。
「夢の中で、言葉が、声が出せなくなったんだ、一番 肝心なところで声が…」
「お前その夢の中で、何のひねりもなく、どストレートに香織さんに言ったんか?」
「ああ、『もうすぐ君は死ぬんだ、今週の花花火大会で事故にあって』って言いたかったのに、
“花火大会で事故” からあとの言葉だけがどうしても、声にならなかったんだ」
「あ~、そういえばなんかカズが言ってたなぁ、
ハヤトが夢の中だけでも “花火大会に行かない選択” をしたがってるって」
「えっ、いつの間にそんなこと話したんだ」
そういえばなんでタイミングよく、しかも朝から二人は現れたんだ? ちょっと気になった、
お互いに同じ方向を向かって話しているから、まるで一人言のような話は続いた、
手持ちぶさたなのか智仁は時々俺の肩をさわったりしている、そして二人のことを教えてくれた。
「SNSで連絡したろ、俺たちさ 昨日飲みながら二人でお前の連絡待ってんだ、
でも連絡ないし なら大丈夫だったんだろって」
「そういえばメッセージ残ってたな」
「それでな有給だ、この間はスゲー楽しかったし、
ならもっとみんなで頻繁に会いたいなって話してた、まぁ、お前のことも気になってたからな」
「でも、あんな夜中まで店で飲んでたのか?」
「いや、途中からは俺の家だ、ついでに一眞に部屋を片付けてもらったわ」
「お前らしいな」
「まぁな、んで昨日は一眞が家に泊まったから一緒にお前や拓哉に会いに来たんだ、
あの感じだと、朝イチじゃないと拓哉の話がきけなそうだったからな、
落ち着いたらお前も拓哉を連れて遊びに来いよ、たくさん食材を持ってさ」
「拓哉のメシ狙いか」
「もち、俺も拓哉のメシ食ってみたい、なぁ、もうこの体勢を変えてもいいか」
なんだかんだ言ってみんなが俺のことを心配してくれたんだな、つくづく思った、
話はちょっとそれたけど、おかげで少し話しやすくなった、
それを見越したように智仁が座り直した、でも一応まだ気を使ってくれているらしい、
俺たち二人はベッドを背にして俺は足を投げ出すように、智仁はあぐらをかいて並んで座った。
「これなら問題ないか? ヒメ」
「その設定 まだ引っ張ってるのか?」
「だってさっき反応は女子だろ、それより何で夢にこだわったんだ? 乱闘に関係するとか?」
「ああ そんな感じだ」
「ん~、そんなに大事なんか? カズも言ってだけど でも 夢 なんだろう?」
相変わらず顔を見ることが出来ない、うまく返事が出来ない、
今日も絶対に時計台に行かないと、でも、俺はどうしたらいい? どうすれば…。
「なぁ、俺が聞き間違ってなければ、“タイムスリップ” とか言ってたよな、あのSFのか?」
やっぱさっき聞こえてたんだ、智仁の言葉にちょっと怯みそうになる、
こんなバカげた話を信じるわけないよな… 智仁は俺のことをどう思うのだろうか? でも…。
「…信じてくれるか? トモヒト」
「なんだかわからんが、面白そうな話か?」
「…とにかく 聞いてくれ、そのあと判断してほしい」
俺はうなだれながら智仁の膝辺りに手をおいて智仁に尋ねた、
俺はさっきベッドの下に用意したものを、智仁に触れている反対の手で取って側のに引き寄せた、
智仁はそれを黙って見ているようだった、
「あのな、見てほしいものがあるんだ…」
俺はうつむいたままつぶやいた、それを手に取ったのにうまく運ぶことが出来ない、
俺の様子を見てなのか智仁が膝に乗せていた方の俺の手に自分の手を重ねた、
そしてまるで合図のようにを軽く握った、それに押されて話はじめた、
俺が家を飛び出した理由を、そう、昨日、あのヒマ潰しの話を。
「あのな 俺 昨日は反省しておとなしくしてるつもりだったんだ、
それでヒマだったから、なんとなく今まで避けてた過去のことを調べようって思ったんだ、
あの頃のことは避けてたから、今なら多分大丈夫だろうって」
だんだん緊張してきた、思わず力が入って自分の手を握りしめる、
智仁はそんな俺を押すように 重ねた手の指をトントンっと動かした。
「俺…さぁ、香織さんとの思い出につながるものをずっと封印してたんだ 箱に入れて、
ずっと開けなかった、見られなかった、箱を開けれたのはこの夢を見たお陰だった、
たぶん、あの夢で…俺 自分の後悔をやり直してたんだって…思って」
「そうか、なら やり直せてよかったじゃないか」
「そうなんだ、俺もそう思ってたんだ、だけど違うんだ」
「違うって 何が?」
「…うまく説明出来ないんだけど、昨日、あの日 封印した箱の中を全部見たんだ、
今までみんなに助けられて、最後に夢の中でやり直して、この箱の中身をしっかりと見れば、
これでもう完全に克服だって思って、だけど… これを見てくれ」
俺は少し顔をあげて、ベッドと下に置いていた指輪の入った小箱を智仁に手渡した、
智仁は俺の手を離して小箱を受けとると、箱を開けて中身を確認した。
「んっ、なに?」
「開けてみてくれ」
「開けて見ればいいんだな、なんだ? 指輪のケースか?」
智仁は俺に言われるままに小箱から指輪ケースを取り出すと空の箱を俺に手渡した、
そして自分の胸の高さ辺りでゆっくりと指輪ケースの蓋を開けた。
「なんだかスゲー高そうな指輪だな、これがどうしたんだ?」
「これ、俺が香織さんのために買った指輪なんだ」
「んっ、じゃ これが例の “告白用の指輪” か?」
「そうなんだ、けど、違うんだ…」
「違うって、何が?」
「……俺が 俺が過去に購入したものと違うんだ」
「えっ? どういうこと?」
俺は手に持った空の箱を床に置いて、智仁の持っている指輪のケースに両手を添えた、
そしてゆっくりと蓋を閉じながら智仁の手ごと軽く握って話を続けた、
「昨日 拓哉から話を聞いたか? 事故後の病院での話、
二人には俺の口から細かく話したことなかったろ」
「事故後の病院の話? 夜中だったし、さっきも拓哉からは詳しくは聞いてないが」
「そうか、なら当時 俺が病院に付き添ったことぐらいしか聞いてないよな」
「あぁ、お前と他の人からちょっと聞いたことぐらいしか知らない、それが?」
話し方の感じだと とても不思議がっているようだ、この話 信じてくれるだろうか、
俺は智仁の手を握った手に力を込めた、そして一気に確信の話をする覚悟を決めた。
「事故のあったあの日、病院で俺 香織さんの父親に怒られたって知ってるだろ、
あの話な、普通に怒られたんじゃないんだ、ホンとは逆鱗に触れてボコられたんだ、
それに、話していない部分があるんだ」
「話していない? どんなことだ」
「これ、香織さんに渡せなかったのに包装もしてないだろ、俺が開封したんだ」
「えっ、指輪ならそのままでも普通じゃね」
「確かにプロポーズならな、でもあくまでプレゼントの予定だったんだ」
「ふ~ん、なら包装するか…」
確かに結婚を前提に付き合ってください… ぐらい当時は盛り上がってたのは事実だが。
「あの日…俺が開けたんだ、病室のベッドに横たわってた香織さんの指にはめようとして俺が、
それで、この指輪 とは 別の指輪 を香織さんの薬指にはめたんだ」
「えっ、“この指輪をはめた” だろ」
「いや、言い間違いじゃないんだ “この指輪とは別の指輪” をはめたんだ」
俺は智仁の手を、持っている指輪ケースごと胸元から座っている足元辺りまで下げさせた、
そして、智仁の顔が俺の顔の方を向くように手を軽く引き寄せ、智仁をまっすぐ見つめた。
「違うんだ、違うんだ俺の記憶と、買った指輪が」
「えっ、ちょっと意味が…」
智仁が唖然としている、いや絶句って感じか? 固まったまま俺を見ている、
やっぱダメだよな、やっぱ信じてはもらえないよな、ホンと、俺って…、
でも俺は話を続けた、だってもう言葉を口にしたのだから。
「俺は…、あの日 俺は、香織さんの病室に勝手に入って、勝手に薬指に指輪をはめて、
香織さんに昼間のことの許しを求めた、その姿を香織さんのお義父さんに見られたんだ、
突然 後ろから声をかけられて、俺 驚いて、握ってた香織さんの手を離してしまって、
その時 指輪は指から抜けて床に落ちたんだ、サイズが大きかったから」
そして俺は 自分の記憶との徹底的な違いを話した。
「でも、この指輪はキレイだろ、俺の記憶では しまってた指輪は壊れてる “はず” なんだ」
「壊れてる はず?」
「俺の記憶では、俺が収納箱に封印した時、指輪は壊れて石が台座から外れていたんだ、
あの日 病室で床に落ちた時、俺の言葉に怒った香織さんのお義父さんに踏まれて壊れたんだ、
そのあと俺、お義父さんの逆鱗に触れてボコボコにされたんだ」
「香織さんのご家族とそんなことがあったのか」
「ああ、んで、ボコられた俺はワケわからなくてなってたらしくて、
気付いたら処置室で治療受けてて、そこに親切な看護師さんが届けてくれたんだ、
〝さっき石が外れたから探しておいた、リングと一緒に入れておく〟そう言って、
俺の変わりに全部カバンに入れてくれた、それを俺はそのまま開けずに封印したんだ」
智仁は押さえていた俺の手を振りほどいて、もう一度指輪ケースを開けて指輪を眺めた、
そして蓋を閉めた、俺はそのしぐさをそのままみつめていた、
顔を俺の方に向けた智仁はまっすぐ顔を見て、ちょっと驚きながら問いかけた。
「勘違いじゃないのか? 指輪 キレイだし」
「こんなにはっきりと覚えてるのにか」
「えっ、じゃ、その…、あっ 誰かがこっそり直したとか…」
「…、これを見てくれ」
智仁は困惑しているように見えた、俺はベッドの下に置いた封筒を手渡した、
その時、智仁の向かい側の顔が見える位置、テーブルを背にする方に少し移動した、
智仁は封筒を受けとると中を確かめはじめた。
「んっ? なんだ、これ、 領収書? うわぁ、あの指輪 結構な金額だな」
「これを、ここを見てくれよ」
向かい会わせのようになったから、俺は少し腰を浮かし上から書類を覗き込み指差した。
「なに、“指輪の文字入れ依頼書“ か ん? “ろ グッドラック!” ? 何これ?」
「これ、俺が書いたんだ」
「なんだってこんなところに落書きを?」
「これ、夢の中で俺が 夢の中の俺宛に 書いたんだ」
「んっ? え~っと…」
「夢の中で、俺が夢の中だけでも未来を変えたくてそれで書いた、夢の中での話だったから…」
途中から智仁の顔が見れなくなった、聞いてほしくて、身を乗り出したはずなのに、
このバカげた話に不安になって、声も小さくなって またうつむいてしまった。
智仁の斜め前で力なく腰をおろした俺は正座を崩した、そうペタんと座った感じになった、
これじゃ女の子座りだ、しかも うなだれて床についた手は股の間のスペースに収まっている、
「ん~…、今の話って…どういう…」
「なぁ…トモヒト、なんでかなぁ… 夢の中のことなのに なんで現実になってるんだ、
俺…ワケわかんなくて、とにかく飛び出したんだ 時計台へ行かなきゃ…って」
言えた、一応最後まで言えた、俺が飛び出した理由 未来を変えたいってことを、だけど…。
あ~俺また超カッコ悪い、きっと笑われる、うなだれる俺の姿はまるで子供のようだった。
智仁はどんな顔してる? 見れない、あぁ俺、真面目に何を言ってるんだろう、ホンと何を、
情けないよな…、こんな話、誰も信じる訳がないじゃないか、ホンとバカだ、俺 バカだ、
だんだん顔が熱くなるのがわかる、多分、再発って疑われた、いや笑われたよな…絶対、
俺は宣告を待つように目を閉じて智仁に笑われるのを待っていた。
「……夢が現実に…ってマジか?」
「ああ、マジだよ」
ちょっと冷めた感じの口振りだっただけに、ちょっと自分が恥ずかしくてキレ気味に返事した。
「お前…、ホンと女子だな」
「はっ、はぁ?」
「昨日 拓哉に抱かれて乙女にでもなったんじゃねぇか?」
「乙女じゃね~し、抱かれてもねぇよ」
予想に反したことを言われて思わず顔を上げると、智仁は俺の目の前で俺を見ていた、
さらに俺の額に自分の額がぶつかるぐらいに近づいて来て、俺の頬に手を添えた。
「なっ…」
「ほらっ、やっぱ女子じゃん、ツンデレ女子~」
俺は顔に触れられたことに驚いて、反射的に逃げてちょっとテーブルにぶつかった。
ヤバいバレる…、バカげたこと言って、恥ずかしくて 泣けてきて 俺 顔がスゲー熱い。
「はっはっ、やっぱ お前面白いわー」
「ハイハイっ、ど~せダメダメですよ」
「ダメダメついでに、俺もギブアップ、ちょっと話に着いていけない、ヘルプ頼もう」
「えっ、ヘルプ?」
「ほら、これこれ」
智仁は自分の携帯電話を取り出すと軽く振りながら俺に見せた、
「話をまとめるったらカズだろ、でもさ、ホンとに未来をコントロールできたらスゲーな」
「えっ、トモ、さっきの話 信じてくれのか?」
「前にも言ったろ笑い飛ばすけどお前は信じるって、そういえば拓哉は大丈夫かなぁ」
まるでこの間のようだ、智仁はショッピングモールに告白した時のように笑っていた、
こんな無茶苦茶な話なのに、俺の言葉を信じてくれるのか 智仁。
「ほらヒメ、まずは落ち着けって…」
「ああ、ありがとう」
智仁は、コップの飲みかけに ペットボトルの残りの飲み物をつぎたして俺に渡してくれた、
それから、なんだか考えながら携帯電話にメッセージを入力しはじめた。
「んー、文章だとなんだかわからん、電話してもらえばいいよな、で、どうする?」
「トモ、今日も時計台に行きたいんだ、付き合ってくれるか?」
「もちろん、その為に頭下げて有給を取ったんだからな」
「トモヒト…」
「だってさぁ、こんな面白いことないだろ、 そう、 わっくわくすんぞー って感じか」
「…やっぱそっちなんだな」
それからはしばらく、昨日の病院での乱闘騒ぎの話をしていた、
俺がこのことに気づいたのが時間ギリギリで、あわてて飛び出してまた緊張搬送されたこと、
とにかくなんとかしたくて病院から逃げ出そうとして乱闘騒ぎになったことを…。
「また父さんたちに迷惑かけたんだ」
「ふ~ん、なら埋め合わせしてやれよ、で、かわいい看護師はたくさんいたのか?」
「やっぱそこか、よくわからん、結構 錯乱してたかならあの時は」
「あ~、やっぱナース合コンはムリな感じか~」
携帯電話に振動音が俺たちの耳に入った、鳴ったのはベッドの下の俺の携帯電話だった、
あわてて俺は携帯電話を手に取った、画面は一眞からの電話を表示している。
「もしもし、カズ、そっちは落ち着いた?」
「ああ、一応大丈夫、で、いったい何があったんだ? トモとの話はうまく出来なかったのか?」
「あっ、待って、スピーカーに切り替える」
俺は智仁にも聞こえるように通話をスピーカーに切り替えた、そして話を続ける。
「カズ~、そっちはどうなってる?」
「ああ、今、拓哉は病院の中に入ってる、適当なところでヘルプが来たら連れ出すことになった」
「なぁ、その相手ってどんな娘だ?」
「さぁな、見てないから、でも どうやって連れ出そうか、考え中」
「テキトーに急用なふりして連れ出せば?」
「ん~、でも嫌われないとだろ、仕事に影響しないように…」
「じゃ、恋人の振りでもすれば、ハヤトと拓哉 仲いいみたいだし」
「トモヒト~」
先に一眞と話していた智仁はとんでもない提案を出した、なんだかこのネタが気に入ったらしい。
「まぁ、拓哉と相談してみるよ、立場もあるからな、それでハヤトの方は?」
「俺の話 ちょっと話す時間あるか?」
「ああ、大丈夫だけど」
時間をかけて話す余裕はなさそうだが、さっき話したから言いたいこと少しはまとまったし、
とりあえず伝えてみよう、智仁のように信じてくれるだろうか…。
「あのな カズ、俺、タイムスリップ しているらしい」
「はぁ~ タイムス……、 今 タイムスリップって言ったのか?」
智仁が信じてくれたからちょっと気持ちも落ち着いたいたし、
これって爆弾発言だろうから、またストレートに、そう気絶の時のようにさらっと伝えてみた、
携帯電話を落としたのか、それとも回りに気を使ったのか、
一眞の声が大声になったと思ったら小声に変わった、そのまま話は続く。
「トモ、トモ聞いてるか?」
「ああ、聞いてるよカズ」
「お前、ハヤトから全部 聞いたんだよな?」
「ああ、聞いた、でも難し過ぎて、ちょっとギブ」
「本題に入る前にひとつ聞いていいか?」
「何を?」
「その話、ハヤトから聞いて、お前はどう思った?」
「じゃ、また後で待ち合わせメールするわ、がんばれよ」
俺は一眞との通話を終えた、それから一眞の指摘したことを智仁と調べることにした。
「いや、さすがカズ、俺 結構 頭の中ぐちゃぐちゃだったけど」
「いや、さっきの俺の説明が悪かったからだ、ごめんトモ」
「カズに言われた通り手分けして調べてみようぜ」
智仁の返事 〝嘘をついてるとは思えない、俺はハヤトを信じる 約束したしな〟って言葉が、
俺の中で響いていた、あんな無茶苦茶な話をしたのに俺を信じてくれるなんて、
その言葉を聞いて一眞もあっさりと信じてくれた、ホンと俺、いい友達をもってよかった。
智仁の言葉をきっかけに、智仁と話した内容より大幅に省略したけど、
俺の過去の記憶と現実が異なっていること、
そして 夢でやったことが現実になっていることを話した。
それを聞いて一眞が指摘したことが、俺が気がついてなかったことを気づかせてくれた。
〝とりあえず… ワケがわからんなら内容を書き出してみろよ、
ハヤトの記憶と夢と現実を比べてみるんだ なんか実験みたいなこともしたんだろ?
それで現在が変わってるのかもしれない〟
「それにしても『そんな面白いことになってるのか』って、二人とも柔軟と言うか」
「だいたい俺ら何年ダチやってると思ってるんだ? 三銃士の黒歴史の仲間だろ」
「あっ、でも、今回ことは拓哉もこの仲間に入るのかな」
「なら、三銃士から四銃士ってことか ん~、でもな~ 確か名前の数字からだろ…、
あっ、拓哉は数字入ってるか、でも “八” だし、設定は変えたいところだな」
俺たち二人は一眞に言われたことをやりはじめた、中二の夏とは違うテーブルに座って、
まるで中二の勉強会に戻ったように、紙にペンを走らせ内容を書き出しはじめた。
もし法則があっているとしたら あと2回、それで香織さんの未来を変えられるかもしれない、
俺の後悔も、もしかしたら消えてなくなるかもしれない。
「でもさぁ、なんでそんなことになったんだろうな」
「さぁ、俺にもわからん」
「拓哉はどうするのかな、意外と部長の娘がかわいくってまとまったりして」
「かもな、まぁ、カズと拓哉でうまくやるだろ」
他愛のない会話をしながら、とりあえず俺は簡単に夢のことを書き出してみた、
智仁はネットで過去の情報を拾ってくれた、信じると言ってくれて いろいろやってるけど、
いざ冷静になると…、今も半信半疑な感じなんだろうなぁ、俺ですら気持ちが揺らいでいる。
あの時は時間がなくて勢いで走ったけど、同時に智仁の言ったような可能性も考えてた、
理由はどうであれ、指輪は誰かが直したかもしれないし、書類も誰かがさわったかもしれない、
いや そもそもが記憶違いかもしれないと。
その時まで俺は全然 気がついてなかった、
こんなに簡単な所にタイムスリップを決定づける証拠があったことに。
「へぇ~、結構、夢の話は はっきり覚えてるじゃないか」
「まあ、最近のことだからね」
「ん~、過去のことなのに最近ってのも、なんだかな…、
でも実際の過去はあまりはっきりしてないんだろ」
「ああ、俺 しばらく過去を避けてたし、どうも記憶がはっきりしないところがあって、
思い出そうとしても手ががりが…、事故のあと携帯電話が水没してデータが飛ん…、んっ?」
「なんだ? どうしたハヤト」
書き出した内容を二人で眺めていたら智仁が俺の過去の記憶について聞いてきた、
俺も思ってた、確かに記憶が少ないと、せめて過去を振り返る手がかりでも残ってたらと、
それでついに見つけた。
「……あった、トモヒト、あったよ」
俺は智仁と話ながら思い出した、俺はあの夢の中で電車に乗ったとき
ヒマつぶしに 携帯電話のデータを “バックアップ設定” していたんだった、
夢の中の出来事だし、今は当たり前のように設定してたから気がつかなかった、
俺は、すぐに自分の携帯電話を調べてみた。
そしてついに見つけたんだ、そこに、残っていたものを、それを智仁にも見せた。
〝データバックアップの設定をしたのは俺だ、
俺は知っている、お前が選んだ指輪はサイズが大きいことを
失敗したくないだろ? 告白を成功させたいなら俺を信じろ〟
「マジか…」
「ああ、間違いや勘違いじゃない やっぱこれ現実なんだ」
「本物だ…、スゲー、スゲーマジか、ヤベっ、俺、なんか興奮してきた」
「なんでそこで俺に抱きつく」
まるで仲間と喜びを分かち合うかのように、智仁は俺に抱きついてきた、
俺は驚いてその体を離した、なんだか智仁 目をキラキラと輝かせてる
あれっ、なんか…、いや、それより。
設定はそのまましばらく有効になっていたらしい、更にデータを復元すると
水没前のデータが一部残っていた、この中にあったんだ、
俺が夢の中で〈夢の中の俺〉にあてて送信したメールの履歴が。
「なぁハヤト、なんでこんなメッセージを残したんだ?」
「俺、言わなかったけ? 夢の中だけでも未来を変えたいって話、
俺、ずっと指輪のサイズをテキトーに選んだの後悔してたんだ、たから夢で選び直したんだ」
「確かにそんなこと言ってたな」
「選び直したのはいいけど、もしかしたら夢の中の俺が元に戻すかもしれないだろ、
あの時の金属音がすごくイヤで、どうしても元の指輪に戻されたくなかったんだ」
「んっ、金属音?」
「ああ、あの時、はめた指輪が香織さんの指から落ちた時、
部屋に響いたんだ指輪が落ちた金属音が、うまく言えないけど、
すごく耳に残って、今でもちょっとキライなんだ あの音…」
後悔? 罪悪感? それともあの光景を思い出すから? 今でもあの金属音が嫌いだった、
しばらく輪っかのイヤリングとか近い音でも反応してたぐらいで、派手な女性は苦手になった。
「なあ、ハヤト、ちょっとさぁ 俺 思うんだけど、
この話だと、これってお前の過去だろ、まったく記憶にないのか?」
「ん~、このメッセージも夢の中のことでしかないよ、俺の過去の記憶じゃない」
「なんで そんなこと になるんだろうな」
「さぁ、俺もギブアップ、カズ達にまとめて聞いてみよう」
二人ともこの状況はワケがわからんかった、まぁ、こんな想定外なことが起こってるんだ、
もはやなんでもアリだろう、とりあえず今ここにいない二人、一眞達に相談することにした、
二人に聞いて答えが出なくてもいいんだ、もし夢があと2回なら、今なにをすべきかが先だろう、
とにかく考えないと、俺たちが調べたことをさらにさっきの紙に書き足しておいた。
「とりあえず…、もう出掛けるか? 連絡が来ないみたいだし」
部屋の時計を見ればもう10時30分を過ぎていた、母さんに捕まる前にそれもいかもな。
「でもこんなに早く出て、どこにいく?」
「とりあえず ランチ いこうぜ、朝がお粥だったから腹へってきた」
「…お前、ホンと太るぞ」
「えっ、大丈夫…だろ? 多分…」
智仁はお腹の辺りを指さすって確認しているようだ、ちょっとは自覚があるのか、
とりあえず、智仁の言う通り外出してランチにでも、なら時計台の近くがいいかなぁ…、
時間が決まっているから便利なところがいいし…、あの時計台のカフェを思い出していた、
そして、それとは別に、俺はもうひとつ行きたいところを思い浮かべていた。
「なぁ、トモ、俺 行ってみたいところがあるんだ…」
「いらっしゃいませ、お二人様ですか こちらにどうぞ」
カランカランというドアベルの音と共に二人で店内に入ると、すぐに女性店員が出て来て、
席に俺たちを案内してくれた、俺たちはそのまま案内された席に座った。
「なぁ、この店でいいのか」
「あぁ、この店で間違いない、ここでいいんだ」
俺たちはあの後すぐに外出準備をして家を出た、カップを片付けて母さんへの声かけも忘れずに、
母さんに外出を止められたけど振り切った、でも一番 母さんを振り切ったのは智仁だろう、
〝昼ごはんどうする?〟という言葉の誘惑、すごく食べたそうだったけど振り切っていた。
「じゃ、なにか腹に貯まりそうなものあるかなぁ…」
智仁はテーブルにあったメニューを取り出した、楽しそうに選んでいる。
今度は落ち着いた男性店員がテーブルに水を持ってきた。
「いらっしゃい、これはまた、ずいぶんと懐かしい顔だね…」
「ご無沙汰しています、マスター」
男性店員はテーブルに手早く水をセットしながら穏やかなトーンで俺に声をかけた、
俺はその言葉に返事をした、楽しそうにメニューを見ていた智仁がその会話に顔を上げた。
「また来てくれて嬉しいよ、…あの頃 以来かな」
「はい、すみません、顔も出さずに」
「元気ならいいよ、また 私のコーヒー飲んでくれるかい」
「はい、今日は暑いのでアイスでお願いします」
「お連れ様はお決まりですか?」
「じゃ、俺も同じで…」
注文を受けると男性店員、この店のマスターはカウンターへ戻っていった、
智仁はメニューを戻すと俺に話しかけてきた。
「ハヤト、この店 よく来てた店なのか?」
「あぁ、トモらは知らなかったっけ、ここ香織さんが勤めていた店なんだ」
店は変わらず営業をしていた、少し内装が変わったようだが、席の配置はそのままだった、
偶然だろうか、俺が香織さんとよくコーヒーを飲んで語り合った思い出の席に案内された。
「ちょうどこの席だよ、香織さんの仕事終わりによく二人でコーヒーを飲んだんだ、
俺、マスターのお陰で少しコーヒーが飲めるようになったんだ」
「コーヒーを飲めるって お前 全然…、いやなんでもない、なんか別に頼んでいいか?」
智仁は近くにいた女性店員を呼び、デザートを追加注文した、それで言葉をごまかしたようだ、
まぁ、そうだろう、俺はあの日以来 コーヒーを口にしていないのだから。
「お待たせしました、アイスコーヒーとミルクとシロップを3つづつね、
お連れ様はひとつづつでよろしいですか?」
「はい、大丈夫です、ありがとございます」
「では、デザートはもう少しお待ちください、ごゆっくり」
「あの、マスター…、少しお時間いただけますか?」
「私に用事かい じゃ デザートを持ってきたときでいいかな?」
俺は小さくうなずいた、それを見てマスターはまたカウンターに戻っていった、
女性店員に声をかけてなにか指示を出したようだった。
「ハヤト、お前、あの店長さんに会いに来たのか?」
「ああ、そんなところだ」
「それにしても、それさぁ、もはやカフェオレじゃないか」
「…いいだろ、別に」
アイスコーヒーにミルクを入れる姿を見て、ホンとに苦手なんだなって顔をしながら、
智仁は俺にツッコミを入れた、それにしても、ランチタイムに差し掛かろうと言う時間だ、
ちょっと申し訳なかったかもな、
でも どうしても聞きたいと思ったんだ、夢の中で、いや 過去の香織さんのことを、
俺の知らない香織さんの行動がわかるかもしれない、
過去が変わっていても、いなくても聞いてみたかった。
「お待たせしました、トリプルべリーのパンケーキです」
マスターが直接デザートを運んできてくれた、俺です とばかりに智仁が手を上げる、
智仁側にデザートを置くとマスターはそのままの体制で話しかけてきた。
「こちらでお揃いですね、では、三浦くん、申し訳ないけど話はこのままでいいかな」
「はい、お手数かけて申し訳ありません」
「あれから君も ずいぶん大人になったね」
「コーヒーは相変わらずですが…」
智仁は俺たちの会話に気を使いながらも幸せそうにパンケーキを頬張っている、
昔の俺とは違う対応だからなのか、俺の社会人としての成長を穏やかな笑みで喜んでくれた。
「それで、用事はどんなことかな」
「…その」
「もしかして、香織ちゃんのことかい」
「はい、覚えていたら教えて欲しいんです、櫻井さんの、香織さんのことを」
店内に気を配りながらも、店長は少し考えてた後に、少し淋しそうな顔をして口を開いた。
「あの頃の話か、そうだね…、あの時の君には驚いたよ」
「すまない、込み合って来たようだ、このぐらいでいいかな」
「はい、お忙しいところありがとうございました」
「そう、じゃ、ごゆっくり…」
頭を下げるとマスターは俺たちのテーブルから離れてカウンターに戻っていった。
「そうか… そんな感じだったんだな、香織さんとお前って」
「まぁなぁ、あの頃は大学の卒業したてだったし…、あっ! トモ」
「えっ、なんだよ急に」
「それ、うまそうだなぁって思ってたんだ、俺にも一口くれよ」
「頼まなかったのはお前だろ、あ~美味いな~」
皿の上のパンケーキをほとんどたいらげていた智仁は、
あと少しになったパンケーキを切り分けフォークに取ると、
自分の口に近づけた、それを見て少し身を乗り出した俺の口にその一口を放り込んだ。
「…美味い」
「なんだ、“あ~ん“ の方がよかったか」
「あれっ」
智仁は俺の口に放り込んでしてやったりというような顔をしていた、
俺は一口をもらって乗り出した体を元に戻して、目からすうっと涙が流れたことに気がついた。
「ごめん、冗談が過ぎたか」
「いや、違うよ、美味かっただけだよ」
「…泣くほどにかよ」
あの頃のように、この席で香織さんと過ごしている そんな感覚にとらわれた、
目の前にいるのは智仁だってわかってるのに、今そこにいるのが香織さんような、
智仁のいるところに香織さんの姿が重なって、そんな錯角にとらわれた。
あの日、俺の前には香織さんが居たんだ、どうして今、俺の目の前には香織さんが居ないんだ。
智仁は何も言わず、何も聞かず、まるで俺が落ち着くのを待ってくれているようだった。
「もう用はすんだか? なら いこうぜ」
「あっ、ちょっと待って、メモ取るから」
俺はカバンから 午前中に書き出した紙をテーブルに出すと、マスターとの話を書き足した、
その姿を見て智仁は携帯電話をチェックし始めた。
「じゃ、行こうか」
店は空席待ちの客が見えはじめた、マスターもカウンターで忙しそうだった、
俺たちは荷物をまとめると、マスターに簡単に挨拶を済ませて、女性店員に会計を頼んだ、
ほどなく会計を済ませてから店を出て駐車場に向かった。
「トモ、メール来てたか?」
「いや、まだ連絡はなかった、乗れよ 次どこに行く? 飯が食いたいよ俺」
とりあえず 荷物を後部座席に置いてから智仁の車に乗り込んだ、
まだ12時台だ かなり時間がある、でも、あまり時計台からは離れたくないな。
行き先は決まってなかったけど、とにかく時計台方面に向かうことにした。
「それで、どうだったんだ、マスターさんとの話は」
「ああ、またはっきりしたよ、マスターが語ったことは夢の中の話が紛れてた」
「ハヤトの過去の記憶と違うってことか」
時計台方面に向かって車を走らせる俺たちは、車内でさっきの店での出来事を話していた、
やっぱ俺の記憶とは違う、はっきり覚えていなくても明らかなキーワードがあった、
マスターは〝君が 最近眠そう、具合が悪そう だと香織ちゃんは心配していた〟と、
そんなことを話してくれた、でも 俺の当時の記憶には 当然そんなことはなかった、
間違いなく俺が夢の中で見た光景そのものなんだろう。
「さっきのマスターの話だと、俺 過去の俺の意識の中に入った って感じなのかなぁ」
「おっ、なんかSFっぽいね~、確かにハヤトは意識を失った間も俺たちの前にいたもんな」
「でも、自由に出来たから、乗っ取った感じかなぁ、過去の俺と入れ替わってないよなトモ」
「ああ、入れ替わってないと思うぜ、第一にだ 過去のお前が入れ替わってたら、
多分 もっと面白いことになってるよ」
「…やっぱ そこ なんだな」
「まあな、でも過去のお前、幸せもんだな」
「えっ、なんで?」
「決まってるだろ、香織さんってやっぱいい人だな、あぁ、年上も なんかいいな」
店でのマスターの話は、もちろんあの事故直前の香織さんの行動が中心で語られたが、
あわせて語られた思い出話には、その言葉の端々に俺の知らない香織さんの姿が、
香織さんの思いがちりばめられていた、
〝仕事が決まったそうです、ご両親もとても喜んでるそうで、本当によかった〟
〝なんだか元気ないけど、職場に上手く馴染めないのかなぁ…〟
〝颯太くんプレゼントくれるって言ってくれて、すごく嬉しかったんです…、
けど、断ってよかったですよね、もっといろいろと大事にしてほしいし〟
〝颯太くんから 花火大会 に誘われたんです、すごい楽しみ…〟
〝なんだかまた元気がない、なんか変だし、仕事が忙しくてイライラしてるのかなぁ…〟
〝マスター、聞いて下さい っていつもね、そうやって三浦くんの話をするんだ、
時には嬉しそうに、時には心配そうに、君の話をする時はとても感情豊だったよ…〟
マスターの口から語られたことだけど、その時の香織さんの顔が思い浮かぶようだった。
店を出る時、忙しいのにマスターは俺に声をかけてくれた、ああ、また二人でこれるといいな。
〝君たちが楽しそうにコーヒーを飲んでるのを見てると、
こっちまで、暖かい気持ちになったもんだ、また、いつでも戻っておいで〟
「なぁハヤト、どうする? もうすぐお前の家の最寄り駅だ」
「どうしよう、車が停められるところ…、公園とかは?」
「公園? ああ、あの公園か?」
とりあえず時計台から程近い公園の駐車場に停まった、俺が最近散歩したばかりのあの公園に。
「まだ13時になってないな、この辺で飯が食えるところ探そう」
「ああ、俺も腹が減ってきたし、とりあえず歩いてみるか?」
ここ数日の天気にしては今日は天候がほとんど崩れない、日差しが眩しいぐらいだ、
とりあえず、公園内に入り広場に向かった。
「なあ、あれあれ、いけんじゃねぇ」
広場に入ってたところで智仁が俺を呼び止めて指差した。
「なぁ ハヤト、ここで飯食おうぜ、たまにはいいよな」
「そうだな、いいかもな」
指差した先には何台かのキッチンカーが停まっていた、
公園で遊ぶ人、仕事のランチタイムらしいサラリーマン風の人や制服姿のOLらしい人、
ベビーカー片手のママ友らしい集団もいる、平日なのに結構賑わっているようだった。
とりあえずひとつひとつのキッチンカーを見て回る、いろんな国籍の料理があるようだ。
「なぁハヤト、こういうのって食ったことある?」
「いや、あんまりないな」
「実は俺も、お互い食品関係に勤務してるのにな」
智仁もあんまりこういうのは利用したことがないらしい、お互い不勉強だなっと笑った、
それから手分けしてキッチンカーに並んで好きなものを買って分けあうことにした。
「トモ、俺 座れるところ確保しておくわ、先に行ってくれ」
「ああ、頼む」
キッチンカーの回りは共同で使えるように簡易テーブルが用意されていたのだか、
賑わっていてゆっくりとはできなそうだった、その代わり公園のベンチは比較的すいていた、
こちらなら静かに食事できそうだ、近くの自動販売機で飲み物を調達してから、
ベンチ側に向かう、上手く木陰に近いベンチを確保できた。
短かめの行列から智仁が抜け出して、辺りを見ている、俺が見つからないようだ、
両手を大きく振って合図した、それに気がついたのか こちらに向かってくる。
「じゃ、テキトーに買ってくるわ」
智仁と入れ替わりに店に向かった、さっき目星をつけた店に向かい短い行列に並んだ、
やっと自分の番だ、店員と少し話をしてからテイクアウトを受け取り智仁の元に向かった。
「トモ、お待たせ、さあ食べよう、いただきます」
三人程が掛けられる木製のベンチに、二人の間にランチをはさむようにして腰かけた。
「トモ、飲み物これでよかったか?」
「ああ、テキトーでいいよ、それより何を買ってきたんだ?」
「お前が飯類を買ってたからおかずになりそうなものにしておいたけど」
日差しがあるところはそこそこ暑い、冷たいお茶と麦茶のペットボトルを買っておいた、
智仁は麦茶を選択した。
「でも、最近のキッチンカーはスゲーな、クレープとかたこ焼きとかじゃないんだもんなぁ」
「トモ 発想がおやじだな、なんか店で聞いたら 花火大会のイベント らしい」
「なら案外ラッキーだったかもな」
平日なのに賑わって訳だ、イベントと言うだけあってこの辺の店にはない料理もあった、
勤めている俺たちでも、ランチには出会わないような料理があるなかで俺たちといえば、
「相変わらず、やっぱ肉なんだな トモは」
「美味そうだろ、まぁ、オムライスを選択しなかったのは 今回は誉めるか」
「俺は続いてもいいけど、お前はイヤかなって、そっちのメニューによせたんだけどダメか」
「イヤ、ナイスだ、まぁ、俺もオムライス嫌いじゃないけどな」
なんか後ろ髪引かれるほどの美味そうなソースのオムライスをやめて、
フィッシュ&チップスにトッピングして、トモはローストチキンのご飯とラザニア、
なんだか肉偏り、どこの国の料理か統一感ゼロな感じだが、まぁ、いいか。
「なぁ、このトッピングのソース旨いな、チーズ系?」
「なんていってたかなぁ、なんか…、プー…なんだっけ」
「プーティンとか言うポテト料理があったような」
「あっ、多分それだ、その料理に近いとか言ってた、さすが飲食関係者」
「お前だってそうだろ」
こんな平日の昼間から男二人で公園ランチ、なんか主婦に混ざってると主夫のような感じだな、
くだらないことを考えながら二人で料理をわけあいながら腹を満たしていく。
「なあ、ハヤト、これからだけど」
ある程度 料理を味わったところで切り出したのは智仁だった。
「この間のようにならないように打ち合わせしていいか?」
「トモ、ホンと巻き込んですまない」
「別に、面白そうだし、それでどうするんだ」
「今日は晴れてるし、俺の意識が戻るまで時計台で座ってればいいんじゃないかな」
「まぁ、それもだけど、どうするんだ?」
「どうする?」
「夢、いや、過去に戻ってどうするんだ」
「どうしよう…」
思わず食べる手がとまった、そうだよな、未来に影響するには過去で “何か” をしないと、
でもどうしたらいいんだ、伝えることは出来なかった、なら、もう一度やれば…。
「ちょっと連絡きたか見てみるか」
智仁は携帯電話を出しチェックをはじめた、俺はお茶を勢いよく飲んでその様子をみまもった。
「メッセージ入ってるわ、お前も見てみろよ」
智仁はSNSのメッセージをチェックしながらまた残っている料理を食べ出した、
時おりスプーンを口に加えながら画面にみいっている、俺も携帯電話を取り出した、
二人で並んで別々に携帯電話を見ている、今どきよく見る光景なんだろうけど
やっば変な感じだな。
「なんだか向こうは心配することなかったみたいだな」
「ああ、拓哉はイヤがってたみたいだけど、案外まとまった方がよかったりしてな」
携帯電話には一眞と拓哉のやり取りが残っていた
ナイン “結構かわいい女の子だな”
ナイン “なんだか普通のデートっぽくていい感じじゃないか”
きなこ “そんなことないです”
ナイン “親関係なく、付き合って見れば?”
きなこ “イヤです 巻き込まれたくない”
ナイン “きなこの考え過ぎじゃないか?”
きなこ “そんなことない、だいいち結婚は僕には早いです”
ナイン “彼女 マジかもよ、俺 必要ないよな?”
きなこ “イジワルしないで助けて下さい…”
タイミングをはかりながらやり取りした思われる、生々しい中継のような会話が残っていた、
拓哉も年頃だし、部長クラスと付き合いが出来れば病院での立ち位置も良くなるだろうに、
かわいい娘ならラッキーだと思うけどな…、彼女なしの俺なら喜んで…って思うかも、
他人事だから言えるのかも知れないけどな、ちょっと羨ましくちょっと気の毒に思えた。
そこには智仁がメッセージが追加された。
バディ “ナイン今なにしてる?”
ナイン “きなこと同じ店でメシしてる”
バディ “なら電話出来るか?”
しばらくすると一眞から智仁の携帯電話に電話が入った、智仁がスピーカーにして電話に出た。
「もしもし、ごめんカズ」
「ああ、電話するって言って出たから大丈夫だ、すぐ戻るけど、どうした?」
「そっちはどのぐらいで終わりそうだ?」
二人が会話しているそばで、俺の携帯電話に拓哉のSOSメッセージが入った、
俺は拓哉の方に俺たちと電話してるという状況をメッセージで入れる、拓哉は安心したようだが、
あちこちでSNSだの通話だの、すごく便利だけどなんだかややこしい状況だな、
俺と拓哉のやり取りの間も二人の会話は続いていた、どうやらこれからを相談していたらしい。
「それでさ、どうすればいいと思う?」
「ん~、難しいなぁ、よくあるパターンだと、禁止事項 そうタブーがあるとか?」
「タブー?」
「ああ、一発退場、レッドカードだ、ルールの中なら行動が取れるんじゃないのか」
「そうだな参考にしてみるよ」
スピーカーから聞こえる一眞の声に思い当たるような、ないような、どうもピンとこない。
「カズ、 拓哉が ”帰った“ ってパニくってたからなだめておいた、
で、いつこっちと合流できる?」
「ん~時間には間に合わないかもな、そっちも面白そうだったのに、まぁ、頑張れよ」
「ああ、またあとでな」
電話を切ったあと、また俺たちは目の前の料理を食べながら話はじめた、
公園の時計もまだ2時近くだ、のんびりと意見をまとめてみた。
一眞の話を聞いて、午前中を調べたことと照らし合わせて、二人の意見が一致したこと、
それは、もちろん、過去の俺の意識に 飛び込む=ダイブ するようにタイムスリッブ だけど、
・日付は現実の時間にあわせて1日づつ進んでいるけど、どの時間にダイブするか不明。
・ダイブしても意識の入れ替わりは起こっていない
・ダイブした時から約一時間で元に戻る→現実は数分程度
・メッセージを残す や 行き先を変更など、自分自身ことなら小さく予定を変えられる
・その反面、相手の予定や約束、過去の大筋の出来事や予定は変えられない
そして…。
「多分、“花火大会の事故“ とか そうはっきりと未来を誰かに伝えるとこはタブーなんだろう」
「俺もそう思う、よくよく考えてみれば 『花火大会に行かない』って言った時も、
事故のことを直接 伝えようとした時も、なんか変だった、まるで邪魔が入ったように」
「そう考えると案外ベタなもんだな」
「まぁ俺たちが 漫画の主人公ように横文字並べてカッコよく説明できるわけないもんな」
「だな、こんな単純なことですら結構 必死だもんな」
二人で空を見上げた、たぶん智仁も同じような考えだろうだろう、
俺たちも まぁまぁいい年だ、そんな漫画やアニメの主人公になれるわけがない。
とにかく なんでこんなことになったのか は後にして、話はかなりまとまった 後は行動だ。
すでに食べ終わっていた空の容器を智仁がキッチンカーの近くのゴミ箱に捨てにいってくれた、
それを待つ間、少し温くなったペットボトルのお茶を飲みながら考えていた。
このあと 法則通りなら、あの夢、いや、過去の俺 にあと2回ダイブ出来るはず、
なら、いったい何ができるか、こんな俺でも思い当たるのことは ひとつ しかなかった。
「お待たせ、それでさハヤト、俺 思ったんだけど」
智仁はベンチで待つ俺に、まるで待っている彼女に合図をするかのように手を振ると、
ゆっくりと戻ってきた、そして戻ってくるなり、気になっていたことを質問してきた。
「お前さぁ、自分が記憶してる過去が違うって言ってたよなああ」
「言ったけど」
「ダイブしたお前の記憶じゃない、ダイブされた過去のお前は、
どういう行動を取ったんだろうな?」
俺たちは顔を見合わせた、それから…。
「そろそろ時間だな、準備はいいか?」
「ああ、迷惑かけてすまない」
「後で報告しろよ」
俺たちは時計台の前にいた。
公園で、智仁が過去の俺について聞いてきて、そのことで顔を見合わせた そのあとすぐに、
一眞から連絡が入った、待ち合わせ場所を決めるためだ、結局、時間には間に合わないから、
あの時計台のカフェで待ち合わせることになった、あったら互いの結果を報告しようという話に、
ただ一眞は、なんだか気になる意味深な言葉を俺たちに残した。
〝トモ、お前の電話のお陰でちょっと面白いことになりそうだ、じゃまた後でな〟
その電話を合図にするように、俺たちは公園を離れて車に乗り込み時計台に向かったのだ、
途中 車の中で、智仁のあの疑問をヒントに、
〈リアルな夢〉改め〈記憶と違う過去〉の対策をしっかり練った。
俺は携帯電話の時間を確認した、ギリギリにしないと、今回も智仁に負担がかかる、
今日は晴れだったから計画は簡単だった、時計台近くに車を停めて、
智仁が俺を背負い、俺が時計台に触れる、そのまま俺を車に乗せて意識回復を待つだ、
時間まであと少し…、ただ、“背負う” がなかなかのものだった。
「お前…、メタボじゃない…か」
「そうかな…、ごめんトモ」
「本気にするなよ、でも早めに頼む」
背負いやすいようにしたとはいえ 大人の男を背負うのはちょっときついだろう、それに、
人通りが少ないとはいえ、男二人でなにやってんだってぐらい異様な感じすらする。
目立つよな、早くしないと…、 時間だ、携帯電話を握りしめ俺は時計台に両手で触れた。
「トモ、ありがとう…、行って…くる…」
背負われている時に感じていた智仁の暖かい背中、その感覚がだんだん無くなっていく、
その感覚に合わせるかのように目の前はまた真っ白くなっていった…。
「行っ…てくる」
「行って来るって、トイレか? お前 今 寝てなかったか?」
「えっ、え~っと、寝てはいないですよ、でも眠気が来たのでトイレで顔洗ってきます」
「あっ、行ってこい、でもこの雷でよく眠くなるなぁ…」
視界が戻り話かけられた俺は椅子に座っていた、
その声の相手も見ず携帯電話を片手に椅子から立ち上がった、
怪しまれない程度に辺りを見回しながら 開きっぱなしになっているドアから廊下に出た。
目が覚めた時に目の前にあったのは、机とパソコンそして携帯電話、ここは…。
「やっぱここ、前に勤めていた会社だ」
廊下を歩きながら、近くに誰もいないことに気を抜いてポツリと声に出して呟いた、
たぶんトイレはこっちだ、短期間しか勤務していなかったからちょっと記憶が曖昧だった。
男子トイレに入るとすぐに個室に向かった、中に入り鍵をかけてから携帯電話をチェックした。
とにかく智仁と打ち合わせしたことをやらないと、ここでそんなに時間はかけられない、
携帯電話の時間は《20××年7月6日 15:53》を示していた。
携帯電話のメール、当時やってたSNSのサイトの日記、内容までゆっくり見れなかったけど、
俺が忘れていたアプリとかも簡単にチェックして、出来るものは片っ端から保存を、
そして気がついたメモリーカードが入ってないことに、ここに保存すれば確実に手元に残るのに、
たとえ携帯電話の会社を変えたりしたとしてもデータとして見られるだろう、
とりあえずサーバーに保存するように設定出来たことを確認して個室を出た。
智仁のあの疑問から二人が思い付いたこと、夢で何をするか俺たちが出した結論、
それは “この夢 いや この過去で〈記憶と違う過去の俺〉がとる行動を把握する事” だった。
どうすればいい? 今は動き出してるんだ そう もうすでに動きはじめている、
現実で俺の過去が変化をはじめているんだ、
香織さんに関わった物や、俺以外の人たちの記憶が変わりはじめているのだ、
なのに、なぜか俺にはその記憶がない、変わらない、回りと違う記憶のままなのだ。
なら〈記憶と違う過去〉の俺の 行動が 思いが 分かれば 次の行動が予測出来るだろう。
個室を出て手洗いを済ませると、ふと 目の前の鏡が目に入った 改めてじっくりと顔をみる。
「なんか 変な気分だな」
そこには22歳の俺の顔があった、今年29歳になる俺が鏡で7年前の俺の顔を見てるのだ、
それは写真やビデオではない、自分の目で、肉眼で見る感覚。
思わず鏡の顔に触れてみる、今度は自分の顔に、もちろん特別な変化がある訳もなく
ただ それぞれ交互に触れただけだけど。
「俺、こんなに子供っぽかったっけ…」
ただ俺の顔を見てるだけなのに なんとも言えない感覚が、多少 髪型とかの違いがあるけど、
ちょっと恥ずかしいような、くすぐったいような、そうだ、アルバムを人に見せたような感じ、
子供っぽい自分が見られたときの照れくさいような感じだ。
「そろそろ戻らないと、えっと ハンカチは…」
スラックスのポケットからハンカチを探して取り出した、ワイシャツの胸ポケットに移し変える、
洗面台の水を使いバシャバシヤと勢いよく顔を洗ってハンカチで顔を拭いた、
それから男子トイレを出て先ほどのオフィスに向かった。
そう、俺の目的は香織さんのために動くことだ、ブレて過去を懐かしんでる場合ではない、
廊下を歩きながら側にある窓を眺めた、凄い天気だ、さっき言ってたな、〝雷の中〟とか、
真っ黒い雲がこのビルを覆わんばかりに近づいている、雷鳴も窓ガラスを揺らさんばかりだ、
もうすぐここに来るのだろうか、そしてまた ゲートをくぐるようにドアからオフィスに戻った。
「遅かったな 三浦、目 覚めたか?」
「はいっ、スッキリしました、また仕事 頑張ります、先輩」
どうやらさっきの声は先輩だったようだ、オフィスに戻るなり俺に話しかけてきた、
先輩に返事をしてからさっきのデスクに戻った、そういえばいつも気を使ってくれてたよな。
椅子に座るなり俺は机の上や引き出しをまるで家捜しするように調べはじめた。
ないかなメモリーカードの予備、携帯電話に入れたいのだが、やっぱ 見つからない、
それに、ここでは携帯電話を必要以上に触れない、買いに行きたい、ならなんとか外出しないと。
俺には 過去を記録する 以外にもうひとつやりたいことがあった、それは、
この過去にいる間に携帯電話に “過去の行動を記録するように” 俺にメッセージを残すこと、
〈記憶と違う過去の俺〉に協力してもらい〈俺の知らない過去〉を現在で知るために。
携帯電話のメールで俺宛にある程度の文章を書いて未来に残すことが出来た、
もちろん伝える内容にもよるだろうけど ギリギリ タブーにならないのだろう、
目の前にパソコンがある これでもメッセージは遅れる、だけど、
このパソコンは俺個人のものではない、誰かが触れるから記録が残らないかもしれない、
なら成功している携帯電話のメールが確実なのだろう、失敗するわけにはいかないのだ。
「しょうがない、行ってくるよ」
「でもこの雨だよ、雷も嫌いなんでしょ」
ちょっと焦りはじめた俺の耳に先輩の女性社員達の声が聞こえた。
「どうしたんですか?」
「いや、それがね…」
「なら俺が行ってきますよ、女性を濡らす訳には行かないんで、いいですよね先輩」
「仕事は大丈夫なのか?」
「はいっ、きっちり頑張ります、それに濡れるぐらいの方が、確実に目が覚めますし」
確かに濡れるけどそんなに遠い場所でもないし、チャンスとばかりに俺は外出をかって出た、
女性社員の話では…。
〝これからみえるお客様用に ミスで必要なものが揃っていないことがわかった、
至急必要だが、その準備が間に合っていない、しかもこの雨だ、
ここで濡れたらあとの応対がさらに厳しくなる〟
そう話していたらしい、他に行ける人がいないし、行こうとしたけど
女性社員は雷が苦手で怖がっていたらしい、女の子だよな、まぁお陰で助かった。
それから俺は頼まれたものとメモリーカードを購入するためオフィスのあるビルの外に出た、
もちろんその隙に、しっかりと〈記憶と違う過去の俺〉宛に祈るようにメッセージも残した。
でもこの時、俺は 気がついてなかったんだ、大きな失敗をしていたことに…。
外出先から会社のビルに戻る頃、雨足はさらに強まっていた、天候はどのぐらいの状況だろう、
一部 道路が川のようになっていた、さほど遠くない距離なのにかなり濡れた、
途中 手が滑り荷物をかばったせいで 背中の方も濡れて、ワイシャツはびしょ濡れだった、
ビルの玄関先で傘を閉じて改めて見ると、雷の凄さに外を歩いてる人はほとんどいないようだ、
傘の水滴を落としてからビルのエントランスへ、そしてエレベーターへと向かった。
「みんなこの天気で オフィスにいるのかなぁ」
入口からエレベーターまで誰ともすれ違わなかった、何人かはすれ違いそうなものだが、
そのお陰でほとんど待たずにエレベーターを呼び乗ることが出来た、
オフィスのあるフロアの階のボタンを押す、扉がしまってまもなくかなり大きな音がした。
「えっ、マジか」
中は俺一人、エレベーターは順調に動いていたのに大きな音とともに照明が切り替わった、
かなり近くに雷が落ちたのだろうか、普通ならそんな音が中まで聞こえるとは思えないが、
行き先ボタンにある、非常時の通話ボタンを押すと、すぐにビル管理担当が出てくれた、
担当者が俺の無事を確認し、これからを説明してくれた、
どうやら俺はただ待ってればいいらしい、一度点検して安全を確認後
非常時のバッテリーで最寄りのフロアーまで動かすとのことだった、
どうやらこのまま閉じ込められるのは免れそうだ、手に持った荷物を濡れないように床に置いた、
時間があいた、すぐに さっき買ったメモリーカードを取り出して携帯電話に入れた、
外部メモリにも記録されるように出来る限りの設定をした。
「さすがに電波は入らないか」
到着の遅れを会社に連絡しようとしたんどけど、電波がほとんど入らないたぶん通話は無理だ、
なんとか先輩にメールを入れようとしてもダメだ、改めて水没前の携帯電話をじっくりと調べる、
そして あることに気がついた、
「あの日から香織さんと連絡を取り合ってないんだな」
あの日、そう電話で 花火大会に行かない と話した あの日から、
全く香織さんからのメールが入っていないようだった、
俺の記憶では、就職してからも数日おきぐらいは香織さんと連絡を取り合っていた、
たまに仕事の悩みとか聞いてもらっていたから、いやそれを理由に話したかったからだ。
特に ここ2週間ほどは花火大会関連の話で盛り上がってたのか頻繁にメールが残っていたのに、
でも、あの日からやり取りがとまっているようだ。
「俺が元に戻ったあとはどうなってたんだろう」
ますます〈記憶と違う過去の俺〉のことが知りたくなった、エレベーター早く復旧しないかな。
ここ 過去 にダイブして40分弱ぐらいだろうか《20××年7月6日 16:21》を表示してる、
「買い物も近かったし 今 出来ることはやった、とはいえ、ここで足止めを食らうとは」
未來に必要だと思うことはやれるだけやった、
後は 未來になにかを残す ではなく 過去を変える ことを少しでもやりたかったのだ、
〈記憶と違う過去の俺〉に少しでも助けになることを、
これから残酷な未來を見るであろう〈記憶と違う過去の俺〉のために。
ちょっと焦りが見えた頃、ビル管理から連絡が入り、
〝近くのフロアーでドアが開くのですぐに降りて下さい、そのあとすぐ使用禁止になります〟
そんなことを言ってから、エレベーターは動きはじめた、
扉があいたフロアから階段を使うことになったが無事オフィスに戻れた。
オフィスの入口に入るとすぐに先ほどの女性社員がずぶ濡れの俺の側にやって来た、
俺を見て、お礼と謝罪 そしてタオルを渡して代わりに荷物を受け取ってそこを離れて行った、
ついでに聞かされた、どうやらこの雨で先方が来れなくなり、約束は後日になったらしい。
それよりも驚くべきはオフィスの騒がしさだった。
「お帰り 三浦、あ~結構 派手にやられたな、風邪引くなよ」
「ありがとうございます、でも大丈夫です、俺 頑丈にできてますから」
「そうか頑丈か なんとかは風邪を…じゃなくてよかったよ、返答に困るからな」
「それよりも 大丈夫か?」
買い物を終えて自分のデスクに戻った俺に先輩が労いの言葉をかけてきた。
濡れた体を拭きながら先輩と話していたら、先輩は気になることを言った、
んっ、大丈夫か? って、どういうこと? エレベーターの件か?
「大丈夫って、さっきエレベーターにちょっと閉じ込められましたけど」
「それも大変だったな、だから遅かったのか、じゃ、この騒ぎは知らないな」
「『騒ぎ』ってなんですか?」
「停電にやられて大騒ぎだ、今、これからどうするかを上が協議している」
先輩はそう言った、どうやら、さっき俺がエレベーターで閉じ込められたのは、
やっぱ落雷が原因で、この辺が大規模停電になったらしい。
ちょっと暗いなとは思ってたけど、雷のせいで明るくなったりするし、
まだ日がくれてないから照明がなくても平気だった、さらにオフィスの中を見回して見ると、
携帯電話で情報を見てるもの、固まって話し合っているもの、デスクで一息つくもの、
それぞれが思う行動をとっていた、そして。
「おい、そっち大丈夫か」
「わからん、ノートを使ってるやつ、おさえてるか?」
「こっちのデータは残せた、でもデスクはヤバいかも、ハードもダメか?」
だから 大丈夫だったか? の過去形じゃなく、大丈夫か? の進行形なんだ、
一部の社員達があわただしくやり取りしている、パソコンで作業していた社員たちだ、
デスクトップかノートかパソコンの種類によって明暗が別れてしまったらしい、
落ち込み具合を見ればどっちを使っていたかが まるで手に取るようだ。
「しまった、やられた」
そして俺も落ち込み組が確定した、智仁と打ち合わせした“やること”に気をとられ過ぎたんだ
俺は停電のことを知っていたのに、データを保存していなかった。
俺の記憶通りならこのあとも復旧はしない、そして交通網も麻痺して大混乱になる、
データを保存してなかったせいで、明日 休日出勤することになるのだ。
「なんで、なんで、俺 やっちまった、ちきしょう!」
「お前もダメだったのか? まぁ 状況は変わらん、ちょっと一息いれてこい」
大声を出した俺の側に先輩がやって来た、
先輩は俺の濡れた頭に頬被りのようにのせていたタオルをつかむと、
子供の頭を拭くようにくしゃくしゃっと頭を拭いて、タオルの上から軽く頭を撫で、
休憩に行くように促した、タオルを頭から外して首にかけ直し 改めて先輩の顔を見た、
今の俺は先輩の年齢に近いんだよな、
さすがの先輩も落ち込み組のような顔をしてた、それでも俺に気を使ってくれる優しい先輩だ。
俺は促されるままに携帯電話を持ちオフィスを出で休憩室に向かった。
拓哉に聞かれて思い浮かんだ展開 思い浮かんだアレって…
出てこなかったんだ 事故当日のことしか。
もう後はない、何か打つ手はないのか? 稲光が激しい廊下の窓の側を歩きながら考えていた、
休憩室についてはみたけど混乱のせいか誰もいなかった、
ごちゃごちゃな頭の中を冷やすように、自動販売機で飲み物をゆっくりと選ぶ。
「たまにはコーヒーもいいかもな」
暖かい? 冷たい? どれにしようか、そこには比較的甘いタイプのコーヒーもあった、
〝もはやカフェオレだろ〟さっき智仁がそんなこと言ってたっけ、
マスターのアイスコーヒーにたっぷりミルクとシロップを入れてツッコまれたこと、
数年前の世界で、数年後のことを思い出している 実際は数時間前のことなんだけど、
なんか変な話だよな。
「…もうこれでお手上げだな、ごめんな俺」
それから俺は わざと 苦いタイプを しかも冷たい、ブラックコーヒーを選んで買った、
苦い…、そして自動販売機の前で一口飲んでから休憩室のテーブルに向かい椅子に座った。
テーブルに飲みかけのコーヒーを置いて、簡単なメッセージを過去の俺にメールで残した、
「もうあまり時間ないよな」
それから携帯電話のケースに挟まっていたメモ用紙と胸ポケットのペンを用意して、
そして祈るように電話をかけた、気になっていたことを確認するために、
俺のせいで〈過去の俺〉に迷惑かけただろうからな、頼む間に合ってくれよ。
「お待たせしました」
「えっ、香織さん、俺です 颯太です、そっち雨は大丈夫?」
「雨? 平気だけど、なに、それが用事」
「いや、マスターと話したくて電話したんだ」
「ふ~ん、ちょっと待ってて」
俺は休憩室でマスターの店に電話した、香織さんが出てちょっとびっくりした、
俺が香織さんの声を聞けるのはもう最後なのかなぁ もっと話していたいのに…、
でも、俺の目的は別だ、すぐに変わってもらった。
「お電話変わりました、三浦くん、なんだい 私に用なのかい?」
「マスター、忙しいのにすみません、香織さんに内緒で教えてほしいんですが…」
マスターとの会話はまだ途中だった、でも、俺が聞きたかったことはなんとかメモに書けた、
さすがに目の前にメモ書きがあれば読むだろう。
なぁ〈記憶と違う過去の俺〉 ここ数日は俺が干渉したからちょっと迷惑かけたな、
でも、ちょっとは感謝してくれないか、もしかしたらお前は、
あの悲しい光景を見なくて済むかも知れないんだ、俺が味わった後悔の日々を、
もう時間なんだな、これって俺の記憶になるのかなぁ…。
休憩室のテーブルのメモがだんだん見えなくなっていく…、
そして目の前は真っ白になった……。