4日目・・・ …ならいいのに。 ー俺たちの過去ー
季節はすっかり秋ですが、浴衣だの、花火大会だの、季節感ゼロでおおくりしております…。
今回は颯太達の思い出話にふれています、
香織さんの 〈リアルな夢〉にもちょっとした変化が!?
後半に差し掛かり話も少しずつ変化していきます、
楽しんでもらえたら嬉しいです。
4日目・・・ …ならいいのに。 ー俺たちの過去ー
「こら、颯太、あんた今日は病院でしょう、早く起きなさい」
母さんの声で目が覚めた、気がつけばもう朝だった、昨日のことはホンと…だよな、
散らかった後が少し残っているし、寝具に使っていたマットとかはもう畳まれているけど、
もうみんないないし…、俺は自分のベッドに寝ていたけど、まさか夢落ちじゃないよな…、
「おはよう母さん、みんなは?」
「あんたが起きるのが遅いのよ、みんなそれぞれ自分の仕事に向かったわよ」
「ふーん」
やっば夢ではないようだ、時間は朝の9時を過ぎていた、
今日は、病院に行って、診断結果を聞いて、会社に連絡して しばらく休みをもらおう。
とりあえず起き上がってベッドからおりて、そのまま下の階に降り、
洗面所で洗顔を済ませ、リビングに向かった。
「母さん、俺の朝食ある?」
「おはよう、遅いよハヤト、俺 もう食べちゃったぜ」
「あれっ? おはよう カズ、仕事は?」
リビングに入ると、ダイニングテーブルで食事を終えた一眞がコーヒーを飲んでいた。
俺は一眞の向かい側の椅子に腰掛けながら声をかけた。
「はい、朝食、さっさと食べて病院に行きなさい」
「あぁ、じゃ いただきます」
今日は和食だ、飲んだ次の日たからかなぁ、でもしっかりスムージーは作ってある、
どんだけ遅いマイブームだよ。
「みんなは朝早くに帰ったぜ、仕事があるからって、俺は昨日の仕事で今日は代休だ」
「そっか、ちょっと残念だな、また集まれたらいいな」
「そうそう、八代くんにさ オンラインゲーム紹介しといたから、ネトゲで会えるかもな」
「いつの間に… 相変わらず オタク の匂いを嗅ぎ付けるのは早いな、
なぁ、カズはこれからどうすんの? 今日は休みなんだろ」
「会社に用があるからちょっと顔を出す予定だよ、まぁ 後はヒマ」
「ふーん」
「なぁ ハヤト、俺も付き合ってやろうか?」
「えっ?」
唐突な申し入れで、いったい何を付き合うんだって聞きそうになった。
もう少しで食べ終わるって時に母さんが声をかけてきた。
「颯太、おかわりは?」
「これから病院だし いいよ」
「それで、何時に出掛けるの?」
「病院の予約は11時、これから準備すれば大丈夫」
「そう、じゃ一緒にいくから、一眞君、時間が大丈夫なら家まで送ろうか?」
一眞は母さんのその申し出にのった、一眞を送ることになった母さんは、
俺に食べ終わったら早く出かけられるように準備をするようにと うながすと、
自分も外出準備のためにリビングを出た。
食べ終えた俺も食器をキッチンに運び、外出準備をするために一眞を残しリビングを出た、
そして洗面所で身だしなみを整えてから着替えに自室に戻った。
「ちょっと散らかってるけど、まぁいいか、準備、準備っと」
テキトーに外出着を選び着替えた、カバンは昨日 智仁と出掛けたときのでいいか、
後は、新品の帽子をおろして、財布に…携帯電話…っと、なんだか着信が入っているらしい、
会社には〝今日は休んで結果が出てから連絡〟と言ったはずだが、
今日の結果が出から詳細連絡でいいよな、特に朝から電話しなくても…、
「あっ、智仁からだ」
携帯電話の着信は智仁からのメールだった、相変わらず会社には必要とされてないのかなぁ、
とりあえずメールの内容を見てみた。
「今日もあの場所にいきたい、絶対に、なんとかしないと」
文面を確認してそう思った、そして最後に身だしなみをチェックして荷物を持って部屋を出た、
携帯電話の画面はメール表示を残したまま、そのまま携帯電話をポケットにしまった。
〝今日もあそこにいくんだろ? 一眞に相談してみろ、報告よろ~〟
「お待たせ」
リビングに入ると母さんはもう戻って来ていた。
それに リビングのソファーに なぜか父さんが座っていた。
「あれっ おはよう父さん、今日、仕事は?」
「代休で今日は休みだ、颯太 父さんが病院に付き添おうか?」
「いいんですよお父さん、今日は休んで下さい」
母さんが父さんの申し出を断った、その話を聞いていた一眞が話に割って入る。
「おばちゃん、話は聞いてるよ、俺は午後はヒマだから車 出すよ、ハヤトの迎えの」
「えっ、でも、せっかくの休みでしょ、颯太のことは気にしないで」
「別にいいですよ、だって八代くんの病院でしょ、行ってみてもいいかなぁって」
「でも…」
「いったん家に帰って車で迎えに行くんで、そういえば ハヤトなんか言ってなかったか?」
「買い物のこと? 昨日 智仁君がと行ったわよね颯太、付き添いは母さんでいいわよね」
「そうだけど、久しぶりぶりだしカズともっと話したいなぁ…」
納得させるには弱い理由だ、もし母さんたちが付き添ったら あそこには。
「今日はおじさんも休みなんですよね、せっかくの休みなのに おじさん休めないよ」
「私は構わんが?」
「おじさん、実は僕も智仁みたいにハヤトにランチおごってもらいたいんです」
「そうなのか、颯太?」
「あぁ、確かに俺に付き合ったら…って話したよ、突然だったから」
まさかこんな話で了解が出るとは…、両親に何か勝算でもあったのだろうか?
まぁ、思惑はわからんが、両親はしぶしぶと話をのんだ、
それからすぐに俺たちは家を出て、会社に行く一眞を駅に送ると、そのまま病院に向かった。
「あんた、今回はみんなに迷惑かけっぱなしね、今度 改めてお礼しないと」
「しっかりおごらされてるよ、ボーナス時期じゃなきゃヤバいぐらい」
「そう、ならいいけど」
「全然よくないよ」
「でも、母さんたちも迷惑かけたから、落ち着いたらお礼もかねてまたみんな呼びなさいよ、
きっとお父さんも喜ぶわ、あんなに楽しかったのは久しぶりだもの」
「あぁ、聞いとくよ」
病院に向かう車のフロントガラスのワイパーはわりと早めに動いている、
今日は梅雨らしい雨模様だ、うまく止んでくれそうにはないなぁ…、
ほどなく病院に着いた、大きい病院だけに玄関前に降車場がある、
ハザードを出して停める順番を待ち、車を止めた母さんはそこで俺を降ろした、
〝終わったら連絡するように〟と言い残して手を振ると車を発進させさっていった。
どうやら予約は外科で取られているようだ、診察券を持って、外来診察の受付をして、
ついでにおとといの会計手続きを確認してから、放射線科に向かった、
〝外科の診察の前に検査が入っています〟受付の人から検査が入っていると案内されたのだ。
放射線科で受付すると、レントゲンではなくCTの検査だったらしい、
月曜日だからかこんな時間でもかなり人が多い。
運よく? ほとんど待ち時間もなく頭部のCTをとってもらえた、
次は外科の受付に行くように案内された。
さすがに病院が大きいだけあって、あちこちのフロアーに移動する、
さらに外科のあるフロアーに向かった、
今日はどのくらい時間かかるかなぁ…間に合うか? 現在の時間は11時30分ぐらい、
更に外科の受付をしてもらって、空いている席を探した、
すごく時間がかかったら時間までにあそこにいけない、どうすればいい…。
すんなりと席がみつかり座ることができた、
携帯電話は通話は不可だがマナーモードで使用OKの場所のようだ、
ロックを外すとさっきのメール画面が浮かび上がる、さらにメッセージも来ているようだ、
そのままチェックに入った、SNSには一眞と智仁の会話とメッセージが残っていた、
バティ “起きたか?”
ナイン “あぁ、今電車の中”
バティ “どうなった? 行けそうか?”
ナイン “一応、迎えに行く話はしたぞ でもマジか?”
バティ “あぁ、マジだ 昨日話したろ”
ナイン “なにが起こってるんだ?”
バティ “さぁ、ラッシュに聞いてみんことには”
バティ “あっ、もう仕事だ、報告よろ~”
ナイン “バティ、後で詳しく教えろよ~!”
ナイン “…と言う訳だラッシュ、病院着いたか?”
ナイン “迎えの時間連絡しろ~”
この内容からすると、昨日 俺のこと二人で話をしたらしい そんな時間があったっけ?
俺は寝てたし、その時か? でも、どんな話をしたんだろう…、
だから あえてメールで〝一眞に相談してみろ〟 と送信したのだろうか?
相談って言ってもいったいどうしたらいいのか、やっぱ悩むよな…、
診察結果を聞くだけだが、待ち時間でゆっくり考える時間が出来そうだ、
一眞に相談する前に、先生の診察に話す内容も整理しておかないと、
母さんたちの酒の肴だけは避けたいところだ、うーん…、頭の中を整理した。
まずは先生の話だよなぁ、何を聞かれるだろう、
現在の体調? その後の状態? 再発の有無? …絶対に気絶のことは聞かれるよな、
何で気絶するのか全くわからないし、特定の時間? に時計台に行った時だけだ、
〝なら そこに行かなければよいのでは?〟って絶対言われるよな、拓哉も見てたし…、
昨日は拓哉に目撃されたけど、協力者がいれば問題ない…はずだ…よな。
……行ったことをごまかすか?
今日も行こうと思ってるし、あの口振りじゃ一眞が協力してくれるのかもしれない、
でも、本当に重病や再発の兆候があるなら治療の妨げになる、それはちょっとな…、
そもそもあの夢って何なんだ? 何であんな夢を? 全然わからない、
こうして周りに迷惑をかけるなら やっぱ行くことを止めようか、
昨日は香織さんに会えなかったし、たまたま夢は同じ日付だったけど、
俺の記憶がベースなんだから、無意識にそう願ってあんな夢をみたのかもしれない、
なら、やっぱあそこに行かなければ一件落着って訳だよな、でも…。
多分 意味があっても無くても、俺があの時間に戻りたいんだ 例え夢でも…。
“1037番の方5番までお越しください”
結局 頭の中が整理出来ず 自分の順番が回って来てしまった、
考えはまとまっていない、でも、やりたいことだけははっきりした、
俺ってやっぱいつもテキトーだな、もうここは出たとこ勝負だ、腹をくくった。
「失礼します」
軽くノックをしてドアをスライド、診察室に入る、そこには一昨日あった大塚先生がいた。
「お待たせしました、こちらにどうぞ」
「はい、お願いします」
一礼して俺は受付表を先生に手渡した、
先生は、荷物はそばのカゴに入れ 椅子に座るように声をかけてくれた それに従った、
拓哉は報告したのか? さぁ、どんな話がくる…、先生が電子電子カルテを見ながら口を開いた。
「三浦さん、その後 お加減はいかがですか? 変わったところは?」
「自分では特に何にも感じませんが」
「そうですか、縫合したところをちょっと拝見しますね」
先生は看護師さんを呼ぶと指示を出した、看護師さんの手によって包帯が解かれていく。
そのまま、先生の話が続く、今日は八代先生はお休みなのか?
「では、質問を続けますね、お帰りになられてから食事や睡眠に変化はありませんか?」
「特に変わりはないかと、お酒も控えめにしました」
「おや、飲まれたんですか? では、どのくらい」
「入院から今日までの間で、 コップ一杯のビールを…」
「そのぐらいなら、でも もう少しがまんした方がいいかなぁ、ではちょっと失礼します」
看護師さんが包帯類を外し終わりその場を離れる、
先生は血圧の機材を出して血圧を測り、そしてその後にキズを直接 見はじめた。
「縫ったところの方は…、大丈夫そうですね、夏場は汗等でキズが不潔になりやすい、
化膿とかしやすいですから、こまめにチェックして清潔にして下さい」
「はい、わかりました」
「それと…、昨日は意識を失うようなことがありましたか?」
きた…、ひととおりキズを見たあとまた電子カルテを覗き込んだ先生は あの質問をしてきた。
どう答えたらいいんだ? ちょっと言葉に詰まってしまった。
「えー、答えにくいとは症状が出たのかな? じゃあ、ちょっと話を変えましょう」
「土曜日、退院をされた日も同じ場所で発見されたと聞いています、
搬送された時のこと 何か覚えてますか?」
「搬送された時?」
そういえば二度目の搬送の時はどうやって搬送されたんだ? 聞いてなかった、
状況は同じ、時計台に触れる、夢をみる、目覚めたら病院だった だけど、
考え込んでいる俺を見て、先生が説明してくれた。
「二度目の搬送時は状況を目撃した人がおらず、
時計台にもたれかかるようにして意識を失っていたところを、
買い物で通りがかった人が発見して通報してくれたそうです、
通報時間はだいたい16時ぐらいでした、何時頃そこに行ったか覚えてますか?」
「それは…、15時15分頃で…」
「すごく具体的な時間ですね、では、そこまでは意識ははっきりしていたんですか?」
「はい」
また先生が電子カルテと書類を交互に覗き混んでいる。
「そのお話だと、2日とも同じぐらいの時間に同じ場所に行かれて症状が出た… 感じかな、
同じ場所、それには理由があるのですか?」
「それは…」
また言葉がでなかった、自分に何が起こっているのか わかっていないのだから、
うまく説明できる、いや、ごまかせる訳もない。
先生は電子カルテから目を離すと、俺の方に向きなおしてあらためて話を続けた。
「そういえば 昨日、八代君がお世話になったようですね」
「えっ?」
「彼も君ぐらいコミュニケーションがとれるといいんだが、おっとこれは話がそれましたね
そんな三浦さんでも声にならないほど深刻な状態ですか?」
先生の言葉に思わず顔を上げてしまったせいで目があってしまった、
それから視線が離せない、いや、はずせなくなった。
「八代君は 『昨日 偶然会ってごちそうになった』 とそのことは話してくれたんですが、
症状については…どうも歯切れが悪くて、しっかりと答えてくれなかったんです」
「そう…ですか…」
やっば拓哉は先生と話ていた、でも昨日の気絶については話していないのか? 何で?
先生はまたパソコンの方に体を向け、電子カルテを覗き込んだ、そのまま話だす。
視線が外れたことで俺は胸を撫で下ろし、視線を合わせないようにちょっとうつむいた。
「まずは頭部の検査の結果ですね、結果としては前回と変わりなし、問題ありません、
ですが、経過観察は続けてください、ゆっくりと症状が進行することもありますので、
そう、激しい頭痛とか、感覚の異常とか、発熱とか、ですね」
「……はい」
「次にキズの方ですが抜糸が必要になりますので、あらためて来週いらしてください、
その時に状態を見て抜糸を致します、化膿しないように薬も追加しておきますので、
引き続き手元にある飲み薬の服用とキズのケアをしてあげて下さい」
「はい」
「それと…」
先生は素直に返事をしていた俺に向かって話を続けながら、
相変わらず電子カルテの方を向きながら、パソコンのキーボードを操作をしている。
「それと、失神のことですが三浦さん、
もし、以前にお話してもらったことで今も何かつらい状態になっているのならば、
私は専門医ではありませんので、改めて診察を受けることをおすすめします、
必要に応じて紹介状をお出ししますが、本日ご用意致しますか?」
「……」
「三浦さん」
病室で話した先生とはまるで違った感じだった、同一人物とは思えないぐらいに、
その仕事ぶりは当たり前のことなんだが、なんとなく先生との距離を感じてしまう、
入力を終えた先生は、まだうつむく俺の方に向かって、椅子を動かし俺に語りかけた。
「三浦さん、失神した場所、そこはつらい記憶のある場所なのではありませんか?
そこに行くから気を失ったり、なにか体によくないことが起こっているのでは?」
「……」
「すぐに意識を回復することもあり “失神ぐらい” って軽く考える人もいます、
しかしそれは、体や心からの病気のサインのかもしれませんし、
二次的な被害が起こるかもしれません、今回のようなケガもそうですね」
そうだ、わかってる、かつて俺は心療内科で注意を受けたことがあった、
〝状態や場所によっては重大な事故やケガにつながることがある〟と知っていた、
だから智仁との買い物の時は免許証を持っていかなかった、…運転の自信がなかったから。
やっば再発なのかなぁ…、嫌でもまた意識してしまう、やっば先生の顔が見られない。
意識をなくしたあの日から、体に症状が出ても受け入れられた、乗り越えたと思った、
だからこそ、夢を見ていた時に大丈夫だと思った、
確かに時計台に行って、動機が激しくなったり、気絶したりしたけど、
ちょっとはあいつらに助けられたけど、それでもあいつらと一緒に笑えたのに、ダメなのか?
医者から見ればダメだったのか? 病院で現実を突きつけられると、確信が揺らいでしまう…。
「楽しそうに笑っていたんですよ、そう、多少 興奮気味だなってぐらいに楽しそうに」
「えっ?」
「本当に八代君にしては珍しい、おっ、やっと顔を上げてくれましたね」
「…先生?」
もちろん先生には俺たちのバカ騒ぎは話していない、どんな席だったかなんて知る訳がない。
「あの八代君があんなになるなんて、昨日の食事の席に三浦さんもいたんですよね、
まさか、あまり飲んでないからって一人だけ引きこもった…なんてことはないでしょう」
「はい、そこにいました」
「八代君と仲良くしてくれたんですよね、いろいろあっても その夜は楽しく過ごされた」
話の意図がみえない、これは単なる雑談なのか? それとも診療中? 何なんだ?
「心療内科に通われていた頃に、そんな過ごし方をされたことはありましたか?」
「…えっ いいえ、ありません」
「では、心療内科への紹介状は次回いらした時まで保留にしていいですか?」
「はっ、はい」
「でも、忘れないで下さい」
〝僕を見てくれた〟昨日、拓哉が言っていたことがちょっと理解出来た、
専門医ではない先生なりの言葉なんだろうか、しっかりと話を聞いて、こんな俺を見てくれた。
先生は最後に言葉をつけ添えて診察を終えた、俺は書類を持ち診察室を出て順番を待った。
〝でも、忘れないで下さい、
私は医者として患者さんに、いえ、大事な後輩の指導役としてその友人に、
症状を甘く考えて大きなケガなどしてほしくないのです、
どうか安易に考えて危険なことはしないで下さい、
そして、なにかあれば遠慮なく医者を頼って下さい、
患者さんの、大事な後輩の友人の力にならせて下さい、
本日は診察はこれで終わりです、後は処置室で看護師に包帯をつけ直させますので
待合でお待ちください、ではお大事に〟
しばらくして俺は名前で処置室に呼ばれた。
包帯を外した看護師さんとは違う人が手早く包帯の着けてもらい、会計に行くように促された、
処置室を出てから一応 外科受付に挨拶をすると、受付担当が次の予約の確認をしてくれた、
俺は会計に向い、会計の受付して受付番号をもらった。
会計を待つ間、言われたように一眞に連絡を入れた、〝今 病院、会計待ち〟と、
すぐに〝病院に向かう〟という返事が帰ってきた、もう用は終わったのか?
それから降車場所にて待ち合わせをすることになった、
ほどなく会計で支払いを、院内で薬の受け取りを済ませることが出来た、
それから降車場所が見える位置を陣どって一眞の車を待った。
先生の忠告に背くけど…、
一眞にこれまでをどう説明して、どうやってあの場所に行くかを考えながら。
どのくらい待ったのだろうか? ここに陣どって15分ぐらいだろうか?
雨が相変わらず降り続いている、今日はやみそうにない、
待ってる途中で、営業風のサラリーマンが、自分のスーツが濡れるのもいとわず、
大きな荷物を濡れないようにかばい 病院に入って来る姿が目に入った、
どこも大変だよなぁ…、
あっ、ヤバい… 違うことばかり考えていて会社に連絡を忘れてたことに気づいた、
あわてて病院の玄関を出ると、降車場所の近くで会社に連絡を入れた、
すぐに電話はつながり上司と直接話が出来た、ちょっとの心配とたくさんの嫌みを言われたが、 “拓哉からもらった診断書” があったおかげで、来週まで有給を使えることになった、
ただし、明日までに診断書の写真をメールする という条件付だった、ホンと信用ないな…。
とにかく電話でペコペコと頭を下げて報告を終了した、俺も立派にサラリーマンのおやじだ。
ちょっと情けなさも感じながら凹んでいると、背後から声がかかった、
いつの間にか一眞の車が降車場所に来ていた、助手席の窓を開けて一眞は俺に手を振っていた、
携帯電話をポケットにしまい、雨に濡れないように急いで車の助手席に乗り込んだ。
「サンキュー カズ、助かるわ」
「別に…、なぁそれより 何をガラスに向かってペコペコしてたんだ?」
「あぁ、あれか、会社に連絡して上司の嫌み食らってた」
「なんだ、誰かいるのかと思った」
そういうと一眞はウインカーを出して車を発進させた、
そのまま病院の敷地を出ると俺の自宅の方に向かって走り出した。
「で、どうだったんだ」
「あぁ、特に異常はないって、このまま経過観察して来週に抜糸」
「そんだけか?」
「えっ、拓哉がくれた診断書使って、めっちゃ嫌みもらって仕事は休みになったけど?」
「じゃあ、このまま家に送るだけでいいのか?」
「それは…」
また俺は言葉につまった、車のフロントガラスのワイパーの音がやたら大きく聞こえる、
〝一眞に相談〟って、智仁 いったい何を話したんだ どうすればいいんだ?
いまさらだが、一眞はホンとに俺に協力してくれるのか? つい また考えてしまう。
「なぁ、ハヤト、腹減らないか?」
「あぁ、ちょっと減ったな」
「じゃあ、ランチに行っても時間は間に合うか?」
「えっ、時間って何?」
「何って、今日も行くんだろ 時計台に、違うのか?」
その言葉をかわきりに一眞は昨日起こったことを簡潔に説明してくれた。
「聞いたんだよ昨日」
「何を?」
「みんな眠ったあと、たまたまトモと同じぐらいにトイレに起きてな、
その時にトモが昨日起こったことを話してくれたんだ、それで今日も行くだろうってさ」
「行くって?」
「俺らあの時はまだ酔ってたせいで、説明されても なんだかよくわからんかったが、
時計台に行くとなんかあるんだろ? で、実際どうなんだ?」
「それが…」
俺が内容をが整理出来ていないせいでちょっと笑われたけど、一応説明した、
時計台に行ってからの香織さんの夢のこと、何度も試して意識を失っていること、
夢と過去がリンクしているような感覚が不思議でたまらないこと、それから…、
「ホンと、ハヤト お前テンパると説明できなくなるな」
「…しょうがないだろ」
「ごくシンプルで、いいんじゃないか?」
「どういうこと?」
「結局 お前が、その夢をみたいのか、みたくないか 結果、何をしたいか? だろ
その夢が不思議でたまらないんだろ? ならとことん調べてみればいいんじゃないか?」
「カズ…」
「なんかその方が面白そうだし」
「えっ、なんだよ、それ…」
ちょっとダチとして嬉しかったのに、面白い とは…、やっばおもちゃ扱いか…。
「トモも同じ意見だったぜ、なんか面白そうだって」
「…そうか」
「面白そうだし、それ調べたら、もう逃げなくていいんだろ?」
「逃げる?」
「俺から言わせんなって…」
「……ごめん」
また車内が静まりかえった…、突然、車の屋根に雨が大きく当たった音がした、
車が何かの下を通って雨粒が落ちたようだ、いや、それとも雨が強くなったのか?
一眞がフロントワイパーをもう一段階早くした、あわただしく水がガラスの上を流れている、
窓の外を見てみれば、視界が悪くなるほどに雨足が強くなっているようだった。
一眞たちにはホンとよくからかわれるけど、なんだかんだ言って、
締めるところは締めて俺を助けてくれる、ホンとこいつらがダチでよかった。
「なぁ、ハヤト、もうすぐお前の家なんだけどランチどうする?」
「どこでもいいよ」
「それ彼女から聞きたい台詞だよな、そういえば何時に行けばいいんだ、その時計台は?」
「だいたい15時15分には時計台の目の前にいたいんだ」
「あ~なんか昨日トモが言ってたなぁ、ちょっと俺 寝ぼけてたわ~、それなら…」
一眞は安全に車を停められそうな場所を探して停車をさせハザードをつけると、
携帯電話を取り出し時計台近くの店を探し始めた、時計は13時30分ぐらいだ十分に間に合う。
「なぉハヤト、あんま遠いと面倒だから、ここどうだ? ランチ食べれそうだ」
「あぁ、いいよって、あれっそこって…」
「いらっしゃいませ、お二人ですか? あらっ?」
店員に案内された席に二人でついた、一眞はメニューを取り出し選び始める。
「俺これでいいかなぁ、ほらハヤト、でも昨日のケーキって ここのだったんだな」
メニューを俺に見せながら一眞が言った、
そう、携帯電話で探し出して車で向かった店は 昨日ケーキを買ったカフェだった、
まぁ、一番近い場所なんだから当然だろう。
「失礼します、今日は違うお友達といらしてくださって嬉しいです、
昨日のケーキはいかがでしたか?」
「えぇ、美味しくて家族も喜んでました」
「それは、良かったです」
女性店員がコップの水を持ってきた、どうやら昨日のことを覚えていたようだ。
「……ご注文は以上でお間違えないですか、ではしばらくお待ちください」
俺たちはその女性店員にそのまま注文を頼み、店員は注文を確認してその場を離れていった。
「雨、やまないな」
「あぁ」
テーブルにはお客が帰った形跡が残っていたが、店内には俺たちしかいなかった、
店員は帰りにテーブルの皿をいくつか持って、厨房に向かっていった。
窓の外は相変わらず雨が振っている、俺はコップの水を飲み一息ついた。
しばらくは昨日の、この店での智仁との話をしていたが、切り出したのは一眞だった。
「で、俺はここで何をすればいいんだ?」
答えは智仁の時と同じだった、“緊急搬送の阻止をしてほしい” のだ、
でもちょっと、先生の言葉が頭をよぎる、これはやっば危険なことなのだろうか?
「トモに頼んだことと同じで、緊急搬送を阻止してほしいんだ」
「ホンとに気絶するのか?」
「あぁ、多分な」
「でも そんなことしてお前大丈夫なのか?」
「お待たせいたしました」
料理が出来たらしい、
先ほどの女性店員がちょっと様子を伺うように離れたところから声をかけてきた。
俺は本日のパスタでボロネーゼ、一眞は本日のランチでロコモコを頼んでいた、
カフェと言うだけあっておしゃれな感じの盛り付けだ、
手早く注文の品がそれぞれの前に並べられていく。
「……以上でおそろいですか? ではごゆっくり」
すべて並べて終わると言葉を付け加えて軽く頭を下げて、伝票を置いてその場を離れていった。
「ホンと彼女と来たいよな、なぁハヤト ナースと合コン出来そうか?」
「それは拓哉に聞いた方がいいだろ」
「そうだな、後で連絡してみるか、八代くんネトゲやる時間あるかなぁ」
ホンと同感だ、こういうところは彼女ときたいもんだ…、昨日に続き男同士のランチが始まった。
昨日も話が出ていたけど 一眞は拓哉をネトゲに引きずり込むつもりらしい、
お互いに皿の上の食べ物が半分くらいになったところで俺は切り出した。
「なぁ、カズ、ちょっと聞いてもいいか?」
「んっ? うまいぜこれ味見するか?」
あぁ、こんな会話は彼女としたい、まぁ 味見はしたがそんなことよりも聞いて見たかった。
「確かになかなかいけるな、でもそれより聞きたいことがあるんだ」
「聞きたいこと?」
俺は話した、智仁に話した内容と多少は重複したかも知れないが、
香織さんの夢、気を失う、再発? いったい自分に何が起こってるのかわからない、
そしてあのリアルな夢の話をもう少しだけ深く話してみた…。
「久しぶりに 時計台に行ったあの日から ずっとここに来ているだろ」
「あぁ、そうらしいな」
「その夢が変だってトモと話をしていたんだ」
「夢なんて どっか変なもんじゃないのか?」
「そうならいいんだが、なんかやたらリアルなんだ、夢というより記憶っていうぐらいに」
「ん~、俺はそんな感じでは夢は見ないが、あり得ないことではないんじゃないか?」
「俺もそんな夢なんて見たことがなかった、だから不思議で調べたんだ」
「調べたって 何を?」
俺は話した、あの頃を思い出さないようにしていたから記憶がはっきりしないが、
大筋では俺が実際の過ごした過去と同じであり、夢の中も1日づつ時が流れていること、
周りの景色もやたらリアルで、その夢は ある程度自由に動けること、
そして、その夢の中ではおよそ一時間を過ごしている、それを確かめたことを…。
一眞は食べながら俺の話を聞いていた、ちょっと考え込んでいたようだ、
そして食事を全部食べ終わり飲み物に口をつけると、一息ついて話はじめた。
「うーん、やっば法要が引き金で香織さんのことを思いだしただけじゃないのか」
「確かにそうだけど、俺も最初は香織さんに夢でも会えればってぐらいに思ってた、だけど…」
「だけど?」
「昨日の夢は香織さんは出てこなかった、指輪の夢だったんだ」
「指輪の夢?」
「ああ、覚えてるか? 俺、香織さんに指輪を買ったこと」
「あ~、なんかそんなことがあったなぁ」
「昨日はその日の夢で時間も違った、それに夢だから実際に買ったのと違うのを選んでみた」
「それじゃ、夢を好きなようにできるのか え~っと 明晰夢 ってやつだっけ?」
「さぁ、わからん、医者には、フラッシュバックとか 再発とか言われて… それで」
「不安になった訳か」
「まぁ、そんな感じ、でも、俺あの頃より落ち着いてると思うし、で、トモに聞いたんだ」
「何を?」
「俺、何か変か? って、そしたらいつも変だろ? だって」
「まぁ、あいつらしいな」
智仁を思い出して笑ったようだ、一眞はこんな俺の話を聞いてくれた、
そしてやっば痛いところをついてきた。
「なぁ、ハヤト、夢は 過去 と 今 をリンクしてる感じって言ってたよな」
「あぁ、夢の中の時間は若干違うけど、日付は現実と同じで毎日進んでる」
「その法則なら、いいのか 続けても」
「……やっばカズもそう思うか」
「あぁ、だってハヤト その光景は夢でも見たくはないだろう、俺だったら嫌だ」
「だよな…」
一眞の言う通りなのだ、夢の時が順調に流れれば行先はあの事故の日ってことになる、
今のところは都合よく楽しい夢だけをかもしれないんだ、
自分の好きなとこ選んで見る訳にはいかないようだから、
このまま実験を続ければ、その日にあたる可能性が高い。
「なぁ、カズ、ここまでリアルな夢じゃなくてもいいけど、
これからも香織さんの夢は見れると思うか?」
「さぁ、なんとも、きっかけと言えばだけど、ずっと となればどうだか…」
「…なら、やっばギリギリまで見ていたい、今までが全く…だったから
ホンとリアルなんだ、過去じゃなくて まるで昨日の いや現実のことのように」
「……まぁ、やりたいようにやればいいんじゃないか、後悔しないように」
ひととおり伝えたいことを話てから、俺もすべての食事を食べ終えセットの飲み物に口をつける。
「それで話の続きだ、トモからちょっとは聞いたけど、具体的に俺は何をするんだ?」
「それは簡単だよ、多分、俺、時計台で気絶するから、緊急搬送を阻止してくれ」
「……お前さらっと爆弾発言するな」
「あっ、それトモにも言われたわ」
一眞は智仁と違い 冷めた感じの突っ込みを俺に入れた、さすが冷静な一眞 動じない、
騒がしい俺たちの行動には慣れてるって感じだ。
「それで、トモはどうしたんだ?」
「トモは俺に付き合ってくれたけど 気絶するって信じてなかったから大変だったそうだ」
「そうか…、なんか汚れて風呂借りたとか言ってたなぁ」
「今日 検査してもらったし、体調は大丈夫だ、だから付き合ってくれ」
「これから気絶するって言うのに大丈夫って、お前 なんかめちゃくちゃだな…」
そうこうしていると先ほどの店員が皿を下げに来て、代わりに新しい水を置いていった。
ふと話に夢中になっていた自分に気づく、
店内の時計たちは後20分程で3時になることを指していた。
「カズ、俺なぁ、俺なりにだけど実験してみたんだ、どうやったら夢を見るのかって、
どうやら、同じ時間に時計台に両手と頭で触ると、気絶して夢を見れるってことらしいんだ」
「ん~、なんだかアニメやゲームで有りがちな展開だな、もうその時間か?」
「あぁ、あの時計台の止まった時間と同じだ」
「なんかちょっと意味ありげな感じだよな、でも多分、偶然なんだろう」
「確かにそうだけど…」
「まあ 他を試す価値もあるが、でも、失敗はしたくないんだろ?」
「あぁ、失敗したくない」
二人ともセットのドリンクを飲み終えて、店を出ることにした、
会計を済まして、店員とあいさつを交わすと、店を出て車に向かいそのまま乗り込んだ。
朝から降り続く雨は全く止む気配がない、車に乗り込むだけで少し濡れてしまうほどに、
これじゃ傘がなければびしょ濡れだろう。
「なぁ、本気でやるのか?」
「もちろん、やりたい」
「この雨の中で…?」
「…やっば、嫌だよな」
さすがに無理強いは出来ない、頼んでいるのはこっちだ、だったら俺だけでもかまわない、
そう思って声をかけようとしたとき、一眞が先に口を開いた。
「トモの時は晴れてたのか?」
「えっ、ギリギリ雨は降ってなかったけど、でも 結構 泥だらけだった」
「そうか、泥だらけか…、あぁ、俺、損くじ引いたか…」
「えっ?」
「トモじゃないけどおごれよ」
「カズマ…」
「八代くんみたいにうるうるするなって! で、どうする? ちょっとは対策しないと」
とりあえず、智仁の時を参考にして状況を伝えた、智仁は確かこんなことを言っていた。
〝倒れた人間は重い、ささえるだけで精一杯、移動は大変。
座るよりも横にした方がいいかなと思って車に寝かせてようして準備にもたついた〟
「気絶した時、拓哉が声を聞いて駆けつけてくれて助かったって言ってた」
「…マジか」
「ケガさえしなければいいんだ、なんなら俺が目覚める迄 時計台の側に放置でもいいぜ」
「やっば お前めちゃくちゃだな…」
まさに頭をかかえるとはこういうことなのだろう、一眞は困っているような、
あきれたような複雑な表情をみせた、そして、しばらくして口を開いた。
「まだ時間あるよな、手伝え」
「ああ、何をするんだ?」
降りしきる雨の中 二人でバタバタと対策をした、とりあえず、荷台の荷物はまとめて寄せて、
そして言われた通り、車のシートは助手席側をフラットにして。
「おっ! これ使えそうだ」
傘以外のレイングッズを探していた 一眞が荷物から何かを見つけたようだ、
トランクのスペースには仕事に使う道具が少し積んであった、
どうやら昨日のイベントの残りらしい。
一眞は 簡易レインウェア 台車 段ボール シーツぐらいの布 を用意した、
一眞には 何かのプランがあるのだろうが、ちょっと創造出来ない。
「とりあえずこれでなんとかなるだろう、じゃ 車を動かすぞ」
携帯電話で時間を確認して、とりあえず一眞に言われたままに俺は動いた、
俺は時計台のそばに歩いて向かい、一眞の運転する車を誘導した、
一眞は邪魔にならないところに車を止めハザードをつけると、
車を降りて俺のそばに近寄って来た、そしてこれからどうするかを話し出す。
「まだ時間は大丈夫か?」
「あぁ、あと15分ほどだ」
「今日はこの雨だ、今から誰かの手は借りたくても、もう間に合わない」
「あぁ、そうだな」
「だからなんか、条件? みたいのあったよな 今日はちょっとだけ調整してくれ」
「えっ?」
「俺一人で出来る限界がある、絶対に安全第一だ、じゃないと協力はできん」
「……わかった」
もっともだった、俺のせいで一眞に何らかの責任を負わせる訳にはいかない、
もし失敗しても文句は言えない、ここまで手伝ってもらえただけでも感謝ものだ、
一眞の話は続いた。
「要はあれだ」
「あれって?」
「中にはいっていない 着ぐるみを運ぶ要領だ」
「俺は着ぐるみと同じか」
突っ込みどころがあるが流してそのまま話を続けた、単純だが一眞のプランはこうだった…。
台車に座るなどして時間に時計台に触れる
↓
多分? 気絶する
↓
そばで待機してた一眞が俺を台車で移動させる
↓
車のシートの上に段ボールを置いてそこに乗せて意識回復を待つ、または病院へ
「これは確実に濡れる、レインウェアはひとつだ、だからどっちかが あの布 な」
「カズが着てくれよ俺はいい」
「いや、ここはじゃんけんだろ」
「カズ、お前に風邪を引かせる訳にはいかない、それに、俺はしばらく休みだから」
一眞はうなずくとレインウェアを羽織った、
もうすぐ時間だ、一眞のプラン通りに移動をはじめた、
一眞は車を準備して、俺は傘を差し片手で台車を押しながら時計台に近づいた、
あとを追うように一眞が時計台にやってくる。
いくら傘を差していても台車は濡れてしまった、座ったら服はびしょ濡れだろう、
俺は携帯電話を片手に握りしめ時間を確認する、もう少しだ、傘をたたんで一眞に渡した、
一眞が自分の傘を俺に差してくれた、でも肩の辺りが濡れてくる、
なるべく落ちないように、同じ高さに近づけるように、しりもちをついても痛くない程度に、
いろいろ考えてる余裕はない、俺は台車にブレーキをかけた、そして片ヒザをつき、
半分台車をまたぐようにして台車の上に乗った、ジーンズまで濡れてくる。
「冷た…、じゃやるよ」
「今日は準備不足だ、失敗しても恨むな…」
「あぁ…、あり…が…とう……」
一眞の言葉を待たずに俺は時計台に触れることになった、
一眞に俺の声が届いたのか分からないけど、また…目の前が真っ白になった……。
「ありがとう…」
「えっ、ありがとうって言うのは私だよ」
一眞に言葉を言い終えたぐらいなのか、俺の耳に声が響いた、
戻った俺の視界に見えたものは、自分の部屋だった、
ベッドを背もたれにして床に足を伸ばして座っていた、どうやら電話をしていたらしい、
よく携帯電話を落とさなかったものだ。
「ねぇ、聞いてる? 大丈夫? 颯太くん」
その声に更に驚き、手に持った携帯電話を本当に落としてしまった、あわてて携帯電話を拾う、
電話はまだ切れていないようだ、画面には香織さんの名前が表示されていた。
「ごめん、ごめん、携帯電話落としちゃって、で 何だっけ?」
「何って、この間の浴衣の話、選んでくれてありがとうって」
「あっ、そうだった、ごめん」
「自分から電話でって言ったのに、ねぇ、ホンと大丈夫?」
懐かしいこの声、香織さんの声がとても心地よかった、でも今日も本人は目の前に現れないんだ、
残念な気持ちの反面、過去の自分の部屋がとても懐かしい なんだか不思議な感覚だった、
「仕事が忙しいの? すごく疲れてるとか?」
「そんなことないよ」
香織さんはまた俺の心配を始めた、相変わらず、お姉さんで先生だ、懐かしい。
電話をしながら部屋の時計を見る《20××年7月4日 午後8時37分》を表示していた。
やっば次の日だ 時間こそ違うけどやっば〈リアルな夢〉は時が流れている。
〈実際の過去〉の7月4日はどうだったんだろう、
あぁ、何か日記とかメモとかあればいいのに…、そんな思いが沸き上がった。
まだ電話の向こうでは 香織さんが俺を心配する話をしている、
今の俺は〈28歳の俺〉だ だから特に異常がある訳ではない、説明も出来ないが…。
話半分な相づちをうちながら、俺は自分の部屋なのに物珍しく辺りを見回していた。
そういえば〈昨日の夢の中の俺〉はどうしたんだろう…、
ふと昨日の〈リアルな夢〉の続きが気になった、
誰かと話しとかではないし、俺のことなのだから調べられるはずだ、
もし何かが見つかれば 夢が続いてる証明になるかもしれない、俺は立ち上がった。
ゆっくり香織さんと話したい、でも調べたい、
しゃべっている内容とは裏腹に携帯電話を片手に俺は部屋を調べ始めた。
仕事で使っているカバンの中から封筒が出てきた あの指輪を購入した店のものだ、
中から 指輪の領収書 が出てきた、でも指輪はない、更に詳しく中身を見る、
調べると封筒にはもう1枚 紙が入っていた、文字入れ注文 の控えだった、
《お渡し / 7月5日》とかかれている、領収書の金額だけではどれなのかわからないけど
多分、昨日 俺が追加して選びなおした高い方の指輪を購入したことになっているらしい、
どうやらこの夢で〈夢の中の俺〉は〈実際の過去〉とは違う選択をしたようだ。
よく見ると複写の伝票の端のほうに昨日の俺の落書きメッセージが残っていた、
なんて夢だ、やっば〈明晰夢〉じゃないのか? 確実に夢はつながってると確信した。
そして思った、俺の行動はこの〈リアルな夢の続き〉に爪痕ぐらいは残せるかもしれない…と。
ならどうする? …バカだな俺、何を言っても、何をやってもこれは夢だ、ただの夢なのに。
「ねぇ、どうしたの? ねぇ、大丈夫!!」
「…あっ…!?」
証拠探しに夢中になってつい黙り混んでしまったらしい、ホンと何やってんだ俺…。
「ごめん、話の途中なのに急に仕事のことが気になって、カバンの中を見てた」
「なら電話切ろうか? 明日もあるし」
「あぁ、大丈夫、たいしたことなかった、後で直しとくから」
「本当に? 今じゃなくて平気?」
「あぁ、ごめん心配かけて」
時間にして10分ぐらいしかたってはいない、
そうだ、そうだよ、もう話に集中しよう、今を楽しもう、まだ十分な時間があるはずだ、
電話で話ながら俺はデスクの椅子に腰かけた。
確かに〈夢の中の俺〉には影響があるようだけど、それだけだ、そう それだけだ…、でも、
なんかちょっと腑に落ちない、
軽くのけ反るように椅子の背もたれににおもいっきり寄りかかり天を仰ぐ、
椅子はキャスター付きで座ったまま振り返れるタイプだった、
寄りかかった拍子に少し椅子が動いた、座り直した時の俺の視界に本棚が入った。
本棚に箱がない… 〈28歳の俺〉が現実に指輪を入れて封印していた白い収納箱、
思い出が多すぎてしばらくさわらなかったあの箱だ、
ないのは当たり前なのだが、現在の記憶が頭をよぎる。
「ねぇ、落ち着いたら本題に入ろうよ」
「本題?」
「もう疲れちゃった? 日を改めようか?」
「別に疲れてないよ」
「そう、じゃどうする? 花火大会 」
花火大会、このまま夢が進めば…、嫌な記憶がよぎり始める、
明日もまた夢を見るなら、〈夢の中の俺〉に何かが起こるなら、なんか出来ないか?
そうだ! 俺はカバンからポストイットを探しだし メッセージを残すことにした、
話ながらだからうまく書けたかわからないけど、もし成功すればこのメッセージは、
多分 明日も〈リアルな夢〉を見る〈28歳の俺〉に役立つだろう。
そして俺は 思いきった行動をしてみることにした。
「あの浴衣 楽しみにしてるんだ、颯太くんは着るの?」
「いや、着ないよ」
「そうか 残念、それで待ち合わせだけど、いつもの時計台で15時でいい?」
「たまには別のところにしない」
「えっ どうして? 時間わかりやすいし、あそこなら遅刻防止になるし」
花火大会、時計台、遅刻、この言葉だけでちょっと怯みそうになる…。
「俺、絶対に遅刻しないから、やめよう時計台は」
「ホンとに… 信用出来ないなぁ、またテキトーに言い訳して誤魔化すんでしょ」
「そんなことしないよ」
「そうかなぁ…」
俺は食い下がった、そう花火大会に 時計台に行きさえしなければ、辛い思いはしないのだ、
ここで止められれば この夢だけは未来があるかもしれない。
「大丈夫だよ、だから別のところにしよう」
「なんでそんなに嫌がるの? 別にいいじゃない いつも通り時計台で」
こうなったら香織さんは引いてくれないかもしれない、ならば。
「じゃ、せっかくの浴衣だし、次にしよう」
「えっ、なんで、楽しみにしてたんじゃないの?」
「でも、ほら、次に大きな花火大会があるじゃん、俺もそれまでに浴衣 買うよ」
「でも、せっかく休み合わせたのに」
「休みなんてまた合わせられる、だから」
「なら両方に行けばいいじゃない」
「それはちょっと…」
明らかに香織さんの声は不機嫌になった、ずっと楽しみしてたんだから当たり前だ、
俺にとって大切な花火大会なのだから、行きたいに決まってる、
でも、この未来を本人に伝えられる訳がない…、
なんとかしたい、なのに説得出来るような材料がない、どうすれば… どうすればいい…。
「行きたくないんだ…」
「えっ?」
「行きたくないんだ 花火大会」
嫌われるかもしれない、でも〈28歳の俺〉は 後先 考えずつきすすんだ、
せめてこの〈リアルな夢〉だけでも未来を変えるために。
「…なんで、なんかあった?」
「ないよ、何もない、でも あの花火大会はやめよう」
「私と行くのは嫌?」
「違う、違うよ、でも とにかく香織さんもあの花火大会にいったらダメだか…」
「もう…いいよ…もう知らない…」
「もしもし? もしもし香織さん?」
言い終わる前に香織さんの言葉が俺の言葉を遮った、完全に怒らせてしまった、でも、
あれっ、電話が切れたのか? えっ? 違う、電話じゃない…、画面は通話のままだ、
俺? 何で意識が…、まだ…15分ぐらい…しかたってないのに……、
どうして…、待って…、待って…くれ…、まだ…へんじ…が……、
俺の望みは叶わす、俺の視界は完全に真っ白になった……。
「……返事が…、あれっ?」
また同じだ、車の中で助手席側に寝かされて目覚めた、まだ 頭がボーッとしている。
「おっ、目が覚めたかハヤト」
「あぁ」
運転席で携帯電話をいじっていた一眞が目覚めた俺に気がついて声をかけた、
そう前回と違うのは、そばにいたのが一眞で、車が一眞のであったこと、そして…。
「……なぁ、カズ、なんで俺 スマキ?」
「なかなかいい感じだろ、それよりなんともないか?」
そう俺はさっきの布を布団のように掛けるというより、体を包むようにして寝かされいた、
そんな俺を一眞は運転席側から覗きこむよう見て答えた、
なんだか意地悪な含み笑顔のように見えるが、スマキはわざとか?
「体がきついようなら まだそのままでいいぞ」
「大丈夫そうだ…、起きれるよ、あれっ? なんで俺 はだか?」
「そんなの…、決まってるだろ……」
一眞が俺を見つめる、そしてふと伏せるように目をそらす…。
「俺が脱がしたんだ」
「……へっ?」
ちょっと変な感じだった、返事もだけど、えっ? どういうこと?
「あれだけ服が濡れたんだ、いくら夏が近くてもそのままなら体温を奪う、体温維持だ」
気がつけば半袖の季節なのに緩く暖房が入っていた、暑かったろうに。
「ごめんカズ、暑かったろ?」
「別に、ほら、大丈夫そうなら飲んどけ」
いつの間に用意したのか、俺にスポーツドリンクのペットボトルを差し出した、
俺はそれを受け取って蓋をあける、かなり喉をが乾いていたのか 勢いよく喉を潤した、
それに、確かに指先が冷えていた、飲みながらそのことに気がついた。
「ハヤト、もう大丈夫そうか? ホンと病院じゃなくていいんだな?」
「あぁ、なんともないようだけど」
「なら…、このままって自宅って訳にはいかないな、とりあえず 俺ん家に来るか?」
その言葉をきっかけに俺たちは動き始めた、シートを元に戻して、なんだか前回と似てるな、
でも俺は白い布の下は、パンイチだ…、このまま歩いたなら捕まりかねない。
一眞が独り暮らししているのは 隣の駅の方が近いところにあるらしい、
この時計台のある位置から見れば病院とは全く逆の方向だ、
一眞の車で、病院からも俺の家からもさらに離れたところに向かった。
怒ってないとは思うけど…、助手席から見る一眞の横顔は真剣なように見えた、
車の時計は16時を回っている、雨は相変わらず降っている、
静まり返った車内では、雨音でもエンジン音でもなく、ワイパーの音がやたら俺の耳に入った、
ドキドキする俺の鼓動のように、規則正しく刻むワイパーの音が、なぜか俺を緊張させた。
どのぐらい走っただろう、そういえば一眞の家は初めて行くなぁ…、更に緊張する。
「なぁ、そんなに俺を見つめて、なんか期待してんのか? 続きとか」
「続きって」
「なんなら俺が直接 暖めてやろうか」
信号で車が止まったタイミングで一眞が俺のほうに顔を向けてそう言った、
そして一眞が俺の頬に触れてくる。
「……えっ」
「なに固まってんだよ、俺は迫るなら女がいいわ」
「だっ、だよな」
「それともお前、香織さんとかいってるけど、昨日の拓哉との感じといい趣味変えたのか?」
「変えてねぇーよ!」
説得力のないような格好だけど、一眞が話しかけてくれてちょっと緊張がとれた、
相変わらずエアコンは暖房のままだ、でもまだ指先が冷たい感じがしている…。
「そこまで体は冷えていないようだが、お前、俺ん家についたらすぐシャワー浴びろ」
「あぁ、すまない心配かけて」
「もうそろそろつくぞ、服は濡れてて着れないからそのままで諦めろ」
「…わかった」
それからわりとすぐに一眞の家に着いた、2階建てのアパートだった、
そばの駐車場に車を止めると辺りを伺った。
「大丈夫だと思うけど、子供が多い時間帯だからな、ちょっと待っててくれ」
一眞はエンジンを切り 先に車を降りた、後部座席に回りドアを開けると取り出した傘を差す、
そのまま手早く荷物をまとめて、車内から助手席に座るの俺に靴を手渡してきた、
靴を受けとると俺はとりあえず裸足で靴を履いた、靴はまだ少し濡れていた。
それから一眞は助手席に回り、俺の方に傘を差しのべて降りやすいようにフォローしてくれた。
それに付き従うように俺は車を降り、導かれるままに一眞についていった。
建物側に入り濡れなくなったところで一眞は傘を閉じ、リモコンキーでドアを閉めて、
また俺を導いた、部屋は2階らしい、階段を上がりそして角部屋に向かった。
「俺の部屋ここな」
一眞は部屋の鍵を開けて俺を中に導く。
「ここでちょっと待っててくれ」
「あぁ」
急いで一眞だけ中に入った、まぁ、散らかったりとかあるんだろう…なんて思っていたら。
「これで足を拭いて上がってくれ」
「ありがとう」
「そのままシャワー浴びに行け、風呂場そこな」
タオルを渡したあと一眞は玄関先に置いた残りの荷物を手に持ち、部屋の方に向かった。
「そういえば、ハヤト、あまりに急に熱い湯を浴びるなよ、体に悪いからな」
「あぁ、そうかわかった」
包帯は取られていたらしい、ガーゼは残ってたがガーゼも濡れていたので外した。
部屋まで行かずに風呂直行だからなんともだけど、独り暮らしには十分な広さだろう、
バストイレ別で小さいけど脱衣場があり洗面所や洗濯機置き場もついている、
外観も新築とまではいかないがそんなに古くもない。
「こんな生活も悪くはないかもなぁ…」
独り暮らしには十分な年齢だがいまだ実家暮らし、まぁ 俺のせいだけど。
「ハヤト、お前まだ入っていなかったのか?」
「なんだよ、覗きか?」
「なんだ、覗いてほしかったのか? そんなことより、ほれ服とタオル、俺ので我慢しろよ」
ノックもなしにドアを開けた一眞が声をかけてきた、
そして軽い俺のボケにちょっと冷めた感じで軽くツッコミをいれた。
「あぁ、ありがとう、あと車、ごめんな」
「そうだ 雨がシートにしみる前に俺ちょっと車を片付けてくるわ、残りの荷物もあるし」
「あぁ、ホンとごめんな」
「まぁ、仕方ないだろ、お前 一人で平気か?」
「あぁ、大丈夫だ」
「なら ついでに買い物してくる、何かいるか?」
「いいよ、服が乾いたら帰るし」
それから一眞は風呂場の話とか洗濯物の置き場とか簡単に教えてくれた、そして。
「じゃ 行ってくる、自由にしていいけど、部屋 荒らすなよ…」
「わかった」
そう言い残すと俺を残して脱衣場にから出ていった。
「寒っ、早くシャワー浴びよう」
白い大きな布を巻いてたけど、やっぱ暖房のないところから移ったせいか寒くなってきた、
布を取り 簡単に折り畳んだ、やっぱちょっと湿っていた、俺はかなり濡れていたんだろうか、
脱いだ下着まで濡れていた、言われた通りに洗濯物をかごに入れて風呂場に入った。
「そういえば あまり熱いのはダメなんだよな…」
シャワーのお湯が出たのを手で確かめてみる、
ちょっとぬるいから大丈夫かなぁ、ゆっくりと足元にかけてみた、
暖かいお湯をかけているはずなのに、まるで真冬に冷えきった体を暖める時のように、
お湯の暖かさよりも じんわりと冷たい感覚が 足元に広がるようにはしる、
徐々に全身にあたるようにしながらシャワーをフックにかけて場所を調整した。
「今日みたいな日に 一人で気絶してたらヤバかったのかもな…」
病院での先生の言葉を思い出した、〝二度目の時は16時頃に発見された〟だったよな、
おそらく30分近くその場で倒れていたことになる、意識が回復したのは数時間後だった、
もしそれがこんな雨の中だったら、俺はいったいどうなったか…。
「『安易に考えて危険に…』か、ホンとそうだよな」
気絶している間に大変なことになることもあるんだ、
俺ってホンと単純だったなぁ、もしも みんなの助けがなかったら、
もしかしたら、盗難とか、最悪、もっと大きなケガとかもあったのかもしれない、
徐々にシャワーの温度が心地よくなっていくのを感じながら、ちょっとゾッとした。
体もかなり暖まってきた、もうシャワーがぬるく感じられるほどになった、
少し温度を上げて、簡単に頭と体を洗った、
そして最後にシャワーで床や壁に残った泡を流してから風呂場を出た、
もらったタオルで頭と体を拭いて…、いつの間にか俺の着てた服は洗濯してくれたらしい。
「このパンツはいてもいいんだよな…」
着替えというだけあって服と下着が用意されていた、
ごめん一眞、パンツは弁償する…、そのまま用意された服を全部着用した。
そして脱衣場を出て、主が不在の部屋に入った。
「へぇ~キレイじゃん」
部屋は縦にと言うより横をいかした感じのようだった、
角部屋なのをいかしてなのか、玄関から寝室が見えにくいようになっているようだった。
そう、玄関を開けると左手に靴箱と物入れ、
右手にはさっき俺が入った風呂などの水回りがみえる感じた、
そして玄関から上がって短い廊下を歩くと部屋への扉があり、
扉を開けるとその先がダイニング、小さいながらキッチンはL字型でカウンターがついている、
そこで簡単に食事が取れるようにか椅子がおいてあった、またその先はベランダがみえる、
そしてキッチンの右側にはソファーとテーブル、扉で仕切れる寝室らしい部屋があった、
ひと部屋づつは大きな部屋ではないけど二部屋分のおかげで十分な広さに感じた。
「『荒らすなよ』って言われたもんな」
学生の頃なら、まあ隠してるものとか探し出すところだが、おとなしくしていよう。
ソファーのそばに俺の荷物があった、さっき飲みかけたスポーツドリンクで水分を補給する、
そのままソファーを借りた、足の伸ばしやすい高さが低いソファーだ。
「そういえば携帯電話 大丈夫かなぁ」
一応、防水機能はあるがやっぱちょっと心配だよな、特に問題はないようだった、
画面は17時頃を示している、母さんと智仁から連絡が入っていた。
とりあえず母さんに “一眞の家に招かれた遅くなる” と返信しておいた、
智仁はたぶんまだ仕事だろう、返事は一眞がかえって来てからでいいかな、
体も暖まったせいか、落ち着いたソファーが感覚が心地よくて、眠くなる…。
「……お気づきになられましたか?」
「……えっ? びょ病院?」
「違うよ、なに寝ぼけてんの?」
「…カズマ?」
ソファーにもたれ掛かるようにして どうやら眠ってしまったらしい、
気がつけばタオルケットがかけられていた、それにしても…。
「なんで拓哉がいるの?」
驚くのは拓哉である、何故か拓哉がキッチンに立ち料理をしていたのだ。
「あぁ、僕も驚いたんですよ、一眞さんに招かれたら颯太さんが寝ていて」
「そうだよ、ハヤト お前 寝てたから」
「それ返事になってないって」
ワケがわからん、俺は掛けられてたタオルケットを畳んでソファーの空いたスペースに置いた、
説明をしたのはやっぱ一眞だった、拓哉は手が離せないのか料理を続けている。
「お前をおいて車に行ったろ」
「あぁ、車は大丈夫だったか?」
「段ボールがあったおかげで被害が少なくてすんだよ、昨日の仕事道具があって助かった」
「ごめん、今度 埋め合わせする」
「期待しないでまってるよ、で、車を片付けて部屋に残りの荷物を置いて、
買い出しに出ようとした時、拓哉からメールがあってな」
「そうなんです、誘われたネットゲームしようと思ったんですけど、よくわからなくて
確か一眞さんは 『今日は午後は休み』 と聞いていたので 教えてもらおうと思って」
拓哉が話に割って入った、料理が一つできたのかカウンターの上の皿に盛り付けている。
「そう、教えてほしいメールが入ってきたから、電話してさぁ
それで お前もいるし、そのまま家に誘ったんだ、『一緒にメシを食おう』って』
「ふーん そうなんだ」
案外、普通の理由だった、拓哉もオタクっぽかったけど苦手あるんだなぁ。
「ご飯もそろそろ炊けそうですし、食事にしますか? 一眞さん、颯太さん」
「あぁ、ホンと助かる、そういえばハヤト、自宅に電話しなくていいのか?」
「もうメールしておいた、トモにはまだだけど…」
「そういえば報告だったな」
「報告?」
ソファーの側のテーブルに出来上がった料理や皿を並べながら俺たちの話を聞いていた拓哉は、
不思議そうな顔をしてる、その素朴な疑問で痛いところをつかれることになる。
「じゃ食べようか、いただきます」
「口に合うといいのですが、いただきます」
「じゃ 俺もいただきま~す」
「ってお前だけ何にもしてないよなハヤト、ちゃんと送ってやるからな拓哉」
「えっ、いいですよ、せっかくですし、飲んでください」
「いいよ、こいつも送るし…」
「俺も自分で帰れるよ」
買ってきた惣菜とかも含めてだけど、簡単に拓哉は “彼女が作ってくれたら…”
というような夕食を作ってくれた。
肉に野菜にバランスよく、そして味噌汁 やっぱ ほっと するよな。
結局、三人とも飲まずに普通に食事が進む…、
そういえば一眞 八代くんから拓哉になってる、いつの間に、その拓哉が確信をついた。
「今日は智仁さんがいないようですが、どういう集まりだったんですか?」
「今日はこいつの病院のお迎え、拓哉、また敬語に戻ってるし」
「つい戻ってしまって、今日は結果でしたね、
でも予約時間からすると相当が時間がかかってるけど、どこかに寄ったの?」
「カズとランチしただけだよ」
「そうなんだ、あの、さっきちょっと聞こえたんだけど…『智仁に報告』って?」
俺と一眞は顔を見合わせた、どうしようか、どう誤魔化す一眞、俺はそう思っていた…。
一眞は見合わせた顔を反らせて少し下を向き ちょっと考えこんでいる、
とりあえずテキトーに誤魔化そうと俺が口を開こうとしたその時、
「すみません、立ち入った話ですよね、気にしないでください」
空気を察して拓哉がこの話を終わらせようとした、一眞はその声に顔上げて俺を見た。
「話すぞ、ハヤトいいな」
「えっ?」
俺の返事を待たずに一眞は拓哉に話し出した。
「拓哉、すまん、ちょっとこいつを見てやってくれ」
「えっ、ああ包帯ですね、道具はある? 後でつけますよ」
「それもだけど、コイツ 今日また気絶したんだ…」
「……!?」
「えっ、それはどういう…」
俺は言葉が出なかった、拓哉は少し混乱した様子だったが食事の箸を止めて俺のそばに近づく、
一眞はその様子を見守っていた。
「颯太さん、今日 病院に行ったんですよね、意識を失ったのはその後ですか?」
「…ああ」
「意識を失った後 病院にはいかなかったんですか?」
「…ああ」
「体調には何も変化はありませんか? ちょっと見せてください」
「大丈夫だよ! ここは病院じゃねぇだろ!」
ちょっと声が大きくなってしまった、何で? 何でだよ一眞? 何で話したんだ。
「診てもらえ、言ったろ安全第一だって、じゃないと協力出来ない」
「……だけど」
俺と一眞の会話を俺の側で見守っていた拓哉は、不安そうに、いや寂しそうに見えた。
「僕、今日はこれで帰ります」
「待てよ、ネトゲがまだだろ」
「それはまた、日を改めて。颯太さん、僕も医者としてここでは判断はくだせません、
…ただ、患者さんが正しい情報を伝えてくれないと、正しい判断につなからないです、
だから、どうか、たかが気絶と思わないでください」
「…わかってるよ」
「…その、医師として日が浅いけど、 友人として力になりたいから…、それじゃ 僕 帰ります」
俺は立ち上がろうとする拓哉のシャツのすそを引っ張った。
「拓哉 お前、大塚先生と同じようなこと言うんだな」
「えっ、大塚先生?」
「昼間、大塚先生にも同じようなこと言われた、さすが師匠と弟子だな」
不安そうな、寂しそうな顔をしていた拓哉は驚いた顔に変わり、すそを引っ張る俺を見る。
「…ごめん怒鳴って、診てくれ…拓哉、正確な判断じゃなくていい、安心できればそれで…」
「でも…」
「もし不安になったら ちゃんと病院にいくから」
その言葉を聞いて病院でもないのに拓哉は俺のことを診てくれた、
さっき気絶した時の状況を一眞に確認した。
「意識をなくした時は近くに一眞さんがいたんですか? どういう状況でしたか?」
「あっ、それ俺も聞きたかった」
「えっ、それはな…」
一眞は状況を話はじめた。
「ハヤト、お前が意識を失った時 うまく台車に乗ったんだ、
でも1人じゃ運びずらくて、悪い 傘 を使って運んだ」
「傘?」
「ああ、台車の手押しの方を背中に、胸の前にこうやって傘を通して車まで押していった」
身振りを交えながら一眞が状況を説明する、
どうやら台車で俺が動かないようにするため、傘をバーのように使って運んだらしい、
まぁ、洗濯物を竿に干すように俺が傘をまたいでいた感じということだ、
傘を持ち体で台車を押したので かなり手こずって、それで雨に打たれる時間が長くなったと、
「やり方が悪かったからかなり濡れて ごめんな、それでなんとか車に寝かせて、
様子見てたらなんか冷たそうだったから、ただ布をかけるよりは脱がした方がいいかなと」
「…で、俺の服を剥ぎ取った と」
「まあな、それで布をかけて、自販機に飲み物を買いに行ったんだ、俺も喉が乾いたし、
車内で1人でも大丈夫そうだから、カギをかけて10分ぐらいで帰れるだろうからって」
「それがこれ?」
俺は飲みかけのドリンクをテーブルに出す。
「そう、でも 車に戻って焦ったよ、エンジン切って10分ぐらいだったけど、
戻ってみたら、お前の体が冷え始めていて」
「だから暖房にしてくれたんだ」
「ああ、暖房に気付いていたのか、ダメなら直で暖めることも考えたよ、起きるまで車動かせなかったし」
「……やったのか?」
「…やっぱ やって欲しかったのか」
「お前と? いや、ちょっと想像が出来ん」
拓哉はこの話を真剣に聞いていた、やっぱ医師なんだなぁ。
「目覚めてからはお前の知る通りだ」
「そのあと水分補給してすぐにカズの家に、そんで風呂場に直行、
ぬるま湯からゆっくり体を暖めて、そのあとここでうたた寝してしまった」
「部屋は荒らさなかったのか?」
「ああ、言われた通りにしたよ、残りのドリンク飲んで、ソファーに座ったら寝てた」
黙って聞いていた拓哉が口を開いた、
「そんなに何回も気絶しているんですか? いつ頃から?」
「それは…」
「ごちそうさま、俺、風呂入ってくるわ、片付けておいてくれ」
一眞は自分の話が終わったとたんに残りの食べ物を掻き込むと、
立ち上がって風呂の準備をはじめた。
「カズ 付き合ってくれないのか?」
「俺は大体の話をお前とトモから聞いたからな、俺だってあの時ちょっとは濡れたんだぜ」
「そうか、ごめんな」
「お前、謝ってばかりな、まぁ、ごゆっくり~」
そういうと一眞は俺たちを残して風呂場に向かった、残った二人で食事と話は続いた。
俺の側で話を聞いていた拓哉は自分の席に戻って話はじめた。
「食べなからでいいですか? 颯太さん」
「あぁ、食べよう」
「ここでは はっきりしたことは言えませんが、朝の検査も異常はなかったんですか?」
「ああ、特には変化はないと言われた」
「気絶のことは言いましたか?」
「……言ってない、けど、バレたと思う」
「『バレた』ねぇ…、ごちそうさまでした」
俺は話すのでいっぱいでまだ食べ終わらなかった、拓哉は食べ終わって俺の方を見ている。
「早く食べちゃって、片付けを手伝って下さい」
「ああ、ごめん」
「ホンと謝ってばかりですね、話は片付けながらにしよう」
拓哉は俺を見つめながらニコッと笑ってそう言った、言われた通り残りのご飯を掻き込んだ。
「ふぅ…ごちそうさま、それにしても 拓哉、料理 上手いな」
「独り暮らしが長いからね、じゃ手伝って」
拓哉がキッチンで洗い物を、俺は皿の片付けを、二人で手分けしての片付けがはじまった。
「別に謝る必要ないのに、『ごめん』 は口癖なんだね」
「えっ?」
「まぁ、さっきの続きだけど、気絶の時どこも打ってないようだし、まだ様子みて」
「あぁ、ありがとう拓哉」
「でも、聞かせてくれない? 二人に話したこと、僕にも聞かせてほしい、ダメかな…」
「えっ……」
話していいのか? ちょっと言葉につまった、
そのせいで 二人の会話が途切れた、皿を洗う音がちょっとだけ大きく聞こえる、
しばらく部屋の中は二人の片付けの音だけが響いていた。
「颯太さんこっち洗い終わったよ、お茶とか飲む? でも その前に包帯か」
「そっ…、そういえば まだだった」
「残りは僕が片付けるから、新しい包帯とか あるか探してみて」
病院でもらった薬はあるけど、一眞の部屋に衛生用品とかあるのかなぁ、
病院で着けた包帯は濡れたままだし…、とりあえず言われるままに、
自分のカバンの中身を調べてみた、そして俺は決めた、話そうと。
「冷蔵庫にお茶があったんだけど、勝手にもらっちゃっていいかな、
颯太さん 治療道具は見つかった?」
全部片付け終わった拓哉は、言葉につまった俺を気遣ってなのか何事もなかったように、
人数分のコップと2リットルのペットボトルのお茶をテーブルに用意して俺に話かけてきた、
「そう言えば、さっき一眞さんドラッグストアに行ったみたいだよ、
颯太さんのためかな」
拓哉は覗き込むように俺がもらった薬をみて、手でテーブルにおくようジェスチャーをする、
それにしたがい治療に使えそうなものをテーブルの上に置いてからソファーに座った。
それに続いて拓哉は俺のキズがある側に座った。
「ホンとは風呂上がりにはすぐにケアをしないとダメだよ」
「わかってるよ、でも、気がついたら寝てた」
「そんなに疲れてたの? ちょっと薬みせて」
拓哉はテーブルに置いた薬の入った袋をみながらちょっと考えていたようだった。
「手持ちではケアが難しいかな、買い足して…」
「なぁ、拓哉、その… 聞いてくれないか?」
拓哉の言葉を遮るように俺は切り出した、
テーブルの上から視線を俺に移した拓哉と俺は見つめ会う形になった。
「聞くよ、何?」
「あのな、拓哉…」
「あ~さっぱりした、話は終わったか?」
ようやく話をはじめようとして顔を見合せた俺たちに割り入るように、
風呂を出た一眞がドアの向こうから声をかけてきた。
「そこ、戻らなくていいから!」
「いや、お邪魔かなぁっと思って…」
風呂上がりのタオルで頭を拭きながらドア開けて部屋に入ってこようとした一眞は、
顔を合わせる俺たちの姿を見るなり、ゆっくりとドアを閉めて部屋を出ようとした。
俺がいつものツッコミを入れながら一眞を止める、一眞にも話に付き合ってもらおう。
「ホンといいのか、お邪魔じゃないのか?」
「ないですよ、一眞さん飲みますか? 勝手に出しちゃいました」
「おっ、サンキューって、いいよ茶ぐらい勝手に飲んだって」
「そう言えば一眞さん 救急箱とかありますか?」
「ああ、ハヤトのな、ちょっと待ってくれ」
拓哉はペットボトルのお茶をさっき用意した人数分のコップに注ぎ、
一眞はどこからか買い物したビニール袋と箱を持ってきてテーブルの上に置いた、
「さっき買ってきたのと、あと これ救急箱な、これで足りるか?」
「ちょっと見ますね、ん~…なんとかなりそうです」
一眞はテーブルの回りの空いているところに座り、コップを手にとり口をつける。
拓哉は少し腰を浮かせてテーブルの上の袋と箱を近くによせてから中身を確認すると、
そう返事をした、そして改めて俺の側にきた。
「じゃ キズのケアしますね、後は家でやってください颯太さん」
「それにしても、拓哉の料理は美味いし、気が利くし、女だったら良い嫁になりそうだな」
「冗談はやめてくださいよ一眞さん」
「そうか? 下手な女より家庭的と思うが、それで、さっきの話は終わったのか?」
やっぱ照れてる、前回もだけど どうやらこの手の話は拓哉は苦手らしい。
俺は今は拓哉にされるがままになっていて、黙って話を聞いていた。
「そう言えば、颯太さん、さっきの話って?」
「ああ、やっぱ聞いてもらおうと思って、病院で話せなかったこと、怒らないでくれよな」
「…そうだな~、内容によっては怒るかな」
「えっ、マジで?」
「…冗談だよ、安心して話してください、ほら、おとなしくしないと治療が出来ない」
予想してなかった答えに俺は思わず拓哉の方を見た、
拓哉はなんだか楽しそうな顔をしていた、
その顔を見ていたら昼間の大塚先生の言葉が頭をよぎった、
拓哉は俺たちといて楽しいと思ってくれてるのかな。
「それで、話せなかったことって何?」
「症状のことだよ、拓哉、大塚先生に俺たちと飲んだことは話たんだろ、
なのに、俺の症状のこと話さなかったんだって、昼間 大塚先生がそんなこと言ってた」
「えっ、大塚先生とそんな話したの?」
「まあな、俺も大塚先生に症状は詳しく話せなかったんだ、何を話せばいい?」
「心配なのは気絶だよね、いつ頃から?」
おとなしく拓哉の治療を受けながら俺は最初に気絶したことから話をはじめた。
いったい何回話をしただろう、同じ話をしているのにやっば何でそうなるのかわからない。
一眞は黙って話を聞いていたが途中立ち上がると、
ちゃっかり冷凍庫から取り出した棒アイスを咥えながら戻って来て、俺たちに差し出した。
「あっ、ありがとう一眞さん」
「サンキュー」
「大体、お前とトモから聞いた話は終わったな、そんで、どうなんだ ハヤト」
「どうって?」
「俺たちが目で見てわかる話じゃなくて、お前が気絶している間の話だ」
「気絶している間って なんの話ですか?」
一眞が的確に話の的をついてきた、拓哉はちょっと不思議そうな顔をしている。
そう 俺は気絶の状況や回数、その後の体調などの状態 再発の不安の話も話した、
けど、気絶中の話は、香織さんとの過去の不思議な夢を見ている と曖昧に話していた。
とりあえず もらったアイスの袋を破り俺は食べはじめた、
拓哉は先に片付けてから食べるようだ、
包帯はなかったが、ガーゼをテープで止めてから立ち上がり手を洗いに言った。
「なぁ ハヤト、俺たちな お前が病院送りになったって聞いて、ちよっと話し合ったんだ」
「話し合った?」
「ああ、あの日お前をあの場所にけしかけた手前な、
何があっても受け止めて協力してやろうって、でも、俺たち ちょっと驚いてたんだ」
「驚いた?」
「ああ、まさかお前の口から あんなに香織さんの名前が出るとは、
そんな日が来るとは思ってなかったんだ」
「そんなに俺 はなしてなかったっけ」
「まぉな、それと話の内容だ、ごめんな 正直 ちょっと面白そうだって話をしてた、
だけど いざ お前が気絶する姿を見て、で、お前が目覚めない時は…焦ったよ、
トモもそうだったらしい、拓哉がいてよかったって」
「えっ、何? 僕?」
拓哉は戻ってくるなり手早くテーブルを片付けはじめて 話に再度参加した、
俺たちの話に突然 自分の名前が出て驚いたらしい。
テーブルを片付け終わって近くに座るとアイスを袋から取り出し食べはじめた。
「拓哉が医者って知って、トモはそこまでは焦らなかったようだけと、俺はちょっとな」
「ごめん、カズ」
そう言えば、俺が気絶している間の話は聞いてたけど、みんなそんなに心配してくれたのか?
「お前の話っぶりから、俺たちが軽く考えていたのも悪いんだけど、
ちよっと洒落にならんというか…、再発の不安とか…
その気持ちも理解はできるけど、 なぁ これってそんなに必要なことのか?」
「それは…」
俺は話した、今でも自分の想いが整理出来ていない まぁ そんな些細な話。
夢でみた香織さんの姿に、ただただ もう一度会いたい 最初はその思いだけだった、
〝もう会えない〟そう思ったらもう一度…って、俺たちは突然 会えなくなったから。
でもその夢は ただ 夢を見てるとか 過去を見ているとか そんな感じじゃなくて、
気絶を重ねる度にそれがはっきりしてきて、ちょっと好奇心も沸き上がって、けど…。
たぶん俺は あの日からずっと 過去のこの数日間にとらわれてきたんだ、
でも、それを認めなかった、そう ただ あの箱のように蓋をして
ずっと目を背けてきただけだった、こだわってしまう… それはきっと…。
「…そうか せめて夢の中だけでも…か、確かにトモ言ってたな、1週間とか調べたとか
でも そんな思いなら、このままだと結末が…さっきも言ったろ」
「まぁ、そうなんだけど…」
確かにそうだ、結果が変わなければ結末は…、たとえ夢でももう二度と見たくはない。
それに先生にも注意をされたし、危険なことならするべきではない、でも。
「ん~、それで今回も、見たんだろ? どうだった?」
「ああ、今回の夢はちょっと変だった」
「何が?」
俺の煮詰まった感じに一眞が話を変えてきた。
「調べたら夢の中で一時間ぐらい過ごしてるって言ったろ、でも今回は15分ぐらいだった」
「なぁ、どうしてそんなに細かく時間がわかるんだ?」
「言ったろ 明晰夢 のようだって、今回は、香織さんと自宅で電話してた夢だったんだ、
だから夢の中ですぐ時間が見れたんだ、でも、なんで今回は短かったんだろう…」
「それって 俺のせいかなぁ… ハヤト、お前、夢の中でなんかやったのか?」
「…ああ、やった、指輪を購入の夢の話をしたっけ?
〝現実と違う指輪を買ったらどうなるか〟って、ちょっと実験した話」
「なんか言ってたな」
「その指輪の購入がきっかけで、俺の推測通りに、夢はつながってることがわかった、だから…」
「ちょっと待って、ごめん、ちょっと 話についていけない」
アイスを食べ終わり黙って話を聞いていた拓哉が話に入った、
俺も話がまとまってないし、拓哉は俺たちの過去を知らないからわからなくて当然だろう、
「そうだよな、ワケわからないよな え~っと」
「いろいろとわからないことが多いのですが、その 夢? の1週間って…」
「その…、なぜか 救急車で運ばれたあの日から 気絶すると夢をみるんだ、
それが…ん~… 事故の頃の夢で、事故の1週間前からの夢をみているんだ」
「たしか… 事故って 彼女さんの… でしたよね」
「しかも夢の内容は俺の過去に起こったこと …その…うつの原因…」
「夢のことをもっとも詳しく、聞いてもいいですか?」
なにか気になることがあるのか、拓哉が話に食いついてくる、
とりあえず、わかってもらえるかわからないが、最初から 俺なりに簡潔に? 話してみた、
夢は俺の過去の内容で、どうやら何かの法則があるらしい、
しかも 明晰夢 のように俺の自由に出来るようで、見た夢の内容は…。
1日目、香織さんの職場で雑談
2日目、ショッピングモールで浴衣選び、この辺から自分の意見を入れてみた
3日目、指輪選び、話がつながってるかも…現実と違うことを選んで実験してみた
4日目、自宅で香織さんと電話、
と順番に しかもその順番は 実際に過去に起こったこと 時系列もあっているらしい、
緊急搬送された日からまるで過去を回想するように夢を見ている、
もちろん 夢が自由になる経験なんてない、それで夢をみながら俺は…、
「夢が話がつながってる、夢が動かせるかもって確信して、今日 夢の中で言ってみたんだ」
「何を? 何を言ったんだハヤト」
「『花火大会に行くの止めよう』って」
「それは…」
「今日の夢は、香織さんとの電話、電話で花火大会の待ち合わせについて話をしていたんだ、
それで、もしかしたら夢の中だけでも、あの未来が避けられるかもって、バカげてるけどな…」
「そうか…」
「そうしたら、目の前が真っ白になって、いつもよりも短い時間で目覚めてた」
理解したのか、してないのか、でもこれで拓哉も俺たちの仲間入りだ、
こんなヤツだけど変に思わないかなぁ、
うまく伝えられたとは思えないけど、俺の言葉を最後に静まり返ってしまった。
何かを考え込んでいた拓哉が口を開いてポツリと呟いた。
「夢の内容って過去に… 過去に実際にあったことなんですよね」
「そう…、俺の過去に…あったこと」
思えば、自己紹介の時、簡単に紹介したけど、拓哉ほど細かく俺たちの過去の話はしていない、
拓哉も俺も なんか話にくそうな感じで、俺の声も小さく歯切れも悪くなっていた。
「詳しく話してやれよハヤト、俺たちの昔話を」
「聞いてくれるか? 拓哉…」
一眞に背中を押されて俺は拓哉に話すことにした、今でこそが話せるようになったが、
しばらく思い出すことも避けていた、俺の、いや、俺たち三人と香織さんの思い出話を…。
「俺たちの始まりは 中二の頃なんだ…」
ー中学二年の夏ー
「あ~、やっと期末終わったな」
「そうだな、後は楽しい夏休みだ」
「俺は部活かな、でも海ぐらいは行きたいな~」
一眞、智仁、そして俺 颯太、同じ中学の二年生。
学年が変わりクラス替えをきっかけに、俺はこの二人と友達になった、
中一の時は、一眞、智仁は同じクラスで友達で、俺は他のクラスだった、
中二のクラス替えで俺と智仁が同じクラスになり、だんだん意気投合、
顔を合わせるうち、なんとなく三人で居ることが多くなったのだ。
文化部の一眞、運動部の智仁、そして帰宅部の俺、三者三様でよくまとまったもんだ、
俺たちはマンガやアニメのように、アイドル的 や 超優秀な目立つ生徒 …な訳もなく、
その他大勢キャラのごくフツーな、彼女募集の中学生活を送っていた。
期末試験も終わり、ほっとしている一眞、部活の再開を待ちわびている智仁、
後は楽しいイベントの夏休みを指折り待つのみの俺、だったが、
数日後…、もちろんアレがやって来た、そう、テストの返却だ…。
「おーい、起きてるか? 用がないなら早く帰れよ」
「だけど帰りづらくてさぁ…」
「『帰りづらい』って、お前は帰宅部だろ」
ここは一眞の部活の部室、帰るのが嫌でしばらく入り浸っていた、その理由が…。
「お前の出した結果だろ、いいじゃん補習ないだけ」
「だけど、だけどさぁ…」
学校側は
“主要教科の各平均から赤点ラインを出し、その点数以下は夏休みに補習とする” と、
事前に保護者側にその通知を出していたらしい。
智仁は1教科引っ掛かったと嘆いていた、そして…。
「だってさぁ、お前も補習ないじゃん、けど、俺と全然内容が違うじゃん」
「だからお前の責任だろ、補習のある智仁よりはいいだろ」
俺は母さんからの説教を避けたくて部室に逃げ込んでいるのである、テストの結果は…、
一眞→主要科目はだいたい平均点の前後で問題なし。
智仁→苦手1教科は補習だが、その他はほぼ平均越え。
俺→主要科目すべて赤点ライン越えだが、平均点以下しかも赤点より。
「これじゃいいんだか悪いんだかわからない」
「まぁ、高校に行けるぐらいは意識しとかないとな」
「高校ねぇ…」
意識してない訳じゃないけど、実感がわかなかった、
なんとなく行ければいいんじゃねぇ、そのぐらいしか考えてなかった。
「ほら帰れ、俺と智仁は部活だ、明後日から夏休みだし、やることがある」
「やること?」
「ああ、夏フェスとか、コミケのイベントにいくんだ、お前も部に入っていってみるか?」
「あ~、考えておく、じゃあな」
部室から追い出されて、仕方がなく とぼとぼと帰宅した。
明日、終業式をしたら夏休みだって言うのに、なんとも憂鬱な感じだか、
今年も夏休みは涼しい部屋でゴロゴロ三昧だろうな…、そんなことを考ええいた、
別に “ぼっち” と言う訳ではないが、夏休みまでつるむとはちょっと面倒だった。
その日の夕食の後ことだった…。
「ごちそうさま、じゃ風呂入って寝るわ」
「ちょっと待ちなさい、ほら、お父さん」
「ああ、颯太いいか?」
〝えっ、まだ通知表をもらってないのにもう説教なの?〟 面倒くさいなぁ…と思ってたら、
母さんまでテーブルにやって来た、あきらめて父さんの説教を聞こうとした時だった。
「颯太、通知表は明日だが先に言っておく」
「えっ 何を?」
「今年の夏休みは家庭教師が来るから予定を調整しておきなさい」
「えっ?」
「お兄ちゃんも受験だから勉強見れないでしょ、だからお願いしたの」
「そうだ、短い期間だけどしっかり教わるといい」
「そうよ、部屋ちゃんと片付けておきなさいね」
「は…いっ?」
予想とは違いすぎる内容にちょっと呆気にとられて、
返事とも疑問とも言えない返事をしてしまった、
今日の話はそれまでで助かったが、結局は明日怒られるのだろう。
なんだか実感がわかないまま朝を迎えた、そのまま終業式を迎えた…。
「なぁ、そのカテキョって女か?」
「そういえば全然 聞いてなかった」
「お前 そこ大事なところなんじゃないのか? モチベーションが違うだろ」
「モチベーションねぇ…」
「モチベーション…、あー」
そしていつもの三人である、今日は部活は完全に休み、
明日からそれぞれの部活のスケジュールで動くらしいが、帰宅部の俺は関係無い、
いつもなら 終業式当日に怒られて、テキトーに宿題やりなから、
だらだら夏休みのスタートのはずだったが…、今年はいろいろ違うなぁ、
それに なんだか智仁が嘆いていた。
「なぁ、夏休み俺もどこか…、いやその前に、この際、男でも お前でもいいや」
「えっ、なんの話だよ」
智仁の話によると、補習が最低3日~10日間で午前中のみで予定されているらしい、
赤点教科が多ければ出る日数も多くなり、1日の拘束時間が増えるのだ、
補習を受けてのテストに合格すれば終了だが…、
「補習せいで俺、部活停止なんだ、あ~、もっと勉強しとけばよかった、
そんでお前は帰宅部でヒマだろ、俺の遊びと勉強に付き合ってくれよ」
「え~、俺が教えられる訳ないじやん」
「何? なんか面白そうじゃん」
どうやら7月中は全部活は合宿等の活動を避けて活動、かつ補習参加者は活動停止らしい、
「なんなら一眞も付き合ってくれよ、部活の暇な時でいいからさぁ」
「俺らは夏休み部活はないよ、まぁ、部活の仲間とたまには集まるけど、その程度」
「そうか、それで颯太、カテキョはいつ来るんだ?」
「そういえば、いつかなぁ」
「なにも聞いてないのかよ、今日は多分、俺も説教だから、明日集まろうぜいいだろ一眞」
「ああ、いいぜ、なら颯太の家な、〝建前 勉強会〟で、後で連絡する確認しておいてくれ」
「えっ俺?」
「OK、また後でな、じゃあ」
「え~……」
自宅への分かれ道、そう言い残して二人は去って言った、
家に帰り、母さんに明日 〝家で勉強会をしたい〟 と頼んだところ、
以外とすんなりと OK がでた、なんだかちょっと嬉しそうな感じだな、
この通知表を見たらどうだろうか…、とりあえず説教の執行は父さんが帰ってからだ、
昼食をとり、一眞たちに明日の時間を連絡しておいた そしてその夜、怒られた…。
「まぁ、お父さんお説教はそのぐらいにして」
「ああ、そうだな、今年は家庭教師が来るからな、しっかり勉強をしなさい」
「はい、そうします、そういえば その家庭教師の先生って…」
「まぁ、二人もお友達が、ゆっくりしていってね」
「ありがとうございます」
「じゃ、おじゃまします」
部屋のテーブルに人数分のコップの飲み物をおいて、嬉しそうに母さんは部屋を出ていった、
そう、なんだかんだいってもう約束の次の日の午前中である。
「なんだよ、なんか不服そうじゃん」
「何でもないよ、さぁ宿題やろう」
「おっ、なんかいつになく真面目じゃん、それでさぁ…」
二人に代わる代わるからかわれたが、なんだかツッコミを入れる気も失せる、だって。
「そうだよ、それで、カテキョは男、それとも女か?」
「ああ、それはなぁ…」
「なに~!!」
「え~! なんだって!!」
「うるさいぞ、颯太! ご近所迷惑だろ、なに朝から…」
突然、ノックする事なくドアが開き、兄の樹が乱入してきた。
「あっ、ごめん、お客さんだったか」
「あの、颯太のお兄さんですか? すみません騒いでしまって」
「あっ、おじゃましてます、ごめんなさい、気をつけます」
一眞が立ち上がり俺の兄貴に謝ったのに続いて智仁も立ち上がり兄貴に謝った。
「いや、こちらこそ驚かせてごめん、こいつの兄の樹です、よろしく」
「はい、よろしくお願いします、僕 岡田って言います」
「俺は森川です、よろしくお願いします」
「よろしくな、いや~こいつが誰かを家に呼ぶなんて初めてだったから、ホンとごめんな、
まさか友達が来ていたとは、こいつと仲良くしてやってくれ、また遊びに来てくれよな」
「はい、ぜひ またおじゃまします」
「ありがとうございます、お兄さん」
そう言い残して兄貴は部屋を出ていった、二人はやっと落ち着いてテーブルの側に座る。
「ちょっとびっくりしたけど、いい人じゃんお前のお兄さん」
「兄ちゃんに教えてもらってたのか? だから補習なしか?」
「とにかく勉強しよう、また怒られるぞ」
ふたりともしぶしぶ持ってきた勉強道具をテーブルに出した、
コップの飲み物を一口含み、勉強会がスタートする、もちろん集中などするわけもなく…。
「なぁ、さっきの話だけど…」
「さっきってなんだよ智仁」
「カテキョの話だよ、ホンとに女なのか?」
「しかも、女子大生だって、いつからだ?」
「ああ、なんか俺のばあちゃんの友達の親戚らしい、
こっちの大学に通ってるとかなんとか、それで、来週から来るらしい。」
結局、勉強なんて中断してその話になった、もう話さないことには先に進まないだろう。
「それでどうなんだ、美人なのか?」
「なんか、ばあちゃんから母さん宛にメールで写真が送られて来たらしいんだけど」
めちゃくちゃ智仁が食いついてくる、いっしょに勉強したいのか?
一眞もそれなりに気になっているらしい、携帯電話の添付ファイルの写真を開いた。
「見せてくれ」
「かわいいのか?」
ふたりがいっせいに俺の携帯電話を覗きこんだ。
「ん~、これは…判別が難しいな」
「なぜ制服? で どっちだ?」
「なんか中学生の頃の写真らしいんだ…、なんか…メガネの方だって」
携帯電話の写真には中学生位の女子が二人写っていた、
一人はちょいポチャなタイプ、もう一人はメガネの優等生ガリ勉タイプ、
クラスのヒロイン…なんてタイプじゃない、俺たちと同じその他大勢タイプだった。
でも なんで今の写真じゃないのか? 喜んで良いのやら悪いのやらだった。
「これじゃ、現在が想像出来んな」
「でも、女子大生にはかわりないだろ、年上のお姉さ~ん、来週か補習に間に合うかなぁ」
「やっぱ智仁は、お姉さんと楽しく成績アップ狙いか…」
「当たり前だろ、部活がかかってるんだ、なら 厳つい先生より、
お姉さんとの楽しい勉強だろ、俺も教えてくれないかな」
「まぁ、補習があの岩尾じゃな…」
俺たちの数学の先生 岩尾先生、悪いやつじゃないのだか、結構いかついのだ。
「それでさぁ、颯太」
「ん?」
「お前って ぼっち だったの?」
「はぁ~?」
一眞が、真剣? なのか、笑ってる? のか、妙なツッコミを入れて来た。
「さっき、家に人が来るのは初めてだってお兄さんが…」
「ああ、そういえば人を家にあげたのは初めてだ、別にぼっちじゃないぞ面倒だっただけだ」
「そうだよな、最初の頃は他のクラスから友達も来てたし」
「ああ、あいつらも、なんか新しいクラスで仲間ができたらしい、
だんだん話が合わなくなってな、まぁ、その程度の付き合いだったのは事実だけど」
智仁はクラスで俺のことを見てたんだな、ちょっと感心した。
「じゃ、俺たちはお前のホンとのダチで」
「お前のはじめてを奪ったって訳だ」
「言い方、言い方がおかしい、智仁!」
…にしても、今回は家庭教師という強みがあるが、またしばらくはツッコミだな。
少しだけ勉強は進んだが、二人はちゃっかり昼ごはんを食べて帰っていった。
たくさんの遊びと少しの勉強の予定を立てて、こうして俺たちの楽しい夏休みは始まった。
それから数日後、ついに家庭教師がやってくる日が来た…。
一応、部屋はキレイにした、それなりの服装にもしたつもりだ、でも、大丈夫かなぁ。
あの写真の人物のまま大きくなっても、じょ女性だ、モテない俺にこんなイベントとは…。
下の階がなんか騒がしくなった、来たのか? 思わず聞き耳を立ててしまう。
何回もトイレにもいったのに、緊張なのか、なんかソワソワがおさまらない。
“コン、コン、コンッ“ ドアをノックする音がする、
「はっ… はい」
返事をした声が思わずひっくり返ってしまった、ドアがゆっくりと開いていく…。
「颯太、家庭教師の先生がみえたわよ、ごあいさつしなさい」
母さんがドアを開けて二人が部屋に足を踏み入れた、母さんの横に立っていたのは…。
「こんにちは、櫻井香織です、香織って呼んでね」
大学生ってこんな感じだっけ…、一瞬にして俺は目を奪われていた。
目の前にいたのは、あの “ガリ勉優等生“ ではなく…。
「こら、颯太! しっかりあいさつをしなさい、あいさつは大事なのよ!」
「颯太くんね、短い間だけどよろしく、もしかして おばさんでがっかりしちゃった?」
「……おば…そっ、そんなこと、とってもかわいいです、……あっ」
「フフッ、ありがと、でも うまいなー、とにかくよろしくね」
「……はい、よろしくお願いします」
母さんの顔も、香織さんの顔もうまく見られなかった、
ただ俺は、香織さんが差し出された手を見て、汗ばんだ俺の手を服で脱ぐって、握手をした。
「じゃ、しっかり教わりなさいよ、後であんたの分もおやつ持ってきてあげるから」
「そんな、お母様、お構い無く」
母さんは俺に、今日から2週間の間、だいたい週3日、2~3時間ほど来る と説明をして、
しっかり勉強するようにと念を押すと、俺たちをおいてドアから出ていった。
二人っきり…、ソワソワがドキドキに変わったのか? チラチラと先生を見てしまう。
白と水色の夏らしい服装には、家庭教師の先生らしいかっちりとした感じはなかった。
家庭教師と言えば、超キビシー ドSとか、超がっかりおばさんとか、ムダにエロいとか…、
そう考えてた、あの写真からだけでも、あんなこと、こんなこと色々と考えてしまったが。
制服を来た女子のような子供っぽさでも、先生やご近所さんのような大人な感じでもない、
そばにいるのは、ちょっとだけ大人びた かわいい女の子 だった、
なんて言うか、なんて言うか、見てるだけなのに、柔らかくなるような…、すごくかわいい…。
「ねぇ…、颯太くん」
「はっ…はい」
唐突に名前を呼ばれてびっくりした、なんだ、もしかして夢のような展開か? そうなのか?
「どっちで勉強する? さっそく始めよう」
「はっ、はい」
そんな訳はないよな、そう、そうだよな…、
香織さんはテーブルとデスクを交互に指差してどっちにするか訪ねて来た、
こういうときはどっちがいいんだろう、とりあえずテーブルにしてもらった。
俺の口から 全教科赤点スレスレなのを聞いても香織さんは嫌な顔も見せず、
得意そうなところから始めようと 香織さんの提案でそう決まり勉強が始まった、
出来たんだか、出来ないんだか、全然、集中が出来ない、
おやつタイムでも何を話したんだかって感じで、結局 初めての1日は終わってしまった。
そして、家庭教師2日目…。
「こんにちは颯太くん」 からの 「じゃまた明日も頑張ろうね」
………何にもなかった。
そして、家庭教師3日目、玄関チャイムから事件は起こった…。
「はーい、お待たせし…」
「颯太~、助けてくれ~」
「なんだよ、今日は家庭教師の先生がくるんだって、二人してどうしたんだ?」
ドアを開けた先にいたのは一眞と半泣きの智仁だった、しかも智仁が俺にすがりついていた。
「家庭教師の先生に、いや、お兄さんでも…テストが…テストが…、助けてくれ」
玄関の騒ぎを聞いて、母さんもリビングから玄関に出てきた、
俺と智仁たち母さんの四人で玄関で立ち話が始まった。
聞けば、補習中の智仁は テストで合格出来ず、部活に復帰出来ないらしい、
午前中にちょっと一眞が勉強に付き合ったがお手上げのギブアップだと…、それで、
「そうなの大変ね、家庭教師の先生にはお願い出来ないけど、お兄ちゃんなら…」
母さんの助け船に智仁の顔が輝いた、そこに…。
「おはようございます。あの~、立ち聞きですみません、お母様 いいですよ 私…」
「じゃ、今日は一緒に勉強しよう、颯太くんと… え~っと」
「ぼっ、僕、岡田一眞です」
「俺 森川智仁です、先生、よろしくお願いします」
超真剣な顔の智仁と、ちょっと嬉しそうな一眞、そして俺と香織さん、
結局、全員がリビングのテーブルに向かっていた。
香織さんが智仁たちのお願いを聞き入れた。
もちろん家庭教師代なんて智仁たちに払える訳もない、母さんも断っていたんだが…、
結局、香織さんへの授業料として 家から食事2回分を提供する、
そのかわりに智仁たちは 母さんの為の夏休み中に労働するでまとまったらしい、
なんで必要のない一眞までが… は置いておくことにしよう。
その日の夜、さっそく香織さんの1回分の報酬が支払われた。
仕事帰りの父さんも加わって俺の家族四人と香織さん、そしてちゃっかりと一眞と智仁、
7人の食事となった。
食事の時、父さんは笑っていた、食事が終わり父さんは香織さんたちを車で送っていった。
結局、今日の片付けの労働は俺がすることになった、あ~面倒だ、
だけど、こんな大人数の料理と片付けなのに、母さんもなんだかずっと嬉しそうだった。
次のテストで智仁は無事 合格をもらい、部活に復帰したそうだ、
一眞は楽しみにしていたイベントに参加して満喫しているらしい。
あの食事以来、一眞や智仁の話が助けになり香織さんとも話せるようになった、
周りが見えるようになったからか、香織さんに教えてもらって少し勉強のコツがつかめてきた、
そして、8月に入り、あっという間に香織さんの家庭教師の最終日を迎えた。
「お母様、今日までありがとうございました」
「いいえ、こちらこそ、ありがとうございました、そう報酬の食事、食べて行く?」
「いいえ、美味しい食事はまた改めてお約束させてくださ…、
あっ、いえ、その代わりといってはなんですが、颯太くんを明日1日借りていいですか?」
「えっ、俺? 何で 香織さん?」
言葉を言い終える前に先生が突然、俺の名前を出した、
俺の予定も聞かず、代わりだから… と母さんは連れ出す許可を出した、
母さんに許可をもらって香織さんは 詳しいことを告げず明日の服装と時間だけを指示し、
〝明日、駅前で待ち合わせね、電車でいきたいところがあるの…〟と言い残し帰っていった、
俺は断るつもりはもちろんない、これで終わりだと思っていたからちょっと嬉しかった。
「おはよう、お待たせ~ 待たせちゃった?」
「いいえ、大丈夫です。おはようございます」
初めて会ったときのような、ふわっとしたかわいい感じではないけど、
ジーンズに白のシャツとスニーカー、スポーティーな香織さんも目を引かれた、
昨日はちょっと緊張して眠れなくて、待ち合わせ場所に早く着いた、
言われた通り動きやすい格好で、母さんに言われて一応リュックに替えのTシャツやタオルも
持って来たけど、いったい何をするんだ、デートってワケないよな…。
「あの、今日は何をするんですか?」
「ついてからのお楽しみってことで、そう、体力は自信ある?」
「え~と…」
帰宅部の俺より智仁に向いているのか? 言葉に詰まってしまった、
そんな俺にかまうことなく香織さんは、笑顔で俺に交通系電子マネーカードを渡し、
ついて来るように合図した、その合図に従いそのまま電車に乗った。
「電車で遠出ってしたことある? 疲れたら寝ちゃっても大丈夫だからね」
正直、電車であまり遠くにいったことがなかった、でも その言葉のおかげで会話が続いた、
楽しい時間…、長い時間電車に乗って、乗り継いで、どんどん知らない町に入っていく…、
目的地はすごく遠くて、二人ともちょっと眠ってしまったりしたけど…。
「やっと着いた~、でも まだ終わりじゃないよ、ここからが本番だからね」
「香織さん、ここって…」
「そう、私の通っている大学だよ」
俺は香織さんに導かれるままについていった…、
中学に上がって、たまに小学校に行くと、なんだか建物が小さく感じたりしたが、
いったいこのたくさんの人たちには俺はどんな風に映るのだろう…。
沢山の大きな建物、沢山のグランド、まるで近くの公園のように広い広場…、
これだけ沢山の人がいる場所は俺だって知ってる、行ったこともある、でも何かが違う、
そう…街中でも、駅でも、親に連れていってもらった郊外のモールでも、遊園地でもない、
俺の中学でも、初めて行った兄貴の高校でもない、俺の知ってる何かとは確実に違う、
同じぐらいの年の人がこんなに沢山いる、学校なのに、ただ制服がないだけなのに、
「これが、大学…」
「あっ、講義終わったかな、そうだ、お腹すいたよね、学食行こう、私はペコペコだー」
また香織さんに導かれるままについていく、一歩づつ大学の中に入るたび、
思わずキョロキョロしてしまう…、でも今度は…、ちょっと…人が…。
「人が多くなったね、私も最初はよく迷子になったんだ、行こう」
「えっ、あっ、あの…」
香織さんは、学校内の雰囲気に 圧倒? されてる俺の手を掴むとニコッっと笑い、
そのまま歩き出した、
笑顔、いや、太陽がまぶしいのかなぁ、夏だ、夏休みが始まった、
俺はちょっとした冒険気分になった。
それからの俺は…、まるで関を切ったように、移動の度に、
「わぁ~学食って~、メニューいっぱいだ~、ひろーい!」
「うゎ~、本が! 学校なんて比べものにならない!!」
「校舎がひろーい、なんだあれ?」
「えっ!? 学校なのに牛がいる~!!」
見るもの全てがなんだか目新しくて、恥ずかしいぐらいにはしゃいでいたかもしれない、
そんな俺に文句も言わず、香織さんはいろんなところを見せてくれた、そして…。
「そろそろ約束の時間だ、行こう、これからが本番だよ!」
そういうと香織さんはまた俺の手を引いて違う建物に向かった。
「ここだよ、 みんな~集まってる?」
「遅いよ香織」
「もうだいぶ集まってるぜ、って誰? この子 よろしくな」
「この子は颯太くん、今、家庭教師のバイトしててね、その生徒さん」
俺は見知らぬ男性が差し出した手をとり握手した、
香織さんはちょっと待ってのジェスチャーをして中の人たちのところに向かった。
突然ひとりになって、我に帰った、俺、これから何するんだ、俺、何してたんだ、浮かれて…。
少し離れたところから見る香織さんは、なんだか、今までの顔と違って見えた、
初めて会ったあの時と何かが違う、かわいい、かわいいんだ、けど、女の子じゃない…、
そう 女の人だ…、そこにいたのは、子供の俺と違う、大人のキレイな女性だった。
“この中に香織さんの彼氏がいるのかなぁ…” そんなことが頭をよぎる。
ほんの数メートル先で話をしているだけなのに、何だか遠く、とても遠くに感じた。
なんとなく、胸が締め付けられるような…、沢山の中にいるのに1人のような、
まるでアウェイにいるようなそんな感じがして、急に ここにいることに違和感を覚えた。
話が終わったのか、香織さんが近づいてくる、いつもの笑顔で話かけてくる、
俺の仕事は、香織さんの所属するサークルとボランティアの手伝いをすることだった。
そのあとは、大学生のお兄さんやお姉さんの指示に従い、いろいろ体験させてもらった、
でも、大学に着いたばかりのようなワクワクはなかった…ような…気がする。
ある程度手伝いをして、帰りの時間だからとみんなより先に香織さんとその部屋を出た。
みんなとてもいい人で、とても楽しかった、帰りの電車も会話は弾んだ、
楽しかったからはしゃいだから、帰りの電車でも眠ってしまったぐらいだ、でも…。
やっと家の近くの駅に着いた、二人で並んで歩く…。
「少し遠回りしようか? この辺を歩くの今日が最後だし…、まだ体力は大丈夫?」
「もちろん大丈夫です、香織さん」
もう少しで日が暮れる…、家まではあと少しだけど、これでおしまいなんだ、
帰りたいような、帰りたくないような…、いや、きっと帰るんだ、絶対に帰るんだ。
強くそう願うから…ではなく、どうあってもその結果は変わらない そう思った、だって。
「あっ、見て颯太くん、ステキな時計台、知ってた ここにあるの」
「へぇ~時計台 …知りませんでした」
子供の頃から結構 遊びまわっていたはずなのに、この通りは通ってなかったのかも…、
通りに入って少し歩くと見えてくる時計台、側の店はもう閉まっていた。
「もうこんな時間だ、帰ろう颯太くん、お母様に怒られちゃう」
時計台を見ていた香織さんはまた俺の手を取り、俺を見て微笑んだ、
そして そのまま家までのあと少しの距離を二人で歩いて帰った。
「ただいま、母さん」
「お帰り颯太、ちゃんと先生の役にったの?」
「どうかなぁ…」
「先生、ぜひお上がりになって、お茶でも…」
「いえ、こちらで、今日はちょっと疲れちゃって… このまま失礼します。
颯太くんは 大丈夫?」
「はい大丈夫です、今日はありがとうございました」
俺は香織さんから借りたカードとかを返して玄関の中に向かった。
母さんと香織さんが玄関先で何か話をしていた、また少し遠いところで話していた。
話が終わったようだ…、母さんが俺に近づく、香織さんを残して、振り返る、そして…。
「颯太、櫻井さんにあいさつしなさい」
「香織先生、今日までありがとうございました」
「こちらこそありがとうございました、じゃ、またいつか…」
香織さんはおじぎをした、小さく手を振り、俺たちに微笑んでからまた軽く頭を下げて
帰り道を歩き出した、俺は玄関先で、それ以上は前に出ないで香織さんを見送った、
香織さんが完全に見えなくなった頃…、
「今日は疲れたでしょ颯太、ごはんにしましょう」
玄関のドアを閉めた母さんに声をかけられて、我に帰ったかのように靴を脱いで家に上がった。
洗面所でリュックを背負ったまま手と顔を洗って、階段を上がり、部屋に入り、
リュックを床におろした、窓の外はマジックアワーだっけ? 太陽が沈む寸前の空だった。
「今日は楽しかった… でも、終わっちゃうんだよな、どう願っても時は変わらない」
そう、止まらない、変わらない、どんなに願っても、変わらないんだ、
俺は気がついてしまった、香織さんは大学生で俺は中学生、
香織さんの笑った顔、それは、一人の男にではなく、子どもの俺に、
そう、中学生の俺に、向けられていただけだということ、
時の流れも、年の差も、ずっと変わらないことを、
今の俺は 自分で何も動かせない無力だってことを、俺は知ってしまった、
俺自身がそれを知らない振りをしていたことを…俺は知ってしまった。
夏は始まったはずなのに…、 いつの間にか外も部屋も真っ暗になった…。
「ふーんそんなことがあったんだ」
「へぇ~、カテキョの頃そんなことがねぇ」
黙って俺の話を聞いていた 一眞と拓哉がうなずいていた、すっかりただの思い出話だ、
「それは初恋な感じ? 颯太さん」
「どうかなぁ、でも約2週間の初恋って、ビミョーじゃないか?」
「でもさハヤト、“夏が終わった” 的な話だけど、あの頃って」
一眞が過去の記憶を思い出したのか質問してきた。
「結構、楽しんでたんじゃないか? あの頃から俺たちのバカ騒ぎが始まったような…」
「そうそう、結局、夏おわたーって思ってたけど、お前らがいたから、
子どもは子ども同士ってな」
そう あの夏があって、あいつらともさらに仲良くなった、智仁が翌年 転校していくまで、
俺たちはバカ騒ぎをしていた、それなりに中学生を謳歌していたんだ。
「確かあのあとだよな “三銃士” のアダ名がついたの、なぁ、ハヤト」
「そうそう、岩尾に “サンバカ” みたいに言われて、じゃもっとカッコいい名前にしろって」
「名付け親は岩尾先生なんですね」
「そうそう、おっと、そういえばトモに報告、忘れてた」
一眞は立ち上がり携帯電話を取りに行く、元の所に戻って座ると話を続けるように促した。
「その後、カズとは仲良くしてたんだけど、高校は別になったんだ、
カズと違って、俺、兄貴にも勉強を見てもらってなんとか進学したん感じだったから」
「んー、香織さんが大切なのはわかったけど、時計台のことが、別れの場所だから?」
「それは、この後の、俺たちの再開が関係してるんだ」
ー大学生の頃ー
「お姉さん、やっぱごはん大盛りねー」
今日はついてない…、みんな予定が入ってしまって一人学食の列に並んでいた、
そんな俺の前の方でちょっと大きな声がした、運動系サークルの人が並んでるんだろうな、
通り過ぎる男は多分その人物だろう、大盛りってどのくらいかなぁ…、なんて思っていた。
「…って、森川? 森川智仁じゃないか?」
普通の光景なのに、声が気になった理由がわかった、見覚えがある顔、智仁がそこにいた…。
「えっ、え~っと、何?」
唐突に話かけられて、トレーを持ったまま、顔をこちらに向けて、
ちょっと怪訝そうに智仁は俺の顔を見つめた…。
「俺だよ、お…」
「颯太? 三浦颯太か? えっ、マジで!?」
「あっ、列が、ごめん智仁…」
俺が言葉を言い終える前に 智仁は思い出したのか声をかけてきた、
俺が学食の列の流れをを止めそうになって、二人とも流れに沿い動き出す、
ただ、智仁は昼食の乗ったトレーを席に置いてすぐ戻って来たらしく、俺を待っていてくれた。
「お前、席あるか、俺の近くの席はいくつか空いてるぜ」
「じゃあ そっち行っていいか? 講義変更で俺1人だったんだ助かる…」
この時間 智仁はサークル活動終わりでよく来るらしい、
俺は講義が時間変更で、偶然この時間の学食にいたのだが、偶然とは面白いものだ、
それにまさか同じ大学に入っていたとは…、
つもる話も…だけど、お互いに今日は時間が合わないので連絡先だけ交換しておいた。
久しぶりに再開した智仁は、どうやら親の都合でUターンするように
こっちに帰ってきたらしい、さすがに家は前に住んでいたところではないけど、
まぁ近いところらしく、お互い新しい友達がいて学部もサークルも違ってすれ違っていたけど、
たまに合うようになった。
それからしばらくして…、
「専門過程に入るとめんどいなー」
「貸し出しこれでよかったよな…」
俺は大学の図書館に来ていた、友達と本の貸し出し手続きしていたら、俺を呼ぶ声がした…
「おい、颯太、三浦颯太じゃないか?」
「えっ?……岡田? 岡田一眞?」
今度は俺がマジマジと見てしまった、そこにいたのは一眞だった。
一眞は俺とは違う学部で、専門過程に入ってから校舎が変わってこっちにきたらしい。
まさか一眞も同じ大学だったとは、一眞は中学と変わらないところに住んでるそうだ。
近くにすんでいてもこれだ、同窓会は行っておくべきだったな…、互いに同意見だった。
一応、智仁との再開のことは伝えたが、一眞にも、新しい環境があるよな、
それから、俺 経由で、二人は連絡先を伝えあい、三人でたまに合うようになった、
そんな三人がたまにから頻繁に合うようになったきっかけが “就活” である。
地方出身のUターン派、同じ高校の地元派、なんとなく友達との方向が変わり始めた、
俺たちも実家が近い派になって、自然と三人だけで合うようになっていた、
「なぁ、お前らはどうだ? うまくいってるか?」
「んー、今度サークルのOB訪問に行くけど…」
「俺はセミナー、なぁ、カズも行かねぇ?」
帰る方向が同じだから、スケジュールが三人で合えば飲むようにまでなっていた。
訪問のない、一眞をセミナーを誘ったが違う予定があったらしい、
三人とも面接は10社近くになるのに、氷河期は終わったんじゃないの? って
疑いたくなるぐらいに、誰1人内定をもらってはいなかった。
「じゃ、俺そろそろ行くわ、また飲もうな~」
移動も考えて学内のカフェに二人を置いて俺は就職セミナー会場に向かった。
1人電車に乗る、着なれないスーツのネクタイが気になる感じがなんとも心地が悪い。
やっと着いた 目的地の駅の改札を出たら、泣き出しそうだった空から雨が落ちてきた。
……ついてない、近くにコンビニがあるけど、傘を買うよりそのまま会場まで走ることにした。
さほど濡れることなく会場に着けた、でも、やっぱ息が上がる、
近くの化粧室で、重い気持ちも流すように顔を洗い、身だしなみを整えてから会場に入った。
…それからしばらくして会場を出た。
「走って駅までいこうか…」
1人だったから思わず声に出してしまった。
雨は上がっていたけど、俺の気持ちのように空はまた泣きだしそうだった、
いっそ、濡れて帰るのも悪くないかもな…、俺はふと一駅分 歩いて帰ろうと思った、
なんだか未だに晴れない気分だったからだ、携帯電話で簡単にマップを見て歩き出した。
俺、このまま決まらないってことはないよな…、嫌な発想しか出てこない、
重いような足で、多分 最短ではないコースを、なんとなく次の駅に向かって歩いていた。
「ヤバっ、ちょっと寄り道しすぎたか?」
俺の頬に雨粒があたった、多分、次の駅はあっちだけどまだ距離がある、
さっきより雨が強くなるのが早い、まばらにいる人たちがあわただしく雨の対応を始めた、
駅から離れたせいで雨宿りできるところが…、持ってたビジネスカバンを頭の上に持ちかえ、
少しでも濡れないようにして、俺は雨宿りできそうな所を探しながら駅方向に走った。
「きゃ、すいません」
「あっ、ごめんなさい」
まっすぐ前を見てなかった俺は、あわてて門を曲がり、
建物から出てきた人にぶつかってしまった。
「すみません、俺、本当にごめんなさい」
「あっ、平気ですよ、あなたが濡れてしまいますから…」
俺は、ぶつかった人が俺のせいで落とした荷物を必死に拾い集めた、
濡れてダメになっちゃったかな、早く拾わないと、これ大丈夫か?
あ~ホンと、もう今日は散々だ、なんて日だ、なんて最悪な…、
多分、涙が出ていても顔が濡れているからごまかせるだろう、早くここから立ち去りたい…、
「三浦…くん?」
「えっ?」
俺はしゃがんで必死に荷物を拾っていた、その背後から傘が差し向けられたらしい、
そして、女性の声がした、なんで? なんで俺の名前? 振り向きつつ立ち上がった、
そして、せっかく拾って手にしたものをまた落とした。
「うわぁ、ごめんなさい、すぐっ、すぐに拾います」
手分けして荷物を全部拾い集めて、俺が持っていた分を持ち主の女性に手渡した。
「三浦くんだよね… 久しぶり、でも、相変わらずだね」
そう言うと その女性は俺に向かって広げた傘を差し向け ニコッ っと笑った、
相変わらず雨は降ってた、降ってたけど、笑顔が、いや、日差しが、
明るく差し込んだ、狐の嫁入りなのか。
「香織…さん…」
「まだ香織さんって呼んでくれるの? うれしいな」
香織さんが出てきた建物に二人していったん入った、お陰で雨宿りできそうだ、
まぁ、もう手遅れかもっていうぐらい濡れたけど、なんとかなるだろう。
「ごめんなさい、荷物は大丈夫ですか?」
「あぁ、これはもうダメだね、会社で怒られちゃうかもなぁ…」
「あぁ、俺、なんてこと…、どうすればいいですか?」
「フフっ、冗談だよ、でも気をつけてね」
香織さんはカバンから小さいタオルを取り出すと、
自分や荷物よりも先に俺の濡れた顔や頭を拭き始めた、俺はさすがにその手を止めた。
「俺は大丈夫ですから、自分や荷物に使って下さい」
「そう、だって三浦くん、なんだか辛そうだったから…」
そう言うと、香織さんは手に持ったタオルをそのまま俺に手渡して、
自分はハンカチを取り出して濡れた所を拭き始めた、
建物の外では かなり遠くだが雷がなっているようだった。
「三浦くんは 傘 持ってないの?」
香織さんは俺に優しく話しかける、それに俺はうなずいた、
俺はその顔がいろんな意味でうまく見れなかった、荷物は廃棄品の回収だとか、
心配させないようにいろいろ言ってくれたけど、そんな風に少し話をしたあとで、
「ゴメンね、もうそろそろ行かないといけないから、これ、使って」
そう言うと香織さんは、使っていた傘を俺に手渡すと、
自分はカバンから折り畳み傘を出して広げ始めた、
濡れてしまった荷物をもう一度持って、建物の出口の方に向かう、そして…、
「そうだ、これ、私の名刺とアドレスね、気が向いたら連絡してね」
建物の出口近くで立ち止まり、荷物を床に置いて名刺入れから1枚名刺を取り出すと、
アドレスを書き足して俺に差し出した、俺はうなずいてそれを受け取った、
それから また荷物を持ち直して出口を出る香織さんの背中を見送った。
「それが三人の再開? なんだか世の中って広いようで狭いなぁ」
「そうだよな、拓哉もそう思うよな」
「それで、それからどうなったの?」
一眞は智仁とSNSて話をしているようだ、この辺は俺たちの思いで話だし まぁいいか、
それからも 俺は拓哉と話を続けた、その後と言えば…。
もちろん俺は香織さんに連絡をした、一眞たちに相談して自然な会話の対策済みで、
まぁ、それは、交際とは程遠いものだが。
でも、香織さんに就職の相談に乗ってもらって就職できたのだ、
結局、俺たち三人は10社以上に応募し、なんとか1~2社の内定をもらい就職を乗りきった。
それよりも驚いたのは…。
「へぇ~、香織さんってすごい人だね」
拓哉が感心していた、俺もそう思う、就職がが決まったのはもちろん俺が最後だった、
なかなか決まらず苛立つ俺に根気よく香織さんは付き合ってくれたのだから、
それも、香織さんが辛いときにだ、俺もよくは知らないが、
どうやら香織さんは入社した会社でパワハラを受けていたらしい、
会社組織に絶望してたら 俺に違う道を薦めそうなものだが、
俺の就職を薦めてサポートしてくれた。
そして自分はと言えば 会社側に多少のペナルティを負わせ、きっぱりとケリを着けたのだ。
「なんか当時『三浦くんのお陰だ』とか言っていたよ」
「なんで? サポートしてもらっていたのに?」
「俺を見て『もう一度やり直そうと思った』とかなんとか言ってた」
「その後は香織さんはどうしたの?」
ちょっと言葉につまった、その様子を見て拓哉は不思議そうな顔をした、
その後、何かを察知したのか顔つきを変えた、そして。
「もしかして…、今じゃなくてもいいよ」
「いや、多分 大丈夫だ、聞いてくれ、どうせ病院で聞くことになる、あれは…」
ー社会人1年目ー
「ホンとコーヒー苦手なのによく来るよね…」
「いいじゃん、マスターのコーヒーのお陰で少しずつ飲めるようになったんだから」
「おや、それはうれしいな…」
香織さんは再就職先として、小さなカフェと言うより喫茶店? を選んで働いていた、
香織さんにコーヒーのことでツッコミを入れられることが
だんだん二人の定番になってきていた、
俺はヒマを見つけてはこの店に通って苦手なコーヒーを頼み続け、
マスターのおかげでコーヒーを少し飲めるようになった、
そんな二人をマスターはあたたかく見守ってくれていた。
「香織ちゃん、お疲れ様、上がっていいよ」
「はい、お疲れ様です」
香織さんの仕事終わりのタイミングに合えば、
俺たちはマスターのコーヒーを決まった席で飲んで過ごす、これも定番だった。
今日も仕事終わりの香織さんとの会話が弾む、
「…それで、香織さん、お礼に初給料で奢るよ何がいい?」
俺は話の流れからやっと本題を切り出した、この店以外のデート、絶対に決めるぞ!
気合いを入れて誘う、そう思っていたら、帰ってきた返事は意外なものだった…。
「私よりも、まず 最初の給料はご両親にプレゼントでしょ、そうですよねマスター」
「そうかもね、ご両親もきっと喜ぶよ」
「えっ~、でも、香織さんのお陰で就職できたんだよ」
「私は特に何もしてないでしょ、頑張ったのは颯太くんだよ」
「でも…」
マスターは香織さん分と、俺の冷めたコーヒーの変りの新しいコーヒーを持って来てくれた、突然の香織さんの問いかけにも動ずることもなくマスターは答えた、
マスターの援護を受けて、香織さんは自分の考えに完全に確信を持ったようだ、
これは簡単に引きそうにない。
「確かにご両親にプレゼントはいいと思うよ、選ぶのぐらい手伝ってあげたら香織ちゃん」
「マスター…」
マスターは俺が望むことを理解しているかのように、本物の援護を俺にしてくれた、
そしてテーブルにコーヒーを置いてその場を離れて言った。
「そうね、じゃ手伝ってあげる、どうする? いつがいいかなぁ」
ちょっと予定とは違うけど、まぁいいか…、そしてその時に俺は決めた、
〝初給料がダメなら初ボーナスだ、そこでプレゼントしよう〟と。
マスターの援護のおかげで香織さんと二人で会うことが出来た、
それにの両親へのプレゼントは成功した、
その日を境に俺たちは、まだ何か理由をつけてだけど休みが会ったとき、
二人きりで会うようになった。
まぁ、少し先になるけど、次は香織さんにプレゼントだ、
そして俺は決めた、その時に香織さんに告白をしようと、
“結婚前提に付き合ってください〟って、いわゆるプロポーズに近い告白をしようと。
卒業以来、一眞たちとは会っていないかった、たまに連絡をとってはいたけど、
就職先が違うからタイミングが合わない、返信の時間の間隔がだんだん長くなってきていた、
中学の時のように、どんどん離れてしまっている感じがしてしまう。
今回の計画は1人でやることになりそうだ、会社の先輩もいい人だけど相談までは、
まだ俺は両親にも、香織さんとの再開のことは話していなかった。
それから俺は、告白計画を花火大会の日に決めて、香織さんを誘った…それで…。
「ちょっと一息いれよう、ほら、これ飲んで」
「はぁ…、ごめん拓哉、ありがとう」
テーブルにある飲みかけのお茶を飲むようにと拓哉が俺に差し出してくれた、
やっぱ医者なんだな、きっと俺、今、顔色が悪くなってるんだろう、俺はそれに従った。
その声に携帯電話を操作していた一眞が反応した。
「大丈夫か? 後は俺が話そうか?」
「あぁ、大丈夫だよ、ちょっと落ち着けば…」
「ならいいけど、じゃあちょっと休んでな、拓哉 借りるぞ」
「借りるって何をするんですか? 一眞さん」
「拓哉、お前ここに来た目的を忘れたのか?」
俺は言われたままに少し休みながらお茶を飲んでいた、
落ち着いたと思ったが、まだダメなんだなぁ、
さすがにあの日の話は まだ息が胸が苦しくなるようだ。
そんな俺を置いて、拓哉は一眞に言われパソコンを取り出した、一眞はその側に座る。
「そうでした オンラインゲームを教わりに来たんでした」
「…だろ、そう言えばハヤト、トモが心配してたぞ」
「あぁ、連絡しとく」
そう言えば 〝報告な〟 がまだ終わってなかった、二人はゲームの話をしている、
ちょっと落ち着くのを待って、俺も携帯電話を取り出してSNSのメッセージをチェックしてみた。
もうほとんど説明が終わってるじゃん SNSでの一眞との二人の会話は今日の事だった、
ただ、俺の夢の内容は会話には入っていなかった。
俺は智仁に 報告として今日の夢のことを足して返事をしておいた、
“おつー、一眞の報告に足しておくわ”
“やっぱ今日も気絶した、そんで夢見た、香織さんと花火大会の待ち合わせの電話してる夢”
“夢で俺… 花火大会行くの止めようって言って怒られた、夢のくせに、夢でもフラれたわ”
“また連絡するわ、よろ~”
返信はなかった、今 何時頃だろう…視線をずらすと携帯電話の時計はもう夜9時を回っていた。
「ハヤト、こっちは設定終わった、これで一緒に遊べるな拓哉」
「はい、ありがとうございます、一眞さん」
「俺たちは休みはバラバラだけど、夜は遊んでることが多いから たまに遊ぼうな」
「はい、楽しみにしています」
二人ともゲームの設定を終えて、またテーブルの側に戻って来た。
ホンとこいつ ぼっち系 だったんだな と思ってしまうほど拓哉の目がキラキラだ、
例えるなら、そう、アニメやマンガで耳とかしっぽとか描かれているキャラクター、
ブンブンとシッポ降ってるワンコキャラのような感じ、俺たちといるのが楽しそうだった。
「それで、お前の方はどうだった?」
「ああ、トモには報告したけど、既読無しだ」
すでに拓哉はパソコンをカバンにしまい、帰りの準備も済ませたようだった。
「颯太さん、後の話は一眞さんに聞きました、その…大丈夫ですか?」
「自分でも大丈夫だとは思うけど…、医者に再発の話をされると自信ないな」
「やはり専門医にかかったほうがいいのでは?」
「拓哉もそう思うのか? これは いよいよかもな、でも…」
「やっぱ 時計台 か?」
拓哉は一眞から俺の過去の話を聞いたことを俺に告げた、
その時の俺の反応を見て医者の顔つきになっている、
自分でも何が正解かわからないけど、一眞に言われたように、今はただそれを見届けたかった、
そう〝やりたいようにやればいいんじゃないか、後悔しないように〟その言葉のままに。
「そろそろお前も帰る準備をしろ、服はもう乾いているだろう とってくる」
「そうだった、ゴメン、カズ」
話を割るように一眞が帰りの話をした、その言葉に拓哉も動き出した、
〝送る〟って言われたけど、そうしたら一眞の負担が大きくなるよな…。
「ほら、これならアイロンは要らないよな」
「ありがとうカズ、あのさぁ、俺、1人で帰れるから拓哉だけ…」
「ヒメを送るのは王子の役目だろ、それに1人も2人もたいして変わらん」
「お前もそれを言うのか カズ…」
一眞が洗濯機から服を持って戻って来た、拓哉は俺たちのコップをキッチンで片付けている、
一眞が手渡した俺の服を受け取りながら、1人で帰る話をしようとして話を遮られてしまった、
もう忘れてだけど、智仁みたいにヒメキャラを引っ張り出された、
やっぱしばらくおもちゃだな…、ああ、拓哉の視線が…、戻って来た拓哉が目を丸くしていた。
「じゃ送っていくから帰れお前ら、拓哉も問答無用だからな」
「…はいありがとうございます、一眞さん」
「話は車の中でなハヤト」
「ああ、じゃ頼むよカズ」
2人とも一眞の 〝送る〟 提案に素直に従った、やっぱ埋め合わせが必要だろうな、
借りた服は今度は返す話になった、俺たちは荷物を持って部屋を出た、
2人が前を歩く、どの辺に送ればいいか確認しているようだ。
「忘れ物はないよな、じゃ行くぞ」
どうやら俺のほうが先に降りたほうが効率がいいらしい、
助手席に拓哉、そして、助手席側の後部座席に俺を乗せて車は走り出した、
静まりかえった車内で、またワイパーの音がやたら響く、朝から雨は止まない、
時折ガラスにあたる光が、ガラスと車内に雨の流れを写し出す、また明日も雨かな。
そんな中で、話を始めたのは拓哉だった。
「颯太さん、明日も 時計台 に行くんですか?」
「うーん 行きたいけどなぁ…」
俺だって多少は反省している、でも、後悔はしたくないのも事実だ、
大塚先生に知られたら怒られそうなものだ…、 やっぱ言葉がつまってしまう。
「…僕は専門医ではないですが、聞いたことがあります」
「えっ?」
一眞は夜の運転に集中しているようだ、車内では2人の会話が続く、
「夢は “記憶の整理” だと、ストレスがかかると悪夢を見やすいとか、それと…」
「それと?」
「深層心理って言うのかな、その夢から何らかのメッセージのようなものがあるとかなんとか、
うまく言えないけど、その夢で何かを乗り越えられる、そんなような話だったと…」
「なんかえらく曖昧だなぁ」
「確かに心配するように再発のことが考えられるけど、夢で辛いことを体験して強くなる、
そんな話をしてたと、うーんこの辺もっとよく勉強しておけばよかった」
「拓哉…」
拓哉なりの励ましなのだろうか、それとも、医者としてなのだろうか、
医者としては頼りない回答だけど、ダチとしては心配してくれたんだろう…、ありがとう拓哉。
「ホンと無理はしないで下さい、それで」
「それで」
「法則通りなら 明日の夢 は予定はどんな感じですか? 危険はある?」
「明日の夢?」
「だってもし法則通りなら、過去の出来事でしょ、過去は何をしていたんですか?」
「何を…してた?」
あれっ、そう言えばこの後の展開はどうだっけ? この後の展開は アレ しか浮かばない。
「それ、俺も聞きたい、知ってるのは、浴衣買って、指輪買って、花火大会で告白するだけだ、
しばらくたってお前が落ち着いてからざっくり聞いただけだから、拓哉にもそう話した」
運転中だが、一眞が話に割って入ってきた、
もうすぐ俺の家らしい、よく見れば窓の外は見慣れた町並みになっていた、
「……俺、俺も聞きたい、なんてな…」
「えっ?」
「んっ? どういうことだ」
2人が驚いた様子で聞き返して来た、そうだろなぁ、でも事実だ…。
「あの頃の俺は このあたりの事を思い出すだけで、まぁ、大変なことになっていたんだ」
「そんな話、確かに聞いたな」
「カズも直接は見たことないだろ、診療科に行くまでは その…両親にすごい迷惑をかけた頃を」
「そう…なんですか」
なんだか拓哉の合いの手の声が小さくなっていた、俺に聞いたことを後悔はしてないだろうか?
別にたいしたことじゃないのに、顔が見えないからわからない…。
「そんな感じで あの辺りの記憶はちょっとはっきりないんだ、おまけに…」
「おまけにって?」
「カズには話さなかったっけ? 携帯水没の話」
「あぁ、なんか言ってたな~、思い出してきた、けど、もう着いたわ」
話の途中だけど、俺の家の玄関が見えた、俺の家だけ玄関の明かりがついていた。
「まぁ、そんな訳だ」
「そうなんだ、対策になればど思ったけど、残念だね」
「ああ、でも 今日はありがとう。カズ、拓哉、また相談に乗ってくれ、じゃ おやすみ」
「ああ、おやすみ…って あ~言われるなら彼女に言われたいわその台詞、
じゃ、あんまり無理すんなよハヤト」
「本当に無茶はしないでください、じゃ、おやすみなさい颯太さん」
「じゃ お先な、気を付けて帰れよ」
俺は荷物を持ち車から降りるとドアを閉めた、そして小さく手を振り2人を見送った。
車が門を曲がり完全に見えなくなったところで鍵を開けて家の中に入った。
「ただいま~」
小さい声だけど、一応、誰にって訳ではないけど 帰ったことを知らせるように声をかけた、
でも、それに気がついたように、母さんがリビングのドアを開けて出てきた。
「お帰り颯太、もっと大きな声で言わないと聞こえないでしょ」
「もう寝てると思って、ごめん、遅くなって」
「まだ寝るには早いわよ、10時過ぎでしょ、それで ごはんは?」
「ごはんと風呂はカズマの家で済ませた、ちょっと昼間に雨に濡れちゃってね」
「ならすぐに帰ってくればよかったのに、一眞くんに迷惑かけてんでしょ」
靴を脱いで家に上がった、うまく靴は乾いてくれていたようだ床を濡らさずにすんだ。
そのまま母さんについて行くようにリビングに向かった。
「母さん、ちょっと包帯巻いてくれない、カズマの家にはなかったんだ」
「えっ、やってあげるけど、保証はしないわよ」
リビングの入りダイニングテーブルの椅子に荷物を置いて、
隣のもうひとつの椅子に俺は座った、すぐに母さんが救急箱を持って来てくれた、
救急箱を開けて必要な中身を取り出し、座っている俺の頭を見始めた、
「それで、病院はどうだったの?」
「んっ、特に何にもないって、もう少し様子見でいいってさ、それで、来週 抜糸」
「そうならいいけど、でもあんた傘持ってたのに、一眞くんに迷惑かけて」
「ああ、それは…、カズマとランチした時に2人で濡れちゃってね」
「なんで? 傘はあったでしょ」
「ちょっと横着して傘を差さないで店に入ったら、帰りの車までめっちゃ降られただけ」
「そうなの…」
俺のごまかしに ちょっと納得がいってないような感じだけど、その話はそこで終わった。
「それから母さん、俺さぁ 来週の抜糸まで会社休むことになったから」
「えっ、そうなの」
「大丈夫だよ、一応、大事を取ってだし、それに…まぁちょっとサボり、見逃してくれよ」
「サボり? まぁいいけど、 はい、おしまい、なんかあったら言いなさいね」
嫌そうなのか、驚いたのかちょっと声が小さくなったようだ、
包帯を付け終わり、俺のサボり宣言を聞いて、口調は元に戻ったようだった。
「ありがとう、待っててもらったのに悪いけど、もう休むわ」
「そうね、今日はもう早く休みなさい、でも歯はちゃんと磨くのよ」
「ああ、もう部屋に行くよ、ありがとう、じゃおやすみ」
「はい、おやすみ颯太」
お小言もそのまま受け流し、荷物を持って俺はリビングを出て自分の部屋に入った。
「そう言えば、俺 カズのパンツ履いてたっけ…、あっ忘れてた」
照明のスイッチを入れて荷物をテーブルに置く、昨日の騒ぎの後は片付いていた。
朝バタバタと出て行った後はまだ残っていたけど、片付けついでに持ってきてくれたのか、
朝リビングに置いていたはずの病院からもらった飲み薬が デスクの上に置いてあった、
それを見て俺は退院したときにもらった薬を飲んでないことに気がついた、
やれやれ、また1階に戻り、リビングに入りキッチンに向かう、
「あれっ、どうしたの?」
「あぁ、薬を飲むの忘れてた」
「じゃ、なんか食べなさい、え~っと」
立ち上がって母さんは食べ物を探し始めた、
どうやら冷蔵庫にフルーツが残っていたらしい、つまようじを使っていくつか口に運んだ、
それからリビングを出て洗面所で言われた通り歯を磨いてから、またリビングに戻り。
「この水もらっていい?」
「別にいいわよ、持っていっても」
キッチンの冷蔵庫に2リットルのペットボトルの水が入っているのを見つけた、
飲みかけで残りも少ない、持っていって飲みきるにはちょうど良さそうだった、
それからペットボトルとカップを持っておやすみのあいさつそこそこにリビングを出た、
そのまま自分の部屋に入る、明かりを消さずに出たから今度はすぐ部屋を見渡せた。
「…やっぱ、多少は変わってるんだなぁ」
今度はデスクの方にカップとかを置いて、デスクを背にしてあらためて自分の部屋を見た、
昼の夢を思い出す、家具の配置はほぼ変わっていない、けど、なんか違う感じがする…
なんだかちょっとした間違い探しのような感じにとらわれた。
振り返って、デスクのカップに水を注いた、飲み薬を袋から飲む分を取り出して、
それらを手に持ちテーブルに移動する、テーブルの空いたスペースにカップを置いてから、
ベッドを背にして座った、あの夢と同じように…。
「あの時、俺、何を話したんだろう」
腰をちょっと浮かせてテーブルを自分の方にちょっと引き寄せると、
手に持ったままの薬をパッケージから取り出し、カップの水と一緒に飲んだ、
テーブルに乗せたカバンの手元に取り寄せて、カバンの中身を取り出す。
「あっ、塗り薬2つ開けちゃったな…、まぁいいか…」
今日もらったばかりの塗り薬だけど、拓哉にケアしてもらったから使ってしまったんだった、
カバンから必要なものを全部取り出した後で立ち上がって置きっぱなしだったものを片付けた、
「薬はまとめておけばいいか、とりあえず着替えてっと…」
昨日とはうってかわっていつもの静かな部屋だった、下の母さんももう寝る頃だろう、
とりあえず一眞に借りた服から楽な格好に着替えた、
窓のカーテンを少し開けてから室内の電気を消した、
俺の予想に反して朝からの雨は止んだようだ、月明かりが差し込んでいた。
デスクの上の携帯電話とテーブルの上のカップをベッドサイドに置き直してから、
ベッドの掛け布団をめくり、シーツの上に大の字になり俺は寝転んだ。
「拓哉の言う通りだよな、あの頃の記憶かはっきりしてれば、対策できるのに。
…って、バカだなぁ、あれは夢だって… ただの夢に対策ってな」
サイドテーブルの方に向き直して携帯電話を見つめる。なんだか気持ちが整理出来ない、
拓哉に話した香織さんのことも、時計台のことも、この数日があわただし過ぎて、
この部屋が静かなのは普通のはずなのに、今日はなんだか凄く違和感がある…。
「…夢の中のように、現実でもデータが残って、 いや いっそ この過去が全部 夢ならいいのに…」
そのまま目を閉じ、眠りに落ちた…。