3日目・・・ せめて夢の中だけでも…。 俺たちの新しい仲間。
今日 10月22日は祝福ムードな1日ですね、
まだ大変な地域もあられると思いますが、
架かった虹のように少しでも希望を持てるように…ですね。
さて、久しぶりの更新です、
書き上がっているのに投稿に時間がかかりすぎました、
あまりにも文章がひどいのでちょっと(いや、かなり)直してしまいました。
そのせいでちょっと最初の文章表現とかわってしまったかもですが…。
今回は「3日目の夢」の話、八代先生のこともふれています、
颯人達の悪ノリっぷりも笑ってもらえたらたらと、少しでも楽しんでもらえると嬉しいです。
「……てる? 起きてる颯太、朝だよ」
「ん~、あぁ、今、起きる」
「早くご飯食べちゃいなさい」
ドアのノックの音で目が覚めたが、やっぱ香織さんは夢に現れなかった。
ノックは母さんらしい、ドア越しに一通り言うと、下に降りたようだ。
窓の外は薄暗いが太陽が昇るっているのはわかる、起き上がりベッドを降りると、
すぐにカーテンを開けた、側にあった携帯電話の時計を見る、朝の9時近かった、
あのまままた寝落ちして、かなり寝ていたようだ。
「今日は雨か、トモには悪いことしたかなぁ、とりあえずメシにするか」
待ち合わせの時間には十分ある、言われた通りに、朝食に向かった、
部屋を出て、階段を降り、途中、洗面所で洗顔を済まし、リビングに向かう。
さて、うまく抜け出せるかな? どうやって切りだそう…、
あれこれ考えながら とりあえずリビングのドアを開けた。
「おはよう、颯太」
「ああ、メシなに?」
「……ああ、じゃないでしょ!」
「ハイハイ、おはようございます って母さん、俺もう28だぜ」
「挨拶は大事なの、大人、子供、関係ないの! それより具合はどう?」
「さぁ、大丈夫じゃね」
「ホンとあんたは、しっかり顔は洗ったの? どれ、見せてごらん」
キッチンを出て、今頃、マイブームな スムージーを持ってきた母さんは、
ダイニングの椅子に腰かけた俺を見るなり、頭の包帯を気にしはじめた、
スムージーをダイニングテーブルにを置くと
俺のテキトーな返事を聞いてなのか 頭を確認しはじめた。
「包帯、ズレちゃってるわよ、先に替えてあげるから」
「え~、メシは?」
「替えるのが先! 頭ボサボサだし包帯外して もう一度しっかり 顔 洗って来なさい」
「ハイハイ、仰せのままに…」
立ち上がると、俺はリビングを出て もう一度 洗面所に向かった、
洗面所に入り鏡を見る。
「あぁ、確かに 見事にボサボサだ」
とりあえず包帯を外し、恐る恐るガーゼを外して見た、特に出血はしていないようだ、
〝血や液が出てなかったら、簡単に洗ってもいい〟とか言ってたなぁ、
幸い洗面台にシャワーがついている、ついでに、キズに注意しながら簡単な洗髪をした、
よく考えてみれば2日は洗ってなかった、結構、匂いそうだ、
頭を洗い終わり、タオルでキズに当たらないように拭きながら、リビングに入った。
「戻った? じゃ あっちに座りなさい、あら、あんた、頭も洗ったの?」
「あぁ、なんか匂いそうだったから」
「もう それじゃすぐに包帯できないでしょ、じゃ ご飯食べちゃいなさい」
母さんはキッチンから出で俺に声をかけてきたのだが、
俺がタオルで頭を吹きながら椅子に向かう姿を見て、またキッチンに戻って行った、
言われるままにダイニングテーブルの椅子に腰かけると、しばらくして、朝食が出てきた、
さっきの飲み物とトーストさらにおかず、今日はオムレツだ。
さて、外出を許してくれるかな? 外出を勝ち取る勝算はある、そう智仁だ、
出来れば無駄な衝突はしたくない、だから昨日 智仁に頼んだんだ。
昨日も考えていた、あの〈リアルな夢〉のこと、だからあのショッピングモールに行くんだ、
夢の中で見た場所に行ってみる、そして、やっぱ、行ってみたい…。
また 同じ時間に あの時計台に
多分、時間が今日の鍵になっている、智仁にどう説明しよう、
連れて行くのはなんとかなる、でも、また意識を失ったら…、
智仁にはその可能性を説明したほうがいいかなぁ…。
「何、なんか今日はおとなしいわね」
キッチンの片付けが終わったのか、母さんがコーヒー片手に俺の前の椅子に座った、
そして、今 俺が聞きたくない あの言葉 を言われてしまった。
「あんた、明日は病院なんだから、今日は1日おとなしくしてなさいよ」
「えっ、そんなにしなくても大丈夫だろ」
「何 言ってんの、あんた2回も救急車に乗ったのよ、おとなしくしてなさい」
「でも、このキズだろ、隠すのに帽子が欲しいんだよな」
母さんは立ち上がり俺のキズを確かめはじめた、そして。
「あ~、そうね、ハゲてるし…」
「ハゲてねーよ!」
「えっ、キズのところハゲてるわよ、帽子が必要なら、ネットで頼めばいいじゃない」
「それは そうだけど…」
俺は言葉に詰まってしまった、う~ん、外出を勝ち取れるか怪しくなってきたぞ…。
“ピンポーン~♪“
「はぁーい、なんだろう こんな日曜の朝から」
唐突に玄関のインターホンが鳴った、母さんは俺のそばを離れてモニターに向かった。
「あら 智仁くんだわ、 おはよう智仁くん、どうしたの?
えっ 颯太なら 今 ご飯食べてる、 いいわよ じゃ 待ってて」
モニターにはどうやら智仁が写っているらしい、
モニター越しに話すと、母さんは玄関に向かった。
智仁? 待合わせには早いけどなぁ、でも、何で こんなに早く?
メシ狙いとか? そういえば、よく智仁は家でメシを食べてたなぁ
でもまぁ助かった このままじゃ追及にはまりそうだったし、とか考えていたら、
二人でリビングのドアまで来た。
「ご飯用意するから、手を洗って来なさい」
「はぁ~い、洗面所 借りるね」
母さんはキッチンに、智仁は洗面所に向かったらしい、
戻った母さんはキッチン越しに、ダイニングテーブルに座る俺に話しかけてきた。
「颯太、智仁くんが来たわよ、あんた なんか約束してたの?」
「まぁ、そんなとこ」
「なら早く言えばいいのに、何か材料あったかなぁ…」
そう言うと母さんは冷蔵庫を開けて料理をはじめた、また、スムージーを作っているらしい、
ホンとはまってるんだな…、そうこうしていると、智仁がリビングに入ってきた、
「あっ、智仁くん、今、作ってるからちょっとまってね」
「うん、ありがと、おばさんの手料理うまいんだよな~」
「あら、上手ね、先にコーヒーでも飲む?」
「えっ、入れてくれるの? 飲む飲む~」
「じゃ、座って待っててね」
「はぁ~い」
通りすがりで、母さんと智仁が話し終えると、智仁が俺のところやって来た。
「おはよう、ハヤト、なんだ 平気そうじゃん」
「あぁ、この間はありがとうな、でも、今日 早くないか?」
「そんなもん、おばさんのご飯目当てに決まってるだろ、なんか早く起きちまったし
確かに聞いてはいたけど、まぁ、結構、パックりとやっちまったんだなぁ…」
「そんなにスゲーか? よく見えんとこがあってさ」
「そうでしょう、結構、ハゲてるわよね、智仁くん、はい、コーヒー」
「あっ、ありがとう、おばさん。ねぇ、おばさん ハヤトって包帯 必要なの? 俺やろうか?」
「えっ じゃお願いできる 助かるわ、こういうの苦手なのよね~」
智仁は俺との挨拶はそこそこに、キッチンからコーヒーを持って来た母さんに向かって、
リビングのテーブルにおいてあった救急箱を指先ながら 俺の包帯を巻くと告げた、
それを聞くと また母さんはキッチンに戻っていった。
「ハヤト、先に包帯つけてやるよ、メシは一緒に食おうぜ
朝食の途中だけど いいよね、おばさん」
うんを言わさずに、智仁は俺をリビングに誘った、促されるまま、俺は付いていった。
「じゃ、ここに座れよ、ハヤト ってか お前なんか頭が濡れてねぇーか?」
「あぁ、匂うとお前に悪いと思って、さっきちょっと洗った」
「じゃ、付けれねぇじゃん、ちょっとドライヤーとってくる、洗面所にあったよな」
「あぁ、すまない」
智仁は俺から離れて、途中でキッチンの母さんと何か話すと、
足早ににリビングを出て、すぐにドライヤーを持って帰ってきた。
「ここでドライヤー使っていいって ついでに付け方を聞いてきた、えっと コンセントは…」
「確か、後ろの方にあったはず」
「おっ あったあった、ハヤト ちょっと動くなよ」
なんか変な感じだ、智仁にドライヤーかけてもらうなんて、あとが怖そうだ、
ついでにブラシまでかけてくれた、 …今日のランチは覚悟をしておこう。
「じゃ 付けるぞ、じっとしてろよ」
俺に顔を近づけながら、智仁が俺のキズのケアをはじめた、
運動系だったからちょっと手慣れた感じだ、母さんよりはうまい、
ガーゼをつけ終わり、包帯をつけはじめた頃、俺の耳元に、智仁が小声で話しかけてきた。
「安心しろ、ちゃんと連れ出してやるから、あのあとカズに言われたんだ、
何かあるんだろうって、何かは知らんが、終わったらちゃんと話せよ」
包帯をつけ終わる頃には、なんか二人で見つめあうようになった、
周りから見ればかなり変な感じだろう、俺は声にならなくて 小さくうなずいた。
「はいっ 終了~、メシにしようぜハヤト、おばさん できたー?」
ドライヤーを持って洗面所に向かう智仁をよそに、俺は救急箱を片付けた、
あいつらには かなわないなぁ…、それから俺はダイニングテーブルに向かった、
すでに朝食もならび、俺の食べかけの食事も温めてくれたようだ、智仁もすぐに戻って来た。
「ありがとうね、智仁くん、やっぱり私より上手ね」
「そんなことないよ おばさん、じゃ、いただきまーす」
「はいっ 召し上がれ、おばさん今頃だけどスムージーにハマってるの、飲んでみて」
「いただきまーす、おっ 美味いっす、これ野菜入ってるんですよね、でも 飲みやすい」
「そう よかった~、やっぱり颯太とは違うわ、颯太もこのぐらい反応して欲しいわね」
智仁にほめられて母さんはちょっと嬉しそうだ。
「ハイハイ、じゃ、残りいただきます」
「はいっ 召し上がれって、そうそう、智仁くん、おかわりあるわよ」
「マジっすか? でも残念だなぁ…、今日は控えめにしておきます」
「どうして? ダイエットとか?」
「えっ おばさん、聞いてないんですか? 俺、これから颯太にランチ奢らせるんです」
「…えっ、どういうこと?」
智仁は俺を誘いに来た理由を母さんに向かって 話はじめた。
「昨日、こいつに頼まれたんです、暇なときでいいから、
ハゲ隠しの帽子を買いに行くの付き合ってくれって」
「…って、ハゲをてないわ! 母さんさっきも話したろ、病院とか行くのに欲しいって」
「じゃ、早いほうがいいかなぁって、まぁ、おばさんのご飯も食べたかったし
…で、たまたま 今日 俺 休みだから、アポなしで誘いに来たんですよ、
付き合う報酬が、”お高めのランチ” なんです、だから、ハヤト借りていいっすか?」
「でも、この子 昨日倒れたし…、安静って医者に…、ちょっとそれは…」
「えっ、元気そうじゃないですか」
「でも…」
「家で閉じ籠るより、気分転換になるんじゃないですか? 一人で行かせるよりはいいでしょ、
大丈夫 俺がついてますって」
「そう…ねぇ…」
なんだか納得してないような感じだけど、しぶしぶ納得してくれたようだ、
サンキュー 智仁 あいつのいい加減さが意外と役に立つ時がある。
「じゃ、俺 着替えて来るよ、ごゆっくり~」
これ以上、突っ込まれないように、俺は智仁を残してリビングを出た、
放っておけば、多分、母さんのご機嫌をとってくれるだろう、
そのまま洗面所に行き鏡を見た、髪も包帯もキレイに整えられている。
「やっぱ、母さんよりうまいわ」
母さん、料理は上手いくせに他は不器用で、だいだい包帯とかはぐちゃぐちゃになる、
手短に歯を磨き もう一度 顔を洗って、二階に上がった、
自分の部屋に戻ると、適当に服を選んで着替える。
「カバン …と、サイフ…あと、え~と…」
そんなに急がなくてもいいのに、なんかあわててしまう。
「携帯電話…と、あっ、ヤベっ…」
ベッドの上にそのまま置きっぱなしにしてた携帯電話を拾おうとして、
手元がくるってを床に落としてしまった、あわてて拾いあげる。
ふと、デスクの横にある本棚の下段においてあった白い収納箱が目に入った、
しゃがみこんで箱ごと取り出し、そして蓋をあける。
「香織さん…」
箱の中には、いくつかの 写真とか、小箱とか小物が入っていた、
香織さんとの思い出の品ばかりだ、しばらく箱を開いていなかった、
いや、開けなかったんだ、だけど、意外とキレイに保管されていた。
「おっと、早く行かないと、時間が」
箱を閉じて、デスクの上にのせる、もう一度 忘れ物がないかチェックをして、
部屋をあとにした、そして智仁のいるリビングに向かった、
「トモ、お待たせー」
「おっ 準備終わったか? 俺はもう少しだ」
リビングに入ると、智仁に準備完了のアピールをした、
智仁と母さんは、なんだか楽しそうに話をしていたようだったが、
俺の声に、智仁はあわてて食べ物を詰め込みはじめた、
少な目に…とか言っていたけど、どうやらおかわりが出ていたようだった、
母さん、グッジョブ! これでランチはあまり食べられないだろう…。
「ごちそうさま、おばさん、また洗面所 借りるね」
智仁は出されたものをひとつも残さず食べ、皿をキッチンカウンターにのせると、
立ち上がりバタバタとリビングを出ていった。
「颯太、そう言えば 薬は飲んだ?」
「あっ、そうか 忘れてた」
「ほら お水、 薬もちゃんと持っていきなさい、忘れ物はない? あと…」
「あー、ちゃんとしたよ、もう、俺、子どもじゃねーし」
「いつまでたってもあんたは子どもじゃない!」
「ハイハイ、おばさん、そのぐらいにしてあげて…、じゃ、ハヤト 借りま~す」
洗面所から戻ってきた智仁は、すぐに状況を把握して、
そう言うと、俺の手を引き玄関に向かった。
「そう言えば、颯太、車 貸そうか?」
「あっ 俺 車っす、そばに止めてるんで大丈夫ですよ」
「そうなの、ごめんね 颯太のために、颯太、智仁くんに迷惑かけるんじゃないよ!」
「ハイハイわかったよ、じゃ 行ってくるね」
「はい、行ってらっしゃい、智仁くん またご飯食べにおいでね」
「えっ いいんすか? また食べに来ますよ、なんなら今晩でも…」
「…お前まだ食うの? 太るぞ」
「じゃ ハヤト借りま~す、いってきま~す」
「はい、いってらっしゃ~い」
バタバタと玄関を出て家をあとにすると、二人で黙って歩き出す、
車は家の前に止めてあった。
「お前の母ちゃん、変わらないなぁ、相変わらず めっちゃパワフルな
じゃ 乗れよ、で、ショッピングモールにいくんだっけ?」
「あぁ、トモ ごめん」
「なんで謝る、また なんかやらかしたか?」
「いや、せっかくの休みを潰してしまったから」
「そのための ランチ&ナンパだろ、まぁ 乗れって」
促されるまま、後部座席にカバンをおいて、助手席に乗り込むとシートベルトを締めた。
「じゃ、行くよ ヒメ♡」
そう言うと、運転席に乗った智仁はあれこれ確認したあとで車を発進させた、
何を言われるだろ…、なんて話そう…、どうしたらいいんだろう…、
頭の中は相変わらず整理されていない、言葉が出ず沈黙が続く、
先に切り出したのは智仁の方だった。
「そう言えば、王子って言わないのな」
「えっ、何?」
「なぁ ハヤト お前なんかテンパってるのか? 救急車に関係してることか?」
返事が出来なかった、顔をみられなかった、ただ うつむいてしまった。
「まぁ、話したくないならいいけど…」
沈黙が始まる、また 車内が静まりかえる、窓の外の景色がどんどん流れる、
なんだか二人の距離がどんどん離れる気がする、
どうしたらいい? どうすればいい? なんだか、 息苦しい…。
「ハヤト、お前なぁ!」
「えっ!?」
「お前、このままだと、星のついた店の一番高いランチおごらせるぞ!」
「…えっ?」
「ホンとおばさん同様にお前も変わらねーな、何年ダチやってると思うんだ? 話せよ、
どんな話でも聞くぜ、それがバカ話でも、気にすんな だだ笑い飛ばすだけだ、
どんなバカでも、俺はお前の言葉は信じるぜ」
今まで息苦しかったのに、驚いて声が出た すうっ~と呼吸が楽になった。
「…バカは余計だよ」
「おっ、やっと口を開いたな、ヒ・メ♡ …で なんなんだ? カズも心配してたぞ」
「カズマ…も?」
「おいおい、また 考え込むなよ って、何でショッピングモールなんだ?
なんか意味あるんだろう?」
「うん、意味はある、あるんだけど…」
「あるんだけど…?」
「なんか、いろいろあって、まとまらないって言うか…」
「…えっ? マジっ? それだけ?」
「それだけって、どうすればいいかわからないんだ」
「だから話せよ…、簡単だろ、お前の母ちゃんみたいに、
いっぱい喋ればいいんだ、まとまってなくてもいいんだぜ」
「……あぁ」
やっと言葉にして言えた、智仁は、運転の合間に俺の肩の辺りをポンポンっと触った、
なんか落ち着く。
……話そう、まとまってないけど、バカされると思うけど、あいつらは信じてる。
「あのさぁ…トモ、…いや 王子、…ちゃんと責任とってよね♡」
「おっ、いつものノリじゃん、ホンと手間のかかるヒメだなぁ…って言うより、
俺、もっとかわいいヒメがいいから 王子 辞めるわ」
「なんだよ、お前が言い出したんだろ」
息苦しさも、肩の力も、いつも通りになっていく、なんか楽になる、
話そう、全部、一眞がいないから俺の話し方じゃ伝わらないかも…だけど、
たとえ、俺がまた落ちても、笑って、二人とも俺のダチでいてくれるはずだ。
「あのさぁ、トモ…」
「はいっ、タイムアップ、ハヤト、駐車場探せ、今日は混んでそうだ…」
「う、うん」
「話はメシの時な、星 は勘弁してやるよ」
ショッピングモールの通り沿いを回りながら、駐車場の空きがあるか探し回る、
俺の記憶にある場所、過去に実際に彼女と行った場所は確か… あの辺だったような…、
探しながら、〈過去の記憶〉を思い出していた、そして あの〈リアルな夢〉のことも。
あまり記憶は はっきりしない、もっと頻繁に利用していればすぐにわかったのだろうに、
中心のエリアからは少し離れたが、わりとすぐに駐車場所を確保できた。
「あ~ やっとついた、ここも久しぶりだなぁ、まずは… トイレな」
車を降りて、カバンを取り出し、駐車券を携帯電話ケースのポケットにしまうと、
車をロックしながら、智仁は声をかけてきた、
俺に忘れ物がないか確認をすると、一目散に、近くの店内入口に向かった、
結構 我慢してたのかなぁ、駐車場の場所を確認して俺もあとを追いかけた。
店内に入り、エスカレーターを降りて、駐車場フロアを抜けると賑やかなフロアに行きついた、
案内板からすると、わりと近くにトイレがあるようだ、まず、二人でそちらに向かった、
俺はその途中でフロアガイドを手に取り、辺りを見回していた。
「ハヤト、お前も行くか? じゃ、その辺の椅子で待っていてくれ」
智仁の問いかけに無言で首を横に振り、俺は言われた通り近くの椅子に腰かけるた、
そして 手にしたフロアガイドを開き目的地を探しはじめた。
帽子はテキトーに買うとして、あの〈リアルな夢〉の場所は… 俺は記憶を探っていた、
〈リアルな夢〉と〈過去〉の記憶の両方を比べながら思い出すなんて、なんか変な感じだ。
俺は、〈リアルな夢〉でも 〈過去〉でも、確かに、ここに香織さんと浴衣を選びに来ていた、
あの頃は、そう当時の俺はもうひとつの目的を持ってここに来ていたのだ。
そう、香織さんへの プレゼント だ。
当時、香織さんとの買い物をヒントに、プレゼントを選ぶつもりだった…よな、
でも 今はその先を考えるな そう自分に言い聞かせた、この先の記憶は嫌な記憶につながる、
また、苦しくなるかもしれない…、今は目的を果たすのが先だ。
「あの時の浴衣の店 まだあるかなぁ…、それと…」
フロアガイドを見ながら思い出の場所を探す、
あの日からここを避けていたせいか、なかなか見つからない、
でも、どうしても見つけたかった、どうしても 何かが 引っ掛かっていたからだ。
昨日、寝る前にいろんなことを考えていた、その考えのひとつに、
リアルな夢 は、はっきりとした日付と時間があり 時間の流れがあること、
それは俺の見る夢にしてはすごく珍しいことだった。
だから気になる、確かめたい、夢の中ではどのくらいの時間だったのか、
2日目にみた夢は、最初に時間を確かめていた、そして、途中に時報が放送された、
そのあとの行動をたどれば、夢の中の滞在時間がなんとなくでも、計算できるんじゃないか?
「お待たせハヤト、…で、どうする? メシか?」
「って、さっき食べたばかりじゃん」
「いやぁ、相変わらず、お前の母ちゃんのメシはうまいからな、
ちょっと、スムージー飲み過ぎた、それで、これから どこに買いに行きたいんだ?」
戻ってきた智仁は 着いてすぐにトイレに行った言い訳を言っているらしい、
智仁は俺の隣に座わると、俺のフロアガイドを覗き込んできた、
俺は智仁のためにとっておいたフロアガイドを差し出した、
智仁はそれをそのまま受けとると自分の行きたい店を探しはじめた。
「なぁ、トモ…」
「ん? どこに行きたいか決まったか でさぁ、なに食う?」
「…浴衣って、どこに売ってたっけ?」
「えっ、浴衣が欲しいんか? 帽子じゃねーの?」
「うん、帽子はテキトーに買えばいいんだ、でも、行きたいんだ どうしても」
「…なんで?」
「その…、車の中の話の続きってやつで、メシの時に話すよ」
「ふ~ん まぁ いいか、男物の浴衣ね…」
「いや、女物で、なんか特設コーナーみたいなとこ なかったかなぁ、ガイドで見つからん」
「んっ? …う~ん、なんか知らんが、毎年この辺にあるぜ」
「じゃ そこに行ってみよう、途中で帽子買う」
なんだか、腑に落ちない…って顔をしながら、智仁はガイドで目的地の場所を示した、
そして何も触れず、そこに行くことを同意してくれた。
探していた場所はこの棟とは向かい側、1階にあるイベントコーナーらしい、
多分 そこなんだろう。
向かう途中、帽子を買うのに手頃なメンズショップがあった、
ここで、帽子を買えそうだ、俺たちは立ち寄った、外出の理由はこれでなんとかなる。
「なぁ、トモ、これなんてどうだ?」
「お前さぁ、もうちょい流行とかあるんじゃねぇ、例えば、これとか、
そうだ服も買えよ、ついでに俺も買っていく バーゲンだし…って」
「ん?」
「何が悲しくて、男同士で服選びあってるんだか…」
「何で? 別に普通じゃねぇ?」
「確かに普通ちゃ普通だけど でも、学生じゃ、いや学生ですら…、
よく見ろ回りを、彼女連ればかりだろ、回りがいちゃこらしてる中で男同士とは…、」
「トモ、発言がおっさんくさい」
「あー、もうお前、絶対ナースさん紹介しろ! 合コンセッティングしろ」
「そりゃ無理だよ」
「何で?」
「この間、からかい過ぎて、嫌われた」
「お前~ せっかくのチャンスを…、いや 夏だ まだチャンスはある、マジで服買う」
そう言うと、智仁は真剣に服を選び出した。
「なぁ、トモ」
「んっ 決まったか? 俺 会計してくる」
「俺… いつもと違うっていうか…、何か変か?」
「ほら、機嫌直せって」
さっきのメンズショップでの 俺の覚悟の問いかけは 一言で終了だった、
〝はぁ~何言ってんの? お前いつも変じゃん〟の一言だ ちょっと拍子抜けだった、
それで、機嫌を損ねているのは、俺 ではなく 智仁 である。
俺が機嫌を損ねそうなものだが、その理由が…。
「あ~、何が悲しくてお前とフードコートでメシしてるんだ
せっかくの俺の休みが 俺の肉が 星が 高級ランチが~」
「ここも肉、あるじゃん」
「あるけど、あるけど…」
「だってしょうがないだろ」
俺の覚悟の問いかけのあと、二人でバーゲンセールでの買い物を済ませ、
同じ館に飲食店フロアがあるからと、約束通りメシを奢ることになったのだが…。
〝俺、ガイド見て決めてたんだ行こうぜ〟 からスタートして…。
1軒目―人気焼き肉食べ放題店 オープン前〝再度チャレンジも90分待ち〟
2軒目ーガイド星つき回転ずし店 オープン前にすでに行列 100分待ち
3軒目ー有名ブック星つきピザ店 休日は予約のみで入店不可
4軒目ー高級中華食べ放題 予約優先、予約外は時間メド立たず
5軒目ーかわいい系デザート店 もはやヤケか、女子狙いか、120分待ち
そしてついに、智仁は空腹の限界を迎えた…、それで。
「おっ 鳴った、ほら 大盛にしてやったからこれで我慢しろって」
「せめて、せめて シュワシュワぐらい飲ませろ~」
「ハイハイ、運転の必要がなくなったら飲ませてやるよ」
「なんで、お前、免許証 持ってこないんだよ、わざとだろ」
「…まぁ、待ってろって」
「こっちも鳴った、俺も取ってくる」
ビーピーなる呼び出し音に押し出されるように、結局は手分けして取りにいった、
俺は、オムライス、智仁は肉たっぷりのつけ麺、…やっぱ肉が食いたいらしい。
しかも、ちゃっかりとデザートが手配されていた。
「お前、それ 好きな、朝も玉子だったじゃん」
「うん、まぁな、一口食べるか?」
「おっ、食う食う…って、はぁ…」
「また、男同士って話しか?」
「おう、見ろ回りを、幸せ全開の家族連ればかりだろ? あ~俺もかわいい嫁 欲し~」
ちゃっかりと俺からの一口を食べながら智仁は嘆いていた、まぁ、俺もしっかりもらったが、
智仁は口いっぱいに麺を頬張りながら、話はじめた。
「ほれで、おはへ、なーん…はな……んだ」
「……わからん、とりあえず飲み込め」
「ふぅ~、だから それで お前は何を話したかったんだ?」
「あ~、うん あのな… 食い終わったら、家に帰る前に付き合ってほしい場所があるんだ」
智仁は飲み込むというより水で流し込むという感じでコップの水を飲み俺に聞いてきた、
その言葉をきっかけとして、俺は、重い口、いや、もう 関を切るように口を開いた、
まだ、混乱してまとまってないが、俺の考えを直接 聞いてもらいたかったからだ。
「なぉ、さっきも聞いたろ、『俺、なんか変か?』って」
「だから、変わらねぇって、いつも変だろ?」
「…なら…いいんだけど、俺 どうしても気になるんだ…」
「何が?」
「もしかしたら、病院の先生の言う通り 再発 したんじゃないかって」
相変わらず、口いっぱいに食べ物を頬張りながら、
途中、ちゃっかりデザートのアイスつきのワッフル手に入れてきた。
また食べ物を頬張りながら、智仁は俺の話に付き合ってくれた、
そしてまたしても 俺もしっかり一口デザートにありついたが…、
俺 やっぱ いつもと変わらないのか?
「昨日、ネトゲでは話したろ」
「あぁ、意識無くして緊急搬送の話だろ」
「はっきり言っていないことがある」
「…引きこもりのことか? でも先生が再発って…」
「あぁ、その事は医者にも話した、だから休めって話になったんだ、それ以外だ」
「それ以外ってなんだよ」
俺の声が徐々に小声になったせいか、二人の顔がだんだん顔が近く、
回りから見れば、“男同士”って話よりも これこそ怪しいように見えると思うが、
それを言うとさらにややこしくなるだろう、とりあえず話の腰を折らずに続けた、
「意識を失ったのは ほんの数分らしいんだが、その間 夢をみたんだ」
「んっ どんな? いや待て、当てる、当てる、…俺たち…じゃ、ないよな?」
「あぁ、香織さんの夢だ」
「だよな、後だしじゃないぞ、ちょっと聞くの 躊躇した、でも、平気なんだろ?」
香織さんの名前が出る時は、智仁なりに俺に気を使ってくれているのは知っていた。
「昨日、話した通り、あの場所でも案外 平気だった、意識不明ってこと以外は」
「気 失ったって、なんか思い当たるんか?」
「最初はあそこに行ったストレスかなぁ…って思ったんだが」
「だから 再発かも? か、でも やっぱ平気そうにみえるけどな」
「確かに、まだ完全にって訳じゃないけど、あの頃よりは落ち着いてると思う」
「なら、問題ないんじゃね」
「あぁ、普通なら…な、でも…俺 あの日以来 香織さんの夢はみたことなかったんだ」
「たはら、ひはいよろに、はけて…」
「…だから、わからん、飲み込め、お前、胃袋つかむ女だったらすぐに落ちるんじゃね」
「ん~ まぁ…、見ないように無意識に避けてただけなんじゃね~の、
夢をみないなんて別に普通だろ、思い通りみる方が難しそうだ」
「かもしれんが… ちょっとなぁ、その夢が なんか 変なんだ」
「ふーん 変か…、ごちそうさん、…で、俺は食い終わったらどこに行くんだ?」
話の途中で智仁は、両手をあわせて食事を終わらせると、俺に付き合うと言ってくれた。
二人で手分けして食器を片付け、朝に探した 浴衣の特設コーナー に向かうことになった、
駐車場にはちょっと遠回りになる、それでも 智仁は黙って俺にしたがってくれた。
目的の場所は、一度 外に出て 向かい合わせになっている隣の棟に向かう必要がある、
俺たちは1階に降り、外に出て連絡通路を通ることにした。
朝ほどではないが、まだ雨は降っている、向かい合わせの棟の間は一般の道路ではなく、
ちょっとした中庭に、広場のスペースになっていた。
晴れていれば、広場沿いの店やカフェは賑わっているだろに、
外側のスペースは今日はあまり利用されていないようだ、
広場にいる人や行列の人もまばらだった。
「なぁ ハヤト、後でコーヒー テイクアウトしようぜ、あそこすいてる」
「あぁ 帰りな」
カフェを横目に、向かい側の棟に入った、浴衣コーナーは入口から入って左側のようだ、
まず、俺は トイレと自販機 を探していた、どんなに店や雰囲気が変わろうと、
よほどのことがない限り、まず、トイレなどの施設の場所は変わらないはずだから、
そこからたどれば見つかるだろう、そう考えていた。
「トモ 俺 トイレ、その辺の椅子で待っていてくれ」
「あぁ、後で俺もいくわ」
多分、あそこだ…、なんとなく 思い当たるところがあった。
智仁に荷物を手渡して、更なる確認のためにトイレに向かった、
回りのインテリアとか店とかは、かなり変わっているようだが、
予想通り、リフォームこそされているけど施設の場所は変わっていないようだ、
俺は確信を得た、〈リアルな夢〉で香織さんと買い物に来たところだと。
俺は用を済ませて、近くの自販機を見た、これも変わらず同じ場所にあった、
けど、香織さんの好きな飲み物はなかった、携帯電話を取り出し買おうとしてその手を止めた。
そうだ、〝智仁がカフェで買う〟って言ってた ついでに時間だけ確認した、
まだ、14時になっていなかった、〈リアルな夢〉では飲み物を買って楽しく過ごしてた、
でも、実際の過去、そう〈記憶〉は、ここを利用したか、はっきりしない…。
「お待たせ、トモ」
「おぅ、ちょっと待っててくれ」
交代してトイレに向かう智仁を眺めながら考えていた、なんとなく気になっていたことを、
そもそもあれは 〈夢〉 なのか 〈記憶〉 なのかということを、
意識を失った時間の長さに関係ない、とにかくその意識をなくしている中で俺は、
ただ、同じ時刻に、しかも、一定の時間、朦朧としながら記憶の回想をしているのか?
それとも、香織さんと会いたいと願って、文字通り夢を香織さんの夢を見ているだけなのか?
そしてあの 訳のわからん夢の体験を、
意識を失ってまで “何故 体験したいと願うのか?” ということを。
〈リアルな夢〉の時刻はなんとなくわかる、でもいる時間はどのぐらいなんだろう、
知りたくなった、知ったからといっても何になるのかわからない、
でも、多分、何か手がかりが欲しいんだろう。
そう、あの体験は、決して再発ではない と言う確証を得る手がかりを。
「お待たせハヤト、じゃ 行こうぜ、どこ行くんだ?」
「あぁ さっき言ってた浴衣コーナーに行って、で、コーヒー買って…
それで、そのあと、15時頃迄に、あの 時計台 に行きたいんだ」
「ふーん、なんかえらく細けーな、まぁ、いいけど、15時頃な、じゃ、行こうぜ」
俺は立ち上がると、また携帯電話の画面で時間を確認して、荷物を持ち歩きはじめた、
昨日の〈リアルな夢〉のことを思い出す、歩き出して5分もしないうちにたどり着いた、
どうやらあの店も変わらないところにあったようだ。
「なぁ、ここに何があるんだ、やっぱ浴衣買うんか? ……あっ!?
ハヤト お前 まさか…、やっぱ 彼女? 彼女か? ナッ ナースか?」
「はぁ ちげーよ、彼女は彼女だけど …香織さんだよ、言ったろ ナースは嫌われたって」
「そうか すまん…って、 でも、抜け駆けは無しだぞ」
「抜け駆けも何も、お前の方がモテそうじゃん、さぁ、カフェに行こうぜ、トモ」
「えっ、もういいんか?」
特設コーナーの前から、先に歩き出した俺は、振り向いて智仁に無言でうなずいた、
ちょっと不満そうだが、俺のあとに智仁は黙ってついてきた。
結局 俺たちは、さっき見つけたカフェに立ち寄り飲み物を調達してから、
この館に入った入口とは別のところから出た、
結局 2つの建物をほぼ一周するかたちで、駐車場に向かった。
「ハヤト、ここはホンともういいんか? 別に時計台なんていつでもよくねぇ?」
「あぁ、付き合ってもらって悪いけど、時間までに行きたいんだ」
「時間ねぇ…」
もう少しで駐車場に入るってところで智仁が確認してきた、
やっぱ ちょっと腑に落ちないというか不満そうだ、せっかくの休みだもんな、ゴメン智仁。
そのまま店内出口を出ると止めていた車に向かい後部座席に荷物をおいて車に乗り込んだ、
さっきカフェで手に入れたドリンクをホルダーに入れるのも忘れずに。
雨が朝より小降りになったからか、店内はさらに賑わっているのかもしれない、
車の入庫の行列と違い、わりとすんなり駐車場を出ることができた
ショッピングモール沿いの狭い道から、広い道路に入ったところで、
智仁はホルダーのドリンクに手を伸ばした。
「お前、相変わらずだよな、ここのコーヒー結構うまいけど、なぁ アイスココア 一口くれ」
「ちゃっかりしてんな、ほら」
「おっ、これもうめーな」
俺は智仁にココアを手渡した、一口って多くね?ってぐらい飲んで返してきた、
まぁ、いいけど、俺はこれから智仁に、無茶ぶりすることになるかもしれないからな、
取り越し苦労かもしれないがその事を伝えおかないといけない。
「なぁ、トモ、どのぐらいで着けるかなぁ」
「15時には十分間に合うと思うけど、あの辺に車止められたっけ?」
「どうかなぁ、家に帰ってからでもいいけど…」
「そういえば、あの辺にカフェなかったっけ? そうそう、たしかあった車は止めれるはず」
「そうか じゃ そこ行こう、 なぁ トモ そこってケーキとかテイクアウトできるかなぁ」
「どうだったかなぁ… あったと思うけど…」
「じゃ、大丈夫そうだな、母さんのお土産買い忘れたから…」
「ヤバっ、それはヤバいな」
「だよな、…で、ヤバいついでだけど…」
「ついでって 何?」
「俺さ、あそこでまた気絶するかもしれない」
「はっ… はぁ~?」
信号で止まったタイミングを見計らって、なるべくさらっと、
まるで簡単なことのように智仁に言ってみた、
「お前、笑いながら、なにさらっと、爆弾発言してんの? カッブ落としそうになったわ」
「やっぱそうだよな~、でも マ・ジ だから」
「……マジか」
「うん、マジ…」
智仁は手に持ったカッブを落としそうになっていた、
やっぱあっさりと聞き流すという訳にはいかないようだった、
それを流して、俺は、ゆっくりと話はじめた、
自分でも何故かよくわからんが、あの時計台に触れると、意識を失うらしいこと、
その間で覚えていたことが、あの 香織さんのリアルな夢 であることを。
「なぁ、なら、わざわざ気絶しに行くんか それって意味なくねぇか?」
「そうだよな、そうなんだけど…」
「…だけど、なんだよ」
「どうしても確かめたいんだ、なぜ急に “香織さんの夢” なのか?」
俺も智仁も、法要がきっかけで、一時的にそんな症状が出たんだろうって、
わかっている、頭ではわかっているけど…。
もし再発なら、病気が悪化したら、俺は、またあの地獄の日々に戻るかもしれない、
だから違うと確証を持ちたい、いや…、いや違う、
そんなことより、俺は 会いたい、ただ会いたいんだ、それがたとえ夢でも、
もう少しだけ、会いたい、関わりたい、そう、きっと自分のためだ。
なぜか 時間が流れてる、そんな夢だから、夢のくせに終わりがあるのかもしれない、
触れないようにしていた香織さんとの思い出の記憶が、悪い連想をさせる、
そうなら、もう二度と 香織さんの夢 は見れなくなるかもしれない、それは嫌だ…。
「もうそろそろ着くぞ、カフェに行っていいんだな」
「あぁ、土産を買おう」
「でもいいんか? お前の母ちゃん、時計台に行くこと反対とかしないんか?」
「あっ…、まぁ いいんじゃね、話してないし、そのためのお前だし」
「えっ何、一緒に怒られろってことか」
「えっ、怒られてくれるのか? それもいいけど、トモには緊急搬送を阻止してほしいんだ」
「バレなきゃいいってことか?」
「まぁ そんな感じかな、もし再発なら …自分で説明するよ」
ほどなく、時計台近くのカフェに着いた、駐車場も空いていた、
荷物を後部座席に置いたまま、二人でカフェに向かう、雨はもう小降りになっていた。
メニュー看板がなければ、ゆっくりと歩いていてもカフェだと気がつかないかもしれない、
そのカフェは、なんか知る人ぞ知るという雰囲気で、
俺 昨日もこのそばに来たのに、全然 気付いてなかった。
「なぁ、どうする、一応、中で茶するか?」
「どっちでもいいけど、さっき飲んだばかりだし、俺は、時計台に行きたいかな…」
「やっぱ時間か?」
「まぁな、それより、トモ こんなカフェ 何時できたんだ?」
「さぁ、けっこう最近だったような… あんまりこっちに来んからなぁ…」
とりあえず二人で店内に入った、すぐに落ち着いた感じの女性の店員がやって来た。
「いらっしゃいませ、空いているお席へどうぞ」
「あの、すみません、ケーキとかテイクアウトってできますか?」
「はい、テイクアウトですね、ご用意できます こちらへどうぞ」
智仁が応対に出た女性店員に話しかけた、
少し離れたガラスケースに、案内されるまま二人で着いていく。
「こちらのケーキと一部ドリンクがテイクアウトできます、
お決まりになりましたらお声をお掛けください」
「はい、ありがとうございます」
店員は俺たちを残してその場を離れた、多分 カフェにしては種類が豊富じゃないかなぁ、
ガラスケースには、色とりどりのケーキが並んでいた。
「なぁ、どれにする? これさぁ 俺も お前ん家で食べてもいいか」
「ああ、帰りに寄ってくれればね、でもさ、まだ食うの?」
それにしても…、カフェの店内は少し変わった感じだった、
店内で食事、テイクアウトはもちろんだけど、時計が販売されていたのだ、
落ち着いた店内に合うような、アンティークな感じの壁掛け時計とかがたくさんあった。
そういえば、近くに時計店があったな…、たしか 俺の生まれる前からあったはずだ。
“年代物の時計も修理できるほどの職人さんがいる“ って子供の頃 聞いたような…、
そこに関係しているのかなぁ。
「なぁ、ハヤト 決まった?」
「あぁ、ごめん、ちょっと店内を見てた、まだ決まってないや」
「…そうですよね、ちょっと変わってますよね」
「…えっ!?」
突然、先ほどの店員に話しかけられて、二人でちょっと驚いた。
「あっ、すみません つい…、でも よく言われるんですよ、時計のこと」
「僕のように時計ばかりを見ちゃう人が多いとかですか?」
「ええ、でもそれでいいんです、この時計は販売もしているので」
「そうなんですか~」
「実は、私の祖父が近くで時計店を営んでいたので、そこにあったものなんですよ」
「時計店ってあの時計台の近くの?」
「そうです、時計店をご存知なんですね、時計の方が道路沿いに面しているせいか、
カフェじゃなくて時計店の移転先と間違う人もいるんですよ」
「移転って?」
「実は、何年か前の交通事故で時計店にも被害が出てしまって、祖父も ちょっと」
「じゃ、もうその時計店はもう…」
「いいえ、祖父も高齢でお休みをしているだけですよ、ただ、継ぐ人がいなくて…、
時計も倉庫にしまったままもかわいそうだし、一部、内装も兼ねて置いているんです」
時計店のことを語る女性店員は どこか楽しげで どこか嬉しそうだった。
「あっ、ごめんなさい、私ったら、お決まりになられましたか?」
「う~ん、オススメはどれですか? 全部 美味そうで…」
「あら、ありがとございます、オススメは…」
相変わらず食い気しかないのか、全く動じず智仁はケーキに釘付けだった、
女性店員と真剣に話している、あの真剣さがあればきっとモテるだろうに…。
この時計はすべて時間があっているようだ、あと10分程で15時ぐらい、
会計をしても十分に間に合う時間だ、多分、時間通りあの時計台までたどり着けるはず。
時計台を見ようとして 時計台に近い窓の方を向いた、
その俺の視界にそれは飛び込んで来た、違和感と共に…。
少しキズついているのか? 古びた人形、それは俺とほぼ同じ方向を向いていた、
何かが不自然だった、中途半端に店内に背を向けていたからかもしれない。
「なぁ ハヤト、お前の母ちゃんどんなのがいいんだ?」
「あぁ、多分… 豪華な感じのやつかな?」
「そもそも味じゃないんか じゃ、季節のフルーツタルトとかかな…、お前は?」
興味がない訳ではないのだが、まぁ、テキトーに父さんの分と俺の分は選んだ。
会計を終え、ケーキを包んでもらっている間、俺はあの人形のそばによってみた、
間違いない、時計台の方を向いている、よく見えなかったがキレイな顔にもキズがついていた、
突然、一部の壁掛け時計がからくりの機能を動かして時を告げた、
「お待たせしました、…あっ、この人形ですか? ちょっと古いでしょ」
「この人形キレイな顔にキズがあるから、わざとちょっと外向きにしてるんですか?」
「いいえ、でも確かにキズは可哀想ですよね、これ過去の事故で付いたんです」
「では、当時、時計店の中にあったんですか?」
「いいえ、この人形は時計台の中にあったものなんです、あまり知られてないのですが、
実はあの時計台は ”からくり時計” なんですよ」
その先の話はまた今度になってしまった、まぁ、別にいいけど、それより時間だ。
俺たちは女性店員の見送りを受け、カフェをあとにした、
雨はもう気にならないくらいになっていた、智仁は車へケーキを置きに、
俺は時計台へと足を向けた、簡単な説明をする時間ぐらいありそうだ、
あとを追うように智仁が時計台にやって来た。
「ケーキ置いて来た、なぁ、ホンとやるんか なんか意味あんのか」
「わからんが、まぁ、ここまで来たらあきらめて付き合ってくれや」
「まぁ、いいけど…」
俺は智仁に話した、この二日間でここで俺に起きたことを、リアルな夢のことを、
一度目は、感情的になってこの時計台に触れて、意識を無くした、
その時この時計台のどこかで切って倒れて、救急車で運ばれたらしい、
二度目は、同じ事が起きるかどうか半信半疑で、時計台に触れて、また意識を失って、
また同じ病院に救急車で担ぎ込まれたらしい と。
その間に過去のようなリアルな香織さんの夢をみた、その夢を再現できるかもしれない、
だから、同じ条件に、この場所で同じ時間に触れて見ようと思ったことを。
「ふーん、でも同じ条件って、俺らに話したから、条件が変わったんじゃねぇ?」
「…あっ! そうかも…」
「だろ? ならもういいだろ 帰ろうぜ」
「まぁまぁ、やってみればわかるし 俺も気が済む、とりあえず倒れたらよろ~」
「まぁ、いいけど、そろそろ時間か…」
智仁が携帯電話で時計を見た、俺も止まった時計台の時間に合わせるため、
携帯電話で時間を確認する、そしてもう一度 智仁の方を見る、やっぱあきれているようだ、
それでも構わず俺はタイミングを合わせて、今までと同じように両手を時計台に着けた。
「おい ハヤト? 冗談だろ? マジ? マジでか? おい、おいってば……」
「やっぱ …だろ? ト…モ…」
やった、また… 智仁の声がだんだん遠くなる、目の前が…真っ白にな…る……、
「おい、おいっ、大丈夫か、仕事が終わったら帰れ、お前 用があるんだろ」
「えっ、あっ、大丈夫…って、あれ?」
「お前、何 休憩室で寝ぼけてるんだ? 今日は用事があるからって 仕事 頑張ったんだろ」
「えっ、えっと…、俺、何を?」
「…お前なぁ、俺が知るわけないだろ、ん~、確か、彼女のプレゼントを買うとか…って、
なんで俺が、本当に世話のやける後輩だな」
「すみません、先輩、お疲れ様でした」
「おう、お疲れ 気を付けろよ~」
俺は、多分、俺の持ち物であるだろうカバンと封筒を持って、
先輩への挨拶そこそこにその場を後にした、部屋を出てそのまま近くのエレベーターに向かう、
何で? 香織さんがいない? たぶんここ、前に勤めてた会社だ…。
想定外にちょっと混乱していた、目の前にいたのは、以前、お世話になった先輩だった。
やはり同じポケットの位置に携帯電話があった、
エレベーターの下ボタンを押して、来るのを待つ間に携帯電話の画面を見た、
《20××年7月3日 18:27》を示していた、とりあえず携帯電話はポケットに戻した。
ほどなく扉が開き、俺は誰も乗っていないエレベーター乗り込み下へと向かった。
「どういうことだ、香織さんは? 何で会社? 前のときと時間も違う? えっ? 何で?」
誰もいない状況で、混乱していたことが思わず声に出てしまった。
「確かに、ここは俺が勤めてた会社、新卒でここに勤めてた それで…」
やっぱ今も俺は計画性がない、いろいろあったからだけど、
過去のことをもっと調べておけばよかった、失敗した、言い訳してもどうしようもないが。
「これって香織さんとの楽しい時間だけじゃないのかよ…」
改めて、期待していたことの違いにがっかりしてしまった、
だがとりあえず今は思い出すことに集中した。
ここは、俺が新卒の時にやっと決まって勤めた会社だ、そしてさっきのはその休憩室、
それと、お世話になった先輩、俺はすぐに辞めてしまって先輩の期待に答えられなかった、
迷惑かけてしまったなぁ、先輩はしっかりものでいつも俺を…、
「そういえば、先輩『俺の用事がどうの…』って言ってたな、確か 俺…」
あの頃の俺は、初ボーナスを使って香織さんにプレゼントを購入した、それははっきりしてる。
あの頃の俺としては ちょっとだけ背伸びをしてプレゼントを選んだんだ。
そう、俺は会社から近い人気のブランド店まで行って、
優柔不断でなかなか決められず何回も店に通って、それから…
そうだ、ギリギリでなんとか最終候補の2つまで絞って、
指輪を購入をしたんだよな。
「そうだ 俺、これから香織さんへのプレゼントを買いに行った」
多分 今日が、あの候補の2つ指輪から最後の1つを選んで買った日なのだろう。
プレゼントの指輪を仕事帰りに買いに行くために 早く帰れるよう仕事を頑張った、
先輩が言っていたのは 多分 その事で、
店に行く前に俺はまだ悩んでいた、だから休憩室にいたんだ。
確かに、この〈リアルな夢〉は〈実際の過去〉とリンクしているんだ、
話がつながっている、〈リアルな夢〉と〈実際の過去〉がつながってる、
しかも、この〈リアルな夢〉を見ている 現在の俺、そう〈28歳の俺〉の時間と同様に、
気絶している間の時間も毎日一日づつ進んでいる…、
でも、こんなに大事な思い出なのに、はっきりと覚えていないなんてな…俺
そう、この辺りの記憶ははっきりしない、何をしたのか は覚えているのだが、
いつ、どんな風に行動したかが はっきりしない、
きっと辛すぎて自身で記憶を封印しようとしていたせいだろう…。
止めよう、今は先を思い出してはダメだ… 前のようなパニックはまずい…。
「あ~あぁ… 会えないのかぁ…」
香織さんに会えることだけを考えていたため、これはまさに想定外、
エレベーターを降りて、またつい声に出してしまった、
がっかりした感じが拭えないまま玄関を出て、とりあえず駅に向かって歩き出す。
別に夢だし、香織さんがいないなら強引に会いに行けばいだろうが、
無理だ、多分 間に合わない、ここからすぐに香織さんの職場に向かっても、
多分、間に合わない。
時間を調べてよかった、わざわざショッピングモールに行った甲斐があった、
調べた時間では おそらく この〈リアルな夢〉の中では俺は一時期ぐらいしかいられない、
そのぐらいで現実の俺が目覚めるからだ。
それに、仕事が終わってたとしても、香織さんはこの時間は忙しくしていた…はず。
あいまいな 過去の記憶をたどっていく、
香織さんはこの時間ぐらいは、仕事か、学校に行っていた…はずだ、うん、多分。
だから会うことも電話で話すことも出来ない、
なら〈過去の夢? 明晰夢?〉を楽しむしかないだろう。
「なら、これから俺がするべきことはこれだな」
そして俺は、おそらく今日に〈実際の過去〉で行ったところに向かうことにした。
すごいやっぱリアルだ、前はこんなだったっけ…、
街並みもリアルだ、今とはちょっと違っていた、思わずキョロキョロしてしまう。
やっぱ、明晰夢ってやつじゃないのかなぁ…
と言いつつも夢のように便利に空が飛べるとかはないようだし。
その足で到着した駅で、ほどなく目的地への電車に乗り込むことが出来た、
運よく椅子にも座ることが出来たし、これなら目的地までは20分ほどで到着するだろう。
そうだ! 携帯電話を取り出す、やっぱ、これは機種変更する前のモデルだ、
開いた二人のグループチャットにメッセージが 懐かしいやり取りが残っていた、
俺、こんなに楽しいことも思い出さないようにしていたのか? つくづく思う、
これまでの二人の時間、時には怒られ 時には励まされた 二人の楽しい過去、
あぁ、香織さんにメールでもしようか? でも何を伝える? 考えてなかったから
何をしていいのかわからない。
そういえばこの携帯電話も、過去の記憶 が正確に残らなかった理由の1つなんだろう。
しばらくこれを使ってたけど、事故後この携帯電話を機種変更した、
水濡れが原因で壊れてデータもほとんど消えてしまったんだ、
バックアップしていなかったせいで、それはもう、思い出のデータ部分もごっそりと。
俺はいつもテキトーだから、水濡れをきっかけにバックアップ設定をするようになったんだ、
やっぱりな… これでよし、 バックアップの設定してなかったから、すぐに直しておいた。
きっと現実の俺は病気を再発していない これでちょっとした確信を持った、
今の俺なら、この楽しい時間に関することなら動揺することなく見れるはずだ、
このデータが残せたら、あとで懐かしんだり、参考にしたり出来るかもしれない。
…って、バカだなぁ、これって夢だよな、いくらリアルだからって俺バカすぎる、
こんなことしても現実に影響がある訳じゃないか、俺のバカさにちょっとあきれた。
でも…、話がつながっている〈明晰夢〉なら、明日の夢の俺にちょっとは影響があるかも…、
ちょっとしたの好奇心が沸き上がった、あの時も夢の中でなんとなく思ってたんだった、
“夢から覚めた後 夢の中の俺はどんな行動をとったか?” ってことが
もし、未来のことを知る〈28歳の俺〉が〈この夢の中の俺〉に、
何かメッセージを残したら、それは〈明日の夢〉に影響して話がつながるのかなぁ…って
俺 明日も夢を見るために気絶するつもりか? くだらない、
くだらないとわかっていたが、まぁ、着くまでヒマだしやってみることにした。
この〈明晰夢?〉に有利になり、次につながるメッセージって…、何がいいか考えた、
この〈リアルな夢〉の終わりを迎えないために、やっぱ また、香織さんに会いたいんだ…。
これでいいんじゃね~かな 考えを練っている時間はないので、まぁテキトーに
この後の〈夢の中の俺〉に役立ちそうな文章を作ったみた、みたんだが…、
でも、どうやって伝える? 信じないと意味がないしなー、うーんどうしようか…。
「そうだ!」
思わず声が出てしまった、車内の乗客にちょっとにらまれて頭を下げた、
ちょっとマズったが、まぁ、もうすぐ降りるからいいか…。
結局 俺は、さっきの文章にさらに文章を加えた、少しでも信憑性が上がるように。
先に電車が下車する駅に着いたし、電車を降りてからメッセージを残す仕上げをした、
これで、この出来上がったメッセージを〈この夢の俺〉に残せるはずだ、
この〈リアルな夢〉がつながっていて〈この夢の俺〉が何か続きの行動をとるのなら、
これで伝わるはず。
俺は〈28歳の俺〉と〈夢の中の俺〉とが確実に入れ替わった頃に送られるように、
あえて時間指定の設定して、自分の携帯電話にメールを送った。
まぁ、ちょっと面白いかも、さぁ、行くか… 急ぎ目的地に向かう。
駅で時間を見たら、目が覚めるまでには、店に着いて20分以上は時間がとれそうだった、
俺が決められる十分な時間があるだろう、なんたって ”二択” だ、少し走って向かった、
おかげで移動時間短縮、店の前に着いた俺は息を整えてから店の中に入った。
「いらっしゃいませ」
ドアを開けて入るなり、ちょっと品の良い感じの挨拶が俺に向けてかけられる、
店内を見回していると、女性店員が近づいてきた。
「いらっしゃいませ、何かお探しですか? これは 大変失礼いたしました」
「……え~っと」
「先日いらしてくださったお客様ですね、確か…指輪をお探しで また来店してくださると」
「あー、はい、多分そう…です」
「多分…でございますか、確か先日は、2つまで絞られてお帰りになられたかと…」
「それっ、それを見せてもらえますか」
「かしこまりました、ではお持ちいたします、こちらでお待ちください」
店員にその場で待つように案内された、事情がわかる店員が居てくれてよかった、
途中からだから、やっぱどうしてもわからないことがあるからだ。
言われるままに待っていたけど、 店 ここであってる…よな?
〈夢の中の俺〉がここに来て選んでいたとしても購入するとは限らないんだ、
そうしたら全部 話が変わってくる、さっきのメッセージも無駄になる、
いくらリアルでもこれ夢だもんな、う~ん、どうだろう 多分 大丈夫だよな…、
夢が〈28歳の俺〉の過去とまったく同じとは限らない、今頃になってふと思った。
俺、ホンと計画性がないなぁ…とか考えていたら、わりとすぐに店員が戻って来た。
「確か、こちらの二つも見ておられたかと…、もし違っていたら、おっしゃってください」
「ちょっと見ていいですか?」
「はい、ごゆっくりどうぞ」
女性店員は声がかかりやすい、付かず離れずの距離から見守っている。
ここは確かに〈夢の中の俺〉が買いに来た店、購入を決めた店であってる、
並べられた2つの指輪を見て俺は確信を持った。
目の前に出された指輪の片方は俺が実際に購入したもので、多分 間違いないだろう、
デザインに見覚えがあった、なら、過去の通り買えばいいのだろうが、だけど…。
〈夢の中の俺〉じゃなくて〈28歳の俺〉が選んだら、〈夢の中の俺〉どうなるかなぁ?
また好奇心がわいてきた、全く違う可能性があってもいいんじゃないか だってこれ夢だし。
「あの~、すみません、俺、他に見てましたっけ?」
「『他に…』でございますか?」
「えぇ、あっ、でも…」
「確か…、今、お持ちします」
あの時、何を決め手にこの2つに絞ったんだっけ、デザイン? サイズ? 金額?
「お待たせいたしました、私が覚えているのはこちらですが…」
「ありがとうございます、見せてください、そういえばサイズの在庫はありますか?」
「はい、お調べ致します」
すぐに店員は2つの指輪を持ってきた、これで選択肢は4択になった、
じっくり見ているヒマはもうないだろう、
そう、サイズなんだ、買った指輪はサイズが大きかったんだ、
あの時…、あの時…に…、急に息が荒くなった、苦しい、
まだだ、まだ俺が選んでない、
「ご気分が優れませんか? よろしければこちらをどうぞ」
「あ…りが…とう…ございます…」
俺の様子を見て、他の店員が椅子に座るように促し、紙コップで水を差し出してくれた、
その店員の腕時計はもうすぐ時間が来ることを指し示していた、
座って、水を飲み干すと少し落ち着いた、この後がどうなるかわからん、わからんが、
やっぱ、それがたとえ〈リアルな夢〉でも、夢を見ている〈28歳の俺〉が選びたい、
そうしないと、この夢は嫌な結末にたどり着く… 俺は好奇心よりそう思うようになっていた。
椅子に座った俺の前に指輪は並べ直された、よくみるとどうやら金額で振り落としたらしい、
あとから持ってきたもののほうが、若干、高額だった、やっぱ、俺ってテキトーだな。
だんだん思い出してきた〈実際の過去〉の俺を、そのテキトーぶりで購入を失敗したのだ。
当時の俺は、購入当日までにはっきりとしたサイズを調べられず、
たしか実際の過去も、金額? を見て香織さんが好みそうなデザインを重視して購入したんだ、
予約も出来たが、予約しなかった、どうしても花火大会までに手にいれたかったし、
なにより面倒だったから。
〝後でサイズはなおせますよ〟とか言われて その店員の言葉に深く考えず買った、
でも、やっぱサイズが大きかった、そんな感じだったような気がする。
だから俺は、〈実際の過去〉に俺が購入した指輪は絶対にさけようと思っていた、
中身は未来を知る〈28歳の俺〉だ、おかげで今はサイズもだいたいわかる、
感謝しろよ〈夢の中の俺〉
「お待たせしました、こちらのお品ものは、他のサイズもご用意があります、お後は…」
調べ終わった女性店員が、丁寧に在庫を俺に伝える、要約すると…
現実に購入した指輪・・・好みに合いそう でもサイズ在庫なし、予約で1ヶ月ほど
最終候補だった指輪・・・生産終了で古めデザインだかサイズ在庫あり、注文不可、
追加で出した指輪1・・・好みに近い、別店舗に在庫あり、受け取りは明日以降、
追加で出した指輪2・・・好みかは別だがサイズ在庫あり、すぐにもって帰れそう、
やっぱ〈実際の過去〉と同じで、購入した指輪はそのサイズしかなかった、
聞けば、やっぱ現実に購入した指輪のサイズは一般的な大きさから1つ大きいサイズだった、
「すみません、この指輪のサイズだと、指輪から落ちるぐらいだったんですが」
「えっ、落ちるぐらいだった? ご本人様が見えていたのですか?」
「あっ、え~っと、しっ、知り合いの指輪でサイズを試したんです、ええ、はい」
「左様でしたか、では、ワンサイズ小さいものがよろしいかと…」
「ワンサイズですか…かなり隙間があって指につけても落ちるぐらいな感じで…」
「落ちる…ですか、隙間にもよりますが、では、もう少し小さくしてもいいかもしれませんね」
「………じゃ、これにします、会計をお願いします」
少し悩んで俺は決めた、もうすぐ時間だ、最後の仕上げをしなければ、
休憩室から持ち帰ったカバンと封筒、封筒の中身は “指輪の文字入れ依頼書“ だった、
店員が手続きにいっている間に、鞄から書類とペンを出して仕上げを行った、
俺は、誰にも見られないように書類のすみに〈夢の中の俺〉に向けて一言を書き添えた。
あぁ、もう時間だ やっぱ 目の前が真っ白に変わっていく…
頑張れよ〈夢の中の俺〉、せめて夢のなかだけでも、変わるといいな… 俺の未来。
俺を信じろ グッドラック!!
「………り…した…ほうが」
「でも、大丈夫そうだし、あっ、起きた」
「うーん…、あれっ、トモヒト?…、俺…」
頭がまだ、ぼっーとする、どうやら病院は免れたらしい、ここは…。
「なっ、トモ、俺の言った通りだろ、やったよ、俺、やったよ んっ? 何だ?」
ぼっーっとした頭がはっきりとしてきた俺は起き上がり、
少し興奮ぎみに智仁に話しかけた…ら、
俺よりも大きなものにいきなり体を拘束された、なんなんだ??
「……何でいるんですか、先生」
「よかった~、本当によかった、もう どうなるかと…」
俺を放し、うっすらと涙を目に浮かべながら、そこにいたのは、
なんと、イケメン八代先生だった。
「このまま、病院にいきましょう、大丈夫ですよ、僕がついていきます」
「はぁ、病院? 別に要らないですよ、平気だし、何、泣いてるんですか?」
「だって、すごく心配したんですよ、一応、救護処置はしましたが、やはり病院に…」
「だから平気ですって、第一、なんで先生がここにいるんですか!」
「えっ、それは、声のした方に行ったら、人が倒れていて、で、手を…」
「あんまりいじめんなって、ハヤト、膝枕してもらった仲だろ…」
「はぁ~? 膝枕~? どういうことだよ」
ワケわからん、なんて寝起きだ、寝起きバグが俺よりイケメンって、
たとえ俺に興味のない、あざといナースさんでもウェルカムだ!
期待してた香織さんに会えず、ただでさえ面白くないのに、挙げ句モテ方が真逆とは…。
落ち着いて見てみれば、俺たちが乗ってきた車の中だった、
後部座席と助手席がフルフラットの状態にしてあった、
フラット部分に、車の前方に頭を向けるようにして俺が寝かされていたようだ、
運転席には智仁、俺たちの荷物は車の一番後ろの俺の足元の横の空きスペースに、
場所が無くて運転席のすぐ後ろに先生がいて、寝ていた俺からは見えなかったらしい、
先生が急に現れて見えたのは、俺がぼーっとしてて、気がつかなかったこともあるが
先生はどうやらずっと俺の横で小さくなっていたらしい。
寝起きで、ワケわからん状態の俺に、八代先生のことを智仁が説明してくれた、
意識を失った間のことを。
「お前、ホンとに倒れてさ」
「なぁ、ホンとだっろ」
「あぁ、でも俺、話半分だったら出遅れてさ 支えるだけで精一杯になってな、
体制が立て直せなくて、ちょっと動けなくなったんだ」
「そうか、すまん」
「そんな時に、俺の声にこの人が来てくれて、医者だからと、まさか知り合いとはね…」
「……トモ、そこはいいから」
智仁にはイケメン先生としか話してないもんな、こんな偶然があるもんだなぁ。
「とりあえず、車まで運ぶの手伝ってもらって、寝かせるスペースを作る間、介抱を頼んだ」
「それで、救護処置をしました」
「それが、膝枕タイムな」
「何で膝枕?」
「えっ、スペースを作る間、無理姿勢にならないように、しかたなく…」
「なっ、なら、しょうがないですね、ありがとうございました」
「あっ、いいえ、とんでもない、それに膝枕ぐらい、いつでもしますよ」
「先生、そこじゃありませんから、って、そこ、笑わない!」
近くで智仁がウケていた、この先生、やっぱ天然かも…、とか思っていたら、
先生に痛いところを付かれてしまった、
「三浦さん、さっきの会話ですが、意識を失うことを事前に予期していたのですか?」
「先生、コーヒーまだありますよ」
「いえ、御構い無く、こんなに遅くなってすみません、僕、そろそろ失礼しないと…」
「あらっ、そんなこと言わないで、ぜひお夕飯も食べていってくださいな、智仁くんもね」
「えっ、いいんですか~ 先生も食べていきなよ、おばさんのメシめっちゃうまいから」
「えっ、ご馳走になってもいいんですか?」
……で、俺の家で、リビングである
俺の意識は回復した、そして 病院に行くことをもちろん拒否した、
それで、いまより安静に出来るところに行くことになった。
カフェから家までは車なら数分だ、急いでシートをなおして、俺の家に向かった。
途中、〝意識がない奴は重たいんだ〟って言いつつも、〝すまなかった〟と智仁が謝っていた。
俺は、どうやら気を失った時に、派手に体勢を崩して智仁に迷惑をかけたらしい。
朝からの雨で道路が濡れていたことが災いしたのか、ジーンズが結構派手に汚れていた、
でも、ホンと、智仁がいてくれてよかった、おかげで被害が少なくすんだ。
家に着くなり俺だけ先に玄関から家に入った、
迎えた母さんの小言を聞きながら風呂に誘導された、まぁジーンズが泥だらけだったからな、
車を止めてから、智仁が追いかけ入ってくるとは伝えたておいたが…。
「めっちゃくつろいでますね先生、これから用があったんじゃないんですか?」
「用ってほどじゃ…、ただ三浦さんが心配で…もう遅いですし、僕、やっぱり失礼します」
「こらっ、颯太、助けてくれた先生になんてこと言ってるの、すみません 先生」
「ホンとそうですよね、何? 俺と先生が仲良くしてたから? お前、ツンデレだなぁ」
「……ト~モ~…」
風呂を終えて、リビングに入ると、三人が楽しげに話していたのでそこに割って入った、
スゲー智仁が楽しそうだ、おもちゃを手に入れた子供のような顔をしている、
こりゃ、しばらくいじられるな…、それにしても、イケメンがいるから母さんも上機嫌だなぁ…。
「あっ、やっぱり、足がキズついてますよ、お風呂でかさぶたがとれちゃったのかな?」
言われて見れば、膝下から血が流れはじめていた、
母さんが着替えを持って来てくれていたんだが、だから短パンだったのか。
そういえば助けてくれたって、智仁は母さんにどう説明したのだろうか。
「三浦さんのお母様、僕、処置してから帰ります、救急箱とかありますか?」
「いいですよ、自分で出来ます」
「いいじゃん、やってもらえよ、朝も俺が包帯まいてやったろ」
「だーかーらー、トモ~」
「えっ、あの包帯 森川さんがされたんですか? キレイに出来てるなぁって思ってたんです」
話の途中で母さんがその場を離れた。
「もう、この子はホンと雑っていうか、これ、救急箱と頂いた薬です、助かります」
「ありがとうございます」
「先生、遠慮せず、夕飯を食べていってください、食べたいものとかありますか?」
「えっ、作ってくださるんですか?」
「えぇ、お父さんもそろそろ帰って来るし、多分、材料も用意 出来ますよ」
「それなら…」
「えっ、それでいいの、わかりました、先生のために頑張って作りますね」
母さんはすぐ救急箱を持って来て、先生に手渡した。
そして、先生の言葉を聞くと 先生を引き留めるのに成功した と確信して、
なんだかウキウキと、キッチンに消えていった。
「じゃ見せて下さい、ちょっと残念ですが、お邪魔なら適当に理由つけておいとましますよ」
「別に…、そこまでしなくていいですよ、母さんが残念がるし」
「じゃ、一緒にご飯してもいいんですか?」
「いいもなにも…、一応、こっちが迷惑かけたんだから、迷惑ついでに、これもお願いします」
俺は風呂上がりで包帯をしていない頭を指差して頼んだ。
「はい、では足の方から処置しますね、痛かったら、ごめんなさい」
「……先生、その…今日はありがとうございました」
「いいえ、どうってこともありません」
「……ってそこ ウケない!」
「はっはっ、やっぱお前ツンデレだわ、じゃ、俺も… おばさん、俺も風呂 借りていい?
お前ら二人にしてやるよ、ごゆっくり」
二人の会話を大人しく聞いていた智仁は、ひととおり俺らのやり取りを楽しんだあと、
キッチンの母さんに声を大きくして声をかけると、俺たちから離れていった、
なにやら途中 母さんと話していていたようだか、しばらくしてリビングを出ていった。
母さんは料理に集中してる、先生は黙って処置を続けてる、俺は先生と完全に二人になった、
ちょっと、気まずい… 切り出したのは先生だった。
「三浦さん、痛くないですか? じゃ頭のほうをみせてください こっちも替えますね」
「はい、大丈夫です、ご迷惑おかけします」
「それと、お母様には三浦さんが 転んだ と説明してありますからご心配なく」
八代先生は俺の包帯をつけながら耳元で さっきのことは内緒にしてあることを俺に告げた、
どうやら協力をしてくれたらしい、これで言い訳がついた。
「これじゃなんだか病院みたいですね、僕… 森川さんがうらやましいです…」
「トモヒトが、何でですか?」
処置の合間に八代先生がそう言ってきた、
智仁が聞いても、何で? って言うだろう、先生の方が俺たちより恵まれてそうだが、
うらやましいってどういうことだ?
「いや、みなさんの会話を聞いていたら、すごい楽しそうで…」
「まぁ、母さんはちょっと変わってるけど、友達との会話なんてあんな感じでしょ?」
「でも、僕との会話はちょっと敬語が入ってますよね、呼び方も 先生 だし」
「それは…、実際に先生だからで、でも先生はモテるでしょ 人気ものだって…」
「人気… なんでしょうか、僕は…そう…、どっちかといえば “ぼっち“ に近いと思いますよ」
「何で? そんなことないでしょう」
先生が選り好みしてるだけだろう、
俺から見てもモテてたのに 何で “ぼっち” なんて言うんだ?
「ありますよ、今日だって、せっかくの休みでも1人メシだったし…」
「でも、いつも誰かと一緒って訳じゃないし、先生だったら、誘えばいくらでも…」
「たとえ誘って誰かといても、なんと言うか… 全然 楽しくないんです…」
「えっ?」
「三浦さんたちみたいに、笑えないんです、そう… 誰かといても ”ぼっち” みたいな…」
「………そう…」
「はい、終わりました、これで大丈夫ですよ、じゃ これで」
俺の言葉を遮り、処置を終えて手早く回りを片付けると、先生は帰り支度を始めた。
「では、必ず明日は受診してくださいね、じゃ、僕は帰ります」
「えっ、ちょっと、待って下さい、ちょ、ちょっと待てって! 八…代……さん…」
またどっかで聞いたセリフが出る、先生がちょっと固まっていた。
「…はい、あの…僕 拓哉です、八代拓哉です」
「んじゃ…、拓哉 でいい…か?」
「はい、三浦さん、あの僕…、一緒にごはんしてもいいんですか?」
「いいもなにも、いいに決まってるだろ、いいから食ってけ…」
「はい、三浦さん、…フフっでもホンと、三浦さんってツンデレなんですね」
「はぁ、拓哉、お前までいじるのか? まったく、ん~…その…すまなかったな…」
「えっ、すまないって 何がですか?」
「この間、その…からかって…、だから仕事以外は、互いに敬語禁止な!」
「はい、三浦さん」
「あと俺は颯太な、一度、部屋に戻るから、ゆっくりしてろな」
“うん” を言わさずその場を離れた、なんかこういうのは苦手だ、
イケメンだからって必ず幸せじゃないんだな…以外だ ふとそんなことを考えていた。
リビングを出て階段を上がり部屋に入ると、今朝、買った物がテーブルのそばに、
貴重品はテーブルの上においてあった、母さんが置いてくれたのだろうか?
まだ、辺りは明るいが、かなり時間がたったんだな、時計は17時を過ぎていた。
テーブルの携帯電話をチェックする、特に大事な連絡は入っていないようだ。
そのまま携帯電話を持ってリビングに戻ろうとしたとき、
朝、デスクに置いた白い収納箱が目に入った、
近づいて蓋を開け中身をみる、そして、中の小箱を取り出した…。
「香織さん…」
この小箱だけは、あの日以来、触りもしなかった、俺にはこの思い出は辛すぎたからだ、
この箱の中身は、俺の嫌な記憶を確実に呼び起こす、それがわかっていた。
でも、いまなら開けても受け止められるような気がしていた、小箱以外は本棚に戻し、
改めて、小箱を手に取った。
「あのあと、 夢の中の俺 どうしたかなぁ…」
この小箱の中身は 指輪 だ、しかも、石が台座から外れてしまっている。
あの夢の中の〈28歳の俺〉のように、ちゃんとしたサイズで買っていれば、
壊れることもなかっただろうに、一応、倒れてもいいようにベッドに腰掛けて、
息を整えてから 小箱を開け恐る恐る中の指輪ケースを出して蓋を開いてみた。
「……あれっ?」
「…さん、誤解ですって!」
何だか下の階から、ちょっと大きな声が聞こえた。
あわてて俺は立ち上がり、指輪ケースの蓋を閉めて小箱と指輪ケースをデスクに置いて、
リビングに向かった、ドアを開けると、父さんが帰宅していたようだった。
「なんだね君は、人の家の台所で失礼だろう」
「ですから、お父さん、お手伝いしてもらっただけですって…」
「なにやってるんだよ二人とも!」
俺はみんなの話に割って入った、拓哉をその場から引き離し、リビングに避難させる、
事情を聞くと、どうやら父さんは、八代先生の顔を知らなかったので、
泥棒とか浮気とかと勘違いしたらしい、やっぱイケメンは大変なんだなぁ…。
俺が病院の先生であることを説明した頃、
ちゃっかり着替えを持ってきてた智仁も風呂から上がりの会話に参加、
二人かかりで父さんの誤解をといた。
「お前も智仁くんも言うなら大丈夫だろうけど、あまり感心はしないな」
一応 父さんは怒りを納めたけど、なんだ? また 母さんがやたら上機嫌のようだ。
「お父さん、ごめんなさい」
「ねぇ、母さん、こんな修羅場寸前なのに、なんかうれしそうじゃない?」
「だって……」
「…えっ」
「お詫びにとっておきのお酒出すから、着替えてきて、それともお風呂にする?」
母さんの言葉に全員があっけにとられ、父さんの怒りはおさまり完全に冷静になった、
そして母さんに言われるままに、風呂に入りに行った。
「拓哉、ごめんな、俺が1人にしたから、大丈夫だったか?」
「三浦さん、やっぱ、僕、帰ります、ごめんなさい お騒がせして」
「いいって、必要ないって、あの調子なら酒飲めばすぐご機嫌になるって」
「ごめんなさいね、大丈夫 誤解ですし、お酒注いであげれば、すでに機嫌なおりますから」
「そう…ですか…でも…」
「そうだよ、メシ食ってけって、なぁ、トモ」
「そう、一緒に食おうって、…若い二人におまかせしてよかったかな、もう仲良くなったか」
「えっ、あっ、はい」
「そこ、ビミョーな反応しない! そこ、またウケない!」
智仁はおもちゃを手にした子供のように楽しんでいる、先生も楽しそうに笑ってる、
そして、母さんは、依然、上機嫌のままだ、そのままキッチンに消えていった、
智仁たちをリビングに行かせ、俺は母さんのあとについてキッチンに向かい、
冷たい飲みを取りに行った。
「ホンと、いつも母さんには驚かされるわ…」
「そう? だって…、たとえ間違いでも、あんな若いイケメンとお父さんが、
私のために争うなんて、そりゃもう少女マンガのヒロインものでしょ」
「まぁ、拓哉は巻き込まれただけだけど、飲み物もらうね」
「そういえば、あんた、もう先生と仲良しになったの、なら泊まってもらえば、
今晩はみんな飲むだろうし」
「さぁね、聞いてみるよ…」
〝私のために争うなんて、少女マンガのヒロインみたい〟だって
ホンと天然というかなんというか、母さんに驚きつつ、
俺は二人の分も飲み物とグラスを持って二人の元に向かった。
「ほら、トモ、風呂上がりで喉が渇いたろ、拓哉も驚かせてごめんな」
「なぁ、ハヤト~、シュワシュワは~?」
「父さんより先に飲める勇気があるなら持ってくるが」
「そっ それは、…まっちまーす」
ピンポーン~♪
「颯太~ 変わって~」
まだ帰ると言っている拓哉をなだめなから、持ってきた飲み物で喉を潤し、
すっかり落ち着き、まったりしていた俺たちだったが、玄関チャイムに思わず振り返る、
そして母さんの呼び掛けに俺は立ち上がった。
先にチャイムに応答した母さんが玄関に向かう、すれ違いざまに料理をみるように言われた、
その言葉にしたがってキッチンに入った。
しばらくすると話をしながら母さんが戻ってきた、いったい誰だ?
リビングのドアが開くと さらに上機嫌に母さんが俺たちに声をかけてきた。
「颯太、一眞くんも来てくれたわよ、今日はにぎやかだわ~ ご飯足りるかしら?」
「その辺はご心配なく、トモもいると思ったから、ちゃんと見繕っておいたよ、おばちゃん」
「あら、やっぱり一眞くんは、そういうところ気が利くのよねー」
「おっ、一眞くん着いたか、あっ、すまん母さん、伝えるの忘れてた」
「ホンとよお父さん、ちゃんと言っておいてよ」
「あっ、おじさん、おじゃましてまーす、風呂上がりですか? ちょうどいい」
「ねぇ、お父さん、ちょっと…」
タイミングよく風呂上がりの父さんもリビングに戻ってきた、
一眞は父さんに一声かけて、手に持った荷物をキッチンにいる俺に渡すと、
リビングにいる智仁の方に向かった、
酒とその肴というよりはご飯ものかな、惣菜やらが袋に入っていた、
今晩はにぎやかになりそうだ、冷たいものを冷蔵庫に、肴はキッチンに置いて、
母さんと交代して一眞の後を追うように俺もリビングに戻った。
「よう、二日ぶり~って、誰? このイケメンさんは、
はじめまして、俺、岡田一眞って言います ハヤトの友達です」
「あっ、はじめまして、八代、八代拓哉です、僕は、その…三浦さんの医者です」
「えっ、医者なんですか、何 ハヤトって そんなに悪いの?」
「まぁ、座れよカズマ、話せば面白いことながら…」
ホンと、なんだかすごいにぎやかだ、つい二日前にしめやかだったなんて思えないぐらい、
ほんの少し前に、意識をなくして、いろいろあったのが かすむぐらいに、ホンと…、
「みんな今日、デリバリーしていいって、好きなものを頼みなさい」
「やった~、ゴチになります、何を頼む?」
「はいこれ、もし足が出たら自分たちで払いなさい社会人たち!」
「はーい、でも俺たちで出しますよ、夕食ご馳走になるんだし」
「そう? どちらでもいいけど、それより注文したらテーブルセッティング手伝ってね」
母さんが いくつかの店のメニューチラシを持って、突然、話に割って入ってきた、
要件を言うと、またキッチンに戻っていった、俺たちはその中から何を頼むか選び始める、
やっぱ智仁が、いや、以外と拓哉も楽しそうだ、コイツも “胃袋掴めば…” のタイプなのか?
選ぶのは任せて、俺はダイニングテーブルの椅子に座っている父さんのところに向かった。
「注文しちゃっていいの父さん?」
「あぁ、たまにはいいだろ、祝いだし… 好きなものを頼みなさい」
「祝い? 退院の?」
「結果はどうであれ、また一歩前進したんだろ」
「あっ、うん、父さん、心配かけてすみませんでした」
「あぁ…、早く決めて頼みなさい、早く飲みたいからな」
父さんの話にうなずくと、俺はキッチンに向かった。
「母さん、テーブルって、ここで座れる?」
「無理ね、リビングの方にテーブル追加して、みんなで食べましょう」
「わかった、じゃ用意するわ」
母さんの指示にしたがって、お客様用に用意してあるテーブルを取りに行った、
リビングテーブルのそばにセッティングを開始する、どうやら注文は決まったようだ。
「なぁハヤト、やっぱ定番のピザでいいよな? なんかカズ、寿司買ったとか言ってんだ」
「さっきのあれか?」
「あぁ、そんなにたくさんはないけどな」
「なら、それでいいんじゃね、俺、注文するわ、どれ?」
ポケットに入れておいた携帯電話で智仁の指示にあわせて注文をした、
一眞と拓哉はテーブルの準備を手伝ってくれている。
「よし、注文完了、そういえば、拓哉」
「はい、三浦さん」
「別に、颯太でいいけど、それより あれだ、アドレス 交換するか?」
「えっ、交換してくれるんですか? 颯太さ…、……颯太」
「おう、もちろん、携帯電話あるか?」
「俺たちは おじゃましてもいいのかな? なぁ、カズマ」
「そうですな、でも、おじゃまでしょう、なぁ、トモヒト」
「…んな訳ねぇだろ、お前らも出せよ! …って、これって迷惑か? 拓哉」
「そんな…迷惑だなんて…、うれしいです、お願いします」
「って、そこウケない! 拓哉もうるうるしない!」
智仁だけではなく一眞まで、おもちゃを手に入れたような顔をしている、
今日はとことんいじられて、ツッコミにまわりそうだ、まぁ、それもたまには悪くないが。
俺の言葉にみんな携帯電話を出してくれた、手早く拓哉はその場の全員とアドレスを交換した、
テーブルセッティングを再開すると、キッチンの母さんから声がかかった。
「一眞くん、八代先生も順番にお風呂入っちゃいなさい、今夜は飲むでしょ?」
「はーい、入りまーす、お世話になりまーす」
「えっ、そんな、そこまでは…」
二人の意見は真っ向から割れた。
じゃ俺が先な とばかりに、拓哉の肩を軽く叩いて、一眞はリビングを出ていった、
キッチンから母さんが出て来ると、俺たちのところに来て話を続けた。
「颯太、話してないの? みんなが泊まってもかまわないですよ、
智仁くんも泊まるでしょ?」
「はあーい、お願いします、明日、遅番だし、ラッキー」
「先生も、うちはかまわないですよ、いいですよね、父さん」
「あぁ、構わんよ、泊まっていきなさい」
ダイニングテーブルの椅子に腰掛け、晩酌を待っている父さんから許しが出た。
「ほらね 先生、これから用事があるとかですか? それとも 明日 朝が早いとか?」
「いえ、特には、でも、僕は皆さんのような長い付き合いがある訳じゃないですし…」
「何を言ってるんですか? どこの誰だかわからないならそれはちょっと問題がありますが、
先生って知ってるし、それにもう、颯太の友達になってくれたんですよね、違うんですか?」
「友達…ですね、でも…いいんですか?」
「当たり前です、遠慮しないでください、あとは颯太に聞いてくださいね」
「はい、ありがとうございます」
呆気にとられているのか、押しきられたのか、結局、みんなが泊まっていくことになった、
ホンと今晩はにぎやかになりそうだ、家でのこんな夜は学生の時以来かな。
「ホラな、うちの母さんちょっと変わってるだろ?
着替え俺のでいいか? そういえば、俺の入院用着替えは、着てないからちょうどいい」
「でも、僕だけ、悪いで…悪いよ」
「多分、大丈夫だよ、あいつら準備してると思うよ、ダメもとで」
「おっ、さすが長いな、用意してたから、ほらっ しっかり着替えてるだろ、
気にするなって、それに “颯太の服” だろ」
「…?…!?…借りてもいい?」
「なに、顔、赤くしてんの? また、そこウケない!!」
にぎやかな夜、改め、ツッコミの夜になりそうだ、にしても、拓哉の反応ちょっと違和感が…、
まぁいいか、俺は言われた通り拓哉のための準備を始めた。
「トモ、あと頼むな、来いよ、拓哉」
拓哉をつれてリビングを出て俺の部屋に案内した、階段を上がり二人で部屋に入る、
俺はテキトーに服を選びはじめた、
「ちょっと待ってな、拓哉は俺よりでかいからなぁ、これ着れそうか、
あと、これ、入院用だから下着は洗濯しただけの新品だから」
「ありがとう、へぇ~、キレイにしてるね、あれっ? これって…彼女さんへの?」
俺が手渡した服を受け取り、拓哉は部屋を見回していた。これが彼女だったらなぁ…。
しばらくして、デスクの上に無造作に置いてあった指輪ケースを見つけたようだ。
「あぁ、まぁ、そんなとこ…だったやつだ」
俺はとりあえずデスクの上の小箱に指輪ケースを戻し蓋を閉めた。
「颯太のほうが彼女いるんじゃないか」
「いないよ、だからここにある、拓哉は聞いてるだろ、俺の うつ病 のこと、まぁそれだ…」
「……なんか ごめん」
「いいよ別に、やっと見れるようになったんだ、だから平気だよ」
「お二人さん、ジャマしていいかなぁ」
一眞が開いたドアをノックして会話に割って入ってきた、もう出たのか早いなぁ…。
「空いたから次を呼ぼうと思って…、もう少し後のほうが良かったかな、おふたりさん」
「いえ、そんなことは…」
「そこ、赤く…って、もうツッコミ疲れたわ、下にいくぞ」
俺はデスクの上の小箱をデスクの引き出しにしまうと、二人の後を追った、
途中で拓哉に風呂の案内をして “早めに出ること” を促しリビングに戻った。
テーブルの上はだいぶ料理が出揃っている、あとは、拓哉とデリバリー待ちってところか…。
ほどなくデリバリーも届いた、どうやら智仁と拓哉の二人で割り勘する事にしていたらしい、
智仁が支払っていた、今日は智仁にたっぷり奢らされたから助かった、
料理も皿も完全に出揃い、母さんのキッチンのかたずけもメドがついた頃、
拓哉がリビングに戻ってきた、かなり急いだのかな、まぁ、タイミングはバッチリだ。
「じゃ、今日もお疲れ様でした、カンパーイ!」
「いただきまーす、やった 待ちに待ったシュワシュワだー♪」
「カンパ~イ あぁ~うまい! じゃ いただきます」
「お父さん、お疲れ様でした」
「いただきます」
「いただきます……って、何で俺だけ」
その場にいる六人のそれぞれの晩酌が始まったのだが…、
「なぁ、なんで? なんで俺だけ麦茶? 俺もシュワシュワしたいよ~」
「何 言ってるの、あんた薬飲んでるでしょ!」
「えー、なんで、一口ぐらいいいよな、拓哉、いや、先生~…」
「えっ、飲酒は控えたほうが、薬も効きにくくなることもあるし、治りが悪くなることも…」
「え~一口、せめて一口だけでも~、頼むよ~」
「あ~え~っと…それは…、ん~っと、僕、席を… そう、お父さんのところに、
お父さん、お酒注がせてください」
仕事上 いいとは言えないから、拓哉は見ないことにしたようだ、
素早く冷たいビールを飲む、あ~やっぱうまいなぁ、でも、さすがにこれでやめておこう、。
「こら、颯太、あんたって子は、ホンとテキトーなんだから」
「こんなに楽しいのにガマンできるわけないだろ、でも、拓哉に言われたからもう止めとく」
「そうしなさい、好きなジュース飲んでいいから 自分で持ってきなさい」
「………はーい、おおせのままに…」
その場を離れて、とりあえず買い置きからテキトーにジュースを出した、
こりゃもう、今日は食いにはしるしかないでしょ 飲めないなら がっつり食ってやる!
そんなこんなで、一時間もすると…。
「さっきは、すまなかった、遠慮なく食べていきなさい」
「そうか、先生も苦労したんたね…、もう、うちの子だと思って、いつでも来ていいのよ」
「…ありがとうございます、颯太さんのお父さん、お母さん」
完全に酔っぱらった俺の両親に捕まる拓哉、以外とまんざらでもないようすだ。
「…そんでな、俺さ、…がっーんと言ってやったんだ!」
「そうだ、やってやれってんだー!」
家の中がこんなに穏やかに賑わうのは久しぶりな感じだ、楽しい時間が流れる。
いつのまにか席を離れていた母さんが、キッチンから何か作って持って来たようだ、
「はい、先生のリクエストのオムライスですよ 召し上がれ、
それにしても… 別に、嫌って訳じゃないんだけど」
そんな和やかムードは母さんのその他愛のない一言で一瞬にして凍りついた。
「女子っけがないと言うか…、彼女とかつれてくる子はいないの?
これだけ年頃が揃いも揃っているのに、母さん1人じゃ ちょっとで寂しいわ…」
オムライスを見て、お礼を言いながら、他は聞かなかった様子で嬉しそうにしている拓哉、
固まる一眞、食べ掛けを皿に落とす智仁、ほぼシラフで傍観する俺…、
その一瞬の間から反応し抜け出したのは、一眞と智仁だった…。
「た~く~~!」
「八代く~ん!」
「紹介しろ、美人ナース、いや美人限定じゃなくていい、 紹介しろ、かわいいナース紹介しろ!」
「違うだろ、ここは合コンからだろ! セッティング、頼む合コンのセッティングしてくれ」
「えっ、あの、僕じゃ…」
「何を言う、お前なら出来る 出来るぞ拓哉」
「こらっ、この酔っぱらいのモテない男ども、先生が困ってるでしょ!」
笑いながら注意する母さん、笑いをこらえきれず顔を背けて笑っている父さん、
断りながらも楽しそうにしている拓哉、それでもすがる一眞と智仁、
ほぼシラフだからちょっと乗り遅れたが、やっぱここは参戦でしょ…の俺、
この笑い? の修羅場を止めたのは やっば父さんだった…。
「その辺にしてあげなさい、せっかくの母さんのオムライスが冷めるぞ」
「あっ、俺 頂きます」
やっぱ、食い物といえば智仁だ、すぐに反応した、
おとなしく俺たちも、大皿盛りのオムライスを取り分けて食べはじめた。
「でも、お前らホンと相性がいいんじゃね? なぁ、ハヤト、拓哉」
「えっ、何故ですか、森川さん」
「こいつさぁ、オムライスが好きなんだよ、昼も食べてたんだぜ」
「そうなんですか、颯太さん」
「また敬語に戻ってるし、まぁ、トモの言う通り、好きだよ …って、また微妙な反応しない」
ちょっとびっくりしたのか、また敬語に戻ってしまっていたが、やっぱ楽しそうだ、
これで最後の料理が出たらしい、宴ももう終わりか… 時計はもう少しで21時だ。
「そういえば、おばさん、俺たちのお土産のケーキは?」
「あら、そうだったわね」
智仁の問いかけに母さんはまたキッチンに入った、ケーキの箱を持って来る、
箱を開けるとちょうど人数分のケーキが入っていた、
「あら、ちょうど人数分あるわね」
「えっ、そんなに買ったのかトモ?」
「なんか選ぶの面倒になって、うまそうなのテキトーに買った、まぁ、結果オーライだろ」
「まぉ、いいけど」
放っておいたら いったい智仁は何個食べるつもりだったのだろうか…。
とりあえず二人へのお土産だからと、先に父さんと母さんに選んでもらって、
残りを俺たちで分けることになったんだが、その時 母さんがみんなに話しかけた。
「もう、これで晩ごはんはおしまいだから、あなたたちは部屋でこれ食べなさい」
「どうする? まだ飲むか?」
「もう飲みはおしまいでいいんじゃね、なら、ここを片付けねーと」
「あら、大丈夫よ、どうせ食洗機が洗うんだし」
「それでも手伝いますよ、なぁ、八代くんもやるだろ?」
「もちろんです」
父さんは一度ダイニングテーブルに移ってもらって、手分けして片付けにかかった、
父さんと母さんの酒と肴はダイニングテーブルに、汚れた皿類はキッチンに、
ゴミも、出したテーブルも四人ががりだとあっという間に片付いた、
キッチンにいる母さんのほうもほぼ終わったようだ、
俺たちが二階に上がったら、また二人でゆっくり飲むだろう…。
「みんな、ありがとう、助かったわ、ところで、みんなどこで寝る?」
「ハヤトの部屋でいいんじゃね?」
「だよな」
「俺の部屋、そんなに広くないぞ」
「別に冬じゃないし、雑魚寝でも問題ないよな? 拓哉も平気だろ?」
「はい、大丈夫です」
「決まりね、じゃ、各自、飲みたいものを持って上に上がりなさい、後は持っていくから」
俺たちは素直にしたがい、〝コーヒーを入れて欲しい〟と頼んだり、ペットボトルをもったり、
それぞれの好きなものと荷物を持って俺の部屋に向かった。
部屋に入りそれぞれ荷物は部屋の角に、テーブルに手に持ったものを置いて、
とりあえず一息つく、後を追いかけるように、父さんが寝具に使えそうなものを持ってきて、
〝あまり騒がないように〟と釘を指して出ていった。
さすが、アウトドア好きだ、これなら風邪を引かず寝られそうだ。
「タオルケットはわかるけど、これって寝袋? マットとかかな」
「この辺を下に引いて寝れば痛くないだろ」
そんな話をしていたら、母さんがコーヒーとケーキを持ってきてくれた。
「あっ、お父さん持ってきてくれた? それで大丈夫そう? ごめんね 間に合わせで」
「いいえ、突然したのはこちらですし、大丈夫です、なぁ、みんな」
「そうよかった、じゃ、早めに休みなさいよ」
一眞の言葉にみんなうなずいていた、母さんも同じく騒がないようにと言い添えて出ていった。
「よーし、せーのー」
「最初はグー、じゃんけん、ポン」
俺たちはあまり騒ぎ過ぎない程度に、ケーキ選びを賭けたじゃんけんをはじめた、
勝った順で好きなものを選ぶことになったのだ。
まぁ、日頃の行いなのか、一番は拓哉、そして、四番の敗者は智仁だった、智仁は半泣きだ…、
おのおの好きな飲み物とケーキを選んで小さなテーブルを囲みながら食べはじめた。
「なぁ、夜にケーキって なんかこれ、女子会 みたいだな…」
「パジャマパーティーってやつか? 男四人で?」
「…はぁ…むなしいな…、もう、寝るか?」
「あのー、これだけ騒いだあとなんですが…」
大人の男四人でケーキを食べる絵に、若干の 虚しさ を感じていたら、
拓哉が口を開き提案をしてきた。
「今更ですが、自己紹介しませんか?」
「おー」
その提案に俺たちは賛同した。
それで、唯一共通の顔見知りである、俺から自己紹介を始めることになった…。
「じゃ、まず、俺からな、知ってる奴が多いので…」
「前置きはいいって、後が使えてるよ~!」
さすが酔っぱらい、どこか飲み屋の雰囲気だ、ほぼシラフの俺はちょっとだけノリが違う、
結局 俺たち三人は知り合いだから、掛け合いのような紹介になった。
「ハイハイ、俺は “三浦颯太” さっきのが両親で、結婚して家を出た兄貴との四人家族、
現在、食品卸関係の会社に勤めてます」
「なんか硬いな、まぁいいか、じゃ次、二番の俺いっきまーす」
「ハヤトより、ちょい短髪、一番背の高いスポーツ系な俺は “森川智仁”
トモでいいぜ、俺は飲食関係の仕事してまーす、彼女募集中……頼むぞ 拓哉!」
二番目の紹介は智仁だ、拓哉は智仁の紹介に苦笑いしていたが、
次は一眞の番だ、さすがまとめ役、俺たちの関係も捕捉した話が始まった。
「ハヤトよりちょっと長髪、自分で言うのも…なんだが インテリ系な俺は “岡田一眞”
イベント会社に勤めてます、どちらかといえば、そう、インテリよりオタクだな、
この三人は中学からの友人だ、気づいたかい? 名前に数字が入ってるだろ、
三人の中で俺は長男的な役割なんだ、そういえば、中学では三銃士とか言ってたな」
「おいっ、それって 俺たちのヤンチャな黒歴史だろ!」
「えー、そうか? 俺は結構 楽しかったけどな」
一眞と智仁の掛け合いの会話は続く、拓哉は興味津々の様子だ。
「俺がな、中三の時に転校して、そんな三人の中学生活も解散したんだけどな」
「そう、結局、残りの二人もそれぞれ別の高校に行って完全にバラバラさ」
「でも不思議なもんだよな、特に決めてなかったのに大学で再開したんだよなぁ」
「あぁ、でも学部がバラバラだし、学部ごとでキャンバスも違って、
しばらく気がつかなかったぐらいだけど」
「そうそう、サークルもバラバラだし、こいつなんか帰宅系」
「だって、別にいいだろ、興味がなかったんだから、バイトしてたし」
二人の掛け合いだったはずが、突然、俺が帰宅組だったことををふられて、
ちょっとびっくりした、が、無理やり話を戻した。
「話通り トモの転校で、学校で三人でいることはなくなってしまった、
それから、カズは賢いから、別々の高校で全員バラバラになった、
でも、大学で再会、俺 高校でちょっと頑張ったんだ」
「お前、中二の時、香織さんに家庭教師してもらわなかったら、マジ高校もヤバかったろ、
あっ、そういえばお前、今日の…」
「…!?」
俺の昔話に智仁が香織さんの名前を出した、一眞は智仁を見つめて無言で話を止めた、
拓哉は不思議そうな顔をしている、二人ともまだ気にしてる? それとも拓哉がいるから?
一眞には気絶の詳しい意味の話はしてないから、どう考えたかわからんが…。
今日のこと早く二人にも聞いてもらいたい、でもまずは心配をさせないように、
俺から話を続けた。
「そう、そうなんだよ拓哉、俺、中学の時 香織さんという人に家庭教師をしてもらったんだ」
二人、いや、三人は話を聞いている、そのまま拓哉に向かって話を続けた。
「俺の兄貴って、まぁ、家から出てるのでもわかるだろう、俺よりデキがよくてさぁ、
あの頃の俺って 今よりもっとテキトーで、どうしようもない感じだったから
親が心配して、中二の夏だけ、カテキョ雇ってくれたんだ、
で、俺も後で知ったんだけど、なんかさぁ雇った理由が、
『勉強より進学に興味を持って欲しかったから』とか言ってたよ」
「えっ、そーなんか? 俺、てっきり…」
「…トモヒトくん、俺が頭が悪いのは本人も自覚してるから、…で
まぁ、その夏のお陰で、進学に興味がそこそこ出て、高校進学して、さらに大学にもいけた、
見事、両親の思惑通りになったって訳さ でも…、いつもテキトーだろ、
…んで、就職活動でつまずいてさ、悩んでた頃になんと、香織さんと偶然再会してな、
また、助けてもらったんだ、ホンともう大恩人なんだ…」
「香織さんって素敵な方なんですね、もう交流はないんですか?」
歯切れの悪い話し方をしている俺だけど、当然のことながらやんわり拓哉が質問してきた、
ちょっと心配そうだが、二人はその話を聞いていた。
「うん、まぁ、もう会うことは出来ないんだ、もういないから、事故…で……」
「……!? あの…、なんか、……すみません」
「いいよ別に、それに拓哉はどうせ詳しく聞くことになるから、これが俺の うつ病 の原因」
「…そう…ですか」
やっぱ、場がしんみりしてしまう、みんなの酔いも覚める勢いだ、ここで俺が切り出した。
「そんなことより、今度は拓哉の番、俺も先生以外はよく知らないし」
「そういえば、おじさんたちと話してたよな、よく聞こえなかったが…」
しんみりした話の流れを変える、いや、普通に新しいダチとしての紹介が始まった。
「では、改めて、僕は八代です、八代拓哉、医者です、郊外の大学病院で働いています」
「それでさぁ、拓哉って年下なんか?、俺ら今年で29歳の三十路間近メンバーな」
「では、僕は年下ですね、早生まれなので、今26歳です、
まだ研修を終えて専門の研修に入ったばかりで、医者としては半人前ですけど」
「なんか医者って なるまで大変なんだろ、26って浪人とかしたんか?」
「いえ、その…」
「えー、あの国立大で、ストレート、しかも医師免許も やっぱスゲーなぁ」
「すごくないですよ、ちょっと奨学金とかも借りて、やっと卒業、必死だっんですよ」
「奨学金? じゃ大変だったんだな」
智仁も知らなかったんだな、偏差値高い大学の学部なんて俺には関係ないから、
医学部のカリキュラムなんて考えたことがなかった、
医者になるのはかなり時間がかかるもんだな、やっぱ拓哉はなんでもできる完璧イケメンだ、
そういえば拓哉と話してた父さんたちが涙ぐんでたなぁ…、気になるのか智仁が話を続けた。
「そういえば拓哉って地元この辺か? でも買い出しとか言ってたよなぁ…、今は独り暮らし?」
「はい、地元じゃないです、実家はそんなに遠くはないけど…」
拓哉の実家は県をまたいだところにあるらしい、通えないことはないが遠いよなぁ。
「そこが志望大だったとか、そこからじゃ、通うの大変だったんじゃね」
「いや、大学は自宅から離れてて、とにかく入れそうなところを、選んだだけだから」
「なんでまた離れた大学を?」
「ちょっと実家から出たかったんだ」
「えっ、なんで、実家からのほうが楽だったんじゃねぇ、遊べるような学科じゃねぇし」
「俺たち二人は社会人から独り暮らしで、ハヤトなんかいまだに実家なぐらいだぜ」
「まぁ、そうなんですけど…」
時折 一眞も話に入る、二人とも新しい仲間の話に興味津々なのか?
拓哉は自分が年下と意識したからか、敬語と入り交じった言葉使いで話を続けていた。
「そういえば拓哉 さっきおじさんたちと何を話していたんだ、気になってたんだ」
「えっ、医者を目指した、途中で両親が離婚、再婚でいろいろあった、そんな話です」
「それだけでおじさんたちあんなになるか? 確かに二人は酔ってはいたけどさぁ」
「あれは、颯太さんのご両親が、僕の話をしっかり聞いてくれて、
声をかけてくれて、すごく嬉しかった」
「それで、どんな話なんだ?」
「…それは、何故 医学部に入ったかって話で、ちょっと子供の頃のことを…話すと長いよ」
まだ寝るには早い 三人ともうなずく、その返事を聞いて拓哉は話すとを決めたようだ。
「僕の父方の祖母が体が弱くて、それがきっかけで医者になろうと思ったんだけど…」
「よくある話じゃん、家を出る程でもないし…、感動ものか?」
「どうかなぁ、でも違う意味でもそこがきっかけになるんだ、僕の家はね…」
さっき両親に話したことであろう生まれた頃の話から 拓哉は俺たちに話はじめた。
「僕の両親は、若いうちに結婚して、母は19歳の時に僕を生んで、父は大学生だった。
当時、父の就職活動は厳しかったらしい、そんな二人を心配して、
母方の祖父母が、経済的に安定するまでしばらく一緒に暮らしてくれたそうだよ、
幼い頃 僕は祖父母に育てられた感じで、両親はあまり僕の側にいなかったんだ」
「両親とも? いわゆる有名漫画的な入り婿の話じゃないの?」
「ちょっと違うかな、父は卒業や仕事で実家に泊まったりして帰れないこともあったそうだよ、
どっちかって言えば ちょっと前に話題になった、“通い婚“ に近いのかなぁ、
でも、当時の父は早く僕たちと暮らしたいって頑張ってたらしい」
「じゃ、母ちゃんも暮らすために頑張ってたんか?」
「いや、母は、専業主婦をしてたそうだよ、最初は真面目に僕を世話をしてたって」
「最初は?」
「そう、僕の面倒を見ていたのは最初だけ、多分ママ友と遊びたかっただけだろうって話さ」
そんなに複雑なのか? 結婚に縁遠い俺にはちょっと想像が追い付かない…。
「僕が理解できるような年齢になってから子供の頃の事を祖父母が教えてくれたんだ
しばらく真面目に面倒を見ていた母だったけど、
次第に僕を置いて、父や祖父母に隠れて遊ぶようになったって」
「隠れて遊ぶってどういうこと?」
「今で言う ネグレストなんだろうね、祖父母は当時の事をこう言っていたよ、
『旦那も帰ってこない、家事や育児は親任せ、すぐにママ友も関係も飽きて、
現実から逃げたんだろう、実家に暮らさせた、甘やかしたのが間違いだった』って」
「その事 拓哉のお父さんは全く 何も言わなかったのか? 気づかなかったとか?」
「さぁ、ただ父は、実家に来ては僕を可愛がっていたそうだよ『これでまた頑張れる』って」
「お前の父さんはしっかりしたいい人なんだなぁ…」
三人が代わる代わる合いの手をいれながら、拓哉の話にのめり込んでいく…。
「そんな生活も 僕が小学生になった頃に終わりを告げる、父が家を建てたんだ」
「じゃ、母ちゃんは喜んだんじゃないのか? 離れて家族で一緒に暮らせるって」
「そう…なのかなぁ、周りへの自慢の意味では喜んでたかもね、でも、実際は…。
母は、家事も料理も苦手で、子供の頃は家の中はめちゃくちゃだったよ、
父が家事も仕事も奮闘してたけど、見かねた父方の祖母がたまに面倒を見に来てくれてた、
両方の実家はそんなに遠くなかったから、祖父母達はいろんな意味で助けてくれていたんだ」
「でも母ちゃんが家にいるんだろ あれだ 姑が来るの嫌がったんじゃないか?」
智仁がもっともな質問をしていた、顔を合わせれば なんかしら衝突しそうなもんだ。
「いや、すれ違っていたよ 母は当時パートに出ていて、僕はいわゆる鍵っ子だったんだ、
家計を助けるとか言ってたらしいけど、
そんな母のワガママで自由な生活に突然の邪魔が入ることになるんだ」
「邪魔?」
「僕が小4の頃、父方の祖父が脳卒中で入院して介護が必要になったんだ」
「じゃ、祖父の介護か? 確かにもめそうだ」
「いや、その時は 体が弱かった祖母がしばらく一人で頑張ってたんだ、
問題はそのあと、僕が小学5の頃に、介護疲れで祖母が怪我をしてしまって、
両親は共に一人っ子だったから、一時的に二人の介護を母がすることになったんだ、
父は〝人を雇えるように〟と より仕事を頑張ったらしいけど、それが…ちょっとね」
「ちょっとって?」
「結婚してからずっとこんな風で、父方の祖父と母はうまくいってなかったらしい、
おとなしく二人の介護していた母だったけど やがてキレて、なにもかも放り出して家出、
で、 しばらく行方不明、ふらっと帰って来たかと思えば、そのまま離婚、だったそうだよ」
「確かに違う意味でのきっかけだし、そりゃちょっと…だな」
「うん、まぁね、それで その後に祖父が旅立った、母も離婚で家を出てるから、
新たな生活をって、体が弱い祖母も一緒に新しい家でみんなで暮らすことにしたんだ。
落ち着いたし、医者へのこともあったから、好きな学校に行っていいって言われたけど、
とりあえず近くの高校に入った」
「で、そのまま医学部目指し大学入学ってことか? でも、家を出たい理由にはなぁ…」
「あぁ、出たいと思ったのは、このあとでね」
確かに家から通うことになんの問題も無いように思えた、でもまだ話は続くようだ。
「僕が高二になった時、父が再婚したんだ、義母には連れ子がいて義兄弟もできた、
義母もいい人だし、今でも祖母ともうまくやってる、再婚した両親の子供もできて、
ちょっと年離れるけど 弟もすごいかわいいし、なにも悪いことはないんだ、
でも、なんか、家に居づらくなった、居場所がないっていうか…」
「うーん、確かにちょっとな、悪い人じゃないから、うーん、居づらい、あるかもな…」
「それで、最初の目標通り医学部に、あえて家から離れた大学を選んで入ったんだ。
だけど弟のためにも少し両親の負担を減らさなきゃ…って思って 奨学金をもらった」
「苦学生だったから、うちの両親がああなったんか…、あの二人ならありかも」
拓哉の話を聞いてみんな両親のようになる…と思いきや、話は割れて、違う方に進んだ。
「なぁ拓哉、ちょい立ち入るけど、本当の母ちゃんはどうなったか 知ってるんか?」
「あぁ、離婚後 一度、実母の祖父母に会いに行ったんだ 入学の報告をするためにね、
その時、実母にも会えるかなぁって…、それで、実際に会えたんだけど…」
「けど?」
「離婚して1年も立たないのに再婚相手が決まってて、今の生活に邪魔だから来るなって話さ、
その時の実母の冷たい視線は、今でもちょっと忘れられない…かな…」
拓哉は、なんだかばつの悪そうな、寂しそうな目をしていた、
こりゃ、酔っ払った母さんたちなら号泣もんだったろう…。
「確かに、ちょっと…だな、お前、大変だったんだな…ぁ」
「うん、それじゃ母さんたちもああなるわな…」
一同しんみり状態…のはずが、1人だけ聞き逃していなかった、一眞だ、追及が始まった。
「確かに、確かにそう…大変だったんだな、だけど、一つ、確認していいか、八代くん」
「はい、何をですか」
「再婚の連れ子、義兄弟とは…、もしかして…女の子、しかも ”妹” じゃないのか?」
「えっ、そうだけど…」
「なっ、なに~!」
「女~! 妹~! どうなんだ、拓哉!」
「やはりそうか……」
拓哉の話に聞き入っていた一眞は 俺同様 目を潤ませんばかりに聞いていたと思ってたが…、
ひととおり聞き終わると、今度はいつになく真剣な顔をして拓哉を問いかけた、
しんみりムードの中、俺も智仁も聞き流していた内容だっただけに、ただただ驚いていた、
そして、一眞は一呼吸おくと、独特な推理を開始した、拓哉は身構えているようだ。
「やはりそうか…、確かに話は、思春期にはつらいことだったろう…、でも」
「……はい」
「……いんだろ?」
「えっ?」
「八代くん、いや、拓哉くん 君の義理の妹は、おそらく年の頃にして5歳差ほど、
そして可愛い、いや、めっちゃ可愛いんじゃないのか?」
「えっ、そっ…、確かに義妹は当時は中一で…」
言葉を濁した拓哉、その態度を見て、一眞の追及は取り調べの要素を強めた。
「たくやく~ん…、素直に認めろ~、認めてしまえば、楽になるぞ~」
「えっ、みっ、認めるもなにも、義理の妹ですし…、そんな…ねぇ…、」
「義理の妹…、じゃ、拓哉くん、なぜ君は『実の弟はめっちゃかわいい』と説明したのに、
何故 義妹については ”義兄弟” と簡単にすませたんだ?性別も年もわからない雑な説明で」
「それは… 単純に、弟は年が離れていて、かわいいからで、義妹は…まぁ…」
「あったな?」
「えっ?」
「あったはずだ! ここまで詳しく話さなくても、自己紹介には家族構成の話はつきもの、
その度に ”義理の妹” について聞かれるから、茶を濁す話し方を覚えたんじゃないのか?」
「…うっ、うーんっと、そんな…ことは…」
「やっぱ、あったな、あったんだな、…で、どうなんだ、かわいいのか、美人なのか?」
終始一眞のペースだ、どんどん言葉がでなくなる拓哉、
俺と智仁は目を合わせせると、一眞の取り調べ、いや、その成り行きを見守った。
「じゃぁ、言葉を変えよう、たくやくんその義理の妹を直接 友人に紹介したことがあるかい?」
「えっ、ある…けど…」
「じゃ、その友人はどんな風に言っていた? 容姿についてどう君に告げだんだ!」
「えっ、その…、別に普通だって…」
「普通ときたか では、友人は言ったんじゃないか? 『うらやましい』と、
俺の予想では “めっちゃ“ がつくんじゃないか?」
「なんでそれがわか、……あっ」
「フフっ、語るに落ちるとはこの事だ、さぁ、どっちなんだ!」
「そうだぞ拓哉、めっちゃかわいかったのか?」
「拓哉、めっちゃ美少女だっんか?」
見守っていた俺たちだったが、ほぼ同時に思わず会話に参戦してしまった、
そして最後の仕上げとばかりに、一眞は拓哉を落としにかかった…。
「大丈夫だよ拓哉、たとえどんな答えでも、俺たち もうダチじゃないか…」
「………!?」
「そうだぜ、今日会ったばっか、そんなの関係ないだろ、弟分、いや、マブダチだろ」
智仁まで加わって拓哉を落としにかかる、こいつらのおふざけは昔から息がピッタリだ、
でも、ホンとのところどうなんだ、そんな話あるのか? 拓哉が重い口を開いた…。
「……、俺の友達は、めっちゃ……かわいいと…」
「それは、いつの頃だ、現在はどうなんだ…?」
「最近会ってないけど…、父から〝親戚からキレイになったってほめられた〟とメールが…」
二人がうつむく、拓哉はきょとんと見守っている、んっ? 二人、震えてないか?
「……なっ、何だって、昔かわいくて、今 美人~!」
「何だ、なんだ、その萌えイベントは、ゲームか、リアルなのに、妹系萌えゲームか!」
「そんなことがあるのか、そんなことが現実に、せめて写真見せろ~!」
「あったのか? あったのか? 一緒に暮らしていたんだろ? あったのか萌えイベント」
一眞はゲームのような展開に、智仁は美人の義妹をうらやましそうに、拓哉にすがっている、
正直、シラフで乗り遅れたが、止める母さんもいないし、プロレスのようになってきた。
「…で、ホンとのとこ どうだったんだ拓哉」
「……ないですよ」
「えっ?」
技のブレイクをとりながら智仁は拓哉に問いかけた、拓哉は潤んだ瞳で反撃を開始した。
「そう、いつもいつも、みんな、勝手なことばかり言ってくるんです、
僕だって男です、男ですよ、でも、萌えどころか、僕はおもちゃ扱いですよ!
学生の頃は友達つれてきて『みんなの前ではカッコつけろ』とか
命令してきて、JCの見せ物にされて気持ちのいいもんじゃない!」
「学生の頃はJCに囲まれて、おもちゃにされたと…」
「いわゆる、お兄ちゃん自慢を義妹がしていたと…」
「僕の学祭とかもみんなで押しかけて来て、
その度に “カッコつけろ” とか、真逆なキャラを要求されて、
そのせいて、モテるタイプでもないのに、同級生の女子にもからかわれて大変だったんだ」
「JCどころか、JKまでにモテるようになったと…」
「更なる義妹好みになるようお願いをされていたと…」
「僕だって、僕だって、初めて出会った頃は高二です、それは期待しましたよ、
あんなかわいい妹、しかも義理妹だなんて、こんな萌えイベントが僕のところにって、
でも、リアルはゲームじゃない、妹はオタクとか “汚物” のような目て見るタイプで、
なかった、何もなかった、ゲームのような萌えイベントなんて何もなかった、
当時は、いじられて逃げるのに精一杯な暗黒時代です、女子なんてもう…」
「拓哉…、そうだったんだ」
本人は大変だったんだろう。
でもわかる、俺にはわかる、二人が言いたいことが…、一眞が切り出した。
「……君は学生の頃、いや、今もオタクだな」
「なんて……、なんてうらやましい、JK、JCにモテモテだとー」
「やっぱ萌えだ、それは萌えだろう、お兄ちゃん大好きイベントだろ、
わかってない、わかってないぞ、オタクがわかってないぞ拓哉」
「拓哉、そこに座れ~!! 叩き直してやる」
「何がモテかを!」
「何が萌えかを!」
二人の意見は若干割れたが、
一眞は萌えについて智仁は拓哉の恵まれた環境についての説教を始めるらしい、
拓哉は思い込んでいる、自分はモテないと、
……ふっ、俺だったらこんなおいしい話は楽しんでいるだろう。
多分 二人も同じ気持ちなのだろう、
俺たちはホンとモテなくて、再開したときは、年齢=彼女なし だったもんな…。
こりゃ、朝までかかるかも…、なんてくだらないことを考えていたら二人が話出した。
「なぁ、拓哉、どうだ、自己紹介して」
「そうだよ、八代くん、洗いざらい話てすっきりしたろ」
「今もうるうるしそうか?」
「…えっ?」
「いったろ、もうダチだって」
「とは言え、お前を叩き直すのは変わらな~い、第二ラウンドだ、
なぁハヤト、氷もらってきてよ」
智仁が悪い顔をしながら、どこからか酒を取り出した、もう終わりって言ってたのに、
素直に俺は氷を下の階にとりにいった。
あれっ、そういえば…〝女子なんて…〟って今も嫌とかじゃないよな、いくらなんでも…。
氷をもらって帰ると
大騒ぎしない程度に、二人の〈オタクのモテ講座?〉は静かにはじまっていた。
もう、夜もふけた、だけど、なんだか拓哉は楽しそうだった…、
疲れはてた頃、それぞれが眠りに落ちていった…。
「それにしても オタクは深いんだなぁ…」
夜もふけてきた、静まり返った部屋のなかで 僕はつぶやいていた、
最近、夜勤が多かったからなぁ…。
僕は余力があったけど ギブアップしたふりしてたら、みんな眠ってしまった、
本当にオタクは面白いもんだ、またみんなと話せるといいなぁ。
そういえば、自分から自己紹介の言葉を口にしたのは久しぶりかもな、
いつも 深い係わりは避けていた、自己紹介を、過去の話をすることが嫌いだった。
僕の話を聞いた人、僕の顔と名前を知った人は 僕のことを見なくなる、
まるで 便利な道具 や アクセサリー のようにしか見ない ずっとそう思っていた、
そういえば そう思うようになったのはどれぐらい前からだったんだろう…。
僕はそんなに可哀想なの? 見せかけの優しさが、そう決めつけているように思えた、
本当に僕が必要なの? 身勝手な好意は、僕という存在を見ているとは思えなかった。
みんなが僕の側にいるのって、僕を物として手に入れたいだけ? ずっとそう感じていて、
きっとそんなことはない…と、ずっと自分の言葉を否定しようとして、
みんなの期待に答える努力をしたけど、その努力も虚しく裏切られて、人は離れてく。
それは 新しい出会い 自己紹介の度に繰り返された。
次は… と願っても 同情、哀れみ、強欲、傲慢 みんなの抱く欲望はつきなかった、
自己満足のためだけに 僕に近づく、僕を見る、そう 気が付いたり、告げられたり、
君のため という言葉ともに僕に向けた 視線 その瞳には 僕は映らない。
限界だった…。
いつしか、僕に向けられる優しい笑顔が、とても気持ち悪いと感じるようになった、
僕を見て僕を映さないあの瞳から向けられる、あの視線が眼差しがとても不快になった、
僕を見てくれるのは、父や祖父母達だけだと そう思うようにさえなっていた。
誰も僕を見ない、なら全員と適度な距離をとればいい、
そうすれば 優しいふりをした あの気持ちの悪い眼差しを向けられることはない、
深く信じなければもう傷つかない、それで独りになってもいい、きっとそれで…いい。
でも僕は、僕はどこかで 傷つけられても誰かのそばにいたいと、願っていた、
ただ一人の人間として見てほしい たったそれだけのことを心の奥で願っていた、
だけど、僕は知っていた、その願いは叶わない、きっと叶わないと、
人の側にいれば傷つき、孤独になるだけと僕は知っていた、でもいつから?
そうだ、あの日、母さんに最後に会ったあの日だ、母さんが僕に向けたあの眼差し、
あの冷たい眼差しは目の前の僕が邪魔で向けただけじゃなかったんだ、
あの時、僕はこれからの現実は突きつけられていたんだ、人は残酷なまでに理不尽なんだと、
あの眼差し、独りになることは僕を産んだ母さんが僕に残した罰だったんだ。
人との距離の取り方を覚え、大勢の中にいても独りの寂しさに何も感じなくなった僕を、
こんなどうしようもない僕を、大塚先生は分け隔てなく厳しく導いてくださった、
とても感謝した、僕を見ようとする人がいるなんて、もう充分だ、
もうずっとこのままでいい これでいい…。
そう決めたはずなのに、何故だろう…、お酒の席だったからだろうか?
今夜は自分からみんなを受け入れていたような気がする。
いつの間にか あの不快な感じを思い出すこともないぐらい楽しんでた。
颯太さん達、そして颯太さんのご両親は僕を見てくれた と感じた…のか?
大塚先生の 優しく見守る眼差しとは少し違う、そう とても暖かい眼差しだった…。
義理の妹や母はどうだったんだろうか…、今日のことで思わずあの頃を思い出した。
僕は 今まで知り合った人達や、新しい家族達と本気で向き合おうとしていただろうか?
本当は僕の目が曇ってて、信じようとしなかっただけかも、今ではそうとさえ思える。
「みんな、ありがとう…」
多分 みんなの僕を見下す視線も、あの母さんの冷たい眼差しも もう平気だ。
それどころか、今までの過去のイヤなことを思い出しても、ちょっと笑えるかもな、
嫌なことを思い出してしまう僕の生い立ちは、今日の出来事が上書きされたから。
もう恐れ疑うことから始めなくてもいいのかもしれない、ずっと独りを続けなくても。
どうか、この関係が1日でも長く続きますように…。




