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1日目・・・ 夢よ覚めないで… リアルな夢 1日目。 

「………だい……?」

「……大丈……?…………?」

「あっ… だっ、大丈夫です」


女性の声で我に返った、返事をしながらも、頭の中がはっきりしない。


「ねぇ、ホントに大丈夫? いきなりを意識を失ったように見えたけど」

「あっ はいっ、多分 


女性の声のする方にゆっくりと顔を上げた、なんだかまだ ぼっーっとするが…、

やっと焦点が合ってきたように、視界がはっきりしてきた。

んっ…? 何だ、これ テーブルか…?


「……えっ? えっ~!!」


顔が上げきって正面を見て、二度見、いや、二度驚きをしてしまった、

顔を上げたその先の光景のせいで、さっき目を開いた以上に更に大きく目を見開いてしまった。

多分 俺はものすごく驚いた顔をして、全くその視線をそらすことなくそのまま硬直していた、

何だ、これって夢じゃん、俺、多分 あの時 頭でも打って意識を失ったんだ、

でも、なんだっていい、夢ならまだ覚めないでくれ、だって目の前に…。


「かっ 香織さん…」


だって目の前に香織さんが、心配そうに香織さんが俺を覗き込んでいるのだから。


「ねぇ 何でそんなに驚いてるの? しゃべり方が変だし、寝不足? ホント大丈夫?」


何てリアルな夢なんだろう…、白のブラウスに長めの黒の腰エプロン、同じ色のスカート

長めの髪は後ろにまとめて…、あの頃のままの香織さんが俺の目の前にいる。


「もうすぐ仕事が終わるから、話の続きはそれからでいい?」

「えっ、話って何の話だっけ…」


あまりにも唐突すぎて何の話かわからなかった、まぁ、夢なんだし、こんなもんだろうが、

〝聞いてない…〟って思っているだろうなぁ、あ~ 視線がちょっと痛い、

ああ、あの頃と同じだ…、なんて幸せな夢なのだろう…。


「今度の花火大会の話でしょ、もう いつもいい加減なんだから…」

「えっ 花火大会?」


「今日はもう上がっていいよ、櫻井さん」


突然、この店の店長であるマスターが話に割って入ってきた。


「その辺にしてあげなよ香織ちゃん、でもホントに大丈夫なの? 寝不足なのかい?」

「えっ…、いや そんなことはないです、でも 俺そんなに変でしたか?」

「う~ん、確かに 意識がないように見えたよ、まぁ 問題ないならいいんだけど、

今日はもう大丈夫そうだし、コーヒーを入れ直すから 二人で休んでから帰るといいよ」


俺と香織さんにそう言うと、マスターは飲みかけのアイスコーヒーのグラスの代わりに、

レモンと氷の入った水を置いてカウンターに戻っていった、

香織さんもおしぼりを置いて その後を追うようにカウンターに戻っていった。


「上がりってマスター、まだ時間が…」

「さっきも言ったけど、あの雨だし、この入りじゃ…ねぇ、もう1人で十分だよ」

「でも、マスター…」

「さぁ、君にも入れてあげるから、着替えたら少し休んでいくといい」

「…はいっ、ではお言葉に甘えて上がります、お疲れさまです」


頭をペコリと下げて、そう言うと香織さんはカウンターの奥に消えていった。


「花火大会って…」


俺の回りから人がいなくなり、ふと 辺りを見回した、

なんてリアルな夢だろう… 起きたら思い出せないような脈絡のない夢はよく見るけど、

これは、どちらかといえば夢と言うより過去の記憶を回想しているような…、

〈明晰夢〉とか言ったっけ? 夢を自由自在に操れているような、まるでそんな感じだ。


そういえば さっきマスターが雨がどうとか言ってたなぁ、側にある窓を覗き見る、

広い道路が見えるのに人は歩いていない、傘をささないと濡れるぐらいの雨が降っている、

遠くでは雷が鳴っているようだ、暗い雲の見える方角から時折 光が見えた。

よく見れば、まばらにいる店内の客は、髪やシャツが濡れている人がいる、

でも、俺はといえば全く濡れていなかった、どうやら雨の降る前からここにいるらしい、

雨にあわてて帰った人、近くの建物に逃げ込んだ人、

雨は多分、突然に強くなる感じで降ったのだろう、ゲリラ豪雨なのかな、

だからもう一人で大丈夫ということなのだろう。


見覚えがある店、いつもの店、ここはカフェ、というよりは喫茶店に近いのか?

当時、香織さんは仕事を辞めて開業を目指してこのお店で働いていた。

でもこれは…、いったい、いつなのだろうか…、つい考え込んでしまう。

日は沈んだようには見えないが、辺りが暗いせいか時間すらはっきりわからない、

きっとこの設定って、夏 だよなぁ… ふと店内の客が携帯電話を取り出したのが見えた。


「おっ、あったあった」


ジーンズのポケットにある携帯電話を見つけた、定位置だ、やっぱいつもと変わらない、

電源を入れて画面を見る、画面に時間と日付が写し出される。


《20××年7月1日 15:52》 この年って…  事故のあった年か。


一気に記憶が現実にもっていかれる、さっきまでの暗い光景が頭をよぎる、

これは夢なのに、嫌だ、夢、これは夢だ、夢なら楽しいままでいさせてくれ。


「なに険しい顔してんの? ねぇ、ホントに大丈夫? すぐに送って帰ろうか?」


俺の後ろから、頭にポンっと手をのせて香織さんが話しかけてきた。


「えっ、大丈夫ですよ、そんなに俺 険しい顔をしてました?」

「ふ~ん、ならいいけど、ここ座るね」


疑いの眼差しを向けながら、俺の目の前に香織さんは座った。


「なんか しゃべり方が違うんだけど、なんかやったの思い出した?」


さらに疑いの眼差しが飛んでくる、あの頃の俺ってどんなだったっけ?

ひたすらあの頃の俺を思い出していた。


「まぁまぁ、追及は飲んでからにしたら? 香織ちゃん」


マスターがトレイに乗せてアイスコーヒーを2つ持って来た、手早くセットを始める。


「はいっ、アイスコーヒーと三浦くんには ミルクとシロップ3個づつ ね」

「ありがとうございます」

「じゃ、あまり無理しないようにね、ごゆっくり」


俺と香織さんにそう言うとマスターはまたカウンターへと戻っていった。


「相変わらずコーヒー苦手なのに、よく来るよね」


香織さんはクスッと笑い、グラスのコーヒーにストローをさすと一口、口に含んだ。


「ハイハイっ、どうせ俺は子供ですよ」


あぁ… なんか思い出してきた、懐かしい、俺の空白の時間が埋まっていくようだ。

この店に来て、仕事中の香織さんにちょっかい出して怒られたりしていたっけ、

俺はコーヒーが苦手なくせに注文しては ミルクと砂糖を沢山入れて飲んでいた。

仕事の終わった香織さんと、よくこの席でコーヒーを飲みながらこうして話してた、

そう、仕事終わりは、いつもマスターは二人のためにコーヒーを入れてくれたんだ、

コーヒーを飲み終わるまで二人で話して、それをマスターは温かく見守ってくれていた。


「それで、どうするの?」

「えっ、えっ~と なんだっけ?」

「あ~ 雨 止んできたなぁ… もう帰ろうかなぁ」


いたずらっぽく不機嫌になるところ、あぁ、なんにも変わらない、なんてリアルなんだ。


「冗談だよ、花火大会でしょ …で、どうするの?」

「さぁ、どうしようか…」


この年の花火大会の待ち合わせが二人の最後となった、夢ならそんなこと考えたくもない、

今はただ、香織さんとの楽しい思い出に浸りたい…。


香織さん、彼女がいなくなってから、俺の時はしばらく止まっていた。

あの頃の俺は、眠ることさえ恐ろしくなるほどに、悪夢にうなされ続けていた、

会社から、友人から、家族から、すべてから逃げて、それでも、状況は変わらない、

いくら嘆いても、叫んでも、何度も何度も謝り続けても…、

現実は、残酷なほどに何も変わらないのだ。


彼女の、いや、香織さんとそのご家族に許されたくて、許される訳もなくて、

自分を追い込み、キズつけ、攻め続け、あの頃の俺は自分を許すことが出来なくて、

もうこの世からから消えたいと、ついに俺は自分からも… 逃げた。


やっと社会と向き合えたのは、そう、彼女に花を手向けることが出来るようになった頃だ、

それから現実の時間に、香織さんのいない時間にやっと歩みだすことが出来たんだ。


あの日以来、どんな内容であっても香織さんの夢は一度も見ていない、

ただ覚えてないだけかも知れないけど、でも夢に香織さんが現れたという記憶はない。

それがこんなにリアルに…、もう、流せるなら、涙を流しての感動もんだ、

マンガでよく描かれる号泣シーンぐらいに感動していた。


「ねぇ、どうして視線を外さないの? なんだか気持ち悪いよ、

…で、何をやったの? 大目にみてあげるから言ってみなさい」


あぁ… お姉さんキャラが懐かしい、俺がこの年になってもまだ先生の顔をみせるんだ。


「…うん、すご~く幸せだと思って」

「はっ、はぁー? いきなり 何 言ってんの、ねぇ、ホント 大丈夫?」


少し顔を赤くしながら、強がってみせる、あぁ… ツンデレも懐かしい、

なんてリアルな夢、何て幸せな時間、夢ならまだ…。


香織さんが身を少し乗り出して俺のおでこに軽く触れた、

その瞬間、目の前がまた白に変わっていく…。


待ってくれ、嫌だ…、まだ、まだだ、夢よ、夢よまだ覚めないでくれ、

もう少し…、もう少しだけこの幸せな時間の中にいさせてくれ…。


「まだ、覚め…な…い…で……」


目の前が真っ白に変わって…、あれ、真っ赤に染まっていく…。






「うっ… う~ん」

「あっ、気づかれましたか? そこ、気をつけて下さい、点滴が刺さってます」

「えっ? あっ、はっ はい」


えっ、何? ここは病院? 俺 いったいどうしたんだ?


「ご自宅には連絡してあるそうですよ、どこか痛いところはありませんか?」

「えぇ、ここが痛いです…」


体を起こして、できるだけキリッとした顔をして痛いところを指差した、

手に刺さった点滴の針の部分を、俺の目の前にはキレイな看護師さんがいたからだ。


「冗談が言えるくらいなら問題はなさそうですね」


キレイな看護師さんが すうっと 俺の頭に触れた、あれっ? なんかズキズキしてきた、

自分の手でそこを確かめてみる、えっ、何? なんか俺 包帯してる?


「ご家族がいらっしゃったら、改めて先生からお話があると思います、

ですから、もう少し安静になさってして下さいね」

「あっ、あの…」

「はい、何かありますか?」

「今は いつ ですか?」

「えっ、あぁ、時間ですね、えーっと もう夜の6時を過ぎてますよ」

「…あの…時間もですが、その…、今は、何月何日ですか?」


えっ、とした顔を看護師さんがみせる、俺だってこんなバカな質問はしたくない。


「7月ですよ、7月1日」

「何年の?」


看護師さんは心配そうな顔をみせながらも俺の変な質問に答えてくれた、

返事は、現在の西暦、俺が友人たちと法要に行った日付そのものだった。


「あの、ごめんなさいね、自分の名前とか言えますか? 

本当に痛いところとかありませんか?」


今度はからかうこともなく、真面目に答えた、きっと変なヤツと思われたよなぁ…、

あ~あぁ、せっかくキレイな看護師さんと話せたのに。

何故 病院にいるのか? は いまいち把握出来ないが、

あの夢がリアルすぎて、ちょっと期待してしまった、もしかしたら…っと。

看護師さんは俺の反応をみて、血圧だの、熱だの、いろいろと計ってから病室を出ていった。 


涼しい部屋で、ただ布団の中に入っていると、やっぱ眠くなる、

どこの病院だろうか、多分、大部屋の窓側で 俺は何時間かここで寝ていたらしい、

もう太陽も完全に沈んでしまった、外は暗い、窓の外には木が見えるが…、

ここは… 2階以上だろうか…、迎えって…誰が…来るのかなぁ…。



「……から精密な、………した方が…」

「はい、わかりました、では、また改めて迎えにあがります」


側の話声で俺は目を覚ました、うとうとして寝てしまったのか?


「あっ、気づかれましたか お加減はいかがですか?」

「え~っと、特になんとも…」

「こら、しっかり返事しなさい」


迎えにきたのは 母さんか、いつもと違い、俺の適当な返事にしっかり注意をした、

先生が俺より、ちょっと、ほんのちょっとだけ、背も高いし、カッコいいからか?


「担当の八代です、ちょっと診させて下さい、どこか変わったところはありませんか?」


先生はいろいろと俺の体を診ながら簡単な質問をしてきた、俺もそれに答えた、

よしっ とばかりに診察に使った診察器具を白衣のポケットにしまうと、


「今は落ち着いていらっしゃいますね、お母様にはすでにお話をしてありますが、

念のため、本日はこちらでゆっくりなさって下さい、ではお大事に」


そう言うと挨拶をして、あっという間に病室を出ていった。


「ねぇねぇ、あの先生 すっごいイケメンね、あんたとは大違いじやない」


おばちゃん特有というか…、バシバシと俺の肩あたりを叩きながら、

母さんは嬉しそうに小声で話しかけてきた、

ハイハイっ、どうせ俺はあんなに高身長じゃないし、顔もソコソコですよ…、まったく。

間違いなくあんたの息子だから、あぁ… あの先生、すごくモテるんだろうなぁ…、


「あのさぁ、そんなことより、俺、帰っていいんだろ?」


無理矢理、話の腰を折った、このまま話を続けたら何を言われるかわかったもんじゃない。


「何言ってんの、今日あんた入院よ、退院は 明日もう一度診てもらってからだって、

それにしても…、あんた いったい何をしたの?」

「こっちが聞きたいよ、ねぇ…何か聞いてる?」

「さぁ、詳しくはお父さんが聞いてると思うけど、母さんが知ってるのは…」


相変わらず長いというかなんというか…、要領を得ない話をまとめると。


 ・俺は、やっぱ あの時計台のところで倒れた。

 ・どうやってか 不明だが、頭から出血してしまい、救急車で担ぎ込まれた。

 ・即 精密検査、更に経過観察後の明日また再検査、で今日は入院。


こんなところだろうか、話だすと止まらないというかなんというか…、

とりあえず用件は聞き出せたのだか、話はまだ終わりそうにない。

ちょっと引き始めたところで、ナイスタイミングだ、父さんが 呼びに来た。 


「母さん、様子はどう…、おっ、起きていたか、手続きは済ませてきた、

もう面会時間は終わりだから 母さん帰ろう、お前も あまり母さんに心配かけるなよ…」

「ごめん、父さん…」


家では母さんのペースについていける、いや、同じノリの出来る “おやじ” である、

その父さんがあんな風に話す時は、やっぱ頭が上がらない、

父さんは母さんより常識人だ、そんなところ、すごく尊敬する、

もう心配かけないと思っていたのに、ごめん、父さん、母さん…。


「貴重品はここにあるって、確認しておきなさい」


母さんがベッドの側にあるサイドテーブルにある引き出しを指差す、

病院用でテレビとか冷蔵庫とか収納かついていて動かせるタイプだ、


「何か必要なものはない? あれば母さんたちが帰る前に買ってくるけど」


空気を察したのか、母さんはいつもより真面目な口調で話かけてきた、

なんだかんだ息のあった二人だ。


「着替えとかは、明日、持って来てあげるから、着ていた服とか持って帰っていいわよね」

「あっ、そうか…、そうだよね 持って帰って」


確かにあんな黒い服で病院から帰るのはちょっとなぁ、

いつも天然だけど、さりげなく気が利く、そんなところは感謝している。


結局、今日は服を持って帰ってもらうだけにしてもらった、院内にはコンビニもあるらしい、

歩いても大丈夫だと言われているらしいから、必要なものは自分で買いに行けるだろう。


「来てくれてありがとう、じゃあ、明日、お願いします」 


二人は面会時間ギリギリで病室を出ていった、

俺は二人を途中まで見送るついでに飲み物を買うことにした。


二人を見送ったあと、とりあえず、持ってきた小銭で自販機でテキトーに飲み物を買い、

自分の病室に戻った、ベッドの回りは少しざわざわしている、消灯時間が近づいているらしい、

看護師さんが病室の患者さんと何か話している、

俺は病室の自分のベッドに戻り、カーテンを閉め、とりあえずベッドの上に腰かけた

点滴があると不便なんだなぁ… 買って来たペットボトルのお茶を口に含み喉を潤した。

なんだか忙しそうに働いてる音がする。

そういえば、携帯電話の電源切ってなかったなぁ、引き出しから取り出し電源を切って戻した。

そしてしばらくすると、俺のところにもさっきとは違う若い看護師さんがやって来た、

いくつか確認とチェックをされたあと、横になるように促された、

とりあえず言われた通り横になる、

ふと、窓の外を眺めると、相変わらず真っ暗なままだ、そしてまた1人になった。


空白になった時間、自分を見失った時間、こんな風に1人になると、ちょっと…なぁ…、

もう大丈夫だと思うけど…、やっぱ、不安になる、だから…こそ、


「眠ったら…、また…会えるかなぁ……」





「……ダメだったかぁ……」


何時だろう? 窓の外は明るくなっていた、まだかなり早い時間らしい、

カーテンの向こう側の動きがまだ感じられない、みんな寝ているようだ、

暗い空を眺めているよりはずっといいが、もう一度 寝直そうか、起きようか、

あっ! ヤバい…、 混乱していてすっかり忘れてた 今日は出勤日だ、

昨日は仏事で休みをもらっていたんだ、後で連絡しないと、

まぁ、怪我だし、仕方ないよなぁ…。


そうこうしているうちに、太陽が登り辺りが明るくなってきた、

梅雨はいつ開けるのだろうか、ベッドから起き上がり窓から下を見ると 

雨は夜中に降っていたのか 地面が濡れていた、病室内も騒がしくなってきたようだ。


「そういえば俺 何も持ってないや、コンビニもう開いてるかなぁ」


私服とか持って帰ってもらったから、手元には貴重品しかなかった、

せっかくキレイな看護師さんと知り合えたのに、せめて身支度を…。

サイドテーブルの引き出しを開けて買い出しに行こうとした、よく見ると引き出しの奥に、

タオルとか、最小限の必要な物が用意されていた、いつの間に…母さん感謝。


相変わらず、点滴が邪魔だけど、顔を洗いに病室の外にある洗面所に向かった、

顔を洗って病室に戻ると、食事の配膳が始まっていた、

入院するなんて、初めてのことでよくわからない、

いろいろと患者の皆さんにも教えてもらいながら、なんとか朝食をもらいベッドに戻った、

これでなんとか食事にはありつけそうだ。


玉子やら野菜やら、なんだかバランスのいい和食の食事だ、やっぱ味が薄い。

食べ終わった頃、昨日の若い看護師さんが点滴を外しに来てくれた、

手早く処置をして、検査の時間を告げると、また忙しそうに病室を出ていった。


入院って案外ヒマなんだなぁ… 病気と戦っている方には申し訳ないが、

たいしたこともなさそうなので、ヒマをもて余してしまった。


「おっと、電話しなきゃ」


病室から移動して務め先に電話をかけた、まぁ、それなりに心配はしてくれたようだが…、

落ち着いたら必ず結果を連絡するように言われて、とりあえず休みにしてもらえた。

ようやく、自分の検査の番になり、検査を終え、病室に戻ると、昼食が出来上がってきた、

今度は洋食だ という間もなくあっさり食べ終わり片付けも終わって、またヒマになった、

そんな頃に母さんが着替えを持ってきてくれた。


「こんにちは、大丈夫? って な~んだもう平気そうじゃない」

「あぁ、来てくれたんだ、やっと帰れる」


「……自分のことより、何か言うことがあるんじゃないの」


包帯をしている頭を押さえて… という訳にはいかず、挨拶をしなさいという態度を見せた。


「ハイハイ、来てくれてありがとうございます、ご心配おかけしました」

「……まぁ、いいことにしますか」


不満そうだが、納得をしたようだ、

俺はベッドに、母さんはサイドテーブルの前にあった椅子に腰かけた。


「で、どうなの? 一応、両方の用意したけど」

「検査は終わったよ、結果はまだだけど、多分 帰れるよ」

「ふ~ん ならいいけど、ちょっと用事あるんだよね…、看護師さんにちょっと聞いてくる」


そう言うと、母さんは 結果がいつ頃出るか をナースステーションに聞きに行った、

ほどなく、検査結果を元にした医師の説明と注意を受けることが出来て、退院になった…。



「……っ、ぷっ、あっはっはっ」

「もう、そんなに笑わなくたっていいだろう」

「だって、だってさぁ…」

「ふっ…ふふっ、あっはっはっ、今日はお父さんと盛り上がれるわ~」

「だから~、ちゃんと前を見ろって!」


……で、帰りの車の中である。

運転さえしていなければ、いつものようにバシバシとツッコミを入れられていただろう、

迎えか、入院か、両方の用意して迎えに来た母さんは、結果を聞いてウケているのである。


検査結果を聞くときに、俺のあまり記憶のない部分も医師により伝えられた。



まず、医師が救急隊員から聞いた、“通報者からの発見時の状況“ から始まった…。


「まずは意識を失った時の状況ですが、通報した方から伺った話では…、

『何か叫び声が聞こえて、そちらを見ると、男の人が時計台の側にいて、

時計台に頭を着けてもたれかかっていたように見えました、

それからすぐに、突然バランスを崩したというか、膝から崩れ落ちたというか、

とにかく 時計台に寄りかかるようにして体制を崩したかと思ったら、

そのまま仰向けに倒れて、

それで近づいたら、頭から血を流していて、すでに意識が無いようでした、

あわてて119番に通報して、救急車を待っていたところ、

意識を取り戻し、〝まだ、覚め…な…い…〟と言うような言葉を言ってまた気を失いました、

時間にすると、声が聞こえてから、再度意識を失うまで、10分とたっていなかったです』

と そのように言っておられました」


救急搬送された俺はすぐに処置室に運ばれて、頭からのかなり出血があったため、

止血と縫合 あわせて精密検査も実施されたらしい、でも特に異常はみられず、

頭部外傷だけであろうと診断が出ていた、

事件性もなさそうだったが、意識がないので、

一応、巡回で病院に立ち寄っていた警官にその場に立ち会ってもらい、

連絡先を調べて家族に連絡を入れて、意識が戻りしだい退院、

自宅にて経過観察の予定だったんだが…。


そう、だった だったのだ…、このあとの展開で母さんはこんなに ウケているのである。

さらに医師との話は続き…、


「目覚めた時に 時間や日付 を確認される患者さんはたくさんいるのですが、

“何年か?“ まで確認をされる患者さんはそうはいません、

何日も意識不明だった患者さんですら時の流れを感じていないことが多いのです、

看護師があなたと会話した状況から違和感を覚えて報告してくれたのですが、

目覚めた時、何か異変を感じたのでしょうか? 倒れた時のことを覚えていますか?」


「倒れた時、あの時は…、ちょっと嫌な事を思い出して、

時計台の方を向いて、とりあえず落ち着こうと、

そうしたら、急に目の前が真っ白になって…。

気を失っていたのか? は わかりませんが、

目を開けると、目の前が真っ白だったのに、なぜか真っ赤になって、

……それで次に目覚めたら病院のベッドでした」


「多分、気を失い、倒れた時にどこかで頭を傷つけて 血が目にかかってしまったのでしょう、

目の前が真っ赤になった その時に、一時的に意識を取り戻したんでしょうね、

目の前が赤く見えた時、『覚めない…』とか言っていたそうですが、覚えてていますか?」


「前後ははっきりしないのですが、その……」

「はい」

「……その、どうやら夢を見ていたようで、……かなり……リアルな…」

「では意識が戻って、夢が覚めないで欲しいという意味で発した言葉だったんですか」

「いえ…多分……」





「『いえ、多分、寝言です』だって、もう大人なのに、白昼の往来で…」

「もう、だからそんなに笑うなって!」

「だって、あの時のあんたの顔、今晩は父さんとこれで一杯飲むわ~」

「ハイハイ、酒の肴にでも何でもすればいいだろう」

「えぇ、するわよ、あんたの退院と…祝いよ」

「祝い? たかが1日の入院で退院祝いって大げさだなぁ」

「大げさじゃないわよ だって…、だって やっとあの時計台に行けたんでしょ、

母さんたちが知らないと思ってた?」

「…っ…」


病院での会話を、帰りの車の中で大ウケしていた母さんが、突然、そんなことを言い出した、

どうやら両親は、俺が時計台を避けていたことを気にしていたらしい…、俺は言葉につまった。


「それでさぁ、颯太あんた、一応、平気なんでしょ」

「多分 大丈夫だけど、何で?」

「ちょっとお使い頼まれていてね、この辺からの方が行きやすいのねぇ…」

「あぁ そっか なんか言ってたね、ここからなら、それほどかからないし いいよ」

「そう、助かるわぁ、一応、家でおとなしく寝ていなさいよ」

「ハイハイ、じゃテキトーにおろしてくれる」


それを合図に、母さんはハザードをつけ、車を安全な場所に停止させると、

〝夕方に帰る、帰ってから夕食を用意するからおとなしくしていなさい〟と、

釘を指すように告げて、俺と俺の荷物を車からおろして目的地に向かっていった。

もしかしたら、恥じてる俺に気を使って? とも思ったが、そんなこと…ないよな、

時計台のことで俺を1人にさせようと、気を使ってくれた… と考えるより、

今晩、俺の話を酒の肴に両親が一杯飲んで ウケている方が容易に想像できる…。


家まではゆっくり歩いても20~25分ってところかな、途中、コンビニでもよって…っと、

病院は自宅の生活圏から見ると少し離れているところにあった、

なので、こちらにの方に来るのはすごく久しぶりだ。

なんだかいつも利用している道と違うってだけで、どこか目新しい、

車を利用せずに歩くからひとしおだ、

梅雨時期でありながら、うまく雨をよけていた、時々 晴れ間が見えるぐらいだ。

着替えの入ったバックを斜め掛けに持ち直し、ひとりぶらぶらと歩く、

たまには仕事サボって散歩も まぁいいもんだ…。


梅雨時期だからか、散歩している人がまばらだった、

少し歩くと、子供の頃に遊んだことのある公園が見えてきた、

ちょっとした水辺に、野球やサッカーなどの出来るグランドもある ちょっと大きな公園だ、

少し遠回りだが横切って行こうか…、そのぐらいなら突然の雨に困ることもないだろう。


〝やっとあの時計台に行けたんでしょ…〟 母さんのあの言葉が頭の中でこだまする、

歩きながらも、だんだん昨日のことで頭がいっぱいになる、どうしても整理できない。


夕べは状況を詳しく聞かないまま、いろいろあってすぐに眠りに落ちてしまった、

また、夢を見れたら… ぐらいは思っていたけど、やっぱダメだったし…。

先生に言われた内容だと、あのリアルな夢を見ていたのはわずか数分ってことになる、

そもそも、そんな数分であんなにリアルな夢を見れるのだろうか?

先生は意識の失い方を気にしていたようだが、体には特に異常は感じない、

言われた通り、しばらく安静にして経過観察 異常があれば再検査でいいと思う、でも。


公園内を横切るように歩きながら、いろいろと考えてしまった、そう どうしたら…、


どうしたら、もう一度 あんなリアルな夢を見られるんだろう。


水辺で遊んでいる小さい子供たちの声でふと辺りを見回した、というよりは視界が開けた、

周りの景色を楽しむこともなく、ただ考え事をしながら ぼんやり歩いていたからだ、

開けた視界の先に見えたのは公園の時計だった、

その時間は、昨日、俺たちが別れて時計台に向かった時間に近い時間を指し示していた。


家に帰れたらそれでいい… それ意外の目的は特にないし、

ただぶらぶらと歩いていた足は、突然、水を得た魚のように、

きびきびと目的を果たすために動き始めた、


もしかしたら… もしかしたら…。


頭の中で、期待やあきらめのいろいろな思いや考えが駆け巡る、

よりいっそう、軽い足取りで目的地に向かう。


もしかしたら、もしかしたら、昨日と同じ事をすればまた会えるんじゃないか?


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