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無名長編  作者: ren_Kさん
2/2

後編

◆◆◆◆◆



「……」

「……」

 あんなにも激しかった殺し合いは終わり、静かなる砂漠へと戻った。

 しかし失ったものが大きい。それはあまりにも。

 潰れた我が子に涙する時間は与えてはくれず。クサナギとか言う男に言われるがまま、突然現れたヘリに乗せられて、今に至る。

 ヘリと言っても、僕が知るヘリとは少し違う。

 多分、戦闘ヘリに近いだろう。

 砂漠の大地と同じ色を使っている。これも、なんたら迷彩と同じ考えから来たものなのだろう。

「……」

 僕とアオイは黙ったまま。彼女の方を見ると僕と同じ思考なのか、彼女も僕の方を見ていた。

 僕は今、猛烈に警戒している。そしてあの国に入ることが怖くなった。

 彼女とは違う事での警戒心だが……。しかしなるほど、確かにこの国はおかしいな。

 異世界だと思われる此処に“ヘリ”と言うものが存在しているのは何故か。

 空を飛ぶのに一番なものがヘリだというのならこの世界にあるのも頷けるが、何しろ一番だという証拠がない。

 よって物理的に空を飛ぶのに一番だと証明が出来ない。

 ならばどう信じようか。信じたいがそれが不可能だ。

 アオイも僕の方を横目で見ている。……やはりか、やはり僕と同じ考えか。何故警戒するのかが違うにしろ、警戒しているのは同じだ。

 先に口を開いたのはアオイだった。

「……一つ聞きたいんだけど、貴方誰?」

 アオイの向かいに座っている一人の女性……いや女の子と言うのが近いな。

 その子は僕の方を見て言った。

「そちらの方に聞けば分かると思います」

「——知り合いなの……?」

「いえ全く存じ上げません」

 はっきりとした声で返した。即座に返した。

 何を言ってるんだ。僕はこの世界に来てやっと一週間とちょっとぐらいだというのに。それにその大半はアオイも一緒だったでしょうが!

「というか何故に僕なのですか?記憶が正しければ、あなたと会うのはこれが初めてのはずなのですが……」

「え?そうなの……?——あ、いえすいません。初めて……でしたか」

 そして彼女は座ったまま軽く会釈をして自己紹介をした。

「私はこの国で“巫女”と呼ばれている者です。そうですね、言わばこの国の全ての国民の中で一番の権力者でしょうか。……こういう時、なんて言うんですかね」

 すると彼女の背後から声が聞こえた。

「だから言ったじゃないですか。気になったもの以外にも、いろんな本を読んどいたほうがいいって……」

 男の声。恐らく操縦してるのも彼だろう。

 しかし何というか。意外と仲が良さそうと言うか……。

「ふむ……。つまり巫女様はこの国の王、と言う訳ですね?」

「えっと……まぁそうなりますね」

 貴族ではなく王族。いや、それすらあんまりわからないな。でも被っている王冠らしいそれからお偉い方なのは分かる。

 明確には彼女は王様と言うわけでもなし。しかも巫女と言うのは周りからそう呼ばれているだけ。本名ではない。

「色々聞きたいことがあるんですが、いいですかね?」

 彼女には不思議に思う点がいくつもある。

 まず第一に、何故僕らが戦闘を終えたタイミングとほぼ同時にやってきたのか。

「どうして戦闘があったってわかったんですか?」

 これはアオイも疑問に思っていることだろう。

 しかし僕の問いに巫女は答えなかった。

「この国を見た時、あなたはさぞ驚くでしょう……」

「……問いに答えていただきたいのだが」

 僕のその一言を返したのは、後ろの操縦士だった。

「巫女様は視たんすよ。いいからその言葉を覚えておいてください」

 この国を見た時……。街並みか?国は防壁で囲われているから今は見ることができない。

 そうだな、あと数分ぐらいはかかりそうな距離だ。

「……じゃあ二つ目の質問ですけど、僕の機体をどうするつもりで?」

 巫女はこの問いを答えた。

「大丈夫です。私の命令で回収させていただきました。ボロボロになるのは分かっていたので、こちらで回収、修復をさせていただきます」

「分かっている……ね」

 恐ろしい女だ。この国とこの少女には何かがある。僕はそう思った。

 次の質問をしたのはアオイだった。

「これだけの資源をどこで?」

「私にもわかりません。私の母……先代の巫女様の時もこのような街並みだったそうです」

 ふむ。謎か……。にしても……。

「巫女って名前なのに服装は……」

 敢えて小声。聞こえてはないだろう。

 巫女と聞くと白赤のあの服装を思い出すが、彼女の来ているのは少し違う気がする。

 やはりそこは異世界だからなのだろうか。ヘリと言い巫女と言い、こっちとの繋がりがあるかと思えば、証明できないし全然違うし。

 ……まぁ、ぱっと見は見れなくも……ないか。

「そろそろですね……」

 巫女は外を見て言う。

 確かにそろそろだ。さて驚かせてもらうぞ。


 ——ヘリに乗り、空から地上を見下ろす僕ら。

 彼女、巫女の言葉通り、僕は驚きを隠せなかった。

 何故か。実に単純明快である。

 僕の思考の中から“此処が異世界”だという可能性はほぼ零に等しくなった。

「なんだこれ……。まるで日本じゃないか……」

 僕の知っている町のどれにも当てはまらず。しかし建物は何処にでもありそうなビルや一軒家など。店もあった。その集まり全体を見て僕は再び思う。

 ここは日本ではないか……と。

 ならば、ならば何故だ。どうしてひと眠りしただけでこんなにも世界が変わったか。

 答えは分からないまま。僕は神じゃない。世界のすべてを見ることなんて出来ない。

 一番有力だと思っていた異世界説はほぼ間違いだろうと思った。しかしここで一つ思い出す。

 確かに僕の世界との繋がりこそありそうだが、生物が生物。まだ異世界説も残されていそうだ。

 あんなにも平和だった日本がこんなふうになるわけがない。時間経過でこんなことにはならない。

 ……やはり異世界か。たまたま日本に似ていただけと言うのか……。

 驚きと思考を繰り返す。巫女はじっと僕を見ていた。


「驚いていただけましたか?」

「——まるで僕が異世界人ということを知っていたような……。どこでその情報を?」

「うーん……私から?」

 疑問形。何故に疑問形なんだ?しかも私からってどういうことだ?

「もっとわかりやすく頼む……」

「そうですね。未来視に近いものだと私は解釈しています」

「つまり、超能力とかそういう……?」

「はい。この国の誰もが私の能力について知っていますよ」

 未来視……。恐ろしい能力だ。

 つまりこれから何が起こるか、それら全てを知っているも同然。

 未確定の未来を視ることができるというのは、過去を知る、思い出すと同じようなこと。

 視れるということは、現段階で確定した未来と言うことだと思う。

 先ほど答えなかったのは、超能力者だということを信じさせるためか……。

「なぁアオイ……この世界で超能力者って珍しい存在なのか?」

 ここが異世界だという説は存在する。もし異世界ならイエスと言う筈だ。珍しいということはたまに見ることがあるという事。ノーと言えば持っていて当たり前。つまりアオイの方が珍しいタイプの人間だということになる。

 しかし彼女は僕の期待を裏切った。

「いえ……。珍しいって言うよりも、存在さえしない……。超能力こそ架空の存在……だと思う」

「……そうか」


「というか思ったんだが、外から見たあの工場だの排気ガスだのは見せかけだったか」

 あの時に見た排気ガスなどの煙の類、それらが出てくる煙突のようなもの。工場。それらは全て国を覆っている壁の付近だけだった。つまり資源が多すぎておかしい、ということではないらしい。

 そして時は満ち、操縦士の男がその言葉を言う。

「そろそろ着陸です」


 ——とても奇妙だ。

 この世界に来てから今までの間、僕はほぼ確実に異世界だと思っていた。思い込んでいた。

 しかしこの国に来れて、運が良かったというべきか、来るのが少し早すぎるのか。頭の整理が追い付かない。

 今日と言う日までに化け物だのロボットだのはいくらも見てきた。そして前の世界とは別の世界だと思っていた。しかし乗っている間も、降りた今も考え続けているがやはり、この光景を見て全くの無関係とはとても言い難い。

 多分今いるここは、この国の中央だろう。円状のこの国は半径だけでも相当広い。

 町と言うより国と言うのが一番適当だ。もっと小さいと思っていた。

「リンドウ様、アオイ様、どうぞこちらに」

 操縦士の男が案内する。僕は疑いもせずついていく。

 しかし何だろうか。未来視と言うのは本当らしい。僕は名乗ってもないのに名前を知っている。僕だけでなくアオイまでも。例えそれが本当なら一番考えられるのは人外、だろうか……。

 この世界には異星人と思わしき黒いロボットの軍団もいる。つまりそういう事なのか……?

「……?何してんだアオイ。置いてかれるぞ?」

 一歩も動かないアオイ。僕は彼女に声をかけるが、反応してくれない。

 僕は操縦士に少し待つようお願いし、アオイの元へ向かう。

「どうしたんだ?」

「……いや、なんでも」

 一体何がどうしてしまったというのか。彼女はその一言だけを言い残すと、操縦士の男の元へ向かう。

 彼女の言葉を胸の中で何度も反復させながらも、彼女には彼女の事情があるのだと深く考えるのをやめた。

 操縦士についていく。巫女も一緒だった。

 しかしこの巫女……。未来が視えるらしいが、護衛を一人もつけないとは……。せめてあのクサナギとかいう騎士を近くに置いた方がいいんじゃないだろうか?まぁ、僕には関係ないか。

 ——案内された先は真ん中に大きな椅子があり、天井もそれなりに高い部屋。いかにも王様の部屋っぽい感じだ。

「それで僕らはどうしてここに?」

 操縦士の男は軽く頭を下げ、大きい扉をあまり開けないように細心の注意を払いながら出て行った。

 王様の席、とでも言うべきなのか。何という名前なのかは知らないが、恐らくお値段異常の椅子に座る巫女。

「リンドウさん、アオイさん。貴方達には私達ニーラと協力してもらいます」

 口を開いたかと思えばそんな言葉だった。

 確かにこの国には少し興味と恐怖がある。僕の世界と関係があるのかどうか、それを知りたい。しかしもし関係が無いのなら……。

 そう思うと少し怖い。一体どれぐらいの確率だったのかと。

 まるで彼女の奴隷になるようなそんな感じだが、最悪敵対するやもしれぬ国の情報を集めるのは悪いことじゃない。

「僕は構わない。ただし住む場所と一定の食料、あとはそうだな……お金も少々頂きたい」

「それでいいでしょう。アオイさんもよろしいですね?」

「……」

 さっきから様子がおかしいアオイ。

 やっぱり何か思う事があるのだろうか……。

「彼女もそれでいいです。ただし同じ条件で」

「ちょっと!?勝手に……」

「わかりました。ではその手配はこちらでしておきます。夜までには終わらせておきますので、それまで町の様子を見てきてはいかがでしょう?」

 ごめん、勝手に決めて。でも……。


 ——その部屋から出ると、さっきの操縦士の男がいた。

「二人とも協力してくれるか……」

「えぇ。色々知りたいこともあるので」

 この国の人たちが僕らのことをどれだけ知っているのかは知らない。それでも警戒を怠らない方がいいだろう。

「……少し話さないか?」

 彼のその言葉に僕はノった。

 何しろ今欲しいのは情報だ。物資も欲しいところだが、そんなものは後ででいい。

「アオイも来るか?」

 彼女は返事こそしなかったものの、頷いた。


「くぅーッ!!ここのスシはうめぇんだ!!」

 満面の笑み。木製の建物の店の椅子に腰かけ、操縦士の男とアオイも一緒に注文したものを食べている。ここは寿司屋っぽいが、看板に書いてある文字は読めず、正確にこの店が何なのかは不明。

 しかし出されたものを見るとやはり寿司屋だろう。知れば知るほど謎が深まるな……。

「これ……乗ってるのは一体……」

「あーそれか。超高級品のサカナだ。滅多に手に入らない水の中で生息する生き物の身を使った食べ物だぁ。ほら、好きなだけ食え」

 この人……一体何者だ。

 魚が高級品だというのは今まで見てきて分かるが……。

 サーモン、マグロ……海苔は巻かれてないがイクラもある。見れば見る程日本そっくり。

 アオイが問う。

「色が違うみたいだけどそれぞれ名前とかあるの?」

「あー……ある物もあればないものもあるんだ」

「それはまたどうして?」

「サカナってのは古くから生きてたらしくてな。まぁ本題にも少し関係しちまうんだが、古い書物に書いてあるんだよその名前。でも古代文字を解読できねぇで困ってるのが現状だ」

 僕も気になり問う。

「本題ってのはつまり……」

「あぁ。巫女さんはお前さんに解読してほしいって前言っててな。偶然聞いちまった……」

「偶然……」

 未来を視たからなのか。未来じゃ僕が解読出来ているところを視たから、という事なのか。でもそうなら解読する必要なんて……知っているはずなのに……。

「一つ聞きたいんですが、巫女様は未来を視れるんですよね?なら僕に聞かずとも分かるのでは?」

「あぁ……巫女さん曰く、未来を視れるっつっても一枚の写真のようにしか見れねぇらしい。先代巫女さんよりも能力が劣ってるって話だ」

「一枚の写真と言うことは声さえも聴くことが出来ないということですか……」

 未来を視る能力が劣っている、か。

 つまり完全に知ることは出来ないが、大体を見ることができるという事か。

 んで……。アオイは会話に参加さえせず、ただ寿司を食うだけ……。

 食べ方も少々マナーが悪いというか……汚いというか……。寿司は手を使う食べ方もあるらしいが基本は箸だぞ箸。

「えと……本題って言ってもそれだけじゃないですよね?こんなお金のかかりそうな店まで呼んでそれだけってのは」

「もちろん他に用がある。これを渡せって命令だ」

 紙製の地図……あともう一つは画面が大きい腕時計のようなものだった。

「こっちはこの国の全体だ。何処に何があるか分かる。……欠点としちゃあ大き過ぎて紙もデカいことだが……」

 会話に参加しなかったアオイが突然話し始めた。

「じゃあこれは?」

「あぁそれか。技術部が総力を挙げて二年前に完成した小型通信機だ。耳に二本の指を当てれば会話が出来る。まぁ設定だの色々必要だが……」

 これはそういうことか……。

 腕に装着すると、画面が起動した。

 その画面には何やら文字が表示されたが、読むことは出来ない。

 感覚で進めて行くとどうやらホーム画面らしきところに辿り着いた。

「進めれたか。……嬢ちゃんの方はまだのようだが」

「……」

 こういうのには音痴なのかもしれないなアオイは……。


 ——話も終わり、操縦士の男とも分かれた。お金は全て奢ってくれたが、別れ際に見せたあの顔はしばらく脳裏に焼き付くことだろう……。

 アオイは頬に米粒を付けながらも、僕の隣を歩いていた。

「手配が完了したらこの腕時計で知らせてくれるそうだ……」

「とけい……?」

「あ、そうか。まぁ気にしないでくれ。僕のいた世界のものの名前。似てたからつい……」

「ふーん」

 興味なさげだった。ずっとこんな調子だが、大丈夫なんだろうか……。

 手配の方は準備ができ次第、この時計みたいな通信機で連絡が来るそうだ。

 画面を進め、機能や表示などを自分用にカスタムしておいた。これで時間が何時でも見れる……はずだった。

「これ何て読むんだよ……」

 時計。現在の時間を表す。しかしそんなものも読めなかった。

 何となくと言う完全なる勘で画面を進められたが、文字自体が日本語ではないため読むことも出来ず、また数字でもないものなので解読不可と言う状態。話す言語が一緒なのに日本語ではないとはどういうことだ。

 アオイに関しちゃ全て把握しきれたみたいだ。あの男から聞いたことは頭に入っているようで、操作もだいぶ慣れた手つきになっていた。

 頬につけていた米粒を人差指ですくい上げ、ペロリと口の中へ……。

 咄嗟に顔を背けてしまう。それは何故だろうか。意識してやったつもりではない。建物の壁や細かな部分に目を向けてしまう。別に気になった訳ではない。いや、気にはなるが今は見なくてもいいというのが正しいか?だがそれでも視線はアオイから建物の壁へと向いたのは事実。つまりそう……これはアオイを見ているという事実がバレたら恥ずかしい的なそんな感じなのだろうか?さらに細かく言うとアオイのそんな仕草を僕がガッツリ見ていたという事実を知られてしまうという恥ずかしさから建物の壁やその他を見るという、このタイミングでは確実に意味不明と言わざるを得ないことをさせてしまったというわけか……。

 アオイは何も知らず、ただ表情も変えずそのまま僕の隣を歩く。

 嗚呼早く連絡来てくれマジで早くだ。会話にならん、さっきまで会話してたのに何で今出来ないんだって話だよ全く。

「はぁ」

「どうしたの急に」

 僕は一旦どう返すか悩んだ末……。

「……なんでもない」

「そう」

 その一言で会話が終わった。

 そして一切会話無く、町を見て回った。

 まだ全て見て回れたわけではない。そう、大体半分しか見れていないわけだが、それでも日が暮れそうだった。

 足が痛むほど疲れる一日だった。しかし今日見て回ったのはとても意味のある物だった。どこも日本の町のように建物が並び、将棋盤のように綺麗に規則的であった。つまりこれは前の世界である地球とこの世界が何らかの関係性があるとほぼ言える状態までになったということだ。

 まだまだ未知な部分も多いが、とりあえず今日はもういいだろう。僕はもう疲れた。

 戦ってから国に招待されて説明受けて……。

 そして一つの単語が頭に浮かぶ。

「招待……」

 それは前にも使った単語。思い返してもどこの風景も出てこない。

 いや、どこでもない……。

「巫女に招待……どこかで……」

 そして記憶がどんどんと蘇っていく。

 そう、彼女にはもう一人いるとかいないとか……。あの話は何だったんだ?魂のうんたらがどうとか言っていた気がするが……。

 腕につけた小型通信機を見る。連絡をしたいのはやまやまだが、文字が読めず誰が誰なのかわからない。つまり僕には連絡に出る程度の事しか出来ないということだ。

 ——待つしかないのか。

 そう、諦めかけていた瞬間だった。

 腕の小型通信機が振動し始め、反射的にその画面を見てタッチ、そして人差指と中指の二本を耳に当てる。

「はい、深山リンドウです」

『繋がりましたね、巫女です。全て準備が整ったので一度、巫女の間まで来ていただけますか?』

「巫女の……間?えっと話をしたところでよろしいので?」

『はい。地図を見れば分かると思いますので。それでは』

「あのちょっ……切られた」

 使い方は何となく把握した。まるで電話だった。

 確かに地図には描いてあった。とりあえず、巫女の間ってところに行きゃいいんだろうが、生憎文字は読めん。大体の位置までは分かるけど……。

「なぁアオイ……」

「……」

 無視かよ!?酷いんじゃありませんかね!?

「……あのー。アオイさん?」

「……何」

 大分お人柄が変わられたようで。一体どうして……。

 僕悪いことでもしましたかね?記憶が正しければ何もしてないんですよこれが。

「巫女の間に来いとの事です。あの話したところの……」

「……」

 黙ったままだった。何が原因なんだ?といくら思考を繰り返しても、答えに辿り着くことはなかった。


 ——そして無事、巫女様が住まうであろう王宮的な、城的な、そんな建物に辿り着けた。

「よぉ」

 操縦士の男が一本の柱にもたれていた。まるで待っていたとでも言わんばかりに。というか今日あったばっかりなのに、あたかも久しぶりだなという雰囲気だった。

「部屋まで案内してやれだってさ」

「つまり僕らが迷うという未来を視たからということですか」

「さぁな。そんなことにまで自分の能力を使うもんなのかねぇ……」

 そしてまた、僕らはこの男に案内される。

 そして廊下を歩きに歩いて……。

「ここが巫女の間だ。二回目なんだからそろそろ覚えて欲しいがな」

「この建物だけは他のと違って建て方が複雑なんですよ。覚えにくいったらありゃしない」

「それは同感だが……。俺だって案内役ばっかやらされんのは御免だからよ」

「……まぁ、ありがとうございました」

「そんなことより待ってんじゃねぇのか?」

「そうでしたね。それでは後で」

 そう一言残し、扉を開ける。

 アオイにも入るように言う。ずっと不機嫌だが……。

「お待ちしていました」

 例の椅子に腰かけた巫女がいた。

「それで、僕らとしては早くお金の方を……」

 それを待てとでも言うように手のひらを見せてくる。

「まぁまぁ。その前に寝室の案内などが」

「また案内ですか……」

「それもありますが、その前にあなたに依頼をしたいのです」

 依頼……男が言っていたアレか。

「解読……ですか?」

「あら、知っていたのですか?どこからか情報が漏れたようですね……」

「そんなことはどうでもいい。僕が解読できるとでも思っていらっしゃるので?残念だが、この通信機の文字さえ読めない僕が解読なんてできるとも思えないのですが」

「その点に関しては問題ありません。寧ろあなたでなければ不可能です」

 不可能。僕にしか出来ない。ますます意味が分からなくなってきたな……。

 ——しかしだからこそ知ってみたくもある。

「僕にしか出来ない、ということでいいんですね?」

「はい。貴方にしか出来ません」

 表情の一切を変えず。若干怪しくもあるが、それでも知りたいことではある。

「——わかりました。受けましょう、その依頼」

 巫女の表情はその時初めて変化した。口角が上がり、少しニヤリ、と。

「ではこれから泊まってもらう寝室の案内を——」

 巫女が立ち上がり、発言をする最中だった。一人の女性が声を張り上げて言った。

「良くないわッ!!!」

 そして次の刹那に静寂がこの空間を包む。

 少し間をあけて言いたいことを言うアオイの姿がそこにあった。

「どうしてリンドウだけで話を進めてるの!?私だって参加したいわよ!!そしてそこの女!私をのけ者みたく扱ってるけど何様!?ええ巫女様よ!でもこっちは招待されたお客様よ!?そのお客様をのけ者とはいい度胸ね。私は戦闘には自信があるの。試してみるかしら?嫌なら私も混ぜなさいよその解読とやらをッ!!!」

 巫女を睨むようにして自身の本心を叫んだアオイ。

 きっと言いたいことを言い切れたんだろう、息が荒い。

 そして、しばらくの静寂の後。

 巫女はこんなアオイの目をしっかりと見据えて、彼女に一言伝える。

「例え貴方がどれだけやる気と根性があっても、今回の解読は出来ません。それでも?」

「やってみなきゃわからないじゃないのよ!私のお父様は根性さえあれば何とでもなると言っていたわ!」

 やれやれ、根性論か。僕の苦手な考え方だ。どうして合理的にやらないのか、といつも思って仕方がない。

 しかしまぁ、今回の場合は彼女の言う根性論を持っておいた方がいいのだろうな。現実の方はどうか知らんが、何せ漫画やアニメで見る解読と言うのは魔法や魔術的解読、もしくは資料や参考となる物から解読対象と照らし合わせて考えるの二択。ここは異世界のようであってそうでない。魔法や魔素と言った単語も聞いたことすらない。つまり今回の場合は後者しか選択できないのだ。そして後者は時間もかかるし何よりつまらない。パッと出来ないものだからこそ、根性論と言うものが生かされる。

「……僕からもお願い出来ないでしょうか。きっと彼女は僕らの力になると思われます」

「そうですか。——まぁ、いいでしょう」

 何かを考えているようであった。まだ巫女の存在には謎が多い。未来視にあたる能力にも少し謎が残っている。あまり信用できない人だが……しかしこの国の一番の存在なら信頼するしかないのだろうか。

「ではついてきてください。寝室に案内します」

「解読は……?」

「今日はさぞお疲れでしょう。また後日と言うことで。安心してください、日は逃げたりしませんよ」

 確かに日は逃げんだろうが、どれを解読するのかどこでするのかを聞いていない。

 その物を持って逃げられる可能性だってある——いやないな。その気なら話さえ持ち掛けないからな……。

 その道を案内され、長い長い廊下を歩く。

 壁にはいくつも高そうな絵画などあったが……。しかしまぁ、よくもこんなに長い廊下に

一定間隔でかけられる程の数を揃えたものだ。一体いくらしたんだ……。

 地面は赤いカーペットのようなものが敷かれており、まさに王様の城と言う感じだ。

 明かりは火が灯されたろうそくで確保されていた。


「着きました。ここです」

「ここの二室か……」

「二室……」

 それぞれがそれぞれに発言する。ホテルのような扉の前に立つ僕ら。強いて言うなら何号室とは書かれていないところが違いだろうか。

「入ってもらって構いません。もう自由に使ってもらって大丈夫ですので」

 その言葉に甘え、扉を開き、中を覗いてみた。

 その光が肉眼に入る一瞬で僕は扉を閉めた——。

 何という事か。貴族が寝るような高級ベッドにお値段が高そうな机に椅子。花瓶に花が生けられており、住むには申し分ないほどに充実した部屋だった。

 そう、一言で表すなら高級ホテルの一室だろう。

「なんてこった、こんなにも綺麗な部屋か……」

「何か問題が……?」

「問題も問題、大問題だ……生まれてこの方こんなにきれいな部屋に入ったことさえない。いや実際はあったのだがそれは生まれた時からで、物心ついた時には既にあの作業場のような場所だった故に僕にこんな部屋は似つかわしくない……」

 喋るごとに早口になっていった。

 そんな僕を巫女は「ははは……」と苦笑いしていた。

 アオイはと言うと、部屋から出るや否や巫女に確認をとった。

「家具とか移動させていい?」

「えぇ。まぁ大丈夫ですけど、どうかされましたか?」

 既に移動させ始めていたのか大きな物音を立てながら返事をする。

「えーっと、寝る前に少し訓練をしておこうかなーっと。やらないと腕が衰えるからねー」

「は、はぁ」

 こんな時まで訓練か。戦闘狂にでもなったのかと思えるぐらいには戦いしか頭にないのでは……あ、いや訂正する。しっかり備えてていいと思うぞ、アオイ!

 ——さて、ごちゃごちゃ言わずそろそろ僕も……。

「あー少し待ってください」

「はい、何か?」

 僕を呼び止めた巫女。それはもう一つの話だった。

「いつでも問題ありませんので、あなたの機体を見に行ってあげてください。そろそろ作業も中盤に入りそうだと思いますよ」

 耳打ちにしては少し遠い……が、全て聞き取ることができた。辺りがあと少しでも騒がしかったら無理だったろうな……。

「行けたら行きます……」

 にしても僕の機体か。作業、と言うことは修復でもやっているのか?確かに僕は客人になるんだろうが、そこまでするものか普通?


 「あ、お風呂ある?」とアオイが問う声が聞こえた。巫女も「はい、こっちです」と答える。

 僕も後から入ろうか悩んだが、今日はもういいことにしよう。


 ——巫女も自室へと帰り、僕も部屋のベッドに寝っ転がる。

 今日は散々だった。色々あり過ぎて整理がつかない。

 あのロボットも黒い奴らと一緒なんだろうということ。なら変形機構を兼ね備える程の技術力をどこから得てきたかと言う事。二つ目にこの国の事。どうして日本とこれほどに似ているのかと言う事。そして巫女の存在。未来視はどんな原理で出来るのかと言う事。タネ明かししたら「なんだそんなことだったのか」とかいうマジックショーのようにはならないだろう。出会って数分、何故巫女は僕が“我が国を見て驚くだろう”と考えたか。未来視が出来ると考えるのが妥当になるだろう。性格を知っていても感情を読み取ることが難しい友人関係ですら未来視に近いほどのことは出来ない。その例としてアオイとの関係が挙げられる。前回の戦闘の時にも彼女は僕の考えを完全に読み取ることは出来なかった。つまりそういう事なのだ。


 ……。

 少し、寝るか。



◆◆◆◆◆



 お風呂から出てきて、巫女様から借りた寝間着に着替え、部屋へと戻る道を辿っていた。

「ふぅぅ……」

 一日の疲れを汚れと一緒に洗い流す。それがお風呂と言うもの。

 久々に入って疲れが一気にとれたのか、少し眠たくなってきていた。

 いつぶりだったか……。前に入ったのは何日前だったっけ。

 確かリンドウと会う前だったから……。


 ——まだモヤっとする……。

 私にだってわからない。これがなんなのかとか。

 わからないから、どうにも出来ない。

 どうしたら……などと考えているうちに部屋に着いた。

 リンドウの部屋をこっそり覗いてみたが、彼はぐったり寝ていた。

 彼の姿を確認すると何事もなかったかのようにゆっくり扉を閉める。


「……」

 何やってんだろ、私。

 特に深い意味はない行動。自分でもどうしてそんなことをしたのかよくわかっていない。

 そんなことをする必要はなかったけど、そうしたかったとしか言えなかった。

 隣の自分の部屋へと戻る。

 この部屋が広いと心のどこかで思いながら、ぼーっと突っ立っていた。

 特に深く考え事をするわけでもなく、眠いからだとかで動かないわけでもなく。

 何も考えず、何かを感じているが、何もしなかった。

 ハッと我に返った時には軽く涙が流れていた。

 辛いことなんて今までいくつもあった。

 とある国で出来た友達が出会って二日で死体となって発見された時は一人で一晩中泣いていた。

 その時と比べたらこんなのなんててことない。なんてことない……。

 ——はずなのに。なんてことないのに、涙が止まらない。

 声は出ていなかったと思う。誰にも聞こえないようにするのは得意だから。

 何が悲しいのかもわからないまま、ずっと泣いていた。




 ——泣き止んで、数分。

 何がしたかったのかもわからないまま、座り込んで扉にもたれていた。

 私は馬鹿だ。

 いつもの日常。なんてことない、一生の中の一日。泣くことなんてなかったのに。

 はぁ……と溜息を吐く。

 時間を無駄にしてしまった。その分いつも通りの練習をしなくちゃ。

 練習の為に寝間着を脱いで抱えていた自分の服に着替え始める。

 いつも通りの服装に戻ったところで、練習を始める。

 一つ一つ、丁寧に。ゆっくりでいい。

 二連続パンチ。次に空中蹴り。しゃがみ込んでからジャンプするように拳で顎を殴る。

 そして体を捻ってから蹴り。

 着地してから深く呼吸する。

「何だろ……」

 今日は妙にやる気が出ない。いつもと変わらないことなのに、やりたい気分じゃない。

 私、どうしたらいいの?教えて……リンドウ。

 気が付けばリンドウの寝ている部屋に入っていた。一瞬戻ろうと思ったが、傍にいたいと

いう思いが勝り、彼が寝ているベッドの前に座り込む。

 色んなことを考えたりしていたが、いつの間にか眠ってしまっていた。その時のことはあんまり覚えていなかった。



◆◆◆◆◆



「さい……きな…さい……」

 声が聞こえる。誰の声だろうか。まだ意識が朦朧としていて……。

「起きな……い……起きなさ……」

 誰だ……僕の睡眠を邪魔する奴は……。

「起きなさいリンドウ!」

「——ッ!?」

 冬の風に当てられたかのようにハッと目覚める。それは久しぶりに見た空間だった。

 夢の世界。そう、意味不明なことばかり言う王冠を被ったヤツが出てくる空間だ。

 いつもなら寝ていたところからのスタートではなかったはずだが、何故に今回は寝ていたのか。

 いや、問題点はそこではないな。

「どうして巫女がここにいるのか……」

 僕の目の前に立って、起こしたのも巫女だった。

 自室で寝ていたはずの巫女がどうして……そして何故この空間にいるのか。

「全く……私の名前を忘れたのですか?」

「名前……?」

「ヘリの時です。焦りましたよ……。あ、ちょっと待っててください」

 そういうと彼女は目を瞑る。

 そして次に開いた時には目の色が変わっていた。

「覚えておくのは名前だけでいいと言ったのに……それすら忘れますか」

「話し方はあんまり変わられないようで……」

 僕はこれと同じ体験を以前にもした記憶がある。そう、まさにこの場所で。

 その記憶が正しければ、何かが変わったはずだ。

「今回は少し長めです。じっくり話せます。とはいえ時間は無駄にできないので手短に」

 そういうと巫女は指を鳴らす。

「お、おぉ……」

 古いボロボロの木製テーブルと椅子が瞬時に出てきた。

 一体どこから出てきたというのか。それは無から作り出したというべきか。

「さぁ、座って」

「ど、どうも……」

 特に問題はなく。壊れる気配すらない。その前に座っているのかも分からない。正確に言うならば、座った感覚が無いと言うべきか。宙に座っている感覚でしかない。

「まずは自己紹介と行きましょうか」

「巫女様、でしょ?」

 しかし彼女は否定する。

「それは魂の器の方、つまり肉体の方です。私はその魂の器である彼女の肉体を借り、今こうしてあなたと話している彼女とは異なる存在です。一番わかりやすく言うなら神と言う存在が近しいでしょう」

「……カミ?どうして神になるのです?」

 どう考えても意味不明な単語やらが出てきたが、それに突っ込むと話が進まないので何となくで理解する。

 彼女は空を見上げ、思い返すように話した。

「そもそもとして私達はこの次元より一段階上の次元に住まう存在です。誕生したのはこの次元で間違いないですが、元になったのは散っていった四次元空間に住まう神々です。その散った記憶の欠片から、自身が何者であるかが分かりました。ちなみに私が神だという証明に魂の器の能力が挙げられます」

「能力……というと未来視?」

「はい。私の場合は未来視以上の能力ですが」

「未来視以上の能力って……うーん運命を見れるとかそんなところか」

 冗談半分だった。

「はい。そうですね、運命視とでもいいましょうか。それ以外にもできますが、彼女が私の能力を使えたのは未来視だけのようで」

「ふむ。まぁ、神とやらが僕ら魂の器と呼ばれる肉体に入るとその能力が一部使えると……」

「大体そうですね。正しくは一部且つ、劣る能力ですが、人には過ぎた能力に変わりありません」

「確かに。違いない」

 人に能力など必要ない。平等の能力が与えられているからこそ安定が存在する。

「——運命が視れるということはこの先のことも……?」

「わかりますよ。しかし答えることは出来ませんが。——でも一つだけ伝えなければならない未来があります」

 伝えなければならない未来。そんなことを教えれば未来が変わってしまうのでは……。

「あと一か月以内にこの星が崩壊します。まぁ、貴方からすればありがちな物語などの設定なのでしょうが」

 いつもなら嘘だ、と即座に笑って言い返せていた。しかし彼女の瞳は嘘さえも混じる隙さえ与えないほど鋭く、偽りのない目だった。なので半信半疑になろうと思ったのだ。

「随分と唐突ですね神様。惑星はそう簡単に壊れませんよ」

「人間は弱い生き物なんですよ?例え星が耐えても人は助かりますかね?」

「——?それは人類の方に危機が迫っているという解釈でよろしいので?」

 しかし彼女は答えず続けた。

「危機まであと一週間です。その前にあれこれありますが——まぁ数日はゆっくりしていても問題ないでしょう。今のうちに彼女とデートでもしておいた方がよいのでは?」

「でーと?——巫女さんと?」

「いえ、アオイさんとです。ゆっくりできるのは今だけなのですから。それに約束もあるのでしょう?ならばそれを理由に二人でお出かけ……なんてことも」

 彼女を思い浮かべる……。

「——いや、しますかね?彼女」

「しますよ。私は運命神なので」

 わかりますよってか?

 ……本当にそんな存在がいるのかも含めて、やってみる価値はありそうだが。


「——残念ながらそろそろ時間のようで」

「これまた唐突な。——ま、仕方なしか」

 僕は立ち上がり、椅子を押す。

 彼女も僕同様に椅子を押すと、僕の目を見て最後の一言を言った。

「またお会いできることを楽しみにしていますよ、リンドウ」

 そうして、僕は目が覚めるのだった。



◆◆◆◆◆



 目が覚める。

 そして何も感じることもなく、表情一つ変えず、ぼーっとした頭を動かすことなく、冷静に辺りを見渡す。


「——ふぅ」

 ぼんやりとした頭も目覚めていき、今ここがどこなのかも理解してくる。

 そう!今ここはなんたらとかいう国の中の王女的存在、巫女が住まう城の一室!

 窓から差し込む太陽の光。その光に照らされているのは隣の部屋にいるはずのアオイだった……。

 ——アオイ……?


 一瞬の思考停止。何も考えることなく、何も感じることなく。ただ僕の足に右腕だけ置いている彼女を見て。

「何やってんの!?」

 僕はそう叫んだ。

 その声はこの部屋の壁を跳ね返り、この空間内で消えた。

 むにゃむにゃと言いながら目を擦るアオイ。僕を見るや否や、彼女は「やっと起きた」と言った。

 僕を起そうとしていたのか?それは何故に。

 いや、どうでもいいな。まずは——

「どいてくれ。起き上がれん」


 一つの机を挟み、二人は座る。

 机の上にはいつの間にか置かれていた袋があった。多分巫女か使いに置かせたんだろう、中身は硬貨だった。

 本題に戻る。

 アオイは正座し、僕は胡坐をかいていた。

「——で。僕に何の用があったんだ?」

「いやあのね?色々と優しくしてくれてはいる巫女さんのことなんだけど……」

「はぁ、それがどうしたんだ?」

「やっぱり私、未来視って信じられないんだけど……」

「でも、信じるしかないんじゃないか?実際に予言的なことをしてるし、全部当たってる。ここまで来ると本当に見れてるんだと思う」

「私、裏があるんじゃないかと思って……ほら、マジックとかも種明かしすれば——みたいな」

「ここにもマジックあるのか……というのは置いといて。そうはならないと思うぞ。ヘリの時に初めて会ったはずなのに僕がこの国を見て驚くと予言したが、見事的中だった。例えトリックがあると仮定しても、そこだけはどうしても腑に落ちん。それこそ僕らの性格や過去とか全てを知った上で思考まで読める天才でもなければ無理だ」

「えぇ……。どっちみち巫女さんは結構凄い存在って話じゃない……」

「多分そうなんだろうよ。この国でも一番なんでしょ?なら仲を良くしておくに越したことはない」

「う~ん……」

 会話の中で、夢のことを繰り返し再生していた。

 ——デート、ねぇ。

 確かに約束がある。でもそんな理由でデートなんて……。

 まぁ、あの運命神の言うことが本当なら、あと一週間しかないらしいからな。……そういえば巫女はこのことを知っているのか?知らないなら知らせておくべきか?あ、でもこの世界には週間という概念というか一日と言うものさえ存在しているのかどうか……。

 まぁ。

「今日ちょっと二人で遊びに行かない?」

「どうして突然そんなこと……?」

「ほら、二人で生きてたらおいしい店に行くんだろ?僕は寿司だのに少し詳しい。少なくともこの世界の人よりかは……」

 嘘は言っていない。僕は寿司職人を目指したいとかそんなことを思ったことは一瞬としてないが、ネタの名前ぐらいは知っている。名前を言うだけなら簡単だ。

 そして恐らく、その知識だけならこの世界の人たちより上だ。つまり嘘ではない。

「そーいえば……。じゃあ二人で出かけよっか。この国の武器も気になるし」

「また物騒な。それは明日にしよう。今日は食べたりするだけだ」

「ぶぅ……それだと太るだけだから——あ、拳だけの試合する?丁度運動したかったんだよねー」

 運動ってなんだっけ。殴り合う事だっけ。

 いや違うな。断じて違う。そういうのは運動ではなく戦闘だから。

 はぁ、何とかして諦めてもらうか。

「あんまり戦闘はしたくないんだけど……」

「ハンデ!ハンデつけるから!ね?いいでしょ食べるだけじゃダメなの!太るのはダメなの!」

「乙女の天敵、的な?」

 まぁ太るのはダメだよな。特に女性は。

「え?乙女っていうか、動きが鈍くなるし……反射的な動きも遅くなるから」

「あ、やっぱそうなる?戦いしか頭にないの?」

「……そういうわけでは……ないけど」

 顔を逸らして、彼女は小声で答えた。

 僕はただクエスチョンマークを浮かべることしかできなかった。

 僕は立ち上がり、再び会話を始める。

「ま、わかったからとりあえず巫女のところ行こうか。出かけるなら出かけるって言わなきゃだしな」

「未来視の能力あるんならいらないと思うんだけど……」

「一応だよ一応!頻繁に使ってるとは言い切れないだろ?」

「……そうなのかな」

 そして僕らは廊下を歩き、巫女のいる部屋へと向かうのだった。

 ——そしてその間、何とかして“運動”という存在を忘れさせるプランを考えていた。



◆◆◆◆◆



 私達……リンドウと私は巫女さんの部屋に行き、一言「出かける」と言ってから町へと向かった。

 ——それにしても本当に「出かける」の一言だけだなんて。

「どこがいい?」

 突然にリンドウは私に問う。

「どこって言っても……。あ、武器屋気になる!」

「それは今度って言ったろうに……」

「でもお昼には早いよ?」

「朝食がまだでしょうが」

「あっ……」

 私達は朝食すら食べていない……。

 でも私は大丈夫。少しぐらい耐えられる。それにそういう時のための備えだって……。

「ここにするか」

 彼は地図のとあるところを指さし、私に見せてくる。

 そこに書いてある文字は読めなかったが、なんとなく食料を売る店なのはわかった。

「向かうだけ向かってみる?」

「行く当てもないし、とりあえず行ってみるか」

「だから武器——」

「却下」

 言い終える前に彼は突っ込んでくる。

 全く……。少しぐらいいいじゃん……。

 その思いは声にはならず、代わりに口を尖らせるだけとなった。


 ——隣で一緒に歩くリンドウ……。何故かこの町の建物やその一本道をじっくり見たり、じっとしているのかと思えば、突然歩き出したりする。

 きっとリンドウとこの町……何らかの関係がある——のだと思う。

 それが何かは分からない。でも、何かこう、隠し事があるのが少しムカつくというか……。

 話してくれてもいいんじゃないかなと思う。なのに彼は一向に話してくれる気配はない。

「なーにか隠し事でもあるの?」

 話さないのなら話させればいい。私がこう言えば、彼は必ず——。

「——特には……ないよ」

 町の風景を見ながら、彼はそういった。説得力の欠片もない。

 私の予想通りの解答で、少しがっかりというか、残念でならない。

「相談出来ることならどんどんしてね?私も力になるから」

「あ、あぁ……。——じゃあその時は……」

 どんどんと発言数が減っていく。彼の意識は私ではなくこの町に向いているということだ。

 納得ならない。どうして男女二人で歩いているというのに……ッ!誘ってきたのはそっちでしょ!?

「——はぁ……」

 ダメよ。やめるのよアオイ……。考えるだけ無駄。そう、今を楽しむのよ。ただそれだけで十分よ……。

 そう自分に言い聞かせた直後だった。

「わっ!?」

「お……っと」

 とある男とぶつかった。

 体はひょろひょろの筋肉もなさそうな男。大きな袋を二つ持っていて、その中にはいくつかの箱が入っていたり、食料と思わしきものを持っていた。

「これは失礼。アオイさんとリンドウ。何処へ向かう途中で?」

「えーっと……どちら様?」

「おっと、申し遅れてすまない。私はニーラ国四天王が一人、クサナギだ」

 その名を聞いた途端、彼もこちらに意識が向いたのか、彼も発言した。

「クサナギ……あの騎士のようなロボットの……?」

「あぁ。彼の機動兵器を“デュランダル”と呼んでいる。ちなみにデュランダルは私専用の機体だ」

「ほう、専用機ですか……」

 話が進む中、私は一つの突っ込みを入れる。

「四天王の一人……の割には服装がかなり……」

「あぁ。今は特に非常時でもない。最低限の武装はあるが、動きやすい服でいいだろう、と言うことでこの服装だ」

 それはまるで国民の一般家庭における私服みたいじゃない……。

 しかし彼はこの瞬間に何かを察したのか……。

「少し長く話してしまったな……では失礼する」

 そう言って去っていった。

「——何だったのかしら」

「それを僕が知る由もない」

 当然である。

 そして私達は予定していた店へ向かい、手軽に食べれるものを買った。金はリンドウが持っていた袋から出された。

 腹も膨れたところでどこに行くかとなった時、「適当に回るか」という彼の提案に私ものり、町を回った。

 ストリートライブを見たり、子どもたちの通学を見届けたり、階段を辛そうにしていたご老人を家まで送ったり……。私の希望にもあった武器屋にも行った。

「この棒みたいなのは……」

「ヘッ……嬢ちゃん、それに目を付けるたぁいい目してるじゃねぇか」

 そしてその棒のようなものをひょいと取り上げたオジサン店主。

 そしてそれをひょいひょいと慣れた手つきで回転させ、再び握った時にはナイフが出てきていた。

「驚いたろ……。これはバタフライナイフと言ってな……」

 私は見たこともないその武器に興味と驚きを隠せなかった。

 店主から扱い方を教えてもらい、結局買った。金を出したのはリンドウだが。


「楽しかったね!」

「一人だけでしょ……」

「そろそろお昼時だけど、どうする?」

 私の問いに、リンドウは辺りを見回す。

 そして見つけた見覚えのある店を指さした。

「あそこにしよう。前も行ったが、まぁ楽しく話しながらで」

 そして昼食はスシとなった。名前の分からないものや、真っ赤なものが乗っていたりするものだった。以前も食べたから無害なのは分かっているけど、慣れない……。

「やっぱうまいな。寿司」

「リンドウは異世界人なんでしょ?なんでこの世界にある食べ物を知ってるの?しかも私の知らないやつを……」

 それはふとした疑問。パッと浮かんだ疑問だった。

「あーそれか……。この世界と元の世界の関係についてなんだけど、実はそれにこの寿司も大きく関わってくるんだ。僕の世界にもあったこの寿司と言うものが、何故この世界に存在するのか。異世界で生まれないとは言い切れないが、魚がほぼ存在しないのにこんなものが誕生するのはおかしい。——そこで一つ思いついたんだ。もしかしたら僕は異世界人なのではなく、そもそもこの世界で生まれて、コールドスリープか何かで今の時代まで老化せずにいたんじゃないかなって」

「こーるど……すりーぷ?」

 意味不明な単語が飛び出してきた。それについて説明を求めると、こう返された。

 「よく人間が作る話の中で登場する装置であり、人の体を低体温に保ち、老化を防ぐものである。同時に睡眠状態にもなるので、次に起きた時は時間が経過した後の世界となる」と。つまりそれを使うと時間が何百年も経過した後の“異世界にも似た”ものを見ることになる、と言うことだ。

 それなら確かに彼がこのスシを知っているのにも納得できる。だが、と彼は続けた。

「元の世界と何らかの強い結びつきがあるようだが、見たこともない生物に僕の生きた時代、もしくは世界では存在しなかった巨大なロボット……。僕は人類初の人型機動ロボを作ったはずで、あのロボットでコールドスリープしていたというのなら分解して同じものを作る必要があるが、そんなことは不可能だ。作ったのはその時の僕で、僕ならともかく他人に作れるはずがない。そしてその技術を誰も知らない筈なのに機動兵器なんてものが誕生するのもおかしい……」

「う、うん。何かよくわからないけどおかしいんだね」

 スシをまた一つ口の中へ。

 彼のいう事はあまり理解できないが、矛盾する点だったりがあるんだと思う。私はリンドウじゃないから、彼のことを完全に理解してあげることは出来ない。

「——なんかごめん。楽しく話しながらって言ったの僕なのに……」

「ううん。リンドウの事、少し分かってあげられた気がする」

 私はそのことが少し嬉しいような気がした。



◆◆◆◆◆



 アオイとデート……のようなものをした、その日から五日後の夜のことである。

 その間は特にこれと言ったこともなく、ただただ過ごしただけだった。

 しかしこの夜だけは少し違った。

 ばったりなのか、それとも未来視なのか、廊下で巫女と会った。

「リンドウさん、アオイさんを呼べますか?そろそろ解読を始めたいのですが……」

「あ、あぁ……そういうことなら了解です。呼んできますので、巫女さんは自室で待っていてください」

「用意は済んでいます。二人で迎えに行きましょう」


 ——戦闘民族というのはみんなそうなのか。

 部屋を開けると、そこには薄着になったアオイが虚空を蹴ったり殴ったり。また、空中を舞い、例のナイフも組み込まれた連続攻撃などを繰り出していた。

「何してるの」

「ひゃっ!!リンドウ!?開けるならノックしてよ!っていうか勝手に開けるってどうなの!?」

 そのポーズと言うかなんというか……。顔を真っ赤にして恋する乙女みたいなポージングのアオイが大声上げた時には驚いた。しかし口角が上がっていたせいか、怒っているようには見えなかった。

 そんな細かな分析よりも自分のテンションを落ち着かせるため、冷静な返しをした。

「いやしたよ……。——お待ちかねの解読だ。一緒に行くぞ」

「むぅ……」

 アオイはぎろりと巫女の方を見る。

「な、なんでしょう……」

「——いや、別に」

 アオイには少し不思議な行動があったりする。一体何なんだ……。

 そんなこんなで巫女の部屋へと三人で向かった。

「ここの壁が、こう、ぐるんと……」

 巫女が壁を押すと、それは隠し部屋のようになっていた。

 奥には怪しげな光を放つ電球らしきものが一つ。

 そして宝石を扱うようにして透明のガラスで覆われた中にある本が一冊。

 壁はすべて本棚だった。しかし真ん中にある一冊だけは、他にはない異質なオーラを放っていた。

「さぁ、中へ」

 案内され、その部屋の中へと導かれる。

 そして巫女は覆っていたガラスを金庫のようなダイヤルを回して開けた。

「早速ですが、今回解読を依頼するのはこの本です」

 そして机の上に置かれる。僕もようやくその本をじっくりと見ることができた。

 そして、表紙にはこう書かれていた。

「“アハツェン神書”……」

「はい。私達もそこまでは解読できました。が、その中はほぼ不可能です」

 表紙には日本語でアハツェン神書と書かれていた。それにも驚いたが……。

 さらに一ページめくる。

 そして書いてあることをそのまま読み上げる。

「“この本を見た時、君はこの世界と元の世界の関係について悩んでいることだろう。しかし、この先を見てはならない。その時が来るまでは……。”」

「それだけですか?」

「ここに書いてあるのはこれだけ。でも……」

 日本語で書かれていることにも謎が残る。そして“君”と言うのは僕のことだ。今の僕を君と書いている。

「……この本はどこで?」

「代々巫女が受け継いできた本です。いつの本なのかは分かりませんが、恐らくかなり古い本であることから、文明が一つ前の本かと」

 文明が一つ前……。そんな時から僕の事をわかっていた。未来視?いや、どれだけ未来視できようが、心理状態までは分からないはず……。

「全っ然わかんないんだけど……」

「だから言ったじゃないですか。貴方が望んだ解読はこれですよ?」

 アオイものぞくが全く理解できていない様子。まぁ仕方ないな。

 この先を見てはならない。そう書かれると見たくなってしまう。

 さらに一ページをめくる。

「“第一章……ヒトと言う生き物はあまりにも弱く、愚かである。”——なんだこれ、黒歴史本か何か……?」

「その先は?」

「あぁ、えっと……」

 僕らはそうして解読を続けた。

 その本には僕以外にも巫女のことまで知っているかのような書き方もしてあった。

 未来視、に近いかもしれないが、そうではないだろう。この本に書いてあることだけではなんとも言えないが、そんな気がする。

 全八章にも上る長編ストーリーのような本だった。しかしこの中のストーリーは僕を中心としたさまざまな出来事か書かれている。そして今のところ、全て起こったことと合致している。

 今は六章辺りだろうか……。

「ちょっと待って、ここに何か書いてある」

「えーっと……“君ならば、最後まで見るだろう。だが、それで結末を見ても、納得いかない部分があるんじゃないか?”」

 そして左下に“次へ”と書かれていた。

 指示通りにページをめくる。

「“君が納得いかないのはこの世界の事であろう。それも全てこの本に載っている。見るのはすべてが終わってからでも遅くはない。”」

「どういう、こと?」

 アオイが僕の目を見て問う。

 僕はただ、思ったことをそのまま言葉として伝えた。

「多分、この世界の歴史について書かれているんだ。この世界について教えるってことはそういう事。巫女が言うように、この本が文明一つ前の本なら、元々どういった世界だったのかを知れる。ただ……」

 僕は巫女を見る。

 僕が恐れているのは未来だ。運命神が存在しているというのなら、この先の未来は確定された未来なのだろう。自分で選択しているようで、実のところは全て決められた道を辿っていただけ。それはまるで前にも述べた元の世界の常識のように。

「早く見よ?これを見ればわかるんだよ?」

 アオイはそう僕に言ってくる。だが今はそれが悪魔の誘いのような、そんな気がした。

「——いいや、今は見るべきじゃない」

 そう一言を残し、この場を去る。

 運命神……。そう名乗れば、存在を認識されてしまう。そうすると未来が変わってしまうのは、あの運命神も分かっていたはずだ。つまりこれは、このページ以降を見せないためにわざわざ正体を明かしたということだと、今の僕は解釈する。

 “誰かが”見ることができる未来があるのであれば、それを他者に伝えることが可能となる。しかし、そうすると別の未来、そう、ほんの少し、見れた未来とは別の未来を辿ることになる。神は僕に未来こそ教えてくれはしなかったものの、運命というものの存在を肯定したも同然の行為をした。——やはりと言うべきか、最低でも今は見るべきではない。

「私も同意見です、アオイさん。今見てしまうと、真実を知ることとなります。それはこれから起こる未来に影響しないとも言い切れません」

「そんな……」

「……大丈夫です。今のところは未来に変わった点はありません」

 一瞬、その時間で未来を視てきた、ということだろうか。

 彼女の言葉を信じるならば、この第一章から第八章までを見ても運命に大きな変わりはないということか。——なら、じっくりと見させてもらうかな。最善の未来を掴むために……。



◆◆◆◆◆



 選ぶ、という行為は同時に責任も課せられる。

 例えば一人の男いたとしよう。その男が選択したものは、周りに多大な悪影響を与える。いずれ男は自身を責め、自殺……。

 選択するものが重大であればあるほど、課せられる責任も大きくなる。

 ならばどうやって選択するか、それは判断である。

 選択する者がどう判断するか、それで決まる。

 男は何で判断し、何を選択するか。その結果に何が待っているか。

 幸福か、絶望か。いずれにせよ、男は未来や運命と言ったものを選ばなければならないのだ。

 私達はただ、彼の下す選択を待つのみ……。


 —アハツェン神書 第七章—



◇◇◇◇◇



 あの本……。最後の一行……。

 “こんな本を読むより、君の大切な子どもの様子を見た本がいいんじゃないか?”

 まさか僕の乗る機体の状態まで知ってるなんてな。しかもあのページに書いてあったということは、あそこまで僕が見ることを知っていた、ということだ。未来でも見なきゃ出来ない。一番有力なのは巫女の力を持っていたが、巫女と呼ばれる前の、つまり彼女の何代も前の人だろうか。

 例の本に書いてあったということは、今から見に行った方がいいという事だろう。もちろん僕としても見ておいた方がいい。さっさと向かいたい、が……。

「お困りのようだな」

「——あなたですか」

 何故にこの人は登場するたび格好つけて壁にもたれているんだろうか。

 例の如く操縦士の男である。

「巫女さんに言われたんだ、出てきたらハンガーまで連れてけってな」

「僕がそこに向かう未来を視た、ということですかね」

「恐らくな」

 ハンガー……格納庫のことだが、飛行場などにあるもので、航空機を風雨などから守ったり、中で整備、補給など行う格納施設。また、航空母艦や航空機搭載艦艇などにある航空機格納庫もハンガーと呼ばれるらしい。ちなみにこの情報はアニメで見ていて気になり、ネットで調べたものを記憶している大体の情報である。

 ——こんなことに役立つとは予想も出来なかったぞ……。

 彼について行き、長い廊下を歩くと、エレベーターのようなものの前についた。

「これは……」

「あぁ、エレベーターだ。元々は古いものだったが、うちのメカニックが改造した挙句、ハンガーまで繋げちまってな。巫女様の部屋にもあるとかなんとか言ってたな……」

「どんなメカニックだ……」

 エレベーターに乗り、そのまま下の階層まで降りていく。

 しかし何というか、世界は違えどエレベーターに乗るあの感覚は変わらないのか。

 あの落ちる感覚……この世界でも同じか。

 ——そして下の階層。

 随分と長かったが、そこはまぁ良しとしよう。

「これは何だ」

「何だって……巫女様の城から壁まで行くんだぜ?徒歩は辛いんで、こんなものをメカニックが作ったそうだ」

「どうしたらトロッコという発想に至るのか是非教えていただきたいな。これじゃあまるでなんたらランドの乗り物のアトラクションみたい——ってかそれよりも酷いんじゃ……」

「いいから乗ったァ!さっさとしないと出ちまうぜ?」

 仕方ないか……誠に不本意だが、乗るしかあるまい。

「はぁ……しょうがないな。じゃあ乗るかぁぁぁぁぁぁぁぁアアアアア!!!???」

 僕が乗ったと同時に、ほぼ同時に出発した。

 それは一瞬にして物凄いスピード。アトラクションの乗り物とは比にならない程の。

 壁は土。なんらかの素材で壁を構成している訳ではなく、また、木で大体の枠を作っているだけで、しっかり壁まで作っている訳ではない。

 ここのメカニックとやら。この速度を出したいなら、トロッコにするな。安全と言う言葉を覚え給へ。こんな酷い物、二度と乗りたくはない。


 ——そして、長い長い戦いは終わりを告げる。

 やっとの思いで着いた場所。目の前には例のエレベーターがあった。

「これを上がればハンガーだ。じゃ、俺は帰らせていただくぜ」

「え?ちょっと、僕が帰るときゃどうすれば……」

 彼はトロッコを止めている場所付近にある、とある台を指さす。

「こいつにボタンが付いてる。それを押せば遅くとも五分でコイツがやってくる。それぐらいうちのメカニックが忘れる訳ねぇだろ?」

「いや知りませんよそっちのメカニックを」

 と言う訳で帰る手段も知り、僕はエレベーターに乗るのだった。


「——広すぎだろ」

 目の前に広がる光景は僕にとって楽園。しかし楽園故に、本当に楽園と言えるのかわからない。

 楽園と言うのは、辿り着けないからこそ、辿り着きたいと思うもの。楽園に限ったことではない、現実では、その時ではありえないからこそ、そこへと目指すものだ。

 そして僕にとっての楽園と言うのはつまり——。

「やぁ。君が例のオキャクサマかな?」

 スパナ片手にやってくる一人の女性がいた。

 それは一言で表せば作業員、などだろうか。いかにもメカニックらしい容姿である。

 青いようで緑っぽいその服を着て、黄色い髪は後ろで括って縛ってある。

 何故だろう……彼女を見ていると異世界感が増す……。

「お客様……うんまぁそうなるのかな。完全に流れで来ただけだけど」

「確認するけど、深山リンドウくんだよね」

 その問いに肯定すると、彼女は「はぁ~」と溜息を吐く。

「やっときたよー……。あ、私は“メグー”。こう見えても四天王の一人なんだよね」

「メグー……。なんか言いずらいな」

 四天王の事よりも、名前の方を気にした。

 メグーて……メグーて……。

「そっち……。——“こう見えても”四天王なんですがッ!?」

 彼女は強調して再び同じことを言った。

「あ、うん」

「あ、うん、じゃないでしょ!?驚くところでしょ!?」

「いや、驚くよ?うん。でもさ、それよりも驚くことの方が多いんだよねここ」

 彼女の名前も驚きを隠せないが、後ろに見える巨体の数々。

 こんなものを見せられたら……。

「えー驚いてよー頼むよぉー!」

 それは子が親にねだる光景そのものだった。

「なんで驚かなきゃならんのだ……」

「大変だったんだよぉ~!シテンノー大変なんだよぉ~」

「意味わからん……」

 そんなことを言っておきつつも、彼女は努力して四天王になったんだろうと思った。

 そう、彼女から流れる少量の涙が思わせた。

 だが、そうではない。

 ここに来た目的は彼女が頑張ったからすごいねーと言いに来ることではない。決してッ!!

 本来の目的は戦闘によって傷ついた我が子を見に来ることだ。さしずめお見舞いと言ったところか。

「それで、僕の機体はどこに?」

「一番向こうだね。遠いよ」

「さっきまでの涙はどうした」

「えぇ?本気にしてたのぉ?」

 くッ!撤回する。メグーとか言うこの女は努力などしてなかった!そう思った僕が馬鹿だった!

「……一番奥だったね。僕はさっさと見てくるから。んじゃ」

「うん。じゃっ」

 そうして別れた。

 じゃあね、という言葉がころころと変わっていき、最終的に先ほどの「んじゃ」へと僕の中で変わった。そしてそれは別れる時に使う。彼女にも伝わったようで、同じく返してきた。そう、返してきたのだ……。


「——どうしてついてくるんだ。メグーよ」

「あらあら四天王様を呼び捨てですかぁ。もうお友達気分でぇ?」

「ふーんそっか。友達じゃないのか。その姿から察するに技術には長けてそうだったからそういった話が出来ると思ってたんだが……そっかー四天王相手だと“様”とか付けないとだなー。気軽に言い合えないのかー残念だなー」

 とかなんとか。ちなみにこれは嘘ではなく本心である。

 彼女をちらっと見ると涙目であった。

「ウッ……私がわるかったよぉ……だからお友達でいようよぉ」

 彼女は僕の両肩をがっしりと掴み、僕に迫ってきた。

「重い重い……わかったから離れて」

「ウワーん!一生友達だからねぇぇ!」

「——わかったから、もう泣かなくていいから」

 彼女は泣き叫び続けた。

 そして僕は周りがざわつき始めたこともわかった。

 姿を見なくても分かる、男だ。この周りにいる大多数は男だ。

 “この周り、男が多い。当たり前か、メカニックと言うことは部品だのなんのを扱う。一般的に力が強い男が多くて当然……。彼女は四天王であり女性……ハッ!”と言うように僕は点と点が一本の線で繋がるように理解した。

 そう、つまり、彼女は人気者で、周りが狙っているのではないか。そして僕は周りから命を狙われているのではないか、と。

「泣くな四天王」

 一発のチョップによって滝のように流れていた涙は一瞬で止まった。

 痛っ、と彼女も頭を両手で押さえる。

 そして、もしやこれも嘘泣きなのかと疑った。

「どんなキャラ目指してんだよ……」

「えへぇー。あ、嘘泣きってバレた?」

「バレバレだわ全く……」

「ホントは分かってなかったんでしょぉ~?」

「……」

 この女は、全く……。


「——で、一つ質問なんだが……」

 僕は目の前に佇む我が機体を見て彼女に問う。

「僕は修理だけをされていると聞いていた。なのに何故改造されてんだ?」

「あ、あはは……つい、タイプだったからもっとカッチョイイ感じにしてみたいなーって思ったら勝手になってた……」

「何もしてないのに変わるのはおかしいだろうがぁ?」

 両腕、両足共に新品の全く別の物に変えられていた。隣には壊れたままの腕と足の残骸が置かれている。きっとそこからパーツの作り方を考えて一から作ったのだろう。

 僕一人の腕でははっきり言ってそこまで良い物は作れない。故に他人が真似しようものならきっとそれは完璧に真似できず、全く別の物が完成するはずだ。きっとそうなることを分かってたから、装甲や組み立てのすべてを新しく考えたのだろう。

 だがッ!今見るべき点はそこではないッ!

「何だあのランドセル!なんであんなものつけた!?」

 それは背中についているもの。真四角なものではないので“ランドセル”と言うのは適当ではないが、背負っていると言う点で言えば適切だったかもしれない。

「んーと、あれはね。……お楽しみ」

「お楽しみって何だよ。怖いよ、怖すぎるよ。四天王って言われるぐらいだからきっとやべーやつなんでしょ?わかってるよ……」

「ま、まぁ。ちょっとやべーやつかも……?」

「なんで疑問形?本当の事言って?今からその小さな口で真実を告げて、さぁ!言うんだ四天王!言うんだメグー!」

 しかし彼女は人差指を立てて口の前にかざし、こう答える。

「ごめん。巫女様から内緒で、って言われてるんだ……」

 なんであの人が出てくんの……。

 心中で静かにそう言った。

 巫女が絡んでくるということは未来で起きる事柄と関係してくるという事。何が起こるか知ったこっちゃないが、あのランドセルを見る限り変形機構を備えていそうなのは確かだ。ざっと大きく開いて翼にでもなるのかな。空を飛べるようになるのはありがたいが、出来れば何も背負わせたくはなかった。重くなるし何より格好悪くなる……。

 溜息を吐いているところで彼女が僕の肩を叩いてくる。

「それでちょっと手伝ってほしいんだけど……」

 彼女から話を聞き、例のランドセルの調整を頼まれた。また、各部位への反応速度の調整と飛行練習もやれとのこと。最後に関して言えば巫女さんからの命令らしい。ちなみに飛行練習はそれ専用の練習機体があるらしく、それでやるらしい。というかやっぱり飛ぶのね、予想してたけど。

 ——そうして僕らは一晩中、調整と練習だけしていた。



◆◆◆◆◆



 リンドウが出て行って、残された私達、アオイ……私と巫女様は、しばらく雑談を交わしていた。

「巫女様ってリンドウがメインなの?」

「それはどういうことで?」

 崩れぬ笑顔。しかし裏があると私は考えている。

 何かしらの企みが、笑顔の裏にあると……。

「どうせ私なんておまけ程度なんでしょ?本当はリンドウだけが目的で……」

「そんなことありませんよ。アオイさんも私の大切な人です」

「——出会ってそんなに経ってないのに大切な人だなんて……ますます怪しいわね」

「すいません。今までずっとあなた達を見ていたものですから、つい」

 そしてまた笑う。

 ——なんか悪魔とかそんな風に見えてきた。

「——はぁ。で、残された私達はどうするの?」

「そうですね……。私達だけではどうしようもないので寝ますか?私はそろそろ……」

 そして巫女様は可愛らしいあくびをする。

 ……。

「じゃあ私はもう少しここにいるわ。自分で解読したいし」

「それは難しいのでは?彼がいなければ解読も進まないでしょう」

「舐めないで。話してる言葉が一緒なら、私でも出来ないわけじゃない」

「それはそうかもですが……この国の文字を知らないでしょう?」

「ふん。何とかするわ」

「そうですか。——では、後で一人呼びますね。暇してる四天王が一人いますので」

「……四天王って言う割にはそんなに働かないのねぇ」

 もっとあーだこーだするものだと思ってた。

 暇してる四天王って……。四天王じゃなかったら絶対社会不適合者とか——まぁいいや。

 巫女様は自室に戻られた。とはいえ、この大きな部屋の中にもいくつかの部屋が分かれていて、その中の巫女様専用の部屋に戻られたという話だが。

 私はこの部屋でずっと解読を続けている。でもどうして止めなかったのか。未来に影響するのでは?それとも私じゃ解読できないってことなの?そんなことない。彼が言った文と照らし合わせれば、何とかなるはず。努力と言う積み重ねはいずれ、大きなモノになるのよ。不可能なんてものはない。いざ!!


 時間は進み……。

「——なんか飽きた」

「あのなぁ……」

 四天王……巫女様に呼ばれてやってきたのはあの操縦士だった。

「あなたって四天王なのね」

「隠してたわけじゃないんだがな。——そうだ、どうして四天王だと思う?」

「それはどういう事?」

「今現在、この国には四天王が三人しかいないんだ。なのに四天王。どうしてだと思う?」

「その制度?が出来たのが最近で、選ばれたのがその三人だけだから?」

「いいや、四天王と言う存在はずっと昔からあった。そうは言っても太古とかそんなんじゃないから最近でないともいえんがな」

「じゃあずっと一枠開いてたの?」

「正解。その通りだ。そして多分、この本にそれらも全部書かれてる。ほら、やるんだろ?」

「貴方は一枠開いてる理由わかるのー?」

 私のその問いに、彼は嫌な笑みを浮かべる。

「さぁ、どうだろう……な」

「やーな感じ……」

 そして私はこの一晩、ずっと解読するのだった。しかし、得られたものは大きかったのだった。

 だが私としては大きいのはここではない。

 これより数分後に起きる会話が、私にとって最も大きなことだった。

 その会話は操縦士の“カイト”から始まる。

「なぁ、ふと思うことがあるんだが、リンドウのことが好きなのか?」

「……は?」

 正直、意味不明だった。

「いや、そう思っただけだ気にしないでくれ」

「気にしないでくれって言われて気にしないヤツがどこにいるのよ」

「——まぁ、何だ。二人を見た時間は短かったが、妙に感情が大きく動くなと思ったんだ。ただそれだけだ」

「感情ぐらい動くわよ。人間だもの」

「で、実際どうなんだ?好きなのか?」

「そんなわけないでしょ——。……」

「どうした、急に黙り込んで、図星か?」

「違うわよ。じゃあ聞くけど、あなたはどうなの?」

「へっ、この歳で恋愛できると思っとるのかね?」

「それもそうね、聞いた私が間違いだったわ」

「もう少しぐらい構ってくれてもいいじゃねぇかよ。異性と恋愛話出来るなんて滅多にないのによぉ……」

 私はそんな彼のことなど放っておいて、解読に集中した。

 大変だったが、読み進めていく内、なんとなく分かることが一つ。

 この男、カイトが質問した意味……。全くの無意味ではなかった。

 そして彼はもう一つ質問をする。まるでこの本の内容を知っているかのように……。

「君は、リンドウがどんな危険な状態でも、守れると誓えるか?」

 冷静に返すべきだった。しかし私は何も考えず、思ったことをそのまま口に出した。

 「当たり前よ。私を誰だと思ってるの?」と。

 彼は私の発言に、遅れて少し笑った。



◆◆◆◆◆



 ——夜が明ける。

 しかしまだ僕らは終わっていない。まだ僕らは調整が終わっていない。

「これくらーい?」

「——いや、もう少し……そう、緩く」

 反応をさらに自分の感覚と近づける。そのために、自分で操作してはメグーにお願いして各パーツを緩くしたり絞めたりしてもらっている。

「これでどう?」

「——うん、近づいてる。あともう少し……」

 そうして、ようやく終わったのだ。

 こんなに頑張ったのは久しぶりだ。かなり疲れたし、すごく眠い。

「ふぅ……疲れた」

 しかしメグーはまだやる気のようだ。

 体を伸ばしながら、彼女は宣言した。

「んーっ!……と、私はもうすこーしやる気余ってるから、自分の機体の調整でもしよっかな」

 欠伸しながらも、僕は彼女に問う。

「機体って……メグー専用のってことか?」

「うん。私のは大きすぎて完成したけど調整やらがまだ終わってないんだよね。まぁあとほんの少しで終わるけど」

「そっか、んじゃ僕は寝るかな。今寝ないと死ぬわ」

「人間そんな簡単に死なないよ~?」

「それぐらい眠いってことだよ……」

 再び欠伸をして、自分の部屋に戻る。

 その場に残っていたメグーは、僕の機体を見ていた。

「——遂に完成したんだね。おはよう、リンドウの相棒」


 その頃、アオイと言えば、眠るまいと耐えていたが、いつのまにか寝ていた。しかし、早起きした彼女は解読した情報の通り、ドタバタと走りながらも、僕の部屋を目指すのだった。

 そして、僕からすれば偶然、彼女からすれば必然に僕の部屋の前で会うのだった。

 彼女は僕を見て、焦った表情でこう言う。

「ごめん!眠いと思うけど走ってっ!」

「え?ちょっと……」

 僕の話なんて聞くわけもなく、僕の手を握り、再び僕は例の空間に向かうのだった。

 そしてその場所へと向かう途中、トロッコに乗っている間に彼女に問う。

「いきなりどうしたんだ!?それにどうしてここがわかるんだ?」

「私、全部解読したよ。頑張って、カイト……操縦士の人と一緒に」

「操縦士?……あぁ、あの人……どうしてあの人が?」

「実は四天王の一人らしくて、巫女様に呼ばれてやってきたから手伝ってもらったの」

「はぁ、四天王の一人、なのか……じゃなくて!」

「私、全部わかったの。未来の事、全部。これから起こること全部」

「じゃあ何て書いてあったんだよ」

「言えない。言うなと書いてあったもの」

「言えないって……どういうことだよ!?」

「あの時巫女様言ったでしょ?未来に影響するかもしれないって」

「……」

 言い返すことは出来なかった。その通りだと、僕も思っていたから。

「加速するわね」

「え?ちょ、速いッ!?……」

 口から放たれるその声は置いて行かれ、僕は途轍もない速さで向かうのだった。


 そしてもちろん、辿り着いた場所はハンガー。

 僕はずっと考えていた。彼女の思考を。何故そうしたのかを。

 どうしてか、怒りが込み上げてきた。

 僕は言った。いいや、今は見るべきじゃない、と。

 それなのに彼女は解読し、全てを知った。

 僕が知りたいことを、彼女は知った。

 しかし僕はまだ知らない。そして教えてもくれない。

 今知りたいことを、教えてはくれない。

 僕は問う、彼女に。

「どうして……見たんだ。巫女には止められなかったのか……」

「私が勝手にやったの。巫女様は関係ない」

「じゃあなんで四天王が協力するんだ……さっき呼ばれたって——」

 発言の途中、彼女はまた僕の手を引っ張り、走る。

「……」

 彼女は無言だった。何一つ話そうとしなかった。

 前をしっかり見て走る。後ろを見ようとはしなかった。もちろん、僕の顔も。

 僕は走らされる。何故か、どうしてか、向かわされる。

 これは自分の意思だっただろうか。それとも彼女が勝手に引っ張ってるだけだっただろうか。

 僕はどうしたかったのだろうか。この世界に来て、あらゆることがあった。そしてここ、ニーラに辿り着き、自分の作ったものを改造され……。

 でも、今思えば楽しかったようでもある。ここ数日、元の世界では体験できなかったことが出来ていて、色々な人と関われて……。

 そして一つの疑問へと至る。

 “僕は今、幸せか?”

 幸せとはつまり幸福。幸福とはつまり心が満ち足りていること。そして僕の考えでは、人は如何に幸せになるかという考えの元、生きていると考えている。

 要するに幸せであれば、その場所が異世界でも異次元でも何でも構わないということだ。

 今までと違う世界であろうとも、そこに幸せや安心があるならば全てどうだっていいという訳だ。

 僕は今、幸せかと言う問いに対し、すぐに答えられなかった。

 幸せ……幸せとは何か。先ほども述べた通り、心が満ち足りることだ。心が満ち足りるとはなんだ。何もかもが思い通りということか?いや、そうではない。思い通りの世界なら、それは夢の中でいい、妄想の世界で十分だ。予想できないことが起こるから世界と言うのは面白い、生きることが楽しいと感じるのであって、思い通りの世界と言うのであれば、それは考えられるという限界が存在する世界でしかない。友人関係でも、恋愛でも、親とも幼馴染とも、ぶつかったり笑い合えるからこそ、楽しいと感じる、またあの時間に戻りたいと感じる。

 そこまで考えた上で再び問う、“僕は今、幸せだろうか”と。

「着いた」

 僕の手を引くアオイが急に立ち止まる。

 息を切らす彼女。そして彼女は僕の機体を指さし、叫ぶ。

「早く乗って!時間があと少ししかない!」

 どうして僕は機体に乗らなきゃいけないのか。そんなことは考えなかった。

 彼女の顔を見ても嘘を吐いている様子はなく、また、嘘を吐く理由なんて思いつかなかった。

 だから僕は彼女の言葉を信じ、言われた通り乗ったのだ。彼女と共に。

「あと少しで奴らが来る。準備は多分終わってる。あとは待つだけ」

「待つって……」

「カイトを」

 彼女は即答した。

 全てを知っているからなのか。それとも彼女が考えたことなのか。

 奴らが来ると言うことは敵なのだろう。そして僕らの敵と言えば例の黒いロボたちだ。

 そして奴ら。一体ではなく、何体も来ると言う事か。どうして一斉に来たのか。その理由を知る由もなく。

 次の瞬間、大きな声が響いた。

 このハンガー内ではなく、国中に響いたのだ。

 そしてその声の主を僕は知っている。

 あの操縦士、カイトと言う男だろう。

『全国民へ告ぐ。私は四天王、カイト。これより大規模戦闘がこの国付近で起こる。国民の皆は国中心、または地下シェルターへ避難を。落ち着いて速やかに移動せよ。繰り返す、これより……』

「大規模戦闘……ってことは」

「リンドウ、あなたも戦うの。四人目の四天王として」

 画面に“メッセージが届きました”と表示される。

 こんなシステムを入れた記憶はない。ということはメグーか。

 ご丁寧に操作法も全て書かれていた。その通りに操作し、僕はメッセージを開く。

 メッセージにはこう書かれていた。

 “メッセージ。深山リンドウを四天王としてここに任命する。なお、任命期間は無期限とする。”

「クサナギ サトル……」

 あの騎士か。クサナギ、メグー、カイト。この三人が四天王で、最後の一枠が、僕。

「まるで運命……みたい、じゃないか……」

 僕が、一国の高い地位に任命される……あり得ない、元の世界なら。だからこそ、運命みたいじゃないかと思った。

 その通りなのだ。これは運命。だから運命神が存在する。

 ——全ては決定されている。そういうことかもしれない。

『全戦闘員へ告ぐ。各員戦闘準備を済ませよ。敵はおよそ十万機。準備ができ次第出撃、迎撃態勢を整えよ。繰り返す迎撃態勢を……』

 十万……そんなにも……。

 震える僕を安心させてくれたのは、アオイだった。

「安心して。戦闘中に私を下ろして。寄り付く虫は私が排除するから」

 僕の手を握り、そう囁く。

「大丈夫、なのか……?空中戦になるかもしれないんだぞ……?」

「空中戦は初めてだけど。でも、それくらい自分でどうにかできる。私があなたを、リンドウを守る」

「どうして……」

 そう聞こうとした瞬間だった。

 彼女は僕から目を逸らした。そして僕もそうしたのを確認した。

 聞かないでおこう。聞いてはいけない気がしたから。

「——ロボットに乗らずに戦うってことは、一発でも当たればほぼ即死。本当にいいんだな?」

「死なない為に特訓、訓練してきた。大丈夫、死なない」

 僕は彼女をどう思っていたのだろうか。今まで駒としか見ていなかったのだろうか。この世界を知るための駒として……。

 少なくとも、今は違う。そう言える、その自信がある。

 彼女は仲間であり、恩人に当たる人かもしれない。

 もしそうだというのであれば、僕は彼女の言葉を信じなければならない。

「——このロボットね」

 彼女の手は機体を操作するレバーを握る僕の左手と重ね、そう始めた。

「本に書いてあったの。このロボットの名前。ずっと不思議だった。あの黒いロボットにも、四天王のロボットにも名前はあるのに、リンドウのだけどうしてないのかって。でも本当はあるみたい。あなたは知らないだけ。この子は“ヨシュア”。そういう名前なんだって」

 そんな名前を考えたことも、思い付いたことすらない。しかし、例の本にコイツの名前が書かれていたのと言うのなら、未来かどこかで、そんな名前が出たという事だろうか。……いや、どうでもいいな。重要なのは、誰かも知らぬ人間が、僕では付けられない名前を代わりにつけてくれたことだ。

「ヨシュアか。——まぁ、悪くはないな」

 そして、ついに始まる。

『敵接近中!戦闘に備えよ!』

 周りに立ち尽くしていた人型ロボット達はいつの間にかいなくなっていた。僕らが離していた間に起動して向かったのだろう。

「僕らも行こうか」

 そして二歩前進し、開いた天井から外に出たのだった。

 いつの間にかつけられていたランドセル。これはクサナギのデュランダルよりも、忘れかけていたノボルの機体よりも性能の高いスラスターだった。

 どの機体よりも飛んでいられる時間が長く、また、それだけの力を持っているという事。つまり、速さも一番。

 武器はない。この機体が武器なのだ。スラスターでの移動スピードを上げるためにも、不要なものは全て外し、必要な物だけを詰め込んだという事だ。戦闘は拳での戦いとなる。今までと変わらない。

 二つの楕円形のメインスラスターで高く飛ぶ。スラスターはこれだけだが、ランドセルはこの楕円二つだけではない。機体は白で、後ろのバックパックが全て黒。バックパックはメインスラスター以外にもあり、それはどういった意味があるのか謎である。なんとも表現しずらい形をしていて、スラスターの左右に対称になるようにそれらはある。小さな翼のようでもあり、大きな鎧のような……。しかし隙間があることから何かに変形するのは間違いない。

 にしてもカラーリングにセンスがないな。どうしたらこんな色にしようって発送に至るんだ。


 僕ら二人……いやニーラ国の軍隊の前に立ちはだかるは謎の黒い軍団。未知の敵ということもあり、今回これを“U,E”と名付けることとなる。

 今もなお増え続ける未知の黒い軍団は徐々に、この惑星の大地へと降りようとしていた。

 それはまるで、人類への試練だとも言わんばかりの、とてもとても不思議な光景だった。


 地上でロボット用の狙撃銃を持ったスナイパー隊が狙いを定めている。

 そして一つの声で一斉に発射された。

『撃てぇッ!!!』

 一斉に撃たれた弾丸は、虫の群れとも言えるその集団に向かい、当たる。

 当たると言っても所詮一発。合計だったとしても百発ってところだろう。その程度がどうした。あの軍団に比べればその程度でしかない。雲よりも大きいその集団の一つひとつが倒すのがやっとだった黒いロボットだというのなら、今の僕らに敵うものだろうか。

『撃てぇえッ!!!』

 第二波。多少の爆破が見られた。しかしそうは言っても撃墜出来たのは十機がいいところではないだろうか。奴らが降りてくれば本当に大規模戦闘が起こることになる。出来ればそれは避けたい。

 僕らは傍観することをやめ、狙撃隊の後ろで待っている部隊の元へと向かう。

 その間にも狙撃は繰り返されるが、一向に数が減る気配はなく、敵も反撃をしてくる。相手の狙撃武器は例のビーム兵器だ。実際目の前で起こっている通り、脅威なのは確かだ。もしかしなくても、こちらの機体装甲を一瞬で溶かしかねない。撃ってきたら回避するほかないだろう。

 もし当たりそうなら、メグーが言っていたこのシステムを使うしかないが……。


 ——ついに奴らは降りてきた。

 一体、そしてさらに一体と、徐々に足で立ち、こちらへ向かってくる。

 狙撃は続くものの、先ほどと変わった様子はなく、相手の戦力をほとんど削れていない。

 僕らも戦うしかない。そう思った時すでに大規模戦闘は起こっていた。

 後ろでただただ見ているだけの僕らとは違い、この国の兵として戦う者たちの姿があった。

 一本の剣を握り締め、相手が何者かもわからない敵を切りつける。

 だがしかしその程度!こちらは剣を使って戦うのに対し、向こうはビーム兵器で遠距離の攻撃も可能、近接は両手のクロー。さらに言うとそれらが約十万。絶望するしかないと同時に、戦わなければ明日はないだろう。

 戦況は劣勢。待機していた部隊全員で戦ってもこの状況。スナイパー部隊も援護するが、それでも劣勢。そもそもとして戦力差があり過ぎる。例え世界一、いや宇宙一の策士が今現れようとも、瞬間匙を投げるだろう。それならば逃げた方が得策だと吐き捨てる様に言って、生きるための策を考え出すだろう。

 しかしこんな世界だ。国が無ければ安全な場所はなく、また食料の確保なども困難。結局ここで倒せなかったU,Eたちに殺されバッドエンド……。

 そうならないためにも、今戦っている。僕だって何もしてないわけじゃない。

 今僕らは空を見ている。今もなお増え続けるその集団。その中心を見ている。ただ一機だけ、その場に静止しているかのように、上からこの戦場を見ている者がいた。

 拡大して確認してみるが、特に特殊な武装もなければ、指揮官の用でもなく、他の機体と完全一致していた。

 では奴は何者なのか。何故あんなところで何をしているのか。僕らはずっと見ていた。

 何分経とうが増え続けるその集団に、流石に違和感を感じ始めている。例え異世界人だったとしても、あれだけの軍隊を作り上げる材料と人材。集めるのは不可能だ。量産でもなおあのスペックの機体を十万機。

 いくら考えても不可能だ。可能ではあるが、ほぼ不可能に近いと言っていい。

 僕は彼女に助けを乞う。

「アレを止める方法はないのか?」

「あるにはある。でもそれはたった一つだけ。この十万の中からたった一体の“本体”を倒すこと」

「“本体”……?」

「そう、本体。貴方の予想通り、それ以外全てが偽物。コピー体とでも言うのかしらね。——そう本に書いてあった、クローンって言うの?」

「クローンだって?まさか……」

 いやあり得る。異世界ならば可能である。すべての世界がそうとは言い切れないが、元の世界よりも進んだ世界ならば、不可能ではない。

「試しにコックピットの中を確認してみたら?最低でも二体ね」

「——これって僕にとってはどうでもいいんじゃ?」

「いえ、とても関わりがある。貴方と」

 その時の僕には何も理解できなかった。しかし知らなければ何も始まらない。

 僕もその戦闘の中へと身を投じ、手刀で相手の両腕を切断した後、コックピットの中を確認した。

「——人間。男か」

 中にいたのは人間。推定十五歳ぐらいか。こんな子供がどうして……。

 後ろからクローの攻撃をしてくる気配がした。戦闘は飛行練習の時についでに練習させられ、大体掴めた。僕はその攻撃を右腕で防ぎ、左腕で同時に相手の両腕を切断した。

 コックピットの装甲をはがし、確認する。

「同じ顔だ……」

「驚かないのね」

「ネタバレされてるし、驚こうにも驚けない。あの本読んでるしな」

 コピー体、クローン。確かにそう言えるな本の筆者よ。どうして僕らに教えるために書いたかは知らんが、もし本来負ける戦いだったのなら、どうしてそうまでして僕らに伝える?当然の行為なのかもしれない。自身の世界が滅ぼされることを知ったのなら、僕だってそうする。でもそうなら対策で来ただろう?全世界に伝え、全勢力を以て戦う。そんなことができたんじゃないのか?どうしてそうしなかったのか、謎で仕方ない。

 確認できたのはいいものの、ここは戦場のド真ん中。当然背中から攻撃され、遠距離からも攻撃される。反撃するしかなく、手刀一撃でスパッと裂いた後、時間差で爆発する。しかし敵とて同じ人間。相手が同じ人ではあるのだが、同じ人間がうじゃうじゃいると思うと寧ろ気味が悪くて仕方ない。これは殺人に含まれるのか?もしそうなら大量虐殺者としてこれからも名が残るだろう。人類史上最もこの手で人を殺した人間だと。

 時に二機同時に攻撃される。コンビネーション攻撃と言うものか?息がぴったりなコンボ攻撃だ。機体のシステムで自動回避されるため、一切当たることはない。僕が操作しなければの話だが……。

 僕が操作していない間、つまり操作レバーに一切触れていない間は自動回避モードとなる。これは映し出される情報を瞬時に解析。相手の攻撃予測とそれに対する最善の回避を導き出し、タイミングぴったりで実効、回避するというもの。僕が来る前に既に完成寸前のシステムだったらしく、調整時にこの機体に入れた。少し僕が手を加え、何十万回とテストを試し、全回避という結果。確実に当たるという状況が生み出されなければ、永久に回避し続ける。

 隙を見て、両者一斉に手刀で腹を貫く。引き抜いて空を飛ぶ。地上の爆発に目を向けることなく空中の敵を撃破。流石は四天王の改造。僕としては背中のランドセルは気に食わなかったが、腕は確かだ。こいつのお陰で大活躍出来ている。

 だが……。

「全然減らないな……」

「そりゃそうよ。相手は無限に増え続ける。いつかは止まるでしょうけど、その時この星は滅びるでしょうね。読めば馬鹿でも分かるわ」

「読んでないからわからないんですよ僕は!!」

 知りたいが、知れない。その感情を力に変え、手刀を振り下ろす。その手刀は背後から接近していた敵を頭から真っ二つにし、一体撃破。

 流れでこんな状況になっているが、今思えばこんなのは望んだ状況じゃない。

 平和だ。僕が望むのは平和だ。断じてこんな戦争なんてものじゃない。

 しかし今戦わなければこちらの軍は壊滅するだけでなく、国もが滅びる。一番の目的である平和へと向かいたいのなら、平和な世界、つまりは元の世界へと帰る手段を探さねばならない。その拠点としてこの国は十分である。

 そうだ、今戦ってるのは自分の為だ。

 じゃあどうしてこの世界の秘密なんて求めるんだ。必要ないじゃないか。

「あの大群の中に突入するぞ」

「私も準備した方がいいね」

 彼女は一本の剣を抜く。

 空中で彼女はこの機体から降り、装備しているワイヤーで宙を舞いながらも周りを撃破するというのが彼女が考えた戦闘方法。仮に回りが少なくなっても、僕の機体が彼女のワイヤーを掴めれば、彼女は帰ってくることができる。どこも悪い点はない策だ。

 僕は彼女の言葉を信じ、大群の中へと突入するのだった。

 ——だが思う。ふと見せる彼女の表情。そして俯き。これは何なんだ?

 答えが分かるはずもない。気が付けば隣にいたアオイはもう出ていた。

 突入するほど敵の数も多くなる。その分、周りでの爆破数も多くなった。

 全てアオイだ。彼女がやったのだ。最早実力では人間を超えている。凄いと言わざるを得ない程素晴らしい能力だ。

 周りに寄り着く敵も少なく、指で数えられる程度。手刀一撃で倒せる敵なんて、気になることもなかった。

 そしてようやく親玉らしき機体と接触する。

 勢いを利用した突きは呆気なく避けられる。動きがまるで違う。性能が違うのではない。腕が違う。アオイも帰ってきた。僕の機体の右肩に着地し、敵の顔を見つめる。

『さっさと決めることにする』

 僕はアオイにそう伝えた。

 だが次に発言したのはアオイではなく、目の前の敵だった。

『我の計画はあと少しで完遂される。邪魔しないでいただきたい』

『計画だと?』

「私は知ってるのよ。貴方の計画とやらを。説明して見せましょうか?」

『——いや、不要だ。何にせよ、皆死ぬのだ。説明など不要だろう?』

 計画とは一体なんだ。それが奴の目的なのは分かる。しかし何が目的なのだ。

 だが、僕が理解出来なくて当然だったということを、後から知ることとなる。

 アオイに戻ってくるよう指示し、コックピットへと戻す。

 そして僕は奴の話なんて聞く耳持たず、先制攻撃を仕掛ける。

『おいおいおい。話の途中だろう?人の話は最後まで聞けと習わなかったか?まぁ我は人であり人ではないが……』

『誰がお前なんかの話を聞くか!お前を倒せば平和が戻るんだ!そのためなら……』

『どんな手段を使っても構わない、か?所詮は人間ッ!その程度の考えしか出来ず、目的もガキだなァ!』

 何が起こったのか、瞬間に目の前へワープするように移動してきた。

「ッ!?」

『死んで悔い、絶望しろ人類ッ!』

 綺麗なかかと落とし。それは正しく刹那の出来事。躱せるはずもなかった。

 頭から喰らったヨシュアは頭がダメージを受け、勢いよく地面に落ちて行った。

 ——が、決して大地に叩きつけられることはなかった。

 僕には仲間がいる。そう、今の僕には四天王という大きな見方が。

『大丈夫か、深山リンドウ』

 この機体はデュランダル。そしてこの声はクサナギ。そう彼だ。

 地面と接触する前に見事キャッチしてくれた。

 しかしお姫様抱っことは……いや言ってる場合ではないな。

『避難を手伝っていて少し遅れた。それと……』

 腰から一本の剣を取り出す。それは特殊な剣だった。

『この剣を渡しておく。その剣は銃形態にも変形できる。ヤツと戦うなら必要だろう』

『あ、うん……有り難いけど降ろしてくれない?』

『さっさととどめを刺そう。このまま突入する』

『え、ちょっと待——』

 またも大群の中を突入する。不思議と敵は寄ってこなかった。いや寄れなかった。

『よぉ四天王二人』

 隣にはカイトがいたからだ。彼は人型のロボットではないものの、戦闘機のような機体で、恐らく破壊力はデュランダルをも上回るだろう。一秒で何体も倒せるのだから当然だが。しかしかなりの腕だ。

『さぁ行けッ!!』

 僕は投げ飛ばされる。彼からもらった剣を構え、再び突進する。それが躱されることは先ほど学んだばかりだ。もちろん分かっている。だから僕は銃形態へと変形させ、二発撃った。

 そしてどちらも当たった。

『今度は倒す!』

『向かってくるか。この我を倒そうと向かってくるか』

 もう一本の剣を取り出したデュランダルが僕と同じく突進攻撃をする。

 僕に集中していたのか、それは躱されることはなかった。

『向かうさ。四人でな』

 剣と爪が反発し、二人は距離を取る。

 静寂が包むのかと思いきや、後ろから戦闘機が物凄いスピードで接近し、ミサイル攻撃。

 敵は回避するものの、一発被弾。

 戦闘機は反転しバルカン砲で追撃する。

 怒涛の攻撃を回避できるわけもなく、敵は全弾受けることとなる。

 そして次は大地震と来た。これは災害ではない。誰かが意図的にしたものだとわかった。こんなタイミングよく地震なんて来るわけないからな。

 下を見ると国全体が揺れていた。そして大きな一本の棒が持ち上がってきた。

 ゆっくりと持ち上がったそれは筒状の物で、それはこちらを向いていた。

『深山リンドウ、少しこちらへ』

 こっちにこいとクサナギに呼ばれる。急かすものだから何だと素早く移動すると、先ほどまでいた場所はレーザー光線が放たれていた。そのビームは例の筒状の物からだった。これは兵器だ。見方もろとも撃つ気か、そいつは正気か!?

『超巨大砲塔型兵器!今日からこの子を“グングニルキャノン”と名付けるっ!』

 この声は聞き覚えがある。メグーだ。正気でない理由がなんとなくわかった。

『気を付けろ、味方も巻き込む気か』

『えへーごめんねー』

「……許せぬ」

 僕とアオイは怒りでいっぱいだった。

 しかしそのビームのお陰で敵の戦力はかなり減った。まだ地上部隊が劣勢ではあるものの、敵の援軍は半数まで減った。

『にしても……亀みたいだな。丁度国が甲羅みたいだ』

 カイトが空から地上を見て、そう言う。

 確かに亀みたいではある。……あれ亀っているのかこの世界に。

『黙れ。今は戦闘中だ老いぼれ』

『まだそこまで歳じゃねぇっつーの。ったく巫女さんの側近はお堅いねぇ』

『黙れ、集中しろ』

『あいよ』

 なんだあの二人、妙にピリピリしているというか……。

『人間如きが……』

 その空間に響く声。敵はまだ生きている。

『所詮人間……この世を破滅へ導いた愚か者達に、負ける訳がないッ!!』

 ヤケクソなのか、それとも何かの策があるのか。ヤツは突進してきた。爪を構えていることから、突き刺してくることを想像するのは容易だった。

 剣で弾き、左手で相手の頭を掴む。

『所詮とか、愚かだとか、お前は神なのか?』

『——だったら……どうする』

『全力で否定してやる。そして倒させてもらう』

 右手の剣を構え、相手の胸部分に狙いを定める。

 そして目をカッと見開き、その剣を胸めがけて突くのだった。



◆◆◆◆◆



 私は知っている。この先を。彼の運命を。

 だからこそモヤモヤする。そう、私が彼を守り、彼はヤツを倒す。それが運命。本に書かれていたこと。

 そうしなければこの国は疎か世界が滅びかねない。ヤツらの目的は滅ぼすことではないが、それに近しい。今も恐らく、他の国が襲われていることだろう。ここの国は軍があったので抵抗できているが他の国はそうではないだろう。私が見てきた国は少なくともこんな技術と戦力はなかった。

 だが、相手もそれを知っているからこそ親玉直々に出てきたのだろう。この国は抵抗力があるから、自ら戦わなくてはならないのだと思う。クローン体では知能も低いという事なのかもしれない。

 しかし親玉さえ倒せば奴らクローン体は全て灰と化し、この世から消え去ると……。つまり、親玉が消えさえすれば、私達の勝ちである。

 書かれていたのはこの戦いの過程と結果。詳しく書かれていた。ヤツらの正体も。

 何が何だかわからなかった。真実を知った時ほど恐怖したことはなかった。自分の行動にあれ程後悔をしたのも初めてだった。

 それはカイトと解読していた時の事だった。

「この本には五十の文字、そして数えきれないほどの字で分けられる。仮に五十の字を丸として数えきれないほどの字をバツとしよう。丸はバツとは違い、字が丸く、バツより小さい。バツは丸とは違い、字がカクカクとしていて、組み合わせて使われることがある。バツと丸の組み合わせ、バツとバツの組み合わせだ。ほらこことか……」

 カイトは指を指す。その先には彼が言った通り、組み合わせで書かれている。

「リンドウはそこ何て言ったの?」

「巫女様が書き残した紙には“全ての始まりは終わりへ向かう為にある。今回も同じである。”って書かれてるな。丁度ここからここまでだろう」

 指した指で読み上げた文章であろう部分をなぞる。

「まぁこれを踏まえた上で、読んでいこうか」

 努力のお陰なのか、それともこの字が分かりやすかったのか。すぐに私はこの言語が読めるようになった。とはいえバツ字はまだ無理だったが、丸字はどうにか読める。となれば文脈からこのバツ字が何と読むのか大体予想できた。

 そして、とある文章にぶち当たる。

「“彼らはクローンである。クローンとは言わばコピーされた人間、動物などだ。彼らという存在が生まれてからの経験こそ違えど、元は一人の人間。考え方は全員同じだ。そして彼らもまた、私達と同じ人間である。”……」

 彼らとは例の黒いロボットに乗る何者か。即ち私の敵、仇だ。

 この本には確かに私達が辿ったことと同じことが書かれている。嘘はない。

 それはつまり、これから起こるであろう未来が掛かれている部分にも嘘が書かれているということはあまり考えられないということである。

「私の仇が人間……」

 奇しくも私の敵は何らかの方法でコピーされ、それらが私の故郷を奪い、時々この世界にやってきていると考えるほかなかった。

 ならば……と私は考える。

「私が憎んでいた敵は、私と同じ人間……」

 そして、それは同時に私は人を殺したことになる。

 ……。

 表情も何も変わることはなかった。

 しかしただ一つだけ変わったことがあった。

 その時のことを思い出し、再生し、終わればまた繰り返す。

(“ダメね。と言うか無理ね。貴方が私に何をくれても、答えは決まっているもの”)

(“貴方は初めから、死ぬ運命だったのよ”)

 私はそう言って引き金を引いた。

 瞬間、視界が真っ暗になった。何もないただの暗い、暗い空間が見えた。

 目の前には銃を持った……そう、あの時使った銃を持った私がいた。

 目の前の私は銃を私の胸に押し当て、こう言った。

「ダメね。と言うか無理ね。貴方が私に何をくれても、答えは決まっているもの」

 何を言ったわけでもなく、助けてくれとも言っていない。

 しかし目の前の私はそう言って……。

 ——引き金を引いた。

 胸から血を流しながらも、私はこう言わずにはいられなかった。

「なん……で」

 私の問いに、目の前の私は答えた。

 しかしそれが、さらなる暗闇へと誘う一言となった。

「貴方は初めから、死ぬ運命だったのよ」

 吐き捨てる様に言った。地に倒れた私をゴミを見るような目で。その言葉こそが、完全に私を殺した弾丸だった。

 叫び、悲鳴を上げた。

  その時分かった。私は殺人鬼だったと。今までいくらも人を殺してきたのだと。


 カイト曰く、私は寝ていたらしい。

 つい十分ぐらい前だったそう。カイトは突然悲鳴を上げた私を心配してくれた。突然悲鳴を上げて起きるものだから驚いてカイトの眠気も完全に覚めてしまったらしい。

 私は初めて、殺される側を知った。

 あの時仮に相手が人だと知っていても、同じ台詞を言っていただろう。何故なら殺される側を知らないから。

 しかしもう言う事はないだろう。殺される側を知っているから。

 だが、今だけは言うべきだろう。親を殺した私が憎む相手だから。

「“貴方は初めから、死ぬ運命だったのよ”」



◆◆◆◆◆



『フッ……フフフ……』

 笑ってしまった。いや笑わずにはいられないだろう。

 この邪神という存在になってから、何百年……いや約千年という時間を掛け、ようやく計画が完遂されようとしている。それを笑うななどと言うのは不可能。

 長い。実に長い年月を掛けてしまった。だがこれでもまだ早かった方だろう。

 確かに準備は完全ではなかった。あの四機のお陰で計画が潰れるところだった。

 しかし十分!もう目的は達成されようとしている。

 我が目的……それは“一定以上の恐怖、絶望などの負の感情を集める”こと。

 我が邪神という存在である以上、こうするのは当然の事。

 所詮、この世界など夢の一部でしかない。世界という夢の時間に比べれば、人などただの夢の一部の欠片でしかない。


『我が計画は完了しようとしている……』

 本当に長かった。しかしようやく帰ることができる。己が何故に誕生し、何故に邪神と言う存在なのか。それを知ることができる。そして、さらに上のステージへと……。

 念願の夢が叶うのだ——。


『下を見てみろ。大変なことになるぞ?』

『ッ!?』

 刺々しい騎士がその場で反転し、急降下した。もう一万体ぐらい降りた我がコピー体の大群に突撃しようという魂胆だろう。

 特に止める気はない。この星の破壊が真の目的ではないからな。まぁ、壊れてもらっても問題ないが。

『なんで……』

『なんで、だと?貴様の爪が甘いだけだろう』

 彼が突き刺そうとしていた剣は我が機体の左肩に刺さっていた。それは右手の爪で弾いたからだ。

 ——あと少しだ。

『隙だらけだぞッ!』

 右手からビーム攻撃をし、敢えて外す。

『どっちが隙だらけだ!!』

 剣を引き抜き、再び刺す。この攻撃は喰らうしかあるまい。その剣は腰に突き刺さり、中で破裂するかのように爆発する。もう下半身は動かないだろう。

 しかしもう必要のない機体。撃ったビームは決して目の前の敵を狙ったわけではない。

 ビームは円形のド真ん中、高い建物を貫いた。

 砂埃が舞い、崩れる。

 我は知っている。あそこが一番負の感情が発生しやすいと。

 ——そして予想通り、一定数以上に溜まった。

 長年の夢が叶った瞬間である。

『フハハハハハァ!!目的は達成されたァ!!』

『……貴様ァアア!!』

 怒り狂ったのか、平たいものが高速で接近してきた。。

 我が機体をぐるぐると回り、隙があれば攻撃。弾丸が何発も打たれるが、この程度傷にしかならない。

『カイトやめて!』

『やめれねぇ!!これはクサナギの分でもある!』

 これが負の感情。怒り、絶望、恐怖。


 やれやれと思いつつ、うるさいハエをどうしたものかと頭を悩ます。

 あとは帰るだけだ。帰れば魂の器の中にいる必要もない。

 そうすれば全力で戦える……。

 ——そして結論に至る。

『折角だ。貴様等を我らの世界へ招待しよう』

『——ッ!?』

 ハエは何かを察知したかのように加速させ、距離を開ける。

 そんなことなどどうでも良く、両手を大きく広げ、内に貯めた約千年分の負の感情を一気に解き放つ。

 そしてゆっくりと、背後に裂け目が出来る。

『ここが貴様らの死に場所だ』

 そして我々は、その裂け目に引きずり込まれた。



◆◆◆◆◆



 虚無、虚空。そこには何も存在せず、何もかもが失われたかのような世界。

 時間が止まっているかのような世界で、動いている者は誰一人として存在せず、動いていない自分は何故か消えてしまう感覚があった。

 これは夢か?出会った人全員から忘れられてしまうこの感覚。孤独に近いこの気持ち。

 隣にいたはずのアオイの気配さえ感じない。どうしてだ、この世界に来てから何かおかしい。

「どうだ我らの世界は」

 声が聞こえる。奴の声だ。でも四方八方から聞こえている。

「苦しいか、消えてしまうのが。貴様等のお陰で目的は達成された。好きにくつろぐといい」

 くつろぐだと?

 まだ終わっちゃいない。父さん、母さん……。感じる、まだ忘れられてない。

 僕はここにいる。

「まだ終わってない」

 消えてしまいそうだ。

「まだ戦える」

 やめてしまいたい。

「帰るために」

『戦うしかない』

 誰かの声と同時に発した言葉だった。

 そしてようやく、目覚めたかのように僕の機体は動き出す。

 それはあの時同様、生まれたての小鹿のような鈍い動き。それでも動こうとする。

 全身全霊を掛けて戦わなければならない。

 帰れるかどうかもわからない。例え行きつく場所がどこであっても、今勝たなきゃ進めない。

 人生というのは、そんな風に出来ているのかもしれない。


 僕の体は一切動かない。でも僕の考えはこの機体に伝わっているらしい。

 物理的な操作は出来ない。でも考えるだけで動いてくれる。

 まるでこの機体が僕の体のようになった気分だ。

 全身全霊と言うならば必然的にあのシステムを使う他ない。

 本来、専用のボタンを押せば動いたところ、意識するだけで動いた。

 このシステムはバックパックが展開し、機体の出力を最大にするシステム。

 スラスター部分が大きく開き、翼のようになる。他の部分は全身を覆い、装甲が厚くなる。

 そしてなんといっても機動性が格段に上がる。代わりにエネルギー消費量は普段の五倍且つ一度切れば十時間は動かないというもの。稼働限界時間は最高三十分らしい。ま、この世界に時間の概念があるのかは知らないが。


 ——目の前に見える。黒色の、悪魔のような見た目をしたヤツが。

 先ほどまで見えなかったものが見える。これが何故かは知らない。でもチャンスだ。見えている間に倒す。

 全スラスターを使って、一瞬にして接近する。

 とりあえず拳で殴るしかない。しかし当たらない。

「甘いな。ここは今までとは違う世界」

 そういや神々が住まう世界が四次元空間とかなんとか言っていたか。物理法則が通用するのか?

 恐らく無理だ。じゃあ何で動いてるんだ?確か僕は動こうとして動かしたはず。つまり自分の思考、イメージ……意識……。

「いくら殴ろうと無駄だ。貴様等は動けん」

「いや……」

 何度も殴る中、一つの結論に至り、試すことにした。

「絶対に当てるッ!」

 そして思いっきり殴った一発。相手の右頬に当たり、吹っ飛ぶ。

「——ッ!?」

 意思の力。それで今動いている。

 だとするなら必ず当てると思うことで当たるはずだ。

 再び音速で接近し、第二撃を入れる。

 だが、その拳が当たることはなかった。

「甘い……実に甘いぞ!」

 相手の腕から腕が生えていた。そしてその腕が僕の機体の左腕を手刀で切っていた。

 切断まで行かなかったものの、左が動かなくなるほどのダメージ。

 腕から腕。コピー能力の応用だろうか。

 意思の力。ダメージを受けた部分を再生しようとどれだけ思っても再生しない。つまり意思でコントロールできるのは制限がある。

 次は受けられない。


 ——攻めては守りを繰り返す。

 僕は一人だったかと思うようになった。攻撃力も落ちてきている。

 一対一だったか。それで勝てるのか。不安だ。

 もう僕では勝てないんじゃないかと、思ってしまう。

 そうして絶望に沈んだ時に、声が聞こえた。

 聞き覚えのあるようで、ないその声。

「諦めてはいけない。あの時と同じように」

 どこかで聞いたと思ったら自分の声だった。でもどうして自分の声なんだろうか。

「私は貴方によって生み出された」

 どこからだ、どこから聞こえる?

「誰なんだ、一体……」

 僕の問いに、声の主は答えた。

「貴方から生まれた、出来損ないの神とでも言おうか」

 そう、声の主はこの体の中から聞こえている。つまり、今声の主は僕の体に入っている?

 僕と言う魂の器に入っていて、中には僕がいないから声の主は僕の体を使えている……ということか?

「一度引くんだ」

 言われた通り、音速で後ろに引く。

 そして彼は続ける。

「チャンスは一度っきりだ。私が邪神……つまり目の前のアイツと一体になり、巨大なエネルギーになる。一瞬のチャンスだ、その膨大なまでのエネルギーをぶつけて次元の壁を破壊すれば帰れる」

「待ってくれ、君は誰なんだ」

 僕は僕の体に問うしかなかった。

「私は君。構成しきれなかった部分を君からコピーしているから間違いではない。元々は君が今使っている体から生まれた存在だよ」

「それってどういう——」

「君が私を我が子と思うほどに大切にしてくれた。それだけで十分。だから今度は私が君を——」

「他に、他に方法は!?」

 思考し始めようとした瞬間、ヤツは接近してきていた。

 体をひねり、動かない左腕で体を守る。

「私達神はエネルギー体のようなもの。人とは違う。そして私が思うに、この世に真の神は存在しない」

「まるでこれから死ぬみたいじゃないか!やめてくれ!僕は動かないぞ!絶対に!」

「どうせそうだろうと思っていたよ」

 僕は断固として動こうとしなかった。しかし勝手に動いてしまう。それは何故だろう。

 答えは簡単。彼が動かしているから。だから如何に僕が固い意思を持とうと、動いてしまう。

 「待ってほしい」という、そんな僕の思いは届かず。

 思いっきり蹴り、再び遠くまで吹っ飛ばす。

 そして音速の如く素早いスピードで接近する。

 その途中だった。体から、何かが抜けた感覚があった。なんとも気持ち悪いというか、なんとも言えない不快感に近い感覚だった。

 そしてそれが何なのかを察してしまった。

 固まった僕の体は操作の途中で止まっていた。故に僕では止めることができない。

 そして機体の手には何かしらが乗っていた。このままではぶつかるコースだ。

 まさか……まさか……。

「な、何をする気だァーーーー!?」

 邪神と言われた奴はそう叫んでいた。

「まだッ!まだ叶っていないッ!なのにィィイイ!!」

 手の中にある何かとヤツがぶつかった瞬間、銀河のような何かが一瞬見えたような気がした。そしてそれは手のひらの中に納まるようにして、まるで意思を持つかのように留まっていた。

 「あれ」と、僕も抜けていく感覚に襲われた。そして元の体に捕まることが出来た。

 ハッ……と意識を取り戻した瞬間、ガコンと押してしまった。いや、既にそうなるような体勢だった。そのせいで機体の手が伸びてしまう。

「待って」

 言い終える前にそれは虚空にぶつかった。

 そして、割れた。

 一瞬、体が重く、止まった感じに襲われたが、すぐに動くようになった。

 隣のアオイも動きを取り戻した。どうなったのかもよくわかっていない様子だった。

 次元を超え、先ほどまでいた場所、つまりは空中へと戻ってきた。

 何が起こったのかもよくわからず、ただ体が動くように動いていた。

 しかしタイミングを見計らったかのように、機体は動きを完全に止めてしまった。

 そして、地上に落下する。

 だが、特に慌てることはなかった。その時やっと思った。叫ぶこともなく、ただただ安心だけがあった。何故か?クサナギが回収してくれたからだろうか?

「大丈夫か?」

 落ち着きを取り戻し、隣のアオイに問いかける。

 きっとこの安心は帰ってこれたからだろう。

「リンドウこそ、大丈夫……なの?」

「え?」

 彼女はゆっくりと手を伸ばし、僕の目まで指を伸ばす。

「涙……」

 伸ばした指で、目から零れたものを掬う。



◆◆◆◆◆



 ——彼は勝利した。

 邪神を倒し、大切なものを犠牲してでも、彼は帰ることを優先した。

 それが彼の選択だった。

 彼の涙の意味は言わずもがな。だが、その悲しみの大きさは分かるまい。


 すまなかったと言うしかないだろう。

 私が馬鹿なことをしたばっかりに、こんなことになったのだ。

 きっと、これからこの情報を漏らすことはないだろう。そうすれば対抗できるのかもしれないが、未来が変わるだろう。それではダメなのだ。

 これが最善だと、私が選択した。

 この本を書いている今より少し先、君たちの言うU,E達との核兵器を使った大規模な戦闘で世界が一度滅ぶ。

 それでも私……いや僕は君たちに何か残せないかと考えるだろう。

 その内の一つとして、この本がある。


 この先は語るまい。必要なことではないからな。

 例えリンドウ本人がこの本を読んだとしても、教えることはない。君自身が考えなければならない。あくまでもこの本で語れることは、この戦いに関することのみ。

 もっとも、未来を、運命を見ずとも君が何をするか手を取るようにわかるがな。

 僕が君であると知れば、この本を書いた理由もわかるだろう?


 —アハツェン神書 第八章—

 “深山 リンドウ” 五十ニ歳



◇◇◇◇◇



 僕は生還した。

 たった一つを失って。大切なそれを失って。

 そして何百人もの戦士の犠牲によって、国も、世界も護られた。

 世界はそれでも変わらなかった。何も、景色も町も人も……。

 ハンガーに避難していた巫女一行の元へ向かい、全て終わったと話した。

 アオイはずっと俯いていた。

「どうしたんだ」

 何となくわかるようでわからなかった。

 僕も本当は薄々気が付いているのではないだろうか?あの時感じたものを。

 しかし一生、その言葉を口にすることはないだろう。

 本来彼女と僕は出会わないはずだったのだから。

 アオイは僕の問いに答えるかのように、巫女から借りてきた神書を僕に渡した。

 これを読めと言う事なのだろうか。そうしかないだろうな。

「八章より、後……」

 それだけ言い残し、その場を去った。

 そんな彼女の小さい背中が見えなくなるまで彼女を見続けた。

 そして視線は本に移る。

 八章から一ページ、また一ページとめくった。

 数ページの白紙の後、一文だけ書かれたページがあった。

 “これより後は、深山リンドウのみ見ることを許可する”と。

 次からは沢山の字で埋め尽くされたページだった。

 書いてあった内容を簡単にするとこうだった。

 “君の知りたいこの世界の真実。八章でも書いたが、この世界は君たちが言う核兵器を使ったU,Eとの大戦争によって滅びる。そもそも奴らは何なのか。ヤツの魂の器と呼ばれる肉体は僕の息子だ。つまり、深山リンドウという人間の子どもである。彼には妹が一人いる。彼女の中で生まれたのが、運命神なのだ。何故、どうしてか息子の体に入ったヤツはその体を複製してこの地球を襲う。今その時代にも妹から生まれた運命神がいるだろう、いずれ聞くと良い。”

 八章最後にも書いてあった。この本を書いたのは僕らしい。

 要するに、深山リンドウという男が書いたらしい。しかし僕はその記憶がない。そして五十ニ歳とも書いてあった。若返ったのか?僕は。

 いや、そんなことはないだろう。あり得ん。考えられるのはやっぱり……。


 “僕は君だが厳密に言えば全く別の存在。君はこの世界の神でさえ成し遂げられないことをした人間だ。いや、この世界の神と協力してようやく超えたことをしたと言った方が正確だな。運命神が運命さえも捻じ曲げて、君が世界線というものを超えてやってきた。急にぶっ飛んだ話になったのはわかっている。だがその証拠に、目覚めた時のあの綺麗なまでの境があっただろう?あれはその空間自体を超えさせた故である。”


 僕はただ、読み続けた。

 嘘だろうと真実だろうと、どうでもいい。


 “君は、異世界線の僕だ。深山リンドウ”


 この世界にいる“神”と言う存在には、神自身にしかない能力があるらしい。それは今まで出会った二人の神からわかることである。

 もしも自称運命神に運命さえも思いのまま、捻じ曲げる能力があったのなら、そうできたのなら僕をここに呼び出す必要はなかったのではないだろうかという考えが浮かんだ。

 しかし一つの答えが、その考えに割り込んでくる。

 人類の成長。それだけ。

 大きな壁を前にして、それでも乗り越える。その先に待つのは成長。

 人類の成長の為に、敢えてそうしたのではないか。

 でも分かっていたはずだ。犠牲者が出ると。もし分かっていてもなお、そんなことをしたというのなら、この世界のこの本を書いた僕と運命神はサイコパスになるんだろうな。

 だが他にも疑問がある。

 何の代償もなく、そんなことができるはずがない。

 これもすぐさま切り捨てられた。

 運命神の力は弱まっていると聞く。つまり、自分の力を失ってまでも、別世界線の運命を捻じ曲げたという訳だろう。それしか考えにくい。


 …………。


「馬鹿々々しい……」

 本を閉じ、床に置く。

 天井を見上げ、目を閉じる。

 ——そう、この本に書かれていることが真実とは限らない。

 嘘の可能性だってある。しかし一から八章までのことは全て起こったことだった。

 だから嘘だと考えにくい。ならばこれが真実だと認めるか?

 それは実に難しい話だ。こんなのをいきなり言われて認められるわけがない。


 もし。もしもだ。世界線を越えた代償として、最近の記憶を失ったというのであれば、どうしてあんな所に居たのか、どうやってあそこにいたのか分からなかったという話と繋がる……。


「いや、ないな」

 考え付いたものをバッサリ切り捨て、僕は本を持って立ち上がる。

 この本は巫女さんが持つべきだろう。僕は自分で真実を見つける。

 僕はアオイを追いかけた。何となくだ。必要な用事も特にない。

 でも何故か会いたかった。話したかった。

 必死に探した。階段の裏、狭い場所、エレベーター付近。

 隅々まで探したが、どこにも居なかった。

 最後にたどり着いたのが、傷ついたままのヨシュアが置かれている場所だった。

 どこに行ったのかと心配しかけた時だった。

「隙あり」

「ッ!?」

 肩を掴まれ、ナイフが首元にあった。

 慌てて両手をあげるも、すぐに解放された。

「探した?」

「ああ探したよ!どこにいたんだよ!?」

「ずっといたよ、一緒に」

「——は?え、どういう……?」

 理解出来まい。彼女が後ろからずっと追いかけていたなど。

 僕が言葉の意味を考えていると、どこからか、くぅ……と音が鳴った。


「……ちょっと、寿司でも食べに、行く?」


 ——僕はいずれ元の世界へ帰るだろう。

 その方法も自分で探さねばならない。少なからず、今の目標は帰ること。それだけ。

 今すぐにでも探そうと思う。

 だがしかし、この世界に傷をつけたのは僕だ。

 だから、少しでもその傷を治せればと思う。

 治すならば、生きていなくてはならない。生きるには、食べなければならない。

 でも今だけ許してくれ亡きこの世界の僕よ。今日の食事は生きる為ではなく、楽しむという意味が近い。

 今日、いや少しの時間だけ、許してほしい。

 どうしようもなく、楽しめそうだから。


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