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無名長編  作者: ren_Kさん
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前編

 ヒトと言う生き物はあまりにも弱く、愚かである。

 自らの手で同じ種族であるヒトを殺す——。この行為に一体何の意味があるのだろうか。

 意味などない。意味など存在しない。その行為に意味が生まれるのはヒトとヒトとの間であるヒトではない“誰か”によって定められたルールの中のみ。

 その“誰か”が一体誰なのか、私にも他の人間にも一生わかるまい。例え生涯を賭けても、分かることはないだろう。今を生きる私は、そう考える。


 ヒトとはなんと愚かなことか。実に愚かで醜い生き物だ。

 だが、それ故に小さな光はそれ以上に光り輝くのかもしれない……。


 —アハツェン神書 第一章—



◇◇◇◇◇



 眠り。

 長い、長い眠り。

 いつ、どこで寝たかさえも思い出せないぐらい、長い眠りだった。

 時間も場所もわからないとは言え、自分のことは覚えている。

 ただの眠りなら当然だろうが、これは普通とは違う。

 何故、どうしてこんなことになったかは分からない。今僕が乗る“コイツ”にそんな機能を搭載した覚えもない。

 しかし“コイツ”の場所を知っているのは僕だけだ。誰かに教えたりもしてないし、すぐ近くに町もないので、誰かが来ることもないだろう。

 ならば何故なのだ——。

 何故に異世界にいるのだ……。

 そう思うのには理由がある。——景色だ。

 外の景色を見て、思ったと同時に放った言葉。

「ここは……。何処だ?」

 その問いを返してくれる人なんて、誰もいる訳がなかった。


 異世界という説以外にも、コールドスリープで時代を超えたという説もある。しかしどちらも証明は不可能で、色々抜けている部分がある。


 ——僕は物作りが昔から好きだった。

 それ故、時間が経つと同時に、何かしらが完成していった。

 歳を重ねるごとにクオリティは上がっていき、利便性も考えたものまで作る始末。

 そんなものを作ったのはごく最近のことである。

 物作りと物作りの間——。そう、案だ。

 何を作るか、どんなものにするか。それを考える期間が必ずある。

 僕が作るものには何らかの目的があった。例えばそう、本棚に検索機能を付け加え、本の名前を専用端末に打ち込むだけで自動的に機械が取って来てくれる……などだろうか。

 はっきりいってあれは失敗作だったが、中には成功するものもあったりする。僕が生活するうえで必要不可欠なものになるほどに……。

 だが、やってみたいことがあった。だから“コイツ”を作った。

 人は歩くために足がある。でもその足の大きさで世界を一周するのにどれくらいかかる?

 飛行機——。確かにそれもいいだろう。だが違う。歩きたいんだ。自らの足で大地を踏み、自らで世界を、大地を感じたい。

 結果的に生まれたのが“コイツ”だった。二足歩行の人型巨大ロボットとでも言うべきだろうか。自分の足ではないが、大地を踏むと言う点で言えばこれでいいだろう。

 それに、こうなったのには他の理由もある。


 アニメや漫画で見る巨大ロボ。見た目や外見を作るだけなら不可能ではないだろう。だが実際に乗って動かせるロボはどうだ?そんなものはこの世にはない。世界は未だ金で動く。足りていないのだ。技術も、金も……。

 自分なら、どうだ?技術に関して言えば自信はある。甘々の親には「研究の一環」と言えば必要なだけ金をくれることだろう。大金持ちだから問題ないはずだ。——だからといって足りる訳じゃないけども。

 親が言うには、「意味がある使い方をすればご自由に」とのことなので、自由に使わせてもらっている。——にしてもどこからその金は湧いてくるのだろうか。自然に湧いてくるなんてそんなおとぎ話にも似た……なんてことはないだろう。昔は両親とも比較的良い会社に勤めていたと聞いたことがあるが、それは一、二歳ぐらいの話。何故かその話を覚えていたが、なんでなんだろうか。

 ——まぁ、そんなことは置いておいて。

 結論から言うに、ただ自分の力を試したかった。

 己の力でどこまでできるか。人をアッと驚かせるほどのモノができるのか。己の限界はどこまでか。ただそれを知りたかった。

 調整、試運転、調整、試運転という、繰り返される日々。

 運動能力を向上させたり、レーダー機能の性能アップ。動きの正確さの向上。

 毎日、“コイツ”をただ完璧な完成品にしたいが為に、同じような一日を送っていた。

 ——そして今日が、そんな“ある日のこと”である。


 ヒトの体で言うならば頭部に当たる部分にメインカメラは存在する。そこから映し出された映像を見て、驚きを隠せなかった。

 昨日まであった景色を窓ガラスに例えるなら、思いっきり殴って割ったかのように吹き飛び、新しく張り替えられたのか、そこにあるものは前の窓とは全くの別物と化していた。

 いつもなら、辺り一面が緑で染まっていたが、今はどうだ。“コイツ”の後ろに拠点として構えている研究所——ここを中心として半径500mぐらいだろうか……。図ってないから大体になるが、そんなものだろう。そこを境にして、枯れ果てた大地のように植物が無い。

 水分が乾ききったかのようなその地面と自分の足元の地面の違い——。綺麗にだ。綺麗に分かれている。仮に何らかの影響で大地がこんなふうになったとしても、この研究所付近がそのままなのはおかしい。永続的に水を与えていたとしても、くっきり境が出来るのはあり得ない。

 しかし、ここら一帯がまるで時間が止まったかのようにそのままだったのは事実。……信じ難いが事実だ。

 コールドスリープという仮説が仮に正しかったとしたら、何年経ったのだろうか。あんなにも緑で溢れていた大地がここまで枯れるとなると何年かかるだろうか……。時間が流れたというのなら、もちろん人間社会などに変化があるのは当然……。それにこんな状態だ。何かしら大きく変化はしていることだろう——。


 時間も経ち、整理もついてきた。

 信じられない部分も存在するが、そんなことで悩んでいるようじゃ、この先やっていける気がしない。

 操縦席のモニターには色々な外の情報が映し出される。外の温度、湿度、熱源体反応数などなど様々。しかし使う場面はほぼ少ない。意識して見たのはいつ以来だったか。

「……45.7℃」

 少し前の年の夏、それは猛暑と言えるほどの暑さだった。だがそれでも41.1℃だったか。とてもじゃないが、外には出れないな……。

 今座っている椅子の下には若干のスペースが存在する。冷凍機能は流石に使えなかったが、少量の食べ物は詰め込めた。一体何に備えるんだろうなと当時は思ったが、こういう時に役立つ。

 精々二日三日程度だろうが、今はそれにすらありがたみを感じる。


 さて、心も落ち着いてきた。

 やることはただ一つ。考えずとも決まっている。

 数分だけなら問題ないだろうという判断で、一度研究所内から必要物資のみを機体内に詰め込んだ。

 食料に水。あんまりあるとも言えないが、無いよりかはマシと言うやつだ。あるだけ詰める。

 にしてもこんな世界に生き物なんているのだろうか。とても考えにくい。

 ましてや人はいるんだろうか。さっき人間社会が変化したとか抜かしてたが、冷静に考えればあり得ないかもな。全滅してたり……。——あーやめだ干からびて骨だけとか考えたくもない。

 まぁ、どっちにしろこの世界を探索する以外にない。人がいたらラッキー程度で考えるしかないだろう。

 問題点は色々ある。一歩でも間違えれば死、そんな状況かもしれない。

 あーだこーだする内に、日は落ちる。

 もう夜になってしまう。一日が終わるのは早い。

 ずっと機体の中ってのもなぁ。狭いっちゃ狭いから一日ずっと入ってられるもんでもないし……。


 ——完全に日が落ちて深夜。

 ふとモニターを見ると、そこには32.4℃と表示されていた。

「少しぐらいなら問題なさそうか……?」

 猛暑ってレベルでもないし、暑くないわけではないけど、これなら問題なさそうだ。

 一日の間に10℃も変化するってどうなんだ……。ま、今日はほとんど機体内にいたからあんまし暑くはなかったけど——。


 空は星でいっぱいだった。星を見るのは久しぶりだった。

 空ならどこにでも星、星、星。今まで見れなかった光景だ。

「……」

 もし、もしもの話だ。

 この空が、最後に見る空なら、僕はどうするだろうか。

 祈るのか?神に。自分の命だけは、と。僕に明日をください、と。

 誰だって死にたくはない。明日の可能性は無限大だから。

 明後日は無限大に無限大をかけた数値だろう。そして一年、十年、一生……。世界はそんな風に回っていく。

 だから、その無限大を見てみたい。人は醜いとはよく言ったものだ。明日の無限大を創るのは己自身。こんなにも美しいのに、醜いとはどういう了見か。

 もちろん、無限大と言うことは、マイナスな部分も含まれる。責任を押し付け、地を這ってでも生きようとする。例えば「自分だけでも」言って他人を蹴り落としたり、と。

 だが時として、誰かの為に自己犠牲に走る。家族の為、愛する人の為——。それは様々だろう。例えゲームでも映画でも漫画でも、そんな気持ちが何処かにあるから、そんな表現をしたんだと思う。

 そんなことをする人間だからこそ、美しいのではないか。そう僕は思う。

 一番大切な物の為に、全てを捧げる。それが人間。

 僕にも、いつかそんな日が来るのだろうか。それとも今日で終わるのだろうか……。


 睡魔が襲ってくる。


 ダメだ寝てしまっては。そうすれば本当に今日で終わる……。

 目を擦り、無理にでも機体の中に戻る。

 それはさながら、命乞いをしながら生きようとする死にかけた人間のように。

 ここで終わるのか、明日を迎えるのか。

 誰の為にもならない命なんて笑えない。

 生きてやる。絶対に。ここでなんて死ねない。暑さでやられる前に、生きなきゃいけないんだ……。


 全ては明日の為に——。



◆◆◆◆◆



 希望。

 その言葉を頼りに生きてきた。

 神。

 その存在を信じ、崇め、救いを求めてきた。

 しかしどちらも存在しない。存在するのは、現実のみ。目に見えるものが全てであり、それ以外は架空の存在でしかない。


 ——しかし、存在したとするならば……。もし、どちらも存在して、人類が知らないだけならばどうだろうか。

 もしそうなら、きっと見ているのだろう。人類(わたしたち)を。そして、世界の危機にさらされた時、お救い下さることだろう。——少なくとも、私は信じている。そうであってほしいと願っている。

 —アハツェン神書 第二章—



◇◇◇◇◇



 目覚める。

 目を開き、モニターを目にする。

 昨日と変わらない景色。

「僕は…」

 生きている。今日を迎えられた。

 今までならそれが普通で当然で。でも今は違っている。

 今日が最後か、明日が最後か。それすら不明の中、僕はこの世界に何を残すのだろうか。

 ……。


 ダメだ頭がぼーっとする。

 少しぐったりと、空を見ていた。

 色々な記憶が浮かんでくる——。




「ボク、発明家になりたいっ!」


 小さい時からの夢だった。

 クリスマスなど、記念の日に色々なおもちゃを貰った。そのおもちゃを組み合わせ、自分好みのロボットを作ったり、全自動でボールを転がすようにしてみたり、武器を作ってみたりと様々なことをしていた。

 親は甘かった。頼めば買ってくれる。それ故、やりたいことをやれていた。

 知りたいことを知り、作りたいものを作る。そして今では他人をアッと驚くようなものにしたいと思った。

 何より、親に褒めてもらうことが嬉しかった。「よく出来たな!」と頭を撫でてくれるだけで嬉しかった。

 それと同時に、さらに凄いものを、と求めてるようにた。

 誰もが驚くような、そんな素晴らしいものを、と。


 だが、それは学生として生きていく内に、薄れていった。

 驚くような、ではなく、利便性を求めていた。

 使いやすく、そして便利である。ということをメインに作っていた。

 親は知らず知らずの内に離れて行った。幼いころだったから何故かは覚えていないが、見送りに行ったのは覚えている。確か海外に行ったんだったか。

 そのあとは、爺ちゃん婆ちゃんの家で過ごしていた。だが、やりたいことを思うようにやれず、親から送られてきた数年分の御年玉が含まれた大金で小さめの研究所を建てた。そしてそこで住むようになり、学校の送り迎えを爺ちゃんに任せていた。

 僕の親達はどこか優しすぎる気がする。——そう、おかしいほどに。



 ——そろそろ行くか。

 旅の支度は出来ている。


「行くか、未知の世界へ」


 まるで中二病かと思う発言ながらも、その言葉は今の状況で最も適している言葉だと思う。

 その鉄の塊は立ち上がり、一歩、さらに一歩、大地を踏みしめる。

 道なき道を歩き、広大な世界へと足を踏み入れた瞬間だった。

 明日はどうなるのか、生きる希望はあるのか。そんな不安を抱きながら。だが同時に、未知の世界へ足を踏み入れるというワクワク感を覚えながらも——。


 だがその興奮は一時間として持たなかった。

 歩けど歩けど、同じ景色。

 あたり一面が同じ色。こんなのをどう楽しめと……。

 草木は無く、湖だったと思われるところも、今ではただの地面。

 しかし不思議なこともある。こんな世界なのに、生物がいる。

 僕がいた地球の生物に似ているようで全然違うその四足の生き物は、何かを求めて一匹で歩いていた。


 ——にしても、何を餌にしているんだろうか。


 歩けば歩くほど、動物かもわからないそれを見かけることが多くなった。理由は不明だが、何かあるのだろうか。

 どことなく、豚に似た体だが、足はトカゲに似ているだろうか。くちばしがあるし、僕の知っているいくつかの動物にも類する感じだろうか。

 それだけしかいないわけではないが、八割はその動物だった。

 ——食えるんだろうか。食えるかもしれないな……、豚に似てるから、体の部分はイケるかも……。

 食料確保も課題の一つだが、寝泊まりがいつまでも機体の中ってのはダメだ。車の中で寝てるのと同じだからな。町があったら、どっちも解決できるんだが……。


 持ってる食料をちまちま食べてはいる、が。

「——ない」

 なくなりかけの残りの食料を見て、呟く。

 やっぱり人はいないんだろうか。可能性としては十分あり得る話だが……。

 そうなると今この世界にいる人間は自分だけと言う訳で……。


 ここ数日、睡眠時間以外はただひたすら歩いている。人工物らしきものは廃ビルだったり、鉄の板だったりするものだけで、今も人が使っているようなものは一切としてなかった。

 地図もなければヒントもない。僕に残された日数も僅かなものだろう——。

 動物も増えれば人工物も増えて行った。

 何か関係があるのか?無関係、とまではいかないだろう。

 圧倒的に情報量が足りていない。この世界を知るのも、生きる上で必要だろう。


 考えることが日常になりかけていたせいか、足元をよく見ていなかった。

「ッ!!」

 機体はスッ転んでしまった。

 やすやすと転ばないはずなんだけど……。機体を安定させる装置はどうした?熱にやられたのか?

 やれやれと思いつつ、重いこの鉄塊(からだ)を起こす。


 何に足を引っかけたんだろうか。

 振り返ると、黒い鉄のパイプのようなものが地面に突き刺さっていた。

 いや、パイプと言うよりかは……。

 いくつかの予想を立てるが、抜いた方が早いという考えに至り、その棒状のものを引っこ抜く。

「……」

 見たことがない。素材は鉄だろう。しかし、形が生き物の爪のようである。それも鳥が持つ鋭い爪の形で、この機体の二の腕ぐらいの長さはある。人類は何をやっているんだ?まさか機動兵器なんてもんを作って戦争したとか、そんなんじゃないよな……。

 しかしどういう構造なのか、丁度よい握り部分があった。それとも、たまたまそんな形になったのか。

「生きるなら、殺さなきゃならんのか……。いや当たり前か」

 目の前を歩く豚の体をしたその動物を見て言った。


 ——いや、まだやめておこう。極力殺しはしたくない。それにそんな勇気ない。内蔵が飛び出るところなんて見たくない……。



◆◆◆◆◆



 とある、夢を見た。

 どこか懐かしく、でも初めて味わう感覚……。

 地面も、空も、何も。その空間には何も存在しなかった。

 唯一存在したのは、僕と目の前にいる“誰か”。

 顔すら見えない。しかし分かる——。


 目の前にいる彼女が、僕に言うのだ。

 「ようこそ」と。

 歓迎されるようなことがあっただろうか。

 覚えていることを思い出してみる。一つひとつ、隅から隅まで。

 あぁ……。あったじゃないか。

 それを思い出したと同時に、彼女がさらに続けた。

 「……ごめんなさい」と。

 何故謝るのか。僕は君を知らないのに。会ったこともないのに。

 誰かさえもわからないのに……。


 僕はどうすればいいのかわからなかった。

 どう接するべきなのか。全く知らない人に対して、突然謝られて。

 しかし夢の中の僕は、勝手に答えていた。

 「大丈夫です」と。

 無意識のうちにそう思っていたからか。それとも反射的になのか。

 だがその時に見せた彼女の表情はよかった。

 見えないが、そう感じた。


 そして彼女は後ろを振り向き、僕から離れて行った。

 その時に光ったものはなんだったのだろうか。頭に乗っている……いや、被っているものだろうか。あれは一体……。


 ——どこの誰なのか、そもそも生きているのか死んでいるのか。そも、現実にいる人なのか僕が作り出した人なのか……。でも、その空間にいる間、僕は何故か幸せだと感じた——。



◇◇◇◇◇



 運命とは何のためにあるのか。また、誰の為にあるのか。

 それは、神のみぞ知るというものだろう。


 ならば何故、人は知ることを許されないのだろうか。

 何故、知ろうとすることが禁忌なのだろうか——。


 最早、それさえも神のみぞ知る。


 —アハツェン神書 第三章—



◇◇◇◇◇



 今もまだ、その爪状のものを握っていた。

 どう見ても人が作ったものだ。しかしどうしてこんなものを作る必要があったのか。

 武器を作ったことのなかった僕としては、これからのことを考えるとありがたいが。


 ——異世界に来て、そろそろ四日目……だったはず。

 現在は夜中、砂漠みたいな大地を歩いている。

 聞こえますか父さん母さん。僕は今、未知の場所にいます。どうか助けてください。

 なーんて言っても、親も誰も助けてくれないだろう。分かり切ったことだ。

 地平線の果てには、何があると言うのだろうか。何も無いのだろうか。


 地面は全て砂で覆いつくされ、緑などどこにもなかった。

 そもそもとして、人が生きているのかわからない状況で、未来なんてものがあるのか。

 食料も今日で底を尽きそうだ。……こいつらを殺すことになるのか。

 そもそも明日はあるのか。最後に食べた日本での料理ってなんだっけか。

 ——そんな矢先だった。


 聞こえてきたのは、銃声。

 それともう一つは鳴き声のようなもの。

 銃声は不規則に。しかし地震のような大地の震えも不規則だった。

 モニターで確認できた時にはもう終わりが近かった。


 誰がこの状況を見ても分かるだろう。起こっていたのは戦闘。それも人と生き物との戦いだった。

 映っていたのは一人の少女。ふわりと宙にはためくマフラーについていたのは赤色の血。少女の周りには豚型の胴体ばかり……。そう、死んだ動物ばかりがあった。

 ——鬼神。僕にはそう見えた。

 そんな少女と戦うは一匹の巨大な鳥……プテラノドンのような感じの翼竜だった。

 どうやら少女も手こずっているらしく、空中から攻撃してくる翼竜に中々ダメージを与えられていないようだった。


 僕はほっとしている。人がいた。それだけで少し気が楽になった。少なくとも人はいる。ただ今回はあんな感じの人だったというだけで……。

 あの少女に死んでもらっては困る。この先、生きるのが辛くなる。

 走った。大地を震わせながら走った。距離もそこまであるわけではないので、すぐに僕はその戦闘に参加した。

 助走をつけてから、大きくジャンプして、丁度降りてきた翼竜の背中にしがみつく。

 まるで視界にも入っていなかったのか、驚くその翼竜は振り払うように左右に動く。

 しがみついているのがやっと……と言いたいが、無理だった。

 振り落とされた。圧倒的な力の前に、僕は地面に叩きつけられた。

 だが、落ちた隣にいた少女は、僕を見るでもなく。ただ冷静に銃を翼竜に向けた。


 そして、翼竜の胴体を撃ち貫いた。

 翼竜もまた、僕と同じく大地に引っ張られた。

 少女はリロードし、再び落ちた翼竜に向ける……。


 しかし彼女は撃たなかった。何故か撃たない。

 疑問を抱きながらも、待った。翼竜を見れば再び飛び立とうともがいているが、彼女は撃たない。

 次の瞬間に解が提示される。

 何故撃たなかったのか。どうしてなのか。

 実に単純明快であった。

 少女が持つ狙撃銃にも似たものは、翼竜からこちらに瞬時に向けられる……。

 そして——。



◆◆◆◆◆



 僕は、コントローラを握り締めていた。

 ——そう、それは僕が幼かった時の事である。

 親がゲームをしていた。それを隣で見ていた僕は自ら「やりたい」と言ってコントローラを借りた。

 そのゲームはいまだに記憶にある。

 とても、とても考えさせられる内容だった。

 RPG系は今でも得意ではないが、何故かそのゲームだけは楽しめた。

 ——いや、ゲームを楽しんでいたと言うよりかは、ストーリーを楽しんでいたんだと思う。

 漢字なんて読めなかった。言葉の意味さえも、はっきりとはわからなかった。

 でも、伝わってくる。そのキャラクターの感情が。怒り、悲しみ、後悔……。何となくだったが、それがわかった。

 そして今でも、そのストーリーから色々なことを考える。

 人の命とは何か。人種差別や戦争はなぜ起こってしまうのか。宗教の違いは何故生まれるのか。何故国は分かれているのか——。同じヒトなら領土を分ける必要なんてない。なのにいつ、どの時代でも、人は国や場所に区切りを作ってきた。


 今まで生きてきて十七年。僕はある一つの答えに辿り着いた。

 合っているかはわからない。でも今は、それが答えだと思っている。


 僕は多分、人がヒト故だからだと、そう考えた——。



◇◇◇◇◇



 少女が持つ銃から発射された弾丸は機体の胸部に当たった。

 この機体が甘い装甲と言えど、弾丸程度ではかすり傷にもならない。

 彼女とすぐに距離を取る。何故、どうしてなんてどうでもいい。今は争いを避けることを優先するべきだ。


 彼女は片手をマントの中に隠したかと思うと、次に出てきたのはアンカーのようなもの。

 それは機体の肩に引っ掛かり、彼女は引っ張られるように飛んで来た。

 彼女の戦いは鮮やかだった。素晴らしいと表現するのが適当なほどに。

 簡単に表現するのならば、強い。この一言だけ。彼女を捕まえようとしても、簡単に避けられてしまう。

 そして、まるでこの機体を知り尽くしているかのように、アンカーから発射された糸を巧みに使い、両腕を封じ、メインカメラへと。

 敢えて映るようにした。もうそうとしか思えない。彼女は銃口をカメラへ向けた。

 ひっくり返っている彼女。マフラーが垂れているだとか、頭にどんどん血が上って行ってるだとか気にしていない様子だった。

 戦闘が始まって、ほんの数分で決着がついてしまう。僕はやっぱり戦闘は得意としないんだと実感させられ、同時に勝利は対話することでしか手に入れられないと思った瞬間だった。


 風が吹き、砂煙をあげる。静かだった。

 その静寂を突き破るようにして口を開いたのは、彼女の方だった。

「問うわ。貴方は異星人?それとも私達人類の味方?」

 表情の一つも変えず、彼女は問うた。

 僕は外スピーカーをオンにして、マイクに向かってこう言った。

『答えるなら、僕は君の味方でいたい』

 翼竜はすでにこの場にはいなかった。しかし状況は悪化したと言ってもいいだろう。

 さっきまでは翼竜と戦っていたはずなのに、いつの間にか少女と戦っていた。

「嘘はいらない。貴方達は私の国を襲ったわね」

 決めつける様に、彼女は言った。

 流石に辛くなったのか、彼女はマント内から出した、もう一つのアンカーを機体後頭部に引っ掛け、首元を足場にして体制を変えた。

『残念だけど、僕はそんなことしてないし、知らない』

「いえ、見間違いじゃないわ。あの時襲ってきたのもこんなに大きかったもの」

『記憶にない』

「しらばっくれるつもり?」

『……事実なんだし』

「そんなので見逃してもらえるとでも?」

『……一体何の話なのかさっぱりだけど、本当に知らないし、してない』

「そんな見た目で良く言えるわよ。体の細かいところは違えど、あの時に似ている見た目だわ」

『どうしたら信じてくれますかね。勘違いしないでほしいんだけど、僕は異星人なんかじゃない』

「そんなでかい図体で人間なんて言うの?バッカみたい」

 ……。

 ——ん?


『もしかして——これが肉体だとでも思ってる?』

「じゃあ何だって言うのよ……」

 彼女は頭にクエスチョンマークを浮かべていた。

 依然として銃口は頭部に向けられたまま——。もしかして、もしかするのか……?


『そっか……』

「何よ……」

 彼女は二つ目のクエスチョンマークを浮かべた。

 そんな彼女をよそに、僕はコックピットを開いて外に出た。

 上を見てみると、モニター通り、銃を構えた少女がいた。

「こっちだよ……」

「ッ!?」

 驚いたのか、それとも本体が出てきたからなのか、彼女は一度地面に降りた。

 機体に膝をつかせ、僕も降りる。

 やはりと言うべきか、彼女は銃口をこちらに向けていたが、少し戸惑っているようだった。



◆◆◆◆◆



 人は、他人を蹴り落としてでも、生きたいと願う。

 人は、他者を殺してでも、優位に立ちたいと願う。

 人は、自らの命を絶ってでも、誰かを助けたいと願う。


 醜く、美しい。これは人間だからか。それとも知能があるからか。

 いずれにせよ、人間と言うのは面白い生き物だろう。


 きっと、これを読んだあなたも、私のことを面白い奴だと思うだろう。こんなに平和な時代に、こんなことを書いているのだから……。


 —アハツェン神書 第四章—



◇◇◇◇◇



「——これでも、信じてもらえないのかな。僕は人間で本当に何も知らない」

 ぽかんとする彼女。

「あ、あのー……」

 彼女の前で手を振ってみても反応なし。

 肩を二度ほど叩いてみても反応なし。

「もしもしぃ?」

 少し大きめの声でようやく反応した。

「……話、出来るかな?」


 僕に与えられたただ一つの希望。

 食料も底をつきそうで、限界は近い。

 この機体だってエネルギーなしに動いてるわけじゃない。いつまでも持つわけではない。

 早いところ情報が欲しい。そこで出会ったのが彼女。ただ一つの光。


「あ、え……」

 彼女はまだ戸惑っていた。そろそろ治ってほしい……。

「……僕の名前は“深山 リンドウ”。十七歳。君の名前は?」


 ——日も落ち、夜になった。

 彼女も警戒を解いてくれた。ようやく話せるような状態になった頃……。


 彼女は“アオイ”と名乗った。

 歳は僕と近い十六。あっちの世界の学校だったら、僕とアオイは先輩後輩の関係だっただろうな。

 とある大岩を背に、機体を壁として円状になるようにする。キャンプファイヤーのようにして炎を囲うように座った僕ら。岩陰と機体を駆使して光は漏れないようにしている。どんな生き物がいるかわからないし、襲われるかもしれないからな。警戒するに越したことはない。


「異世界人……?」

 どうやら信じてくれないらしい。……いや、これが普通の反応か。

 彼女に今までのことを全て伝え、この世界についての情報を聞かせてくれないかと頼んだ。

 彼女は受諾してくれた。

 それからと言うもの、お互いについて話し合っていた。


「まぁ、まだ何とも言えないし。でも一番その可能性が高い。今まで出会った動物はどれも初めて見る生き物たちだった」

「信じ難いわね……。じゃあ何?この世界は貴方からすると架空の世界だったりするわけ?」

「架空……。まぁ、少なくともこんな星は見つけられてないかな」

「……とても、信じられないわ」

 でしょうね。無理もない。

 突然現れたやつに「俺、異世界人だから」なんて言われて誰が信用するか誰が信じられるか。

 しかし彼女の提案で、絶望の暗闇に一筋の光が差し込む。

「もし異世界人なら、元の世界がどんなのか教えてくれない?」

 これはまたとないチャンスではないだろうか。信じてもらえるチャンスではないだろうか?

 僕は喜んで話した。


「そう……。それは、なんとも……」

 僕が感じた世界をそのまま伝えたせいか、誤解されてる部分がありそうだが、まぁ良しとしよう。

 僕が感じたその世界は“牢獄”か“箱の中の世界”。

 自由でありながら、自由に縛られた世界。

 自由であるが故に、縛られた世界。

 “常識”というレールの上でしか生きられない世界。

 このレールから一歩でもはみ出せば、“世間”という多くの他者から非難の目で見られ、広く見えていた世界は途端に狭く感じるようになる。そんな世界。

 ここでいう常識というのは、生まれてから学生になって、受験し高校、大学……。そのあとは就職と言った“人生のレール”である。

 その一本線の上でしか生きられず、寿命を迎え、何も残せず死ぬ。

 それが僕の感じた世界だ。

 世界に何も残せず死んでゆく。僕はそんな世界に希望を持てなかった。

 でも、そんな世界でしか生きることが出来なくて……。

 夢中になれた“物作り”は、ただの現実逃避でしかないのかもしれない。そうでもしなければ、毎日の学校なんてものは苦痛でしかなかった。


「あくまで僕が感じた世界だから……絶対にそうとは言い切れないから」

「でも、そう感じてる人は最低でも一人、ここにいるって訳でしょ」

「——僕がおかしいだけだから……」

「……私の親は異星人に殺されたの。これも相当おかしい話だと思うけど」

 いや、僕のは感性の話だから。確かに異星人も架空の存在だけど話が違うから。

「そういえば、昼も“異星人”が何たらとか言ってたね。——親に殺されたって、どういうこと?」

 親が殺される。話すのだけでも辛いはずだ。少し聞きづらかったが、僕は知らなければならない。この世界を。

 申し訳なく思いながらも。間をおいてから、彼女に話してくれた。


「少し私の家の話もしましょう。……親は私が幼い時に殺されたわ。私の家族は五人。父、母、兄、私、妹……。金持ちって訳でも、貧しかったわけでもないわ。ごく普通の家に住んでいたわ。安定した収入があったから、毎月来る国の奴らにも金が出せていたわ。——あ、他にもいっぱい国があるんだけど、これは私が住んでいた国のルールだから、どこの国もそんな感じってわけじゃないわよ」


 彼女はそう付け加えてくれた。世界の基礎知識さえもない僕の為だろう。ということは信じてくれたのか?


「私の国に住む人の大半は金がなくて困ってるの。もちろん私の家もそう。だからみんな必死に働いてた。そうでもしなきゃ、住んでられないから……。とある日に、国の奴らがやってきたの。でもその時だけ必要金額まで足りなかったの。その日から一週間ぐらい前に、母が倒れたの。そのせいでお金は入ってこなかった。でもお金を出さなきゃ家を売るしかなくなる。そうすると子どもだった私たちは路地で住んだりしなきゃならなくなる……」

 彼女は思い出すように話した。

 僕はその彼女を見ながら話を聞いていた。

「私の国には少し特別なことが出来てね。親は子を国に預けることでお金を貰えるの」

「それで……アオイは預けられたと?」

 彼女は小さく頷いた。

 彼女は話を続けた。しかし僕には怒りが感じられた。

「預けられた子どもたちは専用の施設に入れられて、朝昼晩に栄養をバランスよくとれるよう調整されたご飯を食べられる。施設内にある部屋で勉強も出来て、お金が溜まって国に返せば子どもは親の元へ返される。これだけ聞けば素晴らしいものだと思うわ。——でも実際は違った。勉強は戦闘に関するものだけで、それ以外はほとんどしない。ご飯も戦闘訓練に合わせたものばかりで美味しいとは言えない。そうやって生きた子どもが親の元へ行ったら多分みんな子に殺される。だってそうでしょう?親は実の子を売ったのよ。少なくとも私は耐えられなかった……。いつかこの手で殺してやろうと思った……」

「——でも、奴らが来たと……」

 彼女はまたも小さく頷く。

「そんな矢先に空から奴らが来た。国はたった一晩で崩壊したわ。三本の黒く、長い爪で家を切り裂き、中心部から発射される光の弾はそこにあったものを消し去る。まるで元から何もなかったかのように……。親もその時に死んだわ。死体があっただけマシと言うものでしょう。施設で出来た友達も一緒にいたのだけど、そっちは死体さえも見つけられなかったそうよ。きっと光に飲み込まれて……。——もうそこは国として機能しなくなったし、戦闘知識だけはあったから野生の動物を殺して食えるから旅に出て、今に至る感じ——」

「ふ、ふーん……」

 こういう時ってどう反応すればいいのだろうか。親を自分の手で殺したかったけど別の奴に殺された……?元の世界じゃ考えられない話だが……。


「別にこれくらい普通だから。もしおかしいって思うならお互い様でしょ」

「そうだけど……」

 あまりにも可哀相な話だ。——いや、寧ろ“可哀相”と言う表現は失礼だろうか。


 どう表現すべきなのかわからない僕は言葉にしなかった。

 そして静寂に包まれる。

 初めはただ殺戮だけを行う悪魔かと思ってたけど、過去を知れば知るほど……何と言うか。

 彼女が戦いにおいて強い理由も納得した。でも何故戦闘訓練を……。

「どうして戦闘訓練ばかりやらされたの?」

「私が知るわけないじゃない。当時はまだ小さな子どもよ?そんなの調べようなんて思わないわ」

 しかし彼女は続けた。

「——今思うと、国も国で大変だったのかもしれない。生き延びるための唯一の手段だったかもしれない。生き物を殺して食料にしなければ、国に未来はないもの……」

 確かにそうだ。こんな世界に果物も野菜もない。ならもう生き物を食べるしか残されていない。

「あ、あのさ……」

「“アオイ”でいいわよ。もう他人じゃないんだし。それにあなたがこの世界の人間じゃないなんて知ってるの私だけでしょ?」

「あぁ……うん」

 僕のこれは秘密になるのだろうか。確かに僕はこの世界で唯一の異世界人だろうが、異星人がいるのならそこまで変な存在でもないだろう。でもやっぱり変な部類に入ってしまうのか?秘密と言うのは極力作りたくないんだけど……。

「アオイはこれから、どうするの?」

「今まで通り旅を続けるでしょうね。それがどうかした?」

「良ければ一緒に行かせてくれないかな。教えてくれたと言ってもほんの一部だろうし、戦いは人数が多い方がいいでしょ?それに“コイツ”もあるし」

 僕は機体を指さして言う。

 彼女はぽかんとした顔をしていた。それは僕の提案が馬鹿々々しいからではなく……。

「何言ってるの?当然でしょ。お互いに過去を話し合った仲よ?それにこんな世界じゃいつどこから危険が迫ってくるかわからないんだし……」

 それはまるで当たり前だとでも言うかのようであった。

 “アオイ”という小柄な少女はこの世界では先輩。戦いにおいても経験豊富。彼女は今の僕にとって希望の光と言うのが適当だと思う。


 ——彼女のこと、そしてこの世界の情報も得られた。

 こんな世界にも人や国があるのには安心した。

 人に会えただけでもかなり大きかった。この世界で生き残る術を教えてくれるだろうと思っていたから。

 案の定、彼女はこの広大な世界で生きる術を知っていた。

 食料、水、そしてこの暑さ。対策を知っていた。

「ぶた型……ってのはちょっとわかんないけど。多分これよね」

 そう言って地面に絵を描き始める。少し大きめな絵だが、綺麗にかけていた。

 地面の砂はさらさらとしていて、踏みつぶせば絵の修復は不可能なぐらいだろう。

 彼女が描いた絵と言うのは、よく見かけた胴体が豚の体で、足はトカゲに似ている。くちばしもある例の動物だ。

「“ノヅチ”ね。胴体を食べることができるわ。くちばしの中には獣の口みたくなってるから気をつけなさいと教わったわ」

「は、はぁ……」

「ついでに言うと内蔵の器官の中に水を保管してる部分があるから、そこから少量程度なら水を確保できるわ」

「おぉ……」

「攻撃は主に噛み千切るだけだから、相手をよく見て躱しながら攻撃すれば倒せる。まぁそこまで鍛えなくても倒せる相手ね。——ただ、リンドウの場合は機体に乗って攻撃するから……潰しちゃうわね」

「じゃあどうすればいいんですかね」

「とりあえず戦闘の訓練をすることね。あと解剖できる程の能力を得ること。」

「僕は苦手なんだけど……」

「経験よ経験。戦ってくうちに慣れるわよ」

「そうじゃなくて血を見るのが……」

「……」

 どうやらこの世界で血を見るのは日常茶飯事らしい。

 生と死……。たった一秒でどちらかが決まる世界。血を見てどうこうなんてしてる場合じゃないってわけだよな。

「——血が、苦手なの……?」

「……恥ずかしながら」

 女性より弱く感じてしまう僕が情けなく思ってしまった。それ故か、何故か“恥ずかしい”と感じてしまう。


 僕には解剖が出来る程の技術力も勇気もない。

 そんな技能を得ようとも思わない。——ただしそれは今までの生活ならの話だ。

 最悪必要となる能力。遠くない未来、必要とされる時が来るだろう。

 ならばやはり教えてもらった方がいいのか?恥を捨てて聞いた方がいいとは思うが……。


 ——血を見て耐えられる自身がない。

 昔からドラマなどで手術する部分だけ目を閉じたりしていた。テレビ自体は好きなのだが、いつになってもそこだけは慣れなかった。

 それは今でも変わらない。二次元みたくぶっ倒れるなんてことはないけど、ただ苦手。長時間見てはいられない。おかしくなる……と思う。実際はどうなるかわからないが、多分……おかしくなる。


「そろそろ寝る?」

 岩陰と機体に挟まれた大きなドーム型のような空間。彼女は僕に提案した。

 既に深夜。日は落ち、月から放たれるが大地を照らす。

 僕も眠くなってきた。しかしここは以前まで生活していた星とは違う。普通に寝れば死ぬ可能性だってあり得る。

「——なら僕は機体の中で寝るよ……。というか、アオイはいつもどうやって寝てるの……?」

「え?普通に」

「普通にって……。この暑さだぞ?普通に寝たら死ぬんじゃ……」

「多分、貴方の言う“普通”と、私の言う“普通”は違うという事よ」

「?」

 小柄な彼女。マフラーやマントを身に着けていて、その中が見えない。彼女はマントの中から一つの道具のようなものを出した。

「なんだこれ……?」

「寝るための道具よ。普通に寝れば死ぬかもしれないけど、これを使えば安心。少し準備がいるけど死ぬよかいいでしょう?」

 彼女が出したのは一本の筒状のもの。そうは言っても水筒のように細くなく、鉄パイプほど長くもない。それを地面に突き立てた彼女は、筒状のものを変形させ、発電機のように出てきたハンドルを回転させる。するとどうしたことか、それはドリルのように地面を掘り始めた。

「何を……やってるんだ……?」

「寝るための準備よ。この世界では寝るのも一苦労ってこと。——本当に知らないみたいね」

 そのドリルはどんどん地下を目指す。しかしその回転は一定のところで止まった。

「——ここが丁度いいのよ。外に出るのにも良く、それほど暑くない……」

「へぇ……。って少し深くないか?」

 小柄故か、それとも単に掘り過ぎなだけか、彼女は少し深いところにいたようにも見えた。。

 確かに深すぎず、浅くもない。でも彼女の身長でそれは上ってこれるのか……?

「縦長だけど、それで寝れるの……?」

「後から横を掘ればいいし、パパっと作ってこれなら上出来でしょ」

 そうか、そんなものなのか……。

 ——僕は機体の中で寝るか。



◆◆◆◆◆



 また僕は招待された。

 前にも見た、あの“夢”にだ。

 やはり僕の前に、彼女は立っていた。

 何かを被っているとは思っていたが……。まさか冠だったとは……。

 ——と言うことはどこかの王様か。いや女性だから女王か。

 

 僕が彼女の頭を見てそんなことを考えているなんて彼女が思う訳もなく。

 本題にでも移りましょうかと言わんばかりに話をし始めた彼女。

「前回は少しの時間しかお話が出来ず、申し訳ありませんでした」

「は、はぁ……。ご丁寧にどうも……」

 話し方からもわかる。王族とかそんなお偉い方に当たる人だ……。

「いずれ私とあなたは出会います。その時にゆっくりと話しましょう。今は、必要なことだけを……」

「——と、言いますと……」

 僕がそう返すと、彼女は目の色が変わった——のだと思う。彼女の顔すら見えないので何とも言えんが、オーラと言うか何かが変わった気がした。

「我が存在が眠る魂の器の名は“巫女”……。正確には、周りからそう呼ばれている者です」

「……」

 わがそんざい……?たましいのうつわ……?

「すいません。全く持って理解出来ないのですが?」

「それでよいのです。今は巫女と言う名だけを覚えていただければ。“全ては決定されている”のですから——」

 彼女はその言葉を残し、姿を消した。

 魂の器……。我が存在が眠る……。

 それは中二病全開という言葉が相応しいほどに現実離れした内容だった。

 しかし僕が今いる世界もまた現実離れした異世界だとすると、あり得なくもないのではないだろうか。

 顔も服装もわからなかった。しかし確かに人型だった。……では何故あんなにもおかしな話をするのか。

 存在するかどうかすらもわからない一人の少女について少しばかり悩んでいた……



◇◇◇◇◇



 いつもより少し早く起きていた。

 夢を見た気がする……。すごく重要な……。

 なんだっただろうか……。とっても、とっても大事な話だったはずだ……。

「——なんだっけ」

 何かを思い出したい。しかしそれが思い出されることはなく。

 僕は機体の修理をしていた。そうは言っても装甲の付け替えなんてものではなく、この前倒れた時にもしやと思ったAIの修理である。

 熱でやられたのだろう。機体の奥の奥、そのAIの心臓ともいえる部品を取り出し、肉眼で確認する。

「——壊れてない……?」

 異常は見られなかった。そもそも肉眼で見るものでもないが、何かの衝撃で破損したなら傷やら亀裂などがあるはずだ。それにこの暑さだ。熱で変形……はしないかもだけどもしかしたらがあり得る。

「どうなってんだ……?」

 やはり熱だろうか。変形してもおかしくはなかったと思うが……。そこまでもないのか?もしかして暑さで僕の頭の方がやられたか。

 この機体に予備部品を備えていてよかったと思った瞬間である。

 原因不明ならその部品自体交換すればいい。そのための予備である。

 今はパソコンやその他のものすらない。精々ドライバー程度だろうか。他にも色々あるが大体それだけである。

 部品の修理は現在不可。この世界に前の世界ほどの文明やらなんやらがあるかどうかもわからない。恐らく二度と直せないだろうな。

 パーツも付け替えたことだし、そろそろいいかと思った時だった。

「なんで転がってんだ……」

 それはまた別のパーツ。そしてインカム。片耳だけ装着するもの。機体が巨大であるが故か、ちょくちょく付け忘れや回収し忘れがあったりする。今回は前者である。

 かなり重要なパーツの一つともいえるだろう。しかしこの手のものは苦手で完璧な完成度ではないので今まで使っていなかった機能。

 しっかりとコードを接続させ、機体の修理を完了とした。


 今日も迎えることが出来た朝。明日はないかもしれないと思うと震えがとまらない。でも今は少しホッとしている。それはアオイの存在が大きいだろう。

 他人がいる。それだけで今は十分。安心感が得られる。


 ——そう、思っていた。

 コックピットから顔を出したとき。それが、その時が僕の最期だと感じるぐらいには、恐怖心が襲ってきた。

 目の前には例の狙撃銃を構えたアオイの姿。

 ゾッとした。大切な、失いたくはない何かが消えたかのように。

 その時、頭ににあったのは死にたくはないという言葉のみ。頭を引っ込める。

 銃弾はコックピットの装甲部分に当たっただけで、僕にはかすりすらしなかった。

 とりあえず閉める。彼女なら侵入してきたりする可能性があるからだ。

 戦闘慣れしている彼女と戦って勝つ。そんな方法は存在すらすることなく。

 しかし生き延びる方法なら何かあるのではないかと考える。

 この機体を使っても恐らくは勝てない。彼女の方が素早く、的確に攻撃してくるからである。

 話し合いで分かり合うことが出来るのか。その方法は使ったばかり。それでも尚攻撃してきた。不可能に近い。限りなくゼロに近い。

『どうして銃を向けるんだ』

「やっぱりあなたは敵よ。……私にとってのね」

『僕は君の知っている敵じゃない!』

「人の形をしていたのは驚いたけど……。異世界人なんてありえない。あなたは“異星人”よ」

『違う……。寧ろ僕は君の——』

「違わなくない!——話はしっかり出来たものだったけど、そんなものが存在するはずがない。第一、それが本当ならどうやってここまで来たのか……それを言わないのなら信じることすら無理よ!」『……』

 言い返すことができなかった。

 どうやってここまで来たか。それさえ覚えていれば既に帰っている。

 そうしてないのは、“どうやって来たのか”わからないから。

 彼女が持つ銃の口は一ミリたりともブレることなく。

 突然のことに。だが瞬時に理解出来た。僕はこうなることが分かっていたのか?

 いや、可能性としてはあった。だが、ひとときでも信じてくれた。それが僕の中で大きかったが故に、その可能性を考慮していなかった。——いや、頭の中から除外していた。

 しかし彼女のその行動によって呼び覚まされたのだ。

 そしてそれを理解した僕は、現実へと返る。

『どうして信じてくれないんだ』

 僕にはそういうしかなかった。僕の知能では、この言葉が、この言葉こそが絞り出せる最高の言葉だった。

「どうしてもこうしてもないわよ!あなたが死ねば、私は……少しだけ救われるかもしれない」

『それは一時だけだ!僕は断言できる!』

「何がわかるってのよ!」

 言い合っていた僕と彼女。しかし間に入るかのようにして降りてきたのは一体のロボット。

 そう、爪を三本持ち、黒い見た目の。

 これが、アオイが言っていた……ロボットなのか……?

『一度だけ聞く。……言っていたロボットってのはこれか?』

 彼女は答えなかった。僕の目に映るのは、睨みつけるかのような黒のロボットの映像のみ。

 しかし今度は、あのロボットが彼女に問う。

『貴様……あの町の生き残りだな?』

 黒い機体からの問い。それはアオイに対しての問いだった。

 彼女は返答しない。どうしたのかと彼女をモニターで写し見ると、彼女は震えていた。

 それも、搭載されている解析機能なんて使わずとも、僕が見ただけで分かるほどに。

『……答えんか。ならばよろしい。死ね』

 黒いロボットが向けたのは手の中心部にある銃口。話の通りならあれはレーザー兵器の銃口。

 庇っても、装甲を貫通し、僕も彼女も死ぬだろう。ここで取るべき最善の行動はどれだ……。

 ——いや、考える時間はない。


 僕はポケットに入れていたインカムを左耳につけ、コックピットから出る。

 機体の腕を使い、素早く降りる。その最中、インカムの電源を入れ、その言葉を言う。

「……“起動”」

 そしてインカムから帰ってきた音声。

『——起動しました』

 その一言。そして僕はこの状況を打開するために、もう一言。

「被害を最小限にして目の前のロボットの動きを封じろ」

 僕が命令したのは、あのロボットの動きを封じること。

 この機能は文の中の必要な単語を取り出し、その意味、定義を検索、文章を再統合させ、モニター上にある映像を解析。そしてその統合された命令文と解析された映像に合うような命令プログラムを自身が新たに打ち出し、そのプログラムを読み込む。

 これによって、僕の言葉一つで機体を遠隔で動かすことができる。


 ——地面に降りた僕は素早く彼女を横抱き……所謂お姫さま抱っこして、そのまま走る。

 後ろでは命令を受けた僕の機体が黒いロボットの腕を掴み、固め技をしているところだった。

 そのまま足を黒の爪で突き刺し、動きを封じる。

 彼女を抱えたまま僕は走り続ける。目の前の身を隠せそうなぐらいの岩に辿り着くまで。

『小癪な……』

 そう一言零すと、まだ固められていない腕を構える。そう、構えられた気がした。

 新たな命令を出さなければマズイ。僕も彼女も死んでしまう……ッ。

 僕は体をかがめて、彼女をなるべく地面と平行になるようにして宙に置いた。

 当然彼女は落下する。少しの高さと言えど、走っていたところから落とせば地面との摩擦が発生し、怪我をする。

 だがそんなことを言っている場合ではない。怪我か命か。比べるまでもない。

 左耳に指を当て、命令する。

「命令変更!僕の命を最優先!可能なら目の前のロボットを撃破しろ!」

『了解』

 機体は動く。固め技をやめ、構えた敵の腕を掴み、背負い投げをする。

 地震と呼ぶべきか。立っているのもやっとの震度に匹敵するほどに大地は揺れる。

 僕は彼女を背負い、再び走り出す。


 はっきり言って危なかった。

 彼女に怪我を負わせたのは申し訳ないが、仕方のないことだ。

 最悪彼女だけでも助けたいと思ったが、やはりそうなるか。——自分の命を優先してしまう。

 “僕の命を最優先”。この言葉は死にたくないと思ったが故に発した言葉だろう。

 彼女を抱えて走れば当然彼女の命も護ることになるだろう。彼女を放さなければの話だが……。

 まだこの世界で生活して一週間も経っていない。どんな世界なのかもわからない。何故ここにいるかもわからない。

 だから死んでられない。

 いつも通りの安心できる暮らし。そしてあの日々のような楽しい毎日に戻るまでは死ねない。


「僕は生きる」

 身を潜められる程の岩に辿り着くと、裏に隠れる。これで風圧や物理的な攻撃によって死ぬ確率は少し低くなるだろう。

 次に見たのは彼女。まだ震えていたが、やはり先ほど怪我を負わせたせいか、少し正気になっていた。

「いいかもう一度聞くぞ。アレは言っていた例のロボットで間違いないんだな?」

「——えぇ……。アレよ……。アレを倒すために何年も訓練してきたもの……」

「じゃあなんで動かなかった!死にたかったのか!」

「……」

 再び大地震。だが僕らはそんな揺れすらも感じないほどに真剣だった。

「僕は君に死なれては困る。そして僕は死にたくない。だから二人一緒に逃げるんだ。だから僕は助けたんだ。戦闘経験はない僕だが、人一人を助けることは出来るという自信がある。さっきみたいに動かないようなら、僕は君を抱えてでも逃げる」

「……」

 彼女はうつむき、黙る。

 この距離では、このインカムに何を言っても届かない。

 つまり僕から近づくか、運よく機体がこちらに来ない限り、永遠と戦い続ける状態だ。

 砂漠のド真ん中。徒歩で行こうともすればいづれ死ぬ。

 ここでキーになるのは彼女、アオイだ。

 彼女の力があればもしかすると……。

「はっきり言って今の僕には安全に生きる手段が一つしかない。言わずともわかるだろう、君と生きることだけだ。その君が僕を殺すと言ってきても、僕にはそれしかない。でも、今どちらも死ねば、君の願いも、僕の命も消える。だから今は……」

 今の僕には考える余裕がなかった。

 今なぜここにいるのか。何故戦わなきゃならないのか。

 そんなことよりも、明日を生きたいと、それだけを願った。



◆◆◆◆◆



 私は……何がしたいのだろうか。

 わからない。初めて会った時には驚いた。

 まさか仇が人間だったなんて……。

 そう、つい昨日まで、そう思っていた。

 嘘を吐いて、それっぽいことを言って。隙を見せたと同時に殺そうと、そう考えていた。

 会話が出来る奴なら、それで仕留められる。しかもここがどこだかわからない様子。

 これ以上のチャンスはないと思った。

 どんな理由があるにしろ、仇が記憶喪失にも似た状態。これを逃せば、私は一生後悔するだろうと思った。

 ——でも、そうじゃなかった。

 幼かったからか、それとも夜だったからか、その記憶は曖昧。

 しかししっかりと刻まれた記憶。

 空を舞うそれは、まるで三本の爪で人を喰らうかのように。

 手から発射された光の弾は存在事消したかのように。

 彼に一晩で崩壊したというのは事実。嘘には事実も混ぜなければならない。


 あれほど大きな鎧。私の国を襲ったのも、彼が乗っていた機械仕掛けのものと同じ大きさだった。

 私が見たこと、聞いたことがあるのは、たった一種類。でも彼の鎧はそれとは一致しなかった。

 国を襲ったのは計三体。だとすると、その親玉らしき存在がいてもおかしくはないだろうと思っていた。

 でも彼は親玉なんかじゃなかった。話を信じるなら、彼は異世界人。——信頼できるわけがない。

 そんな夢物語見たいな話をするやつをどう信じろと……。


 彼を殺そうとした私。それでも尚、彼は私を救ってくれた。何か間違いを犯してしまったのではないかと言う恐怖からくる震えで動けなかった私を。

 例えどんな傷を負って、負わせても、命だけは守ろうという精神。

 そんな彼だから、私は心を少し許してしまったのかもしれない。



◇◇◇◇◇



 私は今、途轍もなく大きな壁の前にいる。

 物理的じゃない。でもそうとも言える。

 彼は必死に私を助けてくれた。その事実は残っている。

 私の命がある限り、それは証明される。


 ——あの鎧を見た時、私は恐怖した。

 そう、自分じゃ勝てると思い込んでいた。でもそうじゃなかった。

 過去の記憶と言う、超えられない壁。仇だと思っていた相手が、私を助けてくれた。その事実と言う壁。

 幾つもの戦闘を経験してきた私でも、乗り越えることは困難を極めるであろうその壁。

 生きるための知識を覚えてきた私の脳でも、唯一極めていないこと。

 人付き合いという、壁。

 会話は出来る。話すのが苦手なんじゃない。相手がどう思っているかを、正確に考えることができない。

 だから、その状況に合わせた話し方が出来ない。

 言葉の理解が出来ても、相手の感情を読むことができない。

 喜んでくれているのか、悲しんでいるのか。呆れているのか、なんとも思っていないのか。

 そう、話すという行為は情報交換や、脅しなどと言った一つの道具でしかなかった。

 武器にもでき、相手の信頼を得るための道具にもできる。そんな万能な道具だと、思っていた。

 でも、リンドウと言う男と出会ってから、少し変化があった気がする。

 何気ない、どうでもいい会話。情報交換こそ行ったものの、どうでもいい会話もあった。

 昔の私なら、無駄だと言い放っていただろう。今はそう思わない。何故なんだろう。

 今この瞬間から、そう思っていた。無駄だけど、無駄じゃない。話していたい。どうしてだろう。

 彼が仇かどうかわからない。でも、少なくとも今の私は、殺したいだなんて思わないし、思ってない。

 考えれば考える程に感情が変わっていく。思考が変わっていく。

 ——彼は一体何者なの……?


「わかったわよ」

 彼が発言し終える前に、私は返事をした。

 彼を信頼した訳じゃない。彼を信用できるわけじゃない。

 でも言っていることはその通りだと思う。

 彼は私からは逃げられない。だからこそ、今は生きる。彼のその考えに乗っただけ。

「言っておくけど、助けてもらったからとかじゃないから」

 そう付け加えた。

 彼は少しぽかんとしていたが、すぐにその顔は笑った。

 「わかってるよ」と言いながら。

 それがどこかムカついて、でもそうじゃなくて。

 この意味不明な感情と疑問、そして彼の正体が不明だという不快感にも似たものを抱えながら、あの鎧に向かって走った。

 恐怖心はなかった。それがどうしてか、私にはわからない。でも一つあるとすれば、彼のお陰だろうという事。

 この短時間。でもその中に、私の恐怖心を取り除く何かをした。そう考えるしかなかった。

 しかし感謝している。

 真の仇と戦わせてもらえる。それ以外に何があるというのか。

 彼も後ろから遅いながらも走ってきている。

 今できることをするだけ。片腕の切断ぐらいなら、私にも出来る。

 近づき、改めて仇の巨大さに驚く。

 しかし湧き上がってくる感情は怒りのみ。

 そして怒りは力へと。


 今持てる全ての知識を駆使し、宙を舞いながらも、的確に攻撃を当てていく。

 誰かと一緒に、という戦闘方法はあまりしない。しかしどうしてか、彼の機体は私の攻撃に合わせているようだった。

 彼はまだ走っている。

 私には理解できない。彼の鎧がなぜ動くのか。

 彼は言った。これが肉体だと思っている?と。

 そう、それは肉体なんかじゃない。ただの鎧。中に誰もいなくても、勝手に動く鎧。それも生きているかのよう……。

 そこから先は考えなかった。今はそれどころじゃないから。

 今やるべきは、私の仇を粉々に潰すこと。

 ぐるりぐるりと回りに回り、やがて奴の右腕を切り落とす。

 腕の関節の中でも、弱い部分を少しずつ攻撃していくと、その腕は地面に落ちた。

 そして彼の鎧はヤツの左腕を捻じ曲げた。

 それはさながら、連携攻撃のようであった。

 そしてヤツは地面に、盛大に倒れた。

 息の合った、二人の連携攻撃だったと、私は思う。


 腕を無くした奴は抵抗する手段がないのか、交渉と言う手段に出た。

『……やはりあの町の生き残りだな。それも相当訓練を積んだようだ』

「えぇ。貴方達を皆殺しにするためにね」

 私は奴の心臓部と思わしき場所に立ち、装甲を貫通する弾丸を詰めた状態の銃を向けていた。

『しかし我らが何者か、そこまでは知らないだろうな』

「……」

『図星か……。寧ろ知っていた方がおかしい。この世で知る者などいないのだからな』

「——やっぱり異星人辺りかしら」

 丁度私の発言と同時に、彼もここに辿り着いた。正確には少し前からだろうが……。

『フッ……。どうだ?その情報だけでも教えてやる』

「だから見逃せと?」

『そうだ……。私も生き物だ。それも貴様と同じく感情を持つ生き物だ。それならわかるだろう……殺されるという恐怖を。だから震えていたのだろう?』

「……」

 きっと、心臓部はここで間違いない。そうでなければ、ここまで焦ったような声はしない。

『これは取引だ……。私を逃がす代わりに、正体を掴めるかもしれない情報を握れる。それでどうだ……?』

「……」

 私は黙ったまま。微動だにしなかった。

『わ、わかった!ならば正体を教えよう!頼む、見逃してくれ!』

「——教えてくれるの?」

『あ、あぁ!もちろんだとも!』

 答えなんて、あの時から決まっていた。そう、両親が殺されたあの時から……。

「ダメね。と言うか無理ね。貴方が私に何をくれても、答えは決まっているもの」

 私は引き金を引いた。装甲は貫通した。銃弾は貫き、そして一言を残して鎧は動かなくなった。

『グヴァアアァ……』

「貴方は初めから、死ぬ運命だったのよ」


 この大地に戻る静けさ。

 先ほどまでの戦闘音は嘘だったかのように。

 私は息を吐く。

 呆気なかった。こんなにあっさりと。

 私の仇はこんなに弱かった。こんな奴に、両親を殺された。


 そのまま座り込む。

 生きる目的。それを果たした今、私は嬉しいという感情と共に、少し困っている。

 “この先、どう生きればいいのか”ということに。

 まだこいつ等を全滅出来たわけじゃない。正体さえわからない。

 でも、やっと一人殺せた。天国で母さんと父さんは笑ってくれてるかな。

 やったよ、私。

 そうして私は、バタリと倒れてしまった。



◆◆◆◆◆



 太陽は一番高く……。

 突然倒れたアオイを岩陰まで運び、昨夜と同じく機体で囲い、安全な空間にした。

 教えられたようにノヅチの内蔵を抉るようにして取り出す。

 やはりうまくはない。しかしそんなことはどうだっていい。今は水が必要なんだ。

 手についた血など気にせず、ただただ抉っていた。


 それは数時間前にさかのぼる。

 ——普通に出会うだけならどうやら敵対しないらしく。

 ノヅチはこちらを見つめていた。

 不思議とそれが少し可愛く見えてしまった。だがッ!

 ここは弱肉強食の世界。食わねば死ぬ。

 しかしあっちも生き物。抵抗するのは当然。

 ならば注意を引いて、油断させ、その間に殺す。それが一番簡単だと思いついた。

 岩陰には握りこぶしぐらいの石や、小さな石まで色々落ちている。

 その石をポイっと投げてみた。


「……?」

 まるで犬のように。

 見送ったかと思えば即座にこちらに向き直る。

 これじゃあ意味がない。意味がないんだ。簡単ではないという事か……。

 どうにかして興味を持たせる。それが油断させることに繋がる……。

「……ふむ」

 どうしたものか。

 この犬は小首をかしげてこちらを見つめている。

 石には興味すらないご様子だ。

 ——動くもので気を引けるか?

 永遠に動くものを作ろうと思うのなら、それこそ材料などが必要。

 動かすもの……。

 どこにあるかと辺りを見渡す。

 見えるのは広大な砂漠。ちょくちょく岩がある。それだけ。

 動くものはなく、静かに風が来て、砂が舞う程度……。

 「舞うのかぁ……」と声に出して発言してみる。

 そう、砂が舞っている。それは何故か。


 ——風だ。

 いまこの空間にあるものは風!それを利用すれば動くものが作れるかもしれない。

 僕は機体の中にある物を探った。

 あれでもない。これでもない。

 そして最終的に利用できそうだったものは……。

「大きな紙一枚と二本のボールペン!そしてガムテープ!」

 それに追加でトイレットペーパーの芯。

 作るのは、回転するもの。

 紙は二つにして、半球の物を作る。ボールペンの先にガムテープでつける。なるべく頑丈に。

 二つの短いお玉型が出来たら芯にくっつける。一直線になるように。

 こうして完成した。あとは細い棒状の部分があればいい。出来れば風の影響を受けやすいところ……。

 ふと、倒れているアオイが視界に入る。

 ——そういやあの狙撃銃も先が細かったよな……。


 勝手に人の物を使うのは良くない。

 まぁでも、謝ったら許してくれるだろう。事情を話せばわかってくれるはず。

 銃口から、先ほど作ったものの芯から通した。

 見事完成した。かなり不格好だけど。

 ——不思議と、小学生の時に作っていたものを思い出した。

 ガムテープを使って、段ボールを組み合わせて、剣!

 そういや盾も作ったっけか。水鉄砲を使った遊びにも対応できるように防水の布を使ったっけ。

 手持ち部分は落ちてた木の枝を使ったなぁ……。


 懐かしい記憶。しかし目の前に広がる世界は無慈悲。

 食わねば死ぬ。そんな世界。

 そして今、僕は倒れた少女と一緒にいる。

 その少女の為にも、僕自身の水分補給のためにも。この生き物を殺さなくてはならない。

 ——銃を地面に突き立て、風が来るのを待つ。

 やがて風は来る。回転し始めたそれは、周りにいたノヅチの注目を集めた。

 止まったり、回転したり。そうして注目が途絶えることはなかった。

 僕は後ろの方から殺していった。ナイフがあればよかったのだが、生憎と元の世界では調理以外の用途で基本使わないので持っている訳がない。

 よって使うのはそこら辺に落ちていた大きめの岩。それを頭に落とす。ただ落とすだけだと威力が足りないだろうということで、思いっきり叩き落す。

 誰もが予想できるであろう次の刹那。ぐちゃりと、赤い血が辺りにまき散らされた。

 しかし致し方なしなのだ。生きるためには必要なことなのだ。

 目を手で覆いながらも、どうしようか悩んだ末、意を決して覆っていた手を放してみることに。

 にしてもこいつ等、仲間意識が無いのか?同族が死んでますよ?殺されてますよ?呑気に回転するもの見てる暇あるんですか?

 ずっと僕が作ったものを見上げて微動だにしない。それがなんというか可愛いようで……。


 死体は引っ張ってきた。

 さて問題はここからだ。水分を含んだ器官があることは教わったが、どこにあるかまではさっぱりだ。

 そして他の臓器は食料になる。しかし位置までは把握できてない。

 傷をつけないようにしたいが……。いや解剖して位置を覚えてからの方がいいのか。……となるとまた同じ作業を。


 そうして、数時間が経過した。

 探っていた時に見つけたペットボトルに流れ出た水分をゆっくり、慎重に入れる。

 そうして溜まった量はペットボトル一杯……の半分。

 こんなんじゃ足りない。しかし幾つもの命をこの手で奪ったのだ。感謝しなければならない。

 キャップを絞め、日陰である足元に置く。

 そして僕も座り込む。

 今日一日、色々あった。まだ終わってないけど……。

 しかしもう夕方になりかけている。


 朝から殺されそうになって。

 どうしようかと思ったら殺されそうになって。

 アオイの命を守って。

 そして今は、生きるための水を集めて……。


 ここ最近で一番すごい一日だったと思う……。

 唇に手を当てて、思い返す。


 ——『貴様……あの町の生き残りだな?』——

 生き残り……。

 ——『……答えんか。ならばよろしい。死ね』——


 何故、アオイを殺そうとしたのか。

 何か殺す必要があったということか?

 町を一晩で潰したとかいうアレ。目的があるとすれば……。

 ただ単に殺しがしたかった。しかしこれでは僕が眼中にない説明がつかない。

 町を潰す必要性があった。こう考えるなら、彼女を殺さねばならない理由も出来る。

 しかしそうすると必然的に彼女は秘密を握ってるわけで——。


 「そういえば」と立ち上がる。

 アオイの仇。あの機体はそのまま。僕は一つの考えの元、例の機体の元へ歩き出す。

 恐らくコックピットになる部分を撃ち抜いたから活動を停止した。僕と同じくロボットであるならば、中には人間と同等の知能を持った生き物がいるはずだ。

 もしかしたら、僕が知りたいこいつ等の町を壊す理由に繋がってくるかもしれない。

「……まぁ、普通そうだわな」

 ロックが掛かっていた。当然だ。

 これを開ける手段は二つあるが、一つは必要なものが足りていない。

 よって残るもう一つの手段に出る。


「すまん。少しだけ動かす」

 残る手段とは、無理矢理こじ開けるというもの。

 倒れているアオイには少し申し訳ないが、すぐに戻すので許してもらいたい。

 機体を動かし、例の機体の装甲をはがす。

 すると出てきたものはボール型の何か。これがコックピットになっているのだろうか。

 機体を元の位置に戻るよう命令し、僕はそのボール型の何かを調べ続けた。


 時間は過ぎ、夜。

 昼間、ペットボトルに入れた水は少々飲んだので減っていた。

 ずっと調べているが、コックピットは開かず。他の部分を可能な限り解体して調べるも全く分からないという始末。

 これは明らかに人類の手では作れないようなものだ。

 確かに異星人が作り出した、という話にもなる。

 もうこれ以上は無理か……。

 一息吐き、僕はアオイの元へ向かう。


「私の銃はどこ」

 開口一番、彼女はそういった。

 そしてその言葉が耳に入ったと同時に思い出す。

 きっと銃なら僕が作ったおびき寄せ機のパーツの一つになっている。そして今もなお、回り続けているだろう……。

「——すぐ持って来ます」

「早くして」

 僕はダッシュで取りに行った……。


「誠に申し訳ありませんでした」

「——本当よ……。他人に触らせたくなかったのに……」

「本当にすいませんでした」

 土下座するしかなかった。まさか借りたものを忘れるなんて……。今までなかったのに。

 まぁ、次は僕に死刑か放置かどうするかって話になるか……。そう思っていたが……。

「今回だけ、許す」

「——それはまたどうして」

 彼女は目を逸らしていった。

「なんとなく、よ。なんとなく」

 なんとなく、ねぇ……。

 普通なら許されるはずがない。仮にも仇だったかもしれない僕。なのに許す。

 一体彼女に何が……。


「……一つ、謝らせて」

 唐突に、彼女は言った。

「何を?」

「私は貴方に嘘を吐いていた。それを、謝らせてほしいの。」

「と、言いますと。どんな嘘を?」

「……私の過去について。……半分嘘」

「過去って言うと……国のこととか」

 彼女は頷き、語り始める。

「貴方も知ってる通り、私は貴方を家族を殺した犯人だと思っていた。出会った時からね。そして一瞬にして策が思いついていったわ。貴方を殺すため、嘘を吐いて、……油断させようとした。結果、見事に作戦は成功。私の過去を教えて、仲間になったフリをして、貴方を油断させられた……」

 つまり、僕は彼女の手の中で踊らされていたって訳になるのか……。

「私は平和な国に生まれた。本当に平和だった。子どもの時からの夢だった、部隊の入隊試験に合格して、私は予備班に配属された。毎日が訓練の日々だったわ。それでとある日に奴らが襲ってきた」

「ざっくりだなぁ……」

「何?初めから同じような内容を聞きたいの?」

「いえ、結構です」

 即答だった。

「はぁ……。とまぁ、こんな感じよ」

「一つ聞きたいんだけど」

「何?」

 僕は夕方から聞きたかったことについて問う。

「その、奴らが襲ってくる理由とか目的に心当たりとかある?」

「……?特には、ないけど……?」

「だよね」

 ますます謎になってきた。何がしたいのか。それが分からない……。

「あと……言い忘れてたけど……」

 彼女は少しモジモジしながら、こう言った。

「その……ありがとね。……助けてくれて」

 ふむ……。

 なるほど、難聴というのはこういう時に使うのか。

「え?ごめん聞こえなかった」

 当然、彼女は怒る。

「聞こえてんでしょこの耳でぇ!」

「痛い痛い引っ張らないで!千切れる引き裂かれるっ!わかったわかりましたごめんなさいゆるひて」

 こうして、僕は一晩という長い時間を睡眠ではなく耳からくる痛みとの戦いに費やしていた。

 だが、信頼も得られたのだと、少し心の中で喜んでいた。



◆◆◆◆◆



 人は歩く。

 それは道なき道か。進化の道か。それとも時の道か。

 どれでもあるだろう。取捨を繰り返し、未確定の先の道を目指して歩むのがヒトだ。


 ……いや、確定された道を歩むヤツが一人いるな。

 僕は彼の行く末を知っている。何もかも。

 彼に言葉が届くのなら言ってやりたいものだ。

 「諦めるな」と……。


 —アハツェン神書 第五章—



◇◇◇◇◇



 ——数日が経過した。

 あれからと言うもの、彼女は僕のことを信頼するようになり、僕もまた、彼女をさらに信頼できるようになった。

 彼女と僕は新たな町を求め、歩いている。

 いくら歩いても同じ景色。それは実に辛い道だ。しかしそれは一人だった場合の話。隣に人がいると言うだけで楽しさは何倍にも増す。


「本当に私……ここにいていいの?」

「もちろんだよ。どうしてそう思うんだか……」

 初めてコックピットに入ったアオイ。恐らく彼女は嘘を吐いた自分は僕と一緒ではならないとか、そんな風に思っているのではないだろうか。

 そんなことはない。僕はなんとも思っていないし、寧ろはっきりしてよかったのではないかと思っている。

 嘘も方便。本来はこんな使い方はしないんだろうけど。

 でも、僕は彼女が嘘を吐いてくれたおかげで、絶対的に近い信頼を持っている。

 ——そこで僕は思った。

 嘘を吐くことが悪いのではなく、それをいい方向に持って行けるかどうかだと。

 今回はたまたまそうなっただけだが。しかし意図的にそうするのも、結果的にいいものになればよい。嘘が悪いのではなく、それがよくなるのかどうか。ただ、大概悪い方向に行ってしまうから、嘘は悪いという認識になったのではないか。僕はそう考えた。

 彼女の立場になってみればどうだろうか。

 彼女は言った。親を殺されたと。その相手は大きな体を持った何者か。それはあまりの巨大故、この世界に存在しない。だから僕もそいつらの仲間と認識された……。

 怪しまれて当然だった。一から考え直すと、その結論に至った。

 ——しかし思う。

「一つ聞きたいんだけどさ」

「何?」

「あ、いや。どうして嘘、だったんだ?初めから殺せばよかったのにって思ってさ」

「またその話……。——単に“もしかしたら”があったからよ」

 もしかしたら……。

「それは、殺した相手が人間だった……」

「ちがーう。……本当にただの人間かもしれないってこと」

「殺したやつが人間だとは考えなかったの?」

「まず存在しないしそんな人間。生きるのが精一杯よ」

「国を襲えば、そこにある資源はその人個人の物になる。……そんな輩がいてもおかしくはないと思うけど」

「……過去にそんな人がいたって噂は何度か耳にしたことがあるけど。でもそいつらはすぐ捕まって死刑。——第一、リンドウみたいな技術を持ってさらに作り上げる程の資源がある国なんてそうそうない。そんな国は物凄い運を持った国よ。頭のいい技術者もいて資源もあるなんて……。少なくとも私は行ったことがないわ」

「そんなにか……」

 なるほど。生きるための資源こそあるものの、それだけ。それ以外に使うことは出来ないって感じか。——確かに、そんな国があれば相当の幸運だろうな。


 そんな国があったら、もしかしたら、僕は帰れるのだろうか……。


 そう思わずにはいられなかった。

 技術があり、資源がある。まさになんでもし放題ではなかろうか。ここが異世界だと考えるなら、超兵器や異空間へと向かう扉なども作れるのではないだろうか。ならば元の世界に帰る願いもかなえられるのではなかろうか。

 少し希望が見えた気がする。


 どこかにある国を目指して歩く。

 大地を踏み、一歩、また一歩と進んでいく。群がるノヅチを極力踏まないように。


 ……そして時は過ぎる。


 ——言い合いばっかりだったけど、僕はお陰で楽しく過ごせた。

 食っては寝る毎日。昼間は歩き、夜は寝る。

 何故だろうか。今までとは違う数日間だった。

 未知の世界だが、仲間といれば楽しい毎日になる。

 もちろん争いもあった。しかしそれでも楽しいと言える毎日だった。

 ……だが、そんな楽しい数日間も終わろうとしていた。



◆◆◆◆◆



 僕の……いや、僕たちの目的の中間地点と呼べるかもしれない場所。

 やっとの思いで辿り着いた。

「……町だ!」

 辿り着いた、と言っても目視できる距離まで近づいたというだけだが……。

 しかし、それでも叫ばずにはいられなかった。

 僕は喜んだ。しかし彼女は違った。

「こんなのって……ッ!」


 ——僕たちが辿り着いた国。ざっくりいうと工業が盛んな国。

 そう、ここからでも工場が多いように思える程に。

 防壁やらがあって、全体は見えないものの、排気ガスやらが多そうだと言うのは、ぱっと見で理解できるほどに。

 彼女は驚いていた。理由の大体はわかる。

 この世界において、資源は貴重なもの。鉄すらも貴重なのだろう。

 なのに何故だ。この国は大半が鉄でできている。


 僕にとっては最高の場所。彼女にとっては警戒の対象でしかない。

 この世界で生活して十数日……。僕は生きる大変さを学んだ。

 だが、この国にはその大変さの一文字も含まれていないようだった。

 そこはまさに、“この世の楽園”と言うに相応しいのではないだろうか。

 楽園に向かうことが寧ろ怖い。

 しかし何日も苦労してようやく辿り着いた国。もうこれ以上はキツイ。

 そろそろ湯船につかって、布団と言う名の狭く広大な世界へと……。

 ——いや、もしかしたらベッドかな。

 どっちでもいい。とりあえず着くことが最優先事項だ。


 僕は走る。

 楽園と思わしき、その鉄の町に。

 希望を与えられたら、それにすがる。それが人間。

 今回も同じだ。僕はもう限界、目の前にあの生活に戻れるかもしれない町がある。ならばそこを目指すだけ。

 簡単ではなかった。ここに来るまでに。

 それは、“入国するまで”だった。


『そこの者!止まれ!』

 僕は足を止める。

 声が聞こえたのは……上か!?

 見上げれば絶望。そこにはロボットが三機、宙を飛んでいた。

 真ん中のは、マントをしていて、右手には剣。それは騎士の用であった。

 しかし……明らかに、黒いのとは違う……。

 相手に聞こえるよう、スピーカーを使う。

『そこの者って……僕のことか?』

『貴様意外に誰がいる』

『……僕に何か用か?』

『ふむ。そうだな……。少し貰いたいものがある』

『それはアレか……』

 僕にはわかった。この展開……。

『貴様の命だ!』『僕の命か!』

 それは同時だった。

 真ん中の騎士だけが突っ込んでくる。

 僕は即座にインカムをオンにして命令する。

 「相手を行動不能にしろ」と。

 隣で見ている彼女を放置したまま……。


『死ねぇぇい!』

 地面に突っ込んできた騎士。機体は後ろにジャンプし、回避する。

『一体なんでどうして僕の命なんか欲しがるんだ』

『貴様は人類の敵だァ!そして私は防衛隊隊長として、この国を守る義務があるッ!』

『残念だが僕は人類の敵ではないし、寧ろ味方だ。——言ったところで信じてもらえるとは思わないけど』

『信じる訳がなかろうッ!』

 騎士は背中についているバックパックから噴射したスラスターによって空を舞い、真上からの攻撃を試みてくる。

 卑怯だ。僕は空を飛ぶことが出来ないというのに。

「白刃取りだァーッ!」

 機体は僕の声に応えるかのように動く。

 真上から刺そうとする騎士。しかしその剣を両手で挟むようにして受け止める。

 こちらにはスラスターと呼ばれる推進システムがない。つまり緊急回避などが出来ない。

 作りたかったが作れなかった部分だ。才能があっても素材が無いのであれば作れない。それは零に無限をかけても零であることと同じだ。

 よって機体と僕。この二つの全てを使い、今日のような戦いをしなければならない。

 ——まぁ、作ってるときは、こんなことになろうなんて微塵も思わなかったが……。


『貴様……やるな』

 騎士は一歩引いてそう言葉を零す。

 ……にしても妙だ。

 後ろの二体は傍観してるだけ。攻撃してこないのか?こちらとしては好都合だが……。

『後ろのお二人さんはどうした?』

 僕の問いかけに彼らは答える。

『私達はただ見るだけ……。これは隊長からの命令なのだ』

 答えるのか……。しかしどういう事だ?

『人類の敵に全力を出さないのか。ここの隊長さんは』

『全力?フッ……一対一の決闘!それで勝敗を決める。私はただ、自分の信念に従うのみ!』

 あ、そういう方ですか……。

 スラスターを使い、突っ込んでくる。

 しかし何というか……。

『そこが、隊長さんの甘いところだね』

 僕の機体は、すれ違いざまに攻撃していた。

 それは相手の機体の腹部分に、全力の拳をぶつけた攻撃だった。

 相手の動きも止まる。

『『隊長…!』』

『だ、大丈夫……だ』

 大丈夫、こいつは理解してくれているはずだ。

 行動不能にすることは決して相手を殺すことではない。

 ただ、動けなくすればいいだけ。

 声を聴く限り、死を目前にしている訳じゃなさそうだ。

 しかし何というか……。


『防衛隊隊長がこんなのでいいのか……』

『ぶっ、無礼者!この方を誰と心得て……っ!』

 やっべ漏れてた。

 しかしここで言い返した方がいいのか。自然に話を繋げるためにも……。

『この方は異世界人でーす。多分そんなこと知らないですし私も知りませーん』

『ちょい!アオイ!?』

『いいじゃん話したかったんだもん。ねぇいいでしょぉ?』

 全部聞かれていた。

 僕らはそんなことを気にせず、ただただ言い合うのだった……。



◆◆◆◆◆



 全ての始まりは終わりへ向かう為にある。

 今回も同じである。

 彼が向かう先は終わりである。

 それは世界の終わりか、彼の終わりか。それとも……。

 ——未来を視る巫女よ、君ならわかるだろう。

 君は彼の手助けをしなければならないことを……。


 —アハツェン神書 第六章—



◇◇◇◇◇



「そろそろ……ですか……」

 私はただ座るだけ……。時が来るまで。

 そしてその時は、もうすぐそこまで迫っていた。

 一人のフードで顔を隠した男が“巫女の間”と呼ばれるこの部屋に入り、私の前で膝をつく。

「巫女様、そろそろ予定の……」

「わかっております。では参りましょう……」

 私は自分自身が大嫌いだった。

 何故に周りには苗字も名前もあるのに、私だけ“巫女”と決められた名前でなければならないのか。

 私が生まれるとほぼ同時、お母様は死んだ。お父様は顔すら知らず、そもそもいるのかどうかさえ、私にはわからない。

 決められた未来だけを進み、生きる。

 そうしなければならないことも、知っている。

 私にだけ与えられた能力。そう、未来を視ることが出来る能力。

 過去に何度も見てきた未来。私は何度も言い当ててきた。

 それは百発百中。周りの人間も信じざるを得なかった。

 この能力のせいで、普通の生活が出来ない。だから私は自分が嫌いだ。

 私のお母様も同じ能力を持っていると聞く。しかし未来を視た回数、そしてその内容。圧倒的にお母様の方が上だと、見た者は皆、口をそろえて言う。

 私は断片的にしか未来を視れない。一枚の写真のようなものが、何枚か見れるだけ。

 私はただ、その内容をつなぎ合わせて、大体の未来を言うことができる。

 しかしお母様は私より詳しく、さらにお婆様は事細かく言うことができたらしい。

 ……どんどん、力が弱まっているという噂、それはやっぱり本当なのだろうか。


「こちらへ……」

「ありがとう。——クサナギは?」

「既に向かいました」

「そう……」

 獣の耳のようなものを頭につけ、振袖のような服……。

 これは過去の巫女様たちが着てきた服らしい。

 ボロボロになっては直して、破れたら縫う。その繰り返しなんだそうだ。

 私の前にはヘリが待っていた。

 やることはただ一つ……。それをするために……。

 スカート部分を摘み、足をあげてヘリに乗る。


 色々と不安なところはある。怖くもある。

 例え未来が見えても、私の存在がなんなのか、それは知ることができない。

 未来が見えても、過去を知ることは出来ない。

 ——でも、従うしかない。

 見えた未来しか、最善の選択がない。

 見えた未来こそ、最善の選択。

 だから今は……。

「——行きましょう。この星を守るための一歩です」

「はっ!」

 ヘリは空へと上昇し、彼が待つその場所へと向かう……。


 ——いつも思い出す、過去の記憶……。

「ちぇっ……巫女だからっていいきになりやがって……」

「いい?あんな子になってはダメよ?」

「うん!わかった!」

 子どもの声。母親の声。舌打ちする男の声……。

 全て私の心を傷つける刃でしかなかった。

 町を歩けばいつもこれ。民の皆はこんな反応しかしてくれなかった。

 あの時は仕方なかった。行くしかなかった。

「悪事を働く者を止める……為です」

 見えた未来。そこには私の姿があった。

 その悪事を働く男を止め、周りのみんなから拍手が送られる。そんな一枚の写真。

 その通りにするしかない。そうすれば、私はみんなから……。


 ——そう思って、その男を止めた。

 見た未来通り、拍手喝采。その時の私は喜んだ。

 でも今考えれば……。

「はぁ……」

「いかがいたしましたか?」

「あ、いえ。……少し過去のことを思い返していました」

「それはいつの事でしょう」

 操縦士は問う。

 目的地まで少し距離がある。その間だけ話すのも……。

「……私が、小さい時です。外に出ることができなかった時の」

「あぁ……。多分、我ら五人で男を止めに行った時ですね」

「どうして……」

「そりゃあわかりますよ。巫女様のことを、ちっちゃい赤ん坊の頃から見てきましたもの」

「ちっちゃいって言わないでくださいっ!」

 操縦士の男は笑ってそう言った。

 ……なるほど、分かってしまうものなのですか。

「——今思えば、どうしてあんなにも変わってしまったのかと」

「周りにいた人たちがですか?」

 私にはわかっていた。何故なのか。

「そう……ですね」

「ふっ……。まぁ、そう、ですね」

 聞いてすらいない胸の奥底の問いに、答えてくれた気がした。

 言葉ではない。「本当はわかってらっしゃるんでしょう?」と、言われた。そんな気がしただけ。

 気がした、だけ。それでも分かってしまう。

 それは多分、私も同じように、ずっと一緒だったから分かってしまったのかもしれない……。

「——ありがとうございます」

「何がです?」

「分かってるくせに」

 聞こえないように小さく呟いた。

 それでも……。

「ええ。わかってますよ」

「……」

 男と言うのは何故か、こういうのを聞こえる生き物らしい。



◆◆◆◆◆



『いーじゃん!私も話したいのぉー!』

『相手は防衛なんたらのナントカってところの人だから!そんなことで許されないから!』

 僕らはまだ言い合っていた。

 最早、何を言い合っているのかもよくわからなくなってきた。

『今は言い合ってる場合じゃないんだ!防衛うんたらってことは目の前の国の人たちってことだろ多分!入れなくなるぞ!』

『いーから話させてっ!私もかまっ……何ッ!それはマズイ!今すぐ土下座せねばっ!さぁ早く!』

『きーみがわちゃわちゃするから操作もし難いんだっ!少し離れろ!』

 土下座してでも入りたい。が、この状況をどう乗り越えるか……。

 僕は必死で考えた。この状況をどう変えるか。

『くぅっ……こいつ……』

『なんで羨ましそうなんだよ』

 防衛がこれでいいのか……。

 思わず突っ込みを入れてしまった。

『面白そうだな。俺も混ぜろよォ……』

『混ざる……な?』

 それは背後からだった。

『混ぜてくれよォ……』

 「やばッ!」と叫ぶと同時に手は動いていた。

 回避行動をとりつつ、相手との間をあける。

『ッ!!貴様は……』

『隊長、準備を』

『出来ているッ!各機、戦闘準備!』

『まさか僕も巻き込まれるのか……?』

 となりのアオイが僕の問いに答える。

『……当り前よ。防衛隊さんたちとも一時休戦ね』

『聞こえてんじゃん……』

 さんざん言って聞こえてないものだと思っていたが……。僕は小さくその言葉を零した。

 そして視線は目の前の敵に向ける。

『やっとやる気になってくれたかァ……』

 それは黒い獅子と言うのが一番適当だろうという見た目のロボットだった。

 そう、有機的と言うのが一番だろうか。

 そして恐らく、アオイの国を襲った黒いのと同じ装甲。多分仲間だ……。

『“破壊のセクメト”……』

『……中二過ぎない?』

 察した。それがライオンにも似た奴の名だろう。

 そしてその名前が付けられた。……ということはずっとここにいるってことか?そうでなきゃ認知されない……。それともこの世界じゃ有名なのか。

『今日こそ粉砕してくれるッ!』

『いいねェ……。だが、もう逃さん』

 一つ明確にしておかなければならないことがある。

 それはアオイにも確認せねばならないかもしれない。

『とりあえず、こいつは倒した方がいいんだよな?』

『当たり前だッ!今日倒さずにいつ倒す!?』

「アオイ……僕が操縦することになるけど……」

「そんなこと言っても、私は動かせないから。ただし、ズタボロにしてね」

「あ、アイアイサー……」

 今回はこの前の相手とは違う。大きさからして圧倒的に負けている。

 いくら四対一とはいえ、勝てるかどうか……。

『武器、もらえる?』

『……私の剣を貸す。必ず返せ』

 受け取った剣には名前のようなものが刻まれていた。

 なるほど。だから返せって……。

『“返せ”ってことはつまり、どっちも生きてなきゃいけないな』

『当たり前だ。誰も死なずに帰る。そのためにも今は力を貸してくれ』

 剣を構える。

 触ったことはなく。また、剣術のような構えなどは知らず……。

 よって、我流になるのは仕方のないことで。

『各機に告ぐ。セクメトを包囲するように。少しずつ削ってくぞ!』

『『了解!』』

 あー言ってるけど……。

 包囲って言っても、あの大きさに対して四機。流石に無理がある。

 まぁ、やるだけやっておくか。

『了解』

 それぞれ散開し、セクメトと呼ばれた敵を包囲するよう、位置につく。

『アツくなってきたねェ……。では祭と行こうかァ……』

 咆哮。それは大地を轟かすものだった。

 あのライオン……。生きているとしか思えないが、実際はロボットなんだろう。どういう構造なのか……。


『攻撃開始ィ!』

 隊長は命令した。それに応える様にそれぞれ攻撃を始める。

 皆、背中にスラスターを装備しているため、巨体のセクメトの関節などを攻撃できる。

 しかし僕は……。

「困った……」

 僕だけ飛ぶことが出来ない。つまり足しか攻撃出来ない。

 ちまちま切るしかないか……。

 隊長さんはと言うと、背中に装備していたものなのかわからないが、小さな銃を乱射していた。

「……あまり効果的とは言えないわね」

「仕方ない……」

『オイねずみ色!回避しろ!』

「ッ!?」

『ヌゥンッ!!』

 僕は咄嗟にバックした。

 目の前にはセクメトの足……。そうか。

『危なかった……』

『ボーっとするな!戦闘中だぞ!』

『戦闘慣れしてないものでね……』

 僕は再び足元を狙う。

『待て。こっちにこい。任せたぞ二人とも』

『大丈夫です』『なるべく急いでくだせぇ?』

 岩陰に呼び出され、言われた通りついていく。


 ——胸辺りにあるコックピットから出てきた一人の男。大体二十代だろうか。

「私はニーラ国防衛部隊隊長のノボルだ」

 唐突の自己紹介。僕は彼に一つの問いを投げつける。

『敵対してたのにいいのか?』

「——コックピットから出てみろ。予想が正しければ貴様は人間だな」

 言われた通りに出てみる。

 少し馬鹿っぽいところもあるかと思ったが……。そうではないようだ。

 僕の悪い部分だ。人をこうだと決めつける、僕の悪いところ……。

「予想は合ってる。僕は人間だ。言ったろ、僕は味方だって」

「あぁ。だから味方の貴様にも効率的にダメージを与えられるよう、情報を渡す」

 渡された端末。それはタブレットのようなものだった。やはりと言うべきか流石は異世界。情報の記録さえも機械に完全に頼っている感じか。あまり技術の変化は大きくなさそうだが。いや、ロボットがある時点で大きく変わってるか。

「……なるほど。奴はビーム兵器を持っているのか……。見た目がアレだったから予想はしてたけど。——ふむ、他にも遠距離攻撃が出来るのか」

 タッチで映像の再生。どんな攻撃をしてくるかが一目瞭然と言う訳だ。

「あぁ。だから変なのだ。今日は弾も打ってこない。何かがおかしいのだ……」

 ノボルの乗っていた機体から音声。

『た、隊長……。俺ら、もうダメかもです……』

「わかった……。一旦撤退しよう」

「……隊長さん」

「?なんだ」

「僕に任せてくれませんか」

 ——僕には一つの策が浮かんだ。

 しかしそれにはアオイにも戦闘に参加してもらう必要があり、さらに言えば相手の情報が不足している。

 それに楽な戦闘ではない。ヤツが巨体故、動きを止めるのも難しい。

 もしかしたら失敗して、死んでしまうかもしれない。

 でも、ゆっくり休める国が目の前で潰れるのは見たくない。これから生きるのもつらくなる。

 だから僕はやるしかないのだ——。


「隊長さんは国に戻って援軍要請を。アオイ、君にもお願いがある」

「はいはい。まぁそんなこったろうとは思ってたけど……。出来れば嫌だったんだけどな」

「君にしか無理だ。お願いってのは……」

 作戦内容を事細かに説明する。

 端末の情報はこっちの機体に有線で送る。しかし使えるものだな。異世界だから無理だと思っていた……。いや今考えることではないか。

 送り終わると、僕は接続を切る。

 インカムがオンなのを確認し、命令をする。

 “注意を引け。なるべく敵の位置を変えるな”と。

 僕の機体はライオン型の敵へと走り出す。


 僕はアオイと一緒に行動する。

 隊長さんの部隊は戻ってもらい、援軍を待つ。

 僕らはその間、可能な限り攻撃を与え続ける。致命的な攻撃を。

 僕らは高い岩に上り、アオイには狙撃銃を構えてもらう。

「ここでいいの?」

「あぁ。ここから辺りが一番だろう。どう?当たりそう?」

「……どうだろう。こんな長距離射撃は初めてだし」

 距離も距離。もちろんインカムへの命令は機体には届く範囲から外れる。

 僕はただ、見ていることしかできない。これは戦闘も出来ない僕はお荷物でしかないということだ。

 しかしだからと言って何もしないわけにはいかない。

 戦えないヤツには、そいつなりのやり方がある。


「僕は戦えない。仮に僕の相棒であるロボットに乗って戦ったとしても、戦闘経験が浅いが故か、強敵には勝てないと自信を持って言える……。でも、何も出来ないわけじゃない。無能なんかじゃない。僕が人間として生きている以上、その能力を最大限に生かす。それが僕の生き方だ」

「——何が……言いたいの?」

 彼女は呆れて僕を見つめていた。

 不思議なもので、意識していなければ口から言葉が漏れてしまう。

 それは本当に意識と言うものをしていなかった。皆無に等しい時だけである。

 無意識と言うものが、口を動かさせた時のみ、感情が漏れるのだ……。

「ごめん……。聞かなかったことにしておいて」

「ヤだ。絶対いつまでも覚えとくから」

「……後で覚えてろぉ」

「今は戦闘中だよ。そんな“どうでもいいこと”は置いておいて集中しないと」

「うっ……」

 どうも僕は弱みを握られやすく、握られるのが嫌らしい。


 僕が作ったロボットは戦う。ただ僕の命令通りに戦闘を行う。

「あの口の中にあるレーザー砲を撃ってくれ。この端末を見る限り、一番破壊しておきたい部分だ」

「口ん中って……。あの真っ暗な中を撃てって?しかもこの距離からって、無茶だよ」

「肩からも武装が出てくるみたいだが、今攻撃出来て破壊しておきたいのはそれだけなんだ。無茶を承知で頼みたい」

「うーん」

 彼女は狙撃銃のスコープを覗き込む。

 しかし彼女は撃たなかった。というよりは撃てなかったの方が正しいだろうか。

 戦闘が起こるということは常に動いているという事。それは敵も味方も例外なく。

 敵がいくら巨体言えども、口の中のビーム兵器を狙って破壊。しかも一発。多くても三、四発がいいところだ。

「うーん……」

 彼女は寝転がるように銃を構えた。それは漫画で読んだそれである。

 あ、本当にそうするんだ。と内心思っていたりする。

 彼女は少しすると再び発言し始める。

「うん、やっぱ難しい。やるだけやるけど、何発も外すかもしれない」

「出来るだけ少ない弾数で頼みたい……」

「無理よ。相手が凄く動くし。口の中のこの部分って……」

 彼女は端末を見て、指を指しながら言う。

 確かに難しいだろう。しかも狙撃銃言えど、機械を一発で破壊できるほどの破壊力はない。

 ——やっぱり四機で挑んだのは間違いだった。隊長……判断を誤ったな。

 引き返すことは出来ない。やるだけやるしかない。逃げても追いつかれて死ぬのがオチだ。


「なるべく急いで破壊したい。僕のロボットだって長時間耐えられるわけじゃない」

 物作り、という部分で言えば誰よりも自身があるし、負ける気がしない。

 搭載しているのは出来るだけ最高品質のものだ。それはプログラムだって例外じゃない。

 しかしそれでも。いつかは負けてしまうのだと思う。

 ここは僕の住んでいた世界とは別の世界だ。僕の持つ常識は通用しない。

「やるだけやってみるって……」

 彼女は再びスコープを覗き込む。

 援軍はあと何分後にここへ来るだろうか。

 彼らとの連絡手段など勿論なく。もう彼らを信用するということしか、僕に出来ることはない。

 一人であの巨体を破壊するのは誰であっても不可能。どんな天才でも、どんな策士でも恐らく無理だ。

 今僕が持っている駒を最大限活用しても、勝てる確率は零に近い。

「……」

 最悪、僕が囮になるか。彼女なら、僕よりも早く逃げれるだろう。あの壁のある国の中に入れば少しは安全。

 とてもしたくはない最終手段も考え付いたところで、そろそろ行動に出たい。


「……この戦いが終わったらさ」

「?」

 唐突に話しかけるアオイ。僕は彼女の言葉に耳を傾けながらも、視力がよくない肉眼で敵を見続ける。

「いや、もし二人で生きて国の中に入ったら、美味しい物いっぱい食べよう……って」

「え、そんなところあるの?」

「いや、わかんないけどお店の一つや二つはあるでしょ?……だから」

「ふむ。……それは実に楽しみだ。——ま、死ぬ気はないしアオイも死なせない」

「……」

 話しかけてきたはずのアオイは黙ってスコープを覗く。

 僕はこの世界の食べ物に少し興味を持ちながらも、今のこの状況の打開策を考える。

 いつ、何が起きてもおかしくない。だからこそ、色々な策を考えておく必要があると思う。

 アオイは深呼吸をする。そろそろ打てるということだろうか。

 僕にはタイミングなんてものがわからない。だから全てアオイに委ねるしかない。

 ゴクリ、とつばを飲み込んだ瞬間だった。

 真横から銃声が鳴り響き、飲み込んだはずのつばは変なところに入ってしまった。

「ゲホッ、ゲホ……。どう…だった?」

 咳き込みながらも、僕は彼女に問う。

 しかし、まるで当たった、という顔はしていなかった。

 そしてゆっくりとこちらを向いて、答える。

「……外れた」

 外れた。つまり、ビーム兵器を破壊することも、弾丸を当てることさえも出来なかった。

 確かに奴は動いている。常に移動を繰り返している。だからと言って外すということは……。

 ライオン型をした僕らの敵の動きは止まった。そしてこちらを向いた……。

『……』

「アオイ、今だ!撃て!」

 二発目。彼女は僕が言い終える前に撃っていた。

 しかし爆発はなかった。こちらに向かい始めた巨体を見て、僕は青ざめ始めていた。

「……あのスピード。アオイ、逃げろ」

 咄嗟の判断だった。僕の勘がそう言わせた。

 しかし彼女は逃げようとはしなかった。寧ろ撃ち続けた。

「逃げろアオイ!」

「まだ、逃げられない。何にもダメージを与えらえてない」

 そう言って一発、また一発と撃ち続ける。

「援軍を待ってるんでしょ?なら、その人たちが楽に倒せるようにも」

「くっ……」

 僕の命令通りに動くロボット。しかし、あのスピードで追いつけるわけもない。

 どれだけその人型の体で一番速い走り方をしても、ライオンの全力疾走には追い付けやしない。

 ここまでか、僕の旅はこれまでか……。否、まだ諦められない。終わりじゃない。僕が死ぬまで、僕に終わりは来ない。

「すまん……寝るとき用のドリルっぽいアレって今あるか?」

「え?……あぁ、うん。あるけど……」

「ちょっと貸してくれ」

「え?何に使う気……」

 僕は彼女から筒状のものを受け取る。

「ちょっ……!?一体どうしたってのよ!」

 僕は高い岩から降り、向かってくる敵の方へと走る。

 再びインカムがオンということを確認する。

 とても危険。しかしこれしかない。死への恐怖を抱いている今、考えられる最善の策はこれしかない。

「君は危険だと感じたら逃げろ。すぐさまな」

 その一言だけを残し、僕は走る。

 あと少し。あと少しで届く。巨大な体と言うのは足が速い。僕が走っても意味はないかもしれないが……。

 彼女から受け取った筒……。回転させて、ドリルのように掘る。

 走りながらその操作法を覚える。

 全く……生きるってのも大変だな。

『……ァァ…そんなところに居たのカァ……』

 敵の声もはっきりと聞こえる。もうちょいか。

『一発で終わらせてやる、じっとしてロ』

「あぁそうさせてもらう。ただし、死ぬ気はないんでな」

 僕はアオイからもらったその筒状のものを地面に突き刺し、ハンドルを高速回転させる。

 そう、これは接近しても死なない方法。

 そしてある一定のところまで掘り終わる。

『死ねぇィイ!!』

「残念……」

 そして穴の底から見上げたと同時に、上から振動がきた。

 天井は何かで塞がれていて、太陽の光は届かなかった。

 だが、その何かが何なのかを僕は予想できる。

「攻撃は当たらなかったな」

 太陽の光が穴の底に届く。その何かは動いたのだ。

『ッ!?ア、穴だと……』

「そう、穴だ。こんなちっさい穴に、そんなでかい足は入らねぇよな」

 念のため、少し深めに掘った。これにより、仮に掘られても少し余裕が出来る。

 だから死ぬことはない。そして近づけたということは……。

 ——遠くからの足音。そう、それは僕に出来る最大限の攻撃。最大限の武器……。

 インカムに命令する。

「敵の後ろ左足の関節を剣で攻撃。可能ならば破壊しろ」

 少し遠かったかもしれない……いや、届いたか。

『な、なんだコイツ……ッ!足をッ!?』

「よかったよかった」

 これで相手の機動力は格段に下がる。あとは援軍が来るまで耐えるだけだ。

『クソが……』

 ライオン型の敵は前足二本で穴を掘り始める。

 もちろんそんなことをするのは予想していた。

 だから僕は慌てることはなかった。

 そう、ゆっくりと。安心しながら、その穴を深くしていった。

 掘れど掘れど敵は僕に触れることさえできない。

「いずれこっちには援軍が来る。このロボは僕の意思で動いてると思ってるんだろうけどそれは違う。そいつは僕の言葉を理解して動いてる。そしてそれは命令を遂行するまで止まらない。つまり……チェックメイトだ」

『——ッ!』

 相手は僕の言葉を聞き、絶望したのか穴を掘るのをやめた。

 そしてしばらく動くこともせず、大地に響いたのは僕のロボットが切る音だけ。

 僕は勝ちを確信した。初めて自分の力で勝てたと。

 ……だが、それは慢心だった。

『勝ったつもりかァ……?まだ祭は終わっちゃないぜェ!!』

「……何を」

 関節に剣を突き刺したのか、攻撃音が止んだ。

 だが、止んだ後に聞こえたのは想像もしたくない音だった。

「な、なんだこの音……まるで鉄と鉄がこすれ合う音のような……」

『そうだゼ!後ろ足を折り曲げたんだ。どういうことか分かるか?』

 つまりそれは……。

「逃げろ!今すぐ逃げろ!」

『おっとぉそれは無駄だぜ。もうコイツは動くことは出来ねぇ。なんせ下半身とおさらばしたみてぇだからな』

「——ッ!?」

 つまりそれは……。

 それは……。

『まぁ、こっちも足を一本失うことになったけどよォ。人間にしちゃあ上出来だったなぁ。たった一人で足一本奪うんだからよォ』

 そして、敵の言葉は悪魔の囁きとなる。

『なァ……。もう一人いるんだろ?そいつの場所を教えてくれたらよォ、命だけは助けてやるよォ……』

「……」

 そしてヤツは声を大きくして叫んだ。

『なァ!!いるんだろ。コイツがどうなってもいいのかァ?出てきたらコイツの命だけは助けてやるよォ。さっさと出てこいよォ!!!』

 パァン……と銃声。

 遠くからの銃声だった。弾丸は当たったが、それはかすり傷さえ作らなかっただろう。

『そこかァ……』

 小さな声で呟き、走り出す。

 僕は助かった。でも、アオイは助からない。

 実質、ゲームオーバーだ。僕もいずれ死ぬ。もしかしたら僕は後で殺されてしまうかもしれない。

 穴から出て、機体を見る。

「……酷いもんだ」

 それは、ボロボロだった。

 漏らした言葉は、その損壊度を見て言ったんじゃない。

 また、敵の思い付いたことや考えに対して言ったのでもない。

 こんな策を思いついた少し前の僕に対して言ったんだ。

 何年もかけて作ったものを、こんな扱いをした自分に対して言った。

 あの時の苦労や大変さを、今思い出した。そして後悔をした。

 僕の前にいるのはあの時のピッカピカのロボットじゃない。

 下半身を失って、まるで死んだかのようにピクリとも動かない砂で汚れたロボットだ。

 その目は光りすら放ってなかった。

 ロボットで、どれだけ無機質だろうと、我が子のように大切に扱ってきたはずなのに。

 今じゃ駒のように扱って。——この世界に来ておかしくなったんだ、僕は。

 やがて僕は立つことすら出来ないほどの後悔を味わい、泣き崩れた。



◆◆◆◆◆



「そろそろ、ですか」

「えぇ。クサナギさまが到着する時間ですね」

 空から地面を見下ろす。

「……今まで皆さんが頑張ってきたお陰で、今私は地面を見ていられる」

「えぇ。そしてそのお陰で私も操縦士をやっていられるのです」

「負けられませんね」

「もちろんですとも」

 クサナギ……どうか救ってください。


 ——援軍はまだなのか。僕はただ待つことしかできない。

『いたぜェ……』

 時間もない。でも、僕にはどうすることも出来ない。その術がない。

 一つ、また一つ銃声が鳴る。でも抵抗しても無駄だ。相手は硬い。それ故攻撃を繰り返せど、倒すことは出来ない。ましてや銃では不可能……。

 僕らは死を待つしか出来ない。どれだけ抵抗しても無駄だ。バッドエンドだ。

『よォ……。ちまちま攻撃してくれちゃってェ……』

 もうそんなに近くまで……。機動力を落としてもこれか。

『じゃあ、死んでくれ』

 彼女……アオイが何と答えたかはわからない。聞くことさえ叶わない。

 僕が勝手な行動をしたせいだ。そのせいで全滅。

 責任……。取りたくても全員死ぬか。

 ——何のために生きてきたんだろうな……。元の世界にもこの世界にも、何も残せてない。

 結局、無駄に生きて無駄に死ぬ。そんなことしかできなかったか。

 考えればまた一つ、涙の雫が地に落ちる。

 もう殺されてしまったのか。それともアオイは抵抗してるのか。

 銃声さえ聞こえない。僕の耳にはもう何も……。


 大きな地震が起きた……。いや、地震ではない。何かが地面を強く叩いたような……。

 後ろを振り返れば答えがあった。

『ニーラ国四天王が一人、クサナギ。参る』

 屈強な男が吐きそうなセリフ。しかし声は力強くなかった。

 僕みたいに力もなさそうな男の声……。そんな男が乗っていると思わしきロボットが、セクメトの首を上から大剣で刺していた。

 参ると宣言する前に奇襲。これは騎士道に反するというものではないのだろうか……。

『深山リンドウ。泣いている場合ではない、と巫女様が仰っている。早く立て』

『ゴチャゴチャうっせぇんだよ!邪魔だどけェ!!』

 獅子は上に乗る騎士を振り落とそうと暴れ始める。

 その騎士は、ノボルが乗っていたような見た目とは違っていた。

 刺々しい見た目で、両肩にはひし形の盾のようなものが付いていた。それはそう、まさしく王の側近の騎士。騎士長のようなオーラを漂わせている。

『君はこんなところでくたばる人間ではない、と巫女様が仰っていた。君はそんな人間なのか?』

「……」

 僕は口を開けて聞いていることしかできなかった。

 こんなところ、か……。確かに、くたばってる場合じゃない。

『君が作れるものはその程度ではないと聞く。ならば示して見せろ』

『やかましイィ!!』

 セクメトは上に乗るロボットを振り下ろす。

 そして、セクメトは低い体勢を取り始める。

『もういいぜ……遊びは終わりだァ。これから本番と行こうじゃアねェかァ!?』

 そして地に轟く咆哮。その咆哮が聞こえている、たった一瞬の出来事。

 先ほどまで獅子のような見た目をしていたそのセクメトと呼ばれる有機的なロボットは、ガチャガチャと変形し、人型に変わっていた。

 それは女性のような見た目。腰の後ろには宙を舞うための大型スラスター。左手には口の中にあったと思われるビーム兵器らしきものがあった。

 クサナギと名乗る男が乗る機体の二倍ぐらいだろうか、それほどもある巨体をした人型ロボット。

『これからは祭じゃなく、地獄になるぜェ……?』

 地に足をつけることなく、ただ宙で留まる。やはり、僕の知る技術より何倍も上だ。

 僕は何故か泣き止んでいた。

 彼の言葉を聞いたからだ。正確に言うならば、彼の言葉にある“巫女”と言う名。どこかで聞いた名だ。もしかしたら、少し楽な未来があるかもしれない。その“どこかで聞いた”と言うのが疑問であり、生きる希望かもしれないという考えが浮かんだからだ。

 どこかで会った、または聞いたことがあるというのなら、僕にとって重要な何かを得れるかもしれない。

 ならば今しなければいけないのは一つ。生きる、ただそれだけ。

 そして僕のそれを邪魔するのもただ一つ。邪魔なのなら、排除すればいい。


 深呼吸し、目の前に倒れる“ロボット”に語り掛ける。

「本当に今までよく頑張ってくれた。そして本当に悪かった……。こんな扱いをしてすまなかった。こんなに酷い親ですまなかった。……本当にごめん」

 それは息子に言うようであった。

 僕に息子なんていない。でも、そのボロボロになったそれを、我が子として見る他できなかった。

 だから、僕は謝るしかできなかった。

 考える機能を付けても、聞かせてやれる機能はない。これは命令でないから……。

「こんな酷い親で本当に……すまない。——でも、あと一回でいい。力を振り絞って、助けてくれ……」

 考えに考え、思考錯誤を繰り返し、完成した我が子。

 それを自らの手でこんなにもボロボロにした。

 そんな酷い親である僕からこんなお願いをするのはおかしい。

 だけど……ッ!

「僕と一緒に、戦ってくださいッ!!」

 深く、深く頭を下げた。

 綺麗な九十度。人生で初めてかもしれないその九十度は静かに、誰にも言葉を返してもらえることはなかった。

 命令などではない。命令ではないのだ。

 でも、返してくれた。

 目を光らせ、たった腕二本で立ち上がろうとするさまは生まれてすぐの小鹿のようであった。

 言葉ではない。誰も返事はしない。イエスとも言わない。しかし僕は十分であった。

 体のおおよそ半分を失っても、僕の声に応えようと動こうとする。それだけで十分だった。

 再びあふれてきそうだった涙をこらえて、僕は独りでに開いたコックピットに導かれるがままに乗りこんだ。


『クソがァァァァアアア!!!』

『——ッ!?』

 大剣と手刀が交わり合う。そして卑怯にも、隙を見せればレーザー砲での攻撃もしてくる。

 連撃の一つ一つがぶつかり合い、音を響かせ、風を切る。

 大剣はぐるぐると回転したり、振り回したりしてすべての手刀攻撃を返している。そしてまるで見切っていたかのように、レーザー攻撃を回避している。

 手刀は一撃、そしてまた一撃と一突きすれば一度引き、そして次の攻撃へと……。

 その二つの連撃はいつしか終わり、反発するようにしてどちらも退いた。

 その隙を狙い、僕は向かう。

 下半身を失ったこの体では歩くことなど不可能だということは、考えずともわかる。

 しかし移動できないなどと誰が決めたか。

 足の代わりになるものは腕だ。腕二本を足のように使い、移動する。

 それが今できる最大のことだ。

 例えどれだけ格好悪くとも、どれだけ馬鹿みたいでも。

 それでも、今の僕にはやるしかない。これしかない。

『そうだ。それでいい』

 そう一言零し、僕の方へと飛んでくる。

『ッ!?逃げんのカァ!?』

『戦略と言うのを学んだ方がいいよ。君は』

 僕の所へと飛んで来たロボットは、僕の乗る機体を抱え、敵の元へ向かう。

『君の力を借りなければ、奴を倒せない。故に、協力してほしい』

『元よりそのつもりだ』

 僕はさっさと奴を倒して、安全な国の中で過ごしたい。出来るなら、元の世界に戻って、完全な平和の中で過ごしたい。そのために……いや、その前に彼女との約束を果たさなきゃな……。

『君は私のタイミングに合わせてくれればいい』

『合わせるも何も、そっちが僕を投げるんだろ?』

『……分かってるじゃないか』

 慌てふためくセクメトに突進する勢い。しかし恐怖も何も感じなかった。

 それははっきりしていた。僕の作ったこの我が子は命令すれば、それを遂行するまで止まらない。

 つまり……。

「命令、目の前の敵をぶっ潰せ」

 初めからこうするんだった。この命令をすれは、勝てるんだった。

 圧倒的な信頼だった。この子なら勝てるだろうという信頼があってこそ、この命令が出来た。

 過去の僕はどこか、恐怖していたのかもしれない。どこか、この子が壊れることが怖かったのかもしれない。

『じゃあ、行ってこい』

 それは全力だった。野球のピッチャーがストレートド真ん中をフルパワーで投げる様に。

 風を切り裂き、目の前のゴールに向かい飛んでいく。

 しかし僕はボールじゃない。最後にやらねばならないことがある。

『直前に……殴る!』

 僕の意思に応えているようだった。まるで僕と繋がっているよう……。

 繰り出した右の拳は相手の顔面に当たり、粉砕した。

 しかしこちらも同じく、徐々に右腕が壊れていった。

 だが、たかが右腕。まだ残っている。

『次に、左で掴む!』

 左で首を掴む。そして勢いを利用し、押し倒す。

 そして左腕で何度も殴る。

『僕は生きたいッ!だから、今目の前にいる敵を倒すッ!』

 そして左腕も完全に砕け散った。

 僕の機体はようやく、完全に動かなくなった。

 そう、言うなれば息を引き取った、とでも言うべきか。

 このロボットは今この時をもって死んだ。

 だが戦いは終わっていない。最後に幕を閉じるのは僕じゃない。

 背後から猛スピードで迫ってきた騎士。片手に大剣、もう片方には腰につけていたと思わしき大太刀を握り締めている。

 そして騎士は高く飛び、セクメトの胸を二本で切り裂く。

 二本の剣を広げ、中に見えた球体……コックピットと思わしきものが見えた。

『今だ、撃て』

 それは……アオイに向けて言った言葉だろう。

 そして銃声は鳴り響き、コックピットを貫通した。

 セクメトの中に乗っていたヤツは、最後の最後まで何も言わずに動かなくなったのだろう。

 僕の機体と同じく、セクメトと呼ばれたこのロボットも死んだのだった。


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