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じゅわじゅわと音を立てて油をしたたらせる塊。

丁寧に処理をした木の串に刺さったそれはいい匂いをさせていた。



「そろそろですよ!アルナンドさん!」


「様だ馬鹿者め!もう火から出して良いのか!?」


「オッケーです!」



小さな焚き火からシンプルながらも綺麗なお皿に移したそれは見事な焼き加減のニードルラビットの串焼きだ。

味付けは私としては多少物足りないが村にいたときと同じようなものを再現できていると思う。


思う、というのは仕方ないのだ。

だってわたし、幽霊だから味見できないし。



「うんうん、いい焼色ですね…」


「おい、口がだらし無く開いているぞ…」


「はっ、失礼美味しそうだったもので」



呆れた視線を受けながら、私はぱちんと両の手をたたきあわせた。

お肉はやはり焼きたてだ、はやくコレットに食べさせてあげよう!

まだ日が落ちてさほど立ってないとはいえ、深夜になってしまえば美容の敵となってしまう。



「さぁさぁアルナンドさん!はやくコレットに食べさせてあげましょう!」


「まぁ待て、まずは聖女様付きの毒味係を通さねばならん」


「えっ!アルナンドさんが作ったものでもですか!?」



すぐに食べさせられると思っていたので、先導していた体をぐるんと勢い良く反転させる。

それにアルナンドさんが皿を落としかねないくらいビビっていたが名誉のために黙っておこう。



「当然だ。聖女様はこの国を守るための旅の途中…万が一があってはならんからな」


「美味しいご飯が真っ先に食べれないなんて…」


「捌く指導を受けた時から思っていたが貴様は食い意地がはっているな…」



呆れた視線を寄越されたが、私はため息を吐くと反転していた体をもとに戻した。

別に食い意地がはっているわけではない!

ほんのちょっと人より食べ物に執着してるだけなのだ。



「じゃあ冷めちゃう前にさっさと済ませちゃいましょう」


「そうだな…しかしなんと説明するか…」



確かに、騎士が急に肉焼いて差し入れです!とかって持ってくるのはちょっと不自然かもしれない。

アルナンドさんは変な人だがさらに変人扱いをされるのはちょっとだけかわいそうだ。

ちょっとだけ。



「素直に言えばいいじゃないですか、聖女様の元気がないから、故郷の懐かしい味で元気づけたいとか〜」


「なるほど、何も貴様の説明をせねばならんわけではないな…」


「え…幽霊見えるとか言うつもりだったんですか…?頭おかしいと思われますよ…」


「その頭がおかしい存在そのものが何を言ってるんだ…!」



やいのやいのと話していれば、すぐに聖女…コレットがいる馬車の近くまでやってきた。

聖女御一行は、基本的に街があれば宿を取るが野宿しないといけない場所へ向かう旅でもある。


なので、馬車はとても頑丈で寝泊まりもできる特別なものを使っているのだ。

今夜はその馬車での寝泊まりパターンである。


人がいる場所で話しかけてもアルナンドさんが本当に変人扱いを受ける原因になりかねない。

私との打ち合わせ通りの理由で通すつもりらしいアルナンドさんと聖女付きの侍女の話をなんとなく聞きながら私は彼の背後でふわふわと浮きつつ周りを見渡した。



(馬車の周り人多いなぁ、そりゃ聖女の馬車なんだから警備は必要だろうけど…)



静かな村で暮らしていた私達にとって、親しいわけではない人が常にすぐそこにいる生活というのは少し落ち着かない。

コレットが気にしていると言葉にしたことはないが、彼女は意外と繊細なのでやはりこれも疲労の原因になっているのではないだろうか。


つくづく、大変な役目を負ってしまったものだとコレットを憐れにおもう。

大切な役目で、旅は大変だがたくさんの人が守ってくれるし、無事果たせば勿論今後の人生は贅沢三昧も夢ではない。


しかし、あの日ほとんど別れを惜しむ暇もなくお城へ召し上げられてしまったコレットと、その家族を思うと少しだけ悲しい気持ちになる。

いくら結界が限界で一日だって惜しいとはいえ、一晩くらい家族で過ごさせる時間をくれたって良かったのだ。


まぁ、死んだとかいう最悪の不幸に見舞われた私がこんな事を思ったところで…という感じではあるのだが。



「ンンッッ」


「アルナンド殿?どうされましたか?」


「あ、あぁ、いや、聖女様に会うとなるとやはり緊張しましてな!」



どうやらぼんやり考え込んでいたらしい。

咳払いのあとチラチラと寄越される視線にハッとして謝罪しつつその後ろをついていく。


壁もすり抜けようと思えばすり抜けれるので大丈夫なのだが、ついてこない私を気にかけてくれたようだ。

それが少し嬉しくてニコニコして追えば、変な顔をされた。



「聖女様、先程お話したものをお連れしました。部屋に通すというお話でしたがよろしいですか?」


「ええ、どうぞ」



馬車の中にまた扉があり、そこから声が聞こえる。

侍女が開いた扉の先には聖女…コレットが椅子に腰掛けてニッコリ微笑んでいた。


その視線はアルナンドさんから、すぐにその手にある串焼きへと移される。

少し嬉しそうな色を帯びた目が嬉しくて、アルナンドさんをすり抜けれてコレットの隣に腰掛けるように移動した。


アルナンドさんが1センチくらい地面から浮いたのは気にしないでおこう。



「どうぞお入りになって、よかったらご一緒にと思っていたの」


「しかし…」


「ほら、折角の料理が冷めちゃうわ」


「…では、失礼したします」



侍女にせっつかれるたように見えたのは見なかったことにして、アルナンドさんが小さいがしっかりした室内に入る。

侍女も一緒に入って、扉のそばで控えているらしい。



「わぁ、私の村で食べてたものにそっくり…貴方が焼いたと聞きました、どこかで見たことが?」


「あ、あー…」


「遠征か何かの時に食べたことあるって事にしとけばいいですよ!」


「…昔遠征先で食べた事がありまして、聖女様のご出身の近くだったと思ったので」



アドバイスという名の横槍をアルナンドさんが上手くアレンジしつつその後も少し会話を挟む。

コレットは串焼きを一口食べると、ぱちぱちと瞬きをした。


それをみてアルナンドさんは焦ったように身を乗り出す。

そんなに焦ることか。



「あ、あの…味が変だったでしょうか!?一応味見はしたのですが…」


「いいえ!逆なの…故郷の味にそっくりで…」



その顔は嬉しそうで、しかしその後少し表情を曇らせる。

アルナンドさんの顔がうるさいのは無視して、侍女も私もコレットに心配そうな顔をむけた。



「…ごめんなさい、折角作ってくださったのに…変じゃないのよ!…嬉しいの、ほんとに嬉しいくて…ちょっとホームシックだったのね、私……」


「聖女様…」



思わずコレットを呼んだのはアルナンドさんでも私でもなく、侍女だ。

それにコレットは困ったような笑みを返してから、残りの串焼きをぱくぱくと口に入れる。



「…ごちそうさまでした!本当に美味しかった、実は私お肉食べたかったの、皆さんが用意してくれるご飯に文句なんて言えないから…」


「まぁ……!も、もうしわけありません聖女様…私共ちっとも気づかず…!」


「いいえ、いつものご飯も美味しいの!…ただ、前はたくさん食べていたから…」



少し照れくさそうに苦笑したコレットに、明日からは話を通しておきます!と申し訳なく情けない、という顔で侍女が言う。

侍女にお礼を言ったあと、コレットはアルナンドさんに向き直るとぺこりと頭をさげた。


アルナンドさんも侍女もそれを見て慌てふためくが、ふふ、とコレットの笑い声を聞いて困った顔で固まってしまった。



「アルナンド様でしたね、本当にありがとうございます!わざわざ獲物を捕まえるところからというのは大変でしたよね?」


「い、いえ!聖女様が少しでもお元気になるならささいな事です!」


「…でも、捌くのは大変でしたよね?経験があったのですか?」


「あ、あー…その、少しだけ」



うそつけ、皮を剥ぐところでキャアキャア涙目になってたくせに。

どうやら彼は根っからの貴族らしく、騎士として戦ったりして血を見るのには慣れているがナイフなどで解体するのは駄目なようだった。


ちょっと前まで蒼白だった顔をじとりと見るが、コレットの受け答えで手一杯のようだ。



「…聖女様、アルナンド様、そろそろお時間が」


「あら、ほんと…久しぶりにこんなにお話できてつい…お時間をとってごめんなさい」


「いいえ、聖女様の楽しみになれたのでしたら!」


「ふふ、本当に今日はありがとうございます」



コレットの顔に浮かぶのは本当に楽しそうな笑顔だ。

串焼きもだが、多分アルナンドさんのあの堂々としてるがちょっとまごまごしてる会話が楽しかったのだろう。


扉まで見送るコレットにアルナンドさんはギクシャクした動きで騎士の礼をとると、最後にあーとかうーとか唸っている。

浮いたままアルナンドさんの側までいってどうしたのかのぞき込んでいると、ちらりとその目がこちらを一度見てくっと眉が寄せられた。



「聖女様、その……どうかご無理はなさいませんように」



私の事を言いたかったのだろうか。

少し痛ましげな色をした目のまま、アルナンドさんはコレットに別れの挨拶をしてその場を去った。










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