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88.『こっちの世界』で目が覚めて

挿絵(By みてみん)

【葡萄酒はグラス半分(4/15)】

 という、夢を見たのさ――……


 ベッドの上で空けた目に飛び込んでくる、穴の並んだ石膏天井材とコンクラクトカーテンのカーブしたレール。この二つから連想される、あたしが今いる場所とはどこでしょう――……正解。そう、病院です。


 (むー……また例の夢(・・・)かあ……)


 枕元に手を伸ばし、目覚まし時計を天井に掲げる。6時52分。毎日鳴る(アラームの)10分ほど前に目が覚める、この現象に名前はあるのかな?

(うー……全く寝た気がしねーぞ……)

あんだけ長くて、リアルで、微に入り細を穿(うが)つ夢を見て、この目覚めすっきりも何なんだろーな。可愛い北欧系兄妹(スルーズとアグニ)の、頬を拭いた感触も髪を撫でた感触も、まだこの手に残っているんだが……



 ここが何処かと問われれば、医療法人●●会・猪ノ口(イノグチ)病院と答えましょう。

 お前は誰かと問われれば、中学2年、椋田鈴(クラタ・スズ)と答えましょう。


 そして、あの“猪の口”砦(アプコ・オース)の話は何だと問われれば……



 こっちが知りてーわと答えましょう。




 ***********************************


 そーだな。まあ、まずはあたしのことを話そーか。


 あたしの名前は椋田鈴(クラタ・スズ)、この名前にピンと来た(・・・・)奴あ、鈴ちゃんポイントを10点やるよ。100点貯めりゃあ、頬っぺた(ジュー)にチューのひとつもしてやんよ。某県某市の市立中学校に通う……や、出来れば通いたいんだけどな、通うに通えてねえ中学2年生、ぴっちぴちの14歳さ。


 可哀そうがって欲しいんじゃねーんだが、あたしゃ、生まれつき心臓……異世界(どっか)の言葉だと“コラソ”に疾患(しっかん)があって、一年の(リザルト)半分くれーは学校に通えなくて、入院生活してんだよね。

 まあ、お医者が言うには、もうちょい体が成長すれば、スポーツ選手は目指せないまでも、フツーに日常生活を送るには支障のない体になるそうな。今だって無理さえしなければ、それなりに院内を歩き回れている。


 幼い頃から入退院を繰り返した病院の常連、14にして小児病棟の古参、たくさんの病例を見て来たあたしからすれば、自分は健康な子と比べたら“可哀そう”かもしれないけど、治らない子よりは“幸せ”なんだろう。


 もしくは、極北の虜囚(アプコ・オース)の子どもたちよりは。

 相対的に幸不幸を量るのは、あまり好みでないけれど。



 そんなあたしが一年の半分を過ごす第二の我が家が、●県●市の郊外にあるこのる猪ノ口(いのぐち)病院だ。豊かな自然の中の広々した敷地、長期入院者の多いこの病院は、カテゴリー的には総合病院ジェネラル・ホスピタルで、性質的には療養施設リハビリテーション・センターってとこかな。

 猪ノ口(いのぐち)→猪口→お猪口(オチョコ)ってことで、地域では“おちょこ病院”とか、“ぐい呑みさん”などと好き勝手呼ばれて親しまれている。


 ま、あたしのホームだ。新入りは困ったことがあれば何でも訊きに来な。


 入ってる喫茶室(カフェ)の、クラブハウスサンドが割と旨いんだ。日用雑貨にお菓子やカップ麺は院内の売店より、近くのドラッグストアで買った方が安上がりだぞ。洗濯は院内のランドリーでやると、乾燥機が意外と百円玉を食うから気をつけろ。


 と、こんな感じがちょっとだけ(“フツウ”)とは違う、あたしの毎日(“フツウ”)だ。

 ところがここ最近、あたしの日常(“フツウ”)何だか非日常(“フツウじゃない”)に侵食されつつある。



 何かと問われれば、“おかしな夢“――或いは“異世界転移(オルト・トランジ)”と答えましょう。




 ***********************************


 ちょうど一年くらい前から、この異様にリアルな(おかしな)夢を見始めた。


 その夢の中で、あたしは異世界の(カルーシアという)国の、”猪の口” 砦(アプコ・オース)いうところで、戦災孤児の世話役(ソレラ)として働いていた。夢の中(あっち)にいるあたしは、現実(こっち)のあたしより幾らか年齢が上で、25・6くらいだろーかと思われる。


 初めて見た時はポカーン、二度目でボーゼン、三回続くとさすがに気づく。

(こりゃあ、フツウの夢じゃねえ……)

何が何だか理解(わか)んないけど、向こうの“世界”も(あっちはあっちで)どーやら現実らしいぞと思ったのは、夢ん中でちょっと指を切って、目が覚めた時、うっすらと傷跡が残ってるのを目にした時だった。


 かくして疑念(「?」)確信(「!」)に変わる――

 

 中身だけかガワごとか、体ごと行ってるのか精神だけ飛んでんのか、こちとら寝てるんで判らないけど、これはいわゆる噂に聞くアレ、“異世界転移”ってやつだ。



 あたしは片っぽ(あっち)で眠ると、もう片方(こっち)で目を覚ます。


 時間経過が一致(リンク)してないようで、片っぽで8時間寝てる間に、もう片方で16時間以上働いているよーな矛盾が、平気で許されるらしくって、主観ではあたしはこのところ、全く眠らず一日30時間以上稼働している。ハードスケジュールにも程があるぞ。

 不思議なことに、なぜか肉体的には睡眠と休息が取れているらしく、幸い過労でぶっ倒れて、か弱い心臓が止まっちまうことも、ここと向こうの記憶が錯綜して、脳みそが八丁味噌になっちまうことも今んとこないが……


 この世界を管理してる奴がいるなら、随分いー加減なヤローだよ。



 (るあ?! 何だとう!)



 な……何だ?  今一瞬、銀髪で赤い目をしたマグニくらいの(ちっちぇえ)女の子の顔が、急に頭に浮かんだんだけど……??


 ま、いいや。そんな訳でこのあたしは、何の符合か猪ノ口(いのぐち)病院と“猪の口” 砦(アプコ・オース)で、療養中の中学2年・椋田鈴ちゃんと孤児院の修道女(シスター)、ソレラ……椋田鈴→クラタ・スズ→クラタ・ベル……ソレラ・クララベルの、二重生活(オルト・レーベン)を送っておるという訳なのだ……




 ***********************************


 (うー……こいつは予想外に地味だぞ、日本の神話(ニフォンのデイオス)……)


 さて、今の“世界”(あたし)椋田鈴(こちら)側、鈴さんは二冊の本を小脇に抱え、文学少女を決め込んで、病院の裏庭にある指定席(ベンチ)へと足を進めている。裏庭は広い敷地の静かな一角、いわゆる穴場で、午後の木漏れ日の下で少女が詩集(リルケ)なぞ(たしな)んでおれば、さぞ(はかな)げで絵になっておるだろーと鈴さんは思っている。


 手にしている一冊は、図書室で借りた“古事記”である。


 猪ノ口病院の小児病棟には、長期入院している、つまり学校に通えない子どもが多く、院内学級やパソコンルームなど、学習支援に力を入れている。よって図書館の蔵書も充実しており、読書家の鈴さんには嬉しいことだった(はホクホクしている)

 今日、図書館で古事記を手に取ったのは、もちろん異世界の少年(マグニ)との約束を守るためであった。鈴さんは律儀なのである。



 ところがここでひとつ誤算が……

 日本の神話は想定外に、ヒジョーに展開が盛り上がりに欠けるのだ。



 (うーむ……北欧神話(エッダ)だったらなー、全編これ男の子受け(バトル)だし、神様もカッコよくてゲームや漫画のキャラみたいだし、実際、ゲームや漫画によく出るから面白いのに……)


 (ギリシャ神話(アポロドロス)もなー、英雄譚(バトル)ありゼウス(エロ)ありで、別方向に面白いんだが……余談だがあたしはアイスキュロスというオジサンの、亀を岩に落として割って食べる鳥に、禿()げ頭に亀を落とされて死んだとゆー逸話がとても好きだ……ああ、古代ギリシャはかくも悲劇的……)


 (……ちゃうねん……)


 どうも子ども受けするとこ(キャッチ―さ)のない、日本の神様……どーせわしらは大和(やまと)民族、草食系。ハリウッド映画みてーな神話は望むべくもないよな、ご先祖様……

(妙なとこで、下ネタぶっ込んでくるけどな、古事記……)


 「故此の吾が身の成り余れる処を以ち、汝が身の成り合はぬ処に刺し塞ぎて、国土を産み成さむと以為ふ――……」


 (興味がある人は。意味を調べてみよう……)



 うーん、須佐之男(スサノオ)八岐大蛇(オロチ)のとこなら、男の子受けするかな。スサノオ君てば天照大神(ねーちゃん)の部屋にウ●コするよーなアナーキーな奴だけど、最後はちゃんとガチんなって八岐大蛇(ドラゴン)倒して奇稲田姫(プリンセス)を救う英雄(ヒーロー)だもんな。

 まあ、ドラゴンの八岐大蛇(ヤマタノオロチ)は“河川の氾濫(はんらん)”、ヒロインの奇稲田姫(クシナダヒメ)が“農耕”で、話自体”治水“の喩え話(メタファー)だから、結局は農耕民族、草食系だけどな。それとウ●コのとこはなー……男の子に鉄板でウケるとは思うんだけど、ここは民族の名誉のために話さんでおこう。


 個人的には古事記では雄略天皇って(ミカド)が、お茶目で萌える。


 この人は出先で見つけた女の子に「君、可愛いねー」「召し上げるから、結婚しないでね」と言っといて、すっかり忘れてて(・・・・・・・・)、その赤猪子(アカイコ)ちゃんも奥床(おくゆか)しーもんだから“80年”待ってやっと帝を訪ねて、「誰、この婆さん?」「あの時の娘です」「マジか」と超びっくりして、「めっちゃゴメン」という意味の歌を送ったとゆー面白可笑(おか)しい御方だ。

 他にも、猪狩りで弓を射かけたら、追っかけられて登った木の上で、

「やすみしし 我が大君の 遊ばしし 猪の 病み猪の うたき畏み 我が逃げ登りし あり丘の 榛の木の枝(意味:国を治める偉い天皇の私が、手負いの猪にビビって木に登っていることだなあ)」

(みやび)に歌を()まれたりと、妙に(アプコ)相手にやらかす帝にあらせられる。



 さて、アンパンをもっぐもっぐと歩き食いしながら、

(うめー。あの兄妹(アグニとスルーズ)にも食わしてやりてーなー……)

少年との約束(そんなこと)をあれこれ考えながら、裏庭に差し掛かった鈴さんは、自分の指定席、裏庭のベンチに誰かが座っているのを見つけた。


 更に困ったことに鈴さんは、相手(あっち)も自分に気づいたことに気づいた。




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