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86.『あっちの世界』の子ども達

挿絵(By みてみん)

【葡萄酒はグラス半分(2/15)】

 孤児を預かる身のあたしは、子ども達に誠実でなくてはいけない。故にあたしは天使の微笑を絶やさずに、ジェネ隊長に向かって、

(たと)え異民族であろうと、全ての子らは(しゅ)の前に、等しく救いの手を差し伸べられねばなりません」

しれっとそう言って、胸の前で十字(クロッツェ)を切った。すると、ジェネのおっちゃん(オンク)

「や! 先生(ソレラ)! 俺ぁそんなつもりで言ったんじゃ……」

慌てて取り(つく)う。

 うんうん、あたしは知ってる。このおっちゃん、口は乱暴だけど、すっげえいい人なんだよ。北方の人々を差す“異民族(バルバロイ)”という言葉は、確かに蔑称(べっしょう)ではあるのだけれど、カルーシアの常識や感覚を(かんが)みれば、特にジェネさんが差別的な人間って訳でもないのだ。


 それに、おっちゃん、ゴメンなあ。あたしこそ、神様(デイオス)がどーだとか言ってるけど、本当は実家は浄土真宗なんだ……



 人のいいおっちゃん(カピタン・ジェネ)は、(ひげ)と髪をわしわしと掻き回して、

「なあ、ソレラ。俺は、まあ、兵隊だしな、異民族(バルバロイ)には、いろいろと思うとこはあんだけどな、子ども(ニント)は、まあ、別だよ。民族が違っても、どうでも、まあ、子どもってのは可愛いもんよ。俺もなあ、“ヒゲのオッサン”とか言ってなあ、寄って来るガキどもには、内緒だけど、菓子のひとつもなあ、こそっとな……」

そこで不意に、ヒゲのオッサンはちょっと厳しい目つきをあたしに向けた。

「だからなあ、先生さん、俺はあんたがガキどもに優しい人だから、正直、それは嬉しいこったとは思っとるんだ」


 「だけどな――……」


 「言っておくが、ここの子どもらは、やっぱり異民族(バルバロイ)のガキなんだ。だから、その……ソレラがしてやってくれるほど、大事に扱われない(・・・・・・・・)んだよ。だから、あんまりあの子らに肩入れすると、後で、辛い(しんどい)思いをしなさるんじゃねえかってなあ、まあ、そういうことを思うんだな。うーん、俺はあまり口が(うま)くないからなあ、伝わるかね、言いてえことが……」

伝わったよ、おっちゃん。そーか、おっちゃんは、あたしを心配してくれてるんだな。ちくしょう、()れるじゃないか。出来ればいつか、おっちゃんとオデンで一杯やりたいなあ。



 そんなオンク相手に、今の私が出来ることと言えば、せめて猫ぢや猫ぢやで虎を隠して、おっちゃんの理想を壊さないことくらいだな。

「お心遣い、感謝致します。今夜(サルウエ)は寒うございます故、ジェネ様……ジェネさんもお風邪など召されませんように……」

天使の微笑の出力を女神レベルまで上げてやるってーと、おっちゃんも姿勢を正して、敬礼をくれた。

「……先生、スルーズ(チビ)の風邪、治してやってくんな」

はい(イア)神のご加護があ(デイオス・ヴィ)りますように(・アレグリア)


 ほらね、いい人なんだよ、おっちゃん。おっけい、任しときなって




 ***********************************


 ジェネさんと別れたあたしは、孤児院区画(カーサ・オルバ)へ急ぐ。


 辺境の砦(アプコ・オース)物資が乏しい(カツカツだ)。資金面よりむしろ、雪と氷に閉ざされた僻地(へきち)への輸送の難が大きい。故に、アプコ・オースの責任者は物資管理に心を砕くケチンボさんだ。故に、夜間の灯火は最低限とし、燃料も出来る限り切り詰める。故に、どこも薄暗いし、クソ寒いんだ、クソめ。

 灯り(ラムペ)の間隔があるから、壁の影(オヴラ)はゆらゆらと背丈が高く、みんな部屋に閉じ(こも)ってるから、足音がかつーんかつーんと高い。


 ああ、イヤだな。静か過ぎて、辛気臭え。


 こんな静か過ぎる夜には、職員区画と孤児院区画を(へだ)てる無駄に頑丈で厳重な扉が、きっと不必要に静寂を乱すに違いない。バカみてーに分厚い扉が、バカみてーにデカい音で……



 ガチャ、ギイイイィィィ――……バタン! ほらな?



 職員区画(あたしら)孤児院区画(あの子ら)の間の無駄に頑丈で厳重なバカみてーに分厚い扉は3枚あって、扉ひとつを閉じて施錠の後、次の扉を開くのが“規則”として定められている。

 何でかってっと、理由も方法も、食品工場とかで虫とか入らないよーにすんのと同じだな。つまるところ――……


 子どもでも(・・・・・)敵国の人間(・・・・・)、ってこった。


 孤児達の教育係(ソレラ)であるあたしは、孤児院区画カーサ・オルバの鍵は預かっている。けれど、権限(エルーカ)は預けられていない。夜間、番兵を伴わずカーサ・オルバに立ち入ることは、実は規則違反だったりする。

 子どもとは言っても敵国人、甘く見てはならんとゆー軍人的見解(ペシミズム)が正しーか、敵国人とは言っても子ども、みんないい子だよとゆー宗教家的観点(オプティミズム)が正しーのか、そいつは一概には言えないケース・バイ・ケースだけど、あたしは職業柄、後者を支持したい。


 まあ、考えが甘いんだろうなー。あたしは兵士達のように厳しい現実を見ていないし、“戦争を知らな(フォーク・)い子ども達(ソングを)”聞いてた世代の、孫の世代だからなー。


 でも、毎日顔を合わせて、「先生、先生」ゆーてくる子達だからなー。


 そして、職員区画から見て最後、最も孤児院区画側の扉が、夜の静寂に、バカみてーにデカい音を立てて閉まった。




 ***********************************


 さて、孤児院区画カーサ・オルバ――……


 ここにいるのが捕虜(ほりょ)かつ子どもということで、灯り(ラムペ)心許(こころもと)ないこと、実質右手の手燭(てしょく)だけが頼りとゆー塩梅(あんばい)だ。


 あたしが入ってきたのは広間(ホール)のような空間で、中央は吹き抜け、一階と二階の回廊の左右に、外から鍵の掛かった孤児達(オルバ)の部屋が並ぶ。その構造と荒い石造りの壁が相まって、あたしは映画で見た監獄を連想してしまう。

 並んだ扉は孤児達の居室で、最大100人チョイが受け入れられるが、今いるのは20名にチョイ少なく、6人部屋をチョイ余裕をもって3人ずつで使わせてあげられている。この時間、子ども達は寝息を立てているだろう。


 おやすみ、いい夢を見てるように(フェリーシ・レーヌを)



 で、一階の幾つかの部屋は教育係(あたし)の職務室になっていて、そこの右手の二つ目が医務室だ。風邪引きスルーズは、今夜はそこで寝かせている。鍵を使い、ノックをして、ひと呼吸(いき)待ってから、扉を開けた。

「……スルーズ?」

扉の隙間から中を窺うと、ベッド枕元の椅子の少年(サヴィ)と目が合った。

「起きていたの、マグニ」

机に手燭(てしょく)を置きながら問うと、少年がこくりと頷いた。マグニは風邪引きスルーズの幼い兄だ。妹の看病をするという名目で、今夜は医務室(こっち)で休むよう、あたしが許可しておいたのだ。


 部屋が冷え切っている。あたしは(まき)ストーブに火を入れ、

「スルーズの具合はどう、マグニ?」

水の入った薬缶(やかん)を上に乗っける。この寒さはキツいけど…

(うー……小5くれーの男子に火の番させる訳にもいかねーからなあ)

やっぱし、今夜はあたしも夜通しこっちにいた方がいいだろう。少年は角灯とストーブで赤く染まった顔で、妹の寝顔を見つめている。

「熱が、下がらないみたい。(せき)は、少し治まったみたいだけど」

マグニ少年はぽつりと答えた。マグニは、齢の割に落ち着きがあって、思慮深く、妹思いのいい兄ちゃんだ。印度の火の神様みたいな名前なのに、どっちかってーと物静かな子だった。



 湯を沸かす支度(したく)を終え、あたしも少女(スルーズ)の枕元で身を屈めた。粗末な木のベッドに、幼い少女が眠っているが、その寝息は安らかではない。

「……先生(ソレラ)……」

「スルーズ、いいから寝ていなさい」

薄っすら開いた少女の目を手で閉じて、額に触れる。熱を見ながら、あたしは両目(オリオ)を閉じて、両目(スキル)を開いた――……


 (うーん……確かに、喉の炎症は少し引いたな。煎じた薬湯(マロウとタイム)が効いてくれたようだ。しかし熱がなあ……小さい子はどんどん体力を奪われる。マルベリー、せめてリンデンかクコでもあれば、少しは違うんだけど……)


 「マグニ、お湯を(たらい)に入れて、熱すぎるようなら少し水を足して、タオルを濡らして絞って頂戴。火傷をしないように気をつけて」

マグニが頷いて椅子を立つ。私は手をスルーズのでこちん(・・・・)から離し、寝間着の胸元を少し緩めた。

「熱っ」

「マグニ、気をつけて」


 (……やっぱり消耗が気になるな……あっち(・・・)から抗生物質と解熱剤(ロキソニン)でも持ち込めれば……いや、薬草(ハーブ)の手に入る季節だったら、葛根湯(かっこんとう)くらい自分で調合するのに。せめて点滴代わりに、あたしの下手な回復魔法を掛けとこう……)



 と言っても、気休めくらいにしかならないけどさ。本当に、あたしの治癒魔法(グリアーレ)は、能力(スキル)のオマケ程度のもんだから。

 薬も、魔法も、この冬の(とりで)では何もかも足りない。“あっちの世界”であれば注射一本で治るような、ただ風邪をこじらせただけの小さな女の子を、“こっち”のあたしは無力を噛み締めて見守るよりなかった。




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